われわれ一般大衆が国際政治の深層を理解できるのは極めて限定的である。少なくとも私にとってはそれが実感である。
たまたま欧州の一角に住むようになって今や10年余り。ブカレストへ引っ越した直後にブログの掲載を始めた。2011年だった。当時掲載したテーマは旅行者気分でのブカレストの紹介が多かった。
しかしながら、程なくシリアにおける内戦に関する報道が目に付くようになった。その中にアレッポに住む一人のシリア市民が掲載した「乗っ取られたシリア革命」(原題:Revolution Betrayed: Corrupt rebel leaders confiscate Syria dream of freedom: By Herve Bar - ATME (Syria), Information Clearing House, Feb/13/2013 )と題された英文記事があった。それは「反政府勢力の腐敗がシリアの自由の夢を台なしにした」という悲痛な叫びであった。私の知る限りでは、このような記事は主要メディアでお目にかかることはない。そういう自覚から、私は、2013年2月17日、この記事を仮訳して、自分のブログに掲載した。今思うと、あの英文記事は私にとっては宿命的なとも言えるような出遭いであった。小さな記事ではあったが、ノンポリであった私を目覚めさせる役割を十分に演じてくれたのである。
それ以降、シリア内戦についての私の関心は高まるばかりとなった。あれから8年余り、さまざまな出来事が次から次へと起こった。私の関心を引き付けた出来事はどれを取っても素人である私には極めて刺激的な内容であった。つまり、代替メディアが報じている記事はどの出来事を取り上げてみても、政治家の嘘、主要メディアによる情報操作、ジャーナリズムの死、民主主義の崩壊、一般庶民の大量虐殺、等に満ちており、目をそむけたくなるような内容が軒を連ねていた。素人目にさえも明確に理解できるのに、国際政治を担当するプロのジャーナリストはいったい何をやっているのだろうかと危ぶまれる程であった。そして、私のこの思いは今も続いており、衰える気配はない。
非力ながらも私が主張したい最大のテーマは、読者の皆さんにはすでに分かっていると思うが、「戦争の回避」である。特に、核大国間における武力衝突の回避である。なぜならば、核大国間の直接の武力衝突は人類の消滅を意味するからだ。
ここに、「米国による対欧州戦争 - 911テロ攻撃の欧州大陸版」と題された記事がある(注1)。何とこれは米国が日頃から自国の盟友として扱って来た筈の欧州に対する戦争のことだ。奇怪に聞こえるかも知れない表題ではあるが、この記事は米国の戦争屋の論理を解析しようと試みており、そのことが私の関心を引いた。
今日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
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平和を希望する者にとっては戦争をしたがる連中の論理を理解することは極めて重要である。本日私がやろうと思うのは何故に米国はロシアに対してだけではなく、欧州に対してさえも戦争をしているのかに関してその理由をすべて列挙することだ。箇条書きで示してみよう(順序は特に付けずに列記する)。
♦ 米帝国とロシアとの間ではすでに数年間にわたって戦争が続いている。少なくとも2013年からだ。今までのところその戦争の80%は情報戦争で、15%は経済戦争、たった5%が物理的な戦争である。しかしながら、当初からこの戦争は両者にとっての浮沈をかけた戦争であって、依然として今もそのまま変わらない。この戦争が終了した暁には一国だけが残り、もう一方は崩壊し、大きな変貌を余儀なくされるだろう。上記に示した数値は今変化しようとしている。
♦ バイデン政権では米国の政治の場面においてもっとも酷いロシア嫌いが名を連ねている。アンドレイ・マルトウアノフが書いた素晴らしい記事もチェックして欲しい[訳注:アンドレイ・マルトウアノフのブログ「Reminiscence of the Future...」から2021年4月1日付けの「They (Neocons) May Have Anger Issues...」と題された記事。] 彼のブログはこのことをよく説明している。私がもう大分前の2008年に書いた「How a medieval concept of ethnicity makes NATO commit yet another a dangerous blunder」と題した記事もあなた方読者にとっては興味深いのではないかと思う。
