2013年1月11日金曜日

国債保有のリスク ー 英国の終焉


何とも気にかかる表題である。これはMoneyWeekという英国の投資者向けマガジンの2012121日号の記事[1]の表題だ。
MoneyWeekという情報誌は英国で最もよく売れている投資者向けの情報誌であって、60カ国以上で何万人もの購読者がいる。毎週金曜日に発行される。この121日号の記事は英国の国債がいかに危ないかを投資家に警告する内容となっている。断っておくが、私自身は投資家ではなくて、単にインフォメーション・クリアリング・ハウスを経由してこの記事の存在を知ったまでのことだ。
まず、冒頭の部分を下記にご紹介したい。仮訳の文章はいつものように段下げして示す。
これからやって来る危機は2008年の金融危機と関係するものではあるのだが、この危機は2008年のそれに比べて無限に大きなものとなるだろう。わが国の金融システムのど真ん中には解決できない問題が横たわっている。この問題は100年前に始まったものだが、25代もの首相が入れ替わってきたものの誰もそれを解決することはできなかった。我々が理解するところでは、この問題によって引き起こされる事態を避けて通ることはできない。不景気、失業、社会不安、等、現時点で皆が感じていることはこれから述べようとする危機の最初の一歩に過ぎないのだ。
多くの人たちは現在の状況がすでに危機のピークを示していると思っているかも知れないが、本当のことを言うとまだ始まったばかりだ。
こう述べて、この記事は展開するが、そのすべてをご紹介することは避けたい。あまりにも長いので、重要と思われる部分だけを拾っていきたいと思う。
なぜこの記事が気に掛かるかと言うと、英国の財政赤字の姿は日本のそれとダブッて見えるからだ。英国はどうしてもっと大きな危機に見舞われるというのであろうか。それを知りたいと思う。
英国政府も日本政府も膨大な借金を抱えている。国債が信用不安をひき起こしたらどうなるか。ギリシャ国債の暴落に端を発したギリシャの危機はまだ記憶に新しい。そして、ユーロ危機はまだ解決されてはいないのだ。今後、スペインやイタリアではどう展開していくのか、等、この問題に関する報道は今活発である。
この記事では刺激的な言葉が過剰なほどに使われているが、それはビジネスにおける業界言語として受け入れることにしよう。
これは単に皆さんのお金についてだけの話ではない。確かに、お金はこの問題の大きな部分を占めている。しかし、この問題はその先にまで影響を及ぼす。我々がここに提唱する考えや解決策は最初は皆さんにとってはあまりにも過酷だと思えるかも知れない。
2005年に戻ると、当時我々が英国の債務は危険な領域に入ったと言ったときその警告を真剣に聞こうとする人はほとんどいなかった。少なくとも、最初は。ファイナンシャル・タイムスやデイリー・メールといった主要メデアの批評家連中のほとんどは我々が表明した見解を無視した。
6年前、原油価格が82%もの急騰を示すことになる数ヶ月も前に原油の高騰を我々が予測した際も誰もが我々を信じようとはしなかった。
5年前、ポンド安を予測した際にも誰も我々を信じようとはしなかった。あれ以来、ポンド通貨は低下の一途を辿り、今後も何年も続くことになるだろう。
3年前、購読している皆さんに対して「ヨーロッパを売れ」との警告を出した時にも誰も我々を信じようとはしなかった。ユーロ危機はあれ以降ユーロッパ大陸の株式市場を下落させた。
何れの事例においても我々が早期に警告を発したのは正しかったと言える。
