2018年10月31日水曜日

人の遺伝子編集における地政学


「遺伝子編集」あるいは「DNA編集」という言葉が一般的に使われるようになってからすでに久しい。植物や動物ではかなり前からさまざまな試みが行われてきた。そして、人についてもこの技術が使われ始めた。
昨年の11月、DNA編集が人の遺伝的疾患を治療することに初めて用いられた [1]。これを報じた記事を要約すると次のような具合だ。
44歳のブライアン・マドー氏はハンター症候群と称される先天的な代謝異常に見舞われていた。彼の疾患を治療するために遺伝子編集を行うことを目的として研究者らはこの患者の血液にDNA編集ツールを注入したと、本日(20171115日)、APが報じた。このDNA編集ツールを用いて、肝臓細胞のDNA二重らせんを特定の場所で切断し、そこへ新たに正常な遺伝子を挿入する。こうして修正された肝臓細胞はハンター症候群の患者が不足または欠如している特定の酵素を生産する工場となるのだ。
DNA編集の是非はさまざまな角度から論じられている。最大の議論は倫理的な側面であろう。あるいは、法的な側面であるかもしれない。
ここに、「人の遺伝子編集における地政学」と題された最近の記事がある [2]
この記事は遺伝子編集に関して故スティーヴン・ホーキング教授が抱いた危機感を伝えている。私の個人的な理解として倫理的あるいは法的な側面が未だに整理されていないのではないかと上記に述べてみたが、故ホーキング教授の懸念はまったく別の側面を浮き彫りにしている。
本日はこの記事 [2] を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

<引用開始>


Photo-1

自分自身のDNAを操作するスーパーヒューマンは自分自身の進化をコントロールする。将来起こるかも知れないこのような出来事に関して、理論物理学の分野では著名な故スティーヴン・ホーキング教授がひとつの警告を残していた。この警告は今年の3月に同教授が亡くなる直前に発せられたものだ。
Stephen Hawking feared race of ‘superhumans’ able to manipulate their own DNA」と題された記事で、ワシントンポストは次のように伝えている: 
3月に亡くなる前、同ケンブリッジ大教授は人々は知能や攻撃性といった人の特性を編集する能力を今世紀中に獲得するであろうと予測していた。そして、同教授は遺伝子操作の能力が超裕福な人たちの手に集中してしまうことに懸念を抱いていた。
断っておくが、故ホーキング教授はこの技術そのものについては何の警告も発してはいないが、その技術が一握りの超裕福な連中によって寡占されてしまうことについて警告を発したのである。

寡占化された技術の脅威: 
人間の歴史においてはどの章を開いてみても、科学技術の格差はいつも決まって搾取や暴力、流血沙汰、大量虐殺といった悲惨な出来事をもたらして来た。西洋人は銃を発明し、アジアやアフリカ、北米、南米のさまざまな種族に対して銃を使用した。この出来事は銃の使用には恵まれてはいなかった人たちに対する科学技術の圧倒的な強さを見せつけた。
原爆の発明は、一時期ではあるが、米国に実質的に原爆の寡占化の状態をもたらした。米国は第二次世界大戦の末期にすでに疲弊しきっていた日本に対して一発だけではなく二発もの原爆をはやる思いで投下した。まずはロシアの核実験によって、そして、次は中国の核実験によって米国の寡占状態が破られる前、米国は朝鮮戦争で原爆を使おうとした。また、ベトナムでも少なくとも二回は原爆を使おうとした。
今日、企業によるバイオ技術の寡占状態は故ホーキング教授が懸念を抱いたスーパーヒューマンに開発競争を引き起こしている。その活用は異論が極めて多く、恒常的な乱用の源となっている。
それが安全であるとは決して言えない遺伝子組み換え生物(GMOs)を売り歩くカーギルやモンサント、バイエルといった農業分野の大手企業によって行われているまやかしの多いビジネス手法であるにせよ、それが遺伝子療法のような突破口を掴んで、便乗値上げのためのチャリティーを催し、公的資金を受けている製薬会社であるにせよ、すでにバイオ技術の集約化が超富裕者の手で進められており、バイオ技術へのアクセスやコントロールができない人たちに対してすでに乱用されている。われわれはこうした現状を観察することができるのだ。

もう始まってる:  
故ホーキング教授の言葉を引用して、ワシントンポストの記事はさらに続く: 
彼はこう書いている。人類は『いわば自分自身が自分の進化を設計する段階に突入した。この段階に至るとわれわれ自身のDNAを変更し、改善することが可能となる。われわれは今やDNA配列を解明した。これは「生命の本」を読み解いたということであり、修正を開始することが可能となる。』 
当初、彼はこれらの修正は特定の疾患、たとえば、ひとつの遺伝子によって制御されており、修正が比較的簡単な筋ジストロフィー症の治療のために使用されるだろうと予測していた。
「とは言え、今世紀中には知力や攻撃性といった本能についても修正の仕方を見出すのではないか」と故ホーキング教授は書いている。
人の特性に遺伝子操作を施すことについては何らかの制約を課す議案が可決されるであろう、と彼は予測した。「しかしながら、巷には記憶量や疾患に対する耐性、寿命といった人間の特性を改良することに興味を惹かれ、それに抗しきれない人たちが出てくるであろう」と彼は予測している。
さらに、故ホーキング教授は、改良を施されなかった人間は競争に勝ち残ることが出来ず、この広がるばかりの格差の中では政治的にも重要な課題が出現するであろうと指摘する。
すでに人のDNAを改変することは可能であって、これは必ずしも生まれる前に改変するのではなく、普通に生活をしている個人についての改変である。遺伝子療法の手法は目標のDNAを編集することである。つまり、人の細胞を取り出し、自然界で起こっているようにそれをコピーする代わりに、再プログラム化されたウィルスが用いられる。即ち、具体的な目的のために設計された編集済みDNAを挿入するのである。
たとえば、ペンシルヴァニア州立大学とフィラドルフィア小児科病院とのチームは白血病患者のT細胞を編集することに成功した。ニューヨークタイムズによると、この治療を受けなければこの患者は末期癌となっていたことであろう。
この遺伝子編集によって、患者の免疫機構は体の隅々でがん細胞を検知し、破壊することができるようになった。化学療法が奏効せず、間もなく死亡したであろう患者でさえもがある程度は恒久的とも言えるような回復が約束される。
しかし、遺伝子編集がごく普通の免疫機構を癌と闘えるような免疫機構へと改変することが出来るならば、将来の突破口は免疫機構の更なる改良から始まって、再生医療(たとえば、年老いた心臓で健康な心臓細胞を再生する。この試みは英国で研究されている)の分野にまで至るであろう。
限界は果たして存在するのであろうか?故ホーキング教授の懸念は非現実的だったのであろうか?それとも、まったく根拠がなかったのであろうか? 
全費用がチャリティーや公的資金によって賄われていたペンシルヴァニア大学での技術革新プロジェクトは、後に、製薬業大手のノヴァルティスによって乗っ取られた。同社はFDAによって承認された本療法の価格をかなり特殊で実験的な研究開発の段階で注ぎ込まれた費用の何倍にも相当する価格に引き上げるであろう。これ以外の先端技術に関してもまったく同様な運命が待っている。当初は公的資金が注ぎ込まれていても、後になって、故ホーキング教授が心配していたように「超富裕な連中」によってすくい取られてしまうのである。
人の強さや知力、寿命を改善する将来の先端技術は、今何も策を講じなければ、最良の地位に陣取って待ち構えているバイオテクノロジーの独占企業によってすくい取られてしまうことだろう。故ホーキング教授の警告はあたかも遠い将来に起こる脅威に関するものだと思っていたが、実際には、将来起こるであろう暗黒の世界が今起こっているのをわれわれは見ているのだ。