♦ 言うまでもなく、(バイデン政権に蔓延している)政治的に目覚めた者たちやセクシャルマイノリティは誰もが(極めて間違った見解ではあるのだが)「白人」とか「キリスト教徒」として、ならびに、「保守的」であるとしてロシアを憎んでいる(後者だけはほとんど間違いないが)。
♦ 今までのところ、オバマやトランプおよびバイデンの努力は何の成果も実現してはいない。あるいは、せいぜい成果を挙げたとしても、それは実現しようとした目標についてではない。つまり、ロシアは主権や経済の独立をさらに拡大し、ロシアの人々はプーチンの周りに結集し、ロシアの政治的場面は今までには見られなかった程に「反西側」となっている。ロシアに対する米国の計画は失敗した。本当だよ!ロシアの人々(ならびに、政治家たち)は誰もが米国がやろうとしたのは国として、市民国家として、さらには、知的社会としてのロシアを崩壊させることであったと理解している。
♦ すべての政権の無能で、腐敗した「指導者ら」による何十年にも及ぶ期間を過ごした後、如何なる関連指標を取り上げてみても米国は恐ろしい程の状況に陥っている。米国と欧州とが今まで分け合ってきた「帝国の分け前」の全体の大きさはより小さくなったことから、米国は相対的には以前よりも大きな分け前を獲得しなければならなくなった。3B+PUの国家に脅威を与えることはないが、米国(エネルギーコストが高い)に比較してEUを今まで以上に競争力をつける(エネルギーコストを下げる)ことになるノルドストリーム2に対して米国は反対である。こうして、ノルドストリーム2は如何なる代価を払ってでも中止させなければならないのだ(バイデンはノルドストリーム2を廃止に追いやるためにエイモス・ホックシュタインを「特使」に任命した)。 [訳注:残念ながら、「3B+PU国家」の意味は不明。今後その意味が判明したら、追記します。政治に関する略語ではないかも知れません。ひとつだけ可能な訳がありますが、「3塁手兼攻撃の推進役」とすれば文脈上では米国のことを指して、ピッタリ。しかし、野球用語が突然現れることに違和感を覚えます。しかしながら、これは米国人にとってはごく自然な表現かも知れません。]
♦ 当面は、EU(主としてドイツ)は米国の圧力には耐え忍んでいるが、ウクライナでの大規模戦争の勃発によってノルドストリーム2は瞬時にキャンセルとなるであろう。こうなれば、米国のネオコンにとっては政治的な大勝利となる。
♦ 米国の民主党が作り出したウクライナのナチ・バンデラ信奉者の集団(オバマやバイデンに投票をした連中は恥を知れ!)は如何なる尺度を使って評価したとしてもブラックホールになってしまい、戦争が勃発した暁には、米国にとっては「西側帝国の分け前」のより大きな部分を掴み取るもうひとつの機会となるであろう。こうして、これは欧州に対しては米国に対する影響よりも遥かに大きな影響を与えることとなろう。
♦ 次に、たとえロシア軍が現在の境界線の向こう側に留まるとしても、ウクライナ国内であからさまな干渉を行ったとしたら、それは直ちに西側に開戦の騒ぎを引き起こすこととなろう。このような状況は欧州大陸全域に米軍の全面的な展開をもたらすことになる。
♦ また、もしもウクライナのナチ・バンデラ国家がNATOに(如何なる形であっても)参加することが認められるとするならば、NATOは大半が反NATO的であるウクライナ東部の住民と対峙しなければならない。したがって、「分断」と「侵攻」をロシアの責任であると主張し、ドンバスの住民を殲滅し、ウクライナの親ナチ勢力だけをNATOへ組み入れることは米国およびNATOの関心にぴったりと合うのである。ウクライナの中で米国・NATOが実際に欲しい地域は、もちろん、クリミヤである(これは昔の英国の夢でもあったのだ!)。 そんなことが起こることは決して許さないとプーチンが断言していることから、今や、このはかない希望が実現することはないだろう。
♦ 欧州における政治の舞台は今深刻な危機に襲われている。ある国(英国やスペイン)は崩壊の瀬戸際にあり、何れの国も新型コロナ危機に見舞われ、至る所で暴動が起こっている(「平和国家」である筈のスイスにおいてさえも、サンクト・ガレンでは警官がデモ参加者に向けてゴム弾を発射した)。これは、率直に言って、(米国が欧州に君臨するための手段である)EUの長期的な将来を脅かすものとなる。戦争を引き起こすと、それは世の中を一変させるであろう。まさに9・11の自作自演作戦が米国の政治的風景を一変させてしまったように・・・。
