2020年2月19日水曜日

新型コロナウィルス感染の最悪のシナリオ

新型コロナウィルス感染を封じ込める上でもっとも大きな難題は感染していながらも症状が出ていない段階で周囲の人たちへの感染が広がる点にあると思う。極端に言えば、中国では14億人の人口全員について血清検査や臨床的な診察を行うことが必要となる。不可能だとは言わないまでも、実現は極めて困難だ。日本の場合は126百万人で、その困難さはまったく同様である。

米国の疾病対策センター(CDC)の長官は新型コロナウィルスは地域社会特有の疾病であると言う。14日の報道によると、米国では15人の感染者が確認されている。CNNでのインタビュウに応えて、CDCのロバート・レッドフィールド長官は「このウィルスに関しては知らないことが多くある。恐らくは、このウィルスは今シーズンだけではなく、来年にさえも持ち越されるかも知れない。そうこうしている内にこのウィルスは拠点を築き上げ、われわれは地域社会での感染に見舞われることになるかも」と言った。

不幸にも東京で感染が発生したとすれば、明らかにそれは首都圏全体で対策を講じなければ意味がないことになる。今横浜港沖に停泊しているクルーズ客船ダイアモンドプリンセス号における感染は横浜市や東京への感染は起こらないと言い切れるのであろうか?症状がない感染者から周囲の人たちへの感染が起こっている現在、クルーズ船から外部へと感染が広がることはないと誰が断言できるのであろうか?

ここに「新型コロナウィルス感染の最悪のシナリオ」と題された記事がある(注1)。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。

<引用開始>


Photo-1: © Used with permission of / © St. Joseph Communications. Passengers step
off a plane carrying Canadians back from the Wuhan province in China, after
it arrived at Canadian Forces Base Trenton in Trenton, Ont.,
on Feb. 11, 2020. (Lars Hagberg/CP)

(編集者からの注釈:この記事に掲載されている意見はあくまでも著者のものであって、必ずしもMSNまたはMicrosoftの見解を代表するものではありません。)

ティモシー・スライは疫学の専門家であって、ライアーソン大学で公衆衛生学の教授を務めている。2003年にはトロントでSARS対策に従事した。

この原稿の執筆の時点は中国での大流行が始まってから約8週目であり、放送や出版物およびソーシャルメディアは最近公にCOVID-19 と名付けられた新型コロナウィルスを重症急性呼吸器症候群(SARS)や季節性のインフルエンザまたは1918年に大流行したインフルエンザと比べている。

避ける術もなく、陰謀説を信奉する少数の巡礼者らはこれはでっち上げだ、公害によって引き起こされた、あるいは、生物兵器が放出された、等と主張している。カナダだけでも季節性のインフルエンザで毎年3,000人以上もの死者が出る。「そのことを考えると、いったいどうしてこんなに大騒ぎをするんだ?」と批判者らは言う。

この段階でもっと適切だと思える質問点はこうだ。「現実にはいったい何を予期することが可能なのか?」

疫学の専門家は大流行の激しさやその規模を推測する尺度として三つの点を用いる。つまり、潜伏期、致死率、および、基本再生産数。

参考情報: The science of novel coronavirus

先週、ジャンティエン・バッカー他はEurosurveillance誌に COVID-19の潜伏期(IP)に関してもっとも詳細な推測値を発表した。たとえ隔離の場所がクルーズ船、病院、あるいは、自宅であったとしても 、その論文は隔離の手順を教えてくれる。研究者らはCOVID-19 ウィルスに感染した88人を詳しく調査し、その結果、潜伏期間の平均値として6.4日を算出した。その振れ幅は2日から11日。COVID-19ウィルスはSARSよりも僅かに短い潜伏期間を持ち、MERSのそれと非常に類似している。

木曜日(213日)現在、中国政府は累計の死者数は1,113 人で、累計の感染者数は44,653 であると言った。これらの数値が大流行の全体を代表しているとすれば、致死率は2.5%となり、感染者が死亡する危険度は「スペイン風邪」と称せられた1918年のインフルエンザの大流行での致死率と同じレベルとなる。

COVID-19ウィルスはそれ程に恐ろしいんだという結論に飛びつく前に、われわれには中国が毎日報じている数値は果たして正確であるのかという疑問がある。隔離されている何千万人もの人たちを観察する仕事だけを取り上げても、それは、たとえ不可能ではないにしても、非常に困難な仕事である。毎日の致死率は不思議なほどに一貫している。あたかも毎日の比率はひとつの公式にしたがって編集されているかのようでさえある。さらには、感染例は「確認された」ものとして記述されている。未確認の者や症状が軽い者、症状が現れてはいない者、報告されなかった事例、等は含まれない。したがって、これらを含めると確認された患者数の何倍にもなるであろう。もしもそうだとすれば、致死率は劇的に低下する。

