2019年3月27日水曜日

第三次世界大戦のシミュレーションでは米国が敗退 - ランド研究所


「昭和168月の日本敗戦」という本をご存知だろうか。


実は、この本に関しては2013810日に「日本人の行動パターンはこのままでいいのか」と題した投稿でご紹介したことがある。あの投稿では、私は個人的な実感を次のように書いた。

毎年、8月になると日本が経験した敗戦のことをあれこれと考えさせられる。われわれ素人にとっては考えが及ぶ範囲はたかが知れたものではあるのだが、自己啓発という意味では8月は貴重な季節である。8月になると日本の近代史について知らないことが余りにも多いことに気づかされる。

本書の著者はさまざまな資料や当事者の切れ切れとなった記憶の断片を集めて、ひとつの歴史的事実を再現することに見事に成功したのではないかと思う。本書のプロローグによると、「昭和16128日の開戦よりわずか四ヶ月前の816日、平均年齢33歳の内閣総力戦研究所研究生で組織された模擬内閣は、日米戦争日本必敗の結論に至り、総辞職を目前にしていた....」

33人の研究生たちは政府機関、軍部、民間からそれぞれの部署における気鋭の若い人材として選りすぐられ、緊急に東京へと召集された。この総力戦研究所はその年の41日にスタートした。日米開戦に向けて戦雲急を告げる中を日本は突き進んでいた頃の話である。

昭和16827日のことであった。

本書の一部を下記に引用してみる。引用部分は段下げをして示す。

首相官邸大広間、午前9時。二つの内閣が対峙した。いっぽうは第三次近衛内閣、もうひとつは平均年齢33歳の総力戦研究所研究生で組織する<窪田角一内閣>である。

総力戦研究所研究生らで組織された模擬内閣は、対米英戦について<閣議>を続けていた。この日その結論に至る経過報告を第三次近衛内閣の閣僚たちに研究発表という形で明らかにしなければならない。

長い一日が始まりそうである。昭和16年の夏、彼らが到達した彼らの内閣の結論は次のようなものだった。

12月中旬、奇襲作戦を敢行し、成功しても緒戦の勝利は見込まれるが、しかし、物量において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる。だから日米開戦はなんとしてでも避けなければならない。

シミュレーション結果は当時の近衛内閣に報告された。しかしながら、日米開戦は何としてでも避けなければならないとする模擬内閣が到達した結論は無視され、4か月後に日本政府は日米開戦に踏み切った。模擬内閣を構成する総力戦研究所の33名の研究生は極めて冷静な思考を辿って結論に至ったが、日本政府の閣僚らは頭に血が上ってしまっており、彼らが下した判断は正気の沙汰ではなかった。

結局、日本は敗戦した。そればかりではなく、主権を失った状態が戦後70数年を経た今でも日本に黒い影を落としている。米軍基地、不平等極まりない日米地位協定、在日米軍駐留費負担、等によって日本社会をさまざまな形で苦しめているのである。さらには、トランプ政権の下では不要な、あるいは、時代遅れの軍備品を買わされ、米軍駐留費の負担は大幅に増える気配だ。

もうひとつのシミュレーションがある。つい最近のものだ。米国のランド研究所が第三次世界大戦のシミュレーション結果を発表した。ここに、そのことに関する記事がある(注1)。ロシアと中国を相手にした戦争で米国は敗退するとの結論だ。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

<引用開始>

シミュレーションを行った第三次世界大戦においては、米国はロシアと中国を相手にして負け続ける、と戦争計画では一流の専門家ふたりが、先週、警告を発した。「われわれが行ったウーゲームではわれわれはロシアと中国を相手にし、ブルー軍はこてんぱんにやっつけられた」と木曜日(37日)にランド研究所の解析専門家のデイビッド・オチマネックが述べた。 

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ランド研究所のウーゲームでは、ブルーで識別された米軍はさまざまなシナリオで次々と決定的な負けを喫っし、西側の軍隊を殲滅しようとするロシア軍または中国軍(赤軍)を阻止することができない。

「われわれは無数の人員を失い、多くの施設や武器を失う。敵軍の侵攻を防ぐというわれわれの目標を達成することはできない」と、彼は警告する。 
専門家のある筋は2020年代の中頃には次回の軍事的対決がやって来るかも知れないと言う。陸、海、空、宇宙およびサイバースペースの五つのすべての領域で米国は厳しい戦いを強いられ、以前の対決では手にすることができた優位性に比べると、米国が優位性を達成することは非常に困難であろうと推測される。

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このウーゲームによると、赤軍は米軍のF-35ライトニングIIステルス戦闘機を、多くの場合、滑走路上で破壊し、米海軍のいくつかの艦隊を海中に沈め、米軍基地を破壊し、電子戦争によって非常に重要な軍事通信システムを自分たちのコントロール下に収めてしまう。一言で言えば、これは世界でももっとも近代的である筈の米軍のぞっとするような壊滅である。

「私が知る限りでは、どんな状況においてもF-35戦闘機は空中においては制空権を維持することができるけれども、F-35の多くは滑走路上でやられてしまう」と、シミュレーションでは何年にもわたって豊富な経験を有し、前国防副長官でもあったロバート・ワークは言う。

ロシアや中国は第5世代戦闘機や極超音速ミサイルを開発していることから、「滑走路や燃料タンクといった近代的な基地インフラに依存する戦闘集団は困難な事態を迎えるだろう」とオチマネックが述べた。「海上を航行する艦船も困難な状況に見舞われることとなろう。」 

「すでに報告しているように、来週にも公開される2020年予算では米空母トルーマンは何十年も早めに退役し、2艘の水陸両用輸送艦艇が廃棄されるが、それが理由だ。また、海兵隊がジャンプジェット型のF-35を購入するのもそれが理由だ。このモデルは小さな空港から離陸し、着陸することが可能であるが、ローテックな環境下でハイテックな航空機をどれだけ効率的に維持することができるのかは分からない」と「Breaking Defense」(訳注:これは米国の国防関連ニュースを扱うメディア)は報じている。

