1月3日の朝、イラン国内では二番目の指導者として尊敬を集め、イラン革命防衛隊の精鋭コッズ部隊の司令官でもあるソレイマニ将軍がバグダッド国際空港の貨物ターミナルの近くで米軍の無人機からミサイル攻撃を受けて、暗殺された。
同将軍はサウジアラビアとの和平を話し合うために外交官パスポートでイラクを訪問し、空港を出る直前であった。将軍らが乗った二台の車両が攻撃を受けたのである。合計で8人が犠牲となり、その中にはイラクの民兵部隊を率いるアブ・マフディ・アル・ムハンディス司令官も含まれていた。
法的な議論をする専門家は、まずイランと米国はお互いに戦争をしている訳ではないことから、米国によるこのような暗殺行為は国際法上では戦争犯罪になると指摘している。
イラン国内では非常に人気が高い将軍に対して展開された暗殺事件は将来の世界にとって果たしてどんな意味合いを持っているのだろうか?
具体的な答えは質問をする相手によってさまざまに分かれる。
そのひとつはソレイマニ将軍が今までに見せた軍事的な能力と外交手腕はイスラム世界におけるスンニ派とシーア派との間の紛争を解決するかも知れないという予感だ。そのような期待が強まっていた。イスラム世界において宗派間の紛争が和らぐと、イスラエルが自国の敵と考えているイランが中東地域でその指導力を大きく伸ばすことに繋がる。周囲のイスラム世界を分断しておきたいイスラエルにとっては非常に不都合な展開である。
もうひとつの答えは著名な経済学者で、ミズーリ大学の名誉教授のマイケル・ハドソンの考え方だ。同教授は米国の対外政策は米国の覇権国としての基盤である米ドルの優位性を何としてでも維持し、防衛することと大きな関係を持っていると述べている。その要旨を簡単に下記に引用しておこう:
ソレイマニ将軍の暗殺はイラクの石油資源を米国のコントロール下に置くためにイラクにおける米軍の存在を拡大し、サウジアラビアのワハビ軍団(イラクにおけるISISやアルカエダ、アルヌスラ、ならびに、実質的には米国の外国人部隊である他のさまざまな武装集団)を支える目的で立案された。この行動は米ドルの重要な擁壁として機能している中東原油を米国のコントロール下に維持しておくためである。これが暗殺という政策を理解する上で重要な鍵となり、現在の状況は拡大一途の過程にあり、一向に衰えを見せないことを説明する大きな理由である。(原典:
It's
Not Just the Jews, Another Reason for the US's Endless Wars: Without
Them, the $US Would Collapse:By
Tyler Durden, Mises
Institute, Jan/20/2020)
ここに「米国はユーラシアの統合を邪魔するためにロシア・中国・イランに対して世紀の戦いを仕掛ける - 状況はもっと悪くなる」と題された記事(注1)がある。この記事はもっと遥かに広大なユーラシア大陸全体を視野に入れて論じようとしたもので、著者は地政学的な分析では定評のあるジャーナリスト、ペペ・エスコバーだ。
本日はこの記事(注1)を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。
<引用開始>
副題:次の10年間、米国は「新シルクロード」の建設を標榜するロシア、中国、イランと戦う
怒涛のような2020年代はカセム・ソレイマニ将軍の暗殺で幕開けとなった。
しかしながら、これからの10年間にはこれよりも大きな出来事がわれわれを待ち受けているであろう。ユーラシア大陸の「新グレート・ゲーム」では多種多様な衰退が起こり、この状況は米国をユーラシアの統合では三つの中核的な存在であるロシアや中国およびイランと戦わせることになる。地政学や地理経済学において形勢を一変させるような出来事はすべてこの壮大な衝突と関連して分析を行わなければならない。
ディープステーツと米国の根幹的な領域における指導層は中国が経済の領域では今や「不可欠な国家」を自負する米国を追い抜き、ロシアは軍事領域で米国を凌いでしまったことに脅威を感じている。ペンタゴンはこれらのユーラシア三国は「脅威」であるとして公に認めている
昼夜を分かたず毎日のように敵を悪魔視し続けるハイブリッド戦争のテクニックは、中国の「脅威」、ロシアの「侵攻」、ならびに、イランによる「テロリズムの支援」を封じ込めるために、急速に普及することであろう。「自由市場」の神話は「新たな通商ルール」と婉曲的に定義される非合法な経済制裁を次々と発動することによってかき消されてしまうであろう。
