2012年9月3日月曜日

関電の嘘 – 原発を再稼動しなくても電力は足りていた



残暑に見舞われることはまだまだあるかも知れないが、この夏の電力需要がピークとなる時期はほぼ終わったと言ってもいいだろう。

63日の毎日新聞の世論調査によると、政府が週内にも最終決定する関西電力大飯原発34号機の再稼働について「急ぐ必要はない」と答えた人は71%に達し、「急ぐべきだ」の23%を大きく上回った[1]。(なお、この世論調査には福島第1原発事故で警戒区域などに指定されている福島県の一部地域は調査対象に含まれてはいないとのことだ。)

世論調査はその手法によって結果が左右されると言われている。しかし、それを差し引いたとしても調査対象となった人々の過半数は「脱原発」と答えたと言えそうだ。

それにも拘らず、政府は大飯原発の34号機を再稼動させた。野田首相は68日に再稼動方針を表明した。「国民生活を守るため、再稼働すべきだというのが私の判断だ」と述べ、「今原発を止めてしまっては日本の社会は立ち行かない」とも述べた。産業界の言い分や懸念に肩を持った政府の決断だった。

この大飯原発34号機の定格出力は合計で236万キロワットである(ウィキペデイアから収録)。

そして、関電の7月および8月の需給データが出揃った。下記に示すグラフは関電の「でんき予報」から収録したもの。毎日のピーク時の最大使用電力と関電側の供給電力のデータである。


 
 

これらのグラフを見ると余裕を持ってこの夏の需要期を通過したことが分かる。今夏の最大需要は83日にあった。

問題は、関電が本当に大飯原発の再稼動を必要としていたのかどうかだ。

47ニュース」は91日、83日の最大ピーク時の需給データに基づいて鋭い指摘をしている[2]。その内容の一部を下記に引用してみる。

関電によると、最大需要は8月3日(筆者注:この日、大阪市の日中最高気温が36.7Cに達し)の2682万キロワット。この日の供給力は、大飯原発3、4号機の計237万キロワットを含む計2991万キロワットだった。供給が需要を309万キロワット上回っていたが、関電は「大飯原発がなければ、火力発電所のトラブルや気温の急な上昇があった場合に需給が非常に厳しくなっただろう。不測の事態が重なることもあり、安定供給のために再稼働は必要不可欠だった」とする。だが周波数が関電と同じ60ヘルツで電力を融通しやすい中部電力以西の電力5社への取材で、この日の供給余力が計約670万キロワットあったことが判明。2基が稼働していなくても、供給力に問題ない状況だった。関電も需給が安定しているとして38万キロワットの火力発電所を止めていた。

 

上記に指摘されている中部電力以西の電力会社による83日当日の関電への供給余力は5社合計で669万キロワットだったとのことだ[2]。因みに、この669万キロワットという電力量は大飯原発クラスの5.7基分に相当する。

政府や電力会社が喧伝してきた大飯原発34号機の再稼動の必要性は、その根拠が見事に崩れた。この現状を829日の東京新聞朝刊は下記のように評している[3]

世論の反対を押し切り、政府や関西電力が進めた大飯原発3、4号機の再稼働の根拠が揺らいできた。関電は、今夏のこれまでの電力需給実績を基に「原発がなくても供給力は維持できた」と認めた。専門家は昨年三月の福島第一原発事故で広がった「節電の社会的な動きを見誤った」と指摘、過大な需要見通しを批判している。関電は五月、原発ゼロで今夏を迎えた場合、15%の電力不足に陥ると試算、「計画停電は避けられない」とした。これを受け、野田佳彦首相は「国民生活を守るため」として、大飯3、4号機の再稼働を容認した。ところが電力需要のピークは、猛暑だった2010年夏のピークに比べ10%も低下。計算上、原発なしでも供給力の方が上回った....

....大阪府と大阪市でつくるエネルギー戦略会議座長の植田和弘京都大大学院教授(環境経済学)は「大飯の再稼働がなければ、市民の危機意識が高まり、節電効果はもっと上がったはず。他社からの電力融通を含めれば、原発なしでこの夏を乗り切れた可能性はかなり高い」と指摘。「政府は夏場の電力不足を理由に再稼働させたのなら、夏が終わったらすぐに原発を停止させるべきだ」と話す。

 

今夏は様々な教訓を得た。

(1)  関電や政府が喧伝してきた大飯原発34号機の再稼動の必要性は、その根拠が見事に崩れた。関電や政府が主張していた電力の需給には嘘があった。政府はまたも産業界の言いなりに終わった。政治的に興味深い点は、夏の節電要請期間が終了する97日以降に政府が大飯原発の稼動を停止すると言明するかどうかだ。

