2018年11月11日日曜日

米国の民主主義を破壊しているのはロシアではなく、金だ

本日お届けしようとする記事は非常に衝撃的だ [注1]。なぜ衝撃的なのかと言うと、本当のことをさらりと言い切っているからだ。

その表題は「米国の民主主義を破壊しているのはロシアではなく、金だ」と断じている。世界中で数多くの政治家や政治評論家、あるいは、ジャーナリストがさまざまな形で論戦を張り、言いくるめようとして来た内容をこの記事は一刀両断し、実に明快な結論を示してくれた。

11月6日の米国の中間選挙の結果、下院では民主党が優勢となった。これを受けて、2年前の大統領選以来米国の世論を分断してきた「ロシア介入説」は、事実はどうであったのかとは無関係に、民主党が推進するトランプ大統領の罷免に繋がって行くのかもしれない、と一部のメディアがすでに論じ初めている。米国社会にとってだけではなく全世界にとって不幸なことには、米国の政治の混迷は晴れそうにはない。皮肉を込めて言えば、これは米国の政治が何時もの調子に戻ったということだ。

さっそく、この記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。


<引用開始>



Photo-1: 政治家の背後を金が追いかけて来るのではなく、政治家が金を追いかけるのだ © REUTERS/Brian Snyder


米国の中間選挙には52憶ドル以上が費やされたと推算されている。その内の何億ドルもの額は超富裕者らによって寄付されたものであることは何の秘密でもない。しかしながら、このようなシステムは民主主義とは相容れない。

先週のガーディアン紙の記事でチャック・コリンズは米国の三大富豪、つまり、ウォールマートを経営するウォルトン家、チョコレート製品や食品のマース家、コック兄弟は合計で3487憶ドルもの富を所有する。この金額は米国の平均的な一般庶民の家庭の4百万倍にも相当する。

ノースウェスターン大学の研究者が最近行った調査によると、いわゆる「博愛主義的」で自由主義的な富豪であるビル・ゲイツのスタイルが人気を博している一方で、これらの超富豪の政治的姿勢は「頑固な程に保守的」である。彼らは富裕者に対する減税や遺産税の廃止の正当性を信じている。銀行業や環境関連の規制には反対であって、何百万人もの米国人が頼りにしている社会福祉プログラムには何ほどの関心も示さない。




Photo-2: 共和党に寄付をする超富豪のデイビッド・コック © REUTERS/Carlo Allegri

これらの課題に関して誇り高く発言をする代わりに、彼らは研究者らが名付けるところの「ステルス政治」に徹する。換言すると、彼らは政治に関して公けに発言することは非常に稀で、ロビー活動をする政治家に対して密かに大量の金をばら撒く。これは保守派の超富豪寄付者は悪玉で、自由主義派の超富豪寄付者は善玉であると言おうとしているわけではない。そのような見方は自由主義系の大手メディアが善良さの典型としてジョージ・ソロスのような人物を推進し、コック兄弟の影響については文句を言いたい時にわれわれ一般庶民に信じて貰おうとして使う対比的な言い回しでしかない。事実、米国の超富豪は驚くほど保守的である。さらに言えば、平均的な米国の労働者のためになるより公正で、より良い社会を作ることに彼らが興味を示すことはまったく稀だ。



Photo-3: ジョージ・ソロス © REUTERS/Charles Platiau

しかし、お金を施しものとして分け与える連中の政治とは無関係に、このシステムは合法的な自由を享受するには余りにも腐りきったシステムであり、真の民主主義とは相容れない。いったいどうしてこんなことがあり得るのか?政治家たちは一般民衆に対しては恩義を感じないが、富裕な寄付者や特別利益団体には恩義を感じるのである。私の言うことを鵜呑みにはしないで欲しい。元議員で現在はホワイトハウスの行政管理予算局局長を務めるマイク・マルベイニーは4月に行ったスピーチで本件に関しては下記のように述べた。驚くほど率直であった。

「議会における私のオフィスには序列があった。あなたがロビイストであって、お金を銭さえも私に持って来ないならば、あんたとは話をしない。もしもあんたが私にたくさんのお金を持ってくるロビイストであるならば、私はあんたとじっくりと話をするだろう。」

富裕な寄付者やロビイストは政治家が議会において彼らの利益団体のために奉仕するだろうことをわきまえており、大量の金を政治活動のために費やす。たとえば、保守的な億万長者であるシェルドン・エイデルソンは1憶ドル超を2018年の中間選挙に寄付した。何億ドルもの財産を貯め込んでいるエイデルソンともあろう者がいったいどうしてこうも選挙にかまけているのだろうかと皆さんは不審に思うかも知れないが、その答は卑劣な程の拝金主義にある。コリンズがガーディアン紙に書いているように、彼らは自分たちのために何億ドルもの金を貯めこむためには何百万ドルかを費やすのだ。普通の米国人は、たとえ政治活動家であるとしても、国政にはほとんど何の影響力も持ち得ない。



Photo-4: 現ナマの大波 - 記録的な選挙費用が2018年の中間選挙を「かってない程金のかかる選挙」にした

しかしながら、ほとんどの米国人にとっては政治から金を追放し、自分たちの民主主義を取り戻すことはそれ程大きな関心事ではないようだ。それに代わって、超富裕なエリートらは大手メディアに支えられて、都合よく組み立てられた物語を駆使して、国民の関心をよそに向けることにまんまと成功している。

民主党員にとっては、いわゆるロシアによる「共謀」や「干渉」はドナルド・トランプが大統領に選出されてからというもの、国民の関心を逸らす戦術としては大成功であった。共和党員やトランプ自身にとっては、移民について度を越して恐怖を煽ることはその根本的な原因(多くの場合、米国の対外政策を不安定なものにする)を無視することにはなるが、国民の関心を逸らす戦術としては見事なものだ。

関連記事: #ICYMI: How to spot Russian interference in the US midterm elections (VIDEO)

ロシア人や移民の波がやって来ると言って米国人は際限なく議論していながらも、彼らは現在稼働している政治システムは芯まで腐っており、象牙の塔に住む一握りの超富裕者のために仕えているという事実に焦点を当てることはすっかり忘れてしまっている。女優のマーシャ・ウオーフィールドが先週ツイッターでこのことをうまく総括してくれた:

