2011年11月30日水曜日

「アラブの春」と米国の思惑

- ある歴史家の見方 -



RTニュースの111日版が「アラブの春」について面白いコメントを掲載した。このコメントはウィリアムF.エングダールという歴史家の見解である[1]

「アラブの春」は2010年から2011年にかけてアラブ諸国に起きた政治的な動きだ。チュニジアに始まり、エジプト、イエメン、そしてリビアへと飛び火し、民衆主導のデモによって旧体制が崩壊した。政権の転覆には至らなかったとはいえ、この動きに影響を受けた国は多い。サウジアラビアもそのひとつだ。そして、この地域は石油やガスの産出·埋蔵地帯でもある。

20101217日、チュニジア南部の小都市で野菜を露店で売りながら家計を支えていた26歳の青年が市役所の前で焼身自殺した。これは無許可販売をしていたとのことで摘発を受け、それに対する抗議の出来事だった。これが注目を集め、全国的なデモとなり、チュニジア政権はあっけなく崩壊した。他の国でも注目の的となり、「アラブの春」へと発展していった。

「アラブの春」は一見歓迎すべき民主化のプロセスのように見えるが、上述の歴史家は、当然のことながら、我々素人とはまったく違った見方を持っている。人とは違った見方こそが我々一般大衆の世界観を一気に解放してくれる。その点が興味深いのだ。それを少し覗いてみたいと思う。

以下に、このRTニュース[1]の仮訳を示す。

  「米国の最終的な目標はアフリカや中東の資源を軍事力の影響下に置くことによって、中国やロシアの経済成長を妨害することにある。そうすることにより、ユーラシア大陸全体を支配下に置くことだ。」 著者で歴史家のウィリアムF.エングダールはこう明かす。

第二次世界大戦後に築き上げられた超大国が今崩壊しようとしており、今起こっている米国経済や米ドルの危機、さらには、米国の一連の対外政策はすべてがこの崩壊過程の一場面だ、とエングダールは言う。

百年前に大英帝国が崩壊しつつあったとき英国人の誰もが自国の崩壊を認めようとはしなかった。それとまったく同様に、ワシントンDCでも誰もが認めようとはしない。今起こっていることのすべては、この超大国がただ単に崩壊をくい止めようとする努力をしているだけではなく、その影響力をいつまでも世界の隅々に行使しようとする米国の意思と深くかかわっている。

ウィリアムF.エングダールが信じるところによると、中東や北アフリカでの暴動は一番最初は2003年のG8会議においてジョージW.ブッシュが提唱した計画を反映したものだ。その計画は「大中東プロジェクト」と呼ばれた。

アフガニスタンから始まって、イラン、パキスタン、そしてペルシャ湾岸地域、さらには北アフリカを経てモロッコに至るまで、「民主化」の名目の下でこれらの国々をコントロール下に置くべく陰で操ったのだ。

いわゆる「アラブの春」は周到に計画され、予め組織化され、扇動者らによってカイロやチュニジア、あるいはその他の都市では「自然発生的な」抗議デモやツイッターを活用した暴動となり、それらの動きが巧妙に利用された、とこの歴史家は指摘する。

「アラブの春」の抗議デモのリーダーの中にはセルビアのベルグラードで「キャンバス」(Canvas: Center for Applied Non-Violent Actions and Strategists - 非暴力行動と戦略のためのセンター)とか「オトポール」(Otpor: セルビア語で「抵抗」を意味する。旧ユーゴスラビアでミロセビッチ大統領に対して非暴力の反政府運動を展開し、成功を収めたことで知られている[2])といった組織の活動家から訓練を受けていた者たちがいる、とエングダールは明かす。

エングダールによると、米国国務省がイスラム世界をどのようにしたいかと言うと、ふたつの主要な動機が挙げられる。

その最初の動機は巨万の富がアラブ世界のリーダーの手中にある点だ。政府系ファンドや資源など。基本的な筋書きは旧ソ連邦が1991年に崩壊した時と全く同様だと言ってもいい。それは、IMFによる民営化、自由市場経済、等を登場させ、西側の銀行や企業がアラブ世界に入り込み、その富を略奪することだ。

