2020年の今、真夜中の「100秒前」である。これは原子力科学者会報が世界情勢(つまり、東西冷戦)の現状を可視化して伝えようとして採用した「世界終末時計」が今何時を指しているのかを示したものだ。
ソ連の崩壊によって東西冷戦が終結し、1991年からの数年間、終末時計の針は真夜中の17分前にまで巻き戻された。世界は核戦争の脅威から遠ざかり、平和な気分を味わった。この新しい状況を反映して、当時、NATOの存在理由が問われた。しかしながら、その質問に答えることに困難を覚えたNATOは新冷戦を再び作り出す必要にせばまれた。この新冷戦が始まると、核戦争の脅威は再び高まって、終末時計の針は徐々に真夜中に近くなってきている。米国とイラン、米国と北朝鮮の対立、中距離核戦力全廃条約の失効による不信感、宇宙やサイバー空間における軍拡競争の激化、等を反映して、2020年の今、終末時計の針は100秒前にまで近づいてしまった。まさに、史上最悪の事態である。
最近、世界が非常に危険な常態に曝されている現状を解説した記事に出遭った。「核戦争の悪夢へと踏み込みつつある」と題されている(注1)。
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有しようと思う。われわれが住んでいる今日の世界を少しでも深く理解しておきたいのだ。
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世界は核戦争の現実的な可能性に直面している。これは世界大戦と地域戦争が続いた20世紀が過ぎ、それらの戦争のほとんどが米国とその従属国によって引き起こされたこと、ならびに、世界大戦が再び起こることを避けるために国連が設立されてから75年が過ぎた今、西側は倫理的には破産状態に陥っていることから言えるのである。
核戦争の脅威は東側からではなく西側からやって来る。このことに関しては、第二次世界大戦の終わりにほぼ現実のものとなった。ナチスドイツの敗退を何とか避けるために、米英はソ連に核攻撃をかけることを考えた。彼らはヒットラーがソ連の社会主義を破壊してくれ、その後でロシアと他の社会主義共和国が有する資源や市場および国土を活用するためにロシアと他の国々を西側の植民地に変えたいと考えた。しかし、ヒットラーとドイツのファシストらはそれに失敗した。ドイツの戦力は壊滅し、ドイツならびにヨーロッパ諸国は廃墟と化した。
しかしながら、ドイツのファシストは敗退したけれども、世界のファイスト秩序は敗退しなかった。西側の一般民衆のために民主主義国家や自由を標榜する国家という衣に身を固め、米国と他のNATO諸国はファシストのプログラムをまったく違った形態で受け継いだのである。彼らが許した「自由」とは彼らの命令下に生きることであり、マディソン街の人々に売り渡されることを意味した。 彼らは、たとえば、ソ連からの圧力の下で社会主義が観察される国家においては現実の社会主義を抹殺するためにあらゆる種類の犯罪的な手段を講じた。その一方で、労働者階級には何らかの恩典を許しさえもした。結局のところ、彼らはソ連と中国を破壊することに決めた。彼らはソ連に対しては成功し、ロシアをコントロール下に置いたのである。ところが、ロシア人の誇りと名誉、歴史観、人間性、等を備えた勢力がロシアに出現した。彼らは自分たちが放り込まれた罠に気付き、出口を見つけ出し、ロシアの主権と独立を再構築したのである。これらの勢力はNATO諸国の政府をコントロール下に置く巨大資本の植民地主義的ならびに帝国主義的な野心に対して邪魔物となった。彼らは自分たちの利益に対しては大きな邪魔物であり、何らかの形で破壊しなければならない存在となった。
中国もまったく同一視され、同様の扱いを受けた。ミヤンマーからベラルーシ、イランからベネズエラ、北朝鮮からキューバやシリアへと独立を標榜する国々は同様の攻勢に直面した。資源を横取りするために、アフリカでは何年にも及ぶ戦争が展開され、多くの国々が破壊された。世界中が戦禍を感じ取ったのである。
今月のことではあるが、米国は中国に反逆する台湾へ武器を売り込むとして脅しをかけ、台湾海峡は自分たちが所有しているのだと言わんばかりに同海峡に戦艦を航行させ、中国側に強い反応を引き起こした。数週間にわたって毎日のように、中国は台湾との戦争が真近いことを警告している。
米国は中国を攻撃するために海軍と空軍の大部分を太平洋へ移した。これらの動きは「中国の攻勢」に対する自衛策であると説明されている。しかしながら、彼らが行うプロパガンダ以外においてはこの説明にお目にかかることはない。米国側の攻勢を支持して貰うために、ポンぺオ米国務長官はヨーロッパやアジアの気がすすまない従属国家を精力的に訪問し、威張り散らした。もしも米国が退かなければ中国は台湾を奪取するだろう、そして、もしも米軍からの攻撃を受けたならばあらゆる手段に訴えてでも中国は自衛するだろうとの警告を発した。これらの警告は毎週のように強烈なものへとなって行ったが、米国人は戦争を望み、戦争に勝つと信じているかのようで、彼らは中国をさらなる行動へと駆り立てる。その結果は想像を絶するものとなるであろう。