「より良い生活を求めている移民についてあんた方はどうして頭に来てしまったの?一握りの守銭奴らが世界中の資源を漁っている中で、私たちは自分たちの間で小銭を得ようとして戦いあっていることについてはどうして頭に来ないのかしら?」

2016年には約65億ドルが大統領選や議会選挙のために費やされた。これだけの金があれば、すべての教師に一人当たり2千ドルの昇給をしてやることが可能だ。こういった金はさまざまな形でもっといい使い道があることは明らかであるが、そのことは別にしても、政治の分野へ入って行こうとするとお金がかかり、これが大きな障害になっているという事実が存在する。資金を入手できなければ、選挙運動を行うことさえもできない。そして、(富裕者からの寄付によって)何とか資金を入手したとしても、彼らに対して後々恩義を感じざるを得ないのだ。候補者が大口の寄付や企業からの支援を得ずに草の根的な選挙運動に何とか成功することは非常に稀である。民主党は、多くの場合、政治から金の関与を排除することに賛成するが、現実には彼らは金を寄付しようとする者からは誰からであっても寄付金を受け取る共和党とまったく同じである。



Photo-5: 人種差別的な電話での録音メッセージやソロスからの資金が原因?フロリダ知事選が急速に汚い選挙に変化 

中間選挙に影響を与えようとして、外部団体(選挙運動には関係なく、連携もない団体)が10億ドル以上もの金を費やした。約1億2千8百万ドルは寄付者が誰であるかを公表しない、いわゆる「黒い金」である。ここで、次のことを考えて欲しい。米国人のたった0.42パーセントが今年の選挙のために200ドル以上の寄付を行った。この数値は些細なものに見えるが、これらの寄付者は選挙に対する寄付総額の66パーセント以上を占めているのである。

関連記事: From dumpster fires to deportation buses: The midterms’ craziest campaign ads

これでは民主主義が実施されているとは言えない。民主党と共和党のどちらかを選ぶという行為は顔をピシャリと殴られるか、鼻面にパンチを食らうかのどちらかを選ぶようなものである。このことを米国人が自覚するまでは、何も変わることはないだろう。11月6日に投票結果が集計され、民主党と共和党のどちらかが勝利を収めたとしても、全権力を保持しているのは一握りのエリートたちである。

注: この記事に示されている声明や見解、あるいは、意見はあくまでも著者のものであって、必ずしもRTの見解や意見を代表するものではありません。

<引用終了>


これで引用記事の全文の仮訳が終了した。

ロシアによる米大統領選への干渉は作り話だと私はかねてから考えていた。私にとってはこの記事が言わんとしていることには十分に正当性があると思う。

「民主党と共和党のどちらかを選ぶという行為は顔をピシャリと殴られるか、鼻面にパンチを食らうかのどちらかを選ぶようなものである。このことを米国人が自覚するまでは、何も変わることはないだろう」という見方は実に秀逸だ。

私は個人的にはトランプ大統領が選出されて良かったと思っている。そう思っていた。もしも好戦的なヒラリー・クリントンが大統領になっていたとしたら、われわれは誰もがすでに核大国同士の核戦争の中で蒸発してしまっていたのではないだろうか。そう考えると、トランプの方が遥かにましだ。私はそんな風に考えていた。

しかしながら、ヒラリー・クリントンもドナルド・トランプも所詮は背後に控えている超富豪エリートに操られているに過ぎないとしたら、トランプの方がましだとする上記の議論はまったく意味を成さなくなる。「民主主義」とか「選挙」という言葉が超富豪のために都合の良い真実を隠すための煙幕として定期的に用いられ、われわれ一般庶民はそれらの言葉が織りなす疑似的現実の中で酔いしれているのだ。そのような現実を考えると、大きな無力感に襲われる。



参照:

注1:It’s not Russia that’s damaging American democracy – it’s money: By Danielle Ryan, RT OP-ED, Nov/04/2018, https://on.rt.com/9hw0









2018年11月7日水曜日

ウクライナとジョージアをNATOの一員とすれば、ロシアを戦争に引っ張り出すことになってしまうかも


米国の大統領が4年あるいは8年毎に入れ替わっても、軍産複合体の目標は変わらない。宿敵であったソ連邦が崩壊し、ワルシャワ条約機構軍が解消され、冷戦の基本的構造が姿を消してから今や27年となる。しかしながら、この27年間を振り返ってみると、西側の精神構造はまったく変わってはいない。冷戦の構造を支えてきたNATOの存在は縮小されるどころか、拡大するばかりだ。

米国の政治は誰が大統領になっても、米国の覇権構造を裏から支えようとするエリートらの行動目標は変わってはいないのだ。

極端な場合、大統領の意向に背いてでもペンタゴンやCIAは密かに、時には、公然と自分たちの行動を継続しようとする。かってアイゼンハワー大統領が軍産複合体の巨大化を心配して、警告を発した。半世紀以上も前の話である。彼らの行動は、今や、最高軍司令官である筈の大統領の対外政策や意向を無視するところまで来た。シリアにおける米軍の存在がその好例である。国内においては2016年の大統領選でロシアが介入したと断定した諜報部門の報告書(January 2017 Intelligence Community Assessment)がそのいい例だ。ロバート・ミュラー特別検察官が率いる調査委員会による長期間の調査にもかかわらず、ロシアが介入したという証拠を見い出せないままである。

軍産複合体の周辺では大手メディアがプロパガンダ役を引き受ける。あの手この手でフェークニュースを作り出すし、一般大衆を洗脳する。高額の返礼を手にしたい評論家には事欠かないのだ。

軍産複合体の半世紀以上にわたる最大の目標は巨大な軍需産業を維持し、発展させることにある。そのためには巨大な軍事組織(ペンタゴン、諜報機関、NATO、ならびに、軍需産業)が必要であると国民が信じてくれるような手強い仮想敵が存在しなければならない。こうして、ソ連を相手にした冷戦が半世紀も継続され、今や中国も新冷戦の相手となった。その結果、超核大国間同士の米ロ間の関係は前の冷戦時のそれよりも遥かに険悪になっていると評されている。