ところで、極めて仮定上の課題ではあるが、「ヨーロッパでわれわれが戦争を開始した場合、パトリオットミサイル部隊のひとつが動くであろうが、それはラムスタインへ向かうことになろう(訳注:ラムスタインはドイツの南西部に位置する巨大な空軍基地の町であって、ヨーロッパとアフリカにおける米空軍を指揮する中枢)。で、それで終わりだ」と言って、ワークは苦言を呈した。米国は大陸中に58もの旅団コンバットチームを配しているが、ロシアからのミサイル攻撃に対応するための対空ミサイル防衛能力は持っていない。


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ランド研究所はこのシミュレーションでサイバー攻撃や電子戦攻撃についてもウーゲームを行った。ワークによると、ロシアと中国は米国の通信ネットワークを活動不能にし勝ちであった。
「われわれが演習を行う度に、赤軍はわれわれの指揮統制を破壊し、われわれは演習を中断するしかない」と、冗談の素振りも見せずにワークは言う。北京政府はこれを「システム破壊戦」と呼んでいるとワークは言った。彼らは「米軍の戦闘ネットワークをあらゆるレベルで容赦なく攻撃してくる。彼らは常にその訓練を行っている。」 

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米空軍は、数年前に、ウーゲームによって判明したことを米国のために改善計画を立案するようランド研究所に依頼していた、とオチマネックが述べた。諸々の問題点を解決するために「年間80憶ドル以上も支出するなんて不可能だ。」  

「これは空軍のための80億ドルだ。陸軍と海軍(海兵隊を含む)を含めると、その3倍になる」と、オチマネックは言う。「つまり、240憶ドルだ。」
ワークは近い将来に戦争が起こることはそれ程懸念してはいない。彼はこう言った。中国とロシアは戦争の準備ができてはいない。彼らの近代化はまだ終了してはいないのだ。彼によると、今後10年から20年は大戦が勃発する可能性はなさそうだ。

「第三次世界大戦のために軍備を整えるべく今後5年間毎年240憶ドルを使うことは意味のある支出だ」と彼は言った。

米国は将来複数の前線で戦う戦争で敗退するというランド研究所の予測はまさに酔いが覚めるような警告である。米国は2017年には国防予算として2番手の中国と比較してその3倍も使っていることを考えると極めて衝撃的である。

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米国は、トランプ政権の間、年間約7000憶ドルの軍事予算が続く中、米国の好戦派は本シミュレーションを通じて恐怖感を煽ろうとしている。その目的はたったひとつだ。それは戦争のために庶民からの税金をもっと多く獲得することにある。

<引用終了>


これで全文の仮訳が終了した。

何のことはない。ランド研究所が行ったシミュレーションは軍事予算の確保を狙ったものである。この手法は古くから活用されているものだ。そして、不幸なことには、今後もこの手法はあれこれと形を変えて続いて行くことであろう。不幸な思いをするのは米国人だけではない。西側のいわゆる同盟国、たとえば、ヨーロッパ諸国や日本、韓国、等は、自国の国益を主張しない限り、何の役にも立たない、非常に高価な米国製の武器を購入するよう強いられるのが落ちである。

西側の大手メディアではほとんど取り上げられなかった米国政府の機関が発行したふたつの報告書(これらの報告書は先端技術や軍事面において米国がかって持っていたダントツの優位性が今や失われてしまったことを指摘している)を含めて、将来の米ロ戦争ではロシアの勝ちだと予測する専門家は決して少なくはない。つまり、第三次世界大戦では米国が負けるという予測はランド研究所のシミュレーションを待つまでもないのである。

昨年の3月、東西間の軍事バランスに大きな変貌が起こったことはご存知であろうか?それは31日のことであった。ロシア連邦議会でプーチン大統領が演説を行い、ロシアが開発した最新鋭の極超音速ミサイルが報告されたのだ。その演説の詳細についてはここで論じる積りはない。ご興味がある方は20181125日に掲載した「対ロ戦争ではNATOの勝ち目はない」と題した投稿を参照していただきたい。


ところで、ここに、「米海軍で運用されているF-35C戦闘機で全機能が稼働している戦闘機は5パーセントにも満たない」と題された最新の記事がある(注2)。

それによると、要旨はこんな具合だ:

20186月の時点までに、ロッキードマーチン社は75機のF-35Bを顧客に納入した。大半は米海兵隊に納入された。仮に全数が海兵隊に納入されたとしても、この型式が公に運用可能になったと宣言されてから3年以上も経った201812月現在でさえも全機能が稼働する戦闘機は12機にも満たない。

F-35Cに関する数値も極めて悪い。2年間以上にわたって米海軍は標準機能がすべて稼働する戦闘機を20パーセント以上に引き上げることは出来なかった。201712月現在、米海軍では完全に満足な状態の戦闘機は一機もなかった。その1年後、稼働率は依然として一桁に留まったままだ。

28機のC型機全数では、この12か月間にわたって完全に満足な状態にある戦闘機は平均的に約1機だけであった。

このデータを疑ってかかる理由はまったく存在しない。2017年、米政府の会計検査院(GAO)が報告書を発行した。それによると、F-35Bの全機能が完全に稼働する率は15パーセント未満である。

さまざまな理由があることだろう。しかし、巨額の経費をかけて鳴り物入りで開発されたこのF-35ステルス戦闘機の現状は驚くべき状況である。さらには、これらの報告を読むと、戦闘機が配備された後も莫大な経費がかかるメンテナンスが待っていることがほぼ明らかだ。

我が国の航空自衛隊のウェブサイトを見ると、空自が購入するF-35A については下記のような説明を掲載している。

主要装備 F-35A
最新鋭の次期戦闘機です
F-35AF-4戦闘機の後継として導入を決定した最新鋭の戦闘機で、平成29年度から三沢基地に配備する計画です。F-35Aは高いステルス性能のほかこれまでの戦闘機から格段に進化したシステムを有し我が国の防衛、ひいては地域の安定に多大な貢献をしてくれる期待の戦闘機です。