しかし、これは中ロ間の戦略的パートナーの関係を脱線させるのに十分であるとは言えそうにもない。このパートナー関係が持つより深い意味を解きほぐすには北京政府がこの関係を「新時代」に向かう展開であると定義していることを理解しておく必要がある。これは戦略的な長期計画を意味する。その鍵となる年は「新中国」の百周年を祝う2049年だ。
中国主導の「新シルクロード」と定義される「一帯一路」の複数のプロジェクトが示す地平線は確かに2040年代にあって、北京政府はその頃にはユーラシアならびにその先に存在する主権国家やパートナー国家との多極的な新しい枠組みを完全に織り成しており、すべての国家は蜘蛛の巣状に連結しているであろうと予測する。
「グレーターユーラシア」と称されるロシアのプロジェクトは何処となく「一帯一路」を鏡のように反映し、何れは後者と統合されるだろう。「一帯一路」、「ユーラシア経済連合」、「上海協力機構」および「アジアインフラ投資銀行」のすべては同一の構想に集約される。
現実的政治
この「新時代」は、中国が定義しているように、すべての領域における中ロ間の緊密な協力関係に依存する。「中国製造2025」は一連の科学技術の革新を描いている。それと同時に、ロシアは中国がまねをすることができない武器や関連システムの分野で比類のないテクノロジーに満ちた資源国家に脱皮することに成功した。
最近ブラジリアで開催されたBRICSサミットで習近平主席はウラジミール・プーチンにこう言った。「政情不安や不確実性を伴う今日の国際的な現状を見ると、中国とロシアはより戦略的な協力関係を確立するよう求められている。」これを受けて、プーチンは「現状では両国は緊密で戦略的なコミュニケーションを引き続き維持しなければならない」と言った。
ロシアは西側諸国が現実的政治を標榜する国家を、たとえそれがどのような形であったとしても、如何に尊重するかを中国に示し、北京政府はついに自分流のスタイルを使い始めつつある。その結果、古代のシルクロードを荒廃させることに繋がった5世紀間にも及んだ西側による統治の後、ユーラシアの中核地域は今華々しく復帰し、その優位性を主張し始めている。
個人的には、私の最近の二年間の旅行は西アジアから中央アジアにまで及んだ。特に、最近の二ヵ月間はカザフスタンの首都であるヌルスルタンやモスクワ、イタリアで分析専門家たちと喋りあった私の会話は鋭い精神が二重螺旋と定義した複雑さの中へ入り込み、奥深くまでのめり込んで行った。われわれは誰もが巨大な挑戦が待ち受けていることに気づいている。何と言っても、中核地域の台頭を時々刻々と追跡することは至難の業である。
ソフトパワーの面においてロシア外交が持つ優れた役割はシベリアのトゥバ人出身であるセルゲイ・ショイグに率いられた国防省、ならびに、インド・パキスタン、南北朝鮮、イラン・サウジアラビア、アフガニスタンの誰とでも建設的な会話を展開することができる諜報部門からの支えを得て、さらに磨きがかけられることであろう。
これらの部門は北京政府にとっては依然として理解することができないスタイルで複雑な地政学的案件に円滑に対処している。それと並行して、地中海東部からインド洋に至るまでのアジア太平洋の実質的にすべての地域は、今、中国とロシアが米海軍と金融の影響圏に対抗することができる新勢力であると見ている。
南西アジアの利害関係
ソレイマニを狙った暗殺は、あの出来事が与える長期的な影響はどうかと言えば、南西アジアのチェス盤上における単なるひとつの動きでしかない。最終的に問題となるのはマクロ的な地理経済学上の成果である。つまり、それはペルシャ湾から地中海東部を繋ぐ陸上の架け橋のことだ。
昨年の夏、イラン・イラク・シリアの三ヵ国は「イラン・イラク・シリア間の道路や輸送回廊をシルクロードを復活させるための広域計画の一部とすることを交渉の目標とする」と位置づけた。それだけではなく、南北間を結ぶ国際的な輸送回廊と連結することが可能であって、これ以上に戦略的な接続性を持った回廊は他にはないであろう。イラン・中央アジア・中国間の接続性は太平洋にまで達し、さらには、ラタキアは地中海から大西洋に至る接続性をもたらす。
水平線上に見えてくるのは、実際には、南西アジアにおける一帯一路の地方版である。イランは一帯一路の重要な中心点となる。つまり、中国はシリアの再建に大きく関与するだろう。北京とバグダッドの両政府は複数の取引に署名し、「イラク・中国再建基金」(中国の企業がイラクのインフラを再構築する代償として日量30万バーレルの原油から得られる収入を充てる)を設立した。
