最近になってウクライナ情勢は急速に危険な状態になってきたと前々回の投稿でお伝えした。また、前回の投稿ではウクライナを舞台にした米ロ間の武力紛争は核戦争に発展する危険性を孕んでおり、バイデン米大統領には米ロ間の緊張緩和を模索する姿勢が求められるとするトウルシー・ギャバード前下院議員の提言をご紹介した。そして、ウクライナ危機とノルドストリーム2は今の政治情勢の深層では緊密に繋がっていることについても学んだ。明らかに、これらふたつの案件はNATO、つまり、米国と欧州諸国にとってはもっとも重要な政治的課題である。
ここに「ドイツの政治危機とノルドストリーム2の将来」と題された記事がある(注1)。ウクライナ危機とノルドストリーム2プロジェクトはそれぞれが欧州各国にとっては長期的な政治課題であり、将来長い期間にわたってエネルギーコストに甚大な影響を与えることは必至であろう。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。
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片目でウィンクをしながら:
[訳注:blinkenという英単語はない。ドイツ語では「きらめく」とか「ウィンクをする」という意味。ノルドストリーム2に引っ掛けてドイツ語の単語を挿入したのであろうと推測する。また、ドイツに対して強硬な発言した=ているブリンケン米国務長官の名前にも引っ掛けているようだ。]
EUとの関係をある種の「通常の関係」に復帰させることになるかも知れないという期待を集めながら、バイデン政権はホワイトハウスの新たな住人となった。オバマ前大統領とは違って、バイデンは彼自身の存在だけからノーベル平和賞を受賞することはないだろうが、米大統領選での彼の勝利は「平常通りのビジネス」という新たな時代をもたらす兆候であるとしてヨーロッパ各国の首都では暖かく迎えられた。これはオバマ政権時代に実践されていた政治スタイルであった。
しかしながら、執務室に入るや否や、バイデン政権は多かれ少なかれ対等にある筈のこれらの同盟国、つまり、米国とEUとの間で相互に尊重し合う関係は消し去ろうとした。バイデン政権の高官らは米国とEUとの関係をオーストリア・ハンガリー帝国の現代版であるかのように振る舞ったのである。皇帝(バイデン)という個人的な形での統合によって団結しただけであって、ふたつの政治システムは表向きは分離したものであるが、軍事的には共通の軍隊(NATO)によって連携し、その軍隊の主要な任務はハンガリー(EU)の分離を防止することであり、同帝国の対外政策はオーストリア(米国)によって全面的に実行された。ブレグジットのような出来事は文化的ならびに民族的な数多くの理由からただ単に「ハンガリー」から「オーストリア」に移動する帝国の一部を代表するだけのものである。実際面では、バイデンが帝国のジャーナリストからの質問に答えて「プーチンは殺人者だ」と言ったことに加えて、ブリンケン国務長官は中国からの代表団に対して大喧嘩を巻き起こした。米国は「強力な武力を持った国家の観点」から中国を遇する積りであると中国側に告げたのである。さらに、ブリンケンは、もしもノルドストリーム2に関与している欧州の企業が直ちにこのプロジェクトから撤退しないならば、それらの企業は米国の制裁を受けるであろうと警告した。
さらに事態を悪化させることになるのだが、ブリンケンはEUサミットでノルドストリーム2に対する彼の警告は米議会による法律を反映したものであることを指摘した。その法律によれば、パイプラインの建設に関与する企業は何れもが制裁の対象となる。ただし、行政府は大統領の対外政策に関する権限を阻害するような法律の実行においてはかなり大きな自由度を持っている。
ブリンケンの三大陸における「衝撃と畏怖」のショウがはたして思った通りの成果をもたらしたのかと言うと、そうとは思えない。ドイツの外務省は、伝統的に反ロの姿勢をとろうとする他の欧州諸国とは異なり、プーチン大統領を「殺人者」であると口にしたバイデンの言葉を支持することはあからさまに拒否した。さらに、ドイツの企業がノルドストリーム2の仕事を放り出すといった証拠は見られない。そのような行動はEU加盟国の中でも指導的な立場にあるドイツにとっては致命的な打撃となり、EU内における権力闘争に大きな混乱をもたらすことになろう。ドイツの背骨に何らかのの鋼鉄を埋め込もうとする要因はドイツに対して制裁を課すと脅かしただけで効果が現れたことが明らかに実感されたからであって、米国務省はドイツや他のEU諸国に対して日常的にこの道具を頻繁に使うことになるであろう。米国がドイツの国際的な地位を脅かそうとするあからさまな欲求はドイツを軽くあしらう事態さえをも招いている。たとえば、ロシアや中国、さらには、トルコさえもが参加するアフガニスタンに関する高官レベルの会議にドイツを招待しなかったのである。
ドイツのグリーン・パーティという地獄:
