2021年2月25日木曜日

NATOの「実行不可能な指令」

 その昔「Mission Impossible」と称されるテレビ番組があった。日本語では「スパイ大作戦」と訳され、その番組は人気を博していた。また、より忠実な和訳としては「実行不可能な指令」という訳もある。この投稿では後者を用いることにしよう。

テレビ番組ではその名称が示すように、東西間の冷戦下におけるスパイ行為が持つ特有な奇抜さや超現実的な過酷さに焦点が当てられ、一般大衆のための娯楽番組として提供されていた。それと同時に、今思うと、あれは東西冷戦が幅広く受け入れられ、その状況が揺るぎない地位を得ていた頃のことではあったが、冷戦の存在を一般庶民の考えの中に念を押すようにしっかりと植え付けておくための洗脳の道具でもあったとも言えよう。冷戦構造によって金儲けができた米国の産業は、今も、米軍そのものを始めとして巨大な兵器産業はさらに巨大化するばかりである。その影響力はわれわれ素人が考え得る水準を遥かに超えて、想像を絶する程に強力である。

ここに、「NATOの実行不可能な指令」と題された記事がある(注1)。218日付けの記事であるから、極めて最近のものだ。

冒頭に述べたテレビ番組は半世紀も前のものであった。さらには、かって英米を中心とした西側世界が敵国と見なしたソビエト連邦はとうの昔に崩壊し、あれから30年も経っている。旧ソ連邦がかって目指した社会主義体制は現在のロシア国内でさえもすでに忘却の彼方へと忘れ去られてしまった。しかしながら、西側トップの精神構造は不思議なことに当時と何も変わってはいないようである。米国政府の対外政策はロシアと中国を敵性国家に位置づけて公に進んでおり、その傾向は、最近、より顕著となっている。実に不思議な事態である。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。

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NATO加盟国の国防相たちは既報のごとく自分たちの軍事同盟に関する目標を徹底的に議論し、新たに作成しようとしている。この同盟組織は、冷淡にも、同盟の存続を必要とする目標を見つけ出すことに躍起となっているのだ。

30ヵ国の加盟国から成るこの軍事ブロックは合計の年間予算が1兆ドルを超し、米国はその総額の4分の3を賄い、米国自身の軍事予算は約7400憶ドルにも達する。

今週開催されたビデオ会議は新たに発足したバイデン政権にとってはNATO加盟国との会議としては初仕事となった。米国防長官のロイド・オースティンは同盟国との関係を強化することに優先順位を置くバイデン大統領の意図を説明するためにこの会議で演説を行った。前トランプ政権の下ではこの優先項目は色褪せていたものだ。

しかし、そのメッセージ自体はワシントンの古くからの主張と極めて似ている。つまり、NATO加盟国はロシアや中国からの脅威と戦うためにはもっと多くの軍事費を計上しなければならないというものであって、まるで壊れたレコードを聴いているか、ぐるぐると回って来るデジタルのループを観ているかのような具合だ。

たったひとつの違いがあるのだが、それはその内容についてではなく、スタイルである。トランプはNATO加盟国に金を吐き出させるためには不愛想で辛辣であったが、バイデン政権の口調はもっと穏やかであり、大西洋パートナーシップの重要さについて優しく語りかけ、戦略的な意思決定においては同僚の立場をより大事にして臨むと約束している。

しかしながら、本質的には、ヨーロッパ諸国がより多くの金を使って、米国の軍産複合体を景気づけることが重要であり、米国のためには金になる商売であるという点については何の変わりもない。軍産複合体は今や機能障害を起こしている資本主義のための生命維持装置なのである。米国の資本主義が機能し続るにはヨーロッパ諸国が米国製の戦闘機やミサイルを買い続けることが必要なのだ。

経済の諸問題や幅広く見られる社会的挑戦に見舞われている現在の世界経済においてはこの米国からの売り込みを実現することは極めて困難である。非生産的な戦争マシーンのために毎年1兆ドルも浪費することを果たしてどのように正当化するのであろうか?

もちろん、NATOのチアリーダーは主として米国人であるが、彼らは中国やロシアといった敵国を改めて発明しなければならない。それはまさに金遣いの荒い軍国化された経済が存続することを正当化するためなのだ。さもなければ、国家の資源を浪費し、狂気の沙汰であると見なされかねないのである。

それでもなお、人さらいのジェスチャーゲームには非常に深刻な概念上の欠点があった。まず、概念自体が本当ではないのである。つまり、ロシアにしても中国にしても西側諸国を破壊することを狙っている敵国などでは決してない。二番目には、このジェスチャーゲームは論理とは相容れない。NATOの軍事費の総額はロシアと中国の総額の約4倍にもなる。しかしながら、これらのふたつの国はほんの僅かの予算しか軍事費に割り当ててはいないにもかかわらず、 われわれはこれらのふたつの国が30ヵ国から成る軍事ブロックを脅かしていると信じるよう期待されているのである。

