2011年11月4日金曜日

高レベル放射性廃棄物の処分場は設けることができるのか

下に示す写真は福島第一原発事故で東電の作業員が使った、放射線で汚染された防護服の山だ。この写真の中に写っている人たちの背丈よりも遥かに高く積み上げられた放射線防護服の山。48万着だという[1]




この防護服を汚染した放射性核種とは何だろうか。

セシウム137だとすればその半減期は30年だ。現在の放射線量が百分の一以下になるまでには約200年を要する。

今回の福島第一原発の事故で我々素人が学んだ冷徹な事実は使用済み核燃料は水をたたえたプールに沈めて、冷却し続けなければならないという点だ。

コンセントに繋ぎ込みさえすれば家電製品やパソコンは動いてくれる。しかし、そのコンセントの向こう側には使用済み核燃料が山ほどあって、毎日着実に増えて行く。それらには非常に長い半減期の核分裂性物質が含まれている。ヨウ素の半減期は7000年だ。

福島第一原発事故では、メルトスルーを起こした原子炉だけではなく原発内のプールに貯蔵されていた使用済み核燃料も放射能汚染の源となった。事故から1週間経った318日、朝日新聞の報道によると、東電は福島第一原発の1号機から6号機の使用済み核燃料貯蔵プールの保管状況を公表した。全基のプールにある核燃料集合体は合計で4,546本。建屋で火災が起きた4号機のプールにある使用済み核燃料の量が一番多く、その発熱量が特に大きいことが明らかになった[2]

この機会に放射性廃棄物の処理施設の現状を覗いてみよう。少しでも理解の幅を広げておきたいと思うからだ。

低レベル放射性廃棄物(放射性物質が付着したもの、炉心付近で使用された資材、等)は青森県の六ヶ所村再処理施設の埋設センターにて埋設処分され、その先300年間にわたって保管管理下に置かれる。この埋設センターは1992年から使用に供されている。

一方、使用済み核燃料からはウランやプルトニウムが抽出され、これらのウランやプルトニウムはMOX燃料としてプルサーマル発電に供される。残った高レベル放射性廃棄物は地下の処分場に埋設することが基本的な国家方針だ。福島第一原発の3号機では201010月からプルサーマル営業運転が開始された。

高レベル放射性廃棄物の処分方法に関しては北海道の「幌延深地層研究センター」および岐阜県の「瑞浪超深地層研究所」において地下設備に関する研究が進行中である。

日本の地質は大別するとふたつの種類で代表される。結晶質岩と堆積岩だ。地質環境の違いによって地下水の流れが大きく異なるので、日本では上記の二ヶ所で研究が進められている。幌延深地層研究センターでは堆積岩について、瑞浪超深地層研究所では花崗岩についての研究が行われている。また、地下水の性状を大別すると、幌延深地層研究センターでは塩水系、瑞浪超深地層研究所では淡水系である。

幌延深地層研究センターの最近の報告書を見ると、2018年頃までには研究を終える予定のようだ。現時点では研究用立坑の深さが250mに達し、2011年度中に350mにまで掘り下げるとのことだ。高レベル放射性廃棄物の地下処分場は300m以上の深さに設置される。

瑞浪超深地層研究所では深さ1,000メートルの立抗や水平坑道を掘削し、主に花崗岩を対象として断層および割れ目の性状や分布、地下水の流れや水質、岩盤の強度などについて調査を行うことを目的としている。20111028日現在の主立抗の掘削深度は500.4メートル。見学者の報告によると、2015年には1000メートルの目標深度に到達する予定とのこと。

地震や火山噴火の多い日本国内で果たして何万年もの保管に適した地下設備の建設ができるのかどうか、研究成果を待ちたい。

六ヶ所村再処理施設が完成すれば使用済み核燃料を再処理することができるのであるが、同施設はさまざまな故障に見舞われており、完成期日が18回も延長されてきた。いまだに未完成で、現時点での完成目標は201210月に繰り延べられている。現在の完成延期の理由は試運転時のトラブルだった。完成予定が18回も延長されてきたという事実は、使用済み核燃料の再処理技術が依然として未知の分野にあることを物語っているのではないだろうか。

また、使用済み核燃料の再処理作業自体がまた新たな環境汚染を招く可能性もあり、この点も運転開始後の最大の懸念材料だ。

原子力発電の技術はまだまだ未完の技術なのだ。

ほとんどの国で、放射性廃棄物の処分技術が未完成のまま原発が運転されているのが実情だ。日本も例外ではない。

原子力発電技術が「トイレのないマンション」と言われるゆえんである。

日米両政府が計画したモンゴルでの使用済み核燃料処分場の建設計画はモンゴル国民の猛反対にあって、頓挫した[3]。それは当然だろう。他国で排出された非常に危険な核廃棄物を一体何処の国が保管してくれるだろうか。

