2013年3月14日木曜日

TPP反対を掲げる米国市民グループの動き


36日の報道によると、「環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加に向け、日本政府が米国の自動車関税の撤廃について一定の猶予期間を認める方向で調整していることが5日、分かった。日本もコメや砂糖などの農産物の関税維持を目指しており、自動車分野で米国に譲歩する必要があると判断した」ようだ。
当初はTPPによって日本に起こる弊害は農業分野だけに限られるかのような受け止め方が多くあった。今から考えると、あれは日本政府の意向のもとにメデイアが意識的に国民の関心を偏向させたのではないかとさえ思えるのだが、どうだろうか。あるいは、メデイアの無知の故に掘り下げがまったくなかったということかも知れない。
TPPの是非については日米間で自動車産業が議論の対象となっている。日本から輸入される軽トラックにかけられている25%の輸入関税は、ゼネラルモータースやフォードの好業績を維持するためにも米国政府は撤廃したくはないのだ。オバマ政権にとっては自動車産業は重要な票田のひとつである。軽トラックは米国側にとっての聖域である。
こういった状況を見ると、「聖域なき関税撤廃」など最初からあり得なかったことが明白だ。それにも拘わらず、日本では「聖域なき関税撤廃」が選挙公約のひとつになって、あたかも政府がその公約を実現したかのようにメデイアが取り扱った感じがする。これは国内世論をTPP参加に誘導するための政治的なひとつのショウだったと言えるのではないか。時の経過とともに、当時は明確には見えていなかった事柄でも今や一般人にも次第に理解できるようになってきた。
自動車についての日本側の譲歩と並んで注目されているのは保険だ。米国にとっては、保険は日本の譲歩を求める最も主要な分野のひとつである。
医療制度については日本医師会がTPP参加について懸念を表明している[注1]。米国が主張する混合医療が日本に導入された場合、利益を追求する民間医療保険に基づいた医療ビジネスの横行によって利益が上がりやすい都市部のみに医療サービスが集中し、地方においては医療サービスが劣化してしまうのではないか。日本の皆保険制度は長寿命世界一を支えてきたばかりではなく、効率的な運営が行われていることでも世界が知るところである。しかし、それが崩されてしまうかも知れない。医療サービスの提供が医療保険の保険料を支払えるかどうかという金次第の状況となり、その質はお金持ちとその他の一般大衆とに、あるいは、都市圏と地方とに2極分化することになる。現在の米国社会に見ることができるように、日本の伝統的な皆保険制度とはまったく違った医療制度の姿になってしまうかも知れない。
医療保険と並んで米国が狙っているのは簡保や共済だ。保険は契約が済むと保険料が定期的に入ってくるので、安定したビジネスとして期待できる。米国の議会関係者は日本郵政グループのかんぽ生命保険が販売する簡易保険や共済などの規制改革も交渉テーマにすべきだとの見解を示した、と言われている。米国側ははっきりと攻撃先を示した。日本側は日本の国益を守るために具体的な対応策を練っているのだろうか。
TPPに日本を誘い込む理由は米国の企業が日本の市場に入り易くすることが最大の狙いであり、その意図が実現した暁には日本の富が米国の巨大企業に吸い上げられる構造ができあがる。そしてTPPの参加国をみると、「環太平洋」という謳い文句であるにもかかわらず中国が入ってはいないので、TPPの中では日本が最大の市場である。このことはTPPが日本をターゲットにした条約であると言われる所以だ。
TPPに参加することによって日本の国益となるのは一体何だろうか。
様々な議論がある。しかしながら答えは明らかではない。これらの議論は最初から国民的な議論を進めるべきではなかったのか。残念ながら、日本では真剣な議論が成されないままに政府はTPP参加を決定してしまった。今後世代を超えて、TPPは日本にとって大きな負担となるのではないかと危惧せざるを得ない。
 

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  そんな中、米国の市民団体からの発言[2][3]が今大きな反響を呼んでいる。何故かと言うと、重要な点はその姿勢にある。米国民の99%を占める一般の人たちの生活の観点からTPPに仕組まれているISD投資家対国家間の紛争解決)条項の是非について真面目に議論をしているのだ。  

