2023年2月18日土曜日

外交は冷戦の危機を打開した。今、外交はふたたび世界を救うことができる

 

125日、バイデン米大統領はウクライナに対して31台のエイブラムス戦車を供与すると宣言した。この米国の宣言は内外から圧力が加えられていたドイツのショルツ首相に最終決断を迫ることになり、同日、ショルツ首相は14台のレオパルト2戦車を供与すると宣言。

西側においてはいわゆる「戦車同盟」から離脱する国が現われた。214日、オランダとデンマークはかねてから表明していたレオパルト2戦車の供与から反転し、供与はしないと宣言した。だが、この決断を償う形で、両国はレオパルト1戦車の修理作業を行うことを提言。こうして、西側からのレオパルト2戦車の供与台数はドイツが14台、ポーランドが14台、カナダが4台、ポルトガルが3台、ノルウェーが8台で、レオパルト2戦車の供与合計は43台となる。

上記のレオパルト2戦車とは別に、フランスは、113日、AMX 10 RC AMX 10 RC軽戦車を2か月以内に供与すると宣言(台数は不明)。スナク英首相は、115日、14台のチャレンジャー2戦車を供与すると宣言している。

こうして、ウクライナに対する戦車の供与はその規模が明らかになった。214日現在で11カ国が戦車の供与を行うと米国が発表したが、詳細の国名は明らかではない。

そして、戦車の供与とは別に、ミサイルや対空防衛システム、戦闘機といった厄介な議論がさらに続く気配となっている。

事実、217日の報道によると、ホワイトハウスは同盟国がウクライナに戦闘機を供与することは歓迎すると述べている。カーヴィー報道官は米国は他の国がどんな武器をポーランドへ供与するのかについては口を挟まないと言った。ポーランドのマラヴィエツキ―首相は他のNATO諸国と共にミグ29戦闘機を供与する用意があるとかねてから述べている。(原典:The White House said that the United States will welcome the transfer of aircraft to the Armed Forces of other countries: By Teller Report, Feb/17/2023

背後ではどんな話し合いが行われたのかは私には分からない。だが、米国としては米国製の戦闘機が供与されることには反対のようで、米国は戦闘機の供与は約束してはいないと念を押している。米国が所有する軍事的情報がロシア側に漏洩するリスクがあるからであろうか。そういう意味では、ミグ29戦闘機の供与ならば米国にとってはそのような心配はなく、しかもウクライナ軍を強化することができるから好都合なのだ。代理戦争は大歓迎なのであろう!

ロシア・ウクライナ戦争における上記のようなエスカレーションとは別に、この戦争は長期化させるべきではないとする画期的な主張が米国に最近現れた。そして、その主張の主は超ド級である。

米国の安全保障政策の分野では第一人者のシンクタンクであると目されているランド研究所から最近(130日)報告書が発行された。この報告書はロシア・ウクライナ戦争の終結への第一歩となるかも知れないとしてマイク・ホイットニーが論評を加えていることはこのブログでもすでにご紹介した(注:詳細は28日に掲載した「ウクライナ号は沈没しつつある。西側のエリートたちは脱出しようとしているか」を参照いただきたい)。

ランド研究所の新報告書と同様にロシア・ウクライナ戦争の収束をテーマにして、ここに「外交は冷戦の危機を打開した。今、外交はふたたび世界を救うことができる」と題された最近の記事がある(注1)。著者はコネチカット大学で歴史学教授を務めるフランク・コスティリオラ氏。この記事を掲載したのは米国政治の中心地であるワシントンDCの地域ではもっとも広く購読されている日刊紙のワシントン・ポスト紙だ。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

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副題:ジョージ・ケナンが提唱したように、静かに、そして、個人的に培われた、事実の情報に基づいた外交努力は中国やロシアとの緊張を和らげることができる。

Photo-1:バイデン大統領と習近平中国主席。昨年インドネシアで開催されたG20首脳会議にて (Alex Brandon/AP)

米国によるウクライナへの関与の深化や中国との紛争の拡大は両方とも核戦争に発展する危険性性がある。このような極めて高い利害問題があることからも、冷戦中に同様の災害を未然に防ぐことに成功した戦略を理解し、それらを復活させることによって大惨事の可能性を低減することが可能となる。米外交官のジョージ・F・ケナンは封じ込め政策、つまり、1940年代後半にソ連邦の影響を抑制し、共産主義の拡大を阻止することを目的とした政策の立案者として、今日、もっともよく知られている。しかしながら、ケナンがもっとも情熱的に擁護したかったのは、実際には、確固とした、目の肥えた、特定の種類の外交姿勢についてであった。つまり、それは冷戦中のもっとも緊張した瞬間のいくつかを和らげるのに役立つことが実証された戦略であって、今日、ふたたびそのような緊張を孕んだ政治的状況を緩和することにも有用であることが証明されている。

