2011年10月16日日曜日

自然放射能が非常に高い地域(ブラジル、中国、インド、イラン)では健康影響があるのか


1010日、環境省は国による除染対象地域を1ミリシーベルト以上にするとの基本方針を固めた。東京電力福島第一原発の事故で放出された放射性物質による被曝線量が年に1ミリシーベルトを超す地域は8都県にまたがっている。

1013日、千葉県船橋市で高線量の放射能が検出された。12日の市民団体による測定では毎時5.82マイクロシーベルト、その後の市の測定では1.4マイクロシーベルト(年間12.3ミリシーベルトに相当)を示した。

福島第一原発の事故前の日本では、ラドン由来の放射線を含めて平均して年間1.5ミリシーベルトの自然放射能(宇宙線から0.3、大地から0.4、食物から0.4、空気中のラドンから0.4)を受けている。世界の平均値は2.4ミリシーベルトである。

そこへ今回の福島原発事故によって人口放射能がさらに加わることになった。


世界で最も環境放射能が高い地域として四つの地域が知られている。ブラジル大西洋岸のガラパリ地域、中国南部広東省の陽江地域、イランのラムサール、そしてインドのケララ州である。

これらの地域についてはさまざまな科学的調査が行われ、その結果が報告されている。ここではそれらを紹介し、その内容が今後の日本にとってどういう意味を持つことになるのかを考察してみたい。これは、福島第一原発の周辺地域で除染を行うとの基本方針が決定されたことを受け、高線量地域ではどのような健康影響が起こっていないのか、あるいは、起こっているのかを少しでも理解しておきたいからである。

もちろん、ここに収録し得る情報は非常に限られている。それだけで福島原発から放出された放射性物質の影響を受けた地域で暮らす人たちが将来被る健康影響についてすべてを論じることは不可能だ。しかしながら、この試みがチェルノブイリ原発事故に関する「ヤブロコフ·ネステレンコ報告[1]」や放射能汚染と健康との関係を論じた他のさまざまな情報を理解する上で役立つのではないかと思い、それを期待する次第だ。


ブラジル[2]

モナザイト岩石地帯にあるガラパリ(Guarapari)は住民数が12,000、夏の避暑客約30,000人の町である(訳注:モナザイトにはトリウムが6%、ウランが0.3%含まれている。トリウムとウランはアルファ崩壊して、放射性を示す。日本ではモナズ石とも言う)。そこの空間線量率は街路で年間約714ミリシーベルト、海岸では年間最高で218ミリシーベルトを示す。

住民317人について熱ルミネッサンス線量計により測定した個人の平均被爆線量率は屋内と屋外とを併せて年に4.4ミリシーベルトであった。その範囲は0.722.4ミリシーベルトであった。

ミナスゲレス州のアラサタピラ(Araxa Tapira)では空間線量率が年間約28ミリシーベルトである。

これら環境放射能が高い地域に住む人たちの健康への影響を知る手段としては末梢血リンパ球の染色体異常があり、それに関する調査が行われた。

ガラパリの住民202人とその対照地域の住民147人についての調査結果によると、染色体異常(決損、2動原体、リング)の頻度はガラパリと対照地域とでは有意に異なっており、検査細胞数中の染色体異常の割合(%)は対照地域での0.098%に対してガラパリでは1.30%と、ガラパリの方が高くなっている。

中国[3]

中国南部、広東省陽江(Yangjiang)市は自然放射線量が高い。放射線源は建築材料に使われるレンガや泥である。外部被爆線量は年間3.54ミリシーベルトとなる。内部被爆線量は年間1.4ミリシーベルトである。陽江地域では1年間に合計で約6ミリシーベルトの被爆を受ける。[: 原典ではその冒頭で、陽江地域では年間合計で約6ミリシーベルトの被爆を受けると記述している。その内訳では外部被爆線量で3.54ミリシーベルト、内部被爆線量で1.4ミリシーベルトとしている。これらを合計すると年間4.94ミリシーベルト(5ミリシーベルト)となり、合計値とは合致しない。どれかの数値に誤りがある。]