人の遺伝子編集における地政学:  
人的資源はすべての国家を定義するものであって、国家の富や安全保障の礎石を形作る。健康で、高度の教育を受けた、知的な国民は強力な国家を作り上げる。こうして、国民の間に遺伝子編集によってスーパーヒューマンの能力を施された階層を有する国家は明らかに他の国家に比べて有利となるであろう。また、それは同一国内でこの種の特性を備えてはいない他の階層と比較した場合であってもまったく同じことが言えるのだ。
われわれは、今や、白血病のような疾患に対して闘いぬくように編集された遺伝子を持つ人たちと一緒に街の通りを歩いている。バイオテクノロジーの新企業「BioViva」は同社の創立者であり、CEOを務めるエリザベス・パリッシュ自身に対してすでに遺伝子治療の試験を行っている。これは老化防止を目的としたものであるとSouth China Morning Postが報じている。
これはもはや「もしも」とか「何時」といった範疇のものではない。すでに始まっている。現実の問題はそのような遺伝子編集や遺伝子療法はいったい何時になったら経済や安全保障に影響を与え始めるのかという点にあり、さらには、各国はこのテクノロジーを活用し、このテクノロジーを弄ぶ国家に対して自国を防御する上で基礎的な必要事項を構築するにはいったい何をしなければならないのかという点にある。
中国はバイオテクノロジーや遺伝子療法に多くの投資を行い、一時は北米や欧州による寡占状態が明白ではあったが、今やこれらに対抗する勢力に変貌した。個人や小企業は世界中でオープンソースの研究開発集団を形成しようとしている。この動きはこのテクノロジーができる限り数多くの人たちによって共有されることを確実にしようとする試みである。
ある者は「急激な拡散」が暴走するのではないかと恐れを感じるかも知れないが、われわれは米国が他国に対して原爆を投下することをどうして中断したのかをじっくりと考えてみなければならない。米国が中断したのは自己抑制からではなく、核兵器を持つようになった他の国からの反撃を恐れたからである。そこに出現した状況は非常に危険ではあったが、力の均衡が功を奏して、それ以降何十年間も均衡が続いている。
バイオテクノロジーに関してもこれと同様な力の均衡が必要である。テクノロジーは非常に強力であって、非常に奥深い意味合いを持っている。それはわれわれの人間性を再定義するかも知れないのである。
国家はこの新興技術に関して研究開発を進め、それを有効に活用することができる労働力を産み出すための教育へ投資をすることによって、さらには、新規企業への投資を行い、突破口を開くことができる独立組織を育てることによって多くの成果を享受することであろう。これらの政策がうまく行けば、バイオテクノロジーにおける当面の指導的国家と肩を並べることができるほどの地位をもたらしてくれるだろう。
故ホーキング教授は素晴らしい人物であった。彼はこの世を去るに当たって、生真面目ながらも非常に基本的な警告をわれわれに与えてくれた。われわれはバイオテクノロジーや人の遺伝子編集が寡占化されることによって起こる将来の脅威をわれわれ自身の責任で無いものとするであろう。

著者のプロフィール: ガンナー・アルソンはニューヨークに本拠を置き、地政学的分析を行い、オンラインマガジンの「New Eastern Outlook」のために独占的に執筆している。
https://journal-neo.org/2018/10/19/the-geopolitics-of-human-gene-editing/

<引用終了>

これで、全文の仮訳が終了した。
故ホーキング教授が抱いていた懸念が具体的に分かった。
過去の歴史を見ると、超富裕者による寡占的な状況は多くの場合残りの一般庶民にとっては悲劇的な影響をもたらしてきた。同教授はそういった状況を避けたかったのだ。これは、まさに、そのための警告である。
冒頭に引用した記事 [1] で報じられているブライアン・マドー氏に施された遺伝子治療からもうじき1年となる。その後の経過が気になるところである。
インターネットを検索してみたら、その後の経過を報じる記事 [3] が見つかった。約2ヶ月前の報道である。「疾病の治療のために人のDNAを改変する試みが初めて行われ、良好な兆候が見られる」と題されている。この記事の要旨を下記にご紹介しておこう。
6人の患者が三つのグループに分けられ、正常な遺伝子の注入量は大・中・小とした。まずは、注入量が「中」と「小」のふたつのグループに遺伝子の注入が行われた。最初の試みでその安全性が確認されたことから、残りの「大」のグループには「小」の10倍の量が処方された。
マドー氏はもうひとりの患者と共に「小」のグループで、指標となる糖分の尿中濃度は4ヵ月後に二人の平均で9パーセント増えた。つまり、細胞中の大分子量の糖分(GAGグリコサミノグリカ)が酵素の作用によって分解され、細胞内から外へ排出されたのである。「中」のグループに所属する他の二人の患者の場合、4ヵ月後に二人の平均でGAG51パーセントも減少した。しかしながら、このレベルの糖分の減少が患者の健康を改善してくれるのかどうかはまだ断言できないという。研究者に言わせると、少なくとも、初期の目標であった本治療法の安全性が確認できた。来年の2月に開催される学会ではさらに新たな知見が公表される見込みである。
ハンター症候群の患者さんに施された遺伝子療法が成功したのかどうかは現時点では断言できないとはいえ、必要な酵素の生産が体内で開始され、GAGの分解が促進され、患者さんの健康状態に何らかの改善が見られるとすれば、それは医療の観点からは大きな進歩であるに違いない。
その一方で、こうした新しいテクノロジーの恩恵が低コストで一般大衆の手に間違いなく届くようにするには、利益の達成を目指し、それを独占しようとする一部の大企業にこれらのテクノロジーが寡占化されてしまうことがないような環境を整備しなければならない。これこそが故ホーキング教授の将来に対する願いであったのだ。
 

参照:
注1A human has been injected with gene-editing tools to cure his disabling disease. Here’s what you need to know: By Jocelyn Kaiser. Science, Nov/15/2017

注2The Geopolitics of Human Gene Editing: By Ulson Gunner, NEO, Oct/19/2018

注3First attempt to permanently change a person’s DNA to cure a disease shows promise: By Marilyn Marchione, Associated Press / USA Today, Sep/05/2018

