2021年9月9日木曜日

人類が直面する破局の兆候は地球の温暖化にあるのではなく、いい加減な科学に基づいて政策を据える点にある

 地球の温暖化現象がもたらす自然災害が方々で目に見えて激しくなる中、市民生活は危機的な状況になりつつある。今までの経験の枠からはずれてしまうような自然災害が方々で起こっている。フィリピンは、2013年、超巨大台風に襲われた。90m/sの最大瞬間風速が観測され、死者・行方不明者数が6000人という大災害に見舞われた。日本も例外ではない。近年、局地的な豪雨によって土砂災害が起こり、毎年のように貴重な命が数多く奪われている。ドイツでは、2021年、史上最悪の洪水災害に見舞われ、死者・行方不明者が300人を超したという。メルケル首相は「気候変動が原因だ」と発言した。

温暖化現象を説明する科学の世界は、今、危機的な状況を迎えている。地球の温暖化現象を学問的に究明する場であるIPCCにおいて世界中の気象学の専門家たちは厳しい選択の場に立たされている。それは真理を追究するという科学の本質をあくまでも踏襲するべきか(つまり、太陽活動の影響をもっと考慮に入れるべきかど)、それとも、温室効果ガスの大気中への人為的放出が温暖化の主要因であるとする従来の路線を維持し続け、研究費を入手するべきかの二者択一である。

ここに、「人類が直面する破局の兆候は地球の温暖化にあるのではなく、いい加減な科学に基づいて政策を据える点にある」と題された記事がある(注1)。

本日はこの記事を仮訳し、研究者たちが二者択一を迫られている現状について読者の皆さんと共有したいと思う。

これは現行の地球温暖化説をゴリ押しする国連のIPCCに対する痛烈な批判であり、一読に値すると私は思う。

89日、国連はIPCCによる第6回目の「評価報告書」を発表した。これに基づいて、この11月、英国のグラスゴーで、昨年開催する予定であったが新型コロナの大流行によって1年間延期されていたCOP2626回国連気候変動枠組み条約締約国会)が開催され、世界中の締約国が集合する。そこで何が話し合われるのかについては主要メディアが詳しく報じている。しかしながら、とんでもない落し穴が潜んでいるようなのだ。その落し穴について少し学んでおきたいと思う。

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Photo-1:保管されている写真から。COP26気候サミットを
100日後に控えてデモを行う「気候連合」のデモ
参加者たち。©  REUTERS/Peter Nicholls

気候変動に関する国連の報告書が発行されたが、これは人類が直面している破局の兆候は地球の温暖化そのものではなく、一方に偏った科学に基づいて政策を採用することにあるという現実を見せつけている。

国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は、最近、破局の兆候に関する報告書を発行した。それはわれわれを行動にかきたてるよう意図したものだ。世界中がグラスゴーで集う気候変動に関する会議が開催されるまで80日弱となり(訳注:COP262020119日~1120日にグラスゴーにて開催する予定であったが、新型コロナ危機に見舞われ、20211031日~1112日の開催へと延期された)、この行動の呼びかけは今や耳をつんざくばかりとなっている。

アントニオ・グテレス国連事務総長はこの報告書が到達した結論は「人間性に対する警告」を表明しているものであると述べた。彼にとっては、「その証拠は反論の余地がなく、化石燃料の燃焼によってもたらされた温室効果ガスの放出ならびに森林破壊は今やわれわれの惑星を窒息させ、何十億人もの人々を直ちにリスクに曝そうとしている」程に切羽詰まっているのである。気候変動に関して米国の特使を務めるジョン・ケリーはこの発言に同意しており、COP26 のホスト役を務めるボリス・ジョンソン英首相もこれは「人類に対する警鐘」であると信じ込んでいる。

あなたが行っていることはそれが何であっても直ちに止め、行動を起こすよう彼らは求めている。さもなければ、遅きに失すると。しかしながら、本当にそうなのだろうか?一言で言えば、そんなことは誰にも分からないのだ。

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気候変動の科学は本来ならば遍く開かれた論争の場である筈なのであるが、宗教的統一見解にみられるような狭量なものへと変貌してしまった。今や、それは科学を実践することに対する新たな障壁とさえなっている。気候変動が実在することや人人間生活に対する脅威であること自体には疑問の余地はない。しかし、気候変動が大問題であるからと言って、われわれが破局の兆候に直面しているわけではない。