(2)  節電努力が大きな成果を収めた。823日に発表された関電のデータによると、最も暑かった2010年に比べて、817日の時点で家庭用、業務用、産業用の3分野の合計で約310万キロワット(大飯原発クラスの2.6基分に相当)の節減をしたとのことだ[4]。来年以降も節電努力によってさらなる成果を積み増すことが可能だろうか。あるいは、個人の生活や産業界にとっては二度と繰り返したくないような実情だったのだろうか。今夏の成果を来年以降も再現できるかどうかについての詳しい検証が待たれる。

(3)  電力会社間で余剰電力を融通し合うことによって各電力会社はかなりの余力を入手することが可能だ。しかも、これはどの電力会社も原発を稼動してはいない条件下での話しである。

(4)  エネルギー源を輸入原油や天然ガスに依存する体質を大幅に改善しなければならない。そのために総力を挙げて代替エネルギーの開発を行うべきではないだろうか。ドイツ政府は、2011年、福島第一原発事故を眼にして脱原発の方針を明らかにした。ドイツでは既に代替エネルギーが新しい産業として育ちつつあった。この背景が政府決定を後押ししたひとつの要因だったのではないか。本年3月のドイツからの報告によると、代替エネルギー産業は過去10年間で37万人もの新規雇用を生み出し、代替エネルギーに関する技術輸出も急速に伸びて、その輸出額は2006年から2008年の期間だけでも300億ユーロの規模に達したという[5]。政治の決断次第ではこういう状況も作り出し得るということを付け加えておきたい。

 

これらの事柄を考慮に入れると、脱原発への具体的な一歩を踏み出せるような気がする。今夏の経験は非常に心強い。脱原発に向けてさらに自信を深めることができたと言えるのではないか。東電福島第一原発事故の過を転じて福と成すべきだろう。

人口の減少に伴って、日本では今後電力需要がさらに増加するとは考えにくい。むしろ、余剰設備をスクラップ化することが必要になってくる。将来のエネルギー計画を策定する場合、原発を廃炉にすることを最優先とするべきだ。

日本の社会が政治的弱者である声を出さない/出せない一般人や子供たち、ならびに、経済的に恵まれない地域社会を犠牲にするような社会であってはならない。放射能被爆の脅威がない地域社会を作り上げて、安心して住める美しい日本を次世代のために残さなければならない。これこそが今日幸いにも生きている大人たちの使命であると自覚したい。

 

参照:

1毎日世論調査、大飯再稼働「急ぐな」71%:毎日新聞(210263日)

2【関電、ピーク時も原発不要】今夏、大飯再稼働に疑問/専門家「需給検証を」:47ニュース(201291日)

3節電8週間 関電「原発なしでも余力」:東京新聞朝刊(2012829日)

4関電、節電効果11パーセントで目標達成、家庭が後押し 中間報告:産経新聞 2012823日)

5 No nuclear please, we're GermanJurgen Trittin,ABC Environment201238日)

 

 
 
 
 

 
 

2012年8月26日日曜日

酷暑に見舞われたブカレストの夏

この夏は暑い。実に暑い。

ロンドンでのオリンピック競技場では熱い戦いが毎日のように展開されたが、ブカレストで代表されるルーマニア南部の平野地帯では「長い暑い夏」となった。

そして、乾燥した日々が続いている。夜の間に雨が降ったことが2回あった。日中はほとんどが快晴続き。この夏の最高気温は、私の断片的な記録によると、下記のような推移だった。昨年の夏は40Cを超すことはなかったと記憶している。今年は何度も40度Cを超した。

619日に35-36Cの予報が出て、「黄色コード」の注意報となった。

624日、久しぶりの雨。

74日、40Cの予報。

714日、41Cの予報。

721日、38Cの予報。

86日、40-41Cの予報。日陰で44C、日当たりで50Cとなった。51年振りの暑さだったとのこと。

87日、42Cの予報。実測値は不明だが今夏最高の温度みたい。

89日、夜中に雨。かなり降った模様。

810日、夕刻から遠雷が聞こえたが、雨にはならなかった。

821日、38-39Cの予報。また熱波がやってきた。

824日、39Cの予報。

825日、40Cの予報。

決して詳細な記録ではないが、この夏のブカレストの様子はある程度お分かり願えたものと思う。 

暑さだけではなく、降雨量が非常に少なかった。

地域によってその程度は大きく異なるが、ある地域では旱魃が2ヶ月間も続いた。ルーマニア南部の平野地帯の殆どは旱魃に見舞われ(ルーマニアの全農地の約40%が旱魃の影響を受けたとのこと)、トウモロコシやヒマワリといった農産物は大打撃を受けた[注1]。収量がかなり落ちるのではないかと予測されている。旱魃に見舞われた農家には総額で5千万ユーロの補助金(1ヘクタール当たり22ユーロ)が支給されるとのことだ。でも、1戸当たりの金額はほんの僅かだろう。

