2019年9月5日木曜日

ドイツはもはや貴国の典型的な従属国ではないよ


ドイツと米国との間の溝は深くなるばかりである。これはEUと米国との関係についても言えることだ。幸か不幸か、このことは世界中で認識されつつある。
メルケル首相の携帯電話を米国の諜報機関が盗聴したという。しかも、長期にわたって。それだけではなく、数多くの側近らも盗聴された。これは米国防省傘下の国家安全保障局(NSA)がCIAと共に行った行為であった。NSAは遠隔操作で携帯電話に盗聴用のバグをインストールする能力があることで知られている。
米上院の委員会は水曜日(731日)にロシアからドイツへ施設される「ノルドストリーム2」の建設に携わっている企業に経済制裁を課すという法案を通過させた。このパイプラインはヨーロッパに対するモスクワ政府の経済的影響力を強化することになるとトランプ政権は見ている。米上院外交委員会は「ヨーロッパのエネルギー安全保障を防護する法律」を202で可決した。同法はヨーロッパにおけるロシアの影響力に関して何人かの議員が抱く懸念を反映したものであって、法律として成立するには上院と下院を通過し、さらには、トランプ大統領の署名を得る必要がある。(原典:Senate panel backs Nord Stream 2 pipeline sanctions bill: REUTERS, Jul/31/2019
この米国の動きに対して、ドイツは真っ向から対立。ノルドストリーム2の建設は完全に経済的な選択であって、ドイツの内政に米国が首を突っ込む理由はないとして、ドイツは強く反発している。米国が提案するように、米国産の天然ガスを輸入するとすれば、ヨーロッパの需要家は大きなコスト的負担を強いられる。それはヨーロッパにとっては経済上の自殺行為に等しい。
このパイプラインの建設工事は今年中には完了すると言われている。今後数ヵ月で米議会と米大統領がこのドイツに対する経済戦争をどのように進めるのか、それに対してドイツ政府やパイプライン建設事業に参画しているヨーロッパの巨大企業(ロシアのガズプロム、ドイツのウニパ―およびBASF傘下のウィンターシャル、英・オランダのシェル、オーストリアのOMV、フランスのエンジ―)がどう対応するのかが見ものとなる。
日本人の眼から見ると、米国の政治的圧力に抗して闘っているドイツ政府や民間企業の姿勢は実に見事であると言いたい。少なくとも私にはそういった印象が強い。
ここに「ドイツはもはや貴国の典型的な従属国ではないよ」と題された新しい記事がある(注1)。 
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