ここで必要なのは明快さと客観性である。端的に言えば、われわれは「王立協会」のモットーである「Nullius in verba(訳注:ラテン語で「誰の言葉でもない」、「他人の言葉を鵜呑みにするな」の意。)という文言を支持しなければならない。王立協会は世界中から数多くの著名な科学者が参加している団体であって、現存する中ではもっとも古い学会でもある。権力者の支配に抵抗し、実験によって実証された事実を訴求しなければならない。これは今までの科学の基礎であったし、今後もそのことに変わりはない。

しかしながら、最近刊行されたIPCCの報告書はほとんど真逆を報告している。その結論は独断的であって、下記に論じているように事前に決められた特定の、かつ、人間嫌いな筋書きを支持する偏った研究結果に基づいている。われわれは単にその報告書の共著者たちの言葉を盲目的に信じるよう求められているのだ。結局のところ、彼らは専門家であるのだから。われわれは誰もが科学者であるわけにはいかない。われわれにとってはIPCCの専門的な分野に対して挑戦を挑むことは実に困難である。しかし、ひとつだけ確かなことがある。つまり、専門家のすべてがこの報告書の結論に同意しているわけではないのだ。

14か国にまたがる太陽物理学や気象学を専門とする23人の科学者が極めて興味深い、かつ、重要な論文を「太陽はどれ程多く北半球の大気温度の趨勢に影響を与えたか?これが今行われている議論だ」(原題:How much has the Sun influenced Northern Hemisphere temperature trends? An ongoing debate)と題して、査読が求められる「Research in Astronomy and Astrophysics」誌に発表した

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この論文は一読に値する。なぜならば、本論文が気候変動に関する今までの説明を否定しているからということではなく、科学について、ならびに、IPCCは何故に現行のような説明を選んだのかについて根本的な疑問を表明しているからである。「今行われている議論」という表題中の文言には然るべき注意を払うべきであろう。

今までの諸々の論文を吟味する68ページにもなるこの論文(18個の図、2個の表、544個の参照論文)はIPCCが統一見解を得ることだけに志向した議論の進め方を明確に回避し、著者らはどの部分について賛成できないのか、そして、どの部分については合意できるのかについて明確に述べている。

本論文は今までの論文の中ではもっとも包括的であり、IPCCが参照している論文も含めて、太陽出力に関して出版された論文の中でもっとも重要な16個の論文を吟味している。著者らは気候変動に関して温室効果ガスだけにその責任を負わせるのは時期尚早であると結論付けた。この結論はIPCCの結論とは相反するものであって、IPCCの結論は全太陽放射度(TSI)に関して狭い範囲から得られた不完全なデータに基づいていることを示したのである。

彼らが真相を暴いているように、地球を取り巻く大気のエネルギーはそのほとんどが太陽からやって来る。いわゆる全太陽放射度の変化は長年にわたって観察されて来た。つまり、過去何世紀にもわたって放出されて来た全太陽放射度の量は最近の気候変動に実質的に大きな影響を与えているに違いない。

この新論文はIPCCが気候変動に関する太陽の役割について評価を行った際にTSIについて報告されているデータの内でごく一部を考慮に入れただけであるという事実を明らかにした。つまり、この一部のデータを取り上げることによりただ単に「低太陽活動変動」のデータだけを取り上げたのである。その結果、IPCCは太陽が最近起こっている気候変動に与えた 大きな役割を拙速にも排除してしまった。

それぞれの共著者はここで論じられている事柄に関しては違った科学的見解を持っている。見解の相違が統一見解を持つことと同じ程度に重要であることを示すために、彼らはこの論文を出版することに合意した。たとえば、何人かの共著者は競い合う科学的な議論の長所や短所がどのようにして本論文のために客観的に審査を行う過程が将来の研究についても新たな考えをもたらしてくれたかを言及している。また、もしもIPCCが、これと同様に、統一見解を迫らない研究の進め方を踏襲していたならば、IPCCの報告書はより大きな科学的価値を持つに至ったのではないかとも述べている。