ヨーロッパでは2番目に大きなダニューブ川の水位が下がっている。ダニューブ川がルーマニアへ流れ込む地点での流量は2,900m3/秒。この流量は例年8月の平均値よりも40%も低い。その結果、幾つかの区域では水位が2メートルを割ったとのことだ[2]。ダニューブ川は古くから内陸の農産物を河口まで運び、黒海の港へとつなぐ重要な水路である。

隣のブルガリアでもダニューブ川の水位が下がり続けており、昨年夏の危機状態がまた繰り返されるのではないかと懸念されている。シリストラ区域では24時間の内に水位が12cmも下がって、ダニューブ川の水位は85cmに低下。航行する船やバージは船底が川底に接触することを避けるために積荷の量を減らし始めている。数日前には100人ほどの外国人旅行客を乗せたクルーズ船が川底に接触し、他の船に曳航され、何とか浅瀬から脱出するまで1時間も立ち往生した[3]

この夏、旱魃は各地で起こっている。北米、ソ連、そしてヨーロッパではバルカン諸国。ロシアからの小麦輸出が無くなり、米国のトーモロコシや大豆が減収となり、ヨーロッパの穀倉地帯ではトウモロコシやヒマワリが打撃を受けている。国際市場ではこれから農産物価格が急騰することになるのではないだろうか。

 

参照:

1Drought damages 40% of Romania’s land, corn, sun flower crops, most affected

Business & macroeconomy, Daily News (2012823)

2Agriculture • Re: Russian Grain Crop Estimates Lowered Againhttp://www.agrimoney.com/news/weak-whea … -4905.html (2012823)

3Danube Level Declines Further in Bulgarian-Romanian Sectionwww.novinite.com/view_news.php?id=1424782012820日)


 

2012年8月2日木曜日

「この国の不都合な真実」を読んで


菅沼光弘著の「この国の不都合な真実」[1]を読んだ。
これは日米間の政治の話である。日米間というと双方向的なものを感じさせるが、実際には米国が日本をどのように属国にしたかという一方向的な話である。

真実を知ろうとすると、おどろおどろしい政治の現実をみなければならない。ほとんどの人にとっては日頃それ程に考えが及ばなかったさまざまな事象の背景には何十年にも及ぶ米国の日本叩きがある、と著者は言う。歴史的に俯瞰する、非常に説得力を持った本である。
一時期「ジャパン・バッシング」(=日本叩き)という言葉が用いられた。1980年代、燃費が抜群に良く、メンテナンス費用がかからない日本製の小型車が米国市場では飛ぶように売れていた。一方、米国産の農産物(牛肉やオレンジ)は日本では売れず、日米間の貿易不均衡として見なされていた。米国では有力議員が日本車を大きなハンマーで叩き壊すシーンを何度もテレビのニュースで眼にしたものだ。

ジャパン・バッシングはその規模をさらに大きくして今に到っている、とこの本の著者は捉えている。
先に、私もTPPについて個人的な考えをブログに書いた。

この本はTPPの本質を歴史的に掘り下げ、米国が日本に何をしようとしているかを述べている。著者の菅沼光弘さんは公安調査庁の元部長さんであって、国際政治に関して地政学的な情報分析に当たっていた方である。それだけに、TPPが日本に及ぼす影響についての分析には非常に鋭いものがある。NHKや民放あるいは全国紙からは聞くことができないような内容ばかりである。そこにこの本が持つ最大の価値があると言える。
そして、TPPは日本を米国の属国にする最終的な仕上げの段階だという。日本を米国の草刈場にする最後の詰めであるというのだ。

非常に刺激的な言葉が続いてしまうが、昨年の福島原発事故後に決定的に政治不信に陥った人も多数いると思う。なぜそうなのかを問うたり理解しようとする際、この著者が歴史的に解説してくれる内容をよく吟味し理解することが大きな助けになるのではないか。

具体的な論点のひとつを下記に紹介したい。

....TPPの問題を農業だけに矮小化してはいけないのです。貿易の自由化とか関税ゼロとかいってみんな議論していますが、実はそんなことは大したことではない。TPPには24のワーキンググループがありますが、その中で日本にとって本当に問題になるのは金融と投資の分野なのです。たとえば農業問題でも、アメリカがいちばん狙っているのはJA(農協)の共済制度です。JA共済の保険をアメリカの保険会社が買収しようと虎視眈々と狙っているのです。....