このような現状に関して、米国の識者が書いた啓蒙記事がここにある。「ウクライナとジョージアをNATOの一員とすれば、ロシアを戦争に引っ張り出すことになってしまうかも」と題されている [1]。これは大手メディアが歪曲して一般大衆を洗脳しようとする報道の内容を現実に起こっている出来事に基づいて本当の姿を伝えようとするものである。換言すると、日頃この種の報道を読まない一般大衆にとっては必見の記事である。

著者の論点を熟知している方々も多いと思うが、そういう人はこの投稿を飛ばして、他の関連記事へ進んでいただきたい。この著者の論点に興味を覚える方はこの記事を丁寧に読み進めていただきたいと思う。現実の世界がまったく新しい姿で現れて来ることだろう。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有しようと思う。


<引用開始>



Photo-1: ノルウェー沖でのNATO主導の「Trident Juncture 18」合同演習、
© Global Look Press / US Navy


西側の指導者らは東欧諸国を軍事的に強化し、ロシアとの国境沿いにNATOを配備することはモスクワとの平和を維持するためには不可欠だと主張する。事実とはまったく異なる論理であって、これ程の歪曲はない。 

今世紀の初頭以降、地政学の分野には間違えようもない新たな傾向が生まれている。その傾向の中で、今はウクライナとジョージアが次の段階に差し迫っており、人類の将来にとっては、不幸にも、壊滅の兆候を示している。確かに、これは究極的な破壊へと繋がりかねない。私は、軍備を抑制する条約が次々と破棄される中で、絶え間なくロシアとの国境に迫ろうとしているNATOに関して喋っているのだ。

そのようなシナリオは決して起こらないという約束をしたにもかかわらず、そして、誰が米国の大統領になろうともそれには関係なく、NATOの東方への絶え間のない進出は「ああだ」、「こうだ」といった言分けの下で何年間も継続されて来た。




Photo-2: 「結果としては、ノルウェーの安全を弱めるかも」: NATOの演習には5万人もの将兵が参画し、数十年で最大の規模であ(VIDEOS)  [訳注: NATOのこの巨大な軍事演習は「Trident Juncture 2018」と称され、ノルウェーで進行中である。何千何万もの将兵や車両が投入されている。この演習によって加盟国は自国の安全を感じるだろうとは思うが、中にはこの演習によってノルウェーは攻撃目標になってしまったと危ぶむ声もある。]

欺瞞の歴史: 

1991年のソ連邦の崩壊時にはやや高揚するような、前向きな雰囲気が感じられたけれども、チェコ、ハンガリー、ポーランドが1999年に西側の軍事同盟へ新たに加盟したことによって西側とロシアとの関係は大きく歪んでしまった。ワルシャワ条約機構軍はその10年ほども前に解消されていたことから、数多くの観測筋はNATOのこの出来事を言語道断であると見たのである。

しかしながら、2001年の後半にジョージ・W・ブッシュ大統領が米国は弾道弾仰撃ミサイル制限(ABM)条約から脱退すると宣言した時、実際には、「世界の安定」と名付けられた重要な車両の車輪が外れ始めたのである。「相互確証破壊」という自殺行為を示唆する理論的根拠に基づいて、核兵器制限条約は30年間にわたって核大国間の平和を維持して来たのであった。プーチンはこのABM条約からの米国の脱退は「誤った決断だ」と評している。

この廃止となった条約をここで言及する目的は、あの時点以降、NATOの隠された動機に関する懸念に油を大量に注ぐことになったという点にある。ABM条約という足枷を外されて、米国はミサイル防衛システムを東欧に配備する動きを開始することが可能となった。ブッシュ政権による断続的な動きがあったにもかかわらず、ミサイル防衛システムに関してはモスクワ政府と協力するというオバマ政権の保証は実現されず、そうした協力関係は世間に周知されるレベルには進まなかった。

2016年の5月、NATOはルーマニアに配備されたミサイル防衛システムがフル稼働の体制に入ったと発表した。 

さて、モスクワ政府が手を出そうともせず、協力の要請に関してはNATOが何れは賛成してくれるだろうといった希望を抱いて、何もしないでいたならば、ロシアの国境沿いにおけるこのミサイル防衛システムの配備は事態をまさに一変させていたことであろう。しかし、周知の如く、ロシアは手を出さず、何もしないでいるような選択肢を選ばなかった。実際には、ロシアは信じ難いことをやり遂げていたのである。この3月、ウラジミール・プーチン大統領はロシアが驚くべき迅速さで最新鋭の兵器の開発に成功したことを公表した。これには核エネルギーを動力源とし、無限に近い射程距離を有する巡航ミサイルさえもが含まれる。この最新兵器はロシアの核抑止力を一掃しようとするNATOの努力を単独で無効にしてしまう威力を秘めている。

不幸なことには、ロシアの地政学的な裏庭で煙を吐いている米国のミサイル防衛システムだけがモスクワの心配事という訳ではない。西側のメディアによるプロパガンダやシンクタンクがもたらす山のような虚偽情報、「ロシアの侵攻」という根も葉もない情報を作り出す機関、等の前衛部隊の背後で、NATO軍は加盟国の国内で、主として、ロシアの近傍に位置する国々で、あるいは、ロシアと国境を接している国々でかなりの侵攻をすることが出来た。

たとえば、ポーランドは、国内にNATO軍の一部として順繰りに駐留する米軍の存在がすでにあるにもかかわらず、恒久的な米軍の配備を求めており、実現のためには20億ドルもの支出を喜んで行う用意がある程だ。9月には、ポーランドのアンドレイ・ドウダ大統領と会合を持つ前に、ドナルド・トランプ大統領はこの提案を「真剣に」配慮すると述べた。


その一方で、ポーランド、ラトヴィア、リトアニア、エストニアで行われた「Saber Strike 18」と称する米国主導の大規模軍事演習の後で、NATOは、今、「Trident Juncture 18」と名付けられた演習(1025日から117日まで)を行っている最中である。この演習には31か国から45千名の兵士が参加している。これは「外国の交戦国」からの侵略行為に備えるべく意図されたものであって、最近の西側の恐怖戦術は、むしろ、その仮想敵が誰であるかをあからさまにしてしまっている。

