2021年7月16日金曜日

EUによるグリホサートの安全性の審査は欠陥だらけの科学に基づいていたことが判明

 

農薬に関して動物を使った安全性の研究が多く行われている。それらの結果によると、グリホサートを主成分とする除草剤は下記のような健康疎外を引き起こすことが懸念されている: 

非ホジキンリンパ腫

喘息

内分泌かく乱物質として作用し、生殖機能を阻害。次世代に不妊症を引き起こす。

シキミ酸経路を阻害し、腸内菌叢の一部を死滅させる。

卵巣機能を阻害

早産

こういった健康被害を引き起こす可能性が報告されていながらも、さらには、国連の下部機関である国際がん研究機関(IARC)がグリホサートには「ヒトに対して恐らく発がん性がある」ことを発表した(*)にもかかわらず、2017年、欧州ではグリホサートを主成分とした除草剤はさらなる5年間の使用が再認可された。次回の再認可のタイミングは来年の2022年にやって来る。もう直ぐに迫っている。 

IARCの評価結果:日本の内閣府食品安全委員会のウェブサイトによると、IARCは、2015320日、IARCモノグラフ112巻で「5種類の有機リン系の殺虫剤及び除草剤の評価」を公表した。グリホサートはそれら5種類の農薬のひとつ。評価は「ヒトに対して恐らく発がん性がある」(グループ2A)というもの。

EUによるグリホサートの再認可の過程では賛否両論があったが、結局「ゴーサイン」となった。つまり、再認可に反対する意見は決して少なくはなかったのだ。もっとも皮肉な場面はドイツ政府から派遣された農業大臣は本国政府の意向に逆らって再認可を賛成する側に回った。この大臣はいったいどれ程の裏金を手にしたのであろうかと勘繰りたくなる。

最近、「EUによるグリホサートの安全性の審査は欠陥だらけの科学に基づいていたことが判明」と題された記事が現れた(注1)。表題を見ただけでも、2017年のEUによる再認可の妥当性を根底から覆してしまいそうだ。私の個人的な印象では、来年行われるEUによる再認可は継続ではなく、取り消しになるのではないかと思うのだが、果たしてどう展開するのだろうか。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

***

新たに行われた科学的な分析(編集者への注1)によると、グリホサートには遺伝毒性がないという欧州食品安全機関(EFSA)の主張は製造者側の研究結果だけに依存していては正当化することはできないという結論になる。EUが現行のグリホサートの認可の際にその裏付けとして使用された53件の研究は業界からの資金提供を受けたものであって、それらの内で34件は「信頼性がない」と判断され、17件は「部分的に信頼できる」とされ、たった2件だけが「信頼できる」研究内容であると分類された。これらの判断は研究手法の観点から行われた。

欧州市民イニシアチブ(ECI)が成功裏に進めている「ストップ・グリホサート」 (編集者への注2)に参画しているいくつかの市民団体は欧州食品安全機関(EFSA)に対してグリホサートを改めて再認可する手続きにおいては環境ならびに健康の観点から非常に重要となるこれらの新たに得られた知見を考慮に入れるよう求めている (編集者への注3)

遺伝毒性に関する研究によると、化学物質が癌を引き起こし、生殖機能に損傷をもたらすことが示されている。前回の欧州における認可手続きに関与した当局、つまり、ドイツの食品安全当局(BfR)とEFSAは業界からの研究結果をグリホサートには遺伝毒性が存在しないことを示す重要な証拠であるとして誤って受理したのである。EFSAはこの欠陥だらけの科学を国際がん研究機関(IARC)が2015年に下した結論、すなわち、グリホサートには「おそらく発がん性がある」とする見解に対して反論する際にもその根拠として用いた。     

「現在欧州市場での使用について認可されているグリホサートは20221215日に期限切れとなる。2020年にグリホサートのために新たに提出された産業界からの申請書類について一回目の適正審査が行われ、前回の評価に用いられた53件の遺伝毒性の研究(これらの研究にはグリホサート単独製品ならびにグリホサートを主成分とする製剤製品の両者が含まれる)の中で38件が再度EU当局宛にグリホサート・リビュー・グループを代表するバイエル・アグリカルチャーBVによって提出された。       