本論文についてのプレスリリースによると、筆頭著者である米環境研究地球科学センターのロナン・コノリー博士は統一見解を追求するIPCCの姿勢がもたらす危険性を指摘している。合意に達することは政治家にとっては物事がより容易になることから、政治的有用性が認められるものの、彼は「科学は統一見解を得ることによって機能するものではない」と強調している。確かに、科学者たちがお互いに相違する意見を持つことや合意に至らないさまざまな理由をさらに詳しく調査することが許される時、科学はもっとも堅固な成長を遂げる。彼らが事前に選定した政治的筋書きを支持するようなデータや研究だけを取り上げることによって、IPCCは最近の、ならびに、将来の気候変動の原因を純粋に理解する上で必要とされる科学的な進歩に対して深刻な害を与えたのではないかと私は危惧する。

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コノリー博士と彼の同僚科学者たちの意見は正しい。IPCCの報告書のベースとなった政治化された科学は、事実上、気象科学を理解する上で障壁と化してしまった。

これらの著者は疑義を持ち出そうとし、科学データそのものに関心を寄せ、われわれが自分たちの知識をさらに深めるために質問をし、今だけではなく将来も行動を起こす能力を高めるよう促しているのである。単純に言って、彼らは不必要な警告を与え、不必要な恐怖感を煽り、短期的で条件反射的な反応を引き起こすことには反対しているのである。

IPCCの筋書きは基本的には科学的に聞こえる論争を繰り返し、人の理性や行動を挫折させるような人間嫌いの政治的議題を導き出す。理性は地球上における人の生活の将来を保証する科学的な洞察や実践において真に再生可能な根源であって、科学的判断力を損なうことはそれを根底から崩す大変動となる。そのような事態は何としてでも避けなければならない。 

著者のプロフィール:ノーマン・ルイスは作家であり、講演を行い、技術革新に関するコンサルタントでもある。最近はプライスウオーターハウスクーパー社のディレクターを務め、同社ではクラウドソースによる技術革新サービスを主導した。ツイッターでの追跡は@Norm_Lewis

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これで全文の仮訳が終了した。

いわゆる「ホッケースティック論争」は誰もが大なり小なり知っている。あれはデータの捏造であった。ところが、地球の温暖化に関しては国連を背景とするIPCCによる主導は、現在も依然として、絶対的な権威を誇っている。その現状について、「気候変動の科学は本来ならば遍く開かれた論争の場である筈であるのだが、宗教的な統一見解にみられるような狭量なものへと変貌してしまった。今やそれは科学を実践することに対する新たな障壁とさえなっている」と述べ、著者は苦言を呈している。

われわれ一般庶民は気候変動のメカニズムやデータの妥当性について議論をする立場にはないし、残念ながら専門的な知識も十分に持ってはいない。現実には、気候変動を議論する科学者の間では客観的な判断が成され、幅広い意見に耳を傾け、最終的にもっとも妥当な政策を導くために最善の努力をして貰いたいと願うしかない。完全に受け身の立場である。

ところで、この著者が引用している論文(表題:How much has the Sun influenced Northern Hemisphere temperature trends? An ongoing debate69頁にもなる大論文であって、素人がアクセスするには気が遠くなるほどに荷が重い。しかしながら、著者の言わんとすることを少しでも正確に理解するために同論文の要旨だけでも仮訳して、ここに掲載しておこうと思う。ご参考になれば幸いである。