   今日はそれを下記にご紹介したいと思う。引用部分は何時ものように段下げをして示す。

TPPに包括的なISD条項を含ませたいとする米国政府には、結果として、ブーメラン現象が起こることだろう。ISD条項は「オーストラリアの国益にはならない」とするオーストラリア政府の生産性委員会による2010年の結論に基づいてオーストラリア政府はTPPISD条項には同意しないことにしたが、私はその声明を今引用しようとしている訳ではない。
むしろ、我が国の国会議員や法律専門家ならびに法律研究者たちの間では、一私企業あるいは一投資家をTPP条約の約定国と同等 のレベルにまで引き上げて、一企業・一投資家の立場から公的な条約を運用・実施させようとする考え方に対して疑問の声が高まってきている。よく機能している自国の裁判制度を有する約定国にとっては、私的な裁判(仲裁)制度を重複する形で新たに設ける必要がどこにあるのかという明白な疑問が湧いてくる。
著者のローリー・ワラック氏は「パブリック・シチズン」と称される市民団体の指導者だ。彼女はハーバード大学出身の弁護士であって、米国や外国の議会、裁判所、政府機関やメデイアなどでグローバリゼーションや国際的な通商条約に関わる「公共の利益」について論じることが多く、その分野ではよく知られた存在である。門外漢には難解な通商・法律用語を今日的な意味を持たせながら身近な言葉に「翻訳」する彼女の姿勢は国内的にも国際的にも非常に大きな影響力を持つと言われている。
そのような彼女の見解に引き続き耳を傾けてみよう。
ISD条項付きの投資協定と外国資本の実際の誘致との間には相関性がないことを示す調査結果があり、開発途上国にとってはこれらの調査結果はISD条項付きの投資協定の表向きの利点を減退させている。他の多くの国々と並んで、南アやインドも運営体制について批判的な評価を行っている。外国の直接投資から大きな恩恵を享受する南アメリカの国々の中にあって、ブラジルは世界でも上位5位にランクされる。同国はISD条項に拘束されることを拒否した。
事実、インドについて言えば、インド政府は韓国、シンガポール、その他の国々との自由貿易協定に含まれているISD条項を破棄すると報道されている[4]。はっきり言って、ISD条項はインドの国益にはならないからだ。
また、私は昨年の630に「TPPISD条項を拒否するオーストラリア政府」と題したブログを掲載した。そこでは自国の国益を優先するオーストラリア政府の決断を記述した。そして、この記事によると、オーストラリア政府と並んでブラジル政府も自国の国益を追求する独立心に富んだ政府であることがよく見て取れる。
オーストラリア政府がISD条項を拒否した場合、オーストラリアについてだけISD条項の適用を除外し、他の国々に対してはISD条項を適用するという形でTPPが締結されることになるのだろうか。条約のかなり重要な部分の適用において国によって相違を包含することを多国間自由貿易協定は許容するのだろうか。そのような場合、TPPは多国間条約ではなくなり、実質的には二国間条約の様相を濃くすることになる。TPPの意味はどこかへ葬り去られてしまうと言えるが、どうだろうか。専門家のご意見をお伺いしたいものだ。
そういった矛盾を含みながらも依然としてTPPを締結させたい理由は何か。その答えは、米国にとっては米国巨大企業の企業欲にある。日本にとっては、日本の国益とはおかまいなしに米国に追従することにある。
オーストラリアやブラジルならびにインドに見られる政府の姿勢は、米国の言いなりになっているばかりで自国の国益を追求しない日本政府のそれとは大きな違いだ。これは私だけにそう見えるとは決して思わない。多くの人が同様に感じている筈だ。