まあ、この種の投資家向けの情報誌では自分たちの実績を高らかに謳いあげるのが常である。そうすることによってしかその情報誌の存在価値を示すことができないからだ。また、そうしない限り投資家に購読意欲を起こさせる術もないからだ。この際自分を売り込む傲慢さは大目にみてやることにしよう。
この危機が次の段階に至ると、毎日の生活の仕方は今日のそれとはまったく違ったものとなるだろう。
皆さんの金融に係る生活はすべてが変わる。どの銀行を使うか、自分のお金をどこに蓄えるか、あるいは、どういう形で蓄えるか、何歳で引退するか、家族や不動産としての家屋をどのようにして守るか、等々。
MoneyWeekでは我々はわが国の債務が消えるとは思ってはいない。救済策は非常に大きな結果をもたらすことを我々はよく知っている。山のように大量の紙幣を発行し続けることはただ単に最悪の事態をもたらすだけであることも我々はよく知っている。テレビや主流メデアに現れる評論家たちのほとんどとは異なり、我々の分析専門家は何が実際に起こっているのかをよく理解しており、こういった重大な警告は常に明確にしなければならない。勿論、このような状況において一番大事な点は「何が起こるか」ということよりも、むしろ、それに対して皆さんが「どんな対策をとるべきか」ということだ。我々が予想するようにわが国で国家レベルの緊急事態が起った時、皆さんにはそのような危機に対して十分な準備ができているのだろうか?
銀行が破産し、自分の銀行預金から現金を引き出せないとしたらどうするかを皆さんのほとんどはご存じない。それが実状だ。株式市場が営業を停止したらどうするかは誰も知らないだろう。年金収入が枯渇するとは予想もしていない。家屋の不動産価値が半減したとしたらどうするのか?
近い将来にやって来るこの危機を皆さんが無傷でやり過ごすことができるかどうかは我々としても約束をすることはできない。しかしながら、この記事の読者はこの記事に書かれている単純なステップを取ろうとはしない他の人たちと比べると遥かに好ましい結果を手にするだろう。
下り坂の始まり:
英国は借金という大津波によって打ちのめされる。保守党、自由党、労働党あるいはUKIPのどれに投票しようと、それはもう関係ない。無党派であってもまったく関係ない。
2年半前に連立政権が誕生した時、巨額の借金に浸かっていた。事実、前内閣は7000億ポンドの借金を残していった。次のグラフを見て欲しい。
英国政府の借金:1900-2010 
   出典: ukpublicspending.co.uk
連立内閣は一生懸命に過去の2年間を財政の健全化のために費やした。緊縮予算。増税。人員カット。それらの全てを実施しても、わが国の借金は途方もない速度で増加し続けている。
上記の下線部分はどこかで聞いたような文言だ。ぴったりと日本の状況に当てはまるではないか。日本では民主党政権が財政の健全化のためにムダを省こうとして3年間を費やした。しかし、成果は何もあがらなかった。また、民主党政権だけではなく、過去何十年もの間歴代政権は借金を縮小することにことごとく失敗している。そもそも国の借金を低減するべく真面目に取り組んだのかさえも疑わしい程だ。政治主導の姿は見当たらない。英国と同様、日本政府の借金も途方も無い速度で増加し続けているのが現状だ。
キャメロン首相は「緊縮予算」についていろいろと言及したにも拘らず、5年間で7000億ポンドもの借金を追加することになる。この金額はトニー・ブレアーとゴードン・ブラウンの二人が11年間に増やした借金総額よりも大きい。
2015年の総選挙までには、下記のグラフが示すようにわが国の借金は1兆4000億ポンドとなる。
英国の借金の予想額:1900-2015