もしも米国が自国の富が減少することを覆すことが可能となる最後の切り札を持っているとするならば、それはドイツのグリーン・パーティがゆっくりと登場して来ることだ。ドイツと国際社会の意見は2020年春の眩暈を起させるような日々に始まって、今までに長い道程を辿って来た。あの頃、アンゲラ・メルケルは「科学者」として広く賞賛されていた。彼女が持っている経験的明敏さと政治的判断力との組み合わせはボリス・ジョンソンやドナルド・トランプといった無知な連中とは際立った対照を見せており、新型コロナを克服するであろうと皆が思った。2020年の5月から6月、メルケルの政治生命を脅かすものなんて何もなかった。しかしながら、今や議会の信認投票を呼び掛けているのはメルケル本人である。失敗に終わった新型コロナ対策、つまり、不可思議な都市閉鎖を繰り返したこと、新たな都市閉鎖を導入したこと、キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟の代議士らを示唆するコロナ対策に関わる数多くの腐敗行為が発覚しスキャンダルとなったこと、等が与党ならびに指導陣に対する信頼を揺がしたのである。欧州同盟のレベルでワクチンを調達することにもっとも色濃く関与していたのは欧州委員会の長であるウルスラ・ファン・デル・ライエンであったという事態を首尾よく救済するまでにはならなかった。彼女はメルケル政権では、国防相を含めて、いくつかの大臣役を歴任していた。
こうして、ドイツが今秋の選挙で同国の政治的風景を一変させるような潜在的な大変化に直面しているとしても、それ自体は驚きではないと言えよう [訳注:ドイツの総選挙は9月に予定されている]。2021年3月27日の時点でドイツの各政党がどれだけの支持率を保持しているのかというカンターによる世論調査が示すところによれば、キリスト教民主同盟・キリスト教社会同盟は依然としてリードし、投票の25%を獲得する可能性があり、二番手に迫るグリーンパーティは23%を獲得するだろうと報じた。他の政党はより低い支持率であった。かっては圧倒的な強さを誇っていた社会民主党の支持率はたったの17%。「ドイツのための選択肢」(AfD)とドイツ自由民主党はそれぞれが10%、左翼党は9%で、残り6%は他の複数の政党が分けあっている。他の世論調査もおおむね同様の結果を示し、2~3%の違いが現れただけである。
グリーンパーティの台頭はいくつかの要素によってもたらされている。それらの要素にはキリスト教民主同盟とキリスト教社会同盟の連携に観察される疲労感、「第三の道」を行くネオリベラル的な政策が好みであったブレア―やクリントンのような左翼的な原則を諦めたことによって招かれた苦境に悩まされているドイツ社会民主党、等の状況が含まれ、東独にその出発点を持つ左翼党は今も疑惑の雲の下で漂っている。もちろん、「ドイツのための選択肢」には、米国や英国でもそうであるように、国内政策にますます活発な役割を演じているドイツ自身の「ディ―プステーツ」からの関心が集まっているのだ。
東方へグリーンを:
グリーンパーティが権力の座へ登ることはドイツにさらなる軍国化をもたらす結果となり、世界政治の舞台で他国へ介入することはダマスカス生まれで2015年にドイツへ帰化したシリア人のタレク・アラウスが見せた興味深い実例によっても予感されている。6年後、彼はドイツ市民の一人として議会への選出を目指すグリーンパーティからの候補者となったのである。ほぼ同じ時期にドイツへやって来たものの依然としてドイツ市民ではない150万人にも及ぶ同胞の避難民が存在することを考えると、アラウスの極めて迅速な台頭はグリーンパーティがドイツの「ディ―プステーツ」の中に友人を持ってることを示唆しており、西側が主張する「世界共通の価値観」には不十分な関与しかしようとしない国々に対しては攻撃的な姿勢をとることを正当化するためにも、米国や英国のようにジェンダーの権利や環境問題、その他諸々の社会問題を政治化することに興味を示している。彼らがヨーロッパでは初めてネオコンサーバティブになろうとしたわけではなく、スウェーデンのグリーンパーティは外国への介入姿勢を強化するために数多くのイスラム教徒を仲間として受け入れた。(そして、ドイツ社会民主党は第一次世界大戦におけるドイツの侵略を頑なに支持しており、ナチスによって禁止されなかったならば第二次世界大戦においても同様であったであろうことを誰もが記憶に留めておくべきである。)彼らはドイツのネオコンの間ではもっとも論理的な一派である。
