6月16日、スイスのジュネーブで米ロ首脳会談が開催された。もっとも主要な議題は核戦争の回避であったと最近の記事が伝えている(注1)。その表題は「メディアが両首脳の挙動に焦点を当てる中、プーチンとバイデンは核戦争を回避するために新たな外交努力を開始」と伝えている。両国間の最近の関係は今までで最悪のレベルに低迷しており、両首脳は核戦争の回避について何らかの話し合いをしなければならない瀬戸際に陥っていたのである。
最悪のレベルとは実際にはどのような状況であったのだろうか。まず、参考のために最近の米ロ間の関係を象徴する約1年半前の具体的な出来事をおさらいしておこうと思う。「都合のいいヒステリー状態:米国はもはや対ロ核戦争の演習を隠そうともしない」と題された記事(注2)は米国で行われた対ロ軍事演習を次のように報じていた。
先週(2020年2月16日~2020年2月22日)、米国は軍事演習を行った。この演習はロシアとの核兵器の応酬であるのだが、何時もの演習とは違う点があった。政治的には大問題となりかねない敵国の名称をペンタゴンは白日の下に曝したのである。如何なる作戦命令(あるいは、戦闘命令)であっても、それは「敵国」に関する総合的な評価、つまり、敵国の政治的状況や戦略的な領域における軍事的な作戦能力、ならびに、起こり得そうな交戦の流れを記述することで始まるのが普通だ。こういった演習では、特定の敵国が名指しされることは必ずしも皆無というわけではないが、通常は敵国に「ブルー」とか「グリーン」あるいは「オレンジ」といった抽象的なラベルを付けるだけである。「ドノヴィア」とか「リマリア」といった架空の国名が用いられることもある。軍事演習に関する文書はすべてが機密扱いだ。機密の度合いによっては、「秘密」あるいは「極秘」といったマークが付される。こういった処置はその国との関係の悪化を避けるために採用される。もしもある特定の国が他国に対して核攻撃を開始することを作戦命令の文書を通じて暴露したとすれば、そういった状況が実際に起こるかも知れないのだ。核戦争のシミュレーションは常に最高機密となる。基本的には、軍事作戦における戦略核に関する文書はどの核大国においてもすべてが最高機密扱いである。
本日はこの記事(注1)を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。
敵意の籠ったやり取りと冷戦時代の思考形態に戻ってしまったかのような舌戦がいやましに高まる中、先週ジュネーブで決定的な衝突が避けられない会談が開催された。核戦争の回避はこの会談ではもっとも重要な項目であった。
これら二人の首脳の間では最初の機会となったこの首脳会談は慎重な楽観論を支持するものとなった。予想されていたものと比較して、雰囲気はお互いを尊重し、穏やかなものであった。だが、モスクワとワシントンとの間の過去の関係をおおむね占拠していた振る舞いを反映して、感情的に相手を非難する場面が何回かあったようでもある。
もっと重要な点としては、両首脳は「戦略的安定性に関する両大統領の合同声明」に署名をしたのである。批評家やロシア研究家らは両首脳の挙動から始まって会談で提供されたサンドイッチに至るまで何らかの手掛りを求めてすべてを解析しようとして注視し、会談の動向を観察している中、不思議なことには両首脳が署名したこの文書そのものにはそれ程の関心は寄せられなかった。
核兵器は、恐らく、米ロ両国が何の挑戦をも受けない唯一の分野であるということは常識である。原爆がもたらす破壊の規模を念頭に置き、モスクワやワシントンの政府は彼らが所有する核兵器の規模に対抗する競争相手は決して現れることはないだろうと言う現実を踏まえて、この現状は世界の平和と秩序におけるもっとも重要な要素のひとつである。
それと同時に、核兵器による睨み合いは核大国間における大規模な武力衝突を回避させて来たし、今後もこの状況は続くことであろう。そして、それは回避できないわけではない。戦略的安定性、すなわち、相手からの報復攻撃が甚大な被害をもたらすことが先制攻撃に一歩踏み出すことをためらわせている現実は、如何なる困難な状況にあろうとも、常に、何とか維持して行かなければならない。それが功を奏するためには、核抑止力は軍縮や核戦争のリスクに対する回避策と並んで実行して行かなければならない。