オーストラリアでも処理場の建設計画は世論の反対にあって流れたという。核廃棄物の処分はどこでも非常に厄介な問題だ。

フィンランドのオンカロ核廃棄物保管施設は10万年の保管期間を想定しているとのことだ[3]。同国では現在4基の原子炉が操業している。地下500メートルに設置される保管施設の工事が既に開始されている。2020年には核廃棄物の収納を開始し、2120年にはこの地下施設は満杯となり、密封され、その後10万年の保管が始まることになっている。

国民の安全に関して長期的な視野や戦略を持つ国、あるいは、地下施設として適切な地質構造が存在する国では現実の工事が始まっているのである。

スウェーデンでも2009年に地下施設の立地が確定した。建設場所として選定されたフォルスマルクの地下はほぼ割れ目のない岩石で構成され、長期の安全性を維持することができると見られている。

英国では1940年代以降核廃棄物はセラフィールドにある地上施設で保管されてきた。カンブリア地方への施設の移転が検討されたが、地域住民の猛烈な反対に遭ってこの案は頓挫した。長期的な視点にたった解決策は少なくとも2040年以前には見つからないだろうとのことだ[4]

ドイツは2022年までに原発を全廃することを今年(2011年)決定した。この決定には福島第一原発事故が決定的な役割を果たしたようだ。当面増え続ける高レベル放射性廃棄物の処分場を何処にするかは未解決のままだ。地下の岩塩層とか廃坑跡地に埋設処理を行うといった方向で具体策が検討されている。要は、何万年とかの長期の保管に適した地層であるかどうかだ。地下水にさらされるようなことがあってはならない。2013年には調査結果が公表され、適正と認められれば、岩塩の坑道がそのまま放射性廃棄物の貯蔵場所となる[5]

米国ではネバダ州のユッカ·マウンテンで大規模な地下処分場の建設が行われて来た。長い年月と巨額の費用がつぎ込まれている。ところが、オバマ政権になってこの計画は白紙撤回された[6]。背景には処分場の建設に当たって政府研究者による地質データに捏造があったとも言われている。安定した地質構造であり、格好の立地であると言われていたのだが、実際はそうではなかったらしい。米国版の安全神話の崩壊である。

しかし、これは早目にデータ捏造の事実が判明したことがネバダ州の地域住民にはかえって良かったのではないかと私は思う。


今年の3月、日本列島は超ど級の地震と津波に襲われた。そして、福島第一原発のメルトスルー事故となった。ここで、何十年もの間言われてきた日本の原発の安全神話は完全に崩壊した。史上最悪の原発事故としてあらゆる機会に引き合いに出されてきた旧ソ連邦のチェルノブイリ原発事故にも匹敵する事故となった。福島第一原発では事故後半年以上も経過した今でさえも原子炉を安定化することができないでいる。

このような超ど級の地震は500年から1000年に一度起こると言われている。専門家の報告によると、宮城県から福島県の沿岸各地の地層を調査した結果、貞観地震(869年)による津波では当時の海岸線から内陸へ34キロも浸水していたことが分かっているという。さらに地層を掘り下げると津波堆積物の地層が何層も見つかったとのことだ。巨大津波ははるか昔から繰り返し起こっていたのである[7]

それだけではなく、日本の太平洋沿岸ではどこでもこのような巨大地震の可能性がある。

また、それ以外の地域でも直下型地震に見舞われる可能性が残る。例えば、島根原発では原発のすぐ側を活断層が走っていると言われている。この活断層については電力会社による当初の調査が甘く、活断層の長さが十分に評価されてはいなかったという。それに加えて、当時の国の安全審査も非常に甘かったと批判されている。

使用済み核燃料は毎日確実に増加している。あなたや私の毎日の生活における利便性との引き換えにだ。しかし、放射性廃棄物の処分方法はまだ確立されてはいないのだ。

使用済み核燃料の埋設処分を外国に依存することが殆ど不可能となった今、それに適した立地が日本のような地震国に果たして存在するのだろうか。

日本では過疎地といえどもその殆どが人口密度の集中した地方都市とかなり近い。今回の福島第一原発の事故で分かったことは、ひとたび事故が起こると、事故による影響は20キロや30キロの範囲内に留まることはない。100キロや200キロも離れた地域にまで及ぶ可能性が非常に高い。チェルノブイリ事故では1000キロも離れた場所でさえも健康影響が報告されている。米国のネバダ州のような人口密度が非常に希薄で、しかも広大な面積を持つ土地などは日本には存在しない。