ウクライナとジョージアに狙いを定める: 
米国主導のNATOは、急速に拡大しているこの集団が29か国もが参加国を擁していることにさぞや満足しているだろうと信じて疑わない人たちは、多分、一連の政治的な出来事を追跡しては来なかったのではないか。
疑いもなく、最近のNATOとロシアとの関係において最悪の事態のひとつは20142月にやって来た。EUとの連携協定から身を引くと決断したキエフ政府によって触発され、一連の暴力沙汰を伴った反政府運動はヴィクトル・ヤヌコヴィッチウクライナ大統領を政権から追い出し、キエフ政府を転覆させるに至った。故ジョン・マケインやヴィクトリア・ヌーランドを含め、数多くの米国人(ロシア人ではないことに注意)の政治家や外交官がこの騒乱の真っ只中にキエフの街頭に現れ、反政府感情を煽るだけではなく、この国を率いるのは誰かを決めることに関してさえも文字通り支援を惜しまなかった。しかしながら、西側のメディアにおいては今日まで「ウクライナへの侵攻」を責めたてる相手は依然としてロシアなのである。
この作り話の多くはクリミアで実施された民主的な住民投票に根ざしている。この住民投票は右翼の武力勢力がウクライナ全土に脅威を与え、敵意が最高潮に達した頃に行われ、投票者の97パーセントがロシア連邦に加わることに賛成した。あの歴史的な投票から1年後、西側のメディアはロシアに対する好意的な感情はまったく変わってはいないことを認めざるを得なかった。
ところが、今日でさえも、数多くの西側の一般大衆はロシアが軍事力を使って、クリミアを掴み取ったのだと信じ込んでいる。たとえば、英国のタブロイド紙に寄せられたコメントは「2014年に、ロシア軍は、クリミア地域を速やかにロシア連邦に組み入れ、ウクライナのクリミア地域を併合した」と述べている。面白いことには、まったく見当外れのこれらの17単語の中には住民投票については一言も含まれてはいないのだ。


西側世界がロシアのことを世界で最悪の「お荷物」であるとして(作為的に)描写することになったもうひとつの出来事はロシアとジョージアとの間で5日間続いた紛争であった。ここでも、西側のメディアは、通常、この出来事を「南オセチアの親ロ派住民に対する攻勢に関してジョージアを批判し、ロシアは2008年に陸・海・空の大規模な侵攻をした」と説明している。上記の説明は馬の前に荷馬車を繋いだような代物であることから、一体誰が侵攻したのかは極めて明白である。実際には、南オセチアに駐留していたロシアから派遣されていた平和維持部隊を攻撃し、殺害したのはジョージア軍であった。その結果、ロシアが反応したのであった。

西側のシナリオに忠実なメディアの巧妙な報道のせいで、西側の一般大衆は著しく真の情報に欠けている。これは、主として、上記のふたつの出来事に由来する。ウクライナとジョージアをNATOに加えるためにますます頻繁な議論が行われている。

言うまでもなく、このようなシナリオは西側とロシアとの関係を石器時代に戻してしまうかも知れない。
このような現状はまず最初に誰もが想定する事態よりもはるかに厳しいものであろうと思う。何故ならば、われわれは今地域的な核兵器の使用がより容易になる可能性に対処しなければならないのだ。これはドナルド・トランプ米大統領が何十年にもわたって功を奏してきた中距離核戦力制限(INF)条約から脱退する意図を公表したからである。


分析専門家らはこのような動きは核戦争の勃発を促しかねないと言う。

ロシア外務省の欧州協力局のディレクターであるアンドレイ・ケリンは、米国がもうひとつの軍縮条約からも撤退することを検討している最中でもあり、ジョージアがNATOに加盟することのリスクはロシアに「ソチ近辺の防衛網」を用いてこれに対応することを強いるであろうと述べている。




Photo-3: NATO軍の大規模な演習の外側で実弾によるミサイル発射演習を行うロシア軍

「仮想敵国によって引き起こされるかも知れない行動を阻止するには、われわれは膨大な資源を充当しなければならない。これはもう避けようがない」と、ケリンは「ヴァルダイ討論グループ」の出席者に向かって述べた。この討論会は毎年ロシアで開催されている。ウクライナの軍事同盟への加盟は、これと同様に、深刻な検討を促しており、「ロシアに国防の焦点を南部に移動するよう強いることであろう。」 

換言すると、誰か賢明な人が西側で発言し、ロシアは西側の利益に対しては何の脅威にもならないとはっきりと指摘しない限り、将来の大惨事の可能性はある程度の倍率で増大することであろう。

ケリンはウクライナとジョージアのNATO加盟は当面は「あり得そうもない」としている。しかしながら、たった5年前、ほとんどの人たちは米ロ関係がたった何か月かの間に底を打つまで劣化することなんて「あり得そうもない」と考えていた。われわれはこのことを新たに記憶に留めて置かなければならないだろう。

今日何か確実なことがひとつだけ存在するとすれば、それは地政学の世界における不安定性のレベルのことであろう。われわれの誰にとってもそれはべらぼうに大きな懸念であるに違いない。@Robert_Bridge


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注: この記事で述べられている声明や見解、意見はあくまでも著者のものであって、必ずしもRTの見解や意見を代表するものではありません。

<引用終了>



これで全文の仮訳が終了した。

著者のプロフィールをここに付け足しておこう。著者のロバート・ブリッジは米国の作家でジャーナリストである。「モスコーニュース」の編集長を務めた。彼の2013年の著作: Midnight in the American Empire。

私自身もこの「作り出された新冷戦」に関連するさまざまなエピソードについては何回か投稿して来た。多分、いくつかある私の投稿の中では、2014年のウクライナ革命に関する投稿がもっとも重要ではないかと思う。興味がある方は2014423日の投稿、「ウクライナのキエフで死者を出した発砲事件には反政府派が関与 - ドイツの公共テレビ放送」をご一覧ください。

米国が仕組んだウクライナ革命の大騒乱は今やほとんどが解明されている。しかしながら、全世界の一般大衆にとって不幸なことには、西側の大手メディアがそう認めるかどうかは現実にはまったく別問題だ。因みに、911事件の本当の姿を米国政府が公表するのかどうかを考えて見れば明白だ。米国政府はしたたかに真相を隠蔽したままである。米ロ新冷戦は米国の政治指導者にとっては、911事件と比較すると、何十倍、何百倍もの重要さを秘めている。端的に言えば、911事件は単なる戦術のひとつであった。ところが、米ロ新冷戦は戦略そのものである。戦略の舞台裏の事情はそう簡単には公表することはできないのだ。



