新型コロナウィルス感染を封じ込める上でもっとも大きな難題は感染していながらも症状が出ていない段階で周囲の人たちへの感染が広がる点にあると思う。極端に言えば、中国では14億人の人口全員について血清検査や臨床的な診察を行うことが必要となる。不可能だとは言わないまでも、実現は極めて困難だ。日本の場合は1億2千6百万人で、その困難さはまったく同様である。
米国の疾病対策センター(CDC)の長官は新型コロナウィルスは地域社会特有の疾病であると言う。14日の報道によると、米国では15人の感染者が確認されている。CNNでのインタビュウに応えて、CDCのロバート・レッドフィールド長官は「このウィルスに関しては知らないことが多くある。恐らくは、このウィルスは今シーズンだけではなく、来年にさえも持ち越されるかも知れない。そうこうしている内にこのウィルスは拠点を築き上げ、われわれは地域社会での感染に見舞われることになるかも」と言った。
不幸にも東京で感染が発生したとすれば、明らかにそれは首都圏全体で対策を講じなければ意味がないことになる。今横浜港沖に停泊しているクルーズ客船ダイアモンドプリンセス号における感染は横浜市や東京への感染は起こらないと言い切れるのであろうか?症状がない感染者から周囲の人たちへの感染が起こっている現在、クルーズ船から外部へと感染が広がることはないと誰が断言できるのであろうか?
ここに「新型コロナウィルス感染の最悪のシナリオ」と題された記事がある(注1)。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
<引用開始>
Photo-1:
© Used with permission of / © St. Joseph Communications. Passengers
step
off
a plane carrying Canadians back from the Wuhan province in China,
after
it
arrived at Canadian Forces Base Trenton in Trenton, Ont.,
on
Feb. 11, 2020. (Lars Hagberg/CP)
(編集者からの注釈:この記事に掲載されている意見はあくまでも著者のものであって、必ずしもMSNまたはMicrosoftの見解を代表するものではありません。)
ティモシー・スライは疫学の専門家であって、ライアーソン大学で公衆衛生学の教授を務めている。2003年にはトロントでSARS対策に従事した。
この原稿の執筆の時点は中国での大流行が始まってから約8週目であり、放送や出版物およびソーシャルメディアは最近公にCOVID-19
と名付けられた新型コロナウィルスを重症急性呼吸器症候群(SARS)や季節性のインフルエンザまたは1918年に大流行したインフルエンザと比べている。
避ける術もなく、陰謀説を信奉する少数の巡礼者らはこれはでっち上げだ、公害によって引き起こされた、あるいは、生物兵器が放出された、等と主張している。カナダだけでも季節性のインフルエンザで毎年3,000人以上もの死者が出る。「そのことを考えると、いったいどうしてこんなに大騒ぎをするんだ?」と批判者らは言う。
この段階でもっと適切だと思える質問点はこうだ。「現実にはいったい何を予期することが可能なのか?」
疫学の専門家は大流行の激しさやその規模を推測する尺度として三つの点を用いる。つまり、潜伏期、致死率、および、基本再生産数。
参考情報:
The science of novel coronavirus
先週、ジャンティエン・バッカー他はEurosurveillance誌に
COVID-19の潜伏期(IP)に関してもっとも詳細な推測値を発表した。たとえ隔離の場所がクルーズ船、病院、あるいは、自宅であったとしても
、その論文は隔離の手順を教えてくれる。研究者らはCOVID-19
ウィルスに感染した88人を詳しく調査し、その結果、潜伏期間の平均値として6.4日を算出した。その振れ幅は2日から11日。COVID-19ウィルスはSARSよりも僅かに短い潜伏期間を持ち、MERSのそれと非常に類似している。
木曜日(2月13日)現在、中国政府は累計の死者数は1,113
人で、累計の感染者数は44,653
人であると言った。これらの数値が大流行の全体を代表しているとすれば、致死率は2.5%となり、感染者が死亡する危険度は「スペイン風邪」と称せられた1918年のインフルエンザの大流行での致死率と同じレベルとなる。