昨年126日、空自のF-35Aステルス戦闘機1機が国内で初めて三沢基地に配備された。そして、今日(2019326日)現在、12機で編成された飛行隊が発足したという。将来は40機にする予定。

上記の空自の説明を額面通りに受け取れるのかどうか、つまり、日本の防衛に役立つのかどうかは今後何年間か運用してみて、稼働率を含めて、実際の数値が教えてくれることであろう。これは空自が透明性を維持し、実際の数値を正直に示してくれることを想定した上での話であるが、惨憺たるデータに誰もが驚愕することになるかも知れない・・・ 私自身の疑問を率直に言えば、このような惨憺たる状況ははたして米国だけに起るのであろうか?




参照:

1U.S. "Gets Its Ass Handed To It" In World War III Simulation: RAND: By Tyler Durden, ZEROHEDGE, Mar/11/2019

2The Navy’s “Operational” F-35C Is Fully Mission Capable Less Than 5% of the Time: By Joseph Trevithick, CHECKPOINT ASIA, Mar/23/2019



 










2019年3月22日金曜日

プーチンは今や「西側のエリートは豚だ」と思っている


ドミトリー・オルロフの記事はすでに何回か当ブログでもご紹介して来た。何時ものことながら、彼の洞察力とユーモアは秀逸である。

ここに「プーチンは今や西側のエリートは豚だと思っている」と題された彼の記事がある(注1)。

プーチンが本当にそう思っているのかどうかは別としても、著者のドミトリー・オルロフが解釈するプーチンの側からみた西側のエリート像は実に面白い。要するに、世界の政治を理解しようとする時、特に、米ロ間の関係を読み取ろうとする際に両国はどうしてこうも話が通じ合えないのかという疑問が常に湧いてくる。これはそのような疑問に応える有力な見方のひとつであると私には思える。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しよう。


<引用開始>

「プーチンから西側のリーダーへ - パーティーの時間は終わった」と題した5年ほど前の記事(注:この記事は本ブログにて紹介済み。2014118掲載の「プーチンから西側のエリートへ - パーティーは終わった!」と題した投稿を参照されたい)は私が書いた記事の中ではもっとも人気が高かった。5年間の介在期間に20万を超す読者を集めた。その記事はプーチンが2014年のヴァルダイ・クラブの会議で行ったスピーチに関して書いたものだ。プーチンは、あのスピーチで、ロシアが外交政策を実行する際に採用する新しい行動規範を定義した。つまり、衆人監視の中、ロシアは他の主権国家との間でひとつの主権国家として行動し、自分たちの国家利益を追求し、平等に扱って貰うよう要求する。しかしながら、西側のエリートは、またもや、彼の言葉に耳を傾けることはなかった。

彼らはお互いに利益となる協力をする代わりに根も葉もない非難をし、非建設的で実効力のない制裁について喋りまくった。そして、ロシア議会で昨日(訳注:312日)行った演説でプーチンは通常使っている「西側のパートナー」という言葉に代えて、軽蔑の念と侮辱を込めた言葉を使ったのである。今回、彼らを「豚」と称した。

議会において毎年行われる大統領の演説は、むしろ、非常に大事なことである。ロシアの議会は、たとえば、自分のアパートでユーチューブのビデオを録画したフアン(訳注:ベネズエラの傀儡政権として米国が後押しをしているJuan Guaido指す)を含めて、取るに足りない人物から成るベネズエラの議会とはわけが違う。ロシアでは、議会における集会には内閣閣僚や政府職員、国会議員、州知事、ビジネス界の有力者、政治専門家、ならびに、大勢のジャーナリストが集まる。今年の演説で特に目立ったのはホールの雰囲気が非常に高い緊張に包まれていたことである。まさに電気を帯びているかのようであった。

ロシアのトップの官僚たちが神経質になっている理由は直ぐに明らかになった。つまり、プーチンの演説の特徴はその一部が行進の命令であり、他は熱弁であった。将来の23年間に関する彼の計画は、彼自身が認めているように、非常に野心的なものである。目標は非常に高い、と彼は言った。そして、挑戦をしようとしない連中はそれに近づく術もない。ホールに集まっている者にとっては非常に困難な仕事が待ち受けているということだ。業務を達成しなかった者は面目を失い、キャリアが中断され、次回の集会に出席することはないだろう。

この演説には悪いニュースはまったく無く、いいニュースばっかりがたくさん含まれていた。ロシアが有する資金は公的および民間の借金のすべてをカバーするのに十分である。エネルギー産業以外の輸出は繁栄を極めており、貿易収支を維持するために原油や天然ガスを輸出する必要はない。ロシアは西側の経済制裁にはそれほど感じない体質になっている。ユーラシア統合プロジェクトは順調に進行している。ロシア政府の産業界への投資は配当を受け取っている程だ。 

政府は莫大な資本を蓄え、ロシア人が長生きをし、健康な生活を送り、もっと多くの子供を持てるように国民に利益を還元する。今や、その資本を使う時がやって来たのだ。

「もっと多くの子供を!減税!」がより多くの人目をひく標語となっている。今回の演説のほとんどは次のようなテーマに費やされた。たとえば、貧困の撲滅、ふたり以上の子供を持つ家庭に対する低利息の住宅金融、年金はインフレ率と連動し公的最低賃金を超すものとする(是正措置を設け、遡って支払う)、各学校には高速インターネットを接続し、地方の医療施設をネットワーク化し、誰にとっても平等な医療サービスを樹立、国際レベルの癌センターを何ヵ所かに設置、ハイテク分野での起業に対する支援、小ビジネスを始めようとする人たちのための「社会契約」プログラム、もうひとつのプログラムは「将来のための切符」と称され、小学校の6年生の子供たちが人生のキャリアを決めることができるよう指導教官付きの学習プログラムや指導・見習い制度を拡充、モスクワとサンクトペテルブルグとを結ぶ高速道路が近い内に開通、ごみの回収とリサイクリング、ならびに、多くの大都市における大気汚染の低減、等。このリストは延々と続く。この演説の後で流されたニュース番組やトークショウでは、言及しておく価値があるこれら諸々の提言に対しては何の反論も無かった。結局のところ、今まで蓄えて来た資金を国民支援プロジェクトのために使うことにいったい誰が反論するというのだろうか?