参照:

1NATO membership for Ukraine and Georgia would bring out the bear in RussiaBy Robert Bridge, RT, Nov/02/2018, https://on.rt.com/9hsz








2018年10月31日水曜日

人の遺伝子編集における地政学


「遺伝子編集」あるいは「DNA編集」という言葉が一般的に使われるようになってからすでに久しい。植物や動物ではかなり前からさまざまな試みが行われてきた。そして、人についてもこの技術が使われ始めた。
昨年の11月、DNA編集が人の遺伝的疾患を治療することに初めて用いられた [1]。これを報じた記事を要約すると次のような具合だ。
44歳のブライアン・マドー氏はハンター症候群と称される先天的な代謝異常に見舞われていた。彼の疾患を治療するために遺伝子編集を行うことを目的として研究者らはこの患者の血液にDNA編集ツールを注入したと、本日(20171115日)、APが報じた。このDNA編集ツールを用いて、肝臓細胞のDNA二重らせんを特定の場所で切断し、そこへ新たに正常な遺伝子を挿入する。こうして修正された肝臓細胞はハンター症候群の患者が不足または欠如している特定の酵素を生産する工場となるのだ。
DNA編集の是非はさまざまな角度から論じられている。最大の議論は倫理的な側面であろう。あるいは、法的な側面であるかもしれない。
ここに、「人の遺伝子編集における地政学」と題された最近の記事がある [2]
この記事は遺伝子編集に関して故スティーヴン・ホーキング教授が抱いた危機感を伝えている。私の個人的な理解として倫理的あるいは法的な側面が未だに整理されていないのではないかと上記に述べてみたが、故ホーキング教授の懸念はまったく別の側面を浮き彫りにしている。
本日はこの記事 [2] を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

<引用開始>


Photo-1

自分自身のDNAを操作するスーパーヒューマンは自分自身の進化をコントロールする。将来起こるかも知れないこのような出来事に関して、理論物理学の分野では著名な故スティーヴン・ホーキング教授がひとつの警告を残していた。この警告は今年の3月に同教授が亡くなる直前に発せられたものだ。
Stephen Hawking feared race of ‘superhumans’ able to manipulate their own DNA」と題された記事で、ワシントンポストは次のように伝えている: 
3月に亡くなる前、同ケンブリッジ大教授は人々は知能や攻撃性といった人の特性を編集する能力を今世紀中に獲得するであろうと予測していた。そして、同教授は遺伝子操作の能力が超裕福な人たちの手に集中してしまうことに懸念を抱いていた。
断っておくが、故ホーキング教授はこの技術そのものについては何の警告も発してはいないが、その技術が一握りの超裕福な連中によって寡占されてしまうことについて警告を発したのである。

寡占化された技術の脅威: 
人間の歴史においてはどの章を開いてみても、科学技術の格差はいつも決まって搾取や暴力、流血沙汰、大量虐殺といった悲惨な出来事をもたらして来た。西洋人は銃を発明し、アジアやアフリカ、北米、南米のさまざまな種族に対して銃を使用した。この出来事は銃の使用には恵まれてはいなかった人たちに対する科学技術の圧倒的な強さを見せつけた。
原爆の発明は、一時期ではあるが、米国に実質的に原爆の寡占化の状態をもたらした。米国は第二次世界大戦の末期にすでに疲弊しきっていた日本に対して一発だけではなく二発もの原爆をはやる思いで投下した。まずはロシアの核実験によって、そして、次は中国の核実験によって米国の寡占状態が破られる前、米国は朝鮮戦争で原爆を使おうとした。また、ベトナムでも少なくとも二回は原爆を使おうとした。
今日、企業によるバイオ技術の寡占状態は故ホーキング教授が懸念を抱いたスーパーヒューマンに開発競争を引き起こしている。その活用は異論が極めて多く、恒常的な乱用の源となっている。
それが安全であるとは決して言えない遺伝子組み換え生物(GMOs)を売り歩くカーギルやモンサント、バイエルといった農業分野の大手企業によって行われているまやかしの多いビジネス手法であるにせよ、それが遺伝子療法のような突破口を掴んで、便乗値上げのためのチャリティーを催し、公的資金を受けている製薬会社であるにせよ、すでにバイオ技術の集約化が超富裕者の手で進められており、バイオ技術へのアクセスやコントロールができない人たちに対してすでに乱用されている。われわれはこうした現状を観察することができるのだ。

もう始まってる:  
故ホーキング教授の言葉を引用して、ワシントンポストの記事はさらに続く: 
彼はこう書いている。人類は『いわば自分自身が自分の進化を設計する段階に突入した。この段階に至るとわれわれ自身のDNAを変更し、改善することが可能となる。われわれは今やDNA配列を解明した。これは「生命の本」を読み解いたということであり、修正を開始することが可能となる。』 
当初、彼はこれらの修正は特定の疾患、たとえば、ひとつの遺伝子によって制御されており、修正が比較的簡単な筋ジストロフィー症の治療のために使用されるだろうと予測していた。
「とは言え、今世紀中には知力や攻撃性といった本能についても修正の仕方を見出すのではないか」と故ホーキング教授は書いている。
人の特性に遺伝子操作を施すことについては何らかの制約を課す議案が可決されるであろう、と彼は予測した。「しかしながら、巷には記憶量や疾患に対する耐性、寿命といった人間の特性を改良することに興味を惹かれ、それに抗しきれない人たちが出てくるであろう」と彼は予測している。
さらに、故ホーキング教授は、改良を施されなかった人間は競争に勝ち残ることが出来ず、この広がるばかりの格差の中では政治的にも重要な課題が出現するであろうと指摘する。
すでに人のDNAを改変することは可能であって、これは必ずしも生まれる前に改変するのではなく、普通に生活をしている個人についての改変である。遺伝子療法の手法は目標のDNAを編集することである。つまり、人の細胞を取り出し、自然界で起こっているようにそれをコピーする代わりに、再プログラム化されたウィルスが用いられる。即ち、具体的な目的のために設計された編集済みDNAを挿入するのである。
たとえば、ペンシルヴァニア州立大学とフィラドルフィア小児科病院とのチームは白血病患者のT細胞を編集することに成功した。ニューヨークタイムズによると、この治療を受けなければこの患者は末期癌となっていたことであろう。
この遺伝子編集によって、患者の免疫機構は体の隅々でがん細胞を検知し、破壊することができるようになった。化学療法が奏効せず、間もなく死亡したであろう患者でさえもがある程度は恒久的とも言えるような回復が約束される。
しかし、遺伝子編集がごく普通の免疫機構を癌と闘えるような免疫機構へと改変することが出来るならば、将来の突破口は免疫機構の更なる改良から始まって、再生医療(たとえば、年老いた心臓で健康な心臓細胞を再生する。この試みは英国で研究されている)の分野にまで至るであろう。
限界は果たして存在するのであろうか?故ホーキング教授の懸念は非現実的だったのであろうか?それとも、まったく根拠がなかったのであろうか? 
全費用がチャリティーや公的資金によって賄われていたペンシルヴァニア大学での技術革新プロジェクトは、後に、製薬業大手のノヴァルティスによって乗っ取られた。同社はFDAによって承認された本療法の価格をかなり特殊で実験的な研究開発の段階で注ぎ込まれた費用の何倍にも相当する価格に引き上げるであろう。これ以外の先端技術に関してもまったく同様な運命が待っている。当初は公的資金が注ぎ込まれていても、後になって、故ホーキング教授が心配していたように「超富裕な連中」によってすくい取られてしまうのである。
人の強さや知力、寿命を改善する将来の先端技術は、今何も策を講じなければ、最良の地位に陣取って待ち構えているバイオテクノロジーの独占企業によってすくい取られてしまうことだろう。故ホーキング教授の警告はあたかも遠い将来に起こる脅威に関するものだと思っていたが、実際には、将来起こるであろう暗黒の世界が今起こっているのをわれわれは見ているのだ。