♦ そして、問題は軍事的観点から言えば驚く程にその機能が衰えているのであるが、政治的には極めて効果的な組織であるNATO自身だ。1991年以降、この組織は存続の理由を失った。ウクライナで新たに始める戦争は今後何十年にも渡ってこの組織に(偽物ではあるが)目標を与えてくれる。こうして、欧州は米国の植民地となる(もちろん、新たに加盟した国々はこの戦争を望んでいるが、古参の加盟国はそれ程望んではいない)。
♦ ノルドストリーム2がすでに95%も完成しているという事実はアンクル・サムにとっては侮辱であり、バイデン政権はこれらのくだらない欧州諸国に「ボスはいったい誰か」を誇示したいことであろう。戦争を引き起こすと直ちにノルドストリーム2は停止となり、これは欧州に安いエネルギーを供給することを阻むだけではなく、このプロジェクトのためにすでに投下した何十憶ドルもの金は無駄になり、欧州諸国は将来もっと多額の金をロシアに対して支払わなければならなくなるだろう。
♦ ウクライナは、自国の国境問題がすべて解決するまでは、少なくとも公式的にはNATOに加盟することはできない。これが公式のプロパガンダが示す方向性だ。しかし、仮にロシアがドンバスに介入したらどうなるのか。ポーランドが何個師団もの兵力をリュボフやイヴァノ・フランコフスクへ送り込んだとしても決して不思議ではない。そして、それは事実上ウクライナの西部地域をポーランドの管理下に置くこととなる。つまり、NATOの管理下となる。こうして、さらには米国の管理下となる。そして、住民投票といった投票はまったく必要ないのである。こんな風に、ドンバスにおける戦争を目にしている間にすべての出来事が起こるのであろう。
この長い箇条書きは続けようと思えば続けられるのではあるが、言いたい点は明白であると思う。つまり、バイデン政権にとってはこれから起こる戦争はまさに夢が実現するようなものであって、一個の石で何羽もの鳥を仕留めることに等しい。もっとも重要なことはこれはロシアを酷く傷つけるという点だ(ロシアはウクライナ東部に集結するウクライナ軍とNATO軍の組み合わせには軍事的にはいとも簡単に対処できるのだが)。
もちろん、上に記したすべてのことはロシアは脆弱であり、米国は難攻不落であるとする米国の政治家たちのひどく間違った思い込みにその基礎が置かれている。米国の政治家は実に厚かましく、自己陶酔的で、預言者的な自己崇拝に陥り易く、歴史には(あるいは、下層土の範疇に入るような事柄についてはそれが何であっても)極めて疎い。このことを記憶しておいていただきたい。
結論:米国は欧州大陸での9・11的な心理作戦を準備している。さらに悪いことには、いったい何を、いったい誰が、いったいどうやってそれを食い止めることができるのかがまったく分からないのだ。
あなたにはお分かりかな?
それでは、
ザ・セイカー
***
これで全文の仮訳が終了した。
米ロ間では2013年に戦争が始まったと著者は言っている。しかしながら、具体的な出来事については何の説明もない。ウクライナではマイダン革命(2014年)によって選挙を通じて民主的に選出されていた当時のウクライナの政権が暴力化した市民のデモによって追い出され、それに代わって米国主導の傀儡政権が樹立された。もちろん、この傀儡政府は米国によって速やかに承認された。この出来事の準備段階として、2013年には米国のNGOが潤沢な資金をばら撒いてウクライナ国内で反政府デモを大々的に組織化し、親ロ派のヤヌコヴィッチ政権の転覆を目指していた。米政府の資金が入っているNGOによって反政府デモに対する支援活動が公然と行われ、その勢いを増していたのは2013年のことであり、2014年2月のマイダン革命へと繋がった。マイダン革命における米政府の関与は実にあからさまであって、多くの詳細が記録され、多くの事実が報道されている。これは私の推測はであるが、このことから著者は米ロ戦争は2013年に始まったと判断したのではないだろうか。今後、物理的な米ロ戦争がさらに拡大するとすれば、もっとも可能性が高い戦場はロシアの玄関口に位置するウクライナであろう。
そして、著者は現行の「米ロ戦争の80%は情報戦争で、15%は経済戦争、たった5%が物理的な戦争である」と述べている。物理的な戦争は現時点では米ロ間で直接起こっているわけではないが、間接的な米ロ戦争、つまり、代理戦争は起こっている。典型的には、ロシアやイランがシリア政府への軍事支援を行い、米国およびイスラエルならびに英仏は反政府勢力を支援し、シリアを叩いて来た。著者はこの代理戦争の状況を物理的な戦争と指しているのではないか。それとも、もっと広い意味で、米ロ両国の戦争準備を指しているのであろうか。あるいは、その両方を指しているのかも知れない。