2012年、米国では大統領選挙が進行中だ。もしオバマ大統領が再選されたとしたら、TPPはどうなるのだろうか。小生のブログでは「大統領選に当たってオバマ大統領は選挙資金の出所である自動車業界が日本製小型トラックの市場参入を嫌う意向を汲んで日本に対するTPP参加の要請では声を低くせざるを得なくなった」とブログに書いた。それが日本の参加を実現できなかった理由だと。
しかしながら、オバマ大統領が再選された場合、オバマ大統領はまたもや日本のTPPへの参加を呼びかけてくるのではないだろうか。国内の雇用を促進し、輸出を伸ばし、雇用を増やすことがオバマ大統領の選挙公約である。これらを実現するために、さらに「円高ドル安」政策を進め、日本企業の米国での工場建設を導こうとするのではないか。

TPPが成立すると、この本の著者がいうところの米国による「日米経済戦争」はさらに深入りし、仕上げの段階に入ってくる。「二国間協議」という言葉に騙されてはいけない、とこの著者が警鐘を鳴らす。アメリカにとってはこれは明らかに「戦争」であると。戦争であると位置づけした米国側にとっては「何でもあり」だ。日本側はこの真実に気付こうとはしない。日本は「二国間協議」という自己催眠に身を任せたままでいる。

もうひとつの刺激的な論調をここに紹介しよう。
この本の著者は「日米安保条約があってもアメリカは日本を守ってはくれない」と看破している。たとえば尖閣諸島をめぐる日中間の領土問題だ。著者の言葉を下記に引用してみる。

....尖閣諸島をめぐって日本と中国が衝突したとき、アメリカが日本を守るために核を装備した大陸間弾道弾を持っている中国と戦闘状態になったら、アメリカは核攻撃の脅威にさらされることになります。日本の尖閣諸島みたいなちっぽけなところを守るために、アメリカが自国の危険をかえりみずに行動を起こすかといったら、アメリカ議会はどう考えても「ノー」です。日本を守るためにアメリカの青年の命を犠牲にするわけがありません。そんなことは絶対に「ノー」です。アメリカは日本を守ってくれない。それは明らかです。....

ここで思い出すのはBBC NEWS20101030日の記事[2]だ。クリントン国務長官は尖閣諸島は日米安保条約の適用対象になると述べた。丁度、日中間で激しい論争が起こっていた時期だ。尖閣諸島沖で中国漁船が日本の巡視艇に体当たりをしてきて、当時の外務大臣は同船長を逮捕したがその後保釈した。この事件をきっかけにして、世論調査によると日中市民のそれぞれの相手側国民に対する不信感は最悪になった。
また、その当時、安部元首相や自民党幹部は米国側に「尖閣諸島を巡って日中間に(武力)紛争が発生した場合、日米安保条約の対象になるか」と尋ねた。米国務省のスタインバーグ副長官は「安保条約5条の適用になる」と答えたという。これは20101016日付けの読売新聞の報道である[3]

しかし、情報分析の専門家である菅沼光弘さんの分析結果は上記に紹介した通りだ。マスコミが伝える内容は誰それがこう言ったとかああ言ったとかを報告するだけで、具体的な軍事行動を起こす前の米国議会がどう反応するかといった分析結果は皆無だ。議会が賛成しないかぎり、米国は尖閣諸島のために軍事行動を起こすことはあり得ない。マスコミの報道とこの本の著者との間には決定的に大きな違いが存在する。
また、米国は中国とは経済的には仲良くやって行こうとする政策をとっている。米国の国債の最大量を保有する中国に対して米国が簡単に軍事行動を起こせるような環境にはない。日本と中国との間で二者択一を迫られた場合、米国の本音は日本を抜いて経済規模が世界第二位となった中国、今後さらに広大な市場に発展していく中国ではないだろうか。誰が見てもこの答えに変わりがないのではないか。さまざまな報道に基づいて、米国は日本の肩越しに中国に接近しようとしている、とほとんどの日本人が感じているのではないだろうか。

クリントン国務長官や国務省副長官の言い草はどちらも政治的な発言であって、単なるリップサービスだということのようだ。そう考えた方が現実的だろうと思える。

皆さんはこれらの日本にとっては非常に「不都合な真実」をどのように受け止めていますか?



参照:
1:「この国の不都合な真実」:菅沼光弘著、徳間書店発行、20121月。

2Hillary Clinton faces Japan-China wrangle at Asean BBC NEWS, 30 October 2010 Last updated at 03:46 GMT, www.bbc.co.uk/news/world-asia-pacific-11657577

3:「船長釈放、『間違った判断』と米上院小委員長」: 読売新聞20101016()115分配信




2012年7月28日土曜日

日本には民主主義があるのか


英国のバークレイズ銀行は銀行間取引金利(Libor)を不当に操ったとして制裁を受け、巨額の制裁金(29千万ポンド、これは邦貨で351億円に相当)を支払うことになったと報道されている。バークレイズ銀行はさらに民事訴訟の費用として6億2600万ポンド(邦貨で757億円強)もかかるとのことだ。資産規模が最大規模の銀行はすでに不適切な保険販売による消費者への補償で69億ポンド(邦貨で8349億円)を計上しているという。

バークレイズ銀行の経営陣が短期的な利益を追求した結果のスキャンダルである。
さらに、英大手銀行のHSBCが、マネーロンダリング(資金洗浄)を防ぐ義務を怠った疑いで米上院の調査委員会に出席することになった。