参考情報: ‘It felt like the end of the world’: From Wuhan to Canada in coronavirus quarantine

幸運なことには、中国の国外で起こった518例では二人が死亡したが、彼らについては詳しい観察を行い、独立した致死率として0.4%以下という数値が得られた。この致死率が有効であるとすれば、それぞれの確認された感染者一人について6人から7人の未確認者がいるのではないかという議論が可能となる。

基本再生産数(R0)とは個々の一次感染者が何人の二次感染者を生み出すのかを示す。19181919年に大流行を起こしたスペイン風邪のR0 1.4から2.8でり、平均値は2であった。COVID-19ウィルスについては最近の3週間に10個以上の推算が行われ、R01.7から3.3までの範囲に分布している。

現実にはいったい何を期待することが可能なのか?ウィルスの人間に対する適応がうまく行かなかった場合、時間の経過にしたがってウィルスは勢力を失い、R01よりも小さくなるとウィルス感染は次第に衰える。しかし、このウィルスが過去の8週間に示した活発な感染の拡大を見ると、このような変化は当面はありそうもない。

参考情報: Beijing’s credibility deficit makes the coronavirus crisis much worse

母集団が前にウィルスに遭遇したことがあって、免疫性を獲得している(あるいは、抗菌剤やワクチンが導入された)場合、感染は自然に消滅する。しかしながら、COVID-19は人間集団にとっては新しいウィルスである。つまり、人々は免疫性を持ってはいないし、今後の6カ月から12カ月はワクチンの開発、試験、製造を行えるようには思えない。世界規模の流通にはさらに時間を要する。HIVウィルスに効果を見せた抗菌剤が考慮されてはいるが、効果を見せるかどうか何の保証もなく、試験を行ってみる必要がある。

最悪のシナリオはウィルス感染が拡大し続け、母集団の大きな部分に感染が広がることだ。何人もが死亡するが、多くの人たちは新たに獲得した免疫性によって生きながらえる。こうして、大流行は終わりとなる。ある地域に根を降ろした場合、ウィルスはその母集団内において何の障害もなく拡大する。仮に百万人の母集団を取ると、当初少なくとも三分の一(33万人)が感染する。致死率が2%であるとすれば、6,500人が死亡する。主として、老人や何らかの持病を持っている人たちが死亡するだろう。その年の終わりには「COVID19 ウィルスの致死率」は0.66%であったと報じられることだろう。生きながらえた323,400人はコロナウィルスに対して少なくとも当面は免疫となり、その後の感染の拡大を鈍化させる。

もしもウィルスが出回っていると、当初感染しなかった65%の人たち(67万人)が感染するかも知れない。あるいは、2003年のSARSの流行のように、ウィルスは野生に戻り、二度と報道されることはないのかも知れない。

参考情報: Coronavirus: What Canadians need to know

ウィルスが人間集団に入り込み、そこに居座ることが許されると、この種の大流行が起こり易い。上記に引用した仮定の数値は何年にもわたって起こった大流行の動きやウィルスが今日までに示した特性に基づいている。

強力で立派な人的資源と公衆衛生のインフラを有する国々では、当面、その国へ入国する人々が感染しているかどうかを監視することになるが、別の問題が存在する。空港で実施されている皮膚温度の測定は感染者がその国へ入ってくるのを防止するという意味では直感的に理解できる限界ではあろうが、この手法には信頼性があり、有効であるのかどうかを示す証拠は今まで常に欠けていた。SARSの大流行では、184万人がスクリーニングを受け、794人が隔離された。感染の事例は確認されなかった。

感度解析においては一般的に言えば保守的な解析を行なって、最近、ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院のビリー・キルティーとサム・クリフォードは研究結果を出版した。それによると、皮膚温度の測定を実施したとしても、100人の旅行者のうちで46人は検出されることもなく入国する。現行の大流行では空港でのスクリーニングによっていくつかのCOVID-19の感染事例が確認されてはいるものの、この推測値は多くの旅行者はスクリーニングでは検出されなかったとしている。

封じ込めは功を奏するだろうか?接触のあった人達を隔離することは果たして有効なのか?感染が確認された人たちや感染の疑いがある人たちには有効である。特にその数が少ない場合。しかし、感染者が検出されることもなく人ごみの多い都市部へ入って行くと、新たな流行を容易に引き起こし、感染が検出される前に手に負えなくなってしまう。中国政府によって公表されている「確認された」感染者数を見ると、大流行が弱まっているとは言えない。現時点では、ほんの一握りの感染者だけが30ヵ国へ入国したとして各国で報道され、厳重な隔離措置を受けている。