二番目は中国の将来の経済成長に対して非常に戦略的な地位を占めることになるかも知れないリビアや南スーダンといった石油産出国を米国の軍事的影響圏に収めることだ、とエングダールは指摘する。

「ユーラシア大陸をコントロール下に置くことが最終的な目標だ。そして、これはズビグニュー·ブレジンスキーが1997年に著した有名な本「偉大なるチェスゲーム」で述べていることと重なる。特に、ロシアと中国ならびにこれらの国と経済的および政治的な団結を標榜するユーラシアの他の国々をコントロール下に置くことだ。」

その結果はすでに現れている。エジプトやチュニジアでは民主化がすでに経済を弱体化し、かってはアフリカで最高レベルの生活水準を誇っていたリビアはNATOの爆撃によって今や廃墟同然だ。

西側の主要国、特にペンタゴンの最大の関心事はエジプトやリビアの市民のために正常な生活環境を回復することなんかではなく、異常事態に陥った国や地域を軍事的なコントロール下に収めることだ、と歴史家は評価する。TNC、すなわち、リビア臨時政府の主たる関心事はカダフィ大佐の42年間の政権下では聞いたこともないようなNATOへの基地使用権の供与だ。

アフリコム(AFRICOM:ペンタゴンのアフリカ·コマンド)が現地の動きを調整している。興味深いことには、2006年に中国が40カ国にものぼるアフリカの国々を北京に招き、石油資源の開拓や病院の建設、インフラの整備といったIMFが過去30年間に思ったこともやったこともないような事業について署名を交わし、アフリカ外交を展開した直後にこのアフリコムが設立された。

米国が中国の利益や安全保障に真っ向から敵対しているのは本当であるが、毎年貿易で3000億ドルもの利益を上げている北京としては、単純に言って、このお金をどこかに投資したいのだが、現実にはこんなに多額の金額を吸収してくれる市場がない。北京は米国の財務省証券を買うしかない。財務省証券を購入するということは米国が推し進めている戦争に資金援助をしているも同然だ。皮肉にも、中国は直接的に自国の利益に反することをしていることになる。

ウォール街の金融の神々にとっては、生き延びるためや米ドルを維持するための唯一のチャンスは今や略奪をすることができる新たな国や地域を見つけ出すことだ。「アラブの春」はアラブ世界が所有している膨大な富を掴み取り、それを民営化する方向に向けるためのものだ、とエングダールは結論付ける。

ユーロ圏の将来も厳しい。というのは、ギリシャの財政危機はEUの下で2002年に他ならぬゴールドマン·サックスによって仕掛けが作られた。金の流れを見ると、ギリシャ危機はウォール街や米国財務省ならびに米連邦準備金制度の命令で何時でも起爆させ、その準備金、つまり、米ドルを防御することができるような仕掛けだった。

米国は世界中に次々と基地を作っている。例えば、17箇所に新しい基地が作られ、そのほとんどが空軍用だ。アフガニスタンの基地は中国との新しい戦争のためかも知れない。あるいは、多分、ロシアとの戦争のためだろう。

「ただ単に冷戦時代の歴史からという訳ではなく、それ以上に、ロシア自身は、NATOや米国の「大中東プロジェクト」が持つ著しく危険な戦略に対する反撃勢力として、建設的で安定化に向けた非常に大事な役割を演ずることができる。少なくとも、そう願いたいものだ。」
 

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私は常に思っていた。ユーロ危機は米国がユーロ圏に対して仕掛けた金融戦争だと。

派手にドンパチとやる武器を使った戦争とはまったく違って、金融戦争では目には見えない武器が使われ、非常に長いスパンの時間をかけて戦争が行われる。

この歴史家が描いた米国像は辛らつだ。しかし、その実像に非常にうまく焦点が合っていると思う。素人のピンボケ写真とはまったく違うのだ。素人が抱いている日頃の印象や断片的な思いを上手に整理し、簡潔に纏めてくれていると思う。