これを受けて、英ファイナンシャル・タイムズ紙は713日の社説[1]で「銀行業は基本的に公益事業だ。リテール業務でも投資銀行業務でも銀行の社会的な機能は、余分な貯蓄やリスク耐性がある人々から、投資を賄ったり生計を守ったりする必要がある人々に資本を回すことだ。...これまでに明らかになった事実は、通信網や道路網と同じくらい現代社会にとって不可欠な産業が、公益事業の機能を適切に維持管理していないことを示唆している。銀行が改善に取り組まないのであれば、議員らが銀行に改善を強いるだろう。」と指摘している。
私がこの記事で注目したのは、「銀行が改善に取り組まないのであれば、議員らが銀行に改善を強いるだろう」という点だ。英国議会がバークレイズ銀行やHSBCの頭取や会長に対して厳しい調査を行うことになるだろうという。主要メデイアが銀行経営陣のモラルの低下について批判をしている点だ。公益事業としての性格が非常に強い銀行業において経営者が目先の業績を追う余りに一般消費者や小売業といった顧客の利益を忘れてしまっては困ると糾弾している。

こういった大手銀行の不正行為は決まってそのツケが最終的に一般消費者に回ってくる。
この銀行間取引金利にまつわるスキャンダルは英国内だけに留まることなく、米国にも波及した。ウォール街が経験した最悪の事態になりつつあるとのことだ。何百万も消費者ローンの金利が上記の銀行間取引金利に基づいて決定されているからだ。政治的な声を挙げることができない庶民を代表して国会議員がいる。そして、メデイアがある。ファイナンシャル・タイムズ紙は国会議員たちが本来の仕事をしてくれるだろうとキャンペーンをしている。

英国では金融業は最大の産業だ。もし、英国の金融業が市場や消費者の信頼感を失えば、その時の英国の損害は取り返しもつかないようなものとなるだろう。英国はヨーロッパの片隅に埋没してしまうかも知れない。金融業界の一・二を争うバークレーズ銀行やHSBCに対して「ビジネスモラルが低下した」として英国議会がそれを是正しようとする。メデイアがキャンペーンをする。金融システムをもう一度見直そうとしているのだ。そこには「銀行業務はそもそも誰のためのものなのか」、「消費者や小売業の日常生活を支える公益事業ではないのか」という健全な政治的信念がある。
このファイナンシャル・タイムズ紙が銀行業務に付した性格付けは日本の電力業界にもそのまま当てはまる。つまり、「電力会社の業務は基本的に公益事業だ。発電所や民間の発電施設で生産された電力をそれを必要とする製造業や消費者に届けることだ」と。

一年4ヶ月前に起こった東京電力福島第一原発の炉心溶融事故を振り返ってみよう。
「福島第一原発の炉心溶融事故の根源的要因は『人災』であって、政府、規制当局、東電には命と社会を守る責任感が欠如していた」と、国会の事故調査委員会は報告した。つまり、英ファイナンシャルタイムズ流に言うと、「これまでに明らかになった事実は、通信網や道路網と同じくらい現代社会にとって不可欠な電力会社が、公益事業の機能を適切に維持管理していないことを示唆している。電力会社が改善に取り組まないのであれば、議員らが電力会社に改善を強いるだろう...」と。

最大の問題は、日本の立法府が公益のために信念を持って国民生活を向上させようと動いてくれるかどうかだ。メデイアが真にキャンペーンをしてくれるかどうかだ。
日本政府は活断層の真上に設置されていることが判明した大飯原発3号機について活断層の再調査も行わずに原発は安全だと宣言し、再稼動させる決断をした。一方、立法府には与・野党を問わずこれに賛成できない議員が少なからずいたようだが、残念ながら政治的に纏まった声とはならなかった。

政府主催の公聴会を地方で開くと、政府の言いたいことを代弁するかのような発言者が前もって予定されていたりする。いわゆる「やらせ」だ。行政側は「公聴会」という美名の下でゴリ押しをする。形をつけるだけで、実質的に国民の意見を聴く意思があるのかどうかはなはだ疑問である。最初から結論が決まっているかのごとき進め方だ。
原発事故の直後、政府や原子力安全保安院および東電は「想定外の津波」という言葉を頻繁に使った。これは事故調査委員会が「人災だ」と結論するまでも無く、大方の国民には詭弁としか聞こえていなかったのではないか。責任逃れもはなはだしい。ここにはビジネスモラルの欠如がはきりと見て取れる。

事故調査委員会の報告書は福島原発は「人災」だと報告した。この指摘を受けて、電力会社の経営陣は自社のビジネスモラルを改善する動きをしているのだろうか。東電の内部には社内風土を刷新しようとする動きがあるのだろうか。経産省には原点に戻って福島原発事故を教訓として受け止めようとする真摯な姿勢があるのだろうか。
我々国民は原子力安全保安院が原発の安全性を確保する上でかくも無能な集団であるとは思ってもみなかった。電力業界に対してご意見番の立場にある原子力安全保安院が電力業界とつるんでいた。いわゆる「原子力村」を形成していたのだ。規制当局の立場にある原子力安全保安院が原発を促進する側の資源エネルギー庁とともに経済産業省の傘下にあった。この仕組みは2007年に国際原子力機関(IAEA)からも是正を求められらていたが、政府は「原発の安全神話」にどっぷりと浸かって、IAEAの忠告を無視した。これは、政府を始めとして原子力村が国際的な常識を理解しようともしなかったということだ。

