2022年5月22日日曜日

ヨーロッパは如何にして経済的自殺に追いやられたのか?


ロシア産天然ガスを調達するに当たってはルーブルで支払ってくれというプーチン大統領の要請に対してEU圏内でどれだけの国々がこの要求に応じるかは今月末に最終的に判明するだろうという。今までの報道によると、ブルガリアとポーランドはルーブル払いでの調達を断ったことから、ロシア側は両国への天然ガスの供給をストップした。当面、国名の詳細は分からないが、ルーブルでの調達に応じた輸入企業の数は20社に達しているという。そして、さらに14社が準備中であるという。欧州での最大手であるドイツのユニパーやオーストリアのOMVはルーブル払いに応じると表明している。

ロシアが要求したルーブル払いとEUがロシアに課した経済制裁との間でどのような衝突が起こっているのかについては素人の私には明確な判断ができない。だが、下記の説明によって謎は解けた。

つまり、ロシア産天然ガスを欧州に供給しているガスプロムによると、「調達企業がガスプロムバンクの口座へ外貨(ユーロまたは米ドル)で払い込むと、入金後に行われるルーブルへの両替が自動的に行われることから、EUによる制裁を課されいるロシア中央銀行はこの支払いに何の関与をすることもない」という。こうして、支払いは完璧に終了する。これについてEUは何のコメントもしてはいないが、イタリア首相は「ほとんどの天然ガス輸入企業はガスプロムへのルーブル払いのために口座を開いた」と記者会見で述べている。さらに、彼によれば、ドイツの最大手の企業はすでにルーブルでの支払いを済ませている。イタリアと同様、ドイツもロシア産天然ガスを大量に輸入しているのである。(原典:Ten More European Gas Buyers Open Ruble Accounts for Payments: By Bloomberg News, May/12/2022

ノルドストリーム2パイプラインは物理的には建設工事が終了したにもかかわらず、ドイツ政府による操業許可は交付されていない。ドイツ政府は米国がゴリ押しする対ロ経済制裁に応じて、ノルドストリーム2の操業開始を当面諦めたようだ。だが、最近の報道の中にはロシア側の発言として興味深い動きが察知される。それは、要するに、ノルドストリーム2を檜舞台へ復帰させるというものだ。この考えは、果たして、どこまで蘇って来るのだろうか?少なくとも、ロシア・ウクライナ戦争が収束し、両国間の和平が確立された暁には、背後に存在する米ロ間の地政学的チェスボード上での米ロ両国の国際政治や経済覇権、ならびに、軍事的な立ち位置は大きく変貌していることだろう。

ここに「ヨーロッパは如何にして経済的自殺に追いやられたのか?」と題された記事がある(注1)。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

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ヨーロッパの指導者からの積極的な支援を得て、米国はヨーロッパを破滅させることに成功している。

ミズーリ大学カンザスシティ校のマイケル・ハドソン経済学研究教授はロシアのウクライナ介入前の2月上旬に下記のように書いている:

米国は1944-45年に世界貿易と投資のルールを策定する際にそれを可能にした当時の米国の通貨力や慢性的とも言える貿易収支や国際収支上の黒字はもはや存在しない。米国支配に対する脅威は、中国やロシアおよびマッキンダーが唱えたユーラシア世界島の中心地域は、米国や米国のために犠牲になり、その見返りとして絶望的な要求をして来るNATO諸国やその他の同盟諸国が提供し得る貿易や投資の機会よりもさらに多くのものを与えることができるという点にある。

最も明白な事例は、やがて来る寒い冬のためにドイツがロシア産天然ガスをより多く輸入することに関して、その動きを阻止するべく米国はドイツにノルドストリーム2パイプラインの操業許可を諦めさせたことだ。アンゲラ・メルケルはドナルド・トランプと新たにLNG港湾設備を建設するために10億ドルを費やすことに同意し、高価な米国産LNGに依存することにした(米国とドイツでの選挙によって両首脳が退陣した結果、この計画は破棄された)。しかしながら、ドイツには多くの家庭やオフィスビルを暖める (ならびに、肥料製造企業に原料を供給する) 手段はロシア産天然ガス以外にはないのである。