プーチンによって設定された目標の中でもっとも野心的なものは連邦レベルならびに地方レベルで、つまり、一般国民の生活や商売のすべての分野に関わるロシア政府の規制を全面的に見直すという点であろう。今後の2年間をかけて、個々の規制が今後も必要であるのか、現代的なニーズに応えているのかどうかに関してあらゆる種類の規制を吟味し、もしそうでない場合その規制は排除する。これは、ビジネスの継続コストを低減し、規制に準拠するという重荷を著しく軽減してくれるであろう。もうひとつの目標はすでに順調に進行している農産物輸出をさらに増加させることだ。昨年、ロシアは小麦の種子では自国消費を完全に賄ったが、総合的な目標は食品全体について自国消費を賄い、生態学的にクリーンな食品を提供する世界でも指折りの国家になることにある。(プーチンが指摘しているように、ロシアは米国産の遺伝子組み換え作物から派生する毒物による汚染がない唯一の農業大国である。)さらにもうひとつの目標はすでにブームとなっているロシアの観光産業を、観光ビザの取得を電子化してビザの取得を簡素化することによって、さらに育成すること。

昨年の演説はその二番目のテーマで世界を驚愕させた。米国のすべての軍事的優位性を効果的に無効にすることが可能なロシアの新兵器システムをプーチンが公表したからだ。今年、彼はもうひとつ追加した。つまり、「ジルコン」と称され、1000キロの射程距離とマッハ9の速度を持った極超音速巡航ミサイルについてである。と同時に、彼は他のすべての新兵器システムが順調に進行していることについても報告した。新兵器のあるものはすでに配備され、あるものは大量生産に移行し、また、あるものは性能試験中であると述べた。彼はEUについては正常化された関係を持ちたいと言ったが、米国についてはその「敵意」を非難した。そして、ロシアは如何なる国をも脅かさず、ロシアは他国との衝突には興味がないことを付け加えた。

プーチンが発したもっとも鋭い言葉は米国がIMF条約の破棄を決定した瞬間まで温存されていたかのようだ。米国はロシアが同条約に違反したと非難し、その一方で米国自身が同条約に違反し、特に、ルーマニアとポーランドへのふたつの使用目的に供することが可能なミサイル発射システムの配備によって同条約の第5条および第6条に違反していた。これらのミサイル発射システムは対空防衛のためだけではなく、同条約が具体的に禁止している攻撃用核兵器としても使用することが可能だ。米国がポーランドとルーマニアへ配備することが可能な核弾頭を搭載したトマホーク巡航ミサイルは、もちろん、リスクを伴うが、彼らが期待する程の先制攻撃の利点を米国にもたらすことはない。これらのトマホーク巡航ミサイルはすっかり時代遅れになっていることがシリアですでに実証されているからだ。シリアが所有していたソ連時代のロシア製対空防衛施設がドーマにおける西側の自作自演の化学兵器攻撃に対する報復として米国が発射したミサイルの大半を撃墜したのだ。

グローバル対空防衛システムという米国の夢に関して一言追加すると、プーチンは「そんな妄想は諦めたらどうか」と米国に提言した。米国人は自分たちが望むものは何だって考えることが可能ではあるが、問題はいったい「連中は数学ができるのかい?」という点だ。この文言については注釈が必要となろう。

第一に、米国人は自分たちが望むものは何だって考えることができる。何と言っても、彼らは米国人だからだ。ロシア人は完全に無意味で、驚くほどに馬鹿げたことを考える贅沢を自分たちに与えることなんて許そうとはしない。事実や論理を無視する輩はロシア語の「likbez」という言葉を直ちに顔面に叩きつけられるだろう。文字通りに訳すと、これは「無知の清算」という意味であって、一般的には無学な者を妨害する、あるいは、排除するという意味で使われる。しかしながら、米国においては無知振りを驚くほどに露出することさえも受け入れられる。たとえば、あなた方は新人議員のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスが売り込もうとしている、あの驚くほどに馬鹿らしい「グリーン・ニューディール」法案以外に何らかの事例を探す必要なんてないだろう。もしも彼女がロシア人であったとすれば、彼女は世間の笑い者にされているところだ。

「でも、連中は数学ができるのかい?」 明らかに、連中は数学ができない!他にも、ロシア語には「matchast」という言葉があって、文字通りに訳すとこれは「物体部分」、あるいは、「本質部分」となるが、数学や科学、エンジニアリングの知識を通じてのみ得られる理解を指している。ロシアでは、輸送は風車や太陽光発電から動力を得る電気自動車によって賄われると主張するオカシオ・コルテスのような無知な輩は「matchast」を勉強して来いと言われ、議員職を中断されてしまうだろうが、米国では、連中は議会のホールで勝手気ままに振舞うことが許される。この場合、もしも米国人が「数学ができる」とするならば、ロシアの新兵器に対して効果的に対抗することができると思えるような対空防衛システムは米国には存在しないことに速やかに気付くことだろう。即ち、ロシアが報復のミサイル攻撃を行うことを米国は阻止することができないのだ。したがって、「新軍拡競争」(愚かにも、ある米国人は新軍拡競争を提言した)は現実に終了しており、ロシアの勝ちとなった。上記を見て貰いたい。ロシアは自国の資金を武器に投入してはいない。つまり、自国の資金を自国民を支援するために使おうとしている。米国は議論が絶えない多額の資金を武器のために浪費することはできるが、これは何の違いさえももたらさない。ロシアに対する攻撃は米国が成し得る最後の行為となるだろう。