 

 

 
 

2018年10月22日月曜日

遺伝子操作によって再合成された「馬痘」が引き起こすかも知れない天然痘の大流行の可能性に科学者たちはびびっている


1980年、世界保健機関(WHO)は天然痘が世界から根絶されたことを宣言した。(天然痘の根絶活動が進んでいた日本では種痘の接種は1976年に中断。)
私らの世代は子供の頃に種痘を接種され、左肩にその痕跡が残っている。しかしながら、今の若い世代は接種を受けてはいない。したがって、もしも何らかの理由で天然痘ウィルスが現れた場合、免疫性を持たない若い世代は世界的な大流行の危険性に曝されるかも知れないと言われている。
最近、ある研究論文がその種の懸念を呼び起こした。世界から根絶されたはずの天然痘の仲間である馬痘ウィルスが遺伝子操作によって再合成され、人への感染力があることが研究の結果分かり、そのことが論文で報告されているのだ。

問題視されている馬痘ウィルスの再合成は致死性の高い天然痘に対するワクチンを作る上で有用であると研究者らは述べている。つまり、今や入手することができなくなった馬痘ウィルスを再合成することによって現在用いられている天然痘のワクチンに比べて毒性がより低いワクチンの開発に成功したとして研究者らはこの論文を発表した。毒性が弱く、天然痘のワクチンとして効力を発揮してくれるならば、そのこと自体に医療面での価値がある。これは研究者としては妥当な考え方であろう。
問題は世の中には邪悪な考えを抱く輩がおり、新技術には悪用のリスクがついてまわるという点だ。いわゆる「バイオテロ」の懸念である。いやな時代になったものだ。今や、インターネット上では特定の科学論文がクリックひとつで入手することが可能だ。

ここに「遺伝子操作によって再合成された馬痘が引き起こすかも知れない天然痘の大流行の可能性に科学者たちはびびっている」と題された記事がある [注1]。
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

 
<引用開始>
すでに根絶された馬痘ウィルスを再生するために、研究者らはDNAの断片を結び付けて同ウィルスを合成する手法を確立し、その成果が今年の始めに報告された。それを受けて、悪意を抱く輩がこの研究成果を悪用して天然痘の大流行を引き起こそうとするかも知れないとして、一部の科学者らはすっかりびびっている。

長期間にわたる種痘の接種を行った結果天然痘は全世界から根絶されたとWHOが宣言するまでに、天然痘による犠牲者は3億人に達していた。それ故に、天然痘に非常に近いウィルスを再合成する手法を報告したこの研究論文は科学者の間に警戒の赤信号を発せしめた、とfuturism.comが報じている。
 



Photo-1 

批判の論点はこうだ。たとえば、この論文は非常に危険な病原菌を再合成する手法を示しており、サイエンス誌によればその研究費用はたった10万ドルで済んだという。そればかりではなく、どのように再合成を行うのかに関して安心していられる限度を超して微に入り細にわたって説明している。
馬痘の研究者仲間の間では何人かがこの点に関して依然として困惑したままでいる。「PLOS One」誌の姉妹誌である「PLOS Pathogens」誌はこの混乱について3件の意見を掲載し、著者であるカナダ人教授からの反論を公開したばかりである。
全体的に見ると、誰もがすごく紳士的である。しかしながら、微生物の専門家は誰かが天然痘の流行を引き起こすのではないかとして非常に大きな懸念が存在することを認識している。(futurism.comからの引用)

根絶の前は、天然痘は主として人と人との直接的接触、あるいは、長期間に及ぶ暴露によって感染した。最初の発疹が口や喉に現れた場合(初期段階)、最後の天然痘のかさぶたが剥がれ落ちるまでは感染力を持っている。CDC [訳注:米疾病対策センター] によると、「これらのかさぶたや患者の発疹部からの漿液はバリオラ・ウィルスを含んでいる。ウィルスはこれらを介して感染し、これらによって汚染された寝具や衣類を介して感染する。天然痘患者の面倒を見たり、患者の寝具や衣類の洗濯をする者は感染を防止するには手袋を使用しなければならない。」 
 

 
Photo-2: 天然痘の発疹 (写真: CDCの提供)

 
天然痘によるバイオテロとは?

CDCによると、こんな具合だ。バイオテロの目的で天然痘ウィルスが米国内でばらまかれたとすれば、最初の患者が未知の病気の治療のために病院にやって来た時点で公衆衛生当局はそのことを発見するであろう。医師らはその患者を調べ、患者の兆候や症状が天然痘に該当するかどうかを確認するためにCDCが開発したキットを使用する。その患者が天然痘に感染していると医師が判断した場合、患者は病院に隔離されて、他の人たちが天然痘ウィルスに暴露されないようにする。病院の職員はその地域を管轄する公衆衛生当局に連絡をとり、天然痘に感染した患者が病院に居ることを報告する。

地方の公衆衛生当局は州政府や連邦政府レベルの公衆衛生の担当部局、たとえば、CDCへ警告を発し、この疾病の診断に当たって専門的な支援を求める。専門家がこの疾病が天然痘であると判断した場合には、CDCは州政府や地方の公衆衛生当局と共に天然痘によるバイオテロに対する対応策を実施することになる。
MITの生化学者であるケヴィン・エスヴェルトは、木曜日(10月11日)に、テロの脅威は非常に高く、「論文の著者や論文審査を行う同僚の科学者、編集者、専門誌に対してリスクに関する規範を推奨し始めることが重要だ」と述べている。 
この時点ではわれわれは用心し過ぎるくらいに用心する。
DNAの再合成における技術の進歩は全体的に予見できるにもかかわらず、インターネット接続が可能な人は誰でも何百万人もの殺害を可能にするウィルスに関して遺伝子の青写真を入手することが可能だ。

(テロリストにとって)好都合なことには、これらの危険物質やさらに大きな危険物質が特定のウィキペディアのサイトに概略されており、そこには悪用に活用されそうな技術文献が参照されているのである。

 上記の段落においては詳細な引用を敢えて控えていることに留意されたい。公知の事実となっている情報を引用したり、リンクを張ることはほとんど無害であるとは言えようが、個々の過程が一般市民に悲劇をもたらすことに繋がる。この悲劇では、真の意味で危険極まりない技術情報の詳細が誰にでも容易に入手することができるのである。
隠喩的な壷から危険な技術情報を放出することがたったひとりの善意の学者によって取り返しのつかない形で行われてしまう可能性を考えると、論文の著者や論文審査を行う同僚の科学者、編集者、専門誌にはリスクに関する規範を推奨し始めることが重要であろう。PLOSからの引用)

エスヴェルトはメディアが天然痘の危険性を増幅したとして非難し、次のように述べている。
DNAの合成手法に関する情報は非常に広範な人々に入手が可能となっており、危険極まりない行為を行うために必要となりそうな詳細な指示事項さえもがオンライン上で無料で入手可能である。