ユーロ危機を戦争にたとえると、ギリシャ危機はひとつの作戦でしかない。次の作戦の対象はスペインやイタリアへと移っていくことになろう。投資銀行のゴールドマン·サックスや格付け会社のスタンダード&プアーズやムーディーズはそれぞれの専門分野に特化した作戦部隊だ。そして、世界を股にかけた強力なマスコミが後押しをする。

日本や韓国に目を移すと、TPP環太平洋経済連携協定)は原子力空母に匹敵するかも知れない。日本や韓国に配備して、持ち前のクルーズミサイルを駆使して次々と作戦を展開させるのだ。日本や韓国にとって最も大きな脅威はその「ISD条項」と名づけられたクルーズミサイルだ。医療保険制度とか環境条例が狙い撃ちされることになる。

ISD条項とはInvestor State Dispute Settlementの略で、「投資家対国家間の紛争解決条項」と呼ばれる。強力な破壊力を持ったこのISD条項によって、韓国や日本にはあるが米国にはない規制によって米国の資本家が被害を受けたとして韓国や日本が提訴され、彼らによって選出された国際調停機関によって日本や韓国の政府あるいは地方自治体は莫大な賠償金をとられる。これがTPP版の収奪の仕組みだ。

このようなISD条項による被害はカナダ、米国、メキシコの3国間のNAFTA(北米自由貿易協定)で数多くの事例が起こっている。米国の隣国であり、同じヨーロッパ文化圏に属するカナダさえもが莫大な被害を受けた。

米国の隣人であるカナダやメキシコから始まって、ヨーロッパや韓国および日本も含めて、米国は一方ではこれらの国々とさまざまな同盟を結びながらも、経済戦争では他国をあくまでも搾取の対象としか見ていない。

既にその甘い味を十分に覚えた米国の資本家にとっては、従順で金持ちの韓国や日本は濡れ手に粟だろう。

歴史を見ると、米国はこうした仕掛けの名人であることが分かる。特に、坂道を転げ落ち始めた今、米国の資本家は手段を選ばない。唯、彼らは狡猾にもこれを「経済のグローバル化」、「自由経済」、あるいは、「非関税障壁の撤廃」と呼んで、あたかも、韓国や日本にもその恩恵が得られるかのように偽装した。ここに彼らの詭弁の真骨頂が見られると言えるのではないだろうか...

ウィリアムF.エングダールの上記の記事によって、「アラブの春」の向こう側にはとんでもないものが見えてきた。



出典:

[1] Arab Spring is about controlling EurasiaRT News, November 01, 2011

[2] Who Really Brought Down Milosevic?New York Times, November 26, 2000





 


2011年11月23日水曜日

米国は歴史的教訓を学びとることができるか

面白い記事が見つかった。

それは、「我々は尊敬されなくなった」と題する記事[1]で、米国の元上院議員が最近の米国の政治を憂える内容だ。

米国は異を唱える国に対してはどの国に対しても戦争を吹っかけようとする酔っ払いみたいになってしまった。私はアメリカが好きだ。しかし、同時に、この国は強大であるとはいえ、今坂を転げ落ちつつある国家であるが、そのことを我々のリーダーは認めようともしない.....」と、元上院議員で、米国大統領選の候補者にもなったことがあるマイク·グレイブルは言う。

米国が今行っていることはと言えば、それはまさに非道徳そのものだ。9/11同時多発テロの結果、我々は自分たちの道徳のコンパスをすっかり変えてしまった。人々はお互いを残忍に扱うことに慣れてしまった。我々アメリカ人はドイツで起こったようなことは我々の間では起こりっこない!』と言っていたものだ。ところが、それが今起こっているのだ。しかも、世界規模での米国の地位を代償にしてまで、今、起こっているのだ.....」と。

米国は歴史から何も学ばないのだろうか?