そして、この動きの全体像を見ると、強烈な人種差別の匂いがする。カナダは中国のハイテック企業であるファーウェイの最高財務責任者であるメン・ワンツォウ(孟晩舟)を非合法的に逮捕した。彼女の罪はいったい何か?非合法的に発動された米国の経済制裁、あるいは、イランに対する禁輸政策に反したのだと言われている。米政府やメディアが喧伝する反中国、反共産主義の主張は今やヒステリックな水準に達している。オーストラリアにおいては、移民に関して現政府による公聴会が開催され、証人と称される中国人の住民らは厳しく尋問され、共産党の中国政府を支持しないと誓うことを強要された。ポンぺオは米国において人気が高い孔子学院の閉鎖を要求した。これは同学院が「共産党のプロパガンダ」を広めていることからであるという。ジョー・マッカーシーの再来である。
今月もまた、NATOはドイツで「オペレーション・ステッドファースト・ヌーン」と名付けた核戦争の演習を行っている。この演習では幾つもの国から集まったパイロットたちがロシアの目標に対して核弾頭搭載巡行ミサイルの発射やB61核爆弾の投下を訓練する。米国はドイツやベルギーおよびトルコに核兵器を配備していることが知られている。NATOのパイロットはこれらの兵器ならびに低出力の「戦術」核兵器を使用する訓練を行う。 「ドイツの対外政策」の中で報じられているように、その目的は地域的な戦場で核兵器を使用することであるが、当該戦争を全面的な戦争には発展させないことにある。 一読した限りでは、公式には、この能力はロシアや中国が「限定的な」核の使用を選択しないようにと単に説得することによって抑止力の強化に役立つのだとしている。しかしながら、米国が戦いの真最中に自分たちの姿勢を抑制し、核戦争を控えるであろうという保証は何もない。日本に対して米国がかって行った核攻撃は米国は冷酷であって、脅威を引き起こし、破壊を招くためには核兵器の使用も厭わないことを示しているからだ。
また、起こり得る核戦争のためにNATOは、最近、準備を強化したとも報じられている。 いいコネを持ち、ブリュッセルから報告をしているドイツ人特派員は、この6月、2018年7月のサミットでNATOに集まった国家指導者や政府代表らはある「機密文書」に注目したと報じている。この文書は「通常防衛と核抑止力」は「かってのNATOにおいては別個の概念であった」が、これらはもはや互いに分離した存在ではないことを「初めて」確認したのである。将来、これらは「一緒にして考えなければならない」と言う。この報告はさらに次のように続く。2020年の6月中旬に開かれた会合においてNATO参加国の国防大臣らはもうひとつの「極秘」文書を承認した。この文書はヨーロッパ連合軍司令官(SACEUR)を務める米国のトッド・D・ウオルター将軍によって執筆されたもので、NATOは地上、海上、空中、サイバー空間および宇宙の全域におけるあらゆる脅威に対して「ミサイル防衛から始まって先制核攻撃に至るまで」入手可能な自衛および攻撃の戦力のすべてを用いて防衛を行うとしている。NATOは通常の中距離ミサイルをヨーロッパに配備する意図も持っている。もし必要とあれば、これらのミサイルは何時でも「核兵器」に格上げすることが可能だ。
それと同時に、米国は第1次世界大戦以降米国が関与した大きな戦争では常に動員して来た戦車部隊や歩兵部隊、落下傘部隊で編成される第5軍団を再び動員した。これはポーランドのポズナニに駐屯する予定で、兵站本部が創設され、米軍とヨーロッパ軍とを連携させてロシアに対して使うための準備が加速されている。
ロシアはバルト海から黒海において、さらには、太平洋においても自分たちのシステムや防衛能力をチェックするために飛来してくるNATO軍の偵察機に対して毎日のようにスクランブル発進を行うことを余儀なくされている。敵意に満ちたプロパガンダはすでに数年間にわたって激しさを増すばかりで、話を大きくすることにドイツが深く絡んでいるナヴァルニー事件を使ってそれはさらに強化されている。ロシアの資源や市場、国土に関するドイツの関心はヒットラーが敗れたとは言え、低下することはなかった。ナチスの下で働いていたドイツ国防軍の高級士官らが戦後NATOやドイツ陸軍の指揮系統に採用され、新しい軍隊の訓練に当たっていることをわれわれは忘れてはならない。事実、中国に関しては注目に値する事柄がある。1941年にモスクワを攻撃するためにナチ軍団を指揮したゲーレン将軍は1951年に抜擢され、米国が中国軍に原爆を投下した後に北京へ向けて攻撃を行うという計画の下で台湾において国民党の軍隊を支援することになった。国民党軍が放射能に満ちた戦場を行進し、北京を包囲し、反対者を抹殺するためには彼らがロシアで使った大量虐殺のテクニックとまったく同一の手法を応用し、ゲーレンはかって自分がロシアで使った陸軍のさまざまな要素を駆使する積りであった。これはついぞ実現しなかったが、制圧するために用いられるこれらの脅威やテクニックに関しては中国は十分に承知している。ロシアに対して用いられたテクニックとまったく同一のテクニックが用いられ、これらは内戦の鎮圧、民族間の衝突、知識人をやっつけるプロパガンダ、軍事的攻勢、等に用いられるのである。