米国はNATOを通じて対ロ戦争の準備を行ってきたという事実は明白である。もっとも明白な事実はNATO圏の拡大であろう。そして、物理的な事例を挙げると、私が住んでいるルーマニアにはイランからのミサイルを防衛するためであるとの触れ込みでNATOのミサイル防衛システムが設置された。その運用は2016年から始まった。米国はこのミサイル防衛システムの建設のために8億ドルを費やしたと報じられている。イランからのミサイルを防衛するためだという米国の説明に対して、ロシアにとっては安全保障上の脅威であるとしてロシアはこれを批判した。ロシア側は同システムはロシアに対する攻撃用システムとして何時でも転用可能であると指摘している。もちろん、米国やNATOはそれを否定した。そして、今、ポーランドでもミサイル防衛システムの設置が同様に具体化しているところだ。これらはすべてがNATOという枠組みの中で進められている。これらのふたつの国は、バルト三国と並んで著者が言うところの「NATOの若い同盟国」の国々である。
ロシアのショイグ国防相の最近の言葉によると、ロシア連邦軍は戦争の挑発が増えるばかりの現状を受けて、ロシア軍の準備状況を確認する演習を連邦軍全体で進めているとのことだ。この大規模な演習には四つの軍管区のすべてが参加し、101カ所にある軍事訓練施設で訓練や演習が行われている。なお、ウィキペディアによれば、ロシア連邦軍は90万人を擁し、戦時には国防省の指揮下に組み入れられることになる準軍事組織には別途55万人がいる。そして、ショイグ国防相は抜き打ちで準備状況を視察した後、4月13日、記者団にこう語った。「我が軍は準備を完了し、軍の安全保障を確実に守る能力を示している。現在、我が軍はさらなる訓練や演習に取り組んでいる。」
一方、NATOには30ヵ国が加盟している。米ロ戦争には、当然、その綱領に基づいて一カ国が攻撃を受けた場合には他のNATO加盟国の軍隊も応戦する。ウクライナはNATOの加盟国ではない。しかしながら、ウクライナはNATOの「高次機会パートナー」(EOP)として昨年の6月12日に承認された。ウクライナのこの新しい位置付けは今後どのような影響力を発揮するのだろうか。
また、ロシア連邦軍は最近開発された極超音速ミサイルを実戦に配備したと報じた。実射テストの結果がRossia 24 TVでユーリ・ボリソフ副首相によって報じられた。極超音速ミサイルの「アヴァンギャルド」の性能テストを実施したところ、最大到達速度はマッハ27に達したという(原典:Russia’a top-notch Avangard hypersonic glider can travel at whopping 30,000km/h – deputy PM: By RT, Dec/27/2018, https://on.rt.com/9lbh)。この種のミサイルに対しては西側のミサイル防衛システムはまったく対処できないと指摘されていることから、米ロの戦力には著しい不均衡が生じていることが明白となった。
トルコ外務省の4月9日の発表によれば、米国の2隻の軍艦が地中海からダーダネルス海峡を通って、近いうちに黒海へ入ってくるとのことだ。ロシア側に言わせると、これはロシアを挑発し、ウクライナ軍を支援するジェスチャーのひとつである。これらの米艦艇はモントルー協定に基づいて5月4日まで黒海海域に留まる予定であるとトルコ外務省は述べている。黒海はバルト海と並んでロシアの目と鼻の先に位置しており、NATOがもっとも重要視し、多くの戦力を配備しようとしている戦略的な海域である。4月13日のRTの報道によると、ロシアの高官らが米政府の要人を引用する際には通常「パートナー」という言葉を用いて形容するが、ロシアのセルゲイ・リアブコフ外務副大臣の最近の言葉からはこの単語が消えたという(原典:US should stay clear of Crimea and Black Sea 'for its own good,' says Moscow's deputy FM, as American war ships move closer to Russia, By RT, Apr/13/2021)。
また、4月8日の報道によれば、ロシア政府はカスピ艦隊から上陸用舟艇や砲艦を含めて10艘以上の艦艇を黒海へ送り込み、軍事演習に参加させたということである。カスピ艦隊は小さな艦艇で構成されているが、2015年に巡航ミサイルを駆使してカスピ海から1500キロも離れているシリア国内のISの拠点に対して正確なピンポイント攻撃を行ったことでその存在と能力がよく知られている。その際、民間人の被害は出さなかった。カスピ艦隊は喫水の浅い小型の艦艇がそろっており、黒海に隣接しウクライナ南東部の海岸線に接続する遠浅のアゾフ海はこれらの艦艇にとっては格好の活動海域になるだろうと言われている。