これこそがジュネーブにおける「両大統領の合同声明」が意味する最大のポイントである。たった三個の文章で構成されており、この文書は国際外交における文書の中ではもっとも濃縮された声明であるとは言い難いとしても、本文書は数多くの重要な課題や挑戦しなければならない事柄を提起している。
何よりもまず、両者は核戦争は勝ち抜くことは出来ないこと、したがって、核戦争は互いに戦ってはならないという今までの信念を再確認したのである。これは余りにも単刀直入に聞こえるかも知れない。だが、ロナルド・リーガン米大統領とソ連の最高指導者であるミカイル・ゴルバチョフの間で合意された古い文言は近年はファッション性を欠き、それを復活させようとする努力は何の成果ももたらしてはいない。
それぞれの陣営が真に核戦争に飢えていることを代言することに代わって、この重要な位置づけがひっそりと棚上げされている事実は米国が北朝鮮との間で行った交渉とより多くの関連があるようだ。ところで、この合同声明は首脳会談後に引用されることはなかった。しかし、今や両大統領は大筋で同意している。少なくとも、このテーマに関して他の核保有国も遅かれ早かれこれら二つの核大国に仲間入りするよう期待したいものである。
この声明で焦点を当てたい二番目に重要な事柄はロシアと米国との間に堅固で「双方向」の対話を維持するよう求めていることである。交渉の段階に入ると「中国を招き入れる」という考えからは程遠いものになるかも知れないが、これは歓迎すべきステップである。もちろん、中国はどこかの時点で公式の軍縮の枠組みに参画しなければならないであろう。同様に、手法は違うとは言っても核戦力を増強している英国や中国よりも策略を巡らすことの方が多いフランスもきっとそうしなければならないであろう。しかしながら、第三者の国々がますますその重要性を増してはいるが、今日現在、米ロ両国は自分たちで行わなければならない課題が山積している。
本声明は核戦争を回避するために必要な別の努力についても述べている。「軍縮」と「リスクの低減」が頻繁に混同されている折からも、これら二つの事柄を互いに分離することは実に当を得ている。「軍縮」の流れについては理想的には戦略兵器削減交渉の新条約をもたらすこと、新たな分野である戦略的軍事力の競争についても別個に何らかの公式の合意に達することが望まれる。「リスクの低減」については実際の軍事的衝突のリスクに取り組むべきである。軍事的衝突はあらゆる種類の予測不能な状況によって始まることが多く、うっかり核の使用にまで踏み込んでしまいかねない。
学者らはリスク低減策のリストにジュネーブ声明が根拠としている「リーガン・ゴルバチョフ声明」をも含めている。合同作業のなかでもこういった領域で何かがうまく成功するかどうかは今後注視して行かなければならない対象ではあるが、バイデン大統領の言葉の中にある「危険で最先端の武器」に関しては今回ジュネーブで話合いが行われ、これは米ロ合同の解決策を見い出すことに両首脳が関心を抱いていることを意味している。
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これからしなければならない困難な仕事は依然としてたくさんある。たとえば、古くからの課題であって、取り扱いが困難な米国のミサイル防衛システムである。同システムが一方的な軍事的状況をもたらすことがないようにすることが喫緊の課題である。また、将来の話し合いの議題に挙がっている項目としては、核であれ非核であれ、戦略的な新兵器の説明にはどのような取り組み方を採るべきか、さらには、公式ならびに非公式の合意書の中で非常に広範な領域を網羅するであろう「新たな破壊的テクノロジー」をどう取り扱うのかといった課題も含まれる。
最終的には、期が熟して他の核保有国がこのプロセスに参加することを許容できるような「解放的な軍縮構想」を創出するよう配慮することが重要であろう。
もちろん、両大統領の合同声明は実際の交渉からはまだ程遠く、交渉そのものは条約や合意には至らないかも知れない。だが、取り組みの姿勢は両者にとっては実際的であり、プロ意識に満ちたものであるようだ。両大統領の記者会見から判断すると、会談の結果は2024年以前には達成されると予想され、協議が有効であったかどうかに関する最初の評価は6か月から12か月以内には何らかの形で下すことが可能となりそうである。