また、使用済み核燃料の放射能の半減期に比べると人工構造物の寿命は非常に短い。

鉄鋼構造物の寿命は100年だと言われている。パリのエッフェル塔は今122歳だ。7年ごとにペンキを塗り替えることによって今も健在である。

米国での橋梁の建設ラッシュは日本のそれよりも30年前に始まった。そして、橋梁の老朽化は既に始まっている。1983年、コネチカット州では橋が崩壊し、死者3名、負傷者5名の犠牲者が出た。その後も各地で幹線道路や地方道路で鉄橋が崩落している。産業界では50年以上経った橋梁を「高齢化した橋梁」とみなしているそうだ。日本でもこの2010年代から米国の事例と同じような橋梁の老朽化が表面化してくると言われている。これは屋外に設置された鉄鋼構造物の宿命である。

鉄筋コンクリート製のマンションはどうか。数十年でひび割れが発生し、雨漏りが起こっているマンションが少なくないと聞いている。

高速道路はどうだろうか。業界では「建設10年。管理100年」と言われている。管理を良くすることによって100年は使用に供したいという意味だ。

我々の日常生活ではこういった人工構造物の耐用年数はせいぜい100年程度であることが分かる。

高レベル放射性廃棄物の山を鉄筋コンクリートの建屋で覆ったとしても、100年もするとその建屋が耐用年数に到達することになる。放射線量が高い場合は、放射線の影響で人がペンキの塗り替え作業をすることもできない。全てをロボット化できれば話は別だが、ロボット化してもその設備自体の部品交換やメンテナンスはどのように実施していくのか。放射性廃棄物からの放射線量は100年経っても、200年経っても少しも下がってはくれないのだから。

地下処分場においては、コンクリートは地下水の存在下での耐久性が問われる。現在最も有望視されているセメントの種類は低アルカリ性セメントだ。地下環境における低アルカリ性セメントの性能評価が目下進行中である。

結局、世界の趨勢は地下に処分施設を設置する方向にある。これは、使用済み核燃料を人間生活から間違いなく隔離するという目的においては地上の施設よりも遥かに安全で、安定した管理が可能だと判断されるからだ。

しかし、堆積岩あるいは花崗岩であるにせよ、ある特定の地域の地質構造が持つ地震に対する耐性は小規模な地震のデータに基づいて500年から1000年に一度起こるとされるマグニチュード9のような巨大地震に対する耐性を実用的な精度をもって外挿することができるのだろうか。

2006年に原子力委員会が作成した「長半減期低発熱放射性廃棄物の地層処分の基本的考え方」を参照すると、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)処分施設の概要調査地区の選定に当たっては、文献調査を行うと同時に、地震等の自然現象による地層の著しい変動の記録がなく、かつ、将来にわたってそれらが生じる恐れが少ないと見込まれることを確認するとしている[8]

下線を施した部分は私のような素人にとっては非常に曖昧だ。どうとでも受け取れるように思えてならない。

福島第一原発事故では地震や津波の規模は「想定外だった」と政府や東電が言った。しかし、放射性廃棄物の地下処分場を建設するに当たっては、今や同じ言い訳は通じない。不確実性があるならば、はっきりとそれを認め、そのことを地域住民に詳しく伝え、そういった不確実性についてどんな安全策を取っているのかを説明するべきではないか。曖昧さを残したままで処分場の建設を進めることは政治的にも倫理的にも許されない。

島根原発周辺の活断層の評価における失敗と同じような間違いは二度と繰り返してはならないと思う。

地域住民の信頼を勝ち取るためにも、素人にも分かるような説明をして欲しいものだ。ここでは地域住民と言ったが、これは極めて不正確な表現である。原発や高レベル放射性廃棄物処分場の安全性は設備周辺の地域住民だけの関心事ではない。今や、日本国民全体の関心事である。



出典:

[1]48万着、使用済み防護服の山「Jヴィレッジ」内で保管 (産経ニュース、20111015)
 
[2]4号機プールの核燃料発熱突出 まだ使用途中の燃料も(朝日新聞、2011318日)

[3]モンゴル政府核処分場建設計画を断念、日本に伝達(毎日新聞、20111015日)

[4] Nuclear waste - Keep out for 100,000 years: guardian.co.uk, 24 April 2011

[5]揺れるドイツの放射性廃棄物最終処分地(読売新聞ベルリン支局三好範英、2011912日)

[6]どこへいく放射性廃棄物 ユッカマウンテンを捨てた米国政策の行方:日経サイエンス、20102月号(M.L. ウォルド:ニューヨーク·タイムズ紙)

[7]緊急寄稿:「地層が訴えていた巨大津波の切迫性」、宍倉政展、産業技術研究所 活断層·地震研究センター、2011320

[8]長半減期低発熱放射性廃棄物の地層処分の基本的考え方 ―高レベル放射性廃棄物との併置処分等の技術的成立性―:2006418日、原子力委員会、長半減期低発熱放射性廃棄物処分技術検討会




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