ヨーロッパがロシア産天然ガスを調達することについて米外交官がそれを阻止することが可能となる唯一のアプローチはロシアを軍事的対応に追い込み、この対応に復讐することはヨーロッパにとっては純粋に国家的・経済的な利益よりも上回ると主張することであった。タカ派のヴィクトリア・ヌーランド政治担当国務次官が127日の国務省記者会見で説明したように、「もしロシアが何らかの形でウクライナを侵略すれば、ノルドストリーム2プロジェクトが前進することはもはやあり得ない」。最大の課題は、攻撃的な事件を適切に作り出し、ロシアを侵略者として描写し、喧伝することにあった。

2月中旬、OSCEの停戦監視団はウクライナ政府軍によるドンバスへの砲撃が1日当たり一握り程度の回数から2,000回以上に増加したと指摘した。ロシアはこれらの攻撃準備に反応して、ドンバスのふたつの共和国の独立を承認し、両国との防衛協定に署名し、最終的に彼らを軍事的に支援するためにやって来た。

ロシアの特別軍事作戦が開始された直後、ハドソン教授は以前の考えをさらに発展させて、下記のように述べている:

2014年以降のウクライナのネオナチ・マイダン政権によるロシア語を喋る住民に対する攻撃の拡大によって駆り立てられ、最近展開されたロシアの侵攻はまさにロシアに対決を強いることを米国が大きな目標としていたことを示している。これは、NATO同盟国やその他のドル圏の衛星国家に対する経済的、政治的支配力が失われつつあるという米国の利害関係者が抱いていた恐怖に対して直接応えるものであった。これらの国々は中国とロシアとの貿易を拡大し、投資を増加させることによって利益を増加させる大きななチャンスが到来すると予期していたのである。

バイデン大統領が説明したように、現在の軍事的エスカレーション(あるいは、「熊をそそのかすこと」)は、実際には、ウクライナに関わるものではない。バイデンは当初、米軍は関与しないと約束していた。しかし、彼はドイツがノルドストリーム2パイプラインが産業界や一般家庭に低価格のガスを供給することを諦めさせて、それに代わってはるかに高価な米国からの供給に頼ることを1年以上にもわたって要求していたのだ。

NATOとロシアとの対決という最も差し迫った米国の戦略的目標は石油と天然ガスの価格を高騰させることにある。米企業や株式市場に利益をもたらすことに加えて、エネルギー価格の上昇はドイツ経済からその勢いを失わせることになる筈だ。

4月上旬、ハドソン教授はこの状況を再度見直しして、下記のように述べている:

新冷戦は1年以上も前にすでに計画されていた。西ヨーロッパ(NATO」諸国)が中国やロシアとの相互貿易と投資によって繁栄を求めるのを阻止する目標の一環として、ノルドストリーム2の運用を阻止するという米国側の認識を反映する極めて深刻な戦略が計画されていた。このことは、今や、明白である。

そのため、ロシア語を喋るドネツクとルハンスク地域にはますます激しい砲撃が行われ、ロシアはまだ介入を控えていたが、今年の2月、大規模な攻撃が米国の顧問によって組織化され、NATOによって武装されたウクライナ政府軍が激しい攻撃を加えるという計画が策定されたのである。

経済制裁を発動することにつながったこの戦争が開始される以前は、ロシアと中国に対するヨーロッパの貿易と投資はドイツやフランス、その他のNATO諸国との間に相互繁栄が高まることを約束していた。ロシアは競争力のある価格で豊富なエネルギーを供給し、このエネルギー供給はノルドストリーム2で飛躍的な展開を遂げる筈であった。ヨーロッパはより多くの工業製品をロシアに輸出し、ドイツの自動車会社、航空機、金融投資、等によってロシア経済に再建をもたらし、設備投資との組み合わせによって、増加する一方の輸入貿易を支払うために十分な外貨を稼ぐことになっていた。NATO諸国がユーロや英ポンドで保管されていたロシアの外貨準備を没収したことを考えると、今や、これら両国との二国間貿易や投資は今後何年間にもわたって凍結されたままとなることであろう。

米国の対ロ代理戦争に関するヨーロッパの反応はメディア主導によるヒステリックな道徳化、あるいは、道徳化されたヒステリーに基づいており、この状況はかつてもそうであったように、今も決して国家的でもなければ現実的でもない。

ヨーロッパの指導者はブリュッセルがひどく立腹していることをロシア側に示すにはヨーロッパが経済的自殺を犯すだけで十分であろうと判断した。ドイツ政府を含め、愚か者が集まっている中央政府はこのプログラムに黙々と従った。もし彼らがこの道を辿り続けるとすれば、結果として、西ヨーロッパは完全な脱工業化のプロセスに突入することであろう。