ロシアにはABM条約を最初に違反する計画はないが、もしも米国がロシアに対して中距離核弾頭ミサイルを配備するならば、ロシアはそれに対抗する。ロシアに脅威を与えている国に狙いを合わせるだけではなく、ロシアはロシアに脅威を与えるよう決断した国に対しても照準を合わせる。はっきり言って、ワシントン、ブリュッセル、NATO加盟国の首都はリストアップの対象となる。これはニュースにはならない。ロシアは、もしも戦争が起こるとすれば、次回の戦争ではロシア国内では戦わないとすでに述べて来た。ロシアは敵国との戦いを速やかに受けて立つ計画だ。もちろん、米国人が正気であって、ロシアを攻撃することは機能的には自分たち自身を核兵器で吹き飛ばすことに等しいと理解する限り、米ロ核戦争は起こらない。ところで、彼らは十ニ分に正気なのだろうか?今や、この疑問は全世界を人質にしてしまった。

プーチンが演説の中で人をもっとも怯ませるような言葉を用いたのは彼が米国人について喋った時であった。米国人の正直さの欠如や不誠実さに言及し、彼らは自分たちがABM条約を履行してはいないにもかかわらず、ロシアが同条約に違反していると非難したことを引用したのである。「米国の衛星国は米国人と一緒になってブーブーと鳴いている。」 「подхрюкивать」というロシア語の動詞を的確に訳すのは難しい。ここでは、「ブーブーと鳴く」は「手にすることができる」という意味に非常に近い。心理的な描写としては親豚に付き添われた子豚たちが一斉にブーブーと鳴いている光景だ。これが意味することは明らかだ。プーチンは米国人は豚だと思っている。そして、NATOの衛星国も豚だ。したがって、彼らはプーチンが彼らの鼻先へ真珠をばら撒いてくれるなんて期待するべきではないだろう。とにかく、彼は多忙そのものだ。ロシア人がもっといい生活を送れるように国民に対する関心を怠ることはない。

著者のプロフィール: オルロフはロシアやその他のテーマについて執筆し、われわれのお気に入りの寄稿者の一人である。彼は子供の頃米国へ移住した。今、彼はボストン地域に住んでいる。彼はソ連と米国の崩壊を比較した2011年の著作(訳注:原題はReinventing Collapse: The Soviet Experience and American Prospects)でもっとも広く知られている(米国の崩壊はもっと悪い状況をもたらすだろうと彼は考える)。彼は非常に広範なテーマについて書いており、アマゾンで彼の著作を検索することが可能だ。彼はウェブサイトで多数のフォロワーを有しており、パトレオンでも同様だ。パトレオンで彼の支援にご協力を!

この記事の初出は「Russia Insiderにて。  

<引用終了>


これで全文の仮訳が終了した。

著者のオルロフの強みは英語世界とロシア語世界の両方にアクセスができる点にあるような気がする。ふたつの異なる文化や歴史に子供の頃から接し、異なる価値観を肌で感じ取って来たからこそ、物事をより客観的に見る習慣が身についているのではないかと推察される。

米国の社会システムを論じること、特に、批判することは視野狭窄に陥っている愛国主義者の目には国賊的な行為として映るようだ。反愛国的だとの烙印を押されるのが落ちだ。このような状況は多くの学者や言論人を悩ませていると報じられている。この著者の2011年の著作が好評を得た理由が分かるような気がする。

トランプ大統領がプーチンとヘルシンキで会談を持った後に臨んだ記者会見でのやり取りを受けて、米国国内では民主党幹部や減産複合体を後押しする大手メディアはトランプ大統領が自国のFBIの見解よりも、むしろ、プーチンの肩を持ったとしてトランプ大統領を非難した。元政府高官のひとりはトランプの記者会見での発言は国賊的だとさえ述べたことは記憶に新しい。建て前として民主主義や言論の自由を標榜している筈の米国社会は、一皮むくと、特に、二大政党間の政治の世界は実に閉鎖的で、強度の偏見に満ちている、と私の目には映る。

そんな中で、客観的に物事を論じる機会や場を容易には見つけられず、自分が主張したい論点を率直に述べることができない米国の知識人は自国の社会が持つ脆弱性を単刀直入に指摘し、ユーモアを交えて語っているオルロフの著作には拍手喝采を送りたいのではないだろうか。ただし、大っぴらにそのような行動を起こすには、確固たる勇気と独立心が必要となるだろう。


参照:

1Putin Now Thinks Western Elites Are ‘Swine': By Dmitry Orlov, Information Clearing House, Mar/13/2019






2019年3月15日金曜日

OPCWのシリア報告書は西側の「化学兵器攻撃」という筋書きを不能にする


ここに「OPCWのシリア報告書は西側の「化学兵器攻撃」という筋書きを不能にする」と題された最新の記事がある(注1)。
ところで、OPCWとは化学兵器禁止機関のことだ。これは化学兵器禁止条約(CWC)の実施のために加盟国への査察を行う国際機関であって、1997年に発足した。外務省のホームページによると、現在のCWCの締約国は193か国・地域。本部をオランダのハーグに置く。
なぜこの記事に注目するのかと言うと、西側がシリアで行って来た軍事的侵攻を正当化するために化学兵器攻撃は西側によって繰り返し利用されてきたからだ。
反政府側は化学兵器攻撃を自作自演し、アサドが率いる政府軍が化学兵器攻撃を行ったのだと喧伝。この手法が反政府派武装勢力と西側の定番となった。このプロパガンダでは悪名高いホワイトヘルメットが活動の中心となり、自作自演の様子をビデオに収め、それをソーシャルメディアに掲載し、アサド政権を非難する。西側の大手メディアはそれを現地からの報告として国内向けに流す。現地のことは何も知らない一般読者はこれらの報道を鵜呑みにする。こうして、西側はシリアに対するミサイル攻撃を正当なものに見せかけて来たのである。シリア紛争の歴史はこれの繰り返しだ。
化学兵器攻撃に関して西側の大手メディアが流して来た作り話が崩れると、シリア政府軍と戦う反政府派武装勢力の主張は大きく揺らぐ。ということで、国際機関であるOPCWの報告書が伝える内容は政治的には非常に重要な意味を持つことになる。
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。地政学的な分析では定評が高いトニー・カルタルッチの見解をおさらいしておこう。