地図を眺めて見ると、イラクの議会や首相が要求している米軍の撤退について米国が拒否する理由を説明する「秘密」が見えてくる。つまり、それは如何なる手段に訴えてでもこの種の回廊の出現を阻むことなのだ。特に、中国が中央アジアの全域で建設している道路網を見ると、なおさらのことだ。私は11月から12月にいくつもの道路を走った。これらは、最終的に、中国をイランと接続させる。
最終目的:上海を地中海東部と結ぶことにある。ユーラシアを横切り、陸路を介した接続である
アラビア海に面するグワーダル港は、「マラッカ海峡を回避する」という中国の多面的戦略の一部を成すこともあって、中国・パキスタンの経済回廊にとっては基本的に重要な役割を持っている。それと同様に、インドもイランがオマーン湾に面するチャーバハール港をグワーダル港と釣り合わせるように求めている。
北京政府がこの経済回廊を通じてアラビア海と新彊とを結ぶことを望んでいるのと同じように、インドはイランを介してアフガニスタンや中央アジアとの接続を望んでいる。
しかしながら、インドのチャーバハール港に対する投資は無に終わるかも知れない。ニューデリー政府は、依然として、テヘランを破棄することを意味する米国提案の「インド・太平洋」戦略に参画するかどうかを検討している最中であるからだ。
昨年の12月に行われたロシア・中国・イラン海軍の合同演習はまさにこのチャーバハール港で開始され、この演習は絶好のタイミングでニューデリー政府の目を覚まさせることに成功した。端的に言って、インドがイランを無視することは不可能だ。そんなことをすれば、インドにとって非常に重要な接続性の拠点であるチャ-バハール港を失うことになってしまう。
変えようのない事実:誰もがイランとの接続性を必要とし、確立したいと思っている。その明白な理由はペルシャ帝国の当時以降からイランは中央アジアの交易ルートでは特権的なハブの役目を果たしてきたことにある。
それに加えて、イランは中国にとっては国家的な安全保障に関わる性格を持っている。中国はイランのエネルギー産業に多くの投資を行っている。両国間の貿易は、米ドルを介さず、ユアンまたは通貨バスケットで決済されている。
米国のネオコンは、当面、チェイニー政権が目指していたことを過去の10年間にも依然として夢に見続けてきた。つまり、それはイランにおける政権交代である。それが可能であれば、米国はカスピ海地域に君臨し、中央アジアへの踏み台を確保することに繋がるのだ。まさに、新彊への到達や反中国政府意識を扇動する一歩手前だ。新シルクロードは、逆に、中国の将来像を損なう場面を見せることになるのかも知れない。
世紀の戦い
「中国の一帯一路構想の衝撃」と題されたプラハの経済大学のジェレミー・ガーリックの新著は「一帯一路構想を意味のあるものにすることは非常に難しい」と認めることにはひとつの長所があると論じている。
これは一帯一路構想が持っているとてつもない複雑さを理論的に捉えようとする極めて真剣な取り組みである。特に、政策立案に当たって中国が見せる柔軟で、融合した取り組み方は西側の人々にとっては途方に暮れるような代物である。自からの目標を達成するために、ガーリックは
Tang
Shiping(唐世平)の社会進化論に分け入り、新機能主義による覇権を掘り下げて考え、「攻撃的重商主義」の概念を解剖しようとする。これらはすべてが「複雑な折衷主義」への取組みの一部なのである。
米国の「分析専門家」から出て来る一帯一路を悪魔視するありきたりの筋書きとは対照的で、嫌という程目につく。本書は一帯一路の地方間主義が持つ多面性を詳細に吟味し、それを進化した有機的なプロセスであると見ている。
帝国の政策立案者は、一帯一路が如何にして新しい世界規模の枠組みを設定しようとしているのかを理解せず、それを設定する理由についても理解しようとはしない。先月ロンドンで開催されたNATOサミットでは二つ三つの助言が提案された。NATOは何の批判もなしに米国の三つの優先事項を採用した。つまり、それはロシアに対してはさらに厳しい政策を展開すること、(軍事的査察を含めて)中国を封じ込めること、そして、全域における優位性を唄った2002年のドクトリンの申し子として宇宙を軍事化することの3点だ。
こうして、NATOは「インド・太平洋」に引き込まれて行くことになる。これは中国の封じ込めを意味するものだ。そして、NATOはEUの軍事部門であることから、ヨーロッパが中国との間でどのようにビジネスを進めるかは常に米国によって干渉されることを意味する。まさにすべてのレベルにおいての話だ。