COVID-19ウィルスはそれ程に恐ろしいんだという結論に飛びつく前に、われわれには中国が毎日報じている数値は果たして正確であるのかという疑問がある。隔離されている何千万人もの人たちを観察する仕事だけを取り上げても、それは、たとえ不可能ではないにしても、非常に困難な仕事である。毎日の致死率は不思議なほどに一貫している。あたかも毎日の比率はひとつの公式にしたがって編集されているかのようでさえある。さらには、感染例は「確認された」ものとして記述されている。未確認の者や症状が軽い者、症状が現れてはいない者、報告されなかった事例、等は含まれない。したがって、これらを含めると確認された患者数の何倍にもなるであろう。もしもそうだとすれば、致死率は劇的に低下する。
参考情報:
‘It felt like the end of the world’: From Wuhan to Canada in
coronavirus quarantine
幸運なことには、中国の国外で起こった518例では二人が死亡したが、彼らについては詳しい観察を行い、独立した致死率として0.4%以下という数値が得られた。この致死率が有効であるとすれば、それぞれの確認された感染者一人について6人から7人の未確認者がいるのではないかという議論が可能となる。
基本再生産数(R0)とは個々の一次感染者が何人の二次感染者を生み出すのかを示す。1918~1919年に大流行を起こしたスペイン風邪のR0
は1.4から2.8でり、平均値は2であった。COVID-19ウィルスについては最近の3週間に10個以上の推算が行われ、R0は
1.7から3.3までの範囲に分布している。
現実にはいったい何を期待することが可能なのか?ウィルスの人間に対する適応がうまく行かなかった場合、時間の経過にしたがってウィルスは勢力を失い、R0が1よりも小さくなるとウィルス感染は次第に衰える。しかし、このウィルスが過去の8週間に示した活発な感染の拡大を見ると、このような変化は当面はありそうもない。
参考情報:
Beijing’s credibility deficit makes the coronavirus crisis much
worse
母集団が前にウィルスに遭遇したことがあって、免疫性を獲得している(あるいは、抗菌剤やワクチンが導入された)場合、感染は自然に消滅する。しかしながら、COVID-19は人間集団にとっては新しいウィルスである。つまり、人々は免疫性を持ってはいないし、今後の6カ月から12カ月はワクチンの開発、試験、製造を行えるようには思えない。世界規模の流通にはさらに時間を要する。HIVウィルスに効果を見せた抗菌剤が考慮されてはいるが、効果を見せるかどうか何の保証もなく、試験を行ってみる必要がある。
最悪のシナリオはウィルス感染が拡大し続け、母集団の大きな部分に感染が広がることだ。何人もが死亡するが、多くの人たちは新たに獲得した免疫性によって生きながらえる。こうして、大流行は終わりとなる。ある地域に根を降ろした場合、ウィルスはその母集団内において何の障害もなく拡大する。仮に百万人の母集団を取ると、当初少なくとも三分の一(33万人)が感染する。致死率が2%であるとすれば、6,500人が死亡する。主として、老人や何らかの持病を持っている人たちが死亡するだろう。その年の終わりには「COVID19
ウィルスの致死率」は0.66%であったと報じられることだろう。生きながらえた323,400人はコロナウィルスに対して少なくとも当面は免疫となり、その後の感染の拡大を鈍化させる。
もしもウィルスが出回っていると、当初感染しなかった65%の人たち(67万人)が感染するかも知れない。あるいは、2003年のSARSの流行のように、ウィルスは野生に戻り、二度と報道されることはないのかも知れない。
参考情報:
Coronavirus: What Canadians need to know
ウィルスが人間集団に入り込み、そこに居座ることが許されると、この種の大流行が起こり易い。上記に引用した仮定の数値は何年にもわたって起こった大流行の動きやウィルスが今日までに示した特性に基づいている。
強力で立派な人的資源と公衆衛生のインフラを有する国々では、当面、その国へ入国する人々が感染しているかどうかを監視することになるが、別の問題が存在する。空港で実施されている皮膚温度の測定は感染者がその国へ入ってくるのを防止するという意味では直感的に理解できる限界ではあろうが、この手法には信頼性があり、有効であるのかどうかを示す証拠は今まで常に欠けていた。SARSの大流行では、184万人がスクリーニングを受け、794人が隔離された。感染の事例は確認されなかった。