ISD条項からは紛れもない大混乱が派生する:
ISD条項そのものは、かつては国際的な投資のための明白な意図に限定されたものだった。つまり、適切に運営された裁判システムを持たない国を相手に投資をする場合、相手国が工場、土地あるいはその他の固定資産を国有化した際の損害を補償する手段を確立することがその目的であった。ISD条項は殆どの場合何らの影響力も無く、関心も払われなかった。
しかし、今や自由貿易協定(FTA)や二国間投資条約(BIT)を通じてISD条項が広く行きわたり、消費者の毎日の生活に対して多様かつ破壊的な影響を直接与えるような事例が急増している。ISD条項の存在によって、人々の健康、福祉、タバコ、天然資源、金融、環境、原油・ガスの採掘、土地利用、輸送、有害物質、等についての国内政策に対して攻撃を加える可能性を与えている。
事実、米国の自由貿易協定の下では16件の未解決のISD条項関連の訴訟事件がある。損害補償総額は131億ドル以上にもなる。これらは環境、エネルギー(原油・ガスの採掘を含む)、土地利用、公衆衛生、輸送等の政策に絡んだものであって、従来の貿易関連の訴訟内容とはまったく異なるものだ。
 
米国の経験が端的に報告されている。
例えば、NAFTAはカナダ、米国、メキシコの3国間の自由貿易協定である。NAFTA1994年に発足した。1994年以降の20年近い期間にカナダ政府はISD条項関連の訴訟事件にさらされ、その状況は非常に深刻なものとなった。その詳細について私は昨年の113日に「TPPISD条項はどんな悪さをもたらすか?」と題したブログにおいて報告した。
日本がTPPに参加した暁にはこのような状況が日本でも多かれ少なかれ出現することになるだろう。米国の多国籍企業にとっては、その国内経済が疲弊し市場規模が縮小しつつある今、日本の市場は未開拓の巨大な宝の山に見えていることだろうと容易に想像される。
二番目に、ISD条項の活用はとどまるところを知らない状況だ。ISD条項付きのBIT1950年代から存在していたのだが、1972年から2000年の間には約50件の仲裁訴訟が解決を見た。2000年以降は、ISD条項に関連した年間訴訟件数は254%も増加。過去10年間、訴訟件数は突然増加し、2011年までの累積訴訟件数(450件)は2000年までのそれ(50件)と比較して9倍となった。今年だけでも、投資紛争解決国際センターには既に43件の訴訟が持ち込まれている。
ところで、この引用文献は201317日付けであるが、上記の「今年だけでも」の「今年」とは、前文で2011年までの累積件数を記述した直後でもあり、その翌年である2012年を指しているものと見なすのが妥当であろう。念のため。
それと呼応して、ISD条項に基づく訴訟に直面する国の数も急増した。そして、この条約に対する政府や公衆の見方を変えさせるには、実際にISD条項に基づいた訴訟にさらされ、苦い思いを経験することに勝る手法は事実上存在しない。損害賠償の金額は着実に増加している。米国のBITの下だけでも、30億ドル以上の賠償金がすでに支払われ、これらの支払いの85%以上の事例が天然資源、エネルギー、および環境関連の政策に絡んでおり、これらは伝統的な政府による固定資産や工場の差し押さえとはまったく異なる領域での訴訟である。北米自由貿易協定(NAFTA)のISD条項の下では、エクソン・モービルによる最近の「勝訴」の事例はカナダのある州の沖合いの原油・ガスの採掘に関連する規制が攻撃され、これによって州政府は投資家側に365百万ドルを支払わなければならない結果となった。投資家側はNAFTAおよびCAFTA(中央アメリカ自由貿易連合)の条項の下に環境、都市計画法、森林政策、その他を攻撃した。 
三番目に、FTABITにおける「投資」の定義は国内の財産権法の下で保護を受ける典型的な財産とか具体的な財産所有権よりも遥かに広範に及ぶ。最近の米国のFTAおよびTPPに対する米国側の要求においては、この定義には規制・許可や実施権、先物やオプションならびに金融派生商品等の金融商品、国家と外国投資家との間の調達契約、政府から外国投資家に与えられる天然資源の利権契約、等が含まれる。加えるに、ISD条項における標準的な「投資家」とは投資を行う個人または法人であって、当該個人または法人が対象国で実際に商業活動をしているか、または、資本コミットメントに実体があるかを必ずしも要求してはいないのである。
この「三番目」の項の最後の記述は驚きである。実体のないビジネス活動であっても、投資の相手国の規制を攻撃して、ビジネス・チャンスを逃したと訴え、相手国政府から賠償金をもぎ取ることが可能であるということだ。ISD条項は投資家の貪欲さを最大限に擁護する形で構成されていることが容易に理解できる。
四番目に、企業が我々一般人の毎日の生活に与える影響について公衆の理解が高まりつつある現代において、ISD条項は国家の権利よりも企業の権利を公式な形で優先し企業行動を統治することを狙ったグローバル規模の支配システムの好例とも言える。訴訟事件が実際に財産の没収と関連する時、この全体像はもはや牽引力を持ってはいないことだろう。
現行のISD条項を最も中心的な要素に煮詰めてみよう。投資家には国内の企業や市民に与えられるそれよりも大きな権限を与える条約を直接実行できるように、外国の私企業の商業的関心は相手の国家と対等のレベルにまで引き上げられる。3人で構成される「判事」が投資者の妥当な期待を決定し、数限りある政府の行動のひとつがその期待を弱体化していると決め付け、納税者が納めた税金から膨大な額を抽出するために、外国の法廷を用いることによって彼らは国内の裁判所を避けて通ることができるのだ。これらの判事は時には判事を務め、時には政府を訴えるという役目をたらい回しにする。「上訴」の機会は、判決の賠償金が理不尽であるか否かとは関係なしに、極めて限られている。 そして今、非公開投資会社が現れ、彼らは政府資金を食い物にする外国企業のこのシステムに資金を提供している。
保守的な見方から議論すると、このシステムは国の主権や支配能力にとっては他に例を見ない脅威となり、進歩的な見方から議論すると、民主的な統治ならびに長い年月を費やして勝ち取ってきた公衆の利益にとって大きな脅威となる。過去においては、大多数の選挙民や国会議員、ジャーナリスト、大学の研究者、市民社会の擁護者たちはISD条項には関心を払わなかった。そして現在、このISD条項体制がもたらした結果は広範な利害関係者を目覚めさせた。彼らに知られることもなく、ましてや同意を得ることもなしに過去20年、30年にもわたって実行されてきた法的システムが静かに、しかしながら、非常に厄介な形で変貌を遂げようとしている。
この警鐘はTPPの参加交渉に対する障害となりつつあり、その障害自体も大きくなろうとしているが、そのような状況の中でも米国の交渉担当者は投資者の実質的な特権を拡大し、ISD条項の履行においてはその適用範囲を拡大させ、それらを最優先としている。
本ブログのパート2ISD条項の体制にまつわる懸念をさらに掘り下げ、TPPにとってはISD条項の体制が何を意味するのかを吟味していきたいと思う。
 

