2021年4月24日土曜日

ドイツの政治危機とノルドストリーム2の将来

 

最近になってウクライナ情勢は急速に危険な状態になってきたと前々回の投稿でお伝えした。また、前回の投稿ではウクライナを舞台にした米ロ間の武力紛争は核戦争に発展する危険性を孕んでおり、バイデン米大統領には米ロ間の緊張緩和を模索する姿勢が求められるとするトウルシー・ギャバード前下院議員の提言をご紹介した。そして、ウクライナ危機とノルドストリーム2は今の政治情勢の深層では緊密に繋がっていることについても学んだ。明らかに、これらふたつの案件はNATO、つまり、米国と欧州諸国にとってはもっとも重要な政治的課題である。

ここに「ドイツの政治危機とノルドストリーム2の将来」と題された記事がある(注1)。ウクライナ危機とノルドストリーム2プロジェクトはそれぞれが欧州各国にとっては長期的な政治課題であり、将来長い期間にわたってエネルギーコストに甚大な影響を与えることは必至であろう。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。

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片目でウィンクをしながら:

[訳注:blinkenという英単語はない。ドイツ語では「きらめく」とか「ウィンクをする」という意味。ノルドストリーム2に引っ掛けてドイツ語の単語を挿入したのであろうと推測する。また、ドイツに対して強硬な発言した=ているブリンケン米国務長官の名前にも引っ掛けているようだ。]

EUとの関係をある種の「通常の関係」に復帰させることになるかも知れないという期待を集めながら、バイデン政権はホワイトハウスの新たな住人となった。オバマ前大統領とは違って、バイデンは彼自身の存在だけからノーベル平和賞を受賞することはないだろうが、米大統領選での彼の勝利は「平常通りのビジネス」という新たな時代をもたらす兆候であるとしてヨーロッパ各国の首都では暖かく迎えられた。これはオバマ政権時代に実践されていた政治スタイルであった。

しかしながら、執務室に入るや否や、バイデン政権は多かれ少なかれ対等にある筈のこれらの同盟国、つまり、米国とEUとの間で相互に尊重し合う関係は消し去ろうとした。バイデン政権の高官らは米国とEUとの関係をオーストリア・ハンガリー帝国の現代版であるかのように振る舞ったのである。皇帝(バイデン)という個人的な形での統合によって団結しただけであって、ふたつの政治システムは表向きは分離したものであるが、軍事的には共通の軍隊(NATO)によって連携し、その軍隊の主要な任務はハンガリー(EU)の分離を防止することであり、同帝国の対外政策はオーストリア(米国)によって全面的に実行された。ブレグジットのような出来事は文化的ならびに民族的な数多くの理由からただ単に「ハンガリー」から「オーストリア」に移動する帝国の一部を代表するだけのものである。実際面では、バイデンが帝国のジャーナリストからの質問に答えて「プーチンは殺人者だ」と言ったことに加えて、ブリンケン国務長官は中国からの代表団に対して大喧嘩を巻き起こした。米国は「強力な武力を持った国家の観点」から中国を遇する積りであると中国側に告げたのである。さらに、ブリンケンは、もしもノルドストリーム2に関与している欧州の企業が直ちにこのプロジェクトから撤退しないならば、それらの企業は米国の制裁を受けるであろうと警告した。

さらに事態を悪化させることになるのだが、ブリンケンはEUサミットでノルドストリーム2に対する彼の警告は米議会による法律を反映したものであることを指摘した。その法律によれば、パイプラインの建設に関与する企業は何れもが制裁の対象となる。ただし、行政府は大統領の対外政策に関する権限を阻害するような法律の実行においてはかなり大きな自由度を持っている。

ブリンケンの三大陸における「衝撃と畏怖」のショウがはたして思った通りの成果をもたらしたのかと言うと、そうとは思えない。ドイツの外務省は、伝統的に反ロの姿勢をとろうとする他の欧州諸国とは異なり、プーチン大統領を「殺人者」であると口にしたバイデンの言葉を支持することはあからさまに拒否した。さらに、ドイツの企業がノルドストリーム2の仕事を放り出すといった証拠は見られない。そのような行動はEU加盟国の中でも指導的な立場にあるドイツにとっては致命的な打撃となり、EU内における権力闘争に大きな混乱をもたらすことになろう。ドイツの背骨に何らかのの鋼鉄を埋め込もうとする要因はドイツに対して制裁を課すと脅かしただけで効果が現れたことが明らかに実感されたからであって、米国務省はドイツや他のEU諸国に対して日常的にこの道具を頻繁に使うことになるであろう。米国がドイツの国際的な地位を脅かそうとするあからさまな欲求はドイツを軽くあしらう事態さえをも招いている。たとえば、ロシアや中国、さらには、トルコさえもが参加するアフガニスタンに関する高官レベルの会議にドイツを招待しなかったのである。

ドイツのグリーン・パーティという地獄:

もしも米国が自国の富が減少することを覆すことが可能となる最後の切り札を持っているとするならば、それはドイツのグリーン・パーティがゆっくりと登場して来ることだ。ドイツと国際社会の意見は2020年春の眩暈を起させるような日々に始まって、今までに長い道程を辿って来た。あの頃、アンゲラ・メルケルは「科学者」として広く賞賛されていた。彼女が持っている経験的明敏さと政治的判断力との組み合わせはボリス・ジョンソンやドナルド・トランプといった無知な連中とは際立った対照を見せており、新型コロナを克服するであろうと皆が思った。2020年の5月から6月、メルケルの政治生命を脅かすものなんて何もなかった。しかしながら、今や議会の信認投票を呼び掛けているのはメルケル本人である。失敗に終わった新型コロナ対策、つまり、不可思議な都市閉鎖を繰り返したこと、新たな都市閉鎖を導入したこと、キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟の代議士らを示唆するコロナ対策に関わる数多くの腐敗行為が発覚しスキャンダルとなったこと、等が与党ならびに指導陣に対する信頼を揺がしたのである。欧州同盟のレベルでワクチンを調達することにもっとも色濃く関与していたのは欧州委員会の長であるウルスラ・ファン・デル・ライエンであったという事態を首尾よく救済するまでにはならなかった。彼女はメルケル政権では、国防相を含めて、いくつかの大臣役を歴任していた。

こうして、ドイツが今秋の選挙で同国の政治的風景を一変させるような潜在的な大変化に直面しているとしても、それ自体は驚きではないと言えよう [訳注:ドイツの総選挙は9月に予定されている]2021327日の時点でドイツの各政党がどれだけの支持率を保持しているのかというカンターによる世論調査が示すところによれば、キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟は依然としてリードし、投票の25%を獲得する可能性があり、二番手に迫るグリーンパーティは23%を獲得するだろうと報じた。他の政党はより低い支持率であった。かっては圧倒的な強さを誇っていた社会民主党の支持率はたったの17%。「ドイツのための選択肢」(AfD)とドイツ自由民主党はそれぞれが10%、左翼党は9%で、残り6%は他の複数の政党が分けあっている。他の世論調査もおおむね同様の結果を示し、23%の違いが現れただけである。

グリーンパーティの台頭はいくつかの要素によってもたらされている。それらの要素にはキリスト教民主同盟とキリスト教社会同盟の連携に観察される疲労感、「第三の道」を行くネオリベラル的な政策が好みであったブレア―やクリントンのような左翼的な原則を諦めたことによって招かれた苦境に悩まされているドイツ社会民主党、等の状況が含まれ、東独にその出発点を持つ左翼党は今も疑惑の雲の下で漂っている。もちろん、「ドイツのための選択肢」には、米国や英国でもそうであるように、国内政策にますます活発な役割を演じているドイツ自身の「ディ―プステーツ」からの関心が集まっているのだ。

東方へグリーンを:

グリーンパーティが権力の座へ登ることはドイツにさらなる軍国化をもたらす結果となり、世界政治の舞台で他国へ介入することはダマスカス生まれで2015年にドイツへ帰化したシリア人のタレク・アラウスが見せた興味深い実例によっても予感されている。6年後、彼はドイツ市民の一人として議会への選出を目指すグリーンパーティからの候補者となったのである。ほぼ同じ時期にドイツへやって来たものの依然としてドイツ市民ではない150万人にも及ぶ同胞の避難民が存在することを考えると、アラウスの極めて迅速な台頭はグリーンパーティがドイツの「ディ―プステーツ」の中に友人を持ってることを示唆しており、西側が主張する「世界共通の価値観」には不十分な関与しかしようとしない国々に対しては攻撃的な姿勢をとることを正当化するためにも、米国や英国のようにジェンダーの権利や環境問題、その他諸々の社会問題を政治化することに興味を示している。彼らがヨーロッパでは初めてネオコンサーバティブになろうとしたわけではなく、スウェーデンのグリーンパーティは外国への介入姿勢を強化するために数多くのイスラム教徒を仲間として受け入れた。(そして、ドイツ社会民主党は第一次世界大戦におけるドイツの侵略を頑なに支持しており、ナチスによって禁止されなかったならば第二次世界大戦においても同様であったであろうことを誰もが記憶に留めておくべきである。)彼らはドイツのネオコンの間ではもっとも論理的な一派である。