たとえば、馬痘の研究においては情報の普及によって生じる危険性は部分的には論文そのものであり、記述の仕方にも見られる。
とは言え、メディアもこのリスクの一端を担っているのである。メディアは悪用が可能であることを殊更に強調する傾向がある。そして、この情況は警告を与えられた連中によってさらに悪化されてしまうのだ。何故ならば、われわれがリスクに関して話をする相手はジャーナリストであり、話の内容はさらに内部へと供給されて行く。(MITニュース) 

その一方で、カナダ人の教授は批判者に対して反論した。天然痘はどこかの時点で何とか再合成せざるを得なかったと論じている。 

現実的な問題としては、技術的な進歩に対する反対はもう何世紀にもわたって奏功することはなかったのである。
われわれは次のように提言したい。上記のような状況に代わって、誰もがこれらの技術がもたらす成果を規制することに注意を向けるべきである。その一方で、このような技術に携わることがもたらす危険性に関して十分に理解した上で危険性を低減する戦略を立てる要があることについて教育するべきである。

これらの議論においては、長期的な観点が不可欠である。(PLOS
一言で言うと、致死的な病原体に満ちているジュラシックパークやそれらが引き起こすかもしれない天然痘の大流行の危険性に対して準備をしなければならない。  

<引用終了>

これで、全文の仮訳が終了した。
この記事におけるキーワードは「情報の普及によって引き起こされる危険性」であろう。

テロにはさまざまな形態がある。もっとも伝統的な手段は爆発物である。自家製の爆発物は何らかの技術情報に基づいて作られたものだ。当人が軍隊での経験を通じて技術を習得したのか、あるいは、個人的な趣味や学習を通じて爆発物を作成できるようになったのかのどちらかであろう。
シリアでは反政府派の武装勢力が偽旗作戦として一般市民に対して執拗に化学兵器攻撃をしかけた。化学兵器は本物であったり、偽物であったりした。西側が彼らに教育訓練を施し、さまざまな支援を行ったと伝えられている。何とここには紙に書かれた技術情報を実際のテロ行為に結びつける具体的な過程が示されているのだ。

もう何十年にもわたって危惧されてきたのは核物質である。核爆弾はテロ組織でさえも製造することが可能だと言われ、潜在的な危険性が指摘されている。
これらは当初はすべてが「情報の普及によって引き起こされる危険性」の範疇にあったものであるが、今やインターネット上で公知の事実と化した事例も多い。つまり、テロ行為の具体的な手法を支える技術情報はますます幅広いものとなり、一般大衆の毎日の生活のすぐそばに存在しているのだ。

この引用記事がわれわれに告げようとしている点は、幸か不幸か、科学技術の進歩という美名の下にもうひとつのパンドラの箱が開けられたという事実であろうか。科学技術の進歩が必然的にもうひとつのパンドラの箱を開けることになるとするならば、新技術の悪用は何らかの形で抑え込まなければならない。それは情報の開示の仕方に答があるのかも知れないし、他にも有用な手法があり得るのかも知れない。そして、その一方では技術の進歩の恩恵を受けられるように副作用が少ない天然痘ワクチンを開発して、万が一の可能性に対処するために大量の天然痘ワクチンを備蓄して貰いたいものである。
なお、天然痘ワクチンについて専門分野の論文を読むことなんてまったくないわれわれ一般庶民にとっては、ここで論じられているバイオテロの危険性は毎日の生活感覚からはかなり隔たっていると言わざるを得ない。しかしながら、ひとつの記事を読んだ後で二番目、三番目の関連記事を読む際の敷居は思いのほか低くなっているのが常だ。その意味合いで、私が個人的に興味深く感じるのは一般社団法人の「予防衛生協会」のウェブサイトだ。まさに情報の宝庫である。そこを覗いていただくと、天然痘ワクチンに関する啓蒙的な情報がたくさん用意されている。一例を挙げれば、2017117日付けの「104.ゲノム科学が明らかにしたジェンナーの天然痘ワクチンの由来」だ。是非、一読をお勧めしたい。

照:
注1Scientists Freak Out Over Pandemic Potential Of Genetically Engineered Smallpox: By Tyler Durden, ZEROHEDGE, Oct/14/2018
  

 




 

 

2018年10月16日火曜日

米国は全面戦争を準備 - ペンタゴンの報告書が示唆


今月の10日、マティス米国防長官は戦術用戦闘機の稼働率を来年の9月までの1年間に80パーセント代に乗せるようにと指示を出した [1]。対象となる戦闘機はF-35 F-22F-16およびF-18 。米空軍の2017年度のこれらの戦闘機の稼働率は71.3パーセントで、前年度の稼働率よりも0.8ポイントの低下を示した。
 
特定の機種について詳細を見ると、稼働率の低さは驚くほどだ。たとえば、F-16C70.22パーセント、使用が始まったばかりのF-35A54.67パーセント、F-22ラプターは何と49.01パーセントだという。部品の供給に時間を要することやソフトの改善、経験豊かな補修要員の不足、等が主な理由であると言う。
 
このような現状を目にして、マティス国防長官はついに厳しい改善指示を発した ものと思われる。この前途多難な取り組みの一方で、ペンタゴンとしては経費の削減も実現しなければならない。そうしなければ、米政府は破産となりかねないのだ。寄生生物が宿主を殺してしまうような状況は何としてでも避けなければならない。
 
トランプ大統領が述べているように(1012日のブルームバーグの配信)、1ヶ月後に迫った米中間選挙で米下院で共和党が過半数を維持するかも知れない。そうすれば、トランプ政権を巡る政治的環境が整い、ロシアと中国を敵視する現行の対外政策は多少緩和されるのかも・・・。つまり、核大国同士の全面戦争の危険性はかなり軽減されるであろう。国内経済が自信を取り戻す中、トランプ大統領の選挙公約のひとつが実現される。
 
あるいは、それとはまったく関係なく、米国の対ロ・対中政策は今のまま継続され、さらに敵対的な状況になって行くのであろうか。私には分からない。
 
ここに、「米国は全面戦争を準備 - ペンタゴンの報告書が示唆」と題された記事 [2] がある。
 
私が知る限りでは、対ロ・対中の全面戦争を口にするのは今までは個人のレベル、あるいは、民間のシンクタンクのレベルであった。ところが、ここにご紹介する記事はペンタゴンという米国政府内の組織が作成した報告書に関するものである。それだけに、その衝撃は比較のしようも無いほどに大きいと推測する。
 
その一方で、ペンタゴンがネオコンや軍産複合体の牙城であることを考えると、中間選挙では民主党が過半数を得られないという予測をしながらも、この報告書は対ロ・対中強硬派、つまり、反トランプ派がトランプ大統領に送った牽制球である可能性も否定できないような気がする。
 