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ここにISD条項とはどのようなものかを詳細に論じた専門家の意見を学ぶことができた。多くの事柄が市民の目線から丁寧に論じられており、TPPならびにISD条項が多国籍企業の利益を最優先するためのものであるという事実に関して我々素人でさえもその全体像をより鮮明に思い描くことができるようになったことが非常に有難い。
ローリー・ワラック氏のブログの「パート2」の内容も継続して学びたいが、その詳細は別のブログにしたいと思う。
思えば、オーストラリア政府はTPPがもたらすかも知れない弊害を当初から詳細に吟味し、その結果得られた知見に基づいて同政府がISD条項を拒否すると決断したことの意味は限りなく大きいと感じる次第だ。「政府としてはあたりまえのことをやったまでだ」とも言えるが、その当たり前のことを実施しない日本政府の姿を真近に見ている多くの日本人にとっては羨ましい限りだと言えよう。その一方、政府に対してはますます不満や不信感を募らせる結果になったのかも知れないが、これは納得のいく判断をするための授業料だと考えるしかないのではないか。数ヶ月後には参院選が来るのだから....

 

参照:

1: TPPで日本の医療制度は本当に危機に陥るのか:吉田 耕作著、2012215

·        2: Brewing Storm over ISDR Clouds: Trans-Pacific Partnership Talks - Part I: By Lori Wallach, Public Citizen, Jan/07/2013

3: Brewing Storm over ISDR Clouds: Trans-Pacific Partnership Talks – Part II: By Lori Wallach, Public Citizen, Jan/14/2013

4: India plans to abolish ISD clause in FTAs: Korean Newspaper “Hankyoreh, Apr/06/2012

 

 

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