誰もが想像することができるように、政権の座に登りつめたグリーンパーティはエネルギー源としての石炭や石油、天然ガスから世界を脱却させるという崇高な使命をドイツが担っているのだと宣言するであろう。これはごく自然にグリーンパーテイの優先政策を共有し、ドイツのビジネス社会の関心事に対して極めて好意的な政策を採用するためにも、中国やロシアとは抗争することを意味する。グリーンパーティが左派の急進的な政党としてその存在を見せる一方で、冷戦の終結の頃には同党はすでにネオコン的な路線を採用し始めていた。NATOによる対ユーゴスラビア戦争を支持し、他の政治的な冒険についても支持をした。同党が今もっとも特別な関心を寄せる課題はアレクセイ・ナヴァルニーである。ナヴァルニーは環境保護派としては知られてはいないが、ノルドストリーム2に反対することと結びつけて、総合的にはバイデンやブリンケンにとってはドイツを米国のクライアント国家とする上で極めて魅力的な存在であった。今後見極めなければならない点はドイツと米国の「ディープステーツ」がグリーンパーティをスムーズに権力の座に登らせることができるのかどうかであり、ドイツの人々がグリーンパーティが準備を進めている政権の座をはたして受け入れてくれるのかどうかである。

関連記事:Naval Provocations: Unidentified Submarine Emerged Near Nord Stream 2 Pipeline

U.S. To Keep Sanctioning Nord Stream 2, As Completion Nears

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これで全文の仮訳が終了した。

メルケル政権は次第に評判を失い、9月のドイツの総選挙ではそれに代わってグリーンパーティが台頭して来そうな気配であると言う。そして、新冷戦が進行するにつれて、ノルドストリーム2を巡る米・独間の政治抗争はますます世間の注目を集めることになりそうだ。

米国のシンクタンクのひとつである「大西洋評議会」は最近報告書を発表した。413日の発表であって、「A pipeline deal could help end Putin’s Ukraine war」と題されている。米国政府に近いこのシンクタンクが何を考えているのかが伺えるので、その要旨にも触れておこうと思う。

それによると、下記のような具合だ。

・・・ウクライナにおける抗争は収束の気配を見せてはいない。ドンバスにおける今までの犠牲者数は14千人に達している。

ノルドストリーム2(NS2)に対する制裁は奏功し、このプロジェクトを遅延させた。しかし、代価なしというわけではない。むしろ、これらの制裁は米独間の連携を再構築しなければならない今、両国関係に歪を与えることになったのである。もちろん、NS2に対する制裁は米国の対ロ関係についてもさらなる損傷をもたらしている。

・・・しかしながら、NS2は完成済みではなく、95%が完了しただけだ。たとえガスプロムが制裁を回避することができ、パイプラインの設置工事を今年末までに完了することができたとしても、202012月に課された膨大な制裁は、もしそれらが実行された暁には、実際にガスを流すのに必要となる保険や認証手続きは妨害されることであろう。

NS2は現時点まではドイツと米国との間、ならびに、ドイツと他の同盟国、つまり、ポーランドやバルト三国およびウクライナとの間に溝を形成することによってクレムリンの地政学的目標を適えてきた。

・・・グリーンパーティは環境問題の観点からこのプロジェクトには反対であって、9月の総選挙後の連合政府の一部としてこのプロジェクトを潰す立場をとるのではないか。

最近、欧州議会はふたたびこのプロジェクトの阻止を表明した。フランス人の欧州政策担当大臣はNS2はナヴァルニー毒殺未遂事件に応えてスクラップにするべきだと言った。

これらの反対意見に曝されて、クレムリンはNS2の稼働に同意する代わりにドンバス地区に対する支援を打ち切る決定をするかも知れない。NS2は今やロシアの対独関係を害している。つまり、クレムリンはこの状況を反転させたいのではないか。

・・・制裁だけではロシアをウクライナ東部から撤退させることはできない。しかし、西側とのビジネス関係を元に戻すというもっと大きな枠組みの中でNS2ならびにドンバスの両方に絡めて制裁を解除することはクレムリンの政治目標にも適うのではないか。

これですべてがうまく行くとは言えないが、米国の主流のシンクタンクが米ロ間の和解策を議論し始めた事実は、たとえその手法がどのようなものであったとしても、素晴らしいことだと思う。ひとつの前進であると言えよう。他にもさまざまな議論があることだろうが、建設的な和解策はどんどん出して貰いたいものである。

何時も言っていることではあるが、ウクライナにおける米ロ間の衝突は潜在的には核大国間での核戦争の勃発に繋がることが懸念されることから、そして、戦争への展開は通常極めて非線形であり、突発的に拡大し、想像もつかないような論理の飛躍があることからも、米ロ間の武力衝突は双方が回避に向けて是非とも全力を払って欲しいと思う。

参照:

2Germany’s Political Crisis and the Future of Nord Stream 2: By J. Hawk exclusively for SouthFront, April 03, 2021





2021年4月17日土曜日

トウルシー・ギャバ―ドのバイデンに対する言葉 - 武力の誇示を止めて、ロシアとウクライナ間の紛争が核戦争になるのを回避すべきだ

 

先日(415日)、私は「米国による対欧州戦争 - 911テロ攻撃の欧州大陸版」と題した投稿をしたばかりである。そこでは、ザ・セイカーのサイトから引用した記事の仮訳をご紹介した。また、それに加えて、ウクライナ紛争に関する最新の情報をいくつかご紹介し、「世界規模の核戦争に繋がる恐れのある米ロ間の直接武力紛争は絶対に回避するべきだ。これ以上重要な政治課題はあり得ない」と私の主張も付け加えた。

私がブログで主張している点と全く同様の発言をしている政治家が米国にいる。彼女の名前はトルシー・ギャバードで、前下院議員である。416日のRTの報道では米FOXニュースのタッカー・カールソンによるインタビューの内容が伝えられている。その模様を報じる短い記事(注1)があったので、それを仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。

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最愛の人たちが「核戦争によって生きたまま焼き殺されるのを見たくはない」ならば、政治家は「武力に訴えた」行為を慎み、緊張緩和を始めるべきだ。これはハワイ州選出の前下院議員であり、米陸軍のベテランでもあるルシー・ギャバ―ドの言葉だ。

木曜日(415日)、フォックスニュースのタッカー・カールセンとのインタビューでギャバ―ドは「米国市民はウクライナのためにロシアと戦争をしたいのかどうかを決心しなければならない」と言った。「もしも戦争をしたくないならば、好戦的な文言を慎まなければならない。」

「米ロ戦争はわれわれの想像を絶するような代価をもたらすであろう」と彼女はカールセンに言った。「このことはあなたの視聴者の皆さんのひとりひとりに直接的な影響をもたらすだろう。」

「この戦争には勝者はいない」と彼女は付け加えた。

ドンバスにおける紛争は親ロ派でウクライナからの分離を標榜するふたつの共和国がキエフからの独立を一方的に宣言した2014年に始まった。同年の終わり頃和平協定が合意されたが、両者は相手の停戦違反を絶え間なく報じている。この地域の大部分は現在ウクライナから分離して、ドネツクとルガンスクのふたつの共和国に含まれる。キエフ政府によると、認証されてはいないこれらふたつの共和国は両者共ロシアによってコントロールされていると言うが、クレムリンはこの主張を否定している。モスクワ政府はドネツクとルガンスクはウクライナの一部であると言っている。

関連記事: Russian troops on Ukraine border ‘ready to defend country’ in event of war says Defense Minister Shoigu, warning of NATO buildup

この数週間というもの、全面戦争の恐れがいやましに高まって来た。メディアの報道によると、ロシア軍の兵力や機材が動員され、その傾向はクリミア半島とウクライナ東部との国境地帯で著しい。この状況はキエフ政府軍がウクライナ東部のドンバス地域への砲撃を行い、ウクライナ陸軍が同地域で将兵の数を増員したことを受けたものだ。