米ロ戦争の戦場になると見られているウクライナの現状は今どんなであろうか?ウクライナのゼレンスキー大統領は同国のNATOへの加盟を標榜している。4月14日の報道によると、ウクライナの要望に対して、「アメリカはロシアとの緊張を抱えるウクライナと共にあるものの、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟に関する決定は同機構が下すことになる」とホワイトハウスのジェン・サキ報道官が記者会見で述べている。(原典:「ウクライナのNATO加盟要求に対するアメリカの見解」:TRT(トルコ・ラジオ・テレビ協会の日本語版)、07.04.2021~14.04.2021)。
著者が述べているように、NATOの公式見解通りにNATOが行動するかどうかは誰にとっても何らの確信はないと見るのが妥当のようだ。つまり、ウクライナがNATOの加盟国であるかどうかは問題外となるだろう。軍事行動を起こす際にはお決まりの自作自演作戦を行い、相手(つまり、ロシア)が攻勢を仕掛けて来たから防衛するのだと主張することであろう。そして、西側のプロパガンダ・マシーンは強力な動員力を有し、大きな影響力を持っているのはご承知の通りである。
この記事の著者によると、これらの現段階での出来事はどれもが情報戦争や心理戦争の範疇に分類されるのであろうが、現状を見ると、熱い戦争というまったく異なる段階に限りなく近づいているという印象は拭いきれない。
米ロ間の状況は間違いなく悪化している。
また、著者は「米ロ戦争の80%は情報戦争で、15%は経済戦争、たった5%が物理的な戦争である」と述べ、その後で、これらの数値は今変わろうとしているとも付け加えた。言うまでもないが、文脈上からはこれは物理的な戦争のパーセンテージが拡大しつつあるという意味である。最近の米ロ双方の諸々の動きを見ると、その感は強まるばかりである。全人類にとっては非常に不幸なことだ。
ところで、最近、ウクライナを巡る国際政治にまったく新たな要素が加わった。それはトルコの動きである。トルコはNATOの加盟国であるが、ロシアのプーチンには数年前の国内での軍事クーデターの際には情報を事前に提供して貰い、エルドアン大統領はこれに対処し、クーデターを未遂で終わらせることができた。それ以来、エルドアンとプーチンとの個人的関係は良好である。4月10日のドイツからの報道(原題:Turkey's Erdogan voices support for Ukraine amid crisis: By DW, Apr/10/2021)によると、ウクライナのゼレンスキー大統領はイスタンブールを訪問し、エルドアン大統領と会談した。エルドアンはゼレンスキーを歓迎した。さらに、エルドアンはウクライナ危機は対話を通じて解決すべきであると述べた。また、ウクライナの領土の保全を支持するとも言った。ロシアとウクライナとの紛争についてのエルドアンの姿勢はどんなものなのだろうか?トルコはロシアとの間でエネルギー供給や貿易の面でさまざまな協力関係を築いている。また、トルコは米国の反対を押し切って、ロシア製のS-400対空ミサイルシステムを導入した。クリミア半島にはトルコ系のタタール人が多数住んでいる(総人口約189万人の内で約26万人がタタール人)。2014年のクリミアでの住民投票ではタタール人の住民も含めて圧倒的多数がロシアへの復帰に投票したという経緯がある。トルコ国内には数百万人にも及ぶタタール系住民が住んでおり、エルドアンとしてはこの勢力の感情を逆撫ですることは政治的に考えられない。彼はクリミア半島のタタール人の福利を最優先にし、国内のタタール人勢力を味方に引き付けておきたいであろう。さまざまな紆余曲折があっても、最終的にはトルコはロシアを敵に回したくはない筈だ。むしろ、トルコが米国や西側による地政学的な対ウクライナ政策に歩調を合わせるのではなく、実利を直視するエルドアンの動きにはウクライナ危機を沈静化させる効果が出て来るのではないかと期待される。
私が国際政治に期待したい点は、戦争好きな西側の将軍たちは血が上った頭を冷やし、政治家たちは延々と続く戦争には辟易としている選挙民の心情を汲んで、米ロ間の直接の武力衝突を避ける方向を模索して貰いたいことに尽きる。近年現れた米ロ間の軍事能力のギャップの拡大を考えると、なおさらのことである。大量の核弾頭を保有する核大国の指導者の頭の中ではいったいどんな考えが支配的であるのだろうか。それについては知る術がないが、先制核攻撃によって一国だけが生き残れるという非現実的、かつ、無責任な思い込みは捨て、核大国間の核戦争を回避するためにも核戦争の引き金になり兼ねない米ロ間の直接武力衝突は徹底して回避して欲しいと思う。人類の存続を考えると、これ以上に重要な政治課題はない。
