2018年12月29日土曜日

ロシアゲート推進派は対ロ戦争を避けるよりも、むしろ、トランプを罷免したいのか?


米国の対外政策、特に、対ロ政策は今まで以上に歪んでしまっている。2016年の大統領選以降、トランプ政権を批判する民主党や大手メディアの論調はすでに正気の沙汰を越していると私には思える。民主党で代表される反トランプ派はあまりにも党利党略にこだわっていることから、真の意味での米国の国益を見失い、米国市民の安全安心を損ないかねない状況にある。そして、全世界の安全安心もだ。

米国や西側諸国にはそのような現状を憂える正統派の論客が何人もいる。たとえば、ポール・クレイグ・ロバーツやスティーブン・F・コーエン、アンドレ・ヴルチュク、ジョン・ピルジャー、クレイグ・マレー、グレン・E・グリーンワルド、ぺぺ・エスコバー、等。他にも数多くの名前が浮かんでくる。

しかしながら、彼らの意見や見解はトランプが選挙運動中に公約した対ロ関係の改善を論じると、その途端にこれらの論客は「ロシアの手先」としてレッテルを貼られ、彼らの主張や見解が大手メディアによって取り上げられることは極めて少ない。大手メディアは自分たちが流すフェークニュースによって自らが洗脳され、重度のフェークニュース依存症に陥っている。巨額の軍事費を予算化する正当性を維持するために(つまり、都合よく嘘をつくために)ロシア・中国は敵であるとする筋書きに固執し、ジャーナリストとしての使命はとっくの昔にゴミ箱へ投げ入れ、「ロシア叩き」の大合唱に興じているのが現状である。この一連の「ロシア叩き」は「ロシアゲート」とも称される。

スティーブン・F・コーエンはプリンストン大学とニューヨーク大学の名誉教授であって、ロシア学を専門とする学者である。彼の学問的な業績はロシア革命以降のロシア現代史ならびに同国の米国との関係に関する分野に見られる。米国においてはロシア学の最高峰である。米ロ関係を論じる場合、彼ほど適している人物は見当たらない。

トランプ大統領がロシアとの間で締結されているINF(中距離核兵器制限)条約を破棄すると宣言した(1019日のニューヨークタイムズの報道)ことから、この条約の舞台であるヨーロッパは米ロ間の軍拡競争の犠牲となりそうな気配だ。即ち、ヨーロッパは米ロ間の核戦争の戦場になる危険性が一段と高まっているのである。

この米国の発表を受けて、EUを率いるドイツのハイコ・マース外相は、1226日、「ヨーロッパは(米ロ間の)軍拡競争のためのプラットホームとなるべきではない。新たな中距離核ミサイルの配備はドイツでは大規模な反対に見舞われるだろう」と表明している。

最近、コーエン教授が「ロシアゲート推進派は対ロ戦争を避けるよりも、むしろ、トランプを罷免したいのか?」と題する記事を発表した [1]。非常に興味深い内容である。それと同時に、われわれ一般庶民の感覚にも共鳴し、極めて常識的な問い掛けであると私は思う。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。



<引用開始>

旧冷戦は40年間続いた。新冷戦は全世界が何とか生き延びることができた旧冷戦の単なる複製ではない。極めて重要な面において新冷戦はよりももっと危険である。2018年のさまざまな出来事が示唆するように実際の戦争の危険性を伴う。実例を挙げてみよう。

新冷戦は、今、軍事化への傾斜が目覚ましい。バルト諸国やウクライナおよびシリアでは米ロ間の直接武力対決、あるいは、代理勢力による抗争が推進され、より「使用が簡単な」武器を求めて米ロ両国は新たな核戦力の開発競争に入りつつあり、アトランティック・カウンシルといった大きな影響力を持つ冷戦推進派は「ロシアは欧州への進攻を企てている」という根も葉もない主張を流布している。さらには、モスクワ政府内の「タカ派」の影響力も高まっている。旧冷戦でも軍事化が著しかったけれども、新冷戦のようにロシアの国境に直接迫るようなことは無かった。東欧の小国からウクライナに至るまで、2018年にこれらの一連の動きが展開された。