誰もが想像することができるように、政権の座に登りつめたグリーンパーティはエネルギー源としての石炭や石油、天然ガスから世界を脱却させるという崇高な使命をドイツが担っているのだと宣言するであろう。これはごく自然にグリーンパーテイの優先政策を共有し、ドイツのビジネス社会の関心事に対して極めて好意的な政策を採用するためにも、中国やロシアとは抗争することを意味する。グリーンパーティが左派の急進的な政党としてその存在を見せる一方で、冷戦の終結の頃には同党はすでにネオコン的な路線を採用し始めていた。NATOによる対ユーゴスラビア戦争を支持し、他の政治的な冒険についても支持をした。同党が今もっとも特別な関心を寄せる課題はアレクセイ・ナヴァルニーである。ナヴァルニーは環境保護派としては知られてはいないが、ノルドストリーム2に反対することと結びつけて、総合的にはバイデンやブリンケンにとってはドイツを米国のクライアント国家とする上で極めて魅力的な存在であった。今後見極めなければならない点はドイツと米国の「ディープステーツ」がグリーンパーティをスムーズに権力の座に登らせることができるのかどうかであり、ドイツの人々がグリーンパーティが準備を進めている政権の座をはたして受け入れてくれるのかどうかである。
関連記事:Naval Provocations: Unidentified Submarine Emerged Near Nord Stream 2 Pipeline
U.S. To Keep Sanctioning Nord Stream 2, As Completion Nears
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これで全文の仮訳が終了した。
メルケル政権は次第に評判を失い、9月のドイツの総選挙ではそれに代わってグリーンパーティが台頭して来そうな気配であると言う。そして、新冷戦が進行するにつれて、ノルドストリーム2を巡る米・独間の政治抗争はますます世間の注目を集めることになりそうだ。
米国のシンクタンクのひとつである「大西洋評議会」は最近報告書を発表した。4月13日の発表であって、「A pipeline deal could help end Putin’s Ukraine war」と題されている。米国政府に近いこのシンクタンクが何を考えているのかが伺えるので、その要旨にも触れておこうと思う。
それによると、下記のような具合だ。
・・・ウクライナにおける抗争は収束の気配を見せてはいない。ドンバスにおける今までの犠牲者数は1万4千人に達している。
ノルドストリーム2(NS2)に対する制裁は奏功し、このプロジェクトを遅延させた。しかし、代価なしというわけではない。むしろ、これらの制裁は米独間の連携を再構築しなければならない今、両国関係に歪を与えることになったのである。もちろん、NS2に対する制裁は米国の対ロ関係についてもさらなる損傷をもたらしている。
・・・しかしながら、NS2は完成済みではなく、95%が完了しただけだ。たとえガスプロムが制裁を回避することができ、パイプラインの設置工事を今年末までに完了することができたとしても、2020年12月に課された膨大な制裁は、もしそれらが実行された暁には、実際にガスを流すのに必要となる保険や認証手続きは妨害されることであろう。
NS2は現時点まではドイツと米国との間、ならびに、ドイツと他の同盟国、つまり、ポーランドやバルト三国およびウクライナとの間に溝を形成することによってクレムリンの地政学的目標を適えてきた。
・・・グリーンパーティは環境問題の観点からこのプロジェクトには反対であって、9月の総選挙後の連合政府の一部としてこのプロジェクトを潰す立場をとるのではないか。
最近、欧州議会はふたたびこのプロジェクトの阻止を表明した。フランス人の欧州政策担当大臣はNS2はナヴァルニー毒殺未遂事件に応えてスクラップにするべきだと言った。
これらの反対意見に曝されて、クレムリンはNS2の稼働に同意する代わりにドンバス地区に対する支援を打ち切る決定をするかも知れない。NS2は今やロシアの対独関係を害している。つまり、クレムリンはこの状況を反転させたいのではないか。
・・・制裁だけではロシアをウクライナ東部から撤退させることはできない。しかし、西側とのビジネス関係を元に戻すというもっと大きな枠組みの中でNS2ならびにドンバスの両方に絡めて制裁を解除することはクレムリンの政治目標にも適うのではないか。
これですべてがうまく行くとは言えないが、米国の主流のシンクタンクが米ロ間の和解策を議論し始めた事実は、たとえその手法がどのようなものであったとしても、素晴らしいことだと思う。ひとつの前進であると言えよう。他にもさまざまな議論があることだろうが、建設的な和解策はどんどん出して貰いたいものである。
何時も言っていることではあるが、ウクライナにおける米ロ間の衝突は潜在的には核大国間での核戦争の勃発に繋がることが懸念されることから、そして、戦争への展開は通常極めて非線形であり、突発的に拡大し、想像もつかないような論理の飛躍があることからも、米ロ間の武力衝突は双方が回避に向けて是非とも全力を払って欲しいと思う。
参照:
注2:Germany’s Political Crisis and the Future of Nord Stream 2: By J. Hawk exclusively for SouthFront, April 03, 2021