(ベルギーの健康と環境に関わるNGOである)HEALHealth and Environment Alliance)の環境担当科学者であるアンジェリキ・リシマホウ(Angeliki Lyssimachou)は次のように述べている。「この新たに行われた科学的な審査の結果によると、世界でもっとも厳格な除草剤・殺虫剤の認可手順を運営しているとする欧州連合の主張は、今後、話半分で聞かなければならない。運用されている認可の手続きは規制に関係する研究を行う際に起こる間違いを見い出すことには必ずしも厳格ではなかったということが今や明らかだ。だが、これらの研究結果は絶対的なものとして盲目的に受け入れられて来た。2017年にEU市場のためにグリホサートが認可された際、これらの研究は認可の根拠としてその中核を成したものであり、これらは今また再提出された。これらはグリホサートが癌を引き起こし、ヒトの健康を阻害するという科学的な証拠を骨抜きにしようとしている。」

GLOBAL2000の生化学の専門家、ヘルムート・ブルトシャーはこう述べている。「もしも53件の遺伝毒性に関する研究論文から信頼できない研究を削除し、さらにヒトに対する遺伝毒性には僅かな重要性しか持ってはいない他の研究を削除したならば、何も残りはしない。まったく何も残らない。グリホサートは遺伝毒性を持ってはいないと欧州連合当局が主張した根拠はいったい何だったのかという疑問だけが残る。彼らは水晶球を持っていたのであろうか?」 

「ペストサイド・アクション・ネットワーク・ジャーマニー」(PANジャーマニー)の毒性学専門家のピーター・クロージングはこう言った。「厳格な認可手続きを持っていることは重要ではあるが、だからと言って人々や環境を防護するのに十分であるとは言えない。2017年には欧州連合当局は自分たちの規則を破って、化学業界を喜ばせるような結論を出すに至った。もしも規則や推奨事項が紙上に記述されていたとするならば、それらのほとんどは達成されず、実践されてはいなかったということだ。」

コーポレート・ヨーロッパ・オブザーバトリーの研究者であるニーナ・ホランドは次のように述べている。「前回行われたグリホサートの認可は大きな論争を呼んだ。モンサントはグリホサートの有害な影響に関して科学を台無しにしようとしたからである。今回の新たな科学的な審査の結果は今一度彼らの弱点を突くことになる。業界自身の研究の品質そのものに注目すると、各国の規制当局ならびにEUの規制当局が両者とも十分な審査を行っているようには見えない。人々の健康や環境を防護することが彼らの仕事であって、除草剤業界の関心事にお仕えすることは彼らの仕事ではないことを考えると、これは実に衝撃的なことだ。」

SumOfUsのキャンペーン担当者であるオーウェン・ダブスキーはこう言う。「人々はグリホサートにはうんざりしており、われわれは嘘をつかれてまさにうんざりしきっている。この状況こそがSumOfUsの会員たちがこの重要な審査プロジェクトに資金を提供した理由であり、われわれはこの除草剤が使用禁止となるまでキャンペーンを続ける理由なのだ。IARCがグリホサートには遺伝毒性があり、恐らくは発がん性があるとして警告を出していたにもかかわらず、EFSAはいったいどうしてこのようないい加減な科学論文を根拠にしてゴーサインを出したのだろうか?」

(完)

今回の科学的審査に関する文献はこちら(“Evaluation of the scientific quality of studies concerning genotoxic properties of glyphosateBy Armen Nersesyan and Siegfried Knasmueller

この文献に関するQ&Aこちら(“Frequently Asked Questions Last updated: 2 July 2021

グリホサートの申請に関して現時点までに何が起こったかに関する簡単な背景はこちら(“Controversy over Science, Lawsuits and Dodgy Lobbying TacticsPublished July 2021

編集者への注:

● 1. この科学的審査の作業は遺伝毒性に関して著名な二人の専門家、ウィーン医科大学の第一医学部所属の癌研究センターのアルメン・ネルセスヤンとジーグフリート・クナスミュラー教授によって実施された。業界から資金提供を受けた研究で、EUによる現行の認可の際にその根拠として用いられた53件の研究論文が審査され、その内で34件はOECDのテスト指針から大きく逸脱していることから「信頼できない」と判断され、このことは(この手続きの)テスト・システムの感度や精度を損なうことにつながると推測される。それら53件の研究論文の中の他の論文は17件が「部分的に信頼することが可能」で、2件だけが「信頼できる」と判断された。