ロシア側の軍縮や対米関係を指揮するセルゲイ・リャブコフ外務副大臣は協議は何か月も先ではなく、数週間の内には開始になるだろうと述べている。「安全保障の方程式」と題されたロシアからの提言は米国の前政府が軍縮に関する合意を試みてからずっと協議の対象とされており、両者の話し合いを要する重要事項として今も残されている。
しかしながら、今米国は何を提言すべきかを見定めなければならない。米国側で話し合いに応じる人たちは恐らくは彼らの専門知識やプロ意識については軍縮サークル内ではよく知られており、全世界はこれらの話し合いがわれわれの惑星を安全な住家として維持することができるような実質的な合意をもたらしてくれるかどうかを注視するであろう。
著者のプロフィール:ドミトリー・ステファノビッチは「世界経済国際関係研究所」(IMEMO RAS)の研究者であって、「Vatfor」プロジェクトの共同設立者でもある。ツイッターでは@KomissarWhipla をフォローしてください。
注:この記事に示されている主張や見解および意見は全面的に著者のものであって、必ずしもRTの見解や意見を代表するものではありません。
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これで全文の仮訳が終了した。
今回米ロ首脳が核戦争を回避するためにお互いの考えを交したという事実は歓迎すべきことだと思う。最近はわれわれを取り巻く世界が暗くなるばっかりであることからも、これは明るいニュースであると言えよう。今後の具体的な成果に注目して行きたい。
こうして、核による米ロ戦争は回避の方向で今後の交渉が行われ、二国間の対話が継続される。引用記事の著者が紹介しているように、具体的な評価が可能となるのは今から6か月後、あるいは、1年後のことになるのだが・・・
今、台湾を巡って米中戦争の懸念が急上昇している。もしも米中戦争が起こったら、日本は重要な最前線となることは誰が見ても明らかである。沖縄の米軍基地が中国からのミサイル攻撃を受けて、壊滅状態になったとしても、米国本土にとってはそれは何千キロも離れた局地戦のひとつでしかない。しかし、日本にとっては自国内で数多くの日本の一般市民が米中戦争によって死亡することを意味する。こういった状況を本日の引用記事で読んだ内容と比べてみると、今日本が必要とする戦略は中国に対して嫌悪感や対抗心をいたずらに高めることではない。現状のままでは日本の長期的な国益にとってはプラスの価値をもたらさず、マイナスの面ばかりが目立つ。日中間には武力衝突のリスクの低減が是非とも必要である。日米安保条約が存在する中、これを実現するには米国が参加することが必要となる。しかしながら、今の米国は米中情報戦争の真っ只中にあって、頭に血が上ったままであり、冷静な判断をすることは非常に難しいと言わざるを得ない。
こういった理念や戦略を辛抱強く説こうとする、あるいは、警告を与えようとする大手メデイアは今の日本に果たして存在するのであろうか?二つ返事で「ここに居るぞ!俺の意見を聞いてくれ!」という声を聞きたいものである。
参照:
注1:While the media
focused on theatrics, Putin and Biden quietly launched a new diplomatic effort
to avert an apocalyptic nuclear war: By Dmitry Stefanovich, Jun/21/2021, https://on.rt.com/baqi
注2:Convenient hysteria:
US is no longer sugar-coating the fact its nuclear drills are aimed at Russia:
By Mikhail Khodarenok, RT, Feb/26/2020, https://on.rt.com/abpl
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