ある真剣な観察者の言葉を拝借すると、

今日、われわれは純粋に政治的な理由から彼ら自身の野心に突き動かされ、米国の君主からの圧力の下でヨーロッパ諸国は石油と天然ガスの市場にさらなる制裁を課している。そのことがさらなるインフレに繋がるのをわれわれは目にしている。彼らは自分たちの過ちを認める代わりに、他所で罪をなすりつける相手を探そうとしているのだ。

欧米の政治家や経済学者は基本的な経済の法則を忘れてしまったかのようだ。あるいは、単に無視しようとしているのかのどちらかであるという印象を受ける。

ロシア産のエネルギーに対して「ノー」と言うことはヨーロッパが体系的にも長期的にもエネルギー資源に関しては世界中で最も高価な地域に変貌することを意味する。もちろん、価格が上昇し、エネルギー資源はこれらの値上げに対抗することになるだろうが、この状況を大きく変えることにはならない。一部の分析専門家はすでに世界の他の地域の企業に地盤を失いつつある欧州産業のかなりの部分は競争力を失うか、取り返しのつかないほどに弱体化するだろうと予測している。今、このプロセスは確かにその勢いを増している。ヨーロッパの経済活動の機会は、その改善を含めて、ロシアのエネルギー資源と同様に他の地域にとって代わられることはもはや明らかである。

この経済的なオートダフェ・・・、つまり、経済的自殺は、もちろん、ヨーロッパ諸国の内政問題だ。

われわれのパートナーによるこの不可解な行動は、まさにそう呼ばざるを得ないのではあるが、欧州経済に深刻な害を与えることに加えて、今、ロシアの石油・ガス部門には奇しくも事実上の収益の伸びをもたらしている。

西側が近い将来にどのような措置を取るのかを理解した上で、われわれは事前に結論を見い出し、積極的に対処しなければならない。われわれのパートナーの一部による無思慮で混沌とした措置は、わが国の利益のために、あるいは、われわれ自身の利益のために変えて行かなければならない。当然のことながら、われわれは彼らの側で無限に起こるこれらの間違いを期待するべきではない。先ほども言ったように、われわれは現在起こっている現実を踏まえて、実際的に前進して行くべきである。

以上、2020517日のクレムリンでの石油産業の開発に関する会合でのウラジミール・プーチンの言。

2022518日に掲載。Permalink

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これで全文の仮訳が終了した。

この引用記事はかなり新しいものであって、518日付けである。その冒頭では、「ヨーロッパの指導者からの積極的な支援を得て、米国はヨーロッパを破滅させることに成功している」と述べている。

ところが、その3日後、この引用記事の内容を真っ向から揺るがすような記事が現れた。それは「ドイツとイタリアはルーブル建てのロシア産天然ガスの輸入を許可」と題されている(注2)。両国政府は民間企業を後押しすることを正式に公表したのである。これで、これらの国々の産業界にとっては、政府によって梯子を外されるかも知れないといった心配には現実味がなくなったと言えるのではないか。

ドイツの産業界は政府の方針を左右することができる程に強力であるとかねてから言われていたが、ロシア産天然ガスをルーブルで支払うことについては当初から反対をしていたEU当局に対抗し、さらには、自国の首相の言動にも対抗して、今回のような政府の決断に漕ぎ着けた。彼らの粘り強さは実に立派であると私は言いたい。ドイツとイタリアはEUが課した対ロ経済制裁に抵触することなく、プーチン大統領の要望にも応え、自国の産業界や一般家庭のニーズに応える現実的な策を見い出したのだ。

しかしながら、次の展開はどうなるのであろうか?さまざまな紆余曲折が現れることは避けられないであろう。

EU圏内の分断は明らかである。ロシアはすでにブルガリアとポーランドへのロシア産天然ガスの供給はストップすると宣言した。そこへ、521日の報道によると、新たにフィンランドも加わった。ロシアはフィンランドに対する天然ガスの供給をストップすると宣言したのである。その一方で、古参のEUメンバーであるドイツとイタリアは、結局のところ、経済的自殺の道を土壇場で投げ出した。両国は自殺未遂で終わり、命には別条ないといった感じだ。

大雑把に言って、EU圏は必ずしも一枚岩ではない。たとえば、古参メンバーと新たに加わったメンバーとの間にはさまざまな課題に関して微妙な、あるいは、あからさまな違いが観察される。

このEU内における分断が明らかになっている現状はロシア・ウクライナ戦争においてロシアに押されっ放しとなっているNATOに対しても何らかの影響を与えることであろう。