2. ストップ・グリホサート:欧州市民イニシアチブがグリホサートの使用禁止を推進

● 3. 欧州委員会とその参加国はグリホサートの現行の認可についての審査を準備している。現行の認可は20221215日に期限が切れる。業界は見直しの作業を開始した。EUによるグリホサートの再認定を申請するに当たっての評価作業はAGG(グリホサート評価グループ)によって行われている。AGGはフランス、ハンガリー、オランダおよびスウェーデンで構成され、主要成分の評価を行う(前回の認可ではドイツ当局だけが評価を行った)。評価の内容は615日にEFSAに送付され、この評価は申請者である「グリホサート更新グループ」(GRG)から提出された書類を評価したものである。次を参照されたい: pesticides_aas_agg_report_202106.pdf (europa.eu)

グリホサートは世界でもっとも多量に用いられている除草剤である。グリホサートを主成分とした除草剤への暴露はある種の癌の発生をもたらし、ホルモン系統の発達に悪影響を与える。

● 2015年、国際がん研究機関(IARC)はグリホサートには「おそらく発がん性がある」と結論付けた。しかしながら、2017年にグリホサートは欧州政府の代表たちによって2022年の12月までの欧州市場における使用が再認可された。この決定は透明性や科学的な客観性に欠け、根拠として参照されている研究論文は大多数が業界からの資金を得ており、業界から独立した学術的な研究論文に報告されている知見は無視されているとして、市民団体グループや学者たちからの厳しい批判に曝された。

● 20152017年には、市民団体や欧州議会のメンバーたちはEUにおけるグリホサートの認可期限を15年間から5年間に短縮することに何とか成功した。もっと重要なこととしては、このキャンペーンはこの認可の背景に存在するグリホサートを主成分とした除草剤製品の毒性に関する関心を高め、農業におけるグリホサートの代替品についての知識を高めたことである。

●2019年の3月、欧州緑の党の4人の議員らは EFSAはグリホサートがもたらす癌のリスクに関するすべての(非公開の)研究論文を公開するべきであると主張し、欧州裁判所(ECJ)から前向きな裁定を勝ち取った。NGO団体であるSumOfUsEFSA54件の遺伝毒性に関する研究論文を要求し、これらの研究内容を審査する専門家への支払いに必要となる資金をクラウドファンディングによって調達することを開始した。      

***

これで全文の仮訳が終了した。

この記事で私が目を見張ったのは市民団体やNGOが極めて重要な役割を演じているという点だ。彼らは驚くべき成果を達成した。私自身はこのブログを通じてモンサント社による傲慢で科学を軽んじる姿勢を皆さんに何度かお伝えして来たが、欧州ではついに健康被害の元凶であるグリホサート除草剤(ラウンドアップ)を市場から排除する一歩手前にまで来た感じがする。

来年の12月、さまざまな攻防を経て、欧州委員会がグリホサートの再認可に関してはたしてどのような結論を下すのか見物である。

参照:

1Revealed: EU Glyphosate assessment was based on flawed science: By Corporate Europe Observatory, Jul/03/2021

 





 

4 件のコメント:

  1. 登録読者のИ.Симомураです.大変貴重な記事の翻訳に感謝もうしあげます.いつもながら,主張の論旨が明確に示されていて,内容の理解を大変容易にしてくれますね.ポーランドの農業は,憲法によって「個人農家にその基礎を置く」と,明確に宣言されております.この除草剤の危険性に警鐘を鳴らす人は多く,(旧称)モンサント系列の商品不買の市民運動が活発です.三十年前にワルシャワ近郊の農村に果樹園付きの家を買い,除草剤と農薬と化学肥料を使わないで,ジャガイモ,ニンジン,トマト,ピーマン,ポロネギ,タマネギを育てておりました.市場で買う方がはるかに安いのですが,自家ものの美味しさには素晴らしいものがあります.そして安全ですね.
    ところで話は変わりますが,ポーランドにはkobzaというルーマニア由来の弦楽器があります.この語源不明の名称は,アルタイ語族の語根,*qon '羊'-bulr '腱'-sukie '腱製の弦' あるいは *qon '羊'-bulr '腱'-sir '絃' から成り立ちます.前者は八九世紀の突厥語音標文字史料から,後者は紀元前一世紀(冒頓単于が活躍していた時代)の漢字史料から復元しました.不思議なのは,百にも及ぶアルファベット表記の名称はすべて唯一の *qonbulrsukie に,二十数形の漢字史料も悉く *qonbulrsir という唯一の形式に収斂することです.ロシア極東の古ツングース・満州族語彙が出発形になっておりました.遥かルーマニアまで伝播したのですね.九月出版予定の拙稿が電子版に公開://www.philology.nsc.ru/journals/ykns/content.php?vol=45 1912年以来の論争に解決案を提起できたのです.若い時,ロシアで勉強できて本当に幸せでした.