しかし、何百人もの感染者が国境当局の監視を潜り抜けて、マニラやムンバイ、モンバサ、あるいは、メキシコ市といった超過密な人ごみの中へ消えて行ったとしたらいったい何が起こるのだろうか?カナダは武漢との直接の接触はないが、上記の超過密都市との間には多くの定期便が飛んでいる。すべては計画通りにうまく行くと予測することは簡単であるが、母なる自然は何時も抜け道を見つけ出す・・・

<引用終了>

これで全文の仮訳が終了した。

今回の大流行では感染が次々と繰り返されている間に感染力は低下し、重症となる感染者の割合も低下するとの説が出回っている。もしもこの説が現状を説明するものであるとするならば、中国以外での感染者は中国の湖北省程の厳しい展開にはならず、より軽症に終わり、発症しない率が高くなるとも言える。そうすると、世界的な大流行という懸念は一挙に後退するだろう。しかしながら、この説が正しいのかどうかは検証する必要がある。

震源地である中国の湖北省では新たな感染者の数は頭打ちとなって来た。216日の朝発表された前日の24時現在の新たな感染者数は1,843人で、2,000人の大台を割った。その後もこの趨勢が維持されて4日間続き、21824時現在の新規感染者数は1,693人である。この新しい傾向が本当に沈静化を示すものであれば朗報である。問題は湖北省での感染者のスクリーニングがどれだけ正確に行われているか次第である。湖北省の呼吸器系の専門家であって、最前線にいるゾング・ナンシャンは18日にこう言った。「武漢では人から人への感染はまだ下火にはなっていない。現時点ではふたつの課題と取り組む必要がある:患者と健常者とをふるい分けること。そして、 COVID19の患者とインフルエンザの患者とをふるい分けることだ。」

少なくとも気を緩めることができるような状況にはないようだ。2週間後、あるいは、1カ月後にはもっと確かなことが言えるのではないか。

もうひとつの議論は潜伏期。今まで言われて来た潜伏期は長くても14日であったが、潜伏期は24日だとする意見が出ている。でも、これは非常に稀なケースであるとゾング・ナンシャンは言う。ゾングと彼のチームは中国国内の522カ所の病院から入手した1,099人のデータを調査した。たったひとりの患者ではあるが、24日の潜伏期が確認され、14日を超す事例は13人に認められた。「これは大多数の特徴を取り上げるのか、それとも、稀なケースを取り上げるのかという問題だ。3日から7日が平均的な潜伏期であって、大多数の感染者に当てはまる。しかし、例外が存在するということは決して驚きではない。」(Original article: Clinical characteristics of 2019 novel coronavirus infection in China, by Nan-Shan Zhong et al.


参照:

1Coronavirus: The worst-case scenario : By Maclean's. Feb/12/2020


2020年2月13日木曜日

新型コロナウィルスを巡るヒステリックな大騒ぎには人種偏見が潜んでいる - スラヴォイ・ジジェク

新型コロナウィルスを巡っては重要な視点が幾つかあるが、多分、最大級の重要性はヒステリックな騒ぎを引き起こし、それを続けようとする動機にあるのではないだろうか。

中国の環球時報はコロナウィルスに関する情報を、毎日、時系列的に更新している。その日に確認された新規患者数や死者数、ならびに、累積患者数と死者数を始めとして、退院した患者数、一般市民の挙動や地方自治体の職員の不正、あるいは、ワクチンの開発、病院の超迅速な建設、物資の不足を緩和する動き、等が報じられている。もっとも最近の報道を読むと、僅かながらも収束の兆候が感じられる。しかしながら、そんな楽観的な印象も翌日にはあっさりと打ち消されてしまう。コロナウィルス感染の大流行は目下そんな感じで推移している。

ここに、哲学者であるスラヴォイ・ジジェクの見解を示す記事がある(注1)。「新型コロナウィルスを巡るヒステリックな大騒ぎには人種偏見が潜んでいる - スラヴォイ・ジジェク」と題されている。

コロナウィルス感染の大流行そのものの挙動、つまり、患者数や死者数、ならびに、退院者数の推移、あるいは、病院の建設やワクチンの開発についてだけではなく、西側の大手メディアが煽り立てる危機的状況の背景に潜むイデオロギーや動機を明快に論じている点に私は凄く新鮮な印象を受けた。まさに盲点を突かれた感じだ。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有しよう。

<引用開始>


Photo-1:中国の武漢にある橋を下から眺める  © Getty Images / Gregor Sawatzki

われわれの中の誰かは、私自身も含めて、まさに昨今の武漢の街を訪れ、文明が死に絶えた後を示す映画のセットのような街の雰囲気を味わってみたいと密かに思っているのではないだろうか。武漢の人気のない通りはそれ自身が非大量消費社会のイメージを容易く感じさせてくれる。

コロナウィルスはいたるところでニュースとなっている。私は医療関係の専門家を装う積りは毛頭ないが、ひとつだけ問題提起をしておきたい:事実はいったい何処で終わり、イデオロギーはいったい何処から始まるのか?

