2015年5月16日土曜日

マイダン革命から1年、当時の夢は何処へ



昨年の2月末、ウクライナでクーデターが起こった。これは地政学的に影響力を持つ国や財界の大物には極めて興味深い場を与えてくれたが、一般庶民には何らの恩恵ももたらさなかった。最初のグループはロシアに対する攻撃を開始し、二番目のグループは不安定さを上手く利用して自分の商売を拡張しようとした [1] 

当初の反政府デモの参加者の中心的な要求はウクライナ政府の汚職を追求し、ヤヌコヴィッチ政権がEUへの参加を翻してロシア寄りに政策を変更したことに対する抗議の性格が強かった。つまり、市民の生活を西側諸国並に向上させるためには政府の無駄遣いをなくし、汚職を無くし、自分たちの働く場所を確保したかったのだ。しかし、このデモは途中から暴力的な一団によって乗っ取られ、銃が持ち込まれた。デモ参加者だけではなく、デモを取り締まる警察官側にも多数の死者が出た。ヤヌコヴィッチ大統領は暴力的な反政府デモに脅威を感じて、政権を放り出して、ロシアへ亡命した。暫定政権が設立され、この政権はあっという間に米国の承認を得た。あれは昨年の2月末のことだった。

ヤヌコヴィッチ政権に代わって、米国支援のクーデターを介してポロシェンコ政権が誕生した。
新政権は果たして汚職体質を改善しようとしているのかと言うと、まったくそうではないようだ。汚職の構造は役者が入れ替わった、その筋書きは前のまま、汚職そのものは前よりもひどいのではないかとさえ言われている。また、政権内にネオナチや極右派の台頭を許してしまった。これは同政権を短命に終わらせる要素になるかも知れない。

ウクライナとEUとの連合協定が締結された。ウクライナ市民は2015年からヨーロッパ諸国へは「ビザなし」で自由に入国することができると期待されてはいたが、1年後の今でもEUはその決断を先へ延ばしている。キエフ政府とそれを支える米国がドネツクとルガンスク共和国の独立を正式に認める気配はまだなく、ミンスクで合意された停戦協定は十分に実施されてはいない。すべてはウクライナ内戦の帰結待ちの観が強い。

この内戦の影響を直接的に受けるウクライナ市民の意識はいま何処にあるのだろうか。

内戦の苦境は戦場と化したドネツクやルガンスク両州だけではなく、ウクライナ経済の停滞や貧困化という形でウクライナ全土に広がっている。非常に多くの要素が絡んでいるので、素人の私が結論めいたことは何も言えそうもないが、情報検索を行ってきた過程ではさまざまな情報に接することができた。ウクライナの人たちはこんなことを考えながら内戦の苦境を凌いでいるのかと思わせるような情報もたくさん見つかる。

本日は2点の情報を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。

ひとつ目は「ウクライナの人々は軍の徴兵に激怒 - この内戦にはもううんざりだ」と題された記事 [2]、ふたつ目には「ウクライナ東部、ゴルロフカの町にドネツク共和国が生まれる」と題された記事 [3] である。両方とも一般市民の思いを報告したものだ。