参照:
注1:The US war on Europe: a continental 911? (OPEN THREAD #7): By The Saker, Apr/08/2021
セイカ-氏の多角的な論考と芳様の素晴らしい解説を有難うございます。
返信削除蛇足ながら3つほど付け加えたいと思います。ロシアのプーチン大統領は数年前から英国に留学している学生は引き上げるようにと注意しています。また「戦争する場合は本土以外で」とも発言しています。それに加えて小生が重要視したいのは2018年3月に発表された「極超音速ミサイル」の件です。最高速度音速「27」になるとは知りませんでした。
ところで核戦争という前にそのミサイルが原子炉搭載によるロケット推進だということです。核弾頭なしでもそれ自体が「核ミサイル」のようなものです。ロシア軍はドンバス地方やベラルーシ国境近くからでなくても遠方から発射できるわけですから,都市キエフは数分もしないうちに破壊されるでしょう。戦いを始める前に,おそらくロシアは各国の駐烏(ウ)大使館に対して退去を求めるでしょう。
二つは,ここ2,3年日本で盛んに論じられた近代貨幣理論MMTについてです。自国通貨建てでお金(国債)を発行できる国は財政破綻しないということです。主流派経済学者はMMTを認めると「ハイパー・インフレ」になると騒いだものですが,なりません。代表的なのが米国や日本です。米国は政府部門を一部閉鎖に追い込まれながらも議会との交渉により赤字予算を認め,再開に何度もこぎつけています。日本は武器を買い漁り財政赤字を増やしていますが未だにインフレになるどころかデフレです。ということで米国の場合,国家財政が赤字になろうとも,予算を増やしていますのでウクライナ政権転覆に50億ドル使ったことなどというのは小さな話です。問題は膨大な予算で金を兵器産業やNGOや傭兵集団に金を配り政権転覆や戦争を誘発していることです。またその膨大な予算でブリンケン国務省(隠れ米国大統領)は「自作自演」による戦争を企んでいることです。だから中露はドルでの貿易を止めようとしているのです。その狙いは言うまでもなくドル安誘導です。
最後の三つ目は,中露善隣条約です。両国のうちどちらが攻撃されれば互助的に片方が応援できるという条約です。NATOの一国が攻撃されたらNATO軍が攻撃に参加することと同じといってよいものでしょう。その裏返しはウクライナのNATO加入を認めないことです。もし加入をNATOが認めれば戦争を是認したことになりますが,認めなければ是認しないことと同じ意味となると思います。すなわちNATO軍は介入しないのです。
総じて言えますのは,脳軟化症を患ったと言われるバイデン大統領に代わったブリンケン氏が戦略的な主導権を握ったということでしょう。すなわち膨大な予算を利用して全方位に圧力をかけ,譲歩を引き出すという戦略だと思います。米国の一部が戦場となる戦争は彼の望むところではないと思います。つまり台湾有事もないと思います。あるとすればEUを舞台とした戦争, いわゆる舞台戦争(Theatre War)だと思います。その影響はスイスの山間にも及ぶと考えられます。
箒側兵庫助様
削除コメントをお寄せいただき、有難うございます。
貴重なコメントをお寄せ頂き、私を始めとして多くの読者の皆さんの関心を多いに高めてくれると思います。
本投稿の後で補足の意味で、2日後にもう1本の短い投稿をしています。そこではトウルシー・ギャバ―ド前下院議員がバイデン大統領に対してロシアとの緊張緩和を提言したことをご紹介しました。そして、バイデン大統領は、この提言を受けての発現と思われる言葉を表明したことをお伝えしました。
しかしながら、具体的な行動には結びついてはおらず、リップサービスのひとつではないかと私は思っていました。
ところが、地中海から黒海への入り口となるダーダネルス海峡を管理しているトルコ政府によるその後の報道によれば、米国は2艘の艦艇を黒海に送り込み、そこで3週間滞在し、その後黒海から離れるとの予定ではあったが、この予定をキャンセルした模様です。(原典:US cancels Black Sea deployment of two warships: Turkey: By FRANCE 24, Apr/15/2021) 米国が艦艇を2艘も黒海に送り込むということは米国はウクライナを支援するという具体的な意思表示であり、米国の戦力を全世界に向けて誇示する絶好の機会であった筈です。政治的には実に大きな意味を持っていた筈です。このキャンセルは何を意味するのでしょうか?