1951年、米国は朝鮮半島でソ連邦との代理戦争に巻き込まれた。ソ連邦が自分たちの国境の近くに外国軍が存在することに怒りを顕わにし、米国は膠着状態となった紛争に不満を抱いていたため、超大国間の直接対立が迫っていた。この紛争に踏み込んだケナンはロシアで集中的に研究をし、いくつかの外交ポストを経た後には米国政府内の誰よりもソ連邦のことをよく理解していた。

韓国をめぐる緊張を和らげるために、ケナンは国連に駐在するソ連大使に連絡を取った。密室での目立たない会談を通じて、彼はロシア側の会談相手に対してワシントン政府はモスクワ側の議論に異議を唱えてはいるが、米国はロシア人が彼らがした事をどのように考えてそうしたのかの理由を理解することができると保証した。ケナンは、たとえ彼の交渉相手がどんなに冷ややかであり、専門的に見えたとしても、感情にさらされ、文化の影響を受けているひとりの人間であることを十分に弁えていた。交渉相手に敬意を払うことによって相手側からの抵抗は和らげることができるが、ぶっきらぼうな話をし、相手に屈辱を与えると、常にそれとは反対の状況をもたらすことが多い。

この公式はケナンと彼のソ連側の相手にとっては極めてうまく機能し、それぞれが政府の承認を得て行動し、朝鮮半島での紛争を制約することについて理解を得ることができた。代理戦争の当事者による軍事的な注力には蓋をしたことから、さらなる交渉をもたらし、1953年には最終的な休戦につながって行った。これにより、冷戦が不注意にも熱い戦争へと変わることを防ぐことができた ― 熱い戦争ははどちら側も望んではいなかった。

両国の政策の間には亀裂が存在し、双方を隔てており、信頼は崩壊していたにもかかわらず、ケナンのもっとも重要な洞察はどちら側も世界大戦を求めてはいないという点にあった。彼は亀裂を埋める上では裏口からの非公式で、個人的な外交を行うことには大きな価値があることを認識していた。そのような話し合いは他の重要な問題についても共通点を見い出す機会をもたらす可能性があった。

196210月、別の致命的な危機が迫っていた ― 潜在的な核危機であった。危惧されていた米国によるキューバへの武力侵攻を未然に防ぎ、ロシアに対して至近距離に位置するトルコに配備されている米国のミサイルに対抗するために、ソ連はキューバにミサイルを密かに配備したのである。この島国が米国に非常に近いことを考えると、キューバにおけるミサイルの存在は米国の政策立案者を激怒させた。さらには、この騒動は11月の中間選挙で民主党候補者たちを落選させる恐れがあったのである。

ジョン・F・ケネディ大統領の顧問らのほとんどはキューバへの爆撃または侵略という好戦的な行動を推奨した。だが、ケナンの友人であり、米国の国連大使を務めていたアドレー・スティーブンソンは大統領にまったく別の方針、つまり、外交努力と海上封鎖を採用するよう助言した。ケネディは個人的にはスティーブンソンを嫌っていたのだが、彼はこの議論に良識を認識したのである。

ケネディ大統領はソ連のニキータ・S・フルシチョフ第一書記と個人的な手紙を交換した。ケネディは彼とフルシチョフが重要な問題に関して意見の不一致を完全に逃れることはできそうにはないが、これらの紛争をどのように処理するのかについては対処することが可能であろうと強調した。ケナンはこの危機の間にケネディに対して助言はしなかったが、大統領が受け入れた個人的な外交は、特に、この緊張の場面でケナンが非常に重要であると見なしていた相手側に対してある種の手堅い共感が体現されたのだ。個人的な手紙が地政学的危機を人間の言葉に翻訳してくれた。

外交は秘密のやり取りに繋がった。つまり、ソ連がキューバからミサイルを撤去することと引き換えに、ケネディはトルコから時代遅れとなっている米国のミサイルを取り除くことを約束した。また、同大統領はキューバには侵攻しないことも約束した。武力ではなく外交交渉を通じて和解に達することにより、モスクワは屈辱を感じることもなく、キューバから撤退することができたのである。また、トルコからのミサイルの撤去を秘密にしておくことで、ケネディは即時に政治的代償を支払うこともなく譲歩することができた。