<引用開始>

Photo-1

ベルリンとワシントンとの間の相互関係が低下し始めてすでにかなりの期間が過ぎようとしている事実は否定しようとしても、それ自体は何の意味も無い。その理由を説明することができる理由は数多くあるが、中でもドイツ全域で厚かましい程に広範にわたってワシントン政府が情報収集を行って来た行為には誰もが注視することであろう。米国がドイツの一般市民や著名な政治家について機密情報を収集した事実を伝えた数多くのメディアの英雄的な取り組みの結果、これらの事実は一般大衆にも十分に知られることになった。
2013年、ウィキリークスは米諜報機関がドイツのアンゲラ・メルケル首相や彼女の数多くの支援者らの携帯電話を盗聴した事実をすっぱぬいた。
その1年後、ドイツの安全保障当局は機密書類をCIAに引き渡し、ドイツに被害を与えたとしてドイツ連邦諜報サービス(BND)のオフィサーを逮捕した。
これはベルリン政府がロシアに対して厳しい姿勢を採ろうとするバラク・オバマ政権との間でもめていた頃のことである。両者間の違いは埋めることができず、両政府の関係は「大西洋貿易と投資に関するパートナーシップ」の提案を巡ってさらに悪化した。これは後にドナルド・トランプによって葬り去られた。その頃、中東における米軍の作戦を支援することは止めるとドイツが決断をしたとしても何ら驚くには値しないのではないか、とディ・ヴェルト紙は伝えた。
2017年当時、アンゲラ・メルケルは米国との親密な関係を止める可能性があることを仄めかしていた。 
今年の5月、連邦議会の経済委員会の委員長を務めるクラウス・エルンストは嫌われ者の駐ベルリン米国大使に向けて「ドイツは米国の植民地ではないので、わが国は自国のエネルギー政策に関して人を見下したような態度で述べられたコメントに対しては寛容ではない」ことを告げた。次に、野党の自由民主党(FDP)の副議長であるウルフガング・クビキはリチャード・グレネルが繰り返して試みた干渉はドイツの主権を犯すものであるとして、ヘイコ・マース外務大臣にグレネルをペルソナ・ノン・グラータ(訳注: 好ましくない人物を指す外交用語。国外退去を求められる)であると宣言するよう求めた。
トランプが政権に就いて2年半経った今、米国とドイツとの間には友好関係の形跡さえもないと南ドイツ新聞は言う。同紙の主張によると、ワシントン政府は二度とドイツの国益を保護しようとはしないだろうから、ベルリンにとってはトランプ政権後の行動計画を練ることが喫緊の課題である。
ドイツと米国との二国間関係の将来について疑念を抱く者は、最近になって、ドイツ製品があたかも中国で生産されたかの如くトランプがドイツからの製品にも課税することにえらく熱心であることに気付いた。これらの悪い状況をさらに悪化させたのはトランプは一国が他国と協定を結ぶ際にはその責任を取らなければならないということを十分には理解してはいないことだ。実例としてはトランプ政権が気候変動に関するパリ協定やJCPOAから一方的に離脱したことが挙げられる。 
アンゲラ・メルケルはドイツの軍事費を2024年には国内総生産の1.5パーセントまで増加させ、NATOの目標である2パーセントに近づけるという約束をするに違いないと指摘されていた。しかしながら、これらの約束はワシントン政府がロシア産天然ガスのドイツへの輸入を増加させるパイプラインの建設、つまり、ノルドストリーム2プロジェクについて反対を唱えたり、ドイツの次世代携帯電話のための5Gネットワークから中国のフアウェイ社を排除しようとする動きの前のことであった。ウールストリートジャーナルはもしもドイツが軍事費を減少させるならば、ドイツは米国製航空機を調達したり、同国内に設置されている米核兵器を保守点検することは困難になるであろうと言う。この動きは間断なく悪化し続けてきた大西洋を挟んだ両国の関係にさらなる歪を付け加えることになるであろう。 
トランプの最初の任期が終わりに近づくにつれて、米独間の関係が悪いと評するドイツ人の数は73パーセントにまで増加したとピュー・リサーチ・センターおよびカーバー・ファウンデーションは伝えている。これとほぼ同割合のドイツ人がドイツは米国からは独立した対外政策を追求するべきであると考えている。
この2月、毎年開催されるミュンヘン安全保障会議の前日、ピュー・リサーチ・センターとフリードリッヒ・エベルト・ファウンデーションは何事にも増してドイツ人が恐れているのは米国の影響力が増加する可能性であって、この状況はドイツの安全保障を脅かすものであると彼らは言う。これは最初は奇妙に聞こえるかも知れないが、ドイツの新聞は、ヨーロッパの大部分のメディアのように、トランプは平衡感覚を欠いており、一貫性がなく、新たな戦争を引き起こしたとしてもそのことには気付かないような人物として描いていることをわれわれは記憶に留めておきたい。 
アングロ・サクソンによって何十年間にもわたって洗脳を受け、すっかり平和主義者となったドイツが今後EUの安全保障に関する責任をどのようにして自ら背負い込むのかについて論じることは極めて難しい。これはドイツ国家全体が自分たち自身の理想として身に着けて来た理想とは矛盾するからだ。ドイツをそっとさせておき、巨大な怪物と化した過去の遺産であるNATOを廃絶することに代わって、ワシントン政府はノルドストリーム2のプロジェクトを葬り去ろうとし、NATOのためにドイツがもっと多くの軍事費を計上することを求めている。ドイツが数多くの難題に直面している今、ベルリン政府には著しく大きな欲求不満をもたらしている。ベルリン政府が地政学的にはまだ子供のような状態にあるこの時期に地政学的ゲームのすべての側面が一気に表面化した格好だ。過去の大西洋主義的な精神に憑りつかれたエリートたちも含めて、ドイツは英国のEU離脱がもたらす苦難やトランプのEUに対する弱体化からEUを防護し、ドイツ独自の国益を追求するべきであるという理解が存在する。 
かっては「西側」と呼ばれていた地域には深い亀裂が現れ、ベルリン政府は自国の運命だけではなくEU全体の運命さえをも自からの手に収める勇気を見い出さなければならない。何時の日にかNATOは過去の遺物となるだろうと何度となく言われてきたが、米国の政治家の多くはNATOを温存することに関心を持ち、ドイツが自国の目標を追求することを妨げている。このような状況にあって、メルケルがロシアとの和解を模索していることは決して驚きではない。それは一貫性のない米国大統領と比べれば、より簡単に推察が可能であると思える。 