参照:

1How Europe Was Pushed Towards Economic Suicide: By Moon of Alabama, May/18/2022

2Germany and Italy allowed business to pay for Russian gas in rubles: By FAN, May/21/2022

 

 


 

 

 

7 件のコメント:

  1. ロシアのエコノミストを見下していたのでしょうね。西側の銀行の信用が完全崩壊ですね。信用取引もうできないでしょう。そしてこれからは、金油穀本位制になるのでしょう。

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  2. シモムラさま
    コメントをお寄せいただき、有難うございます。旧ソ連邦の崩壊の際には米国とその同盟国は社会主義に対して資本主義が勝ったといって有頂天になっていました。あの頃から、米国社会を構成する歯車がおかしくなってしまったように思います。例外主義とか一極支配、米国の優位性といった言葉が氾濫していました。これらはすべてが思い上がりを示す言葉ですよね。思い上がりや自己称賛は成人病のようにじわじわと当人のモラルを低下させますね。

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  3. 《これらはすべてが思い上がりを示す言葉ですよね。思い上がりや自己称賛は成人病のようにじわじわと当人のモラルを低下させますね》これ箴言ですね。kiyo様に紹介していただいた、藤原直哉氏の五日目の講義を拝聴いたしました。中でも一番嬉しかったのは、「ロシア文字は美しいですね」というものです。 ブログ主様はウクライナに暮らしたことがおありですから、所謂ペテウпрофессионально-техническое училищие熟練工養成学校卒(旧ソ連とロシア連邦で義務教育終了後の最低限の専門教育学校。これには三角関数を多用する地図作成測量尾学校も入ります)の生徒さんたちの書く文章の美しいことを覚えていらっしゃると思います。九歳学級から習字を習うのです。崩し方も教えられます。ソ連市民・東欧市民・ロシア市民の知性は、幕藩体制時代の江戸上方市民の知性と同等でしょうね。

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    1. シモムラさま
      「ロシア文字は美しい」という感覚はウクライナで尿素肥料工場を建設するプロジェクトで現地へ出発する前に、社外のロシア語の通訳の方が毎日会社へやってきて、図面や仕様書をロシア語に翻訳して、手書きで書きこんでくれていましたので、その際にその方と話をした際に初めて知ったのです。その当時はその意味は理解してはいなかったのですが、現地では手書きのロシア文字を何度も見て、僅かながらも分かるようになって来ました。非常に初歩的な体験ですが、こういった記憶は多くが今も鮮明によみがえって来ます。
      ただし、今は手書きをする機会が激減し、日本語にせよ、ロシア語にせよ、手書きの美しさは実に稀になって来ましたよね。残念なことです。

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  4. 《望郷のバラード》Я не моугу наслушать!!! 聞き飽きませんね 。Играй, гармонь уральская 1991г. ”歌え、ウラルのlガルモシカよ” https://www.youtube.com/watch?v=bmf2RBEykKk Г. Заволокин と彼の家族が運営する、土曜日午前のガルモーシカ音楽番組のものです。出だしに、哀愁一杯の旋律が聞こえますね。ストラダーニエ Страдание 《相聞歌》というものです。時間軸50:36からポーランド人のお父さんを持つミハイルさんが弾くアジダーニエ Ожидание 《待ち焦がれて》もいいですね。時間軸1:34:45では歌詞が聞こえます。ミールイチョ ミールイチョ милый чо 愛しい男、愛しい男 (чо はчто のウラル方言形) ... セルツェ ズジェーシ ス ヴァヨ アスターヴリ ヌ アターク ボリシェ ニ チョ  Сердце здесь своё оставлю ну а так больше ни чо ... ここに俺の心臓を残してゆくよ、これぐらいしかないな...
    この番組は北海道で初めて自宅に庭にパラボラアンテナを設定し、ソ連衛星放送ゴリゾントの漏れ電波を受信したときに流れたものです。

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    1. ご紹介いただいたサイトでいくつかの歌を聞いてみました。声楽が好きだった家内のコメント、「ロシア人は3部にも4部にも分かれて民謡を合唱する時、誰もが生まれながらの才能を発揮する」と言っていたことを今思い出します。また、ロシア人女性の声の質については特有の音色を感じますが、これは私だけではないと思います。どうでしょうか。アコーでイオンの響きがいいですね。感謝です!

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  5. そうですね、所謂”しぶい声”なのです。ウラル女性は特に”しぶさ”が強いですね。

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