2012年11月2日金曜日

米国は歴史的教訓を学びとることができるか(その2)

現代の政治には、洋の東西を問わず、婉曲語法あるいは修辞法が蔓延している。婉曲に物事をしゃべったが故に、自分がしゃべった言葉が本当のことを言ってはいなかったとしたら、その政治家自身が自分がしゃべった言葉の最初の犠牲者となっても不思議ではない。

昨年の1123日に「米国は歴史的教訓を学びとることができるか」と題するブログを掲載した。

そこでは、イラク戦争を主導した元米国大統領ジョージWブッシュと元英国首相トニー・ブレアーがマレーシアの戦犯法廷で「平和や人道に対する犯罪」を犯したとして有罪と評決されたとことを掲載した。

その後の情報によると、当時の米国政府関係者の訴追も行われている。

2012511日、同法廷はディック・チェイニー元米国副大統領やドナルド・ラムズフェルド元国防長官についても「拷問」の罪で有罪と評決した[1]

このマレーシア法廷を支援する米国イリノイ州出身の国際法を専門とするアメリカ人、フランシス・ボイル教授は最近のプレスTVとのインタビューで、「我々は平和に対する罪ならびに戦争犯罪や拷問の罪でブッシュやブレアーを追っかけている。ニュルンベルグの法廷が問うた平和に対する罪に基づいて彼らを起訴した」と述べた。

第二次世界大戦後のニュルンベルグ法廷の原則によると、侵略戦争の計画、準備、開始または遂行、あるいは、国際的な条約や合意または約束の侵害は「罰することができる」とされている。

この9月に、ノーベル平和賞を受賞した(1984年)ことで知られる南アフリカのデスモンド・ツツ大主教は、「イラク戦争における彼らの役割を検証するために、ブレアーとブッシュをハーグの国際刑事裁判所(ICC)へ連れて行くべきだ」と述べた。

「我々はこれを実現するために努力している。ブッシュをスイスへ連れ出そうとしたが、彼の弁護士がスイスへは出かけないようにと忠告した。カナダでは三回も彼を確保する機会があったのだが、カナダ政府がブッシュを保護した」と、ボイル教授は説明した。

「正義の輪はゆっくりとだが回っている。確かに、回っている。」

ボイル教授はICCが米国や英国およびイスラエルの犯罪者を裁判にかけることに失敗したとしてICCを非難している。

「彼らは目下アフリカからの黒人の凶悪犯を追い回そうとしてはいるものの、米国や英国およびイスラエルの大量殺人犯や戦争犯罪人を捕まえようとはしてはいない。」

ボイル教授は「ガザではパレスチナ人を大量虐殺している」としてイスラエル政府を非難し、パレスチナ問題に関して11月にはマレーシアで公聴会が開催されると付け加えた。

 

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ここで、ボイル教授の専門分野について少しおさらいをしておきたい。ウィキペデイアから部分的に抜粋したものの仮訳を下記に示す。

フランシス・アンソニー・ボイル(Francis Anthony Boyle1950年生まれ)はイリノイ大学法学校の国際法を専門とする教授。ボイルはシカゴ大学にて政治学を学び、文学士を取得(1971)、その後ハーバード大学にて政治学で博士号を取得した。また、ビンガム・ダーナ・グールドにて税務および国際税務の職にもついた。

法律業務の背景: ボイルはボスニア・ヘルツエゴヴィナ共和国およびパレスチナ臨時政府の顧問を務めている。また、ボスニアではふたつの民間組織の代表を務め、ボスニア・ヘルツエゴヴィナ共和国内で大量虐殺、人道に対する犯罪、および戦争犯罪を犯したとしてスロボダン・ミロセヴィッチの訴追にも参画した。彼は国家や国際的団体の代表を務めてもいる。例えば、ブラックフィート・インデイアン、ハワイ、ラコタ・インデイアン、等もこの分野に含まれる。また、数多くの死刑囚や個人の人権に関する訴訟を扱った。人権、戦争犯罪、大量虐殺、核政策、およびバイオ兵器、等について数多くの国際的な団体に助言を与えている。1991年から92年の中東和平交渉においてはパレスチナ自治政府の法律顧問を務めた。アムネステイ・インターナショナルの理事会では米国フレンズ奉仕団のコンサルタントとして、そして、「責任ある遺伝学のための諮問委員会」(Council for Responsible Genetics)では顧問団の一員でもあった。生物兵器禁止条約のために必要な米国国内法、「1989年の生物兵器に関する反テロリズム法」の草案を作成した。これは米議会の上下院で全会一致で可決され、ジョージH.W.ブッシュ大統領によって署名された。
 