出典:ukpublicspending.co.uk
経済規模との比で見ても、英国は今や西側世界では最大の借金大国のひとつである。その比率で見ると、英国の借金はイタリア、スペイン、ポルトガルよりも大きく、ギリシャと比べると約2倍である。これら4カ国はすでに経済危機に見舞われている。奇妙なことに、我々は潰れてはいない。今のところは....しかし、物事がこのまま続くとは限らない。
わが国よりも大きな借金を抱えているのは日本だ。日本では経済が20年間も停滞したままで、株式市場は75%も下落した。そして、アイルランド。同国では住宅産業が50%も縮小し、政府は財政的な緊急援助を受け入れることになった。
事実、わが国の借金は他の国家と比べて抜きん出ている。それを下記のグラフに示す。
英国の借金(GDP比)

 出典:Haver Analytics; Bank for International Settlements;
national central banks; McKinsey Global Institute

まったく酷い状況だ。皆さんは、多分、このような事実についてテレグラフ紙やスカイ・ニュースでは見たことがないのではないか。
もっと悪いことに、この数字がすべてということではない。
英国政府が国民年金のように将来支払うと約束しているが、そのための資金が充当されてはいない分をさらに加えた場合わが国の借金はGDP9倍にも膨らむことになる。

この下線部分は日本でも同様だ。
 
日本では年金保険料の払い込みが計画通りに進まず、約束した年金を払えそうにもない。ある資料[2]によると、日本では政府のバランスシートが存在するが、平成22年度の貸借対照表を見ると、「公的年金預り金」として1239000億円が負債の部に計上されている。しかし、この1239000億円には将来支払わなければならない年金の金額は含まれてはいない。この資料の著者によると、もし企業会計みたいに将来支払うべき年金も含めて計上するとしたら、「公的年金預り金」はさらに1000兆円も膨らむのではないかとの推定だ。膨大な金額である。
 
日本の平成22年度のGDP511兆円だったから、1000兆円の追加分はGDPのほぼ2倍に相当する。上述のグラフでは日本と英国はGDP比で約5倍の借金があるとしているが、公的年金の将来の支払い分を含めて修正すると、日本の借金はGDP7倍に膨らむ。同様に、英国はGDP9倍に膨らむ。7倍にせよ9倍にせよ、どちらもべらぼうに大きな金額だ。
 
このように、英国と日本との間には基本的な相似性がみられることを指摘しておきたい。

しかし、どのようにして現在の状況に到達したのだろうか?かって、英国は世界で最も裕福な国で、最も力があった。一体何事が起こったのだろうか?
危険な実験を行い、それに失敗する:
190911日に英国としては初めての出来事があった。ロイド・ジョージが社会的実験を始めた。政府は老年に達した人たちに税金の一部を還元することに同意したのだ。この時、国家が支える非常に現代的な福祉政策が始まった。その手法は簡単だった。70歳を超える男性は週当たり2~5シリングを政府に請求することができるというものだ。当時は労働者の平均寿命は48歳だったから、政府にとって大きな負担になるとは考える必要はまったくなかった。最初の年は50万人が政府年金の恩恵に浴した。当時は一人の受給者当たりに10人の労働者がいた。
福祉国家という概念が大きく膨らんだのは第二次大戦後のことだ。社会主義やファッシズムに対抗して平和を勝ち取る重要な道具となった。そして、平和を勝ち取るだけではなく、政治家にとっては選挙で票を稼ぐのにも驚くほど効果的であった。まったく同じシナリオが米国や日本ならびにヨーロッパ各国でも繰り返された。政府は「揺り篭から墓場まで」国民の面倒をみると約束した。この単純だが政治的には非常に有効な政策が政府に福祉制度を運営する免許証を与え、半世紀前には思いもしなかったほどの規模に膨れ上がる結果となった。個々の約束は大きくなる一方だった。そしてそのコストも巨大化していった。
何年かの間に福祉国家の規模は大きく膨らんだ。しかも、制御ができないまま、数々の法律が次から次へと可決された。最大の問題はこれらの福祉政策は厄介な副作用をもたらすことだ。そして、途方もなく費用がかかった。
我々は皆これらの費用を払い続けることができるものと思っていた。しかし、我々は間違っていたのだ。
政治家はことごとくこの罠に陥っていった。福祉国家の規模を縮小しようとする試みは多くの場合ストライキや反対運動といった形で激しい抵抗に遭った。理に適う政策を採るために福祉を削ろうとする政党は票を集めることができなかった。
福祉政策が票を獲得するとの考えを抱き、いかなる政府も暴れる雄牛の角を捕まえ福祉を削減することなどとてもできなかった。あれこれといじくりまわし、あちらこちらで何ペニーかを節減するだけだった。しかし、人口が増加し、寿命が伸びた。今や政治家ができる事と言えば何もせずに次世代に解決を任せるしか残ってはいない....
物語り風の記述が連綿と続く。しかし、起こり得る事象としては英国でも日本でもほとんど変わりがないのは確かである。
選挙民は自分の選挙区の利益を最大限に追求する。福祉政策では生活の向上につながる政党に投票する。言うまでもなく、政治家は票集めのためにさまざまなことを約束する。そうしなければ当選しないからだ。甘い餌を提示できない政党は選挙には勝てない。そして、次の選挙でも同じことが繰り返される。英国の現状は現在の選挙制度の限界を感じさせる。
日本も例外ではない。しかしながら、他にどのような制度があるというのだろうか?
今後の20年間の世界の趨勢:
政府の支出が顕著に増加したのは過去30年間のことである。この期間、借金のコストは比較的低く、政府は容易に借金をすることができたのだ。借金の金利は過去30年間低下し続けてきた。
10年物英国国債の利回りの歴史

