ウクライナ戦争は人類史や文明史においてどのような意味を持っているのかを論じるのはある程度の時間をおいてから始めて総括的な評価を下すことが可能となるであろう。とは言え、歴史的な意味合いを先取りすることができる聡明な人たちはすでにウクライナ戦争の性格付けを行っている。しかも、極めて的確に。
ここに「ウクライナ戦争に関するジョン・ミアシャイマー教授の指摘」と題された最近の記事がある(注1)。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
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副題:西側はどうしてロシアとオーストリア方式の中立交渉をしないのか?
カナダの作家で、ジャーナリストでもあるアーロン・マテは、私がウクライナにおける戦争についてこれまでに聞いてきた事柄の中では最も知的で、かつ、啓蒙的な話をしている。このことに私は驚かされた。
私はヨーロッパの歴史を40年間も学び続け、オーストリアに合計15年間住んできた。過去18か月間にわたって私はひとつの質問に答えようとしてきたが、無駄な試みだった。つまり、どうして米国はウクライナのために、少なくとも、オーストリア式中立についてロシアと交渉をしようとはしないのだろうかと。
中立協定が締結され、その後ロシアがそれに違反した場合、それは戦争の明確な理由になると考えていただきたい。それどころか、少なくとも2008年以降、米国政府はこの問題に関するロシア側の見解、つまり、ロシア側がはっきりと繰り返して述べてきた見解を単純に、かつ、断固として却下してきた。
2008年以降のロシアに対する米国政府の傲慢、かつ、否定的な態度は、冷戦時の著名人、ジョージ・ケナンが1997年にあの野蛮なNATO拡張計画を放棄するようにと米国政府に促したことがあったにもかかわらずの動きであったことに注意していただきたい。ケナンは1997年2月5日のニューヨークタイムズへの投稿で「運命的な誤り」について述べた:
冷戦の終結によって生み出されるあらゆる希望に関して大きな可能性を持ちながらも、東西関係は空想的で、完全に予測不可能で、まったくあり得そうもない将来の軍事紛争において誰が誰と同盟を結び、暗黙のうちに誰と同盟を結ぶのかという問題にどうして集中する必要があるのだろうか?
率直に言って・・・、NATOの拡大は冷戦後の時代全体における米国の諸々の政策の中でももっとも運命的な誤りとなるであろう。このような決定はロシア国内の世論を国家主義的で、反西洋的で、軍国主義的な傾向を煽ることになるかも知れない。ロシアでの民主主義の発展に悪影響をもたらすかも知れない。東西関係を冷戦時代の雰囲気を引き戻し、ロシアの外交政策を明らかに私たちの好みには合わない方向に押しやってしまう・・・。
ロバート・マクナマラやポール・ニッツェを含むケナンの仲間である、何人かの冷戦戦士たちは、1997年6月26日にビル・クリントン大統領に宛てた手紙で記しているように、ケナンに心底から同意していた。
本投稿の中心的な論点に戻ろう。「1955年の国家条約とオーストリアの中立性」について必ずしも詳しくはない人たちのために下記に触れておこう:
本条約はドイツとの統一やハプスブルク家の再興を禁じ、オーストリア国内のクロアチア人やスロベニア人の少数派に保護手段を提供した。オーストリアの中立性とオーストリアにおける外国軍事基地の禁止は、後に、1955年10月26日の法律によってオーストリア憲法に組み込まれた。オーストリアに駐留していた40,000人のソ連軍は9月下旬までに撤退し、残った少数の西側の軍隊も10月下旬までには撤退した。
あれ以降、オーストリアの中立性は遵守され、オーストリア国民に十分に奉仕してくれた。オーストリアの首都ウィーンは地球上で最高の生活の質を持っていると日常的にランク付けされてきた。確かに、オーストリアにはオーストリアの中立性を放棄したいと主張する、信じられないほどに愚かで、卑劣な連中が一握り程存在するが、彼らはほとんど注目には値しないので、私はこのことについて書いたことはほとんどない。
では、米国政府はどうしてウクライナのためにオーストリア式中立についてロシアとの交渉をしなかったのであろうか?ミアシャイマー教授は愚かさだけがそれを説明することができるのではないかと疑っている。アーロン・マテも不信感を隠せない。