この地域と社会的および人口学的に類似した恩平(Enping)市が対照地域に選定された。この対照地域では外部被爆線量は年間0.90ミリシーベルト、内部被爆線量は0.8ミリシーベルトである。つまり、年間合計で1.7ミリシーベルトの被爆となる。

放射線の生物影響としては、最も鋭敏な染色体異常誘発の研究と生物影響の重要な指標となるがんの死亡率の研究がなされている。

染色体異常の研究では、1)不安定型異常は高線量地域では年齢と共に有意に増加し、蓄積線量に比例する、2)安定型異常は年齢による増加は認められるが、放射線による増加は認められないことが明らかになった。

がん死亡率の疫学研究は、約10万人の対照集団を含む526の部落を単位とするコホート(共通の特性を持つ集団)を用いて進められている。各部落について人口学的な調査と慎重ながん診断の結果とからがんの死亡率を求め、また部落別の被ばく線量を熱ルミネッセンス線量計による直接法と環境線量に基づく間接法を併用して求めている。その結果、陽江地区と対照地区とを比べた全がん死亡率の相対リスクは全がん、固形がん共にほぼ10.99)であり、陽江地域での全がん死亡率は有意には増加しないことが明らかになった。なお、喫煙・食習慣・EBEpstein-Barr)ウルスなど多くのがんの交絡因子についても調査が実施されたが、各線量群の間で有意な差異は認められていない。


インド[4]

インド、ケララ州とタミールナヅ州の南西の海岸にはモナザイトの沈積地帯がおよそ0.5kmの幅で250kmの長さにわたって続いている。その中でも最も高濃度(トリウム含量が810.5重量%)のモナザイト地域はケララ州の海岸のキロン区からアルピイ区にある55kmの長さの地域と、タミールナダ州のマラヴァラクリチ近くの2.5kmの長さの地域である。これらの地域では植性と人口の密度が高い。

モナザイト中のトリウムとその壊変生成物からアルファ、ベータ、ガンマ線が放出される。従ってここの住民は(1)モナザイト中のトリウムからのベータ、ガンマ線による外部被曝、(2)空気中のトロン及びその娘核種吸入による肺の内部被曝、(3)飲食物及び呼吸を通じてのこれらの核種の体内への取り込みによる内部被曝を受けている。

住民の平均被爆線量は年間で3.0ミリシーベルトであり、4ミリシーベルトを超すものは全体の約25%を占める。

200軒の住居をランダムサンプリングして空間線量を測定した結果によると平均値としてガンマ線1,300mR/(=13ミリシーベルト/)である。

住民に熱ルミネッセンス線量計を腕輪やネックレスの形で常時着用させて線量を測定した結果によると、被曝線量率は平均 4.3E7Gy/h24%が 5.7E7Gy/h以上、6%が E6Gy/h以上、0.7%が 2.3E6Gy/h以上を被曝している。放射性核種の食品からの摂取量は平均値として全アルファが8228Ra640Kが131 Bq/日で、最も寄与の大きい食品は魚とタピオカ(芋の一種)である。

調査地域の対象戸数は13,355軒で住民数は約70,000人であり、この中には全ての年齢層と宗教とが含まれている。この集団は(1 この地域外で雇用されている者、(2)完全にこの地域内で雇用されている者、(3)漁民、の3グループに分別される。第1のグループには就学児童と、1日の大半をこの地域外で過ごすものが、第2のグループには地域内で働くもの、家庭の主婦、未就学児童が含まれる。第3のグループは漁業に出かける以外はこの地域内または、付近で時間を過ごす人々である。

これらの集団について乳幼児死亡率、夫婦当り産児数、新生児の男女比、先天異常(ダウン症など)が調べられたが、いずれについても低自然放射線地域(通常の地域)と比較して有意な差異は認められていない。但し約20ミリシーベルト/年以上被曝しているグループでは、そのグループの人数が少ないので確実ではないが、それ以下の線量のグループと比べて、夫婦当り産児数は最も低く、幼児死亡率は最も高くなっている傾向がある。