キエフ政府は米国から支援を受け、米国は資金や武器を提供し、技術支援を行っている。しかしながら、ワシントン政府はウクライナに同盟国としての位置づけを与えてはいない。

ギャバ―ドによれば、ウクライナで戦争が勃発したら大惨事となる。特に、彼女は何千発もの核兵器が相手国に照準を合わせており、戦争になった場合は「何億人」もの人たちが死亡し、悲惨な苦しみを味わうことになるだろうと警告している。

RT.COMからの関連記事:Western allies of Ukraine supplying ‘Kiev regime’ with weapons & inciting ‘bloody, distructive’ force in Donbass, Russia claims

この前下院議員によれば、米ロ間の戦争は「皆が知っているこの世界に終焉をもたらす。」 そのことから、彼女はジョー・バイデン米国大統領に対して制裁を課すことや緊張を高めることを止めるよう呼び掛けた。

「彼がそうしないならば、われわれがロシアと戦争をするのかどうか、あるいは、この戦争は核戦争を招くのかどうかはもはや問題ではない。現実の問題は、その場合、いったい何時戦争が始まるのかという点だ。」

木曜日(415日)に、ホワイトハウスはロシアに対して新たに一連の制裁を課した。30以上の個人や団体を標的にしたもので、これらの制裁は米大統領選への介入や悪名高いソーラーウィンズを巡るサイバー・スパイ事件に対する罰であって、ワシントン政府はこれらはロシア政府による指し金であったと言う。制裁が課された後、記者たちとの話でバイデンは米ロ間の緊張を和らげるよう呼び掛け、「思慮深い対話や外交交渉」を好むと述べた。

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これで全文の仮訳が終了した。

この引用記事の最後の段落が素晴らしい。バイデンが米ロ間の緊張を和らげるように呼び掛けたのだ。仮にこれは単なるリップサービスであるのかも知れないが、バイデン大統領の発言として記録されたこれらの言葉は重い。彼の今後の行動や発言を拘束する効果を孕んでいるからだ。バイデン大統領は今後の行動や発言に今回の言葉を反映して欲しいものである。

ギャバード前下院議員は民主党所属である。2020年の大統領選予備選では大統領候補者の一人でもあったが、結局はバイデンが民主党候補となった。ギャバ―ドは米国の政界では正論を吐くユニークな地位を保ってきた。それだけに、ギャバードの言葉はバイデン政権にとっては無視できない提言であったのかも知れない。

ルシー・ギャバ―ドはウクライナやシリアの情勢に関して多くを語って来た。つまり、戦争を回避する方向での発言である。頼もしい存在であると私は思う。

参照:

1Stop the ‘saber-rattling’ & begin de-escalation before Russia-Ukraine conflict turns into ‘nuclear holocaust,’ Gabbard tells Biden: By Jonny Tickle, RT, Apr/16/2021




2021年4月15日木曜日

米国による対欧州戦争 - 911テロ攻撃の欧州大陸版

 われわれ一般大衆が国際政治の深層を理解できるのは極めて限定的である。少なくとも私にとってはそれが実感である。

たまたま欧州の一角に住むようになって今や10年余り。ブカレストへ引っ越した直後にブログの掲載を始めた。2011年だった。当時掲載したテーマは旅行者気分でのブカレストの紹介が多かった。

しかしながら、程なくシリアにおける内戦に関する報道が目に付くようになった。その中にアレッポに住む一人のシリア市民が掲載した「乗っ取られたシリア革命」(原題:Revolution Betrayed: Corrupt rebel leaders confiscate Syria dream of freedom: By Herve Bar - ATME (Syria), Information Clearing House, Feb/13/2013 )と題された英文記事があった。それは「反政府勢力の腐敗がシリアの自由の夢を台なしにした」という悲痛な叫びであった。私の知る限りでは、このような記事は主要メディアでお目にかかることはない。そういう自覚から、私は、2013217日、この記事を仮訳して、自分のブログに掲載した。今思うと、あの英文記事は私にとっては宿命的なとも言えるような出遭いであった。小さな記事ではあったが、ノンポリであった私を目覚めさせる役割を十分に演じてくれたのである。

それ以降、シリア内戦についての私の関心は高まるばかりとなった。あれから8年余り、さまざまな出来事が次から次へと起こった。私の関心を引き付けた出来事はどれを取っても素人である私には極めて刺激的な内容であった。つまり、代替メディアが報じている記事はどの出来事を取り上げてみても、政治家の嘘、主要メディアによる情報操作、ジャーナリズムの死、民主主義の崩壊、一般庶民の大量虐殺、等に満ちており、目をそむけたくなるような内容が軒を連ねていた。素人目にさえも明確に理解できるのに、国際政治を担当するプロのジャーナリストはいったい何をやっているのだろうかと危ぶまれる程であった。そして、私のこの思いは今も続いており、衰える気配はない。

非力ながらも私が主張したい最大のテーマは、読者の皆さんにはすでに分かっていると思うが、「戦争の回避」である。特に、核大国間における武力衝突の回避である。なぜならば、核大国間の直接の武力衝突は人類の消滅を意味するからだ。

ここに、「米国による対欧州戦争 - 911テロ攻撃の欧州大陸版」と題された記事がある(注1)。何とこれは米国が日頃から自国の盟友として扱って来た筈の欧州に対する戦争のことだ。奇怪に聞こえるかも知れない表題ではあるが、この記事は米国の戦争屋の論理を解析しようと試みており、そのことが私の関心を引いた。

今日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

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平和を希望する者にとっては戦争をしたがる連中の論理を理解することは極めて重要である。本日私がやろうと思うのは何故に米国はロシアに対してだけではなく、欧州に対してさえも戦争をしているのかに関してその理由をすべて列挙することだ。箇条書きで示してみよう(順序は特に付けずに列記する)。

帝国とロシアとの間ではすでに数年間にわたって戦争が続いている。少なくとも2013年からだ。今までのところその戦争の80%は情報戦争で、15%は経済戦争、たった5%が物理的な戦争である。しかしながら、当初からこの戦争は両者にとっての浮沈をかけた戦争であって、依然として今もそのまま変わらない。この戦争が終了した暁には一国だけが残り、もう一方は崩壊し、大きな変貌を余儀なくされるだろう。上記に示した数値は今変化しようとしている。

バイデン政権では米国の政治の場面においてもっとも酷いロシア嫌いが名を連ねている。アンドレイ・マルトウアノフが書いた素晴らしい記事もチェックして欲しい[訳注:アンドレイ・マルトウアノフのブログ「Reminiscence of the Future...」から202141日付けの「They (Neocons) May Have Anger Issues...」と題された記事。] 彼のブログはこのことをよく説明している。私がもう大分前の2008年に書いた「How a medieval concept of ethnicity makes NATO commit yet another a dangerous blunder」と題した記事もあなた方読者にとっては興味深いのではないかと思う。

言うまでもなく、(バイデン政権に蔓延している)政治的に目覚めた者たちやセクシャルマイノリティは誰もが(極めて間違った見解ではあるのだが)「白人」とか「キリスト教徒」として、ならびに、「保守的」であるとしてロシアを憎んでいる(後者だけはほとんど間違いないが)。

今までのところ、オバマやトランプおよびバイデンの努力は何の成果も実現してはいない。あるいは、せいぜい成果を挙げたとしても、それは実現しようとした目標についてではない。つまり、ロシアは主権や経済の独立をさらに拡大し、ロシアの人々はプーチンの周りに結集し、ロシアの政治的場面は今までには見られなかった程に「反西側」となっている。ロシアに対する米国の計画は失敗した。本当だよ!ロシアの人々(ならびに、政治家たち)は誰もが米国がやろうとしたのは国として、市民国家として、さらには、知的社会としてのロシアを崩壊させることであったと理解している。

すべての政権の無能で、腐敗した「指導者ら」による何十年にも及ぶ期間を過ごした後、如何なる関連指標を取り上げてみても米国は恐ろしい程の状況に陥っている。米国と欧州とが今まで分け合ってきた「帝国の分け前」の全体の大きさはより小さくなったことから、米国は相対的には以前よりも大きな分け前を獲得しなければならなくなった。3B+PUの国家に脅威を与えることはないが、米国(エネルギーコストが高い)に比較してEUを今まで以上に競争力をつける(エネルギーコストを下げる)ことになるノルドストリーム2に対して米国は反対である。こうして、ノルドストリーム2は如何なる代価を払ってでも中止させなければならないのだ(バイデンはノルドストリーム2を廃止に追いやるためにエイモス・ホックシュタインを「特使」に任命した)。 [訳注:残念ながら、「3B+PU国家」の意味は不明。今後その意味が判明したら、追記します。政治に関する略語ではないかも知れません。ひとつだけ可能な訳がありますが、「3塁手兼攻撃の推進役」とすれば文脈上では米国のことを指して、ピッタリ。しかし、野球用語が突然現れることに違和感を覚えます。しかしながら、これは米国人にとってはごく自然な表現かも知れません。]