<引用開始>

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OPCWはシリアのドーマにおいて201847日に起こった化学兵器攻撃に関して最終報告書を提示した。西側のメディアはこの報告書はシリア政府がドーマで化学兵器を使用した証拠になるとして歓迎していたが、この報告書はその種のことは一切報告していない。
実際には、本報告書は化学兵器攻撃によって死亡したとされる43人の誰をも攻撃現場で発見された塩素と関連付けることはできなかったのである。
攻撃があったとする主張は米国が支援する反政府派武装勢力によって彼らが敗退する前夜に流布された。翌日、シリア政府軍がドーマを奪回した。最初の主張は2本の黄色いガスボンベを改造し爆弾に仕立てたものを使って、サリンまたは塩素がばら撒かれたというものであった。
しかし、OPCWの検査官はサリンを検出することはできなかった。
本報告書によると、これらの2本の黄色い改造ガスボンベが攻撃に使用され、2カ所の建物(落下地点2および4)に落下し、OPCWの検査官はこれらのガスボンベとほとんど同様のガスボンベ(1本)を武装勢力が武器を作るために使用していた作業所でも発見した。
彼らが主張する「化学兵器」攻撃は、2018414日、米英仏によるシリアに対するミサイル報復攻撃をもたらした。これは化学兵器攻撃があったとされる現場へOPCWからの第1陣の検査官が到着した421日よりもずっと前のことであった。

塩素と被害者との間に関連性がない:
OPCWとしては、化学兵器に暴露されたと反政府派が主張する被害者に関する動画や写真は、OPCWの検査官が発見した微量の塩素も含めて、具体的な化学物質と関連付けることはできないという事実を言及することができる筈だ。報告書は下記のように具体的に主張することができるだろう(訳注:しかしながら、実際にはそう明白には述べていない):
医療関係者や目撃者、(目撃者によって提供された複数の動画に現れる人たちも含めて)犠牲者が報告した兆候や症状、それらの急速な発症、影響を受けた被害者の数、等は吸入した物質が不快感を起こし、何らかの毒性を持っていることを示している。しかしながら、精査した情報に基づいて言えば、死体からの生物医学的なサンプルは採取されていないことや死体解剖の記録もないことから、それらの兆候や症状の原因を具体的な化学物質と結びつけることは現時点では不可能である。
他にも、OPCWの報告書は、想定されている攻撃の犠牲者を診療した医療スタッフを含めて、化学物質の存在については真っ向から不信を表明した目撃者を引用することも可能だ。
本報告書は下記のような内容を報告することができよう(訳注:しかしながら、実際には言及してはいない): 
47日に緊急治療室に勤務をしていた何人かの医療関係者は患者からの報告は化学兵器攻撃を受けた場合に見られる症状とは辻褄が合わなかったことをインタビューで強調した。また、彼らは化学兵器による被害者に対する処置は行われなかったとも報告した。インタビューを受けた何人かは被害者からは何の異臭も発せられてはいなかったと言い、他の目撃者は被害者の衣服からは煙の臭いがしたと言う。 
OPCWが精査した他の説明内容も数多くの犠牲者は通常爆撃によって起こった煙や埃を吸い込んだことに起因するものであることを示唆している。
本報告書は下記のように具体的に述べることが可能だ(訳注:しかしながら、実際にはそうしてはいない): 
ある目撃者は47日には執拗な爆撃によって、あるいは、煙や埃を吸い込んだことによって病院で数多くの人たちが亡くなったと言った。緊急治療室の床には何十もの死体が横たわっており、埋葬待ちとなっていた。他の目撃者は47日のドーマの病院では死者は無く、あの日はどこからも死体が運び込まれてはいなかったと言った。
目撃者間には互いに矛盾する報告が目立ち、47日の出来事ではたった1件の死者についてさえも塩素と関連付ける証拠には欠けているのである。さらには、一貫性に欠け、矛盾だらけのこれらの状況はシリア政府がドーマにおける勝利の前夜に致死的な化学兵器攻撃を行ったとする主張の「証拠」としてこの報告書を用いることは不可能である。