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

 
<引用開始>

最近の2週間、メディアによる報道がほとんど無いまま、米国政府は核戦力では世界で第2位、第3位に位置するロシアならびに中国との軍事的対決に向かって実質的な動きを見せた。

103日、米国は冷戦以降で始めてロシアの本土を直接攻撃すると脅しをかけた。註NATO米国大使のケイ・ベイリー・ハッチソンはロシアが中距離核戦力(INF)協定に違反して、核エネルギーを動力源にした巡航ミサイルを開発したとしてロシアを批判し、ワシントン政府は米国がロシアを叩いて、この兵器を排除すると述べたのである。

この声明は南シナ海でいわゆる「航行の自由」と称する作戦を展開中であった米駆逐艦に向けて中国海軍の軍艦が衝突の進路をとった事件のちょうど3日後のことであった。太平洋上で何十年もの間起こったこともないような潜在的な軍事的衝突を避けるために、米艦艇は進路変更を余儀なくされた。

髪の毛を逆立てるようなこれらの事件の背景において米国は敵国との全面戦争のために非常に真剣で、長い時間がかかる準備を進めようとしている。これは米国の経済や社会に、さらには、政治生命に根源的な変化をもたらすことであろう。

これが金曜日にペンタゴンによって発表された146ページの文書(題名: Assessing and Strengthening the Manufacturing and Defense Industrial Base and Supply Chain Resiliency of the United States)の骨子である。ワシントン政府が局地戦ではなく、ロシアと中国を相手に壮大で、長期的な戦争のために専制政治的な環境の下で準備をしようとしていることは明白である。

この文書は米国の軍事力が既存の目標、つまり、敵国に対して「今晩にでも参戦する」ために準備を整えるには経済の大規模な再建が必要であることを明確にした。米国が「軍事力競争」に勝つためには「産業態勢を一新しなければならない」とこの文書が宣言をしている。

「米国の製造業や防衛産業の基盤」はこの報告書を遵守し、「我が国の兵士」が頼りにすることができる「プラットフォームやシステム」を作り出さなければならない。この複合体は政府を擁するだけではなく、民間部門や「研究開発機関」ならびに「学会」をも擁する。換言すれば、米経済の全体と米社会を擁しているのである。

「米国の製造業は過去の20年間にすっかり疲弊してしまった・・・。この事態は米製造業が国家の安全保障要求を満たす能力を蝕んでいる。今日、われわれはある種の部品においては国内で単一の供給源に頼らなければならないし、外国の部品供給網に頼らざるを得ない部品や製品さえもある。われわれは軍部に供給する部品を国内では製造できない可能性に直面している」と、本報告書は警告している。

この戦略上の欠陥を矯正するべく、本報告書は次のような結論を述べている。「活発な国内製造業や堅固な防衛産業基盤を育み、弾力的な部品供給網を支援することが重要だ」と。

本報告書は、「中国の経済戦略は他の国の産業政策の敵対的な影響力と結託して、米国の産業基盤に脅威を与えており、これは米国の国家安全保障に対してますます大きなリスクを形成している」として、真っ向から中国をやり玉に挙げている。

換言すると、軍事的優位性を維持するには米国産業の優位性の推進は不可欠である。

重工業の保護は米国の収益の大部分を実現しているハイテック業界を保護する米政権の取り組みと並んで推進される。

本報告書が述べているように、『中国共産党の「2025年における中国製」と称される「主要産業イニシアティブ」のひとつとして、人工頭脳や量子コンピュータ、ロボット、自律走行車両、新エネルギー車両、高性能医療機器、ハイテック船舶用備品、その他の国防に不可欠な新規産業が列挙されている。』 

「中国の研究開発費用は急速に米国のそれに近づいており、近い将来に同等のレベルに迫ろうとしている」と同報告書は警告し、たとえば、中国の製造業者であるDJIが商業用ドローン市場を席巻しているという事実を心配そうに指摘している。 

米国のハイテック業界を保護し、さらに拡大させるペンタゴンの計画には中国人学生の米大学への留学をビザの発給を制限することによって抑制するという政府の取り組みも含まれる。本報告書は米国でSTEM(科学、技術系、工学系、数学)分野での卒業生の25パーセントは中国国籍である・・・として不満を述べている。取りも直さず、米国の大学は中国が経済や軍事面で台頭する上で主要な支援役を演じているのである。

換言すれば、本報告書は「国家の力を構成する複数の要素、つまり、外交、情報、経済、金融、諜報、法の執行、軍事、等をうまく統合すること」を求めており、最近刊行された「米国家安全保障戦略」に記された概念を具体的に表現したものである。

この方程式の主要な要素は米企業の技術部門である。彼らは実入りのいいペンタゴンとの契約に跳びつき、最新世代の武器の開発を行って来た。これらに対する支払い、ならびに、国際的な競争相手からの頑固なほどの保護を受けることの見返りとして、彼らはリークされたグーグルの文書が示す内容を忠実に実行してきた。それは「検閲への動き」と称され、米軍や諜報部門の要求に協力するものである。

政府の圧政的な手法とますます強力になっていく寡占状態との結びつきを促す論理は「全面戦争」と「独裁的社会」との間の相関関係でもある。そこではもはや憲法の主要条項といえども実質的な意味を持たない程だ。

これらの措置の中心的な目標は「国家的な安全保障」を推進するという名目の下で階級闘争を何としてでも抑圧することにある。世界的に展開されて来た米国の軍国主義の拡大は階級闘争の急激な高まりと符合する。その事例としては、流通業界の大手であるUPS社の従業員による利権契約の拒否が挙げられる。同社の強力な労働者組織は米国の産業基盤に害を与えるだけではなく、戦時経済の実に多くの業界に害を及ぼしかねないのである。 

この記事の初出は「WSWS で。
<引用終了>

 
これでこの記事の仮訳が終了した。
むしろ、私はこの引用記事の著者が推測した内容が間違っていることを望みたい。核大国間の全面戦争などは間違っても起こって欲しくはないからだ。
米国が世界の覇権を達成するために対ロ・対中全面戦争を開始するとすれば、その準備は米国の全産業が対象となり、非常に長い時間を要することであろう。因みに、米国は第二次世界大戦のために大恐慌時代、あるいは、それよりも前から準備を開始していたと言われている。この歴史的事実を参考にすると、これから1020年という長い準備期間が必要となるであろう。