ロシアゲートとはトランプ大統領がクレムリン政府の著しい影響を受けている、あるいは、その支配下にあるという主張である。しかながら、この主張はそれを裏付ける実際の証拠が何もないまま展開され、新冷戦においては非常に危険で、前例のない要素となった。クレムリンが2016年の大統領選に介入したのではないかという推測から始まったこの主張は主流派による当てこすりへと発展し、クレムリンがトランプをホワイトハウスに据えたのだという確信にまで成長して行った。その結果、危機の打開に向けてロシアのプーチン大統領と交渉をしようとするトランプの足を引っ張っている。こうして、ヘルシンキで開催されたプーチンとの会談では、トランプがその際に自分自身が大統領に選出されたことの正当性を防衛しようとしたことから、彼は「反逆罪」を犯したとして米国の大手メディアや政治家から広く避難を浴びた。その後2度にわたって、トランプは予定されていたプーチンとの会談をすっぽかした。アイゼンハワー以降代々の大統領が行ってきた指導者外交を今厳しく非難している政治家やジャーナリストならびに諸々の団体はロシアとの戦争を避けるよりも、むしろ、トランプを罷免しようとしているのか、と米国市民が問いただすことは非常に妥当な行動であると言える。

旧冷戦の後半には妥当なレベルでの均衡を実現し、事実に基づいた報道や解説を行っていたものであるが、今やそうした態度を実質的に放り出してしまった大手メディアに対してもまったく同じ問い掛けをすることが可能だ。たとえば、2018年には、プーチンが率いるロシアは「2016年に米国の民主主義を破壊しようとした」との彼らの主張は彼らが推進するロシアゲートや新冷戦の中心的な教義となり、回転軸とさえなっている。また、旧冷戦の頃とは違って、彼らは反対意見や代替意見となり得る報告や視点あるいは意見を排除し続けた。さらには、これらの大手メディアは多くの場合かって諜報部門を率いていた人物を情報源とし、解説者としているが、これらの人物たちこそがロシアゲートという筋書きを作り出した張本人であることは、今や、明白である。メディアによる過誤の好例はアゾフ海と黒海との間にあるケルチ海峡で起こった海上での抗争に関する報道にも見られる。これは、1125日、ウクライナとロシアの砲艦の間に起こった出来事だ。経験的事実はすべてが入手可能である。また、ウクライナのポロシェンコ大統領は20193月に予定されている大統領選で再選のチャンスを何としてでも高める必要があり、これらの状況から判断すると、これはキエフ政府による挑発であったことが歴然としている。しかしながら、それに代わって、米国の大手メディアはこの事件をまたもや「プーチンの攻撃」であると描写した。こうして、これは極めて危険な米ロ間の代理戦争であり、基本的に、米国の一般大衆は事実が完全に歪曲された報道に曝されているのである。

多くはこのような大手メディアの過誤によるものであり、米ロ関係においてはさまざまな危険が拡大しつつあるにもかかわらず、引き続き2018年にも新冷戦に反対する動きは見られなかった。議会における主流の政治そのものにも、二大政党にも、シンクタンクにも、大学のキャンパスにも見られず、ごくわずかの個人的な反対者が観察されただけであった。こうして、ロシアとの和解政策、または、トランプが何度も提唱していた「ロシアとの協力」は未だに主流の政治においては著名な支持者を見い出してはいない。この政策はかっては共和党の他の大統領、つまり、アイゼンハワーやニクソンおよびリーガンの政策であったにもかかわらずである。トランプはそうすることを試みたが、彼の意図は2018年にまたもや排除されてしまった。

ところで、「米国の民主主義を攻撃」し、今後もそうするだろうというロシアに対する言いがかりはロシアゲート推進派たち自身についてこそお誂え向きである。彼らの主張は制度としての大統領制を台無しにし、米国の選挙制度に疑問を投げかけた。「ロシアとの接触」や「より良好な関係」に関する提言を犯罪視することによって、さらには、米国のメディアにおいて大きな勢力を占め、曖昧模糊とした「虚偽情報」を流す組織を排除すると脅かしを掛けることによって、彼らは言論の自由や自由な発想によって高く評価されて来た米国社会をひどく損なってしまった。さらには、伝統的な政治的正義の概念は今やますます脅かされており、少なくともロシアに関して分かっていることから判断すると、それはマイケル・フリン将軍やソビエト流の扱いを受けたマリア・ブティナの事件で誤用された。この若いロシア人女性は、最悪の場合でも、「より良好な関係」の未明の(率直に言って極めて開放的な)擁護者であり、自国に関しても熱心な支持者であった。このことはロシアにおいても若い米国人によって長い間熱心に追求されてきたが、彼女は自白するまでの間、つまり、司法取引に応じるまで何か月にもわたって独房に監禁され続けた。そして、これが海外で公に「促進」されてきた民主主義国家の実態である。