ひとつ考えられることは、米国としてはロシアを相手に戦争を引き起こしたくはないという点が根底にあると思われます。NATOが強硬な発言をして、西側の大手メデイアが大々的なプロパガンダを行うことは容易ではあるものの、「ウクライナ軍プラス寄せ集めのNATO軍」の実際の戦闘能力を考えると、ウクライナを舞台にしたロシアとの戦争の開始は誰が見ても現実的ではないと言うことでしょう。ロシアはグラナダとはまったく違います。対ロ強硬発言を繰り返すNATOの若い加盟国に比べ、NATOの先輩加盟国、つまり、ドイツやフランスといった国々は実際にはロシアとの軍事的緊張を緩和したいのだと推察されます。
この推察は単に私個人の希望的観測に過ぎないのかも知れませんが、ウクライナを巡る動きに関しては今後注意深く注視して行きたいと思います。
私たちの飲み仲間でも「予定は未定だ」とウダをあげるときもありますが,国際政治であれフランス語が出来ようとできまいが人間であることに変わりはないと思います。問題は米国の伝統「3G」だと思います。ガッツ,ゴッドそしてガン。プーチン大統領も言ったように「この世に新しきものはなし」。旧約聖書にあるような話ですが,誰かの思い付きや戦略を踏襲するのが人間の思考方法なのではないのでしょうか。
返信削除バイデン政権は就任2ヶ月もしないうちにイラクとシリアの国境で攻撃を仕掛けましたが,鼻血作戦(Nose blood operation)と類いの戦争というこか小競り合いで「強い所」を見せたわけです。オバマはシリア攻撃,トランプはイラン攻撃を5分前、10分前に攻撃命令を撤回しました。もう本格的な戦争はできないと思います。なぜならユーゴスラヴィアやイラクやリビア侵略などで欧米西側の戦争好きが分かってしまったからです。しかも自作自演,あるいは証拠なしの侵略戦争だったからです。全世界が分かってしまったようです。またベネスエラへのクーデタも4,5回試みられ失敗しましたが,ローマ教会や国連などが米国へ「対話継続」を強く持ち掛けた,つまり米国の侵略癖は世界の常識になっていると思います。
イラクのサダム・フセイン大統領はクウェートを攻めましたが,その許可を言葉上で与えたのが駐イラク・米国大使(女性)だったとも言われています。つまり,紛争を起こしたいのが米国です。同様にウクライナでも何かの口実をゼレンスキー大統領に与えてドンバス地方に攻撃を仕掛けさせると思います。
ロシアは,ウクライナから砲弾やミサイルが飛んできた場合は応戦する権利があります。ウクライナのロシア語話者を護るといった名目もあると思いますが,ロシアを戦争に巻き込むためにワザとロシア領内に砲弾の雨を降らすこともあり得ると思います。しかしロシアは,キエフ駐在の各国外交部に退避の勧告を行ってから反撃に出るはずです。濡れ衣を着せられないように用心しているはずです。
ショイグ国防相はトルコ空軍機によってロシア空軍機が待ち伏せにあい失っています。その後,イスラエルの策略で偵察機搭乗員20名ほどでしたかシリア軍の砲撃により失っています。3度目はどうなるか分かりませんが,というより,すでにシリアで英米仏の特殊要員数十名に報復しています。過去の失敗の反省からウクライナでは強硬に出ると思います。その最大の武器はお話にあった「超音速ミサイル」です。米軍は対応できていません。ロシア海軍すべてに配備されていると聞いていましたが,去年あたり配備が終わったのかもしれません。