米国の戦争立案者は対ロ・対中戦争では米国は被害を受けずに、相手を一方的に叩くことを夢見ているのであろうか。まさにそれは夢に過ぎないのではないか。

現実には、甚大な相互破壊に見舞われることになる。それはほぼ確実である。何故かと言うと、ロシアの防衛能力が最先端技術を駆使して、一段と躍進しているからだ [注: ロシアの最新の防衛能力に関しては、316日付けの「ロシアの新兵器が意味すること」と題した投稿をご一覧ください。内容はロシアの軍事評論では第1人者と見られるアンドレイ・マルティアノフの解説です]。もしも米国がこの種の技術を開発しようとすると10年も20年もかかるだろうと言われている。したがって、米国の先制核攻撃によってロシアの報復能力を壊滅するというシナリオはもはや現実味を持ってはいない。米ロの核大国同士が全面戦争に突入するという筋書きは必ずしも米国がロシアを叩く先制攻撃によって戦争が終わることにはならず、お互いに報復攻撃の繰り返しとなる。最悪の場合、これは人類が築き上げた文明の崩壊をもたらし、ほとんどすべての生命が地球上から抹殺されてしまうことを意味する。
米国の製造業は海外へ移転し、中産階級が縮小の一途を辿り、国内の政治理念はもはや伝統的な二大政党間の政治議論ではなく、持てる者と持たざる者に二極分化し、国内の持たざる者の不満を抑えるためには警察国家となって、まるで軍隊のように武装した警察が市民に向けて襲い掛かり、政府に反論する者に対しては武力の行使も厭わない。今日の米国社会はそんな将来の社会を示しているかのようである。
そして、海外においては、ロシアや中国の原油や天然ガス、その他の天然資源を求めて、自暴自棄となった米政府(米帝国、あるいは、ディープステーツ)は手持ちの世界で一番強力な軍事力を活用しようとする。それを推奨する報告書がペンタゴンに現れたのである。米国の憲法や民主主義、人権、ならびに、国連憲章や国際法への配慮は見られない。
しかし、このような事態は決して起こってはならない!
政治家の間では、つまり、米国の与党と野党の間には政治的議論の対象が数多く存在する。しかし、それらの議論はこの核大国間における全面戦争を是が非でも回避するという政治的命題に比べると非常に瑣末であることを肝に銘じて貰いたいものだ。

そして、それを現実のものにするのは民意だ。米中間選挙は1ヶ月足らずでやって来る。米国の市民よ、一刻も早く目を覚ませ!
好むと好まざるとにかかわらず、これは西側各国の市民にもそっくりそのまま共通することだ。


参照:
注1Mattis orders fighter jet readiness to jump to 80 percent - in one year: By Aaron Mehta, Defense News, Oct/10/2018

注2Pentagon Report Points To US Preparations For Total War: By Andre Damon,  Information Clearing House, Oct/11/2018

 

 

 

 

2018年10月8日月曜日

スクリッパル父娘毒殺未遂事件はMI6によるでっち上げだ。女性向けの探偵小説にもならない - イスラエルの専門家が英国側の筋書きを一刀両断

注: 本文の部分では通常英文の原文に日本語を上書きする形で翻訳を進めています。今回はこの部分のフォントが前後の部分のフォントとは違ったものとなっています。何故こうなってしまうのかは私には分かりません。多分、原文の書式が何らかの影響を与えているのかも・・・。読みにくいと感じられるかも知れませんが、ご容赦ください。


英国のソルズベリーでスクリッパル父娘毒殺未遂事件が起こってから半年が経った。幸いなことには、二人は一命をとりとめた。しかしながら、二人は何処かに監禁されているようで、公の場に表れては来ない。英国政府によってその責任を名指しされたロシア政府は英国政府に証拠の提示を求め、事件の捜査に協力することを申し出ているが、英国政府は今もって証拠を示すこともなく、両国の緊張関係は和らぐ気配もない。

今までに公表されている情報から判断すると、素人目から見ても、英国政府によるでっち上げの可能性が高い。この事件については多くの皆さんがこの事件の経緯をご存知だと思う。

ここに、イスラエルの諜報専門家との対談の記事があって、専門家から見たこの事件の矛盾点が詳細に論じられている [1]。つい最近の記事である。非常に興味深い内容が最初から最後まで満載だ。

イスラエルの諜報能力は世界でも指折りだ。スクリッパル事件に関してこの専門家がどんな見解を持っているのか、詳細な議論を覗いてみよう。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

 

<引用開始>

彼は非常に説得力がある。このイスラエルの専門家は英国側の筋書きを一刀両断にした。
「もしもGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)が関与していたとするならば、暗殺者やこの作戦に関与した他の参加者らは、間違いなく、英国入国のためのビザが免除されている国のパスポートを使って英国へ入国したことであろう。ところが、GRUのオフィサーであると言われている二人はビザを取得するために大使館へやって来て、そこで指紋を残し、ホテルに滞在し、あらゆる下部組織の監視下を通行した。こんなことは女性向けの探偵小説であってさえも見かけることはない。」 
国際テロに関するイスラエルの専門家で、作家でもあるアレクサンダー・ブラスがソルズベリーで起こったスクリッパル毒殺未遂事件について自分の見解を喋ってくれた。ブラスは諜報部門におけるイスラエルとロシアとの関係を例にとって話した。つまり、彼は特殊サービスの工作員の仕事ぶりを英国が示した筋書きと比べてみると、筋書きの馬鹿らしさが明白になって来ると言うのだ。



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― アレクサンダー、ソルズベリーではいったい何が起こったんだろう?あなたの考えは?

― これは英国の諜報関係者による手荒な挑発だ。私の考えでは、それは実に明白だ。



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― どういう理由でそう考えるのですか? 

― 馬鹿らしさの上に別の馬鹿らしさを上塗りしている。ペトロフとボシロフに関する筋書きは専門家の審査ではあっさりと棄却されてしまうような代物だ。英国人によれば、スクリッパル父娘はGRUの工作員によって毒を盛られた。 

私は特殊サービスの仕事がどんな風に行われるのかをまず説明しておきたい。もしも誰かを消したいと思うならば、それは実に真剣な仕事だ。長い準備期間が必要となる。かなりの材料や機材、人員を動員することになる。どれ位の規模かと言うと、何十人にもなるのだ。まず、対象となる国に「最新式の命令拠点」が設置される。

実際の作戦では技術支援、兵站、隠蔽、外部監視といった専門グループと暗殺実行グループとが関与する。

暗殺の実行者らは一番最後の段階になってから登場する。彼らは何処かへ出かけ、監視カメラの前でタバコに火をつけるとか、公共の交通機関を使ったりすることはない。彼らはレンタカーを使って移動する。しかも、自分自身がレンタカーを借りるようなことはしない。さらには、彼らはホテルには泊まらず、兵站グループが手配した安全な家で寝起きする。

こういったグループの人員は自国のパスポートを使って移動するようなことはしない。ビザを取得するために大使館へ出かけ、指紋を取られるようなことはしない。英国の主張は完全にナンセンスだ。プロフェッショナルはそんな風には仕事をしない。

もしもGRUが関与していたとするならば、暗殺実行者も他の参加者らも英国との間でビザ・フリーの関係を有する他の国のパスポートを使って英国へやって来ただろう。ところが、GRUのオフィサーであると言われている例の二人は大使館へやって来て、ビザを取得するために大使館で指紋の採取に応じ、ホテルに泊まり、下部組織の監視下を通行した。こんなことは女性向けの探偵小説においてさえもお目にかかることはない。 