武装勢力の作業所でよく似たガスボンベを発見: 
西側のメディアは塩素が発見され、現場におけるふたつの建物に落下した2個のガスボンベから発せられたとする本報告書の結論に焦点を当てているが、他の重要な知見は、予期されたことではあるが、いい加減に扱われた。OPCWの検査官が調査した武装勢力の武器の作業所には爆発物を作るために必要な化学品が大量に蓄えられていたことが明らかとなった。爆発物を製造するための一連の化学品や機材と並んで、1個の黄色いガスボンベも発見された。
本報告書は下記の事柄を認めるべきであろう(訳注:しかしながら、実際には認めようとはしない):
検査チームは倉庫に黄色のガスボンベが存在していることを確認し、シリア共和国の口上書(添付文書10、第2項)ではこれが塩素ボンベであるとして報告されているが、安全性の観点(ボンベのバルブをいじることに伴う危険性。図A.8.2を参照)から、内容物のサンプルを入手する、あるいは、確認することはできなかった。落下場所2および4で目撃されたボンベと比較すると、このガスボンベには相違点がある。このガスボンベはオリジナルの状態のままであって、まだ改造されてはいない点に注意されたい。
武装勢力の支配下にあった武器を製造する作業所でガスボンベが発見されたことが何を意味するかは明らかであるにもかかわらず、OPCWがこのガスボンベに興味を示さないことは監査官の勤勉さや意図に改めて疑念を投げかけることに繋がる。
このガスボンベには相違点があるが、これは落下地点2および4で発見されたボンベは爆弾に改造されていたという事実から来ることであり、明らかに、武装勢力の作業所で発見されたボンベはまだ改造されてはいなかった。
武装勢力が武器を製造するために使用していた作業所でほとんど同一のボンベが発見されたことが何を意味するかと言うと、落下地点2および4で発見された2個の改造ガスボンベは武装勢力によって改造されたという公算が高まる。OPCWの検査官はこの作業所で他にも改造された武器を発見した。たとえば、20リットル容量の数多くの金属製ドラムが発見され、いくつかはコード型のフューズが取り付けられていた。これらにはプラスチック製の爆発物が装填され、自家製の爆発物として使われていたようである。
西側のメディアは作業所で見つかったガスボンベの存在を捨て去ろうとした。そのガスボンベはシリア政府軍がでっち上げたものであると仄めかしたのである。
英国のハフィングトンポスト紙の上級編集者であるクリス・ヨークは問題の作業所に関して下記のような記述をする始末であった: 
反政府派の爆発物作業所はシリア政府軍によって数日前に確保され、彼らはやっきとなってこの作業所を化学兵器用の作業所に見せかけようとした。
実際には、OPCW自身はその種のことを提示しようとはせず、作業所で発見された装置は武器の製造所のそれとよく一致すると述べている。OPCWは、ガスボンベも含めて、何かが改造されたとは報告書の如何なる部分でも述べてはいない。このことに関しては、OPCWは「何等の改造もされてはいなかった」と具体的に述べている。
落下地点2および4にて発見されたボンベと非常によく似ているガスボンベが武装勢力の武器の製造所で見つかったということは、化学兵器攻撃を行ったのはシリア政府側だと主張しているけれども、西側のメディアが落下地点2および4で発見されたボンベは、少なくとも、武装勢力が化学兵器攻撃をでっち上げたという証拠を提供するものだ。
落下地点2および4で発見されたボンベはいったい誰が製造したのか、いったい誰がそれらを投下したのか、あるいは、それらの特定の場所に至った真の状況に関しては決定的な証拠が欠けていることから、より中心的な問いかけとしては、それらのボンベがいったい「どうして」これらの場所に到達することになったのかという点を究明することが必要となろう。

ーマにおける化学兵器攻撃 - いったい誰が得をするのか? 
主要な軍事的侵攻の最中であって、完璧な勝利を収めるであろう当日の前夜に、いったいどうしてシリア政府側は43人を殺害するために限定的な量の化学品が充填された2個のボンベを投下する必要があったと言うのであろうか?もっと単純に行える砲撃でその程度の数の住民を殺害することができるというのに。場合によっては、もっと多くの殺害も可能だ。
化学兵器の使用は、たとえもっと大規模に使用したとしても、通常兵器よりも効果が低いことは歴史的に証明されている。ドーマで使用されたと言われている塩素の使用は、そのような小規模では、思い当たるような目的が見えては来ない。少なくとも、シリア政府軍側にとっては・・・ 
他の如何なる主張が行われようとも、反政府派武装勢力や西側の資金提供国がシリア紛争の間中主張して来たようにシリア政府が化学兵器攻撃の後押しをすることからはシリア政府は何の利益も得ないのである。
ーマにおける化学兵器攻撃がシリア政府軍によって行われたと想定してみよう。しかしながら、これは戦術的にも、戦略的にも、政治的にも何の目的も果たさないのだ。
逆に、そのようなことを行った暁には、シリア政府側はその稀に見る行動によってシリア政府軍に対する西側からの大規模攻撃を正当化させてしまうのが落ちだ。
事実、化学兵器攻撃があったとされた日から1週間後、ガーディアン紙の報道によると、その報復として米英仏は100発ものミサイルをシリアにぶち込んだ。
その一方、ドーマを占領して来た武装勢力にはこの種の化学兵器攻撃をでっち上げるのに十分過ぎる程の理由が存在する。
彼らが敗走する前夜に化学兵器攻撃をでっち上げ、人々が苦しんでいる場面、特に、子供たちが苦しんでいる生々しい場面を作り出すことによって、武装勢力は世界中の一般庶民の間に懸念や同情、あるいは、彼らの理由付けを守れと要求する世間の激しい声を導く格好のプロパガンダを手にした。これは、彼らが所有し、世界中に広がるメディアを活用して、西側の資金提供国が熱心に増幅しようとしたプロパガンダである。
単に化学兵器を所有しているという間違った批判に基づいて米国が戦争を仕掛けようとした前例を受けて、武装勢力は、彼らのでっち上げの化学兵器攻撃の流れに乗って、米国はこれをシリアに対する軍事行動を起こすきっかけとして使うだろうと推察した。さらには、多分、彼らを救出してくれることだろうと。
米国は今日でも依然として「化学兵器」のことを言及する。具体的には、201847日のドーマでの出来事についてだ。これはシリア領土を非合法的に占領し続け、シリア政府を転覆しようとする武装勢力を支援するための口実の一部に他ならない。
喧伝されているシリア政府による「化学兵器」の使用は西側のメディアが反戦の政治家や評論家、解説者を攻撃する際の中心的な議論として決まったように使われている。
OPCWの報告書の結論は何らかの結論を導くには余りにも曖昧である。化学兵器攻撃に使われたとする手作り爆弾と酷似しているガスボンベが武装勢力の作業所で見つかったことは深刻な論議をもたらし、それが意味することはあの攻撃はでっち上げであったという見方である。この議論については適切に調査を行い、事実に基づいた答を見つけなければならない。
シリア政府はこの化学兵器攻撃からは何の利益も得ないし、政治的にも戦略的にも大失態となるだけであるという点に関してもシリア政府の動機については深刻な論議を呼ぶことだろう。結論を導く前にシリア政府の動機についても答を見い出さなければならない。
しかし、彼らが以前から何度も自ら示して来たように、西側のメディアは薄っぺらな証拠に基づいて、場合によっては何の証拠も無しに、まったく非論理的な嘘をつくことに長けている。そして、以前嘘をついたことをあからさまに見つかった後でさえもそういった嘘を繰り返すのである。
シリアのドーマに関するOPCWの最近の報告書に関しては西側のメディアがあれこれと「解釈」をすることであろうが、隣国のイラクで大嘘をついたことがバレてしまった後でさえも、西側のメディアは依然としてシリアに関して大量破壊兵器の筋書きを売り込もうとしている点については、これを一般大衆が抱く世界観の最先端に据えて、注意深く観察するべきであろう。
著者のプロフィール:トニー・カルタルッチはバンコックに本拠を置く地政学研究者であり、作家でもある。「New Eastern Outlook」のオンライン・マガジンに寄稿している。  
<引用終了>