人の遺伝子編集における地政学:  
人的資源はすべての国家を定義するものであって、国家の富や安全保障の礎石を形作る。健康で、高度の教育を受けた、知的な国民は強力な国家を作り上げる。こうして、国民の間に遺伝子編集によってスーパーヒューマンの能力を施された階層を有する国家は明らかに他の国家に比べて有利となるであろう。また、それは同一国内でこの種の特性を備えてはいない他の階層と比較した場合であってもまったく同じことが言えるのだ。
われわれは、今や、白血病のような疾患に対して闘いぬくように編集された遺伝子を持つ人たちと一緒に街の通りを歩いている。バイオテクノロジーの新企業「BioViva」は同社の創立者であり、CEOを務めるエリザベス・パリッシュ自身に対してすでに遺伝子治療の試験を行っている。これは老化防止を目的としたものであるとSouth China Morning Postが報じている。
これはもはや「もしも」とか「何時」といった範疇のものではない。すでに始まっている。現実の問題はそのような遺伝子編集や遺伝子療法はいったい何時になったら経済や安全保障に影響を与え始めるのかという点にあり、さらには、各国はこのテクノロジーを活用し、このテクノロジーを弄ぶ国家に対して自国を防御する上で基礎的な必要事項を構築するにはいったい何をしなければならないのかという点にある。
中国はバイオテクノロジーや遺伝子療法に多くの投資を行い、一時は北米や欧州による寡占状態が明白ではあったが、今やこれらに対抗する勢力に変貌した。個人や小企業は世界中でオープンソースの研究開発集団を形成しようとしている。この動きはこのテクノロジーができる限り数多くの人たちによって共有されることを確実にしようとする試みである。
ある者は「急激な拡散」が暴走するのではないかと恐れを感じるかも知れないが、われわれは米国が他国に対して原爆を投下することをどうして中断したのかをじっくりと考えてみなければならない。米国が中断したのは自己抑制からではなく、核兵器を持つようになった他の国からの反撃を恐れたからである。そこに出現した状況は非常に危険ではあったが、力の均衡が功を奏して、それ以降何十年間も均衡が続いている。
バイオテクノロジーに関してもこれと同様な力の均衡が必要である。テクノロジーは非常に強力であって、非常に奥深い意味合いを持っている。それはわれわれの人間性を再定義するかも知れないのである。
国家はこの新興技術に関して研究開発を進め、それを有効に活用することができる労働力を産み出すための教育へ投資をすることによって、さらには、新規企業への投資を行い、突破口を開くことができる独立組織を育てることによって多くの成果を享受することであろう。これらの政策がうまく行けば、バイオテクノロジーにおける当面の指導的国家と肩を並べることができるほどの地位をもたらしてくれるだろう。
故ホーキング教授は素晴らしい人物であった。彼はこの世を去るに当たって、生真面目ながらも非常に基本的な警告をわれわれに与えてくれた。われわれはバイオテクノロジーや人の遺伝子編集が寡占化されることによって起こる将来の脅威をわれわれ自身の責任で無いものとするであろう。

著者のプロフィール: ガンナー・アルソンはニューヨークに本拠を置き、地政学的分析を行い、オンラインマガジンの「New Eastern Outlook」のために独占的に執筆している。
https://journal-neo.org/2018/10/19/the-geopolitics-of-human-gene-editing/

<引用終了>

これで、全文の仮訳が終了した。
故ホーキング教授が抱いていた懸念が具体的に分かった。
過去の歴史を見ると、超富裕者による寡占的な状況は多くの場合残りの一般庶民にとっては悲劇的な影響をもたらしてきた。同教授はそういった状況を避けたかったのだ。これは、まさに、そのための警告である。
冒頭に引用した記事 [1] で報じられているブライアン・マドー氏に施された遺伝子治療からもうじき1年となる。その後の経過が気になるところである。
インターネットを検索してみたら、その後の経過を報じる記事 [3] が見つかった。約2ヶ月前の報道である。「疾病の治療のために人のDNAを改変する試みが初めて行われ、良好な兆候が見られる」と題されている。この記事の要旨を下記にご紹介しておこう。
6人の患者が三つのグループに分けられ、正常な遺伝子の注入量は大・中・小とした。まずは、注入量が「中」と「小」のふたつのグループに遺伝子の注入が行われた。最初の試みでその安全性が確認されたことから、残りの「大」のグループには「小」の10倍の量が処方された。
マドー氏はもうひとりの患者と共に「小」のグループで、指標となる糖分の尿中濃度は4ヵ月後に二人の平均で9パーセント増えた。つまり、細胞中の大分子量の糖分(GAGグリコサミノグリカ)が酵素の作用によって分解され、細胞内から外へ排出されたのである。「中」のグループに所属する他の二人の患者の場合、4ヵ月後に二人の平均でGAG51パーセントも減少した。しかしながら、このレベルの糖分の減少が患者の健康を改善してくれるのかどうかはまだ断言できないという。研究者に言わせると、少なくとも、初期の目標であった本治療法の安全性が確認できた。来年の2月に開催される学会ではさらに新たな知見が公表される見込みである。
ハンター症候群の患者さんに施された遺伝子療法が成功したのかどうかは現時点では断言できないとはいえ、必要な酵素の生産が体内で開始され、GAGの分解が促進され、患者さんの健康状態に何らかの改善が見られるとすれば、それは医療の観点からは大きな進歩であるに違いない。
その一方で、こうした新しいテクノロジーの恩恵が低コストで一般大衆の手に間違いなく届くようにするには、利益の達成を目指し、それを独占しようとする一部の大企業にこれらのテクノロジーが寡占化されてしまうことがないような環境を整備しなければならない。これこそが故ホーキング教授の将来に対する願いであったのだ。
 