 出典: Gecodia.com
1982年、マーガレット・サッチャー政権は3年物国債を発行するのに15%もの金利を払わなければならなかった。しかし、政府の借り入れ金利は下がり続けた。今、3年物国債の金利は2%である。低金利のお陰で借金がし易くなっている。しかし、この最高に好都合な時代はやがて終わりを迎えることになる。
現在の極端に低い金利が通常の金利、5%に戻ったとしたら一体どうなるか?そうなったら我々の国は金利を払い続ける術はない!実際に通常の金利に戻ったら英国は破算する!金利が通常の5%に戻ったら、借り入れコストは3倍にもなる。そうなったら、政府は年金制度を中断するといった過酷な決断をせざるを得ない。あるいは、国民健康保険を民営化するとか、税率を90%にするとか....
はっきり言って、英国は劇的な変化をせざるを得ない。これは金利が「通常レート」に戻った時の想定である。
下記のグラフを見ていただきたい。

 出典: Bloomberg
2009年、ギリシャ政府は1%の金利で借金をすることができた。金融危機の煽りを受けて、ギリシャ経済は停滞した。金利が急騰し、ギリシャ経済は崩壊した。経済だけではなく、社会的にも政治的にも崩壊した。ニュースによると、略奪、自殺、一夜にして起こった貧困、即刻行われた選挙、ゼネスト、等、さまざまな報道があった。市民は銀行から素早く預金を引き出すことができず、商売は倒産した。あのような事態においては家族を安全に守るだけでも大仕事だった。このような状況は巨額な借金を抱えた国で金利が急騰した場合には起こりえることだ。
国会議員のダグラス・カースウェルの最近の言葉:ギリシャは自分たちが獲得したわけでもないライフスタイルを支払うために借金をし続けることはもはや不可能であることを発見した。西欧では最初の国である。しかし、ギリシャが最後という訳ではない。
英国では政府の借り入れ金利は、現在、最低レベルにある。あるいは、それに非常に近い。
これは何を意味するのか?はっきり言って、今後の20年間、金利は上昇するしかないということだ。
つまり、我々は前例の無い危機に直面しているのだ。事態の変化がどれほど早く起こるかは誰にも言えないが、金利というものは一夜にして変化する。あるいは、じっくりと変化し、上昇を続け、何年もかけて経済を締め上げ、住宅産業や株式市場を脅かす。何時の日か、我々の富を根こそぎ引き剥がしてしまう。
今我々が言えることは、遅かれ早かれ金利は上昇するということだ。海外の投資家が我々の問題の由々しさを認識し、より高い金利を要求してくる....あるいは、我々にはもう金を貸してはくれない....
そんな日が来た時には、事態は非常に危機的なものとなる。
英国はどのように内部崩壊するか:
最初の火種は銀行だ。なぜかというと銀行はどこも国債をたくさん抱えているからだ。金利が上昇すると国債の価値が低下する。たとえ金利がほんの僅かに上昇したとしても、銀行の貸借対照表では何億ポンドもの資産が一気に帳消しになってしまう。このような事態が起こった場合どの銀行がこの事態を耐え抜くことができるかを言い当てることはほとんど不可能だ。
銀行が抱える問題がニュースとして伝えられ、緊急支援に関する噂が飛び交い始めると、市民は何が起こっているかを知ることになる。やがて、銀行に駆けつける人々の姿を我々は眼にする。写真に示すように、最近の事例ではノーザンロック銀行に詰めかけた人々の姿があったが、これから起こる危機はその10倍も酷いものとなるだろう。これから起こる危機の場合、英国政府には緊急支援を実施する余裕などはないのだから。

しかし、この危機は銀行だけで終わるわけではない。非常に気がかりな現実のひとつは、僅かな金利の上昇であっても何百万もの人たちが支払いをすることが出来なくなり住宅ローンの不履行に追い込まれる状況だ。銀行に続く火種は住宅産業となる。