後ろを振り返ることは勝利主義者にとってはタブーであるとでもいうのだろうか?



そこへ、次のような記事が今朝登場した。

ロシアのテレビ局(RT ニュース)の1123日版にはマレーシア法廷、イラク戦争でブッシュとブレアーを有罪判決に[2]という記事が掲載された。

それを仮翻訳すると次のような内容である。

­  マレーシアで開かれた象徴的な法廷は元米国大統領ジョージW.ブッシュと元英国首相トニー·ブレアーをイラクにおける「平和に対する犯罪」について有罪と判決した。この法廷はマレーシアの活動家たちが始めたもので、4日間を要して、上述の政治家二人を不在のまま有罪とした。

このクアラルンプールの法廷は何ら法的管轄権を持ってはいないことから、この評決は象徴的なものである。2007年に、イラクへの軍事行動に反対したことで有名なマレーシアのマハティール·モハマド元首相によって同国に戦犯法廷が設立された。



非常に興味深い内容だ。

ブッシュ元米国大統領は重大な戦争犯罪を犯したとする論調は前々からあった。特に、イラク戦争を開始する理由の中心にあった大量破壊兵器の存在が脆くも崩れ去った時、そのような指摘が結構たくさんあったと記憶している。しかし、かっての一国の首相がこの件に真正面から取り組み、世界の人々の良識に訴えようとするこの動きには脱帽だ。政治的にも健全だと思う。

さらに本件に関係する記事を漁ってみた。

数日前の20111118日に「象徴的な戦犯法廷がブッシュ、ブレアーを裁く[3]と題する記事があった。


それの仮訳を次に示す。

マレーシア、クアラルンプール発(AP)  マレーシア人に率いられた活動家たちが元米国大統領のジョージW.ブッシュと英国の元首相トニー·ブレアーはイラク戦争において平和に対する犯罪を犯したとして今月象徴的な法廷を開く、とこのイベントの組織関係者が火曜日に語った。

このクアラルンプール戦犯法廷はマレーシアのマハティール·モハマド元首相のイニシアチブで始まったもので、同氏は2003年の米国主導のイラクへの出兵に断固として反対した一人だ。

本法廷は土曜日から4日間の公聴会を開き、ブッシュとブレアーが平和に対する犯罪を犯したかどうか、ならびに、イラク侵攻において国際法を犯したかどうかを特定する、とマレーシアの弁護士、ヤコブ·フサイン·マリカンが説明した。

「起訴を免除されてきたこれら二人を我々はこのフォラムにおいて法廷へ連れ出し、彼らが戦争犯罪を犯したことを実証したい」と、ヤコブはAPに語った。

活動家たちは、最近、告訴に関する情報をブッシュとブレアーに送付したが、先方からは何も反応がない、とヤコブは言う。

イリノイ州出身の国際法を専門とするアメリカ人、フランシス·ボイル教授はこの公聴会での検察官の一人である。本公聴会は、イラク戦争によって影響を受けた人たちの訴えに耳を傾けたマハティールによって設立された「マレーシア平和基金」によって実施された2年間に及ぶ調査の後を受けて開催されるものである。

この種の公聴会には前例がある。それは1967年のベトナム戦争犯罪パネルだ。このパネルは哲学者のバートランド·ラッセルやジャン·ポール·サルトル等によってスウェーデンとデンマークで開催された、とヤコブは言う。このベトナム法廷は米国がベトナムに対して侵略行為を犯し、民間人を爆撃したと断定した。しかし、米国ではこの訴追はほとんど無視されたままだ。

クアラルンプール法廷は7人の裁判官で構成されたパネルを持ち、このメンバーにはマレーシア最高裁の元判事二人や米国からの平和活動家アルフレド·ランブルマン·ウェブルやインド出身でムンバイに拠点を置く弁護士ニロウファー·バグワド等が含まれている。