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要旨

全太陽放射度(TSI)が北半球の大気温度の動きにどれほど多くの影響を与えるのかを評価するには両者の量を高い信頼性をもって推定することが基本的に重要である。TSIの変動に関しては19世紀以降、少なくとも16個の推定値が文献から収集された。これらの推定値の半分は「低レベルの変動」であり、残りの半分は「高レベルの変動」である。ところで、北半球の大気温度の傾向を推定する独立した手法としては5種類がある。次のようなデータベースが含まれる。つまり、1) 地方の測定施設にて得られたデータ、2) 都市部と地方の両方で得られたすべてのデータ(標準的な手法)、3) 海面温度データのみ、4) 気温を代表するものとしての年輪の幅、5) 気温を代表するものとしての氷河の長さ。都市部と地方での測定値を用いる標準的な手法は他の手法に比較して直近の数十年間は大きな温暖化傾向を示しており、どちらかと言うと異常値である。それ故に都市化によるバイアスが持ち込まれ、以前の研究で結論が導かれているにもかかわらず現時点における世界的な大気温度のデータベースとしては問題がある。それでもなお、これらの5種類のデータはすべてが現在は19世紀よりも暖かいことを示している。即ち、19世紀以降、何らかの「地球の温暖化」が起こっている。北半球の大気温度に関する5個のデータベースのそれぞれについてTSIに関する16個すべての推定値に対する太陽光の直接強制からの寄与は単純な線形最小二乗法を用いて評価を行った。それから、最近の温暖化における人間行動の役割は残余を国連のIPCCが推奨する「人為的強制」の時系列に割り当てることによって算出した。五つの北半球の大気温度データについては、それぞれ異なるTSIが得られ、太陽光は何の役割も持ってはいない(つまり、最近の地球の温暖化はほとんどが人間活動によって引き起こされたことを示唆する)ケースから始まって、最近の地球の温暖化はそのほとんどが太陽活動の変動によって引き起こされた(即ち、最近の地球の温暖化はそのほとんどが自然現象)というケースに至るまで実に幅が広い。今までに発表されている諸々の研究は(最近公開されたIPCCの報告書も含めて)時期尚早にも前者のケースを結論にしてしまったようである。関係性を示すTSIの推定値のすべてを適切に考慮に入れることには失敗したことから、彼らはそのように結論したのだ。あるいは、北半球の大気温度の傾向の推算値に依然として関わって来る不確定要素を適切に考慮に入れることには失敗したのである。したがって、科学者集団はこれらの課題を如何にしてより満足できる形で解決するすることができるのかについてここにいくつかの提言を示す。

キーワード:太陽活動、太陽地球関係、太陽黒点、太陽表面の白斑、太陽表面の明るく高温な斑点

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素人判断であることは承知の上で総括すると、この新論文(原題:How much has the Sun influenced Northern Hemisphere temperature trends? An ongoing debate)によれば、今まで国連のIPCCが推進して来た地球温暖化のメカニズムに関する説明は得られるデータが示す全体像の半分を考慮しただけであったということになる。

IPCCはどうしてこのような偏狭な結論に至ったのかという疑問に関しては、広く言われている「いったい誰が得をするのか」という考察を行えばほぼ間違いのない理解が得られるであろう。科学者も人間である。科学者にも人間行動の大原則が当てはまる。

参照:

1The apocalypse facing humanity is not climate change, but the politicisation of lousy science: By Norman Lewis, 16 Aug, 2021, https://on.rt.com/beje

 




2 件のコメント:

  1. 翻訳ありがとうございます。
     新自由主義による論文数の増加は,森嶋通夫ロンドン大学名誉教授がすでに指摘したように,軽薄な,重厚長大でない論文を生み出します。それよりは10年以上も論文を書いていない哲学科の教授が大学から追放されることを危惧されておりました。いわゆる業績主義の影響により気候変動の分野でも科学的でない統一見解が歓迎されたのでしょう。その方が論文が書きやすい。
     論文の引用回数などもある程度は大事ですが,不必要な競争主義を生んできたように思われます。救いは主流の流れに異議を申し立てる専門家がまだ残っていることです。

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    1. 箒側兵庫助様
      コメントをお寄せいただきありがとうございます。
      米民主党が押す新自由主義はさまざまな弊害を引き起こしていますよね。残念なことです。大学を例にとると、米国オレゴン州立大学ポートランド校ではピーター・ボゴシアン准教授が学長に辞表を提出したことが最近報じれていました。昨今の政治的風潮によって大学が機能不全を起こしている現状を示す一例になるかと思われますので、ここで触れておきたいと思います。同准教授は哲学を教えて来ましたが、彼の辞職の理由は、最近、大学で批判的思考をし、倫理学を教え、ソクラテス的手法を実践することが難しくなって来たこと。大学が客観的な考え方を重要視せず、それに代わって、今流行りの政治的イデオロギー、たとえば、政治的公正に振り回されている現状に同准教授は嫌気をさしたようです。一番重要な点は、これはオレゴン州立大学ポートランド校だけの問題ではなく、全米規模の問題となっていることにあるようです。主要メデイアに見られるフェークニュースの氾濫と並んで、この大学における新自由主義の弊害はいったいどこまで行くのでしょうか?
      話が飛んでしまいましたが、これは米国社会の崩壊の兆候を示す一例なのでしょうか?素人の私には答えることはできませんが、動物的直観から言えば、世の中の趨勢は一方に傾き始めているかのように感じられます。そうだとすると、いったい何処で平衡状態になるのかが次の問いとなって来ます。

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