今、原子力安全保安委員会に代わって原子力規制委員会が設置されようとしている。この原子力規制委員会の設置および運営に当たっては、原子力村の古い柵から脱却できるのだろうか。既に、その人選には批判の声もあがっている。
新たに発足する原子力規制委員会の運営については、最も基本的なルールは各委員に対して産業界とは完全に一線を画し、業界からの独立性を保つよう義務付けることだ。これが今最も必要だと思う。この業界との慣れあいに対する規制がなかったら、新しい原子力規制委員会を発足させる価値は全くないと思う。

これが出来ないならば、マグニチュード9の地震がおこり、14メートルもの巨大な津波が原発を襲うかも知れない環境にあって、日本という国は原発のような高リスクのシステムを安全に運営する能力がないということに他ならない。原発の周辺あるいは風下に住む何十万、何百万の住民の命と健康を守ることができないということだ。
政府は東電の家庭向け電気料金の値上げについて承認した(725)91日から8.47%の値上げが実施されるという。政府の軸足はあくまでも産業界にあって、一般国民を完全に無視した決断だ。未曾有の事故を起こし、事故の内容が十分に検証もされず、調査委員会の報告書に関して十分な説明も行わず、東電の責任も追求せずに、電気料金だけが値上げとなった。そして、他の電力会社もこの値上げに便乗しようとの動きだそうだ。東電のモラルの低さが招いた原発事故のツケが、案の定、最終的に消費者に回ってきたのだ。この全体の流れはとても民主的とは言えない。

選挙制度、参政権、民主主義といった言葉は数十年も耳にしているのだが、民主主義が本当に日本に定着したと言えるのだろうか。大飯原発34号機の再稼動のプロセスを見ると、原発周辺の住民のために政府が真に安全性を確保した上で再稼動を決意したとはとても思えない。

昨日も今日も幸いにも大きな地震もなく無事に過ごした。国民の大多数は「しかし、明日はどうか」といった不安を拭え切れないままでいるのではないか。
遅かれ早かれ、総選挙の日がやってくる。究極的には、選挙民である我々個々人が明確な意思を持つことだ。そうしない限り、次世代やさらにその先の世代に美しい日本、住みやすい日本を残すことはできそうもない。
 


参照:
1:「不祥事続出する銀行のお粗末な舞台裏」(ファイナンシャル・タイムズ紙の713日付け社説)2012717日に日経に転載。





2012年7月23日月曜日

ルーマニアの夏「ひまわり」


この夏は記録的な猛暑が続いている。74日にはブカレストで40C14日には41Cが予報され、酷暑を避けるべく「黄色コード」が発令された。(黄色コード: 酷暑や酷寒といった異常気象に対する注意報。今年の2月にはドナウ川が凍結するほどの寒波に見舞われ、この「黄色コード」が発令され、学校は休校になった。)昨年も例年にない暑さを記録したが、今年はそれを大きく上回ったようだ。さらには、この夏は雨が少なく旱魃気味でもある。農業に悪影響が出ないで欲しいものだ。
昨年の夏は結局計画倒れになってしまった「ひまわり」の花の撮影がようやく実現した。ウルジチェニ市の方向にブカレストからほんの僅か外へ出るだけで(大雑把に言うと、ブカレストの北東方向)、撮影に手ごろな場所が何箇所も見つかった。710日のことだった。




今回気がついたことであるが、ひまわりにも実がつく部分が非常に大きいものと、それほど大きくはないものと様々だ。その直径が倍も違うのだ。直径が倍も違うと、実をつける面積では4倍もの違いになる。実の数には大きな違いがないとすると、1個の実の大きさそのものがが大きく違ってくることになる。これはどうしてだろうか。収量を増加させるには大型の花をつけた方がいい。ある文献によると、水分が十分に得られたかどうかによるという。播種の時期とその後の降雨量との関係だ。特定の地域での天候次第ということである。
ひまわりは最も手間のかからない作物なのだそうだ。極端に言うと、葉が5枚か6枚開いた以降の作業は収穫だけだという。種まきと除草剤の散布だけで肥料も必要ないという。ひまわりは乾燥に強いとはいえ、旱魃の年は収量が落ちる。2000年と2007年がそうだった。