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戦争犯罪は敗戦国に対しては容易に成立してしまうが、戦勝国あるいは覇権国に対しての成立は現実には極めて困難だ。それは歴史上常にそうであったし、この状況は今後も続くことだろう。ここに掲載したブッシュやブレアーに対する事例もそうした現実を色濃く反映している。
イラクへの侵攻の中心的理由はイラクには大量破壊兵器が大量に存在するというものであった。しかしながら、何年にもわたってイラク戦争が遂行され、連合軍があらゆる場所を調査したにもかかわらず、大量破壊兵器は出てこなかった。イラクへの侵攻の理由は真っ赤な嘘だったということだ。問題は、嘘をはっきりと嘘だ言えるのか、誰がどのように言うのか。当事者のブッシュやブレアーが亡くなるまで待つしかないのか。メデイアのジャーナリズム精神はどこへ行ってしまったのか....
現実の問題として、事実の誤認に基づいて起こした軍事的行動が結果として甚大な人的被害をひき起こした。
人的被害を見ると、米国を主体とした連合軍兵士の死者数は、ウィキペデイアによれば5,029人。さらに、民間契約要員では1,012人の死者。合計では6,041人となった。
イラク側の兵士や民間人の死者数については、イラク保険省は200611月の時点で15万人と公表した。
死亡登録が実施されてはいない国での死者数の推定として、米国のジョンズ・ホプキンス大学の疫学の研究者が各家庭を訪れて行った現地調査がある。この貴重な調査報告がニューイングランド・ジャーナル・オブ・メデイシン誌にて公表された[2]。調査方法はイラク戦争前の死亡率とイラク戦争中の死亡率とを比較したもので、それをイラク全土に適用したもの。この調査結果によると、イラク戦争によるイラク人の死者数は65万人と推定された。
これらの膨大な人的被害を前にして、ブッシュやブレアーの政治的、倫理的、人道的責任を問わずに放置しておいていいものだろうか。今の政治システム、民主主義システム、あるいは、国際法の下でこれを正面から問うことができるのだろうか。その辺をこの機会におさらいしてみたい。
 

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現代の政治には、洋の東西を問わず、婉曲語法あるいは修辞法が蔓延している。婉曲に物事をしゃべったが故に、自分がしゃべった言葉が本当のことを言ってはいなかったとしたら、その政治家自身が自分がしゃべった言葉の最初の犠牲者となっても不思議ではない。
婉曲語法の典型的な例を挙げると、イラクやアフガニスタンでは米軍の報道担当者が軍事的成果を世界中から集まった報道陣に発表する際に用いた用語は天下一品だった。市民が巻き添えとなり死者が出た場合は、「巻き添え被害」と言い換えた。「一般市民の犠牲者」とは決して言わなかった。さらには、「強化尋問手法」とは日頃我々一般人が使う「拷問」を意味した。
政治家ではない我々は、嘘は嘘だ言いたい。暴力は暴力だ言いたいものだ。我々の声が我々の国の政治に反映されて始めて、我々の国では民主主義が実践されていると自信をもって言えるのではないか。 