この法廷がブッシュとブレアーは有罪であると判決した場合、同法廷は彼らの名前を象徴的な「戦争犯罪人名簿」に登録する。

来年、同法廷は別個の法廷を開き、イラク戦争において甚大な苦痛を与えた罪で、元米国副大統領のディック·チェイニーや元国務長官のドナルド·ラムズフェルドならびに元検事総長のアルベルト·ゴンザレスを含む米国政府関係者を訴追する、とヤコブは語った。
 

するどい洞察力を持ち、個人的な利害関係に溺れない人たちだけが物事を正しく捉えることができるのではないかと思う。マレーシアの元首相は政治家でありながらも、そんな人たちの一人なのかも知れない。また、上述の米国の元上院議員もその好例だ。これらお二人はすでに引退しているとはいえ、今も政治の分野で人々を導こうとしている。
 
こういった動きを積みかさねることによって、マレーシアは小国かも知れないが、そこからの人道への呼びかけが周りの国を動かし、国連を動かし、米国を、そして、世界を少しでも変えて行って欲しいと思う。国際政治の方向性を少しでも修正して欲しいものだ。
 


 
出典:

[1] ‘We have lost respect’ – former US SenatorNov/22/2011, RT News

[2] Malaysian court convicts Bush and Blair over Iraq warNov/ 23/ 2011, RT News

[3] Symbolic 'war crimes' tribunal to try Bush, BlairNov/18/2011, Associated Press





 



2011年11月4日金曜日

高レベル放射性廃棄物の処分場は設けることができるのか

下に示す写真は福島第一原発事故で東電の作業員が使った、放射線で汚染された防護服の山だ。この写真の中に写っている人たちの背丈よりも遥かに高く積み上げられた放射線防護服の山。48万着だという[1]




この防護服を汚染した放射性核種とは何だろうか。

セシウム137だとすればその半減期は30年だ。現在の放射線量が百分の一以下になるまでには約200年を要する。

今回の福島第一原発の事故で我々素人が学んだ冷徹な事実は使用済み核燃料は水をたたえたプールに沈めて、冷却し続けなければならないという点だ。

コンセントに繋ぎ込みさえすれば家電製品やパソコンは動いてくれる。しかし、そのコンセントの向こう側には使用済み核燃料が山ほどあって、毎日着実に増えて行く。それらには非常に長い半減期の核分裂性物質が含まれている。ヨウ素の半減期は7000年だ。

福島第一原発事故では、メルトスルーを起こした原子炉だけではなく原発内のプールに貯蔵されていた使用済み核燃料も放射能汚染の源となった。事故から1週間経った318日、朝日新聞の報道によると、東電は福島第一原発の1号機から6号機の使用済み核燃料貯蔵プールの保管状況を公表した。全基のプールにある核燃料集合体は合計で4,546本。建屋で火災が起きた4号機のプールにある使用済み核燃料の量が一番多く、その発熱量が特に大きいことが明らかになった[2]

この機会に放射性廃棄物の処理施設の現状を覗いてみよう。少しでも理解の幅を広げておきたいと思うからだ。

低レベル放射性廃棄物(放射性物質が付着したもの、炉心付近で使用された資材、等)は青森県の六ヶ所村再処理施設の埋設センターにて埋設処分され、その先300年間にわたって保管管理下に置かれる。この埋設センターは1992年から使用に供されている。

一方、使用済み核燃料からはウランやプルトニウムが抽出され、これらのウランやプルトニウムはMOX燃料としてプルサーマル発電に供される。残った高レベル放射性廃棄物は地下の処分場に埋設することが基本的な国家方針だ。福島第一原発の3号機では201010月からプルサーマル営業運転が開始された。