当面は、EU(主としてドイツ)は米国の圧力には耐え忍んでいるが、ウクライナでの大規模戦争の勃発によってノルドストリーム2は瞬時にキャンセルとなるであろう。こうなれば、米国のネオコンにとっては政治的な大勝利となる。

米国の民主党が作り出したウクライナのナチ・バンデラ信奉者の集団(オバマやバイデンに投票をした連中は恥を知れ!)は如何なる尺度を使って評価したとしてもブラックホールになってしまい、戦争が勃発した暁には、米国にとっては「西側帝国の分け前」のより大きな部分を掴み取るもうひとつの機会となるであろう。こうして、これは欧州に対しては米国に対する影響よりも遥かに大きな影響を与えることとなろう。

次に、たとえロシア軍が現在の境界線の向こう側に留まるとしても、ウクライナ国内であからさまな干渉を行ったとしたら、それは直ちに西側に開戦の騒ぎを引き起こすこととなろう。このような状況は欧州大陸全域に米軍の全面的な展開をもたらすことになる。

また、もしもウクライナのナチ・バンデラ国家がNATOに(如何なる形であっても)参加することが認められるとするならば、NATOは大半が反NATO的であるウクライナ東部の住民と対峙しなければならない。したがって、「分断」と「侵攻」をロシアの責任であると主張し、ドンバスの住民を殲滅し、ウクライナの親ナチ勢力だけをNATOへ組み入れることは米国およびNATOの関心にぴったりと合うのである。ウクライナの中で米国・NATOが実際に欲しい地域は、もちろん、クリミヤである(これは昔の英国の夢でもあったのだ!)。 そんなことが起こることは決して許さないとプーチンが断言していることから、今や、このはかない希望が実現することはないだろう。

欧州における政治の舞台は今深刻な危機に襲われている。ある国(英国やスペイン)は崩壊の瀬戸際にあり、何れの国も新型コロナ危機に見舞われ、至る所で暴動が起こっている(「平和国家」である筈のスイスにおいてさえも、サンクト・ガレンでは警官がデモ参加者に向けてゴム弾を発射した)。これは、率直に言って、(米国が欧州に君臨するための手段である)EUの長期的な将来を脅かすものとなる。戦争を引き起こすと、それは世の中を一変させるであろう。まさに911の自作自演作戦が米国の政治的風景を一変させてしまったように・・・。

そして、問題は軍事的観点から言えば驚く程にその機能が衰えているのであるが、政治的には極めて効果的な組織であるNATO自身だ。1991年以降、この組織は存続の理由を失った。ウクライナで新たに始める戦争は今後何十年にも渡ってこの組織に(偽物ではあるが)目標を与えてくれる。こうして、欧州は米国の植民地となる(もちろん、新たに加盟した国々はこの戦争を望んでいるが、古参の加盟国はそれ程望んではいない)。

ノルドストリーム2がすでに95%も完成しているという事実はアンクル・サムにとっては侮辱であり、バイデン政権はこれらのくだらない欧州諸国に「ボスはいったい誰か」を誇示したいことであろう。戦争を引き起こすと直ちにノルドストリーム2は停止となり、これは欧州に安いエネルギーを供給することを阻むだけではなく、このプロジェクトのためにすでに投下した何十憶ドルもの金は無駄になり、欧州諸国は将来もっと多額の金をロシアに対して支払わなければならなくなるだろう。

ウクライナは、自国の国境問題がすべて解決するまでは、少なくとも公式的にはNATOに加盟することはできない。これが公式のプロパガンダが示す方向性だ。しかし、仮にロシアがドンバスに介入したらどうなるのか。ポーランドが何個師団もの兵力をリュボフやイヴァノ・フランコフスクへ送り込んだとしても決して不思議ではない。そして、それは事実上ウクライナの西部地域をポーランドの管理下に置くこととなる。つまり、NATOの管理下となる。こうして、さらには米国の管理下となる。そして、住民投票といった投票はまったく必要ないのである。こんな風に、ドンバスにおける戦争を目にしている間にすべての出来事が起こるのであろう。


この長い箇条書きは続けようと思えば続けられるのではあるが、言いたい点は明白であると思う。つまり、バイデン政権にとってはこれから起こる戦争はまさに夢が実現するようなものであって、一個の石で何羽もの鳥を仕留めることに等しい。もっとも重要なことはこれはロシアを酷く傷つけるという点だ(ロシアはウクライナ東部に集結するウクライナ軍とNATO軍の組み合わせには軍事的にはいとも簡単に対処できるのだが)。

もちろん、上に記したすべてのことはロシアは脆弱であり、米国は難攻不落であるとする米国の政治家たちのひどく間違った思い込みにその基礎が置かれている。米国の政治家は実に厚かましく、自己陶酔的で、預言者的な自己崇拝に陥り易く、歴史には(あるいは、下層土の範疇に入るような事柄についてはそれが何であっても)極めて疎い。このことを記憶しておいていただきたい。

結論:米国は欧州大陸での911的な心理作戦を準備している。さらに悪いことには、いったい何を、いったい誰が、いったいどうやってそれを食い止めることができるのかがまったく分からないのだ。

あなたにはお分かりかな?

それでは、

ザ・セイカー

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これで全文の仮訳が終了した。

米ロ間では2013年に戦争が始まったと著者は言っている。しかしながら、具体的な出来事については何の説明もない。ウクライナではマイダン革命(2014年)によって選挙を通じて民主的に選出されていた当時のウクライナの政権が暴力化した市民のデモによって追い出され、それに代わって米国主導の傀儡政権が樹立された。もちろん、この傀儡政府は米国によって速やかに承認された。この出来事の準備段階として、2013年には米国のNGOが潤沢な資金をばら撒いてウクライナ国内で反政府デモを大々的に組織化し、親ロ派のヤヌコヴィッチ政権の転覆を目指していた。米政府の資金が入っているNGOによって反政府デモに対する支援活動が公然と行われ、その勢いを増していたのは2013年のことであり、20142月のマイダン革命へと繋がった。マイダン革命における米政府の関与は実にあからさまであって、多くの詳細が記録され、多くの事実が報道されている。これは私の推測はであるが、このことから著者は米ロ戦争は2013年に始まったと判断したのではないだろうか。今後、物理的な米ロ戦争がさらに拡大するとすれば、もっとも可能性が高い戦場はロシアの玄関口に位置するウクライナであろう。

そして、著者は現行の「米ロ戦争の80%は情報戦争で、15%は経済戦争、たった5%が物理的な戦争である」と述べている。物理的な戦争は現時点では米ロ間で直接起こっているわけではないが、間接的な米ロ戦争、つまり、代理戦争は起こっている。典型的には、ロシアやイランがシリア政府への軍事支援を行い、米国およびイスラエルならびに英仏は反政府勢力を支援し、シリアを叩いて来た。著者はこの代理戦争の状況を物理的な戦争と指しているのではないか。それとも、もっと広い意味で、米ロ両国の戦争準備を指しているのであろうか。あるいは、その両方を指しているのかも知れない。

米国はNATOを通じて対ロ戦争の準備を行ってきたという事実は明白である。もっとも明白な事実はNATO圏の拡大であろう。そして、物理的な事例を挙げると、私が住んでいるルーマニアにはイランからのミサイルを防衛するためであるとの触れ込みでNATOのミサイル防衛システムが設置された。その運用は2016年から始まった。米国はこのミサイル防衛システムの建設のために8億ドルを費やしたと報じられている。イランからのミサイルを防衛するためだという米国の説明に対して、ロシアにとっては安全保障上の脅威であるとしてロシアはこれを批判した。ロシア側は同システムはロシアに対する攻撃用システムとして何時でも転用可能であると指摘している。もちろん、米国やNATOはそれを否定した。そして、今、ポーランドでもミサイル防衛システムの設置が同様に具体化しているところだ。これらはすべてがNATOという枠組みの中で進められている。これらのふたつの国は、バルト三国と並んで著者が言うところの「NATOの若い同盟国」の国々である。