感度解析においては一般的に言えば保守的な解析を行なって、最近、ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院のビリー・キルティーとサム・クリフォードは研究結果を出版した。それによると、皮膚温度の測定を実施したとしても、100人の旅行者のうちで46人は検出されることもなく入国する。現行の大流行では空港でのスクリーニングによっていくつかのCOVID-19の感染事例が確認されてはいるものの、この推測値は多くの旅行者はスクリーニングでは検出されなかったとしている。
封じ込めは功を奏するだろうか?接触のあった人達を隔離することは果たして有効なのか?感染が確認された人たちや感染の疑いがある人たちには有効である。特にその数が少ない場合。しかし、感染者が検出されることもなく人ごみの多い都市部へ入って行くと、新たな流行を容易に引き起こし、感染が検出される前に手に負えなくなってしまう。中国政府によって公表されている「確認された」感染者数を見ると、大流行が弱まっているとは言えない。現時点では、ほんの一握りの感染者だけが30ヵ国へ入国したとして各国で報道され、厳重な隔離措置を受けている。
しかし、何百人もの感染者が国境当局の監視を潜り抜けて、マニラやムンバイ、モンバサ、あるいは、メキシコ市といった超過密な人ごみの中へ消えて行ったとしたらいったい何が起こるのだろうか?カナダは武漢との直接の接触はないが、上記の超過密都市との間には多くの定期便が飛んでいる。すべては計画通りにうまく行くと予測することは簡単であるが、母なる自然は何時も抜け道を見つけ出す・・・
<引用終了>
これで全文の仮訳が終了した。
今回の大流行では感染が次々と繰り返されている間に感染力は低下し、重症となる感染者の割合も低下するとの説が出回っている。もしもこの説が現状を説明するものであるとするならば、中国以外での感染者は中国の湖北省程の厳しい展開にはならず、より軽症に終わり、発症しない率が高くなるとも言える。そうすると、世界的な大流行という懸念は一挙に後退するだろう。しかしながら、この説が正しいのかどうかは検証する必要がある。
震源地である中国の湖北省では新たな感染者の数は頭打ちとなって来た。2月16日の朝発表された前日の24時現在の新たな感染者数は1,843人で、2,000人の大台を割った。その後もこの趨勢が維持されて4日間続き、2月18日24時現在の新規感染者数は1,693人である。この新しい傾向が本当に沈静化を示すものであれば朗報である。問題は湖北省での感染者のスクリーニングがどれだけ正確に行われているか次第である。湖北省の呼吸器系の専門家であって、最前線にいるゾング・ナンシャンは18日にこう言った。「武漢では人から人への感染はまだ下火にはなっていない。現時点ではふたつの課題と取り組む必要がある:患者と健常者とをふるい分けること。そして、
COVID19の患者とインフルエンザの患者とをふるい分けることだ。」
少なくとも気を緩めることができるような状況にはないようだ。2週間後、あるいは、1カ月後にはもっと確かなことが言えるのではないか。
もうひとつの議論は潜伏期。今まで言われて来た潜伏期は長くても14日であったが、潜伏期は24日だとする意見が出ている。でも、これは非常に稀なケースであるとゾング・ナンシャンは言う。ゾングと彼のチームは中国国内の522カ所の病院から入手した1,099人のデータを調査した。たったひとりの患者ではあるが、24日の潜伏期が確認され、14日を超す事例は13人に認められた。「これは大多数の特徴を取り上げるのか、それとも、稀なケースを取り上げるのかという問題だ。3日から7日が平均的な潜伏期であって、大多数の感染者に当てはまる。しかし、例外が存在するということは決して驚きではない。」(Original
article: Clinical characteristics of 2019 novel coronavirus infection
in China, by
Nan-Shan Zhong et al.)
参照:
注1:Coronavirus:
The worst-case scenario : By
Maclean's. Feb/12/2020
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