高レベル放射性廃棄物の処分方法に関しては北海道の「幌延深地層研究センター」および岐阜県の「瑞浪超深地層研究所」において地下設備に関する研究が進行中である。

日本の地質は大別するとふたつの種類で代表される。結晶質岩と堆積岩だ。地質環境の違いによって地下水の流れが大きく異なるので、日本では上記の二ヶ所で研究が進められている。幌延深地層研究センターでは堆積岩について、瑞浪超深地層研究所では花崗岩についての研究が行われている。また、地下水の性状を大別すると、幌延深地層研究センターでは塩水系、瑞浪超深地層研究所では淡水系である。

幌延深地層研究センターの最近の報告書を見ると、2018年頃までには研究を終える予定のようだ。現時点では研究用立坑の深さが250mに達し、2011年度中に350mにまで掘り下げるとのことだ。高レベル放射性廃棄物の地下処分場は300m以上の深さに設置される。

瑞浪超深地層研究所では深さ1,000メートルの立抗や水平坑道を掘削し、主に花崗岩を対象として断層および割れ目の性状や分布、地下水の流れや水質、岩盤の強度などについて調査を行うことを目的としている。20111028日現在の主立抗の掘削深度は500.4メートル。見学者の報告によると、2015年には1000メートルの目標深度に到達する予定とのこと。

地震や火山噴火の多い日本国内で果たして何万年もの保管に適した地下設備の建設ができるのかどうか、研究成果を待ちたい。

六ヶ所村再処理施設が完成すれば使用済み核燃料を再処理することができるのであるが、同施設はさまざまな故障に見舞われており、完成期日が18回も延長されてきた。いまだに未完成で、現時点での完成目標は201210月に繰り延べられている。現在の完成延期の理由は試運転時のトラブルだった。完成予定が18回も延長されてきたという事実は、使用済み核燃料の再処理技術が依然として未知の分野にあることを物語っているのではないだろうか。

また、使用済み核燃料の再処理作業自体がまた新たな環境汚染を招く可能性もあり、この点も運転開始後の最大の懸念材料だ。

原子力発電の技術はまだまだ未完の技術なのだ。

ほとんどの国で、放射性廃棄物の処分技術が未完成のまま原発が運転されているのが実情だ。日本も例外ではない。

原子力発電技術が「トイレのないマンション」と言われるゆえんである。

日米両政府が計画したモンゴルでの使用済み核燃料処分場の建設計画はモンゴル国民の猛反対にあって、頓挫した[3]。それは当然だろう。他国で排出された非常に危険な核廃棄物を一体何処の国が保管してくれるだろうか。

オーストラリアでも処理場の建設計画は世論の反対にあって流れたという。核廃棄物の処分はどこでも非常に厄介な問題だ。

フィンランドのオンカロ核廃棄物保管施設は10万年の保管期間を想定しているとのことだ[3]。同国では現在4基の原子炉が操業している。地下500メートルに設置される保管施設の工事が既に開始されている。2020年には核廃棄物の収納を開始し、2120年にはこの地下施設は満杯となり、密封され、その後10万年の保管が始まることになっている。

国民の安全に関して長期的な視野や戦略を持つ国、あるいは、地下施設として適切な地質構造が存在する国では現実の工事が始まっているのである。

スウェーデンでも2009年に地下施設の立地が確定した。建設場所として選定されたフォルスマルクの地下はほぼ割れ目のない岩石で構成され、長期の安全性を維持することができると見られている。

英国では1940年代以降核廃棄物はセラフィールドにある地上施設で保管されてきた。カンブリア地方への施設の移転が検討されたが、地域住民の猛烈な反対に遭ってこの案は頓挫した。長期的な視点にたった解決策は少なくとも2040年以前には見つからないだろうとのことだ[4]

ドイツは2022年までに原発を全廃することを今年(2011年)決定した。この決定には福島第一原発事故が決定的な役割を果たしたようだ。当面増え続ける高レベル放射性廃棄物の処分場を何処にするかは未解決のままだ。地下の岩塩層とか廃坑跡地に埋設処理を行うといった方向で具体策が検討されている。要は、何万年とかの長期の保管に適した地層であるかどうかだ。地下水にさらされるようなことがあってはならない。2013年には調査結果が公表され、適正と認められれば、岩塩の坑道がそのまま放射性廃棄物の貯蔵場所となる[5]