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<引用開始>

これはAnti-War.comを経由してJustin Raimondoが投稿したものである。
ウクライナ軍の将校がヴェリカヤ・ズナメンカの集落へやって来た。彼らの目的は男たちに徴兵に応じるように準備せよと伝えることだった。しかし、次にいったい何が起こるのかについて将校らはまったく何の準備もできてはいなかった。部隊長が話をしている時、ひとりの女性がマイクロフォンを掴み、彼にこう言った:「私たちはこの戦争にはもううんざりです。私たちの夫や息子は何処へも行きませんよ!」 そして、彼女は熱弁を振るった。内戦を非難し、キエフのクーデターの指導者を非難したのである。彼女は聴衆から大喝采を浴びた。
[訳注:下記の動画サイトで、彼女の熱弁の様子や聴衆が拍手をしている様子をご覧ください。将校が彼女の側で何も言えないで立ち往生している様子が滑稽にさえ見えます。]
彼女の行為は今のウクライナでは違法である:つまり、彼女がその場で逮捕されなかった唯一の理由は村民全員が彼女の逮捕なんて許容することはあり得なかったからだ。しかし、ウクライナのトランスカルパチア地方(ウクライナの西部)では、「ウクライナ・チャンネル112」の著名なジャーナリスト、ルスラン・コツバが「国家反逆罪」と「スパイ行為」を理由に逮捕された。彼はビデオでこう言ったのだ。「私は東部へ行って自分の同胞を殺すよりも、むしろ刑務所で3年か5年を過ごした方がましだ。この恐怖を商売にすることは即刻止めなければならない」と。彼に対する求刑によると、コツバは23年間もの刑務所暮らしを強いられることになるかも知れない。
コツバの逮捕は勢いを増すばかりの反戦感情や徴兵に反対する動きを何とか抑え込もうとする政府側の努力の現れでもある。反戦感情や徴兵の拒否はキエフ政府の夢であるウクライナ東部諸州での反政府運動の鎮圧を脅かしかねないのだ。コツバの犯罪は具体的には何なのかと言うと、検事によると、現行の抗争を「ロシアによる武力侵攻」ではなく、この抗争は「内戦」であると述べたことにある。これが政権側にとっては不都合な点なのだ:つまり、それは西側のメデアが執拗に宣伝している筋書きとまったく同じだ。東部の動きは、ロシアから大きな支援を受けた東部の住民がウクライナ政権を倒し、ワルシャワ条約機構軍を再編しようとするロシアの企みに繋がるという論理だ。ウクライナでは今や新しい法律が施行され、政権側の筋書きと矛盾することを言う者は逮捕の憂き目を見ることになる。
徴兵逃れのためにウクライナから脱出している何千人もの若者たちも逮捕される可能性があり、これはもっと深刻だ。ステパン・ポルトラック国防大臣はフェースブックに次のような内容を書き込んだが、直ぐに撤去してしまった:「非公式情報によると、隣のルーマニアではウクライナとの国境沿いにあるホステルやホテルは徴兵逃れの若者たちで満杯になっている。」 チョコレート成金であるペトロ・ポロシェンコ大統領は徴兵年齢にある25歳から60歳の市民には外国への旅行を規制する法律を制定しようとしている。ウクライナ人は、近い将来、自分たちの国に幽閉されることになりそうだ。
徴兵逃れは今や歴史上最高の水準にある: 呼び出された者の内でたった6%が自発的に出頭しただけだ。このような状況から、キエフ政権側は各戸のドアを叩くことにした。しかし、集落を訪れると、怒りに燃えた村民たちに遭遇する。村民は徴兵を拒否し、徴兵に応じる者はいない。あるいは、目標の集落に到着してみると、その集落は空っぽであったりする。住民全員が逃げてしまったのだ。ウクライナ西部のトランスカルパチア地方では、全体が空っぽになった集落が幾つもある。住民はロシアへ逃げ込んで、内戦の終結または政権の崩壊のどちらかがやって来るのを待っているのだ。「これは矛盾して聞こえるかもしれないが…」と、トランスカルパチアの新兵募集の責任者である将校は言う。「ウクライナ西部のテルノポリ地域の住民はロシアへ逃げて、徴兵逃れをしている。」 すっかり取り乱したキエフ政権側は今や20歳以上の女性の徴兵を模索し始めている。