NATOを売り込もうとする連中が見せているもうひとつの概念上の問題は冷戦が始まった約80年も前に誕生した。経済や政治および情報伝達における多極的な統合が進んだことを受けて、今日の世界は当時のそれとは著しく異なっている。

ちょうど今週のことであるが、新たに公表された貿易額によると、中国は米国を抜いて、EUの貿易相手国としてはNo.1の地位を獲得した。

中ロとユーラシア諸国との経済協力は世界経済の発展の要となる。

ワシントンとは時折意見の相違を見せるヨーロッパの連中はこのことをよくわきまえている。昨年の末、EUは中国との投資協定を締結した。これはワシントンからの反対に遭遇したが、それを押し切って陽の目を見ることになった。

確かに、敵国からの脅威を喧伝することによってNATO加盟諸国に対して威張り散らし、ゆすり取ろうとする米国に残された日々はすでに秒読みの段階に入っている。社会的に重要なニーズが数多く存在する中、世界はもはや今までのような資源の浪費を続ける余裕なんてない。NATOのバカ騒ぎを売り込み続けることは政治的にも不可能となりつつある。

アメリカの陰謀論者や政治家らによって描かれた「邪悪な世界」は他の人たちのほとんどが認識できる現実的な世界にはもはや当てはまらない。確かに、ダイハードな冷戦擁護者の考えは今もヨーロッパには潜在している。たとえば、NATOの事務総長を務めるイエンス・ストルテンベルグやポーランドやバルト諸国のロシア恐怖症に陥った連中だ。しかし、彼らは片隅に集まった、頭のおかしな少数派なのである。

市民たちの間に見られる常識的な認識においてはNATOは切羽詰まった社会的ニーズが山積する今日の世界には何の目的さえも持たない過去の遺物であることは明らかだ。ヨーロッパの経済を牽引する最強のドイツとフランスのワシントンに対する惚れ込みようは今やすっかり弱まっている。より友好的に振る舞おうとする民主党の大統領に代わった後においてさえもそうだ。

バイデン政権は前政権のトランプに比べるとより賞賛され、穏やかであると思うかも知れない。しかし、他の同盟国に対して不必要な軍国主義にもっと多くの予算を注ぎ込み、必要不可欠な貿易相手国である中ロに敵対するようにという要求は米国主導のNATO諸国にとっては実行不可能な指令である。現実世界とは相容れないNATOの認知的不協和に見られる矛盾は容易に認めることが可能で、この同盟を信用することはもはや不可能で、組織として存続することはできそうにない。

著者のプロフィール: フィニアン・カニンガムは国際関係について数多く執筆し、彼の記事は幾つもの言語で出版されている。彼は農芸化学で修士号を取得し、新聞ジャーナリズムに身を投じる以前は英国のケンブリッジで英国王立化学会のために科学部門の編集者を務めていた。彼は音楽家であり、作詞家でもある。約20年間ほど、彼は主要なニュース・メディアで記者として、ならびに、編集者として働いてきた。たとえば、ミラーやアイリッシュ・タイムズおよびインデペンデント紙が含まれる。

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これで全文の仮訳が終了した。

旺盛な軍需を排除すると米国経済はマヒ状態に陥ると言われてすでに久しい。そして、米国経済は今まで以上に軍事費に依存する傾向が強まっている。

駐留米軍を海外から引き揚げると公言したトランプ前大統領は国内経済を好転させ、失業率を低下させることに貢献したものの、二期目の政権を実現するには至らなかった。最近の大統領選中に軍産複合体がいったいどのような役割を担ったのかについては素人の私には明確に総括できない難しいテーマであることから、それは専門家にお任せしようと思う。とは言え、ことNATOという軍事同盟について言えば、諸々の情報を繋ぎ合わせて判断すると、結局のところ、トランプ政権が推進しようとした中東からの米軍の引き揚げは中途で挫折し、今や元へ戻ってしまった感が強い。

ヨーロッパ各国にとってはNATO軍の存在は財政的にますます重荷になっている。トランプ前大統領はヨーロッパ諸国に軍事予算をもっと大きくするようにと求めた。しかも、極めて辛辣な口調で・・・。そして、バイデン新大統領に代わってからはその口調は友好的なものに変化したと報じられている。つまり、軍事費を増大せよというNATO諸国に対する米国の要請は優しい口調で今もなお求められているのである。「米国第一主義」とはこういうことであったのかと私には今になってようやく分かった次第だ。