ロシアのショイグ国防相の最近の言葉によると、ロシア連邦軍は戦争の挑発が増えるばかりの現状を受けて、ロシア軍の準備状況を確認する演習を連邦軍全体で進めているとのことだ。この大規模な演習には四つの軍管区のすべてが参加し、101カ所にある軍事訓練施設で訓練や演習が行われている。なお、ウィキペディアによれば、ロシア連邦軍は90万人を擁し、戦時には国防省の指揮下に組み入れられることになる準軍事組織には別途55万人がいる。そして、ショイグ国防相は抜き打ちで準備状況を視察した後、413日、記者団にこう語った。「我が軍は準備を完了し、軍の安全保障を確実に守る能力を示している。現在、我が軍はさらなる訓練や演習に取り組んでいる。」

一方、NATOには30ヵ国が加盟している。米ロ戦争には、当然、その綱領に基づいて一カ国が攻撃を受けた場合には他のNATO加盟国の軍隊も応戦する。ウクライナはNATOの加盟国ではない。しかしながら、ウクライナはNATOの「高次機会パートナー」(EOP)として昨年の612日に承認された。ウクライナのこの新しい位置付けは今後どのような影響力を発揮するのだろうか。

また、ロシア連邦軍は最近開発された極超音速ミサイルを実戦に配備したと報じた。実射テストの結果がRossia 24 TVでユーリ・ボリソフ副首相によって報じられた。極超音速ミサイルの「アヴァンギャルド」の性能テストを実施したところ、最大到達速度はマッハ27に達したという(原典:Russia’a top-notch Avangard hypersonic glider can travel at whopping 30,000km/h – deputy PM: By RT, Dec/27/2018, https://on.rt.com/9lbh)。この種のミサイルに対しては西側のミサイル防衛システムはまったく対処できないと指摘されていることから、米ロの戦力には著しい不均衡が生じていることが明白となった。

トルコ外務省の49日の発表によれば、米国の2隻の軍艦が地中海からダーダネルス海峡を通って、近いうちに黒海へ入ってくるとのことだ。ロシア側に言わせると、これはロシアを挑発し、ウクライナ軍を支援するジェスチャーのひとつである。これらの米艦艇はモントルー協定に基づいて54日まで黒海海域に留まる予定であるとトルコ外務省は述べている。黒海はバルト海と並んでロシアの目と鼻の先に位置しており、NATOがもっとも重要視し、多くの戦力を配備しようとしている戦略的な海域である。413日のRTの報道によると、ロシアの高官らが米政府の要人を引用する際には通常「パートナー」という言葉を用いて形容するが、ロシアのセルゲイ・リアブコフ外務副大臣の最近の言葉からはこの単語が消えたという(原典:US should stay clear of Crimea and Black Sea 'for its own good,' says Moscow's deputy FM, as American war ships move closer to Russia, By RT, Apr/13/2021)

また、48日の報道によれば、ロシア政府はカスピ艦隊から上陸用舟艇や砲艦を含めて10艘以上の艦艇を黒海へ送り込み、軍事演習に参加させたということである。カスピ艦隊は小さな艦艇で構成されているが、2015年に巡航ミサイルを駆使してカスピ海から1500キロも離れているシリア国内のISの拠点に対して正確なピンポイント攻撃を行ったことでその存在と能力がよく知られている。その際、民間人の被害は出さなかった。カスピ艦隊は喫水の浅い小型の艦艇がそろっており、黒海に隣接しウクライナ南東部の海岸線に接続する遠浅のアゾフ海はこれらの艦艇にとっては格好の活動海域になるだろうと言われている。

米ロ戦争の戦場になると見られているウクライナの現状は今どんなであろうか?ウクライナのゼレンスキー大統領は同国のNATOへの加盟を標榜している。414日の報道によると、ウクライナの要望に対して、「アメリカはロシアとの緊張を抱えるウクライナと共にあるものの、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟に関する決定は同機構が下すことになる」とホワイトハウスのジェン・サキ報道官が記者会見で述べている。(原典:「ウクライナのNATO加盟要求に対するアメリカの見解」:TRT(トルコ・ラジオ・テレビ協会の日本語版)、07.04.2021~14.04.2021

著者が述べているように、NATOの公式見解通りにNATOが行動するかどうかは誰にとっても何らの確信はないと見るのが妥当のようだ。つまり、ウクライナがNATOの加盟国であるかどうかは問題外となるだろう。軍事行動を起こす際にはお決まりの自作自演作戦を行い、相手(つまり、ロシア)が攻勢を仕掛けて来たから防衛するのだと主張することであろう。そして、西側のプロパガンダ・マシーンは強力な動員力を有し、大きな影響力を持っているのはご承知の通りである。

この記事の著者によると、これらの現段階での出来事はどれもが情報戦争や心理戦争の範疇に分類されるのであろうが、現状を見ると、熱い戦争というまったく異なる段階に限りなく近づいているという印象は拭いきれない。

米ロ間の状況は間違いなく悪化している。

また、著者は「米ロ戦争の80%は情報戦争で、15%は経済戦争、たった5%が物理的な戦争である」と述べ、その後で、これらの数値は今変わろうとしているとも付け加えた。言うまでもないが、文脈上からはこれは物理的な戦争のパーセンテージが拡大しつつあるという意味である。最近の米ロ双方の諸々の動きを見ると、その感は強まるばかりである。全人類にとっては非常に不幸なことだ。

ところで、最近、ウクライナを巡る国際政治にまったく新たな要素が加わった。それはトルコの動きである。トルコはNATOの加盟国であるが、ロシアのプーチンには数年前の国内での軍事クーデターの際には情報を事前に提供して貰い、エルドアン大統領はこれに対処し、クーデターを未遂で終わらせることができた。それ以来、エルドアンとプーチンとの個人的関係は良好である。410日のドイツからの報道(原題:Turkey's Erdogan voices support for Ukraine amid crisis: By DW, Apr/10/2021)によると、ウクライナのゼレンスキー大統領はイスタンブールを訪問し、エルドアン大統領と会談した。エルドアンはゼレンスキーを歓迎した。さらに、エルドアンはウクライナ危機は対話を通じて解決すべきであると述べた。また、ウクライナの領土の保全を支持するとも言った。ロシアとウクライナとの紛争についてのエルドアンの姿勢はどんなものなのだろうか?トルコはロシアとの間でエネルギー供給や貿易の面でさまざまな協力関係を築いている。また、トルコは米国の反対を押し切って、ロシア製のS-400対空ミサイルシステムを導入した。クリミア半島にはトルコ系のタタール人が多数住んでいる(総人口約189万人の内で26万人がタタール人)。2014年のクリミアでの住民投票ではタタール人の住民も含めて圧倒的多数がロシアへの復帰に投票したという経緯がある。トルコ国内には数百万人にも及ぶタタール系住民が住んでおり、エルドアンとしてはこの勢力の感情を逆撫ですることは政治的に考えられない。彼はクリミア半島のタタール人の福利を最優先、国内のタタール人勢力を味方に引き付けておきたいであろう。さまざまな紆余曲折があっても、最終的にはトルコはロシアを敵に回したくはない筈だ。むしろ、トルコが米国や西側による地政学的な対ウクライナ政策歩調を合わせるのではなく、実利を直視するエルドアンの動きはウクライナ危機を沈静化させ効果が出て来るのではないかと期待される。

私が国際政治に期待したい点は、戦争好きな西側の将軍たちは血が上った頭を冷やし、政治家たちは延々と続く戦争には辟易としている選挙民の心情を汲んで、米ロ間の直接の武力衝突を避ける方向を模索して貰いたいことに尽きる。近年現れた米ロ間の軍事能力のギャップの拡大を考えると、なおさらのことである。大量の核弾頭を保有する核大国の指導者の頭の中ではいったいどんな考えが支配的であるのだろうか。それについては知る術がないが、先制核攻撃によって一国だけが生き残れるという非現実的、かつ、無責任な思い込みは捨て、核大国間の核戦争を回避するためにも核戦争の引き金になり兼ねない米ロ間の直接武力衝突は徹底して回避して欲しいと思う。人類の存続を考えると、これ以上に重要な政治課題はない。

参照:

1The US war on Europe: a continental 911? (OPEN THREAD #7): By The Saker, Apr/08/2021





2021年4月10日土曜日

中国は今後アジアをどのように変えて行くのか

中国とイランは古くから文明が栄えて来た大国としてアジア圏では異彩を放って来た。これらふたつの国が、今、貿易や経済、政治、文化、安全保障の面で協力を深めつつある。両国は、最近、今後の25年間にわたって戦略的な協力関係を推進することに合意した。