参照:
注1A human has been injected with gene-editing tools to cure his disabling disease. Here’s what you need to know: By Jocelyn Kaiser. Science, Nov/15/2017

注2The Geopolitics of Human Gene Editing: By Ulson Gunner, NEO, Oct/19/2018

注3First attempt to permanently change a person’s DNA to cure a disease shows promise: By Marilyn Marchione, Associated Press / USA Today, Sep/05/2018

 

 

 
 

2018年10月22日月曜日

遺伝子操作によって再合成された「馬痘」が引き起こすかも知れない天然痘の大流行の可能性に科学者たちはびびっている


1980年、世界保健機関(WHO)は天然痘が世界から根絶されたことを宣言した。(天然痘の根絶活動が進んでいた日本では種痘の接種は1976年に中断。)
私らの世代は子供の頃に種痘を接種され、左肩にその痕跡が残っている。しかしながら、今の若い世代は接種を受けてはいない。したがって、もしも何らかの理由で天然痘ウィルスが現れた場合、免疫性を持たない若い世代は世界的な大流行の危険性に曝されるかも知れないと言われている。
最近、ある研究論文がその種の懸念を呼び起こした。世界から根絶されたはずの天然痘の仲間である馬痘ウィルスが遺伝子操作によって再合成され、人への感染力があることが研究の結果分かり、そのことが論文で報告されているのだ。

問題視されている馬痘ウィルスの再合成は致死性の高い天然痘に対するワクチンを作る上で有用であると研究者らは述べている。つまり、今や入手することができなくなった馬痘ウィルスを再合成することによって現在用いられている天然痘のワクチンに比べて毒性がより低いワクチンの開発に成功したとして研究者らはこの論文を発表した。毒性が弱く、天然痘のワクチンとして効力を発揮してくれるならば、そのこと自体に医療面での価値がある。これは研究者としては妥当な考え方であろう。
問題は世の中には邪悪な考えを抱く輩がおり、新技術には悪用のリスクがついてまわるという点だ。いわゆる「バイオテロ」の懸念である。いやな時代になったものだ。今や、インターネット上では特定の科学論文がクリックひとつで入手することが可能だ。

ここに「遺伝子操作によって再合成された馬痘が引き起こすかも知れない天然痘の大流行の可能性に科学者たちはびびっている」と題された記事がある [注1]。
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

 
<引用開始>
すでに根絶された馬痘ウィルスを再生するために、研究者らはDNAの断片を結び付けて同ウィルスを合成する手法を確立し、その成果が今年の始めに報告された。それを受けて、悪意を抱く輩がこの研究成果を悪用して天然痘の大流行を引き起こそうとするかも知れないとして、一部の科学者らはすっかりびびっている。

長期間にわたる種痘の接種を行った結果天然痘は全世界から根絶されたとWHOが宣言するまでに、天然痘による犠牲者は3億人に達していた。それ故に、天然痘に非常に近いウィルスを再合成する手法を報告したこの研究論文は科学者の間に警戒の赤信号を発せしめた、とfuturism.comが報じている。
 



Photo-1 

批判の論点はこうだ。たとえば、この論文は非常に危険な病原菌を再合成する手法を示しており、サイエンス誌によればその研究費用はたった10万ドルで済んだという。そればかりではなく、どのように再合成を行うのかに関して安心していられる限度を超して微に入り細にわたって説明している。
馬痘の研究者仲間の間では何人かがこの点に関して依然として困惑したままでいる。「PLOS One」誌の姉妹誌である「PLOS Pathogens」誌はこの混乱について3件の意見を掲載し、著者であるカナダ人教授からの反論を公開したばかりである。
全体的に見ると、誰もがすごく紳士的である。しかしながら、微生物の専門家は誰かが天然痘の流行を引き起こすのではないかとして非常に大きな懸念が存在することを認識している。(futurism.comからの引用)

根絶の前は、天然痘は主として人と人との直接的接触、あるいは、長期間に及ぶ暴露によって感染した。最初の発疹が口や喉に現れた場合(初期段階)、最後の天然痘のかさぶたが剥がれ落ちるまでは感染力を持っている。CDC [訳注:米疾病対策センター] によると、「これらのかさぶたや患者の発疹部からの漿液はバリオラ・ウィルスを含んでいる。ウィルスはこれらを介して感染し、これらによって汚染された寝具や衣類を介して感染する。天然痘患者の面倒を見たり、患者の寝具や衣類の洗濯をする者は感染を防止するには手袋を使用しなければならない。」 
 

 
Photo-2: 天然痘の発疹 (写真: CDCの提供)

 
天然痘によるバイオテロとは?