これで全文の仮訳が終了した。
この記事でもっとも重要だと思われる点は、著者が指摘しているように、西側のメディアはこの報告書はシリア政府がドーマで化学兵器を使用した証拠になるとして歓迎していたが、この報告書はその種のことは一切報告していない。実際には、本報告書は化学兵器攻撃によって死亡したとされる43人の誰をも攻撃現場で発見された塩素と関連付けることはできなかったのであるという点だ。
しかしながら、OPCWの最終報告書には曖昧さが多く、今後西側のメディアが自分たちの主張に都合のいいように「解釈」するであろうという懸念が残る。
OPCWの最終報告書に見られるさまざまな問題点に関して、著者は現場で発見された事実に基づいてOPCWはこう言うべきであったとして、具体的な文言を提案している。要するに、著者はOPCWの言葉不足を指摘し、現地で起こった事柄を第三者的な検査官の立場で報告しようとした場合どのような内容の報告書になるのかを具体的に示してくれたのである。貴重な試みであると思う。と同時に、分かりやすい。
OPCWの最終報告書に関する著者の具体的な不満は、たとえば、次のような指摘となっている:
「武装勢力の支配下にあった武器を製造する作業所でガスボンベが発見されたことが何を意味するかは明らかであるにもかかわらず、OPCWがこのガスボンベに興味を示さないことは監査官の勤勉さや意図に改めて疑念を投げかけることに繋がる。
OPCWの最終報告書の曖昧さはいったい何処から来たのであろうか?
ここに、「圧力を受けて、OPCWはドーマに関して米国と矛盾を来すことに懸念 - ロシア代表の言」と題された最新の記事がある(注2)。
オランダのOPCWの本拠には各国から代表が送り込まれている。日本からも代表が詰めている。この最新記事(注2)はシリアに関してOPCWの一連の行動を真近に観察して来たロシア代表からの報告である。彼に言わせると、ドーマに関するOPCWの最終報告書は米国の顔色をうかがったものであって、中立的な報告書ではないという。ロシア代表が記者会見で述べた要旨を記録として下記に残そう:
あの攻撃がでっち上げであったと認めることは米国のシリアに対する爆撃を非合法的なものにしてしまうことから、OPCW2018年にドーマで起こったとされる化学兵器攻撃に関して偏見のない報告書を提出することはできなかった、とOPCWに派遣されているロシア代表がRTに語った。
月曜日(311日)に、ロシアの専門家らは記者会見を行い、本報告書について語った。モスクワ政府からOPCWへ常任委員として派遣されているアレクサンダー・シュルギンは会見後にRTに次のように述べている。化学兵器監視機関の指摘事項は「ギャップだらけで、矛盾が多く、一貫性がない」と。 
私の印象では、OPCWの技術事務局の専門家らは、単純に言って、米国代表が提案した文案に反論しようとはしなかった。米国代表は臆面もなくシリア政府が主犯だと言った。
事実調査団からの本報告書はドーマにおける化学兵器攻撃は誰の仕業であったのかに関しては何も述べてはいない。その仕事はこれから始まる別のチームの仕事であるからだ。
シュルギンは彼自身の見解を述べてくれた。「責任の帰属を究明するチームは米国側が必要とする結論を導くことだろう。そして、その結論は米国とその同盟国がシリア政府に対して新たに一方的な行動をとるための理由として使われるだろう。」 
この「注2」の記事が伝えている内容はOPCW内でどんな議論が行われ、OPCWの最終報告書がどのようにして最終結論に到達したのかを部分的に垣間見せている。これはOPCWの動きをすべて目撃して来たロシアからのOPCW常任委員によって語られた内容であり、内部情報である。この報告は非常に重要だ。
そして、国際政治の不条理をよく理解している皆さんは「・・・OPCWの技術事務局の専門家らは、単純に言って、米国人が提案した文案に反論しようとはしなかった。米国人は臆面もなくシリア政府が主犯だと言ったとの文言を目にして、米国の相も変らぬ傲慢さに辟易としているのではないだろうか。
OPCWという化学兵器を監視する役割を持つ国際機関が事実調査団を現地へ送り込んで調査を行ったとは言え、その調査が偏見のない、中立的な立場で調査を行うことを最初から放棄してしまい、米国の顔色ばかりをうかがっていたとしたら、その最終報告書がどのような内容になるのかは大よその見当がつく。
今回のOPCWの最終報告書はマレーシア航空MH-17便撃墜事件に関するオランダ政府を中心とした国際調査団の報告書が如何に偏見に満ちた結論を導いたかを彷彿とさせてくれる。これらのふたつの報告書の共通項は「偏見に満ちた報告書」にある。

参照:
1OPCW Syria Report Cripples Western ‘Chemical Weapons’ Narrative: By Tony Cartalucci, NEO, Mar/04/2019
2‘Pressured’ chemical watchdog afraid to contradict US on Douma chemical incident - Russian envoy: By RT, Mar/12/2019, https://on.rt.com/9pzi