放射線の影響を最も表し易い染色体については、新生児、各種年齢層の子供、成人の末梢血リンパ球の染色体異常が調べられた。この結果によっても高放射線地域と低放射線地域との間で、染色体切断、2動原体、リングなどの異常の発生率の差は認められない。


イラン

イランのラムサールはカスピ海南岸の町で、温泉から湧き出した水が流れ出し、それによって長い年月の間にできた堆積物が放射線源となっている。この地域は人口密度はまばらではあるが、この環境下での居住者はゼロではない。

ラムサールに関しては学術報告書が幾つもある。そのひとつの要旨を仮訳したので、下記に引用したい。

要旨[5]

イラン北部のラムサール市のある地区の住民は最大で260ミリシーベルト/年にも達する環境放射能に曝されている。このレベルは放射線作業従事者の年間許容放射線量である20ミリシーベルトを遥かに超すものだ。ラムサール(Ramsar)の住民は何世代にもわたってこれらの高線量率の環境に住んできた。細胞発生学的な研究によると、高線量率の環境に住む人たちと通常の環境に住む人たちとの間に優位差は見られない。1.5グレイのガンマ線を試験管内でリンパ球に照射したところ、高線量環境に住む人たちのリンパ球では染色体異常はラムサールの近傍で通常(低線量)の環境に住む人たちのそれに比べて有意に低かった。具体的には、この照射による高線量環境に住む人たちの染色体異常はラムサールの近傍で通常の環境に住む人たちの染色体異常の発生頻度の56%にとどまった。これは、実験室で数十ミリグレイの放射線による急性照射を与える場合とは対照的に、慢性的な環境放射能によって適応反応が誘発されたことを示唆している。臨床試験の結果、免疫系には差異はみられなかった。さらには、これらふたつの群の間には血液学的な変化に差異はなかった。



                                                                考察

上記に紹介した内容は今後の日本にとってどのような意味を持つのだろうか。ここからは、読者の皆さんと一緒に考えてみたいと思う。

(1)  ブラジルでは、高線量地域の住民に染色体異常が有意に観察された。高線量地域での平均外部被爆線量は年間で4.4ミリシーベルト、その上限は年間22.4ミリシーベルトである。汚染された食物や水の摂取あるいはラドンの吸引による内部被爆線量は報告されていない。

対象となる通常レベルの環境放射能がどれほどあるのかについては報告されてはいない。

(2)  中国の陽江地域では、染色体異常についての研究によると、高線量地域では不安定型異常(注:細胞分裂が繰り返されるにしたがって異常が消滅していく)が年齢と共に有意に増加し、蓄積線量に比例する。安定型異常(注:異常が消滅しないで新生細胞に受け継がれていく)は年齢による増加は認められるが放射線による増加は認められなかった。全がん死亡率では有意な差は見られなかった。

この陽江地域での外部被爆線量は年間で3.54ミリシーベルト、内部被爆線量は年間で0.8ミリシーベルトである。一方、対照地域での外部被爆および内部被爆の合計線量は年間で1.7ミリシーベルトである。

(3)  インドでは、新生児の死亡率、男女の性別比率、ならびにダウン症(注:他の情報源によると、放射線によりダウン症候群の出生頻度が増えたとする報告があったが、現在ではそれは誤りであるとされている)などの先天性異常について有意差は見られなかった。また癌の発症についても優位差は見られなかった。染色体異常についても優位差は認められなかった。

ただし、年間で約20ミリシーベルト以上を被曝している住民のグループは、その人数が少ないので確実ではないものの、それ以下の線量のグループと比べると、夫婦当たりの産児の数は最も低く、幼児死亡率は最も高い傾向にある。

この集団の平均被爆線量は年間で3.0ミリシーベルトであり、4ミリシーベルトを超すものは全体の約25%を占める。

食品を通じての経口摂取を40Kについて計算してみた。40Kの経口摂取の実効線量係数はSv/Bq=6.2x10-9であるから、平均摂取量の測定値131 Bq/日は年間で約0.3ミリシーベルトに相当する。なお、40K以外のアルファ線や228Raについては実効線量係数が分からず、算出することはできなかった。したがって、それら二項目を含めると0.3ミリシーベルトが0.4ミリシーベルト以上になる可能性は十分にある。

