2012年10月21日日曜日

尖閣諸島問題に見る覇権の興亡 ― ある政治学者の見方


尖閣諸島問題は日中間の領土問題である。それぞれが自国の領土だと主張して、当面、お互いに引き下がる気配は感じられない。

この尖閣諸島問題を歴史家や政治学者が見たらその目にはどう映るのだろうか。

小生が購読している天木直人のメールマガジン[1]が興味深い情報を与えてくれた。表題は、「ツキジデスのわな」が教えてくれる米中の覇権争いと日本の矛盾

ツキジデスとは古代ギリシャの歴史家であって、新興都市国家アテナイと覇権都市国家スパルタとの間に起こったペロポンネソス戦争(紀元前431年―紀元前404年)を実証的に記述した「戦史」で知られている。ツキジデスは、新たに台頭してきたアテナイと当時の覇権都市国家スパルタとの間の戦争はふたつのキーワード、「台頭」と「脅威」によって説明できるとしている。台頭するアテナイは覇権国家スパルタにとっては大変な脅威であった。最終的には30年近くの戦争となった。覇権国家が新興国家の「台頭」を見て「脅威」の余り戦争に走る。この戦争という落とし穴に陥る様子を、後世、「ツキジデスのわな」と呼ぶようになったと言われている。

上記のメールマガジンが参照している情報源は毎日新聞の「ツキジデスの尖閣[2]という記事だ。さらに、この毎日新聞の記事の参照元はある政治学者がフィナンシャルタイムズ紙に投稿した尖閣諸島問題に関する論評[3]である。

原著者の政治学者、グレアム・アリソンは大略次のように述べている。
 

<引用開始>

10年あるいは20年後には米国に代わって最大の経済力を持った国になるかも知れない中国が他国が設定した従来の様々なルール(例えば国境線?)を再調整したとしても、それは驚くには当たらない。最大の疑問は、果たして米国と中国の両国は「ツキジデスのわな」を回避することができるかどうかだ。新興国家が既存の覇権国家と対峙した時の危険は甚大なものとなる。たとえば、紀元前5世紀のアテナイ、あるいは、19世紀末のドイツが覇権国に挑戦した時、危険はその極に達した。殆どの場合、戦争になった。平和的に危機を回避するには当事国の政府ならびに国民は大規模な調整をせざるを得ない。

新興国の急速な台頭は現状に影響を与えることが必至だ。ひとつの国がこれほど急速に国力の順位を駆け上ったことは歴史上非常に稀だ。国内生産がスペインと同等程度であった国が一世代のうちに世界第二位の経済規模となったのである。もし歴史の教えに賭けるとするならば、「ツキジデスのわな」について改めて問いかけざるを得ない。

16世紀以降、新興国が台頭し覇権国に挑戦した事例は15回あるが、そのうちの11回は戦争となった。ドイツの経済が英国のそれを追い抜いた時、1914年および1939年の二回とも、英国の対応は戦争へとつながった。

中国の台頭は米国にとっては気持ちのいいものではない。どんどん大国となってきた中国が周囲の国々に対して従来以上に要求することは決して不自然なことではない。今中国人に対して「もっと我々と同じように振舞ってくれ」と説教をしたがる米国人は、特に、自国の歴史を思い出して欲しい。

1890年頃米国が西半球の大国となった時、米国はどのように振舞っていたか?

第一次世界大戦の前、米国はキューバを解放し、ベネズエラやカナダの問題では米国の利権を求めて「戦争をするぞ」と英国やドイツを脅かした。暴動の後押しをしてコロンビアを分裂させ、新たにパナマという新しい国を設立した。これは直ちにパナマ運河の建設へと繋がった。さらに、メキシコ政府を転覆させようともした。これには英国政府やロンドンの銀行からも支援を受けた。その後の50年間、「我が西半球」における米国にとって好都合であるかどうかという観点だけから、米国の軍部は経済紛争や領土紛争に介入し、受け入れらないと思う指導者たちを追放した。これらは合計で30回以上にもなった。

中国や米国の指導者が古代ギリシャや20世紀初頭のドイツよりも立派な振る舞いをすることができないとするならば、21世紀の歴史家はツキジデスを引用して、不毛な紛争に続いて起こる破滅的な状況を良く説明しなけれなならない。一度戦争が起こると、当事国のどちらにとっても悲惨だ。米中両国は起こりそうな争点や紛争の火種に関して会話を始めなければならない。

筆者(グレアム・アリソン)はハーバード大学の科学・国際関係ベルファー・センターの理事である。

<引用終了>
 

米国は覇権国家から何時かは脱落していく。これは覆すことができないひとつの過程である。過去の歴史はこのプロセスの繰り返しである。問題はそれが何時か、そして、最大の関心事は戦争を伴わないで新たに台頭してきた中国へバトンタッチをすることが出来るのかという点だ。両国の指導者は積極的に戦争回避の策をとらなければならない。それが指導者としての最大の責務となる。

確かにその通りだと思う。この戦争の回避以上に重要な政治的課題なんてあり得ない。

上記のグレアム・アリソンの「太平洋に現出したツキジデスのわな」という文章は尖閣諸島問題を前にした我々日本人だけではなく中国人にとっても学ぶ点が非常に多いと思う。その内容はとてつもなく重い。毎日新聞の記事と一緒によく吟味したい。また、そう思うだけでなく、歴史的な事実や歴史から学ぶことができるさまざまな教訓や考えを周囲の人たちと共有し、それらを少しでも多く、少しでも深く理解して行きたいと思う。

日本は米国との間に安全保障条約を維持している。これは戦争を遂行するために存在しているのではなく、戦争を回避するために存在しているのだということをここで改めて認識した。米国の手先となって、尖閣諸島をめぐって中国と武力紛争を起こしてはならない。日中戦争になったら、あるいは、日米対中国の戦争になったら、資源小国の日本が一番の打撃を被ることになるだろう。戦争の回避こそが21世紀に生きる我々の世代の最大の使命だと言えよう。

 
参照:

1「ツキジデスのわな」が教えてくれる米中の覇権争いと日本の矛盾:天木直人のメールマガジン2012年10月18日第783号

2ツキジデスの尖閣:毎日新聞のコラム「木語」、金子秀敏署名、20121018日、東京朝刊

3Thucydides’s trap has been sprung in the Pacific: By Graham Allison, Financial Times, August 21, 2012 7:24 pm

 

 

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