まず最初の不可思議な点はこうだ。このコロナウィルスの大騒ぎよりも遥かに悲惨な大流行がいくつも起こっており、まったく別の感染症によって毎日のように何千人もが死亡しているにも関わらず、いったいどうして本件にはこれ程執着するのだろうか?

もちろん、もっとも極端なケースは19181920年に起こった「スペイン風邪」と称されるインフルエンザの大流行であろう。当時の死者数は5千万人に達したと推定されている。現在はどうかと言うと、米国では今シーズンだけでも千5百万人の米国人が感染し、少なくとも14万人が入院し、8,200人が死亡した。

今回の大流行では明らかに人種差別的な妄想が絡んでいる。生きている蛇の皮を剥いているとか、コウモリのスープをズルズルと飲んでいる中国人女性に関する幻想のすべてを思い起して欲しい。その一方で、現実には、中国の大都市は恐らくは世界でももっとも安全な場所のひとつである。

しかしながら、より深遠で、しかも、矛盾した側面が存在する。つまり、われわれの世界がより緊密に連結されればされる程、地方で起こった惨事は世界的規模の恐怖を引き起こし、遅かれ早かれ地球規模の大惨事となり得ることだ。


2010年の春、アイスランドの小さな火山から放出された噴煙がヨーロッパのほとんど全域で航空機の発着を中断させた。これは人類が持つ自然を変え得る能力のすべてとは無関係に、人類は依然として地球上に生息する生物のひとつに過ぎないことを悟らせるものだ。

そのような取るに足りないほどに小さな出来事が社会的・経済的に与える壊滅的影響はわれわれが実現した技術的発展(空の旅)のせいで引き起こされている。1世紀前であったならば、このような火山の噴火はやり過ごされていたことであろう。

技術的発展はわれわれを自然からますます独立させるが、それと同時に、それとは違ったレベルにおいてはわれわれは自然の気まぐれさによって必要以上に振り回される。そして、まったく同じことがコロナウィルス感染の拡大についても言えるのだ。もしもこれが鄧小平の改革以前に起こっていたとすれば、われわれは多分これについては聞くこともなかったであろう。

コロナウィルス感染の拡大に関する憶測やこの世の終わりといったシナリオによって煽り立てられている恐怖は世界経済に対しては感染の拡大以上に大きな脅威となる。

闘う準備をする


ウィルスは得たいの知れない、目には見えない寄生虫のような生命体としてその個体数を増やし、詳細な機構は基本的には何も分かっていないにもかかわらず、いったいどうやってウィルスと闘うのか?この知識の欠如こそがパニックを引き起こす源泉である。もしもウィルスが予期もしない突然変異を起こし、世界規模の大惨事を起こすとしたら・・・?

これは私の個人的な被害妄想ではあるのだが、当局がパニックを大っぴらに見せている理由は、一般大衆の混乱や騒動を避けるために、公表したくはないような突然変異について政府自身が何かを知っている(あるいは、少なくともそういった疑いを持っている)からなのだろうか?何故かと言うと、今までに分かった実際の影響はどちらかと言うと比較的控えめなレベルで推移しているからだ。一つだけ確かなことがある。つまり、封じ込めや隔離は解決にはならない。

完全に無条件な連帯意識や世界レベルで調整された対応策が必要なのだ。これはかっては共産主義と称されたものの現代版である。われわれがこのような方向での取り組みに着手しないならば、今日の武漢の姿は、恐らく、われわれの都市の将来のイメージとなるのではないか。

数多くの暗黒郷小説がすでにこれと同じような運命をはっきりと描いている。われわれはほとんどが在宅し、コンピュータに向かって仕事をし、ビデオコンフェレンスを介して連絡しあう。ホームオフィスの片隅に置いたマシーンで汗を流す。食べ物は配達されてくる。

rt.comでの関連記事:All US has done could only spread fear’: China slams Washington for ‘stoking panic’ against Beijing over coronavirus

武漢での休日

しかしながら、この悪夢とも言うべき見方にはまったく予期し得なかった解放論者的な展望が秘められている。この数日間というもの私は武漢を訪れるという夢に耽溺していたことを認めなければならない。

大都市における半ば見捨てられた通りは、通常ならば活気に満ちた大都市の中心部がゴーストタウンになってしまったかのように見え、店舗が開いているにもかかわらず客の人影は見られず、一人の歩行者または一台の車がそこここに認められ、一人一人が白いマスクをしている・・・、まさにこれは非消費者世界のイメージを端的に示しているのではないだろうか?