東部での数多くの敗戦のせいばかりではなく、自分たちの町や集落を守ろうとして闘う意気が非常に高い反政府派によってウクライナ軍はすべての前線で押し戻されていることから、ポロシェンコ政権による新兵の募集はより困難になっている。そればかりではなく、何千人もの兵士が戦場を放棄し、武器を捨てて、ロシアへ逃亡しているのだ。これに対応して、ウクライナ議会は、前線の司令官は戦場を放棄する兵士をその場で撃ってもよいとする法律を通過させた。
ポロシェンコの戦争は大失敗の観を呈している。例えば、EU・米国によって支援されているこの政権はいとも簡単に転覆させられるかも知れないといった可能性があることから、米国の戦争屋はこの状況に激怒し、ワシントン政府がキエフに対して武器を送り込むよう要求している。ジョン・マケイン上院議員はその急先鋒にあるのは当たり前かも知れないが、リベラル派の重鎮さえもがこの要求に賛同し、ブルッキングス研究所の主導的な学者らも武器の供給を訴えている。しかし、これはブルッキングス研究所内部の反対派にある反応をもたらした。元国務省の高官であったジェレミー・シャピロはウクライナ紛争は内戦であり、軍事的な解決策はあり得ないとし、武器の供与はロシアとの軍事衝突を招く危険性があると主張している。
オバマ政権は大統領自身が所属する党からウクライナ軍への武器の供給を開始するようにとの圧力を受けながらも、米国の同盟国であるヨーロッパ諸国はこの内戦がさらに継続することに乗り気ではないことに気付いている。特に、操り人形のポロシェンコ大統領が益々人気を低下させている今、なおさらのことである。抗議の声がウクライナ西部の至る地域から噴出していることから、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は大っぴらに内戦の拡大に反対している。彼女は最近のミュンヘンでの会議でそのことを明確に述べた。フランスのフランソワ・オランド大統領と一緒にロシアのウラジミール・プーチン大統領との会談を行った後、ミュンヘンの会議でメルケル首相が所信を述べたのだ。それと同時に、これは副題としての話であるが、マケイン上院議員は記者らにこう言ったものだ:「もしウクライナへ武器を供給してやったら、彼らはクラスター爆弾を使わないでも済むのではないか。」 
何の理由もなしに彼が「狂気のジョン」と称される筋合いはないと言えよう。
米国はキエフ政権に軍事訓練を提供しており、表向きの理由としては「法の原則を強化する」ために、すでにウクライナ国内に将兵を送り込んでいる。それが実際には何を意味するかと言うと、自分たちの市民に対する戦争を宣言し、反対意見は法的にことごとく封じ込め、政敵を「国賊」として非難し、政党を禁止し、異論を唱える者に対しては急進的な国家主義者を差し向けようとするウクライナ政府を米国は強化しようとしているのである。米国務省は西側のカメラに向かってロシア正教会を冒涜し、胸を見せびらかすようなロシアの「反体制派」といちゃつくことがしょっちゅうあるのだが、マリー・ハーフ報道官がルスラン・コツバの名前を取り上げたなんて聞いたことがない。私が知る限りでは、「グローバル・ポスト」紙がコツバの存在を報じた唯一の新聞であり、それ以外で彼の逮捕について報道する英字紙には一紙にもお目にかかることはなかった。
ウクライナ紛争は第三次世界大戦を引き起こす仕掛けである。米国の挑発は日に日に近づいている。この危機的状況はワシントンによる政府転覆キャンペーンから始まった。米国が支持していた前任者のヴィクトル・ユシチェンコは犯罪的な程に不能で、かつ、公然と公費を盗み取っていたことがヴィクトル・ヤヌコヴィッチには追い風となって、彼は選挙で大統領に選出された。しかし、彼も暴力的に大統領の座から追い出されてしまった。いわゆる「オレンジ革命」は経済の無秩序を招来させ、汚職の多発、国家主義的な風潮を引き起こし、ウクライナ議会にはネオナチが議席を確保するまでになった。我々は今キエフで我が物顔に威張り散らしている悪党どもの姿に絶頂期を迎えたファシズムを見ているのである。