外交は1962年に世界を救ったと言っても過言ではない。ケネディと彼の顧問は、ロシア側がキューバに戦術核ミサイルをすでに配備したことには気付いてはいなかった。米国の侵略に対抗するには、キューバにおけるソ連司令官はそれらの武器を使用するようにと命令されていた。その結果生じたであろう虐殺はソ連邦との全面核戦争を引き起こした可能性が高い。

外交努力によって、両首脳はどちらも望んではいなかった大惨事から退却することができた。危機に直面し、差し迫った破滅に追いかけられながらも、ケネディとフルシチョフは相互信頼の策を実現することに成功した。彼らは限定的な核実験禁止条約を交渉し、誤って解釈された信号や誤動作が核戦争に火をつけることがないようにするためにホットラインを設置した。

だが、成功裏に終わったこの外交はひとつの長期的なコストをもたらした。つまり、1964年、クレムリンの強硬派はミサイル危機でロシア側は後退したという認識からフルシチョフを権力の座から引きずり下ろした。その結果、この合意が国内で政治的な問題を引き起こすことがないようにするために、野党には面目を保たせることの重要性が強まった。

これらのエピソードは今日の政策立案者たちには「交渉することは戦争するよりも優れている」とのウィンストン・S・チャーチルの言葉を極めて強力なものにする。しかしながら、彼らが得た教訓はわれわれにはさらに多くのことを告げているのである。ケナンは特定の種類の外交姿勢、つまり、相手の言語や歴史、文化に精通している経験豊かな外交官が忍耐強く話し合いを行うことを擁護した。交渉の担当者は相手側からの微妙な信号やジェスチャーを拾い上げ、不完全に表現された恐怖や欲求を正しく把握することができなければならない。外交官は敵の長期にわたる怨念や最終的な願望を認識して、会議室に入って行かなければならなかった。譲歩を口当たりの良いものにし、政治的に達成可能なものに持って行くには秘密も時には必要である。

そういった哲学は中国やロシアに対処するための助言の仕方について多くを提供してくれる。ソ連邦の崩壊後、NATOを東に拡大し続けるとロシアとウクライナの間で現在起こっているような紛争を引き起こす可能性があることをケナンは警告していた。いくつもの侵略に苦しんで来たロシアは国境またはその付近における外国軍の存在や軍事同盟を恐れ続けて来た。ロシア人というのは彼らが持っている疑惑やイデオロギー、あるいは、愚痴にもかかわらず、誇りと屈辱の感情に左右され易い人間であり続けてきたとケナンは主張している。彼らは永続的に劣等感に苦しみ、退廃が想定されている米国を軽蔑しながらも米国の成功には憤慨していた。

ロシア人の世界観や恐れに関するケナンの洞察は今日の米国の外交官を導くのに役立つ可能性がある。ウクライナに対する米国とNATOの軍事支援の着実な拡大はロシアとの戦争のリスクを高めたが、それは、また、ワシントンとその同盟国のキエフ政府に対する影響力を強化した。ロシアまたはウクライナによる絶対的な勝利はあり得そうにはないため、両国が壊滅的な結果を回避するには面目を保つ必要がある。

米国とその同盟国はこれらの主張を支持することなく、安全保障上の懸念が無視されているというロシア側の苦情を認めてやり、それらを軽減することができる。たとえば、ロシア軍の撤退とウクライナ東部のロシア語圏地域での真の自治権の確立とが相俟ってすべてがうまく行くかも知れない。クリミアでは国際的に監督された住民投票が可能となるかも知れない。どちらの解決策も、ケナンが数十年前に指摘したロシア側の恐れに対処することに主眼を置いており、その必要性は今日も続いている。

同様に、米国は台湾を強化しながら、ライバル国家への米国の経済的および技術的依存を減らすための緊急発進をするために中国に対してはタカ派的な姿勢をとっている。米空軍の最高司令官は、最近、彼の指揮下にある軍へ宛てたメモの中で両国は2年以内に戦争状態になる可能性があると予測した。1950年代の初頭、避けられない戦争またはソ連邦に対する先制攻撃に関してこれと同様の声明が米国人によって発せられ、当時それは危険の認識を高めてくれた。