ひまわりは根を深くはって(1.5から2メートル)水分を吸収する能力があるので乾燥地帯での栽培に適していると言われている。輪作をする場合3年とか4年に1回の栽培だそうだ。ひまわりの次にはどんな作物が適しているのか。これはルーマニアでの事例ではないが、ある文献[1]によると、コロラド州では小麦>とうもろこし>ひまわり>休耕の繰り返しがいいという。カナダでは春まき小麦>えんどう豆>大麦>ひまわり、ノースダコタ州ではひまわり>大麦>えんどう豆>小麦が理想的だとのこと。その土地の気候や土壌の性質次第で様々な戦略が採用されている。
ひまわりの生産はヨーロッパでは菜の花や大豆と並んで油脂用の最も重要な農作物だ。特に、ルーマニアではEUへの加盟後輸出できる農作物としてその重要性を増していると言われている。

ルーマニアでは伝統的にひまわりの生産が大規模に行われている。食用油のためだ。その規模はEU27カ国では1位で、EU全体の生産量の23%を占めるという[2]。その後にフランス(21%)が続き、さらにブルガリア(18%)、ハンガリー(17%)と続く(2009)。
しかし、今後の推移はどうかと言うと、上記に参照した報告書によると、菜の花が急速に伸びて、ひまわりに代わって首位に立つだろうと推測されている。ひまわりも菜の花も最も手数がかからない農作物のひとつであり、商品性も高いことから人気があるようだ。さらには、菜種油についてはEUの政策として環境に優しいバイオデーゼル燃料の生産を促進するための補助金(45ユーロ/ヘクタール)が付く。この政策が生産を伸ばす後押しをしているようだ。一方、大豆の生産は伸びないとのこと。その根本的な理由はEUが遺伝子組み換え大豆を許可しなかったからだという。結構なことだ!

昨年は当初の予想に比べて生産量の伸びがそれ程ではなかったが、概して農業は好調だったようだ。農業に従事する人たちがどう感じていたかを示す興味深い記事[3]が見つかった。それを簡単に紹介したい。
ヤシ県のモルドヴァ・ツガナシ共同組合の理事長、アウレル・プラチンシ氏2011年は前年よりも豊作だった。ひまわりについては2010年の収量が1ヘクタール当たり2,800kgだったのに比較して、2011年は3,000kgから3,100kgを達成した。1,000ヘクタールがトウモロコシ生産に使用され、500ヘクタールをひまわりに充当。その内200ヘクタールはハイブリッド種。

ガラツ県のアンギナレア協同組合の理事長、ヴェシレ・ダジボク氏:長年農業に携わってきているが、降雨不足によってこんなに被害に遭ったことは一度もない。3ヵ月半も雨が降っていない。2010年のひまわりの収量は1ヘクタール当たりで3,900kgだったが、2011年はたったの2,400kgに終わった。旱魃によって大きな減産となった。500ヘクタールの所有地のうち110ヘクタールでひまわりを生産。
地域によって降雨の状態が丸っきり違い、単位面積当たりの収量もガラリと変わる。農業の難しさを見せている。 

広大なひまわり畑の見事さを眼にしたついでに、ひまわりを巡るルーマニア農業についてざっと基本的な点をおさらいしてみた。
 

参照:
1The Rotation Equation: Where should sunflower fit?: National Sunflower Association, Sunflower Magazine, February 2003
 
2RESEARCH REGARDING OIL SEEDS CROPS DEVELOPMENT IN ROMANIA IN THE EU CONTEXTAgatha PopescuEconomics of Agriculture 1/2012
 
3Porumb şi floarea soarelui: Rezultate mai slabe decât estimărileAgronomie紙、2011107


2012年7月8日日曜日

ブカレスト植物園


(日本を取り巻く政治に関する議論はいささか疲れます。

時には寛いでみたいと思い、

今日の舞台はブカレスト植物園へと移動します。)


この春ブカレスト植物園を訪れた。513日のことだった。好天に恵まれ、多くの人たちが散策を楽しんでいた。

最初に目に飛び込んできたのは芍薬の花。ブカレストの植物園でこの東洋的な花に出迎えを受けるとは予想もしていなかった。むしろ、心地よい不意打ちだった。
中国原産の芍薬は近代に入って西洋にも紹介され、人気を博したと言われている。香りはいいし、花が豪華でもある。人気となったのは当然だろうと思う。因みに、香りについて言えば、ブカレストのショッピングモールのひとつでは芍薬の花の香りを原料にした香水やその香りを活かした石けんなどを専門に販売している店がある。



歩くコースは幾通りもある。始めて来たので何処を当てにするのでもなく、気の向くままに歩いてみることにした。
しばらくすると、花菖蒲が咲き乱れている一角へ出てきた。黄色や紫。この空間は良かった。人が多すぎることもなく、自然に近い形でこの季節を楽しませてくれる。この日の陽射しは予想以上に強く、木陰に誘われそうでもあった。


一匹の蟻が花の上を歩き回っていた。

既にバラの季節にもなっていた。白い花をつけたツルバラが歩道にまではみ出して広がり、風に揺らいでいた。ここでは大きく横へ広がるのをそのまま放任しているような感じだ。