これらすべてはウラジミール・プーチンの目に指を突き刺すという名目の下で行われたのである。彼が犯した最大の罪悪は国益を盗み取る新興成金をつまみ出したことであり、世界を覆う米国の覇権に抵抗したことにある。ワシントンの最終的な目標はクレムリンにおける政権の転覆であって、イルツンのような操り人形を政権に据えることにある。ワシントンが「ジャンプせよ」と言ったら、クレムリンには「どれだけ高く?」と答えるような人物が必要なのだ。
連中が第三次世界大戦の危険を冒そうとしているという事実はまさに米国の外交政策の異常さを示すものである。最近の公式な米国の「国家安全保障戦略」によると、新冷戦がワシントンの今後の軍事・外交の中心に据えられており、この重点施策は悪魔的とも言える程の置き間違いであることを示している。このような政策は真面目なものであるとは到底信じられない。でも、これが民主党政権から期待できることのすべてなのだ。ヒラリー・クリントンは自分の夫のスラブ恐怖症(コソボ戦争をご記憶だろうか?)を引き継いで、不条理さを新たな高見に押し上げることになるだろう。
米国はウクライナの内戦に関与する権利はなく、クリミアの行政権をどの国が持つべきかという問題に関して自国の安全保障上の正当な利害関係なんて何もない。歴史的には、クリミアはエカテリーナ女帝の頃からロシア領であったのだから…。本件について我々がロシアと対峙するという考えは危険極まりないナンセンスである。不幸なことには、両党の政治家にとってこれは抵抗し難いナンセンスである。
見せ掛けだけの「自由主義者」もいる。彼らは冷戦をもう一度戦ってみたいという誘惑に駆られているようだ。Students for Liberty (SFL)と称される非営利団体の中でいい位置を築いているNATO的な一派は弁舌がさわやかで、ロン・ポールのウクライナに関する声明は「プーチンのシンパ」のようである(つまり、非介入論者的だ)と述べて、彼らはロン・ポールを公然と非難した。ロン・ポールは開催が迫っているSFLの国際会議でスピーチを行う予定であるが、この会議には何人もの声高なNATO的なメンバーも参加することになっている。多くの人たちはロン・ポールが彼らにうまく語り掛けて欲しいものだと思うかも知れないが、これらの騒々しい連中に対してはお尻に平手打ちをしてやる方がもっと、もっと適切だ。これらの如何にも青年じみたたわ言を見ると、「対外政策に関しては、世界支配主義者や非介入主義者の両者の何れにとっても従わざるを得ないような議論をすることができる」と言っているにもかかわらず、「ロン・ポールは一線を越えた」と彼らは断言する。しかし、一線を越えたのは逆に彼らの方だ。自由主義者は世界支配主義を擁護することはないし、擁護することもできない。何故ならば、世界を征服することは、よくご存知のように、国家統制主義者のやることだからだ。
もちろん、今やウクライナ政府(SFLはウクライナで会議を開催した)は徴兵逃れをする市民を刑務所にぶち込み、反対意見を持つ者のすべてを取り締まろうとしているが、これらの若い冷戦主義者たちからはこの現実に関して何らの不平や不満も聞こえては来ない。彼らは「自由」について多くを語るが、自由を語ることが彼らに問題を引き起こすかも知れない場では何も語ろうとはしない。
世界の自由や平和にとってもっとも中心的な危険はクレムリンでも、北京でも、北朝鮮でもなく、それはまさにここ、米国にあるのだ。ワシントンDCは世界の悪の中枢と化してしまった。我々の「自由主義的国際主義者」が主張するところによると、これは卑劣極まりない「反米主義」であると言うが、これらの異邦人は真の米国主義について何らの概念も持ち合わせてはいない。ワシントンDCの強奪者たちが世界中で無実の市民の血を流したり、その過程で憲法を冒とくすることによって米国の美名に泥を塗っていることから、我が国の建国の祖はきっと墓の中で身もだえしているに違いない。本当の米国主義者は世界中で暴れまわり、国内では市民の自由を破壊するこれらの魔物たちとは正反対の姿を示し、終わりのない侵略戦争を正当化することに生真面目に賛成を表明するようなことはしない。