(4)  イランのラムサールの住民に関する研究結果は驚きである。何世代にもわたって普通よりも高い放射線環境に住むことによってこの地域の住民はより高い被爆線量への耐性を獲得しているようだ。今後のさらなる研究成果を検証していきたい。



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環境放射線による健康影響は被爆線量の数値だけで結論的なことを言うのは非常に難しいことを痛感した。そこには放射線の種類(アルファ線、ベータ線やガンマ線)と個々の放射線の種類が占める割合が絡んでくるからだ。さらには、特定の線量レベルに曝された時間数も重要な要因となる。また、イランのラムサールでは人の体がより高い被爆線量に対して耐性を獲得した事例もあって、高線量地域間の比較は一筋縄ではいかないことが分かった。

日本人は先祖代々住んできた日本の環境放射能のレベルに十分に耐えることができるような体質になっている。これはその環境中で獲得したひとつの形質だ。この従来からの環境放射能に対して、福島原発事故の後は新たに放射能漏れに起因した外部被爆が加わってくる。また、放射能で汚染された食物や空気による内部被爆も新たに加算される。被爆線量は加算されて行き、ホットスポットではどこかのレベルで健康影響が現れ始める。

千葉県船橋市の事例で年間12.3ミリシーベルトの空間放射線量がそのレベルのままにあって、改善されなかった場合を想定してみる。その場合、その地域で生活する個々の住民が通常の生活環境とリズム(在宅、外出、通勤や通学)の中で年間に受ける累積被爆線量がどれほどになるかが決め手となる。

◆ブラジルの事例を参考にすると、年間外部被爆量が4.4ミリシーベルトあるいはその近傍に達すると染色体異常が現れ始める。

◆中国の事例を参考にすると、年間外部被爆量が3.54ミリシーベルトあるいはその近傍のレベルよりも低ければ、安定型(注:異常が消滅しないで新生細胞に受け継がれていく)の染色体異常は起こらない。

インドの事例を参考にすると、年間被爆線量が3ミリシーベルトでは染色体異常は認められず、健康影響は起こらない。


環境省が決めた除染に関する基本方針通りに除染が行われ、その作業が成功裏に実施された場合、汚染地域では日本の従来からの環境線量である年間1.5ミリシーベルトに1.0ミリシーベルトの人口放射能が加算され、除染後の新しい外部被爆線量の大きさは2.5ミリシーベルトとなる。この新しい外部被爆レベルは染色体異常を起こしてはいないインドの高自然放射能地域での年間外部被爆線量である3ミリシーベルトを下回る。

除染を完璧に行い、ホットスポットが残らないように対応策の真剣な実施が待たれる。地域住民は自分たちの健康だけではなく次世代の健康な生活を保証するためにも地方自治体への要求を堅持し、対応策の実施状況を観察し続けることが大事だと思う。そして、最終的に問われるのは住民と地方自治体がどれだけお互いに協力し合えるかが鍵だ。

最後に、付け加えたいことがある。私はこの方面の専門家ではない。ここに纏めてみた内容には至らぬ点が多々あると思う。さらに勉強を継続し、専門家ならびに諸先輩のご意見等も仰ぎたい。また、新しい情報が見つかった時点でこのブログを更新して行きたいと思う。



                                出

[1] ヤブロコフ·ネステレンコ報告 (原題はConsequences of the Catastrophe for People and the Environment): ニューヨーク科学アカデミー紀要(2010www.strahlentelex.de/Yablokov%20Chernobyl%20book.pdf

[2] ブラジルの高自然放射線地域における住民の健康調査 (09-02-07-03) (1998)
www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-07-03 

[3] 中国の高自然放射線地域における住民の健康調査 (09-02-07-01) (2002)
www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-07-01 

[4] インドの高自然放射線地域における住民の健康調査 (09-02-07-02) (1998)
www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-07-02 

[5] Ghiassi-nejad M. et al., VERY HIGH BACKGROUND RADIATION AREAS OF RAMSAR, IRAN: PRELIMINARY BIOLOGICAL STUDIES: Health Physics, Volume 82, Number 1 (2002)