米国ではネバダ州のユッカ·マウンテンで大規模な地下処分場の建設が行われて来た。長い年月と巨額の費用がつぎ込まれている。ところが、オバマ政権になってこの計画は白紙撤回された[6]。背景には処分場の建設に当たって政府研究者による地質データに捏造があったとも言われている。安定した地質構造であり、格好の立地であると言われていたのだが、実際はそうではなかったらしい。米国版の安全神話の崩壊である。

しかし、これは早目にデータ捏造の事実が判明したことがネバダ州の地域住民にはかえって良かったのではないかと私は思う。


今年の3月、日本列島は超ど級の地震と津波に襲われた。そして、福島第一原発のメルトスルー事故となった。ここで、何十年もの間言われてきた日本の原発の安全神話は完全に崩壊した。史上最悪の原発事故としてあらゆる機会に引き合いに出されてきた旧ソ連邦のチェルノブイリ原発事故にも匹敵する事故となった。福島第一原発では事故後半年以上も経過した今でさえも原子炉を安定化することができないでいる。

このような超ど級の地震は500年から1000年に一度起こると言われている。専門家の報告によると、宮城県から福島県の沿岸各地の地層を調査した結果、貞観地震(869年)による津波では当時の海岸線から内陸へ34キロも浸水していたことが分かっているという。さらに地層を掘り下げると津波堆積物の地層が何層も見つかったとのことだ。巨大津波ははるか昔から繰り返し起こっていたのである[7]

それだけではなく、日本の太平洋沿岸ではどこでもこのような巨大地震の可能性がある。

また、それ以外の地域でも直下型地震に見舞われる可能性が残る。例えば、島根原発では原発のすぐ側を活断層が走っていると言われている。この活断層については電力会社による当初の調査が甘く、活断層の長さが十分に評価されてはいなかったという。それに加えて、当時の国の安全審査も非常に甘かったと批判されている。

使用済み核燃料は毎日確実に増加している。あなたや私の毎日の生活における利便性との引き換えにだ。しかし、放射性廃棄物の処分方法はまだ確立されてはいないのだ。

使用済み核燃料の埋設処分を外国に依存することが殆ど不可能となった今、それに適した立地が日本のような地震国に果たして存在するのだろうか。

日本では過疎地といえどもその殆どが人口密度の集中した地方都市とかなり近い。今回の福島第一原発の事故で分かったことは、ひとたび事故が起こると、事故による影響は20キロや30キロの範囲内に留まることはない。100キロや200キロも離れた地域にまで及ぶ可能性が非常に高い。チェルノブイリ事故では1000キロも離れた場所でさえも健康影響が報告されている。米国のネバダ州のような人口密度が非常に希薄で、しかも広大な面積を持つ土地などは日本には存在しない。

また、使用済み核燃料の放射能の半減期に比べると人工構造物の寿命は非常に短い。

鉄鋼構造物の寿命は100年だと言われている。パリのエッフェル塔は今122歳だ。7年ごとにペンキを塗り替えることによって今も健在である。

米国での橋梁の建設ラッシュは日本のそれよりも30年前に始まった。そして、橋梁の老朽化は既に始まっている。1983年、コネチカット州では橋が崩壊し、死者3名、負傷者5名の犠牲者が出た。その後も各地で幹線道路や地方道路で鉄橋が崩落している。産業界では50年以上経った橋梁を「高齢化した橋梁」とみなしているそうだ。日本でもこの2010年代から米国の事例と同じような橋梁の老朽化が表面化してくると言われている。これは屋外に設置された鉄鋼構造物の宿命である。