<引用終了>


徴兵がウクライナの社会に如何に暗い影を落としているかについてお分かりいただけると思う。210日に掲載した「広がる厭戦気分、ウクライナ政府は徴兵に大失敗」と題したブログの内容と重複する部分もあるが、一般市民の動きや言動から始まって、上記の引用記事はウクライナ紛争の中心的な問題点として米国の対外政策についてまで言及している。今我々が目にしているのは米国の政策ミスによるものだとする糾弾が熱っぽく語られている。本当の米国主義とは何かと問い掛け、議論は米国の建国の精神との比較にまで広がった。

これらの議論をきっかけに、日本に住む我々自身もまたさらに多面的なおさらいを続けて行きたいと思う。

インターネットの世界にはそれこそ無限とも思える程の情報が存在する。主流メデアが頼れなくなってしまった今、自分の良心あるいは信条が教えてくれる方向にしたがって自分が必要とする情報を取捨選択するしかない。極端に聞こえるかも知れないが、そういう思いが強まるばかりの昨今である。


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次に、ふたつ目の記事 [3] に移ろう。

<引用開始>

ドンバス地方での反マイダン運動の頂点は昨年4月のドネツク人民共和国の設立にあった。47日、独立宣言が公布された。 


Photo-1: ゴルロフカの町のレーニン通り [訳注:ゴルロフカはドネツク工業地帯の中心地。町の人口は約29万人。]

当時、独立に関与した政治家の中で特に末端に位置する人たちにとっては、この新しい団体が1年後には国家として自己実現するとは想像もできなかったのではないだろうか。「クレムリンからの代表者」、あるいは、2014年の3月から4月にかけて同地域の政府ビルを占拠した将来のドネツク人民共和国(DPR)を担う「分離主義者」といえども、あるいは、その他の如何なる人たちと」いえども、ドンバスの連邦化(自治)に対してあのように強力な気運を導くことはできなかったことだろう。

キエフ政権は、最初からずっと、ウクライナ東部の住民による数多くのデモで表明された民主的な要求や心配事をことごとく無視して来た。同地域の住民らはレーニン像が破壊されることを阻止し、自分たちが生まれ育った言語を用いて生活をし、仕事を続けることを願っていただけなのである。彼らのデモは、住民投票の形で、新興財閥の支配の終息を求めた(マイダン運動も新興財閥に対抗して戦った)。2014年の2月にマイダン運動を契機にキエフにおいて実権を握った新政府の高官らはドンバスの住民を人間扱いしないことを文字通り証明したのである。



Photo-220154月の砲撃で完全に破壊されたゴルロフカの家屋 (photo Nikolai Muravyev, ITAR-TASS, published in The Guardian)

20144月からウクライナ軍と極右派の武装勢力とによって実施されたキエフ政府の「テロリスト殲滅作戦」をきっかけに、ドネツクならびにルガンスク両地域では、これに腹をたてた何千人もの住民たちが自衛軍へ参加した。これらの人たちは皆ごく普通の市民であり、そのような行動に出るとは自分たち自身さえもが予測し得ない行動ではあったが、キエフ政府の横暴さがこの自警団を設立させ、しばらくすると立派な軍隊の呈を現すにようにさえなったのである。同様に、ドンバス地域の住民に対してキエフ政府が年金や社会保障の支払いを昨年の夏停止しとことがDPR独自の年金制度や社会保障システムの設立を促しさえした。

これは逆説的に聞こえるかも知れないが、キエフ政府がすでに砲撃や寒さで辛酸を舐めている年配者たちへの年金の支払いを停止することによって彼らを飢えさせる政策をとった時、政府側はこれでDPRは屈服することになるだろうと想定していた。しかしながら、ドネツク地域の石炭の埃で汚れた地域住民を嫌悪するキエフ政府の高官らは、実際には、それとは正反対の結果をもたらしてしまったのである。彼らの非人道的な行為は、地域住民の目から見ると、自分たちの新しい人民共和国の正当性をさらに確信させるのに役立った。「キエフ政府は俺たちが稼ぎ、一生涯の仕事を通じて受給資格を得た年金を支払おうともしない。政府は俺たちをゲットウの中に放置し、大砲や戦車ならびに兵隊で取り囲もうとしている。これでは、俺たちにとっては自分たちの政府であるとはとても考えられない。連中は俺たちの運命についてはこれっぽちも考えてはいない」と、皆が実感したのである。 