上海または香港の人っ子一人もいない空っぽになった目抜き通りの憂鬱な美しさは私に古い映画を思い出させる。たとえば、「渚にて」だ。あの映画では息を呑むような巨大な破壊ではなく、ほとんどの住民が消えてしまった都市が映し出される。あの映画では世界はもはや手に届く所にはなく、誰かがわれわれを待っている訳でもなく、われわれを見て、われわれを求めている訳でもない。

何人かの歩き回っている人たちが身に着けている白いマスクはまさに格好の匿名性を与え、社会による認識のための圧力からは開放してくれる。

われわれの多くは1966年に学生たちが辿りついた、かの有名な状況主義的な結論を今も記憶している。つまり、「無為な時間なしに生きること、そして制約なしに楽しむこと」。

フロイドとラカンがわれわれに何かを教えてくれたとするならば、それは超自我の禁止令の最高の例は、ラカンが適切に証明しているように、超自我はもっとも基本的なものであることから積極的に禁止令を楽しむことであって、何かを禁止する否定的な行為ではない。この公式は惨事の領収証である。われわれに与えられている時間の中ですべての瞬間に強烈に関与したいという衝動は息が詰まるような退屈感に終わる。

無為の時間は自分の身を引き下げることであって、これは昔の神秘主義論者が「平静さ」、「開放」と称したものであって、われわれの生活体験を再活性化する上では非常に重要なものだ。多分、次のようなことを期待することが可能ではないか。中国の都市で進められているコロナウィルス患者の隔離がもたらす予期せぬ影響としては少なくとも何人かは無為の時間を活用して、気忙しい活動からわが身を解放し、この窮状が意味するもの(あるいは、そのナンセンス振り)を考えることであろう。

これらの私的な考えを公表しようとすることは危険であるということを私は十分に承知している。つまり、私は自分が部外者であり安全な場所にいるからこそ、より掘り下げた、ある種の権威的な洞察を犠牲者の苦痛のせいにするという新たな解釈を提示しようとしているのではないか?こうして、皮肉にも私は彼らの苦痛を正当化しようとしているのではないか?

「これはわれわれに共通した惨事だ」:ストロー級のチャンピオンがコロナウィルスの流行を恐れて北京を離れるので、UFC(総合格闘競技の団体)はジャン・ウェイリーの身柄を中国から引き取ることに。

人種差別主義的な底意

武漢のマスクをした市民が医薬品や食料を求めて歩いている姿を見る時、彼や彼女の意識には反消費主義的な考えは毛頭ない。あるのはパニックや怒りならびに恐怖である。私が弁解したい点は恐怖に満ちた出来事であってさえも、それは予測ができないような前向きな結果をもたらし得るということだ。

カルロ・ギンツバーグは自国を愛するのではなく、自国を恥ずかしく思うことはその国に属していることを示す本物の徴であるのかもしれないという考えを提案した。

多分、イスラエルの誰かは勇気を絞り出して、ネタニヤフとトランプが自分たちのために提案した政策に関して恥を感じていることだろう。もちろん、これはユダヤ人であることが恥だという意味ではない。それとは違って、ウェストバンクにおける行動がもっとも貴重なユダヤ主義の遺産に与える影響に関して恥じるという意味である。

多分、英国人の誰かは十分に正直者であって、ブレクジットをもたらしたイデオロギーの夢を恥ずかしく思っているに違いない。しかし、武漢の人たちにとっては恥ずかしく思ったり、疑問に駆られている時ではなく、勇気を絞り出して辛抱強く闘いを続ける時なのだ。

もしも中国にコロナウィルスの大流行を過少評価する人がいるならば、チェルノブイリ原発事故で自分の家族を速やかに避難しておきながら、危険はないと公言した政府職員が恥じなければならないのと同様に、そういう人たちは自らを恥じるべきである。あるいは、地球の温暖化はないと公言しながらも、ニュージーランドで家を買ったり、ロッキー山脈で生き残り用のバンカーを建設する高級職員が自らを恥じなければならないのと同様に・・・

多分、このような二重行動に対する一般大衆の怒り(すでに、当局者には透明性を約束させるところまで来ている)は中国に予期しなかったもうひとつの建設的な政治的展開をもたらすであろう。

しかし、真の意味で恥じなければならないのは中国人を如何にして隔離するべきかを考えているわれわれ自身なのである。

注:この記事に表明されている文言や見解および意見は全面的に著者のものであって、必ずしもRTの見解や意見を代表するものではありません。

著者のプロフィール:スラヴォイ・ジジェクは文化哲学を専門とする哲学者。リュブリャーナ大学の社会学哲学研究所で上級研究員を、ニューヨーク大学ではドイツ語の特別栄誉教授を、そして、ロンドン大学のバークベック人文学研究所では国際部長を務める。彼の生活に関するドキュメンタリーは彼を「文化理論のエルヴィス」と描写した。ウェブサイトの「Vice」は書評で彼を「西側でもっとも危険な哲学者」と称した。スラヴォイはガーディアン紙やニューステーツマン、インデペンデント、他で執筆している。