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ベルギーの国内法によると、戦争犯罪の起こった場所が国内・国外を問わず戦争犯罪者をベルギー法廷に訴えることができる。この法律は1993年に施行された。その翌年、10人のベルギー人兵士がルワンダで殺害されたことを受けて、その内容はさらに発展したという。これは「普遍的管轄権」と呼ばれる。
2003620日の報道[3]によると、ベルギー政府は、ブッシュ米国大統領とブレアー英国首相はベルギー法に基づいて戦争犯罪のかどでイラク国内で訴えられたと公表した。 しかし、同国の法務省によると、ベルギー内閣は最終的にはブッシュやブレアーならびに他の6人の政府高官の訴追を米英の各政府へ委託したとのことだ。これで、この訴追が継続される可能性はなくなった。
とは言え、米英両国とイラク戦争について当初から強く反対していたベルギーとの間の溝はさらに深まったことには間違いないだろう。
戦争犯罪や人道に対する犯罪に関して国境を越えて訴追することができるとする法律を持つ国は他にもある。例えば、イスラエルだ。ナチス・ドイツの親衛隊中佐だったアドルフ・アイヒマンは1960年にアルゼンチンでイスラエルのモサドに連行された。アルゼンチンから不法に連れ出され、イスラエルで人道に対する罪と戦争犯罪の責任を問われて裁判にかけらた。そして、19625月には絞首刑に処された。
他の例としてはスペインだ。
スペイン法廷は3人のアメリカ人兵士を起訴した[4]。これは米軍によるイラク侵攻中に起こった200348日の出来事だった。バグダットのホテル・パレスチナへ向けて米軍のタンクが砲撃し、ロイター通信のカメラマンとスペイン人の記者が死亡した。スペイン法廷はタンクに乗っていたアメリカ人兵士たちはこのパレスチナ・ホテルには新聞記者しか滞在していないことを熟知していた筈だし、兵士たちが攻撃を受けた痕跡もないとして、これは国際コミュニテイーに対する犯罪であり、ジュネーブ条約で保護されている一般市民に対する犯罪でもあると断定した。
スペイン法廷が普遍的管轄権に基づいて提訴した事例が他にもある[5]。中国の前国家主席の江沢民を含む政府高官ら200911月に集団虐殺罪と拷問罪で起訴された。
また、アルゼンチンでは、20091217日に連邦裁判所が前中国国家主席の江沢民を集団虐殺罪と拷問罪で起訴し、国際逮捕状を発行した[6]。この報道によると、1999年に法輪功[注:法輪功は中国の気功法である]の修練者への迫害を開始して以来、中国共産党は数十万人の法輪功修煉者を監禁した。法輪大法情報センターによると、昨年だけで104人の法輪功修煉者が迫害で虐待されて死亡、この10年間で死亡した人はおよそ3,242人に達するという。

普遍的管轄権を有するベルギーの戦争犯罪法はユニークだ。しかし、ベルギーのような決して大きくはない国が実際に戦争犯罪を公正に、かつ、効果的に処理することができるのかというと、それは別問題のようだ。不正義が闊歩する今の世界を見ると、ベルギー法の支持者が決して皆無ではないということが理解できるだろう。少なくとも、その象徴的な効果に期待するところが大きいということのようだ。  

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ブッシュとブレアーの訴追は現実問題としては非常に困難な仕事だ。しかし、暴力は暴力、不正義は不正義だと表明したい。我々一般人の言葉が歪められることもなく普遍的に相手に通じるような国際社会であって欲しい。
自由主義経済を標榜する国家指導者やグローバル企業は国境をとりはらったグローバルな市場展開を推進してきた。そこからは膨大な富を得てきた。1011日に掲載した小生のブログ、「二人の大統領」を思い出していただきたい。そこでは、ジョージ・ブッシュ元米国大統領が「...経済を活性化させる最善の方法は戦争、米国は戦争をすることによって経済を成長させて来た...」と言ったことを紹介した。
とどまる所を知らない貪欲さは倫理観を曇せてしまう。政治的な決断をする時に何らかの誤認あるいは瑕疵があった場合、その結果起こる影響は甚大なものとなる。イラク戦争がその典型的な事例だ。
この普遍的管轄権という概念は自由主義経済がもたらした負の側面を表に引きずり出してくれているとも言えるのではないか。マレーシア法廷は国境を越えて正義を追求しようとしている。倫理・人道的な観点からは多くの人たちの共感を呼んでいるのではないかと思う。マレーシア法廷は今後どのように展開するのだろうか。
引き続き注目して行きたい。
 

参照:

1: Bush, Blair Wanted For Crimes Against Humanity: Boyle: PRESS TV (テヘラン)、および、 Information Clearing House20121021

2Violence-Related Mortality in Iraq from 2002 to 2006N Engl J Med 2008; 358:484-493 January 31, 2008
3War Crimes Suits Filed In Belgium Against Bush, Blairby AFP, June/20/2003
4SPAIN’S EXPANDED UNIVERSAL JURISDICTION TO PROSECUTE HUMAN RIGHTS ABUSES IN LATIN AMERICA, CHINA, AND BEYOND: By Mugambi Jouet, GA. J. INT’L & COMP. L. [Vol. 35:495] 

5:「ジェノサイド」で起訴 スペイン法廷、江沢民らに通達: 20091126日、www.epochtimes.jp/jp/2009/11/html/d62722.html
6:アルゼンチン連邦裁判所が江沢民に逮捕状:ロイター通信、20091222日、www.minghui.jp/2009/12/24/mh260575.html

 

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