また、それだけではない。
金融システムが崩壊すると、社会の仕組みがぼろぼろになる。我々は単に株式の価格や不動産としての家屋の価値の低下についてだけ言っているのではない。それらだけでも十分に厄介な課題ではあるのだが、我々は社会秩序の崩壊についても言及しておきたい。ここで最も重要な点は英国は変化せざるを得ないということだ。しかも、著しい変化が起こる。事態が現状に復帰することは決してないだろう。
歴史からの警告:
今まで述べてきたことは皆さんに不安を抱かせるだろうか?我々の批評家の何人かは間違いなく不安を抱かせるだろうと言っている。ほとんどの人たちは「英国が借金で崩壊するなどということは起こる筈がない」と思っている。確かに、具体的にこれを思い描くことは生易しいことではない。銀行は彼らが「破綻した」と宣言するまではいかにも頼りがいがあるように見える。銀行が緊急支援を要請するまでは、政府は「すべては政府の管理下にあり、大丈夫だ」と言い続けるのが常だ。
ヴィクトリア朝の人々は大英帝国は未来永劫に続くだろうと思っていた。1920年代のアメリカ人は株式市場のブームは決して終わることはないだろうと思っていた。当地英国では、1990年代および2000年代の初めにかけて政府が借金をし、ずっと支出をし続けることができるだろうと思っていた。
ここで歴史の教訓を再確認してみようではないか。歴史は我々に貴重なヒントを与えてくれる。
20世紀の初頭、アルゼンチンは世界でも指折りの経済大国のひとつであった。自然資源に恵まれ、産業は力強く、文化レベルの高い国であり、ブエノス・アイレスは南米のパリと呼ばれていた。事実、100年前には、例えば、「アルゼンチンの人のように裕福な」という表現がよく使われたものだ。
しかし、20世紀の末には事態は全く変わってしまっている。アルゼンチンの借金は制御不能に陥った。


借金による内部崩壊は決して綺麗ごとではない。秩序は速やかに無秩序へと変わってしまう。これこそが借金によって国家が内部崩壊した時に起こる現象なのだ。
ここから先はほとんどの人がよくご存知だ。アルゼンチンの人たちは辛酸を舐めている。海外の投資家はすっかり影を潜めてしまった。アルゼンチンは今でも厳しい後遺症に悩まされている。
 

ここで、わが社のフェデリコ・テッソーレの言うことを聞いていただこう。彼は我々のアルゼンチンにおける分析専門家の一人だ。当時、彼はシテバンクのブエノスアイレス支店でファイナンシャルアドバイザーを務めていたので、当時の無秩序状態を直に経験している一人だ。彼に当事の様子を語ってもらおう。
あれは2001年だった。米国で9/11無差別テロが発生した年だ。米国では一体何が起こっているのだろうとアルゼンチンの多くの人たちが驚いた。無秩序状態だった。皆が自分たちのお金をアルゼンチンへ戻そうとした。 けれども、この動きは間違いだった。2001年の12月、アルゼンチン政府はコラリト制度を設けた。コラリトとは英語ではplay penとかmoney prisonと言う。
Play penとは赤ちゃんが安全に遊べるように設置する「ベビーサークル」のこと。Money prisonは直訳すると「お金の刑務所」となる。ウィキペデアによると、当時、アルゼンチン政府は巨大な借金を抱えて、危機的状況にあった。3年も続いた経済不況の中で多くの人たち、特に民間企業は同国の財政破綻を恐れた。さらには、それに続いて起こるかもしれないデノミを心配していた。
この制度が何を意味するかと言うと、あなたが自分の銀行口座から引き出せる金額は1週間当たり500米ドルだけという制限である。たとえ銀行口座に百万ドルの預金があろうとも引き出せる金額は1週間当たり500米ドルだけ。2ヶ月間、この狂気の沙汰が続いた。その後、政府は米ドル預金をアルゼンチン・ペソに変換することに決めた。
公的交換レートは1.41であったが、闇市場での交換レートは31であった。もっと悪いことには、この交換は現金ではなくて、政府は預金者のために10年物の国債を準備した。つまり、銀行に10万米ドルの預金残高を持っている人には14万アルゼンチン・ペソの10年物国債が発行されたのだ。勿論、この処置は人々を激昂させた。皆が怒って銀行へ駆けつけた。当時、私はシテバンクで仕事をしていた。当時の状況を私は銀行側から観察していた。自分のお金を取り戻したいとする預金者たちはやけくそ状態で、私も一度ならず生命の危険を覚えたほどだ。毎日何千人もの預金者(その多くは高齢者)たちと話をし、今何が起こっているのかについて説明し続けなければならなかった。もうほとんど不可能な状況だった。
最も重要な点は、シテバンクのような国際的な銀行が何故その顧客に対して米ドル建ての預金を認めないのかという点だった。そうしようと思えば可能な金を顧客たちは外国に所有していた。しかし、銀行はそうしなかった。銀行が自分たちの顧客をだましたも同然だった。預金者たちは銀行を攻撃し、屋外で略奪をし、窓を叩き壊した。壁という壁は侮辱や苦情の言葉で一杯となった。我々は警官の護衛を受けて銀行へ出入りする始末だった。あたかも地獄に住んでいるみたいだった。
政府は年金基金を切り崩し、株式市場は暴落し、世界の市場はアルゼンチン国債を避けて通るようになった。そう難しいことではない。あなたの国の経済が内部崩壊し、そのシステムや機構の信用が損なわれてしまうと、投資家は何十年も寄り付こうとはしない。一般市民は通貨に代わって「金」を蓄積しようとしている。終わりが見えない政府の詐欺行為や汚職は一般大衆を疑心暗鬼にし、その信用はがた落ちとなった。そして、短期的な物の見方が支配的となった。
英国ではこんなことは起こらない?本当にそう思うか?
40年程前、英国は「失われた10年」と称する経済危機に陥ったことがある。1970年代、インフレ率が28%となり、銀行預金を蝕んだ。そう、28%である。毎日、預金残高の価値は少しずつ下がり続けた。FT301973年から1974年の間に73%も下落し、金利が上昇し、英国国債は崩壊状態となった。金利の高騰が金融システムを崩壊させた。しかし、それだけではない。社会秩序の崩壊の速度は脅威的でさえあった。