米国から経済制裁を受けているイランにとっては現地通貨で決済が可能な対中貿易を拡大し、国内経済を支えることは最優先の政策であるし、一帯一路政策を推進する中国にとってはイランはその先にあるエネルギー供給源である中東への進出に必要な足掛かりを提供することになる。この動きは両国にとって戦略的にはもっとも重要な課題のひとつであろう。これは中国が得意とするウィン・ウィン・ゲームの好例とも言えよう。

日本国内では、45日に公開された読売新聞の世論調査によると、菅首相が訪米し、バイデン大統領との首脳会談において日米関係が強化されることついて世論の83パーセントが「望ましい」と考え、中国に対して圧力を強める米国に日本の世論の67パーセントが同調すべきだと答えているという。

私の個人的な見方では、この世論調査は非常に短期的な視点からの調査に終わっていると言うしかない。なぜなら中国とイランは古くから文明が栄えて来た大国としてアジア圏では異彩を放って来た。これらふたつの国が、今、貿易や経済、政治、文化、安全保障の面で協力を深めつつある。両国は、最近、今後の25年間にわたって戦略的な協力関係を推進することに合意した。

米国から経済制裁を受けているイランにとっては現地通貨で決済が可能な対中貿易を拡大し、国内経済を支えることは最優先の政策であるし、一帯一路政策を推進する中国にとってはイランはその先にあるエネルギー供給源である中東への進出に必要な足掛かりを提供することになる。この動きは両国にとって戦略的にはもっとも重要な課題のひとつであろう。これは中国が得意とするウィン・ウィン・ゲームの好例とも言えよう。

日本国内では、45日に公開された読売新聞の世論調査によると、菅首相が訪米し、バイデン大統領との首脳会談ば、衰退の一途を辿っている米国と台頭しつつある中国との二国間関係は今後時が経つにつれて時の利を得るのはますます中国であろうと推察されるからだ。したがって、日本について言えば、長期的ならびに大局的な観点からすると米国にべったり追従しようとする菅政権の判断は政権の存続を第一にした短期的な見方しかしないと思えるのだ。こんなことが起こって欲しくはないのだが、長期的な国益は無視され、日本の亡国を加速することになるのではないかと危惧される。

ここに「中国は今後アジアをどのように変えて行くのか」と題された記事がある(注1)。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。

著者はロンドン大学の東洋アフリカ研究学院に籍を置く政治学者で、パキスタン出身のようだ。西側の学者とは違った意見を拝聴することができるのではないかと期待する次第だ。

***

イランは今後の25年間のために中国と数兆ドルにも達する契約を結んだ。中国が今まで採用して来た経済政策、ならびに、西アジアは西側との結びつきが余りにも堅固であったことから新参者が参入することは非常に困難であったという理由も含めて、中国は、今や、かっては考えも及ばなかったようなやり方で西アジア・中東における足跡をより多く記そうとしている事実を否定する余地はほとんどない。中国が始めている経済革新の力はイランにとっては膨大な発展をもたらすばかりではなく、イランは自国の競争相手であるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)といった国々を含む中東地域に向けて中国がその活動をさらに広げる際の貴重な足掛かりとなることであろう。中国にとっては、中東における自国の存在や展開を通じて経済的な利得を期待することができよう。また、それだけではなく、中国の存在は現出しつつある米中間の世界規模での競争に勝って、第二次世界大戦以降の米国の覇権や中東地域に見られて来た圧倒的な支配を押し戻したいとする欲求によっても駆動されている。

こうして、中国外相が先週中東を訪問した時彼は単にイランとの契約書に同意の署名をしただけではなく、彼がもっと興味を示し、注力したのは新しいゲームのルールを導入することであった。つまり、順序としては何よりもまず、経済への関与や結びつきに焦点を当てることであった。それは、要するに、伝統的な湾岸諸国間の緊張といった話ではない。王毅外相がサウジのMBS王子と会い、サウジの立場を支持し、外部勢力がサウジの国内問題に干渉することに異議を唱えた際、王外相はジョー・バイデン政権とは現在必ずしも良好な関係を持ってはいないMBSに中国との関与を「模索し、サウジ自身の状況に合致した開発の道を見い出す」絶好の機会を与えたのである。この道は、王外相がサウジの公的なニュース・チャンネルとのインタビューで強調したように、「超大国による地政学的な競争からサウジを解き放ち、同国の地域的現実によく合った開発の道を独立した形で推進することを可能とすることであろう。」

現状では、中国はサウジアラビアに対してもイランとの間で合意したものと同様の開発の道を提案した。こうして、中国はペルシャ湾における地政学的な競争のゴタゴタには巻き込まれないよう望んでおり、新たな航路を進もうとしているのだ。つまり、同地域における国々は、スンニ派とシーア派あるいはムスリム同胞団といった宗教勢力の間に存在するライバル観を含め、地理経済や地政学あるいはイデオロギー上の競争意識を完全に断ち切ろうとしている。

したがって、さまざまな開発プロジェクトや原油生産の増強、物品の供給を含めて、中国はイランと数兆ドルにも達する契約に署名する一方で、中国はサウジアラビアとの連携をも拡大している。それらの連携活動にはサウジの希望に沿って中国への原油輸出量を拡大し、石油化学や核エネルギーならびにその他のエネルギーの分野を含めて、中国からの資本投下を確保することが含まれる。さらには、新分野として5Gや通信、デジタル技術での活動を拡大することも含まれる。サウジアラビアは中国と湾岸諸国との間の自由貿易交渉を推進するために中国との合弁事業を行いたいとMBSは付け加えた。

こうして、ライバル関係にある両国へ地政学的な緊張やライバル意識を避け、どちらかと言うと互いに似通った経済開発の枠組みを提言することによって、中国は米国のような外部勢力には最小の余地だけを残すような経済環境を確立し、湾岸地域が過去数十年間にわたってそうであったように今後も同国にとって有利な状況を継続することができるように操ろうとしている。

サウジアラビアのために米国がイランに対して課した経済制裁の軛をぶち壊す機会を与える一方で、イランにおける中国の投資は、ジョー・バイデン政権にとってはMBSを次期国王に押すことは気が進まない中、米国との関係を組み直すひとつの機会をもたらすことになろう。

湾岸諸国に外部の地理経済との連携を多様化させ、米国に対する依存性を減少させることができる機会を提供することによって、中国は西アジアにおける米国の地位に深刻な挑戦を挑んでいる。米国の地位はどのように保たれるかと言うと、不安定な地政学的シナリオを駆使し、自国のために軍事的に強固な守りを敷き、米国の軍産複合体をまず第一に維持することに依存しようとする。その一方で、中東諸国にとっては、中国経済が提供しようとする新たな道は国庫収入の第一の収入源である原油に何十年となく依存して来た今までの道とは大きく異なるものとなろう。 

中国自身にとってはどうかと言うと、ジョー・バイデンが米国や日本、インド、オーストラリアといった国々で構成された4ヵ国を通して反中同盟を組織しようとしている中、中国は中東に関心を向けている。サウジアラビアやイランおよびUAEといったお互いに競争相手である国々へ接近することによって、中国は米国の野心に挑戦する姿勢を示し、米国が中国を国際的なレベルで包囲することをますます困難なものとしている。

何兆ドルにも達する中国との契約が暖かな歓迎の意を持って迎えられたという事実は湾岸地域は自分たちが現在置かれている地理経済的な景色をいかに変えたいと願っているのかを物語っている。この意味においては、中国と湾岸地域との結びつきは、米国と湾岸地域との結びつきとは異なって、それぞれの将来の道が互いに交差し、さまざまな国益に資するようになるであろう。

中国が署名したイランとの連携および深まりつつある他の湾岸諸国との繋がりは現行の地理経済を根底から覆す潜在力を持っている。湾岸諸国は自分たちの提携相手を多様化し、米国に対する依存性の度合いを低下させることによって、この地域の地政学的なシナリオもまた劇的な変化を遂げることになるだろう。

したがって、中国とイランとの間の連携をただ単に孤立した出来事として捉えることは間違いとなる。事実、王外相によるイラン訪問はイランやサウジアラビア、トルコ、オマーンそしてUAEに対して中国は経済開発に主眼を置いた共通の政策を適用しており、この地域全体を如何にひとつの領域として捉えているのかをよく示している。中国にとっては並々ならぬ歓喜となったことであろうが、中国が行ったと報じれらているウイグルでの「大量虐殺」についてサウジアラビアは米国のキャンペーンを支持することは拒んだという事実は中国がますます受け入れられて来たことを示すものであり、これは米国にとっては大きな失望である。