これからの戦争はレーダー誘導ですから宇宙空間の人工衛星を破壊すれば勝敗が決まります。ゆえに米日も宇宙航空軍の創設を唱えたのです(空母とか戦車とかはムダ)。制空権は中露がすでに持っているので,ジェノサイドとか毒殺など無理難題を吹っ掛けている理由がよく分かります。コロナ菌武漢説はその典型でしょう。米国のフォルト・デートリク陸軍研究所がコロナ菌の大元とも言われています。小生にはよく分からないことですが,アメリカ合衆国は宇宙ミサイル競争で負けているので他の領域を理由に経済制裁や領事館閉鎖要求,外交官追放などを仕切りにやっていると考えれば,一本の筋が通ると思います。
ところで7月17日でしたかマレーシア航空370旅客機がウクライナ上空で撃墜されました。撃墜したのはウクライナ空軍でしたが公式発表はありません。地上に落ちた旅客機の銃弾の痕跡をみれば明らかに戦闘機によって撃墜されたものと考えられます。偽情報80%どころか99%でしょう。オランダの事故調査委員会は結論を引き延ばしています。
いずれにしても,ブークミサイルでロシアが撃ったなどとデマを飛ばしています。その証拠となる合成写真が捏造されたことは公表されていますので知る人ぞ知るだと思います。
菊田和夫の「君の名は」でも微妙な違いで二人は再会できません。これも原本はシェークスピアの「ロミオとジュリエット」だと思います。この世に新しきものはないと思います。故加藤周一が指摘したように「多くの劇は古代ローマやギリシアに」発し,その後の作品はその亜種に過ぎないというようなことを述べていました。戦略についても同じなのでしょう。
昔若いころ朝日新聞社の『論座』を読んでいましたが,私的なシンクタンクに原稿料を払っていたのでしょう。Foreign Affairs の翻訳記事が連載されたいたと記憶しています。日本政府もCSISに寄付をしているのですが,朝日新聞社の場合,「原稿料」というところが味噌です。シンクタンク恐れるに足らずだと思います。そんなに素晴らしい考え(アイデア)がこの世にあるわけではないのです。「緊張緩和 Detente」が戻ってくることを祈っています。
箒側兵庫助様
削除コメントをお寄せいただき、有難うございます。
ご指摘の点を興味深く拝見しました。「この世に新しきものはなし」というプ―チンの言葉は今まで言い古されて来た諸々の表現をプーチン流に言い直したものとして聞こえてきます。例えば、「歴史は繰り返す」はプーチンの見方と同根であると言えましょうし、孫氏の兵法が今でさえもビジネスの世界で関心が寄せられている理由に繋がっているようにも感じられます。論理や思考プロセスは人類という生物集団にとってはその生存を保障する基本的な枠組みのひとつなのかも。何万年経っても変わることは無いようですね。逆説的に言うと、大きく変わった暁には人類の存続が強く危ぶまれる事態を示しているとも言えましょう。「君の名は」の「ロミオとジュリエット」との相似性は「多くの劇は古代ローマやギリシャに発する」というご指摘にぴったりと収斂してきます。
これらはすべてが「歴史を学べ」と今も言われている所以であるとも言えるのでしょうね。
ところで、2014年にウクライナ上空で撃墜された旅客機はマレーシア航空370便ではなく、17便です。念のために・・・ ここでも、オランダ政府の安全委員会がとった極めていい加減で、無責任な事故調査の姿勢は今の西側世界に蔓延している悪弊そのものをよく反映していると思います。つまり、一般市民の生命はそれ程問題ではなく、何らかの政治的目標を」達成することの方がより大事だ・・・と。民主主義精神はどこかへ消えてしまいました。ここまで来ますと、資本主義社会や民主主義制度の将来はすでに末期的な段階に至ってしまったことを示しています。そう長くは続かないないかも知れませんよね。しかしながら、代替となる政治・経済システムはいったいどんなものが存在するのでしょうか?数多くの議論があるのだろうとは思いますが、素人の私には皆目見当がつきません。