今から思えば「非常識な!」と思われるだろうが、通貨が流通しなくなると社会秩序は急速に崩壊する。やがて到来する英国の借金による内部崩壊は我々を1970年代に起こった暗い時代に放り込むことだろう。ゼネストが起こると、墓堀の労働者がストに参加して死者を葬ることもできない。通りには悪臭を放つゴミが山のように積上げられる。職を持ち続けることができた幸運な人たちはどうだったかと言えば、あの悪名高い「週3日」制度(注:石炭産業の労働者のストで電力の供給がままならなくなり、工場の稼動は週に3日間だけに制限された)の間は大きな賃金カットを呑まざるを得なかった。買い物客たちは、停電の中を懐中電灯を頼りにスーパーマーケットの棚をあちこち探し回らなければならなかった。
1974年には最高税率は83%となった。海外からの投資家たちは英国がハンセン氏病の島国であるかのように英国を敬遠した。我々は「ヨーロッパの病人」だった。不動産や銀行業の危機とは実際に何を意味するかと言うと、それは短時日のうちに人々の生活を最悪な状態に変えてしまうということだ。失業し、家業は閉鎖に追い込まれ、帳簿のつじつまを合わせるためには徹底して自分たちの預金に身を潜めていなければならなかった。我が国は地にひざまずくまでに追い込まれた。
個人的なことを述べて恐縮だが、1970年代の英国が上記のような状態にまで陥っていたとは、実は、私は知らなかった。当時の英国の状況は「英国病」という言葉で表現されていた。そのことは知っていた。しかし、高度成長を続けていた日本に住む若者にとっては、その実体がどのようなものであるかを詳しく知ろうとする動機は欠如していた。今回この記事を読んで初めて歴史的な事実を学ぶことになった。

非常に分かりやすいこの記事に感謝したい。5~10年後あるいは20~30年後の日本の最悪の姿を想定する時、これらの詳細な描写は貴重な資料ではないかと思う次第だ。
1976年、屈辱を感じながらも、英国政府はIMFからの緊急支援を要請するしかなかった。ジム・キャラハン首相は帽子を手に持って膨大な緊急支援を乞いに行くことになった。

彼は英国の金融・政治システムにとっては警鐘となる言葉を謙虚に述べた。「我々は不景気も伴わなわずに支出を継続し、政府の支出を大きく増加させることによって雇用を増やせると思った。今私は皆さんに訴えたい。そういう選択肢はもはや存在しないことを。今までそれが存在していたことに関して言えば、経済に大きなインフレを導入した特定の時期についてだけはこれらの方程式は有効であった。しかし、その次のステップになるとさらに高い失業率に悩まされる....」
これらの言葉は英国の近代政治史においては最も重要な言葉のひとつである。不幸にも、今ほとんどの人たちはこれらの言葉を忘れてしまっている。