かなり先に建物が見える。温室のようだ。

温室へは向かわず、反対方向へ向かって歩くことにした。
何とウツギの花に遭遇。日本では田植えの頃にお目にかかる馴染みの花だ。当地では植物園を飾る花のひとつ。白い花はあくまでも清楚ではある。それでもなお、かなり華やかでもある。別の場所には八重咲きのウツギもあった。それも白。



周囲を見ると、自然のままの雰囲気が濃い。二抱えもするような樫の大木がでーんと立っている。何本もだ。この植物園の古さを偲ばせてくれた。日本での楢とか橡の仲間であるが、その樹皮はより橡に近い。とにかく、存在感が圧倒的である。素晴らしいと思う。
鳥の囀りも真近に聞こえてくる。当地では蝉の鳴き声がまったく聞こえてこない。冬の寒さが厳し過ぎるということか。



さらに進むと、三角形のシルエットが何本か見えてきた。この特徴的な形はメタセコイアかヌマスギのもの。葉の付き方を観察してみると、個々の葉が互生である。遠くから見るとメタセコイアと区別がつかないが、これはメタセコイアではなくヌマスギだ。
近くには標識板があって、日本語で言うと「水杉」に相当する名称が記載されている。ただ、水杉というとメタセコイアの中国語名称に相当してしまう。正確ではないので、日本語としてはやはり「沼杉」と訳すべきか。そもそもルーマニア語でもヌマスギを指していたのかも知れない....

カレスト市内では、筆者の自宅から歩いて30分位の場所に結構大きな公園がある。その中心には広々とした人工池があって、池の周囲にヌマスギの大木が何本も聳え立っている。この植物園のヌマスギよりもかなり大きい。これらは落葉樹だ。冬の間は裸になっていたヌマスギが新緑に変わる頃、ヌマスギ独特の柔らかな緑色が目を楽しませてくれる。


ちょっと広々とした場所へ出た。草原のような一角に小さな黄色い草花が群落を作っていた。名前は分からない。しかし、その佇まいには何とも言えない愛らしさがあって、微風に吹かれて体をしなやかに躍らせている様子に思わず見とれてしまった。雪が融けると同時に芽を延ばし始め、5月はもう命の躍動の季節である。



そして、64日に再度この植物園へやって来た。
この日は何と言ってもバラの花が圧巻だった。赤、ピンク、白、黄色と色とりどりの花。そして、辺りを散策する人たちにはその香りが最高のご褒美。写真だけではこの香りをお届けすることができなくて非常に残念だと思う。

娘のお付き合いで香水の専門店へ立ち寄ることがよくある。「門前の小僧習わぬ経を読む」のと同じで、幾種類かの香水を嗅ぎ分けている内に、私なりの結論に達した。何と言っても、少なくとも私にとっては、バラ系の香りが最高だ。






鬱蒼とした木々に囲まれた小さな水溜りがあった。暗さばかりではなく、湿った冷気さえもが感じられる。そこに、睡蓮の花をひとつ見つけた。いや、ひとつだけではない。いくつも水面に浮かんでいるではないか。暗い水面の背景の中に浮かぶ白い睡蓮の花、夜空に輝く星のような印象だった。

そして、一本の広葉樹が折りしも初夏の陽光をいっぱいに受けて、既に濃くなってきた緑の葉の間に赤い実を幾つも輝やかせていた。何の木かまったく分からない。これは来シーズンまでの宿題ということのようだ....



夏や秋になるとどんな姿に変わるのだろうか。季節ごとに装いを新たにするこの植物園を頻繁に訪れてみたいものだ。雪の降った翌日に歩いてみるのもいいかも知れない。気分転換には最高の場所だと思う。騒音からはすっかり隔絶されており、つかの間とはいえ、そよ風や鳥の囀りの中に身を置くことができる。絶好の雰囲気と十分な空間が用意されている。

今年の春、ブラショフへ小旅行をする機会があった。山々が聳えている地域だ。そこで「蕗のとう」を眼にした時はただむしょうに嬉しく感じた。あれは、我が故郷と同じではないかという一種の親近感、あるいは、安堵感みたいなものだったかと思う。それに加えて、今回はこのブカレスト植物園でも大きく葉を広げた蕗に出会った。写真に収めておかなかったのは非常に残念だ。早春の味を代表するあの「ほろ苦い蕗味噌」にありつけるかも知れないという期待感が一気にふくらんだ。当地で蕗のとうが食材として用いられるかどうかについてはまったく分からない。しかし、蕗のとうの発見が私の気持ちを大いに和らげてくれたことだけは確かだ。

蕗は英語ではbutterburと呼ばれる。ヨーロッパ一帯に広く分布しており、ルーマニアではカルパチア山系の山麓地帯に広く分布しているようだ。ブラショフもカルパチア山系に位置しているので、蕗のとうが見つかったこと自体は当然である。