しかしながら、ケナンの業績が示した教訓によると、中国側の恐れや野心を十分に解釈し、中国の交渉担当者に対しては人間レベルでの対処をし、中国の業績に対しては敬意を示し、静かではあっても確固とした、事実情報に基づいた外交に徹することに比較すると、好戦的な言い回しは効果が遥かに薄いということである。米国は、米国上空で発見されたスパイ気球のせいでアントニー・ブリンケン国務長官の中国訪問を中止した。しかし、この会議の予定を再設定することは台湾をめぐる紛争や経済的および技術的競争がより危険なものに発展することを避ける上で多いに役に立つ。また、気候変動や核拡散、その他の共通の懸念に関して協力する余地もあって、双方に利益をもたらし、もっとも危険な分野においてもさらに前進するために必要となる勢いや信頼を生み出す可能性さえもあるのだ。

外交は杖を振って、アブラカダブラと唱えるような場面は提供してはくれないが、終末戦争からの回避をもたらすことが可能である。確かに、米国の優位性に逆らう中国の願望によって形成される地殻変動的な緊張を考慮すると、外交は前進するための唯一の安全な手法なのである。ケナンが指摘することを好んだように、一見和解できそうにもないポジションは単なる提示価格に過ぎない。忍耐強い交渉は最初は必ずしも明らかではなかった妥協点を洗い出してくれることが多く、誰も望んではいない悲惨な戦争から世界を救うことができる。

著者のプロフィール:フランク・コスティリオラはコネチカット大学の理事会に属する歴史学特別教授。最新の著書は「Kennan: A Life between Worlds(プリンストン、2023)

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これで全文の仮訳が終了した。

国際的な紛争を歴史的な視点から見ると、われわれ素人には想像もできないような教訓が存在することに気が付かされる。この引用記事はそのような発見の場を提供してくれている。

ロシア・ウクライナ戦争の当事者間には交渉する意欲があるのだろうか。さまざまな報道によれば、現状は極めて悲観的である。ウクライナ側はクリミア半島やドンバス地域、ならびに、ザポロジエやヘルソンといった領土の保全を交渉の前提条件としている。それに対して、ロシア側は前提条件なしで交渉を始める用意があると宣言している。つまり、両国政府の姿勢を額面通りに受け取ると、両国の言い分は大きく乖離しており、公式的な話し合いを行っても妥協点は見つかりそうにはない。このような現状を考えると、ケナンが提唱した経験豊かな外交官による個人的なレベルでの交渉こそが世界の破局を回避する上で最後の切り札となるのかも知れない。

あるいは、エネルギー危機やインフレに見舞われた西側諸国がウクライナに対して行っている軍事的ならびに財政的支援から全面的に撤退することによって、ウクライナが戦意を失うよう仕向けることしか残らない。米国やその同盟国はウクライナへ武器を供与するに当たって自国の武器の在庫量を犠牲にしてまでもウクライナを支援することには当然ながら限界がある。たとえば、戦車の供与ではオランダやデンマークは、最初は他のNATO諸国と歩調を合わせてレオパルト2戦車の供与については前向きであったが、後に供与を否定した。その代わり、レオパルト1戦車の修理作業でウクライナを支援すると宣言した。この背景には主要な武器の在庫の減少は自国の安全保障を損なうといった危機感があり、在庫不足の解消は急速には解決できないのが実情らしい。だが、ウクライナに対する支援から全面的に撤退するという考えは現時点では政治的には極めて困難な選択肢であろうと思う。今までの政策に関与して来た政治エリートたちは面子を失うことになるからだ。

他にもさまざまなシナリオがあるのだろうが、これらの選択肢がことごとく棄却され、トップの政治家にとって採用することができる策は尽きたと判断した暁には、イチかバチかの核戦争に頼ろうとする可能性がある。まさに悪魔の囁きである!米国やロシアの指導者、ならびに、NATO加盟国の指導者たちは誰もが正気であるとするならば、核戦争はどこの国も望んではいないであろう。

かって、ジョージ・ケナンの考え方はケネディとフルシチョフとの間で交換された個人的な手紙を通じて地政学的危機を人間の言葉に翻訳してくれ、冷戦時における最大級の危機から世界を救った。今日、ジョージ・ケナンのような外交官は居るのだろうか?2014年のウクライナにおけるマイダン革命以降、西側はウクライナの軍備を増強し、将兵の訓練を行い、8年間にもわたって対ロ戦争の準備を行って来た。米国やNATO諸国の政治エリートには外交交渉に本質的な価値を見い出すような冷徹な頭脳の持主がはたして居るのだろうか?

参照:

1Diplomacy defused Cold War crises. It can help again today: By Frank Costigliola, The Washington Post, Feb/10/2023

 




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