著者のプロフィール:サルマン・ラフィ・シェイクは国際関係やパキスタンの内政・外交を専門とする研究者であり、分析の専門家である。主としてオンライン誌の「New Eastern Outlook」にて執筆している。

***

これで全文の仮訳が終了した。

この引用記事には西側の主要メディアが報じたくはない事実が述べられているようだ。たとえば、サウジアラビアのMBS王子は中国が行ったと報じれらているウイグルでの「大量虐殺」について米国のキャンペーンを支持することを拒んだという。サウジは米国一辺倒の姿勢から中国との連携へと大きな方向転換を行ったように思える。歴史的な動きである。換言すると、中国の影響力が如何に大きいのかを物語っているとも言えよう。このような新たな趨勢が今後何十年も続くとしたら、現在米国を中心として動いている世界は間違いなく大きく変って行く。

このような歴史を変えるような出来事についての報道が代替メディアにしか期待できないとすれば、彼らの存在感は今後ますます確固としたものとなるであろう。このことは既存の主要メディアが全体としてその読者や視聴者を失っている趨勢を説明する中心的な要素なのではないかと思われる。われわれ一般庶民にとっては主流メデイアだけに依存していると、偏った情報だけにアクセスすることになる。つまり、1%にとって好都合な情報だけに接することになる。こうして、洗脳されるがままとなる。今、われわれは情報社会にますます深く入り込んで行こうとしている。洗脳されることを避けたいならば、われわれ一般庶民は代替メディアを根気よく検索し、自らの見識を磨き、築き上げて行くことが必須となる。

時代はすっかり変わったという感覚を持ち、あくまでも事実や真実を求めながら、現行のポストモダーン社会を乗り切って行きたいものである。

参照:

1How China is Going to Reshape Asia: By Salman Rafi Sheikh, NEO, Apr/01/2021





2021年4月4日日曜日

われわれは何かを知ることはないだろうとあんたは思っている。ね、そうだろう?

BBC(英国放送協会)は長年世界のジャーナリズムを牽引して来た。私が個人的に感銘を受けて来たのはBBCが提供した数々のドキュメンタリーの分野である。政治の分野においてBBCがどれだけ貢献して来たのかについて言えば、私がノンポリであった昔のことについては何も言えないが、少なくとも直近の「ポスト・モダーン」時代のBBCは、学校で教えられたジャーナリズムの中核的な使命から判断すると、英国政府の低迷と弧を一にして凋落の一途を辿っているように見える。残念なことではあるが、国営放送局の宿命であろう。

ここに、「われわれは何かを知ることはないだろうとあんたは思っている。ね、そうだろう?」と題された記事がある(注1)。BBCのことを書いたものである。しかも、BBC内部の著名な人物が作成した一本のドキュメンタリーが論考の対象である。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

昨今の西側のメディアは偏向しているとしばしば言われている。しかも、その傾向は強くなるばかりだ。BBCはかっては国際的にも群を抜いて指導的な地位を保っていたが、恐らくは今でもそう思っているのではないか。BBCの現状を少しでも多く知ることができれば、われわれ一般庶民にとっては国際政治を理解する上で有益であろうと思う。

***

6部に分かれ、7時間を超すドキュメンタリー(題名:「あなた方のことは自分の念頭から消すことができない - 現代世界の感情的な歴史」)の中で著名なドキュメンタリー制作者であり、BBCのために何十年にもわたって仕事をして来たアダム・カーティスは「今や何の意味も成さず、物事が起こる理由を理解しようとしてもまったく意味がない」と言う。われわれの理解には極めて顕著な変化が起こっていると冒頭で述べ、彼は断片的で無知な現代的精神を紹介する作業へと移行する。彼はBBCのアーカイブから際限もなく動画映像を取り出して来るのであるが、それらはあるひとつのテーマから何の脈絡もない他のテーマへと次々と跳躍する。この状況こそが彼が指摘したい点なのだ。

視聴後の感想を担当するガーディアン紙のルーシー・マンガンはそのことを認め、「このドキュメンタリーは素晴らしい。圧倒されるような経験を与えてくれる」と書いている。まったくその通りだが、それは彼女が五つ星を与えようと考えたからではない。このドキュメンタリーは確かに素晴らしいし、見事である。だが、それは人々をひどく困惑させるという意味においてもそうなのだ。あるいは、魔力を持っているとも言える。しかし、それは何の目的のためであろうか?

カーティスは今や何の意味も成さないと言う。つまり、われわれは誰もが「LSDによって幻覚症状を起こしている」かのように生きている。世界ではいったい何が起こっているのかに関してわれわれが何かを知ることは決してないだろうと彼は言う。なぜならば、そこには何の論理もないからだ。われわれの脳は断片的な記憶、一塊になった映像、偏執狂的な考え、等に襲われる。その様子はまさに感情を交えずにカーティスが事実を語ろうとする映画を観ているようなものである。彼にとっては自分は冷静であるが、他の連中は大バカ者ばかりだと言う必要はまったくない。これは権威を持った声が大騒ぎの中で静かに主張する時の男のスタイルなのだ。極めてBBC的である。

「すべてが相対的だ」が基本的なメッセージとなっている。ただ、これは、「すべてが相対的であるという主張を除いて、すべては相対的である」というポスト・モダーン的なミームにおける矛盾に関してカーティスが十分に説明することは怠ってしまったことは除いた上での話だ。それは絶対的でさえある。ある者たちは理解しており、他の者たちは理解してはいない。次の動画へ進もう。 

「何処を見ても何の意味も成さない世界では何でも起こり得る」ことに関して、衝動的なまでにこまごまに分断された懐疑心を持ちながら彼が寄せ集めたフィルムを観た後、私はある著名な哲学者が「純粋恐怖批判」の中で書いていた事柄を思い起した。

如何なる哲学であってもそれを形にする際に念頭に浮かぶ最初の考えは決まって次の点だ。つまり、「われわれはいったい何を知ることができるのか」という点。すなわち、われわれが知っていると確信できるのはいったい何か、あるいは、仮にそのことを知ることが出来るとするならば、それを知っていると確信することができるのはいったいどんな点かということだ。あるいは、単にそれをすっかり忘れてしまって、そのことについて何かを言うことは余りにも気恥ずかしいと感じるのであろうか?デカルトは「私の心は私の脚とは極めて友好的ではあるのだが、私の心は私の体を決して認識することはできない」と書いて、この問題にヒントを与えてくれた。 ところで、「知ることができる」という言い方は、物事は知覚によって知ることができるとか、知性によって把握することができると言っているわけではない。むしろ、既知のこと、あるいは、すでに知られていること、これから知ることができること、少なくとも、あなたが友人と一緒に喋り合うことができるような事柄を私は指している。

私は自分の頭の中からカーティスの表題が示しているような重要な言葉を絞り出すことには成功しなかった。なぜならば、それらは過去の半世紀またはそれ以上にわたって何時も基本的なこととされていた時代精神、つまり、われわれの時代についての神経症的な懐疑心を伝え、言葉には表されないメッセージを捉えているかのようであった。カーティスの威厳とは違って、少なくともウッディ・アレンには笑わされるのである。

カーティスは真面目な人物である。パート1で彼が真面目にわれわれに伝えようとして、ニューオールリーンズ地方検事のジム・ガリソンはジョン・ケネディ大統領の暗殺に関して裁判を起こそうとしたただ一人の人物であったが、彼は論理にはまったく欠けていたと言う。何時のことであったか彼は部下に向かってメモを書き、非論理的に物事を考えよ、「時と近親者」に基づいたパターンを見つけ出すよう求めたと述べ、カーティスはガリソンは不可思議なパターンが何も存在しない所にひとつの不可思議なパターンを見い出そうとする、気の狂った陰謀論者であると見なすよう望んでいる。これは米国社会の真正面の背後には極秘裏に社会を操ろうとする勢力が存在することをあなた方に納得させるためにも、あれこれと寄せ集め、切り刻み、それらを貼り付け、まったく関係のない事実を繋ぎ合わせて陰謀論を作り出そうとそうとしたガリソンを気の狂った人物として描写しているのである。