日本にとってはヨーロッパの現状は決して対岸の火事ではない。大雑把に言えば、それは日本や韓国における駐留米軍の存在が日韓の国家財政に大きな影響を与えているという点ではまったく同様である。演ずる題目は同じだが、それを演じる舞台が違うだけだ。米国は日韓にも軍事費を増額せよと言う。どの国にとっても、仮想敵国の存在に対抗するための軍事費の増大と各国固有の喫緊の課題とは財政的には両立しにくいのが現実だ。つまり、これは限られた国家予算の中、ならびに、世界経済が低迷する中でどちらを優先するべきかという多分に政治的な問題である。われわれ選挙民は投票した政治家の動向に関して目を光らせていなければならない。

この引用記事の著者は冷戦はジェスチャーゲームであると言う。実体的な概念は何もないという意味である。しかし、その産物であるNATOを見ると、それは恐竜のような巨大組織に成長してしまった。今や、EUNATOに牛耳られているとさえ言われている。政治家がジェスチャーゲームにとらわれずに冷徹に物事を判断することができれば、新冷戦の渦中にある現行の東西間の国際政治はもっと単純明快に整理することが可能となるのではないか。

しかし、とんでもない落とし穴が待っている。ジェスチャーゲームが昂じるとジェスチャーを行っている本人自身が洗脳され、自分たちのジェスチャーは正しいのだと思い込んでしまう危険がいやましに高まる。ポーランドやバルト諸国が反ロ姿勢で大騒ぎをしていると、ロシア国境に配備されたNATO軍はロシア軍と小競り合いを始めるかも知れない。彼らにとってはそれは実に正当な判断であり、行動でもある。たとえ自分たちの主張が間違っていたことが分かったとしても、自分たちの組織の名誉を守り、自己満足を維持するためにはその嘘をかばおうとする。組織としての心理が働くのである。数年前、スウェーデン沖ではロシア海軍の潜水艦の目撃情報が公けに流された。しかしながら、それが間違いであったとスウェーデン海軍が認めるまでにはえらく長い時間がかかった。これはまさにジェスチャーゲーム依存症によってもたらされた視野狭窄だったのではないか。

23日、ペンタゴンの報道官は中国海警局の船による日本の領海への侵入を止めるよう中国を非難したという。この非難は従来の発言者である国務省ではなく、今回は米軍を直接指揮する国防省からの非難であることから内外に注目されることになった。米国は対中戦争というジェスチャーゲームを一歩前進させたとも読めるからだ。

尖閣諸島周辺では中国の艦艇と日本の艦艇がお互いの進路を譲らず、正面衝突となりかねない。そうなれば、日中交戦の現実味が高まる。ロシア国境付近であっても尖閣諸島周辺であっても、何れの場合でも米軍が背後で指揮をとっている。ポーランドやバルト諸国、あるいは、日本が単独行動をするとは考えられない。すなわち、ここで重要なことは米軍はロシア軍や中国軍とは直接の交戦をせずに、実際に起こるのはNATO軍や自衛隊による代理戦争になるという点だ。

米国の専門家筋は米ロ戦争や米中戦争は起こらないし、起こすこともないと言う。しかしながら、NATOが飽きることなくロシアとの国境に迫っている現実を彼らはどのように説明するのだろうか?彼らは「あれはジェスチャーゲームだよ」なんて言う筈はない。結局、この文言は米国の国内向けの発言であって、欧州や日韓に対してはまったく当てはまらないのではないか。米国は「中ロに対する日本による代理戦争は決して許さない」とは一言も言ってはいない。

「これは深読みのし過ぎだ」と言って、一笑にふすことができるような政治的環境を日中間に整えることはできないのだろうか?そうすることができれば、日中戦争を避けることは可能となるであろう。そうなれば、日中両国の一般庶民にとっては極めて幸いなことだ。


参照:

1NATO’s Mission Impossible: By Finian Cunningham, Information Clearing House, Feb/18/2021






7 件のコメント:

  1. 貴重な記事の翻訳ありがとうございます。ポーランドのNATO加盟の日のことを覚えております。家内は「これで安心だ」と言ったのです。ロシアはもう怖くないからか、と訊きましたら、ドイツもだと答えたのです。同盟国だから同士討ちはできないとのことなのでしょう。それから二週間ほど経った日に、NATO軍のセルビア空爆が始まったのには皆仰天しました。警察力で対応すべき「民族浄化作戦」なるものに、正規軍による空爆という破壊的な攻撃が許されるわけがありません。ポーランドでは、セルビア本土への地上戦が起こったならば、加盟したばかりのポーランドが、忠誠心を発揮すべく、あの慣れ親しん急峻な山岳地帯に入るはずだ、もう作戦準備も開始しているはずだ、等々、不吉な噂が絶えませんでした。国内紙は、二週間でセルビアは降伏すると書いてました。東京と違って、東欧の民家は石造り煉瓦造りで、地階にはコークス炊きのボイラーが備えてあり、食品庫には半年分の備蓄があります。ポーランドでは一年分の備蓄をしている家庭もあります。ユーゴスラビア人はチトウの時代から山岳戦に優れており、平原を駆け抜けるポーランド騎兵は勝てませんね。案の定、二週間の予定の空中電撃戦が数箇月にも及びました。ユーゴ側からが停戦に応じたため、バルカン戦争は起こらなかったのです。ロシアが参戦しなかったのは、結果としてはこの大国への信頼を大きく損ねることになったと思います。ポーランド人には、まさかのときのロシア頼み、という面もあるのです。僕などはロシア参戦を夢想しました。家内には内緒にしておりましたが。エリツィンは踏ん張れない男でしたね。