以上で英国の投資家向けの情報誌MoneyWeekの記事「英国の終焉」の引用は終わりとする。 
 
   ♘   ♘
 
英国と日本との相似性に注目していると私は言った。そんな中で、日本の国債に目を向けると、様々な疑問が湧いてくる。最も中心的な疑問は「日本国債はその90%以上が国内で消化されているので、日本ではギリシャ型の金融危機は起こらない」という見解があることだ。このことについてはどう理解するべきだろうか。
その答えとして格好のブログがみつかった。下記のブログを是非とも覗いてみていただきたい。専門家の詳しい見解が掲載されている。
(1)   2012-12-24NHKスペシャル「日本国債」の本当の問題:「シェイブテイル日記」というブログの20121224日号、http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/comment?date=20121224
(2)   2012-12-26NHKスペシャル「日本国債」の本当の問題II:「シェイブテイル日記」というブログの20121226日号
このシェイブテイル日記」の著者は、ロゴフ教授らの経済史分析から見ても、財務省の見解から見ても日本国債が「日本のマクロバランスや国債の保有状況などを考慮」すると破綻は考えにくいと述べている。
そうあって欲しいと思う。
一方、全国銀行協会の永易克典会長は昨年2月中旬の会見で、日本国債の保有リスクを意識していることを認めたと報道されている[注3。この銀行業界の懸念は上記の専門家の見解とは異にするが、その理由は何だろうか。
この報道によると、日本国債を支える条件にもほころびが見え始めているとのこと。日本の貿易収支は前年、30年ぶりに赤字に転落。1月の経常赤字は過去最大の4373億円に膨らんだ。国民の貯蓄率も低下し始めており、国債に向かう資金が先細りする可能性を否定しきれなくなってきた。国内での国債の消化が従来通り90%を維持できないとすると、国債の消化を海外勢に頼らざるを得なくなる。国債の信用格付けの再査定にもさらされる。信用度が低下すると、金利の上昇につながるのが常だ。
金利が1%上昇すると、大手銀行には25000億円もの評価損が派生すると言われている。
別の情報[4]によると、日本国債のリスクが高まっているとのことだ。外国人の保有が急に増えているという。外国人投資家が持つ日本国債の割合が、20129月末で過去最高になった(保有比率は9.1%)。逃げ足の速い外国勢によって国債が一斉に売られるリスクが高まっている。世界には投機資金が7京円もあるという。儲かると思われるところへは素早く集まってくる。ギリシャ国債の危機ではヘッジ・ファンドが介入して、彼らは大儲けをした。
この2013年は安部新政権の政策とも絡んで、インフレ率、金利、外国人の日本国債の保有率、等、さまざまなデータを監視していく必要がありそうだ。デフレから脱却し、インフレ政府目標の2%が達成されインフレの方向性が確立された場合、国債の長期金利はどこまで上昇するのだろうか。仮に米国(10年物国債で2.64%201318日現在)やドイツ(1.30%201212月)の金利水準並みの1.5~2%になると想定すると、政府が支払う国債の利子負担は現在のそれの2~2.5倍に膨らむ。そうなると、政府予算には甚大な影響を与えることになる。
日本国債のリスクについてはさまざまな見解がある。単純に白黒を判断することは容易ではない。市場の動きとか市場心理は数理化することが難しく、専門家の方々にとってさえも予測ができないことが多いと言われている。それだけに、本ブログに収めた情報をきっかけにしてさらに広く、さらに深くおさらいを継続していきたいと思う。
 
 
照:
1: The End of Britain: Information Clearing House, MoneyWeek , Dec/01/2012
2: 417兆円の債務超過、年金負債も天文学的:小宮 一慶20121204日、toyokeizai.net/articles/-/11963
3: 3メガ銀、国債急落「Xデー」に警戒感 「しっかりしてくれ」政府にため息:SankeiBiz
4: 国債高まるリスク 外国人の保有割合が急伸:朝日新聞デジタル、20121223



0 件のコメント:

コメントを投稿