<引用終了>

これで全文の仮訳が終了した。

スラヴォイ・ジジェクの記事を仮訳するのは私には初めてのことだ。哲学の分野にはまったくの門外漢である私にとっては大きな挑戦となった。正直に言うと、この仮訳よりも上質な訳がいくらでもあると認めざるを得ない。その点はご容赦願いたい。

とは言え、著者が指摘したい点は明瞭だ。「コロナウィルスはいたるところでニュースとなっている。私は医療関係の専門家を装う積りは毛頭ないが、ひとつだけ問題提起をしておきたい:事実はいったい何処で終わり、イデオロギーはいったい何処から始まるのか?」という部分は哲学者らしい思索の過程を示す格好の文言であると私には思えた。

「技術的発展はわれわれを自然からますます独立させるが、それと同時に、それとは違ったレベルにおいてはわれわれは自然の気まぐれさによって必要以上に振り回される。そして、まったく同じことがコロナウィルス感染の拡大についても言えるのだ。もしもこれが鄧小平の改革以前に起こっていたとすれば、われわれは多分これについては聞くこともなかったであろう。コロナウィルス感染の拡大に関する憶測やこの世の終わりといったシナリオによって煽り立てられている恐怖は世界経済に対しては感染の拡大以上に大きな脅威となる」という指摘は言われてみれば当然だとういう感じがするけれども、この記事の文脈からは実に重要な意味合いをもっている。

ところで、環球時報は毎日新型コロナウィルスによる新たな感染者や死者の数、さらには、特効薬の臨床試験、ワクチンの開発予定、等を時系列的に報じ、更新を行っている。

たとえば、

21210:25 pm:中日友好病院は新型コロナウィルス用の薬剤「Remdesivir」について臨床試験を実施中であると公表した。

21203:27 pm:中国におけるコロナウィルス感染からの回復の率は127日の1.3%から火曜日(211日)には10.6%へ上昇した。これによって退院者が増加している。中国は依然として新型コロナウィルスとの厳しい闘いに直面しているが、好ましい兆候も現れている。新規の患者数は24日に3,887人を記録しピークを示したが、火曜日(211日)には2,015人に低下した。48.2%の減少である。国家厚生当局の言。

212日の10:55 am:火曜日(211日)の真夜中現在、新型コロナウィルスの震源地である湖北省の外での新規患者数は8日間連続して減少した。湖北省でも新規患者数は二日間続けて減少し、過去の10日間で初めて2,000人を割った。

大局的にみると、中国における総患者数の曲線上ではようやく変曲点が観察されているようだ。これからは山を下ることになる。山を登るのに要した2か月と同程度の時間が必要だと想定すると、中国が勝利宣言を発する時期は4月中旬か。

その頃、シンガポールや日本での感染の拡大はピークに達しているのかも。あるいは、すべての策が奏功して、すでに沈静化しているかも知れない。


参照:

1: Clear racist element to hysteria over new coronavirus – Slavoj Zizek: By Slavoj Zizek, Feb/03/2020, https://on.rt.com/aaci






2020年2月8日土曜日

東洋人は他の人種よりもコロナウィルスに感染し易く、SARSの場合のように死ぬ確率が高い

新型コロナウィルスの伝染が中国で猛威を振るっている。中国以外でも、日本や韓国、台湾を含めた周辺国ばかりではなく北米やヨーロッパにも患者が広がっている。今のところ、患者数は増加するばかりだ。感染を食い止めることが難しい最大の要因は新型コロナウィルスに感染しても暫くは何の症状も現れず、異常を感じてはいない感染者が知らず知らずの内に周囲の人たちを感染すると指摘されている。

27日の8:05amの時点での環球時報の報道によると、中国本土では6日に新たに73人の死亡と3,143人の新たな患者が加わった。総患者数は31,161人、死者数は636人となった。

環球時報の4:24pmでの報道で重要な発表があった:新たに発見された患者数は二日間続けて減少した。これはこれまでに行われた処置が功を奏していることを示すものだ、と金曜日(27日)に国家衛生健康委員会が述べた。

明日も、明後日も減少傾向が続いて欲しいものである。

2月7日にはもうひとつの重要な報道があった。この大流行の初期にコロナウィルスの流行について同僚の医師たちに警告を与え、地方の警察署からは叱責を受けていた、8人のいわゆる「内部告発者」の一人である中国人医師の李文亮がコロナウィルスのせいで2:58am に死亡した。中国のネット社会では医師としての責務を貫いた同医師の死を悼む声が広がっている。それと同時に、政府側の初動の不備も問われている。