― 多分、それはソ連邦の崩壊以降に、特殊サービスも含めて、ロシア社会のあらゆる組織や官庁で起こった劣化や崩壊と関連して起こったプロフェッショナリズムの欠如ではないだろうか?そういった意見が出ている。

― それは台所で交わされるレベルの意見だ。ワールドカップやオリンピックをあのような高いレベルで運営したことを考えれば、単なる「ガラスのコップ」をそのような高いレベルにまで引き上げるためにはロシア連邦の軍部や軍産複合体はいったい何処でどう運営しているのだろうか?GRUは常にもっともプロフェッショナルな組織であったし、世界でももっとも真剣な諜報機関のひとつでもあった。そして、現在もその通りだ。 

もしもGRUがスクリッパルを排除すると決心したとするならば、私にはひとつの疑問がある。いったいなぜ「ノビチョク」を使用したのか?これは処方薬ではない。これは大量殺戮に使用される化学兵器だ。たった一人の犯罪者を殺害するために原爆を投下するようなものだ。特殊サービスが誰かを消す場合、彼らは司法解剖を行っても毒物が決して検出されることがないようにする。

― たとえば? 

― たくさんの例を挙げることが可能だ。1978年にパレスチナ解放人民戦線の創立者の一人であって、テロリストとして国際的にもよく知られていたヴァディア・ハダッドが殺害された。「モサド」は これについては犯行責任を公表しなかったが、隠すことができない袋に縫い込んだ [訳注:この文章の後半は直訳のままに残しておきます。感触としては「犯行責任は隠しおおせるものではなかった」といった意味だと推測されます]。生物起源の強力な毒物をチョコレートに混ぜ込んだ。3ヵ月以内に彼は痛みを伴う、訳の分からない病気のせいで東独の病院で亡くなった。東ベルリン大学で司法解剖が実施されたが、毒物は何も検出されなかった。医師団は彼は白血病で亡くなったと推測した。

― 彼はモサドによって消されたとどうしてご存知なんですか?

― 本件に関する情報が数年前にリークし始めた。アルジェリアからだった。別件の裁判で元モサド職員の一人が本件がどのようにして起こったのかを証言し、証拠を示して、実行者の具体的な名前まで挙げた。また、この男は自分自身が本件に参加していたことも認めた。この情報は他の、まったく重複しない情報源によっても確認されたのだ。

― モサドの暗殺が不成功に終わり、イスラエルの敵が今でも生きているような事例は何かありますか? 

― 不成功に終わった最後の事例を挙げるとすれば、それはハレド・マシャールの殺害だった。彼はハマスのテロリスト組織の指導者だった。もしも最後の段階になって解毒剤が与えられていなかったとしたら、彼は間違いなく死んでいただろう。

すべては、1997年9月25日、アンマンの路上で起こった。通行人の一人がマシャールの直ぐ側を通り、「間違って」彼にぶつかり、コーラの缶の液体が彼の首にかかった。翌日にはマシャールは心臓発作を起こして死亡し、毒物の痕跡は何も見つからなかったであろう。しかし、暗殺実行者はその場で取り押さえられた。その後、ヨルダンのフセイン国王がイスラエルに解毒剤を提供するよう要請し、ヨルダン側はその代わりにイスラエルの工作員を釈放すると約束した。

― 痕跡を残さない物質は専門家によってさえも検出されることはないし、病死を装うことが可能となりますが、特殊サービスはこのことを前々から知っていたんですか? 

― その通りだ。GRUは「ノビチョク」ではなくて、他の何らかの毒物をどうして使えなかったのだろうか?この種の技術は1950年代には特殊サービス部門では知られていたのに、GRUは今日に至ってもこういった毒物を所有してはいないというのだろうか? 

監視カメラのことを議論しよう。英国では監視カメラは一種のブームになっている。人口当たりの設置数では英国に勝る国はない。

間違いはないと思うが、英国では15人当たり1台のカメラが設置されている。文字通り、1メートルの空白も残さずに監視が行われている。英国の対諜報活動機関であるMI5は世界でも最高の組織であると見なされている。もしも英国の対諜報組織がスクリッパルの面倒を見ていたとすれば、彼は十分に防護されていた筈だ。少なくとも、彼の家には監視カメラがたくさんぶら下がっていた筈だ。 そうすることだけが可能だからだ。

MI5によれば、これらの工作員はソルズベリーを訪れ、スクリッパルの家にやって来て、ドアのハンドルにこの物質を塗ったとしているが、もしそうだとすれば、 監視カメラの記録を見せて欲しい!ちょうどその時カメラのスイッチが切れていたなんていったいあり得るのか? 

― でも、工作員たちがカメラを発見して、スイッチを切ったのでは? 

― GRUはひどく劣化しており、工作員らはいたる所でタバコの火をつけたり、痕跡を残して行ったと言うならば、これらの劣化した諜報工作員はスクリッパルの家では、ちょうどその時に限って、うまいことに監視カメラのスイッチを切ったとでも? 論理性はいったい何処にあるのか? 

― われわれの工作員がカタールでチェチンのテロリストであるゼリムハン・ヤンダルビエフを殺害した時、工作員たちは地方の警察に捕まってしまった。確かに、彼らは任務をやり遂げてはいたのだが・・・。 

「イスラエルの工作員はいったい何人が逮捕されたのだろうか?」 これは劣化を意味するものではない。ソ連邦が崩壊した後にGRUでは何が起こったのかは私は知る術もないが、対外諜報部門については何が起こったのかを知っている。私の友人の一人はその部門での高官であったが、何年も働いて来て、すでに定年の身分であった。彼とは何年にもわたって友達付き合いをして来て、親しい間柄だった。不幸なことには、彼は2-3年前に亡くなった。

特殊サービス部門の劣化は単に見かけだけだと彼は私に言った。彼はすでに何年もの勤務をしており、退職することにした。彼は自国で進行している混乱振りには納得できなかったからだ。しかし、特殊サービスには何の混乱もなかった! 退職したい者は退職した。情報の漏洩は起こったのであろうか? 彼らは工作員のネットワークを発見したのだろうか?ソ連の特殊サービスの工作員は世界中で仕事をしていた。何かに苦しんでいる者はいたのだろうか?誰もいなかった。混乱はいたる所で見受けられたが、特殊サービスでは混乱はまったくなかった。

― 事実を認めよう。本件はすべてが実に不可思議だ。たとえば、まず、スクリッパルを釈放する。それから、彼を殺害する。彼を刑務所に入れたままにしておけば、すべてが簡単に済んだのではないか?