CDCによると、こんな具合だ。バイオテロの目的で天然痘ウィルスが米国内でばらまかれたとすれば、最初の患者が未知の病気の治療のために病院にやって来た時点で公衆衛生当局はそのことを発見するであろう。医師らはその患者を調べ、患者の兆候や症状が天然痘に該当するかどうかを確認するためにCDCが開発したキットを使用する。その患者が天然痘に感染していると医師が判断した場合、患者は病院に隔離されて、他の人たちが天然痘ウィルスに暴露されないようにする。病院の職員はその地域を管轄する公衆衛生当局に連絡をとり、天然痘に感染した患者が病院に居ることを報告する。

地方の公衆衛生当局は州政府や連邦政府レベルの公衆衛生の担当部局、たとえば、CDCへ警告を発し、この疾病の診断に当たって専門的な支援を求める。専門家がこの疾病が天然痘であると判断した場合には、CDCは州政府や地方の公衆衛生当局と共に天然痘によるバイオテロに対する対応策を実施することになる。
MITの生化学者であるケヴィン・エスヴェルトは、木曜日(10月11日)に、テロの脅威は非常に高く、「論文の著者や論文審査を行う同僚の科学者、編集者、専門誌に対してリスクに関する規範を推奨し始めることが重要だ」と述べている。 
この時点ではわれわれは用心し過ぎるくらいに用心する。
DNAの再合成における技術の進歩は全体的に予見できるにもかかわらず、インターネット接続が可能な人は誰でも何百万人もの殺害を可能にするウィルスに関して遺伝子の青写真を入手することが可能だ。

(テロリストにとって)好都合なことには、これらの危険物質やさらに大きな危険物質が特定のウィキペディアのサイトに概略されており、そこには悪用に活用されそうな技術文献が参照されているのである。

 上記の段落においては詳細な引用を敢えて控えていることに留意されたい。公知の事実となっている情報を引用したり、リンクを張ることはほとんど無害であるとは言えようが、個々の過程が一般市民に悲劇をもたらすことに繋がる。この悲劇では、真の意味で危険極まりない技術情報の詳細が誰にでも容易に入手することができるのである。
隠喩的な壷から危険な技術情報を放出することがたったひとりの善意の学者によって取り返しのつかない形で行われてしまう可能性を考えると、論文の著者や論文審査を行う同僚の科学者、編集者、専門誌にはリスクに関する規範を推奨し始めることが重要であろう。PLOSからの引用)

エスヴェルトはメディアが天然痘の危険性を増幅したとして非難し、次のように述べている。
DNAの合成手法に関する情報は非常に広範な人々に入手が可能となっており、危険極まりない行為を行うために必要となりそうな詳細な指示事項さえもがオンライン上で無料で入手可能である。

たとえば、馬痘の研究においては情報の普及によって生じる危険性は部分的には論文そのものであり、記述の仕方にも見られる。
とは言え、メディアもこのリスクの一端を担っているのである。メディアは悪用が可能であることを殊更に強調する傾向がある。そして、この情況は警告を与えられた連中によってさらに悪化されてしまうのだ。何故ならば、われわれがリスクに関して話をする相手はジャーナリストであり、話の内容はさらに内部へと供給されて行く。(MITニュース) 

その一方で、カナダ人の教授は批判者に対して反論した。天然痘はどこかの時点で何とか再合成せざるを得なかったと論じている。 

現実的な問題としては、技術的な進歩に対する反対はもう何世紀にもわたって奏功することはなかったのである。
われわれは次のように提言したい。上記のような状況に代わって、誰もがこれらの技術がもたらす成果を規制することに注意を向けるべきである。その一方で、このような技術に携わることがもたらす危険性に関して十分に理解した上で危険性を低減する戦略を立てる要があることについて教育するべきである。

これらの議論においては、長期的な観点が不可欠である。(PLOS
一言で言うと、致死的な病原体に満ちているジュラシックパークやそれらが引き起こすかもしれない天然痘の大流行の危険性に対して準備をしなければならない。  

<引用終了>

これで、全文の仮訳が終了した。
この記事におけるキーワードは「情報の普及によって引き起こされる危険性」であろう。

テロにはさまざまな形態がある。もっとも伝統的な手段は爆発物である。自家製の爆発物は何らかの技術情報に基づいて作られたものだ。当人が軍隊での経験を通じて技術を習得したのか、あるいは、個人的な趣味や学習を通じて爆発物を作成できるようになったのかのどちらかであろう。
シリアでは反政府派の武装勢力が偽旗作戦として一般市民に対して執拗に化学兵器攻撃をしかけた。化学兵器は本物であったり、偽物であったりした。西側が彼らに教育訓練を施し、さまざまな支援を行ったと伝えられている。何とここには紙に書かれた技術情報を実際のテロ行為に結びつける具体的な過程が示されているのだ。

もう何十年にもわたって危惧されてきたのは核物質である。核爆弾はテロ組織でさえも製造することが可能だと言われ、潜在的な危険性が指摘されている。
これらは当初はすべてが「情報の普及によって引き起こされる危険性」の範疇にあったものであるが、今やインターネット上で公知の事実と化した事例も多い。つまり、テロ行為の具体的な手法を支える技術情報はますます幅広いものとなり、一般大衆の毎日の生活のすぐそばに存在しているのだ。

この引用記事がわれわれに告げようとしている点は、幸か不幸か、科学技術の進歩という美名の下にもうひとつのパンドラの箱が開けられたという事実であろうか。科学技術の進歩が必然的にもうひとつのパンドラの箱を開けることになるとするならば、新技術の悪用は何らかの形で抑え込まなければならない。それは情報の開示の仕方に答があるのかも知れないし、他にも有用な手法があり得るのかも知れない。そして、その一方では技術の進歩の恩恵を受けられるように副作用が少ない天然痘ワクチンを開発して、万が一の可能性に対処するために大量の天然痘ワクチンを備蓄して貰いたいものである。
なお、天然痘ワクチンについて専門分野の論文を読むことなんてまったくないわれわれ一般庶民にとっては、ここで論じられているバイオテロの危険性は毎日の生活感覚からはかなり隔たっていると言わざるを得ない。しかしながら、ひとつの記事を読んだ後で二番目、三番目の関連記事を読む際の敷居は思いのほか低くなっているのが常だ。その意味合いで、私が個人的に興味深く感じるのは一般社団法人の「予防衛生協会」のウェブサイトだ。まさに情報の宝庫である。そこを覗いていただくと、天然痘ワクチンに関する啓蒙的な情報がたくさん用意されている。一例を挙げれば、2017117日付けの「104.ゲノム科学が明らかにしたジェンナーの天然痘ワクチンの由来」だ。是非、一読をお勧めしたい。

照:
注1Scientists Freak Out Over Pandemic Potential Of Genetically Engineered Smallpox: By Tyler Durden, ZEROHEDGE, Oct/14/2018