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    1. シモムラ様
      „Kobza”という楽器について興味深い情報をいただきました。有難うございます。これはリュートのことですね。私もこの情報に触発されてルーマニアでの伝統的な民族音楽をちょっと調べてみました。民族楽器を操る人を”lāutar”と称しますが、この単語はluteを弾く人を指します。それが現代ルーマニア語ではリュートだけではなく楽器全般を指すようになったようです。で、Kobzaは当地では”Cobza”と綴りますが、今では”ţambal”に置き換えられてしまって、”cobza”を見かけることは残念ながらほとんどありません。恐らく、民族音楽に関わっている人たちは今でも良く知っているものと思います。
      Kobzaやcobzaの弦は語源的には羊の腱から来ているというご指摘は実に面白いですね!日本での生活は稲作に色濃く彩られているように、この地域では羊の放牧によって生活が成り立っていましたから実に分かり易いです。
      最も驚いたのは100個ものアルファベット表記の仕方や20数個の漢字表記がすべて唯一の語源に収れんするという点です。これらの調査や研究には多くの時間とエネルギーを注入されたことと推察しておりますが、この9月には論文が出版されるとのこと。門外漢の私も心待ちにしております。これはロシア語での出版でしょうか?それとも、英語でしょうか?
      今日もいい一日をお過ごしください!

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  2. ご返信ありがとうございます.”ţambal”もアルタイ語起源の楽器名と推察します.tanburやdonbulaと同じく,don 'gut'+ bulr 'tendon^fiber'という語根構成を持つ名称だと思います.{動物名+その器官名+弦}という形態素連続は典型的なアルタイ語のもので,古代楽器は悉く手製のものでしたから,素性の判定し難い”弦”の素材が名称に示されていることは,楽器名としての当然の要請に基づくものと思います.kobuz~komus~kopurという変異形が多く,アルタイ語の名詞複数形式を想起させるため,s~z~rを名詞語尾と考え,アルファベット系言語の研究者たちは,これを手掛かりにして百数十年議論をしてきました.私は金田一春彦先生に国語音韻史を指導していただいたのですが,字音漢字史料の大切さを学びました.前漢時代の字音表記に{渾不思}と{虎撥思児}という形式を発見し,kon-bar-sirと語源を復元したのです.漢字の”児”は,日本語ではジですが,中国語原音はrなのです.隋唐への留学僧たちは,古代日本語には語頭のr音が無かったため,最も聴覚印象が近いジで代用したと言われております.古代朝鮮語でシルは’糸’を意味しておりました.komuzは元々は「羊の骨に張り付いた草(腱のこと)から製した糸玉」であったと思います.ですからヤクート語では「腱繊維で緻密に編み込んで製した鍛冶炉用の鞴」という意味になるのだと考えます.komuzは元の「撥弦楽器」から「擦弦楽器」へと変わり,「シャーマン太鼓」となり,「口琴」というものにも変わりました.実は日本にも三味線の古名として九州に伝わっているのです.論文は上記のアドレスで読むことができます.露語で四万字の論文です.私の露語論文はみなさん読みやすく,理解しやすいと言ってくれます.どうぞご笑覧ください.ところで絃は腱繊維数本に撚りをかけて製されますね.撚られた絃は瞬撥されたとき,長さをのばすのだそうです.ですから弓弦も矢を放ったときの強烈な衝撃を耐えられるのでしょう.貴重なお話ありがとうございます.

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    1. シモムラさま
      弦は腱繊維数本に撚りをかけて作られるとのこと、知りませんでした。自給自足や手作りの生活からすっかり離れてしまった今、人の活動について詳細を知れば知るほど人が培ってきた経験や知識が如何に広く、かつ、深いのかを思い知らされます。今、われわれ一般庶民はそういった過去に習得した技や知恵をすっかり忘れてしまっています。そのことを思うと、シモムラさまが没頭しておられる研究が人類の文明にとって如何に重要なことであるかについて今になってハタと気付かされる次第です。露語で4万字と言いますと、大きな論文ですよね。9月の出版を楽しみにお待ちします。

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