退役した米陸軍大佐であるローレンス・ウィルカーソンは2001年から2005年までコリン・パウェル国務長官の主席補佐官を務めたが、ずばりと要点だけを喋る。つまり、彼はこう言った。「米国は、今日、戦争のために存在する。そうではないとするならば、19年間も続けて戦争をし、その終わりが見えては来ないことをいったいどうやって説明するのか?戦争をすることはわれわれ自身の一部であり、米帝国とは何なのかを説明するものでもある。われわれは嘘をつき、誤魔化し、略奪する。まさにポンぺオが今やっているように。まさにトランプがやっているように。まさにエスパーがやっているように。まさに私の政党である共和党のメンバーたちが一群となって今やっているようにだ。この戦争マシーンを継続するためには、それが何であろうとも、われわれは嘘をつき、誤魔化し、略奪する。これが米国の真実だ。そして、米国の苦痛でもある。」
モスクワ、北京、テヘランの各政府はこれらの利害関係には十分に気が付いている。外交官や分析専門家らは、経済制裁を含めて、それぞれの国家に向けて発動されるハイブリッド戦争のあらゆる局面に備えて協力し合い、相互に防衛し、これらの三ヵ国が進展させなければならない方向性に関して作業を進めている。
米国にとっては、これはまさに生死を決する戦いである。これはユーラシアの統合、新シルクロード、ロシア・中国の戦略的パートナー関係、柔軟な外交術と組み合わせたロシアの極超音速兵器、米国の政策に関してグローバル・サウス諸国に蔓延する嫌悪感と反対、回避することがほとんど不可能な米ドルの崩壊、等々に対する戦いである。はっきりしていることは帝国は静かに夜を迎えようとはしないということだ。われわれは誰もが世紀の戦いに備えておかなければならない。
原典:
Asia Times
<引用終了>
これで引用記事の仮訳が終了した。
ぺぺ・エスコバーは今後10年間の世界は現在のそれよりもさらに悪化すると見ている。米国による単独覇権体制から多極型覇権体制への移行をくい止めるために帝国はあらゆる手段を用いるであろうと推測している。
ところで、覇権の移行プロセスは通常そうはっきりとした形では起こらないらしい。たとえば、英国の歴史を見ると、英国人の大部分は覇権が英国から米国へと移行した後になってさえも、実際にそれを自覚したのは何十年も後であったという。
そういう意味では、単独覇権から多極的覇権への移行はすでに始まったとも言えるのではないか。この引用記事で議論されている要素のひとつにアジアインフラ投資銀行がある。この銀行は中国政府の肝入りで設立され、2016年に開業となった。英国を始めとしてヨーロッパ諸国が設立メンバーに名を連ねた時、私は「オヤッ」と思った。米帝国の腹心である筈の英国が我先にと創設メンバーとして名乗りを上げたのである。この銀行への加盟国は現在100ヵ国となり、日米が推進してきたアジア開発銀行に参加する67ヵ国をあっけなく越してしまった。アジアインフラ投資銀行を巡るこのような現状はアジア地域における中国の台頭とそれを認める周囲各国の見方を象徴的に示しているようである。
今後もさまざまな要素が同様の軌跡を描いてそれぞれの目標に到達し、さらなる改善努力が推進されて行くことであろう。このプロセスは、ペペ・エスコバーが言うように、次の10年間で大きく進行し、北京政府が2049年に新中国の百年祭を祝う頃にはこの壮大なプロセスがすでに完成しているのかも知れないが、私には分からない。次世代の人たちに見届けて貰おう。
幸か不幸か、米国は今までの歴史に根差した展開を見せ続けることであろう。それはローレンス・ウィルカーソンの言葉に集約されている。
美辞麗句を並べて見せたくはない真意を隠そうとしても、イチジクの葉はそれ程大きくはない。せいぜい秋までは使えるとしても冬の寒風に曝されると、一晩のうちに吹き飛ばされてしまうのが落ちだ。世界の檜舞台に立ったことのある名優は舞台から完全に姿を消すまで名優としての節度と自尊心を示して欲しいものだ。完璧な大根役者であったとしたら、何をかいわんやではあるのだが・・・
参照:
注1:
The
US Is in a 'Battle for the Ages' Against Russia/China to Stop
Eurasian Integration - It's Going to Get Much Worse: By Pepe Escobar.
Russia Insider, Jan/17/2020
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