それは愚かさや無知、冷笑、金銭的な貪欲、血生臭さ志向、自己陶酔、残酷好き、軽蔑、人間不信、無謀、等の組み合わせであると思う。少なくとも外交を試みることもせず、何十万人もの若い男たちを死に至らしめることを好む政府のお偉方はあらゆる点で、端的に言って、酷い連中だ。
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これで全文の仮訳が終了した。
上記の識者たちの指摘は単刀直入で、秀逸である。
ウクライナにおける対ロ代理戦争を幕引きするのはウクライナ自身ではなく、結局のところ、米国である。もっと詳しく言えば、米国の軍産複合体である。あるいは、デイープステーツである。
ところが、現時点では米国には幕引きをする積りなんて毛頭無いと言える。そうすることは出来ないのである。なぜならば、来年の11月には大統領選挙を控えており、ウクライナ戦争で勝利宣言をすること以外でこの戦争を幕引きをすることは民主党にとっては極めて不都合な話であるからだ。2014年にマイダン革命を引き起こした際、当時のビクトリア・ヌーランド国務次官補は米国はウクライナにはすでに50億ドルも注ぎ込んでいると述べて、ウクライナに親米傀儡政権を樹立することを正当化し、公言することを憚らなかった。昨年の2月のロシア軍の侵攻以降、西側がウクライナへ注入した支援の総額は、財政支援や軍事支援を含めて、450億ドルに達しているという。
皮肉なことには、ウクライナにおける対ロ代理戦争について現状のままで幕引きをすることは、今や、米国政府にとっては国内政治的には衝撃が大きく、ますます困難になっているようである。そして、さらに皮肉なのは下記に示すダグラス・マクレガーの見方である:
「米国はロシアとウクライナの間の和平協定について話し合う準備はできてはいない。」この見方は国防総省の元顧問であるダグラス・マクレガー大佐がユーチューブ動画の「Judging Freedom」チャンネルで発表した内容である。(原典:Colonel
MacGregor: Peace talks in Ukraine will be a defeat for the United States: By Anatoly
Kazantsev, RGRU, Aug/08/2023)
「ウクライナという国家が完全に消滅することを回避する唯一の方法はロシアとの交渉を直ちに開始することだ。今日にもそうするならば、ウクライナは少なくとも何らかの領土を救うことができるだろう。」
ウクライナの東部や南部がロシアに割譲され、その上、最近の報道によると、ポーランドはリトアニアと共にウクライナ西部を占拠する計画を持っているという。ウクライナ軍の大反撃作戦が失敗した暁にはポーランド・リトアニア・ウクライナ軍がウクライナの西部へ進駐する計画があると言う。(原典:Joint Polish-Lithuanian-Ukrainian
military unit may be used to occupy Ukraine, Putin warns: By TASS, Jul/21/2023)
もしもこのような動きが現実のものとなると、キエフ政権が最終的に統治するウクライナ国家は現在のウクライナの中心部のみの極めて限られた領土だけとなる。最悪の場合、ダグラス・マクレガーが述べているように、ウクライナという国家が消えてしまう可能性がある。
結局、ウクライナ戦争を文明史的な観点から性格付けをすると、奇しくもミアシャイマー教授が言っているように、「愚かさ」の一語に尽きると言えそうだ。西側のメデイアが見せた狂乱振り、つまり、ウクライナ戦争を巡って行われた情報操作や数々の虚偽情報、フェイクニュースはまさに愚の骨頂であったと言えるのではないか。すべては軍産複合体の中核を成す米国の軍需産業が濡れ手に粟の利益を目論んだがために引き起こされた紛争であったと言えよう。
今後のウクライナ情勢の展開次第ではまったく別の結論が導かれる可能性も決してゼロではない。だが、現時点で言える全体像は上述のような具合だ。
参照:
注1:Professor John Mearsheimer on the
Ukraine War: By John Leake, Aug/06/2023
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