著者のプロフィール: グレーテ・マウトナーはドイツ出身の独立した研究者であり、かつ、ジャーナリストである。オンラインマガジンの「New Eastern Outlookて独占的に執筆している。  

<引用終了>

これで全文の仮訳が終了した。
日本国内では東京新聞が「米国との決別辞さず」と題した記事を掲載した(94日)。その記事を下記に転載して、この投稿を閉じることにしたい。日本のメディアにもドイツの動きを冷静に理解し、報じようとするジャーナリストがいるのだ。嬉しい発見である。

www.tokyo-np.co.jp/.../CK2019090402000167.html - 
Sep/04/2019
 先進七カ国首脳会議(G7サミット)の際、ドイツのメルケル首相と会談したトランプ米大統領は「すばらしい女性」と持ち上げ、これまで寄りつかなかったドイツを「近いうちに訪問したい」とまで述べた。
 今回の上機嫌ぶりにもかかわらず、ドイツのトランプ氏への不信は消えない。
 ガブリエル前外相は「中国やロシアより米国のほうが問題が多い」と述べた。同趣旨の見方を外交官から直接、聞いたこともある。
 ドイツにとって米国は、民主主義の手本であるとともに、恩人だった。
 西ドイツ時代、マーシャル・プランで戦後復興のための援助を受けた。ソ連が西ベルリンと西独との交通路を遮断したベルリン封鎖では、「大空輸」で生活物資を供給してもらった。西ベルリンを訪れたケネディ米大統領は「私はベルリン市民だ」とドイツ語で連帯を表明し、レーガン米大統領は「壁」の撤去を訴えた。
 それだけに、トランプ氏への失望は大きい。最近のメルケル氏の暗い表情は、選挙での相次ぐ敗北だけが原因ではなさそうだ。
 ドイツはトランプ氏に擦り寄らず、価値観を守る道を選んでいる。人権をないがしろにする差別的な政権をつけ上がらせた結果、どんな災厄がもたらされたか、自国の歴史で身に染みて知っているからだ。米国離れを模索するのは決して愚策ではない。(熊倉逸男)

東京新聞が指摘した重要な側面として「ドイツはトランプ氏に擦り寄らず、価値観を守る道を選んでいる」という記述がある。これは日本の首相が頻繁に口にして来た「米国との価値観の共有」とは異なり、ドイツは「独自の価値観を守る」ことに全精力を注入していることを示す。対米政治姿勢に関して日独間にはこれだけの決定的な違いがある。


参照:
1Germany - Not Your Typical Vassal State Anymore: By Grete Mautner, NEO, Aug/31/2019





0 件のコメント:

コメントを投稿