最終的に、ロシアゲートの実態にはロシアの存在ががますます希薄となっている。それに代わって、「脱税ゲート」あるいは「セックスゲート」へと姿を変貌しつつある。米国の政治家やメディアのエリートたちがロシアゲートの虚構に憑りつかれている間に、彼らが口にする内容とはまったく異なり、彼らに注目されることは極めて稀な三つの最近の文献(訳注:1Outfoxed by The Bear? America’s Losing Game Against Russia in the Near East: By Michael A. Reinolds, Apr/25/20182Isolation and Reconquista: Russia’s Toolkit as a Constrained Great Power: By Marlene Laruelle, Dec/12/20183How the New Silk Roads are merging into Greater Eurasia: By Pepe Escobar, Dec/13/2018)に記されているように、ロシアは東方の外交大国へと成長している(訳注:ロシアの外交大国への成長とは何を指しているのだろうか。そのひとつはシリア紛争がロシアの支援によって収束しつつあることであろう。もうひとつは、11月にタリバンとアフガニスタン政府とがモスクワに招かれ、将来のアフガニスタンについてお互いに直接話し合いを行う機会が準備された。119日のことだった。報道によると、この話し合いは成功裏に終わった)。そうこうしている内に、世界規模の外交においてはワシントン政府の主たる盟友であるEUは自ら招いた、混迷するばかりの危機に陥りつつある。

著者のプロフィール: スティーブン・F・コーエンはプリンストン大学とニューヨーク大学の名誉教授で政治学とロシア学を専門とする。ジョン・バチェラーが毎週コーエン教授との間で米ロ間の新冷戦に関して議論する対談番組は5年目の記念日を迎えている。(これ迄の放送分はTheNation.comにて視聴可) 

本稿はまずThe Nationにて出版された。


<引用終了>



これで引用記事の全文の仮訳が終了した。

米国の軍・安全保障複合体が求めているのは大きく膨れ上がった軍事費を正当化することが可能な「大きな敵国の存在」である。911同時多発テロを受けて、米国がすかさず対テロ戦争を宣言したのもこの流れの中にある。あの同時多発テロは対テロ戦争を開始するための引き金であったという指摘もある。いわゆる、自作自演である。

この種の指摘は、201444日付けの「軍事予算を確保するために大きな敵を探そうとしている米国」と題した私の投稿でもご紹介したことがある。その投稿では、政治分析を専門とするパトリック・ヘニッグセンの言葉として、「米国の年間国防予算が1兆ドルにも達し、ボーイング社のような超ド級の防衛関連企業のロビー活動が高まる中、これだけの大金の出費に関しては米国は世界中で新たな敵を具体的に作り出さなければならない」という指摘をご紹介した。 

あれから4年半が経った。米国は、今や、ロシアと中国を大っぴらに敵として位置付けている。貿易戦争、経済戦争、金融戦争、情報戦争、ハイブリッド戦争、等は激しくなるばかりだ。そして、通常兵器による代理戦争は後を絶たない。今や、米国では「永遠の戦争」という言葉さえもがメディアで使用されている。

イラクやシリアならびにイエメンでの事例で明白になっているように、戦争がもたらす最大の問題は必ずしも将兵の死亡ではなく、それは何百万人もの一般市民が巻き添えとなって生命を失うことだ。それに加えて、さらに何百万人もの市民が故郷から追い出され、難民化することだ。これ程の不幸の責任はいったい誰がとるのだろうか。

米ロ戦争の場合、通常兵器による戦争が何時の間にか核戦争に切り替わる可能性があり、これが最大の懸念だ。米ロ両国には地球上の人類を10回も絶滅させるに十分な量の核兵器が備蓄されている。そして、数多くの専門家が指摘するように、米国が志向する先制攻撃はロシアの核兵器を一掃することは不可能で、必ず報復攻撃を受ける。この報復攻撃は次の連鎖をもたらす。両国の将兵は最後の一発まで核ミサイルを相手側に発射しようとすることだろう。

米国の一般市民や政治家、ジャーナリストらが現行の対ロ戦略は大きな間違いであることに気づかない限り、人類は皆が蒸発してしまうことになる。

核戦争を回避するという政治課題は他の如何なるテーマよりも重要である。米国の国内政治がトランプ大統領の罷免を目指し、その過程で何の根拠もなくロシアを敵扱いし続け、軍事演習を行い、ロシアを挑発することの危険性は甚大である。引用記事にも述べられているように、旧冷戦では米ロ両国にはまだ節度があった。しかしながら、新冷戦では米国側はロシアとの外交的対話を放棄してしまったようだ。トランプ大統領は国内の反対派からの圧力を受けて、プーチンとの会談を最近二回もドタキャンした。

こうして見ると、コーエン教授が示した対ロ戦争を回避することは現実に最大級の課題であり、これに勝るものは何もない。実に正当な見解であると私は思う。

2019年には米ロ間に何らかのマジックが起こって欲しい。核戦争の回避に向けた具体的なロードマップを見たいものである。





参照:

1Do Russiagate Promoters Prefer Impeaching Trump to Avoiding War With Russia?: By Stephen F. Cohen, The Nation/Information Clearing House, Dec/24/2018








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