われわれはロシアや中国に対して目下用いられているハイブリッド戦争が実際に銃で撃ちあう戦争に何時変わるのかについては知る由もない。しかし、西側の各国政府がその非人間的な野心を変更し、倫理観が強い人間とはどういうことであるのかを学び取らない限り、戦争は必然的に起こる。中国は戦争は何時でも起こりかねないと警告している。ロシアは冷徹な頭脳が支配することを望んでいるが、西側の市民の間ではロシアに対する嫌悪感を作りだそうとする粗削りなプロパガンダがある程度の成功を収めており、ロシアは何時でも攻撃に曝される可能性を示唆している。
ユーゴスラビアの人たちはNATOが実に速やかに戦争を開始することができたことをよく理解している。リビアの人たちも然りだ。しかし、西側ではそのことを理解する、あるいは、気にする人は実に少ない。この状況は心配であり、危険でもある。ニュースを読んでいる人たちの多くはロシアや中国に対する戦争を支持する。西側の市民はプロパガンダに染まった市民であり、「ゼロ市民」である。つまり、市民という存在ではなく、まったく無関係な存在である。眠ったまま核戦争の悪夢の中へ踏み込んでいく夢遊病者であるのだ。現実を認識するには米国の過去の数週間を観察するだけでも事は足りる。彼らは目を覚ますだろうか?私はそうは思わない。彼らが蒸発する前に窓の外に核爆発の閃光を見た瞬間、多分、ほんの1秒間ほどは目を覚ますのかも知れない。
著者のプロフィール: クリストファー・ブラックはトロントに本拠を置く国際的な刑事犯罪に関する弁護士である。彼は知名度の高い戦争犯罪の多くを手掛けており、最近、新著の「Beneath the Clouds」を出版した。国際法や政治、国際的な出来事について執筆し、オンライン誌の「New Eastern Outlook」に特別寄稿をしている。
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これで全文の仮訳が終了した。
米国の戦争屋がNATO軍を通じて欧州で進めている対ロ戦争の準備の内容が紹介されているが、実に詳細を極めている。対ロ戦争が近い将来に起こるかも知れないという現実的な懸念をわれわれ素人にも感じさせるのに十分だ。米国の戦略としては、対ロ戦争は米国本土から遠く離れた地域で行うことが最大の関心事であるのだ。米国の最強で最大の同盟国であるEUも対ロ戦争の道具であり、戦場にしか過ぎないのである。
この状況を米国の対中戦争に当てはめてみると、この場合も米国は対中戦争は米国本土から遠く離れた地域で行いたいのだ。同様にして、米国の同盟国である日本は対中戦争ではひとつの道具でしかなく、戦場でしかない。誰が見ても、現実にはそれしかないだろうと思うのではないか。
「彼らは目を覚ますだろうか?私はそうは思わない。彼らが蒸発する前に窓の外に核爆発の閃光を見た瞬間、多分、ほんの1秒間ほどは目を覚ますのかも知れない」という著者の想像は実に衝撃的なメッセージである。特に、広島や長崎の経験を持つ日本人にとっては・・・
ここで原爆死没者慰霊碑に刻まれている「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」という文言が思い起こされる。後半の「過ちは繰返しませぬ」という誓いの言葉については、解釈の仕方が分かれるようだ。日本語の表現では主語が省かれることが多い。その中の議論のひとつは、広島や長崎における非人道的な原爆の犠牲者のほとんどは非戦闘員であったことから、日本人が過ちを繰り返さないと誓うのは筋違いだという指摘である。この指摘自体は正しいと私は思う。
しかしながら、本日の引用記事を読んで確信したのはこの慰霊碑は日本人が過ちを繰り返さないと誓っているのではないという点だ。「過ちは繰返しませぬ」という誓いの言葉は日本人が世界に向けて誓った言葉ではなく、人類全体が全世界に向けて発した誓いの言葉なのである。そう思うと、終末時計が真夜中の100秒前に迫ったというメッセージとの整合性もはっきりする。日本語の表現では主語が省かれることが多いのだが、これは人類全体が全世界に向けて発した誓いの言葉なのであるとここに改めて主張しておきたい。
参照:
注1: Walking Into A Nuclear Nightmare: By Christopher Black, Oct/19/2020