― 次に、セルゲイ・スクリッパル自身の人柄についてだ。英国人が説明しようとした中心的な説は復讐であるが、特殊サービスでは復讐をするなんてあり得ない。イスラエルであっても、ロシアであっても、それは同じことだ。キューバにおいてだけは様子が異なるが・・・。特殊サービスは実に現実的な組織であることをわれわれは理解しておかなければならない。何の理由で復讐などするのか?誰かが実際に害を引き起こす場合に限ってだけ、その人物は排除される。スクリッパルはすでに害を引き起こしていたが、それ以上の害を引き起こすことはあり得なかった。

― たとえば、他の潜在的な反逆者に対する見せしめとして?

― いや、そうではない。私は前にあなたの国の特殊サービスで働いていた知り合いに質問をしたことがある(私の知り合いは現役ではなくて、退職者ばっかりだが・・・)。「カルーギンはなぜ消されなかったのかね?」と質問した。彼らは私の質問に答える代わりに、こちらへ質問を返してよこした。「あなた方はどうして国外への逃亡者を消さなかったのかね?」と。私はこう言った。「彼らはすでに害を引き起こした。彼らを排除しようとすると、実に真剣な作戦を実行しなければならない。人員を派遣しなければならない。派遣された人員は自分たちの生命をリスクに曝すことになる。いったい何のために消すのかね?復讐のためかね?」 彼らはこう言う。 「まったく同じ理由だ。われわれはカルーギンには手を出さないし、誰にも触ることはない。」 イスラエル人が元テロリストによって壊滅されることなんてあり得ない。テロリストがテロ行為を止めた暁には、彼が何を仕出かしたのかとは関係なく、彼をそっとしておくのだ。最後まで責任を問われるのはナチの犯罪者だけだ。

― 彼は対諜報活動の学校で教鞭を取り、若い職員にGRUとの対処の仕方を教えていたことから、消されることになったという見方があるが・・・。

― MI5では、スクリッパルを除いては、対処の仕方については誰にも分からないとでも言うのかい?連中はスクリッパルよりもよく知っていると私は思うよ。

― そのような場合、非常に簡単なやり方がある。スクリッパルが反逆罪で捕らえられた時、多分、彼は十分な説明を受けたことであろう。北極圏内の刑務所の独房で死ぬまで刑期を過ごすのか、それともヨーロッパロシアの何処かで規則正しく12年間を服役するのかのどちらかだと。しかし、後者の場合、どんな情報を洩らしたのかを詳しく説明し、証拠を示さなければならない。調査に協力することになる。

イスラエル国防省の諜報部門の元大佐が、彼の名前は省略するが、ビジネスを開始し、借金に陥った時も同様だった。

彼はレバノンへ出かけ、ヘロインを買って、麻薬の取引をした。挙句の果てに、ヒズボラーに捕まった。彼は自分が知っていることをすべて喋った。これはイスラエル国防省にとっては大きな痛手であった。彼はこの地で勤務するオフィサーであったので、彼はレバノンのためになった。

イスラエル側は彼を交代させ、彼を帰国させた。「取引をしようじゃないか」と彼は持ちかけられた。訴追はしないよ。しかし、自分が喋ったことを詳細に、かつ、完全に報告しなければならない。われわれはあんたが知っていることをすべて知る必要があるんだ。スクリッパル事件もまったく同じだ。端的に言って、彼を消す必要なんて何もなかった。

― つまり、ロシアの特殊サービスには何の動機もなかったということ?

― 動機は無かった。考えてみようじゃないか。彼らは「ノビチョク」を使った。香水の瓶の下に挿入して彼らはそれを持ち運んだ。しかし、特殊サービスのやり方としてはこんなことはあり得ない。暗殺実行者は他人のパスポートを使って、白昼に辺りをぶらつく。彼らは現場で武器を受け取る。こういった暗殺集団が仕事をする時、彼らは自分たちですべてをこなし、周囲の住民には何の迷惑もかけない。失敗した場合でも住民には害を与えない。監視が行われており、捕獲チームが動いている時であっても、彼らはお互いに相手のことを個人的にはまったく知らない。彼らは特定の連絡チャンネルを通してのみ連絡をとる。

― 問題はあの毒物がどうして直ぐには効かなかったのかという点だ。スクリッパルは何時間も歩き回っていた。

― それはまったく別の問題だ。英国人はロシアをすごく蔑視しており、挑発行為を適度な水準で実行することさえも出来ない有様だ。だから、ロシア側はこのことについてはコメントを控えている。そもそもナンセンスについてコメントをする必要なんてあるだろうか?

英国人は「容疑者」を割り出すのに半年もかかった。ビザを取得するために彼らは個人情報や指紋を大使館に残して来たにもかかわらず・・・。これはもうひとつ別のナンセンスだ。そこで、ロシア側はこう言った。「お願いだ!彼らはここにいる。ここに彼らと行ったインタビューがある・・・」と。もしも彼らがGRUのオフィサーであるならば、彼らは何のためであったとしても自分たちの指紋を大使館に残すようなことはしないよ。

― 「彼らは何者だろうか?」 

― 私には分からないが、特殊サービスの隊員ではないことだけは確かだ。もしもGRUにとってスクリッパルを消す必要があったとするならば、彼はとうに死んでいる。こういうことは密やかに、スキャンダルを起こさずに実行した筈だ。

― 「英国はどうしてこのようなスキャンダルを必要としたのだろう?」 

― これはロシアを悪魔視し、国際的に孤立させるためにあれこれと考え抜いた上での戦略だ。英国においては、 西側の他の国々のように、すべては非常に簡単に運ぶ。市民のほとんどは新聞をまったく読まない。そして、新聞を読む人たちはその半分も理解することができない。しかしながら、誰もが見出しだけを目にする。スクリッパル父娘暗殺未遂事件はシリアでの化学兵器使用の調査委員会からロシアを締め出すために必要だったのだ。


原典: 
News Front


<引用終了>


これで全文の仮訳を終了した。

話が飛んでいるような部分があって、「オヤッ」と感じることもあったが、対談ではあり得ることだと思う。

スパイ活動の専門家によるスクリッパル事件の考察に始めてお目にかかったが、この内容には結構驚かされた。また、諜報活動の現状を学ぶには格好の内容であることも分かった。貴重な情報だと思う。

『もしもGRUがスクリッパルを排除すると決心したとするならば、私にはひとつの疑問がある。いったいなぜ「ノビチョク」を使用したのか?これは処方薬ではない。これは大量殺戮に使用される化学兵器だ。たった一人の犯罪者を殺害するために原爆を投下するようなものだ』という解説は素晴らしい。的を得ていると思う。

また、「スクリッパル父娘暗殺未遂事件はシリアでの化学兵器使用の調査委員会からロシアを締め出すために必要だったのだ」という見解は新冷戦という大きな構図の中でこの事件を見事に位置付けしている。まさに専門家らしい見解だ。
 
この対談には心からの拍手をお送りしたい。

 

参照:
 
1The Skripals Are an MI6 Hoax – ‘Not Worthy of Ladies’ Detective Novels’ - Israeli Expert Demolishes UK Case: By RUSSIA INSIDER, Oct/05/2018