CIAのエージェントやメディア界の従犯者に向けて評論家をからかうには陰謀論とか陰謀論者といった文言を使用するようにと呼び掛けたCIAの有名なメモをオーム返しに繰り返して、カーティスは極めて厳かに視聴者に語るのである。そのような気の狂った陰謀論や彼らにそれを伝える手法、および、事象の背後には隠密行動をする勢力が存在し、やがては現代精神に影響を与えるようになるであろうと言う。ガリソンの思考のほとんどは妄想に過ぎなく、彼が主張することには何の証拠さえももたらすことはなかったと彼は言う。換言すると、リー・ハーヴェイ・オズワルドがケネディを殺害したのであって、CIAではない。

この主張は実際には虚偽ではあるのだが、このドキュメンタリーのその後に続く五つのパートの基礎となっている。そして、ドキュメンタリー全体はまったく同様な切り貼り手法を用いて構成されており、「時と類似性」ならびにポストモダーン時代の人たちに喜ばれそうな寄せ集めやコラージュを駆使して、ガリソンは論理や意味が欠如した手法を用いたとしてカーティスは批判している。

これはウッディ・アレン流の冗談ではない。

カーティスが世界中を網羅し、何年にもわたる時の壁を乗り越えて非常に興味深い歴史的なフィルムを見つけ出し、それらを提示してくれたことに関しては私は何の疑いも持ってはいない。彼は如何にして視聴者に訴えるか、如何にして視聴者を恐怖や被害妄想の経験の中へ感情的に、あるいは、夢の中で引き込んで行けるかをよく知っている。このドキュメンタリーを観ていると、周囲には壁が迫って来るのを感じ、闇の中で恐ろしい惨事が起こるかも知れないとの恐怖に駆られることであろう。それは誰もがコントロール下に居るのではなく、コントロール下に居るという概念そのものは妄想に過ぎないからだ。あなた方は何も知ることはない。あなた方は何も知ることはない。何もかもが相対的だ。 

ところで、彼のドキュメンタリーには学び取ることがたくさんある。しかし、文脈がすべてであり、これを視聴するために過ごす何時間にも及ぶ時間は、彼の「感情的歴史」を作家のジョージ・トラウが述べた「文脈がない文脈」に結び付けるためにカーティスがふたたびパート1に舞い戻って来る時、視聴者はパート6へと導かれる。われわれはカオスや複雑さに関する理論、人工知能、複数の自分、麻薬、神経学者や精神分析の専門家らはどうして意識は存在しないと主張するのか、個人主義の時代の中にあってわれわれはそれぞれが個人である、等々を思い浮かべるけれども、誰もがそう信じ込まされているに過ぎないことを学ぶ。デジタルの時代においてわれわれはガリソンが50年前に行っていたことを今そのまま行っているのだ。ただ、今は彼らがインターネット上のデータのパターンから陰謀論をでっち上げ、すべてが狂気の様相を見せている。

余談ではあるが、2001911日のテロ攻撃についてカーティスは「誰も予期してはいなかった」と言う。もちろん、よく知られ、よく確認されているように、米国政府は正真正銘の奇襲攻撃を受けたわけではなく、これは真っ赤な嘘ではあるのだが、カーティスの主張は何が起こるのかに関しては誰も何も知らなかったし、誰も知らないことであるという主張をさらに強化するものであり、無能振りが世間の新しい標準的な状況となり、「何かを意味することは何もない」のであって、まさにJFKの暗殺についてそうであるように、911テロ攻撃に関する公的な筋書きは正しいのである。事件が起こった当初その案件を捜査しようとした人物であった当のジム・ガリソンは不可思議な偶然の一致を信じ込んでいる変人であった。そして、点と点とを結ぼうとする彼の気が狂ったような手法こそが、今日、われわれの世界をすっかり包んでしまっている。

彼がわれわれを現代に連れ戻す時、カーティスはわれわれにこう告げる。「新型コロナは完全に権力システムの外部からやってきたものだ。」もちろん!そのまったく逆を示す証拠がふんだんにあるにもかかわらず、われわれは支配層のエリートたちが機会に翻弄されながらも彼らはコントロール下にあると考える。いや、そうではなく、これはわれわれの勘違いに過ぎない。大失敗が起こる。世界中のエリートたちは如何に腐敗しているか、自分たちの権力を維持するために彼らは如何にしてあらゆる種類の詐欺行為を行うのか、つまり、如何にそういった陰謀を巡らすのかを示すためにカーティスは何時間も費やした後に、陰謀論は存在しないとわれわれに告げる。存在し、かつ、存在しない。われわれはジレンマに満ちた狂気の世界に陥っている。「意味を成すことは何もないことから、何事でも何かになり得る世界であるのだ。」

このことはこのフィルムにも適合し得ると私は思う。だが、そうではなくて、これは実に意味が深い。つまり、絶妙なプロパガンダがそうであるようにね。 

ウッディ・アレンは実に面白くなり得るが、カーティスは彼自身非常に可笑しい。われわれは自分たちが陥った悪夢の世界に住んでおり、囚われの身になっているという感覚は自分の頭の中から消し去ることができず、われわれは皆が気が狂ってしまうのだと7時間以上にもわたってわれわれに告げてから、彼は冒頭での言い回し、つまり、人類学者のデイビッド・グレーバーの言葉を繰り返して、終わりにするのである: 

世界に関して言えば、秘められた最終的な真実はわれわれが作り上げる何かである。いとも簡単に違った風に作り上げることさえもが可能である。

本当だろうか?私はそんなことは聞いたことがない。あんたは聞いたことがあるかい?

著者のプロフィール:エドワード・カーティンは独立した執筆者であって、彼の著作は何年にもわたって広く刊行されて来た。彼のウェブサイトはedwardcurtin.com で、新著の表題は「Seeking Truth in a Country of Lies」。

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これで全文の仮訳が終了した。

著者のエドワード・カーティンは英国人である。正直に言うと、わたしにとっては英国人の英語は理解が難しいことが時々ある。米国人の英語とは違って、英国人の英語には独特のひねりが施されていることが多いからだ。この著者の文章もひとつの文章を読む時大きな文脈を意識していないと真逆の概念に到達し、何を言ってるんだろうと困惑させられることがあった。

今の世相、特に国際政治の世界を捉えようとすると、「すべてが相対的だ」、「意味を成すことは何もないことから、何事でも何かになり得る世界である」、「文脈がない文脈」、等がまさに今の世界をもっとも適切に表わしている形容詞なのである。こう言われてみると、論理がないこの世界では実に不可思議な事柄がBBCCNN、ニューヨークタイムズ、ウオールストリートジャーナル、あるいは、日本ではNHKや朝日、毎日、等といった主流メディアから大手を振って喧伝されているという現実になぜか納得させられる自分を発見するのである。しかし、その納得の正体は決して安堵感ではなく、諦めの境地に極めて近い。

例を挙げれば切りがないのであるが、いくつかの歴史的事実を拾ってみよう:

JFKの暗殺者は単独犯行者であるオズワルドだ。

9-11同時多発テロ事件の犯人はアルカイダ系のテロリストだ。

世界貿易センタービルが崩落した主な要因は激突した旅客機が引き起こした火災である。

イラクのサダム・フセインは大量破壊兵器を持っていた。

シリアのアサド大統領は化学兵器を使って自国民を殺害した。

マレーシア航空のMH17便を撃墜したのはロシアだ。

スクリッパル親娘の殺害未遂事件ではロシアの軍事用神経ガス「ノビチョク」が使われ、それを使ったのはロシアの諜報機関の関係者だ。

ロシアは米大統領選に干渉し、クリントンを敗退させ、トランプを勝利に導いた。

米連邦議会に押し入った暴徒らはトランプ前大統領の演説の内容に基づいて暴動を引き起こした。


これらの主張はいずれも「文脈がない文脈」で構成されていることがよく分かる。

ただ、ここに例に挙げた事柄は氷山の一角に過ぎないとも言える。この現実を考えると、われわれが住んでいる今の世界が如何に不可思議な世界であるかがよく分かるというものだ。実はこの状況はわれわれが認識し得る「今の世界」だけに限られるわけではない。西欧諸国が植民地経済を展開して来た数百年間もの世界も同様の状況にあったと私は言いたい。さらには、キリスト教が西欧世界に君臨していた中世においても同様な構造が連綿とつづいてきたのだとも考えられる。素人特有の大胆さから一言で言えば、これは人間性が金儲けや権力欲によってハイジャックされた結果到達した世界である。私は現在の世界を完全否定する積りは毛頭ない。しかしながら、残念なことには今の世界は99パーセントにとってはどう見ても不完全で、良心あるいは人間性によって支配されているわけでは決してないのだ。

参照:

1You Know “We’ll Never Know,” Don’t You?: By Edward Curtin, Information Clearing House, Mar/17/2021