ここに「東洋人は他の人種よりもコロナウィルスに感染し易く、SARSの場合のように死ぬ確率が高い」と題された記事がある(注1)。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

<引用開始>

副題:もしもこれが本当ならば、世界的な大流行になる可能性は激減する。

この原稿を書いている時点で武漢では新型コロナウィルスによって170人が死亡している [2020130日出版のニューヨークタイムズの記事、Coronavirus Live Updates: Death Toll Rises, as Foreigners are Evacuatedによる]。ただし、患者数はこの記事が出版される時点には大きく増加していることであろう。これらの死者は全員が中国内での死亡である。この感染症は少なくとも中国以外で16ヵ国に広がり、カナダ、米国、フランス、ドイツ、フィンランド、オーストラリア、インド、スリランカ、アラブ首長国連邦、および、数多くの東アジアの国々が含まれている [CNNのエリック・チェウングが2020130日に報告]

西側諸国の主要メディアは末世的になるかも知れないこの新型の伝染病の拡大について絶え間なく報道をし、パニックを煽っている [2020130日にガーディアン紙のマシュー・ウィーヴァー他がコロナウィルスの流行に関して報告]。しかしながら、誰も公に報じてはいない事柄がある。それは犠牲者の人種だ。犠牲者は全員がアジア人のようだ。具体的に言うと、公式には「東洋人」として知られている黄色人種である(正確にはこのように言えるが、昨今は政治的に正しいとは言えない)。

英国ではふたりのコロナウィルス患者が確認された [202021日、BBC.comが英国のコロナウィルス患者はヨーク大学の学生と報道]。しかし、この記事を読むと、二人とも「中国人」であることが分かる。 これと同様に、ヘルシンキ・タイムズの最近の見出しは「武漢のコロナウィルスの患者がフィンランドで初めて確認された」というものであった [2020129]。しかしながら、この患者はラップランドを旅行中の中国人であって、フィンランド人ではない。

私がここで言えることとしては、実際に確認されている事例の全ては中国人である。スリランカのラジオ放送によると、スリランカでの事例も「中国人の旅行者」であった [2020128日のニュース・オン・エアによる放送によると、スリランカ政府は、コロナウィルス患者の発見以降、中国人の旅行者については到着時に入国ビザをキャンセルすることにした]。フランスでの5例、ならびに、アラブ首長国連邦での1例も同様であった [コロナウィルスの感染が広がっている。フランスでは5人の患者が見つかり、フィンランドでは武漢からの中国人旅行者が感染していることが確認された。これは2020129日のメール・オンラインのサム・ブランチャードの報告]

東洋人だけがコロナウィルスに感染し、死亡するということが本当であるとするならば、それはこれらのウィルスに対する感受性の違いは長い歳月を経て確立された民族の違いと符合するということであろう。この件は 蘇州大学の C.L.チェンによって率いられた中国人の研究者グループが行った素晴らしい研究の中で論じられている。論文の表題は「インフルエンザH1N1)に対する感受性における民族の違い[African Journal of Biotechnology2009年)]

まず、著者らはそれぞれ違った病原体に対しては民族的な違いがあると予想することについてはいくらでも理由が見つかると指摘する。人種、もしくは、彼らが用いる「民族グループ」という用語は繁殖集団を指すが、通常、地理的な条件によって長い間お互いに分離され、それ故に、個々の集団の遺伝子群はそれぞれ違った生態系に適応している。これらの集団は先史時代にそれぞれ違った病原体に暴露されたことから、間違いなく、病原体に対する感受性には人種的な違いが生じ、免疫系が如何に手際よく個々の病原体と闘うかについても違いが現れる。

人は農業を営む最中にさまざまな動物と接触したことにより、数多くの感染症は種の境界を超して動物から人間へと飛び移った。このことから、農業を開発しなかった集団、あるいは、限定された農業だけに従事して来た集団や比較的最近になってから農業を採用した集団はインフルエンザのようなウィルスによって大量に死亡する可能性がある。

著者は1918年に起こったスペイン風邪の大流行はカナダや米国の先住民族、ならびに、スウェーデンやノルウェーでトナカイの遊牧に従事するサーミ人(あるいは、ラップランド人)にとってはこれらの国々に住む他の人たちに比べて致死率が3倍から70倍も高かったと述べている。これは白人や黒人は長い間農業に携わってきた人たちの子孫であるからである。それに加えて、2009年の豚インフルエンザの大流行ではマオリ族の人たちは同じくニュージーランドに住む他の住民に比べて致死率が5倍も高かった。