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    1. シモムラさま
      コメントをお寄せいただき、有難うございます。
      ポーランドのNATO加盟は1999年のことでしたね。ちょうどコソボ紛争の真っ最中でした。コソボ紛争が起こった当時、私もロシアが参戦するかも知れないと考えていましたが、結局そうはならず、NATO軍によるセルビアに対する一方的な攻勢で終わっています。
      「東欧の民家は石造り煉瓦造りで、地階にはコークス炊きのボイラーが備えてあり、食品庫には半年分の備蓄があります」というシモムラさまの記述、興味深い比較文化論ですよね。また、旧ユーゴ連邦についてはナチドイツに対するチトーのゲリラ戦を描いた映画を見て、セルビアだったかクロアチアだったかは分かりませんが、山岳地帯での戦いの様子を知ることができました。戦争を美化する積りはまったくありませんが、それぞれの国はその国特有の強さとか脆弱さとかが常について回ります。
      願わくば、戦争のない毎日を過ごしたいものです。

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  2. 本記事と関係のないことを書くことお赦しください。共同研究をしているロシア人女性が、職場でワクチン接種が始まったと書いてきました。多くの人が受けているのだけれだ、自分は乳癌をわずっているので、副作用の心配があり、受けないそうです。まだお若いのです。ワクチン接種はпрививка от коронавирусаというようですね。プリヴィフカとは接ぎ木(英語のハイブリッドのこと)を意味します。極々近い種の一部を植え付けるという意味からきた言葉ですね。前置詞のотは「防御防衛」の前置詞です。もう一年近くなりますが、昨年三月にロシアに入国し、長時間の飛行で酔わないようにと、薬局で酔い止めを求めました。私は大学ではポーランド人のお婆さん先生から、ロシア語はいつも流麗に…と聞かされていたので、ズドラフストヴイチェ、ジェヴシカ、ダイチェムニエ、パジャルスタ、リカルストヴォ、オト、ウカチヴァニア、ナボルトウ、サマリョタ(Девушка, дайте мне, пожалуйста, лекарство от укачивания на борту самолёта.と注文したのです。薬剤師さんは、小生の巻き舌(ラスカチストイrrrrと言います)を真似て、ナボルrrrトウ、サマリョタと反復し、顔をくいッと振り、酒の肴(ザクスキというでしょう)にしちゃ駄目よと、釘をさしてくれました。外国人がロシア語を話すと大変喜んでくれます。ポーランド女性は美貌で有名ですが、ロシア女性も美しいですね。

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    1. シモムラさま
      コメントを有難うございます。
      ポーランド女性の美貌やロシア女性の美しさというテーマが出てきましたので、最近の私見をご披露いたします。
      たまたま、室内走り高跳び女子の動画を見ていたところ、ウクライナ人の選手が登場。2メートル6センチを跳んで優勝の場面にぶつかりました。この選手はまだ19歳。どこからあのようなエネルギーが出て来るのかと思うほどに実に細い体をしています。笑い顔がチャーミングな美貌の持ち主です。ウクライナ、ポーランドは陸続きで、美貌の地図もしっかりと繋がっているみたいですね。

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  3. シモムラさま
    動画はこちらです。https://youtu.be/kgkiZb9Ghzk

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  4. 熱心に視ております。皆さん瘦せ型ですね。体重があるとhigh jumpには不利だからなのでしょう。ワルシャワには女性相撲のクラブがあり、両手を下ろしてこちらを睨むところを、一方の女性の巨大な股下から写した写真を表紙にした、相撲紹介の雑誌がありました。大きなお尻は人類学用語で「脂臀」といい、白人男女に優勢な形質です。義理の姪がその典型で、会うたびに力士の若秩父を思い出します。顔はポーランド人特有のほっそり顔ですが、ウエストの絞りの高さが肋骨の最下部にあり、その直下から見事な脂臀が始まります。日本人はやはり倭人ですね。

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