鉄筋コンクリート製のマンションはどうか。数十年でひび割れが発生し、雨漏りが起こっているマンションが少なくないと聞いている。

高速道路はどうだろうか。業界では「建設10年。管理100年」と言われている。管理を良くすることによって100年は使用に供したいという意味だ。

我々の日常生活ではこういった人工構造物の耐用年数はせいぜい100年程度であることが分かる。

高レベル放射性廃棄物の山を鉄筋コンクリートの建屋で覆ったとしても、100年もするとその建屋が耐用年数に到達することになる。放射線量が高い場合は、放射線の影響で人がペンキの塗り替え作業をすることもできない。全てをロボット化できれば話は別だが、ロボット化してもその設備自体の部品交換やメンテナンスはどのように実施していくのか。放射性廃棄物からの放射線量は100年経っても、200年経っても少しも下がってはくれないのだから。

地下処分場においては、コンクリートは地下水の存在下での耐久性が問われる。現在最も有望視されているセメントの種類は低アルカリ性セメントだ。地下環境における低アルカリ性セメントの性能評価が目下進行中である。

結局、世界の趨勢は地下に処分施設を設置する方向にある。これは、使用済み核燃料を人間生活から間違いなく隔離するという目的においては地上の施設よりも遥かに安全で、安定した管理が可能だと判断されるからだ。

しかし、堆積岩あるいは花崗岩であるにせよ、ある特定の地域の地質構造が持つ地震に対する耐性は小規模な地震のデータに基づいて500年から1000年に一度起こるとされるマグニチュード9のような巨大地震に対する耐性を実用的な精度をもって外挿することができるのだろうか。

2006年に原子力委員会が作成した「長半減期低発熱放射性廃棄物の地層処分の基本的考え方」を参照すると、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)処分施設の概要調査地区の選定に当たっては、文献調査を行うと同時に、地震等の自然現象による地層の著しい変動の記録がなく、かつ、将来にわたってそれらが生じる恐れが少ないと見込まれることを確認するとしている[8]

下線を施した部分は私のような素人にとっては非常に曖昧だ。どうとでも受け取れるように思えてならない。

福島第一原発事故では地震や津波の規模は「想定外だった」と政府や東電が言った。しかし、放射性廃棄物の地下処分場を建設するに当たっては、今や同じ言い訳は通じない。不確実性があるならば、はっきりとそれを認め、そのことを地域住民に詳しく伝え、そういった不確実性についてどんな安全策を取っているのかを説明するべきではないか。曖昧さを残したままで処分場の建設を進めることは政治的にも倫理的にも許されない。

島根原発周辺の活断層の評価における失敗と同じような間違いは二度と繰り返してはならないと思う。

地域住民の信頼を勝ち取るためにも、素人にも分かるような説明をして欲しいものだ。ここでは地域住民と言ったが、これは極めて不正確な表現である。原発や高レベル放射性廃棄物処分場の安全性は設備周辺の地域住民だけの関心事ではない。今や、日本国民全体の関心事である。



出典:

[1]48万着、使用済み防護服の山「Jヴィレッジ」内で保管 (産経ニュース、20111015)
 
[2]4号機プールの核燃料発熱突出 まだ使用途中の燃料も(朝日新聞、2011318日)

[3]モンゴル政府核処分場建設計画を断念、日本に伝達(毎日新聞、20111015日)

[4] Nuclear waste - Keep out for 100,000 years: guardian.co.uk, 24 April 2011

[5]揺れるドイツの放射性廃棄物最終処分地(読売新聞ベルリン支局三好範英、2011912日)

[6]どこへいく放射性廃棄物 ユッカマウンテンを捨てた米国政策の行方:日経サイエンス、20102月号(M.L. ウォルド:ニューヨーク·タイムズ紙)

[7]緊急寄稿:「地層が訴えていた巨大津波の切迫性」、宍倉政展、産業技術研究所 活断層·地震研究センター、2011320

[8]長半減期低発熱放射性廃棄物の地層処分の基本的考え方 ―高レベル放射性廃棄物との併置処分等の技術的成立性―:2006418日、原子力委員会、長半減期低発熱放射性廃棄物処分技術検討会