コロナウィルスはSARS(重症急性呼吸器症候群)と密接な関係がある [コロナウィルス対SARS:ふたつの大流行の間には重要な違いがあると専門家が指摘。2020128日にCNBCでサム・メレディスが報告]SARS2003年に大流行となった。これも中国で起こり、2002年に始まった。

ウィキペディア(このサイトはこれらの数値に関しては政治的に中立であると思われる)によると、29ヵ国で 合計774人が死亡した。これは感染者総数の約10%である。中国人研究者の知見と一致する可能性があるが、ヨーロッパにおけるSARSの致死率はほとんどゼロであった。フランスでは少数の人たちが感染し、ひとりが死亡しただけである(フランスでの感染は意外と多く、7例が確認された)。

これとは対照的に、香港におけるSARSの致死率は17%であった。台湾では10%。カナダでは17%であったが、患者は全員が「中国系カナダ人」であり、カナダには数多くの中国人が住んでいることからも彼らのウィルスとの闘いを支援する様子が記録されている [Promotion and Education誌(2008年)に掲載されたW.Dongの報告、「Beyond SARS: ethnic community organization's role in public health—a Toronto experience」を参照されたい]

シンガポールでは238人の感染が確認され、13%が死亡した。他の国々では症例が少なく、医療施設へのアクセスがそれ程容易ではないベトナムは比較の対象として取り上げることが難しい。

しかし、基本的には、SARSは東アジアの感染症であり、コロナウィルスのようにコウモリによって媒介される。SARSは東アジア以外の地域では感染が起こったけれども深刻な影響はなかった。この感染症は非常に不均衡な形で東洋人だけに死をもたらした。VDARE.comWalter Pringleによる「SARS: The Immigration Dimension II」(April 24, 2003)を参照されたい。

影響は非常に顕著であった。ウィキペディアは「多くの中国人はSARSウィルスは中国を潜在的な脅威として受け止めている米国が生物兵器として開発したものに違いないと思い込んでいる」と報告した。 (皮肉なことに、金融専門のウェブサイトである「ゼロヘッジ」はコロナウィルスは中国が生物兵器の研究を進めている際に開発されたという推測を報じたことからツイッターから最近使用禁止処分を食らった。この禁止は中国を鎮めようとする米資本家の悪辣な欲求がもたらしたものであるとゼロヘッジは酷評している。)

二種類のウィルスの違いはこうだ。専門家によると、コロナウィルスはSARSウィルス程致死率が高くはない。致死率は約2%である。主として以前から何らかの健康問題(つまり、持病)を抱えていた人たちが犠牲になっている。[CNBCSam Meredithによる2020128日の「コ ロナウィルス対SARS: ふたつの大流行の間にある重要な違いについて専門家に聞く」を参照されたい。] 

私が運命に立ち向かうとするならば、次のことを記しておきたいと思う:

コロナウィルスの場合、それが何の理由からであろうとも、SARSと同様に東アジア人だけが感受性を持ち、他の人種には感受性がない。われわれの民族(つまり、東洋人以外の民族)は誰であってもこれで死ぬようなことはない。主要メディアが常に煽っているのは人々をパニックに陥れるためである。何故かと言うと、一般大衆はパニックに曝されると教化することがより容易くなることから彼らはそうするのである。

ヨーロッパでこの感染症に罹った人たちの人種については何も公表しないことによって、ヨーロッパ人の間には不要なパニックが形成される・・・ こうして、「人種による違いはない、人種は社会的構成概念であるからだ」と言うよりももっと容易くこのメッセージを吹き込むことができるのである。

しかしながら、人種の違いは確かに存在する。人種は生物学的な現実である。これらのウィルスはそのことを証明する上で手助けしてくれる。

Lance Weltonはニューヨークに在住するジャーナリストのペンネームである [彼に電子メールを送ろう]

<引用終了>

これで全文の仮訳が終了した。

免疫系における民族集団としての生物学的な違いがこのように明確に表れることには驚きだ。それと同時に、多いに興味をそそられたるテーマでもある。

この引用記事の著者はコロナウィルスに対する感受性は民族によって異なり、SARSウィルスや新型コロナウィルスの場合それに感染し、死亡するのは東洋人だけだと言う。1918年に起こったスペイン風邪でも民族の違いによって患者の致死率は大きく異なったという前例が紹介されており、説得力の高い見解である。

今回の新型肺炎の大流行が沈静化し、日常生活のすべてが平常に戻り、統計データが出揃った暁には著者がここで述べた見解がそのまま当てはまるのかどうかが判明する。非東洋人の死者がたとえゼロではなくても非常に少数に留まることが予測される。

参照:

1Asians Far More Susceptible to Corona Virus than Other Races, More Likely to Die, Just Like SARS – REPORT: By Lance Welton (VDARE.com), Feb/02/2020