キエフ政府の行動がドンバス地域では新たな年金制度の導入をもたらした。このシステムはまだ十分に満足できる状態にはない。疑いもなく、さまざまな欠陥を含んでいる。しかし、これは俺たちの制度だ。これと同時並行的に導入されたのがDPRの中央銀行である。ここで税金が徴収され、DPR内で操業する企業の登録が行われることになった。この地域ではウクライナ通貨が不足しており(これはキエフ政府による経済封鎖に起因するものであって、交換可能通貨をより多く流通させるのではなく、むしろそれを物理的に破壊するに至った)、これが二重通貨制度の導入をもたらし、本制度の下ではフリブナとルーブルとが合法的な通貨であるが、当面はドルやユーロも認知されている。



Photo-3: ウクライナ軍による2014727日のゴルロフカ(ドネツクの近く)への砲撃

キエフ政府がこの戦争を始めた1年前と同じように、ドンバスを経済的に封鎖し、孤立させようとする作戦は、皮肉なことには、キエフ政府自身の手でドンバス地域が独立するための条件を作り出したようなものである。キエフ政府が我々をウクライナから押し出したも同然だ。

もうひとつ、非常に明白なことではあるが、誰もが理解している点がある:もしもドンバスがウクライナへ復帰するならば、失われた年金に対して我々が受け取るのはせいぜい「少額の硬貨」の程度であって、やがては、ヤツエニュック政府が推進しているEUとの連携協定の対価として水道光熱費や公共サービスには恐ろしい程に高額な税金が新たに賦課されるのではないだろうか。ウクライナ政府のしみったれた額の年金では、我々はそういったサービスに対して支払いをすることはとても不可能であろう。我々はすでにどん底に達し、今、そこからゆっくりと這い上がり始めた。それとは対照的に、ウクライナは依然として降下し続けている。

一時しのぎの小屋のようなDPRが廃墟の中に設立された。願わくば、これが永久的なものとはならず、ドンバスの我が同胞たちと一緒にもっと大きな建物へ引っ越したいと思う。実際問題として、我々が失うものはもう何もない。キエフ政府によって仕掛けられたこの戦争によってウクライナの他の地域に住む人たちとは比べようもない程の辛酸を舐めた。ドンバスの住民は冷静にこれらすべての苦労や不快さに対応して来た。

この1年間、私が住むドンバス西部の町、ゴルロフカは非常に大きな苦労を強いられた。工場は閉鎖され、住民は自分たちの家や街が物理的に破壊されて行くのにじっと耐えてきた。時々、我々はDPR政府のコントロール下にはない武装兵力に遭遇することもある。食糧不足は深刻で、飢餓や定常化したキエフ政府軍による砲撃による死亡が続いている。それにもかかわらず、我々の町は生き長らえ、以前よりも強力にさえなった。

<引用終了>


このブログを書いている最中に画期的な動きがあった。

最近の情報によると、ジョン・ケリー米国務長官は512日にロシアのソチを訪れ、ロシアのラブロフ外相やプーチン大統領と懇談した。RTの記事 [4] が伝えるところによると、「ジョン・ケリーは初夏の小旅行を夢見てロシアの観光地に向かったのではない。仕事のためであった。彼は仕事をするために黒海の真珠と称されるソチへ飛んだのである。そうすることによって、ワシントンはウクライナ紛争を過去のものとする心の準備ができたこと、ならびに、人類にとってはより以上に緊迫した課題が山積しており、それらについてはロシアと共に取り組んで行きたいことを彼は示唆したのである。ヨーロッパの片隅にあり、すっかり腐敗し、二分され、行き詰ってしまったウクライナの将来よりももっともっと大きな問題がたくさんあるのだ…。」 
もしもケリー国務長官の言葉が、何時ものようにワシントンへ戻ってから180度もの方向転換をするようなことがないとするならば、彼の言葉は画期的なものだと言える。それは、米国がこれ以上ウクライナの内戦を拡大したくはないと宣言したようなものだからである。

さらには、次のようにも報道されている。「ケリーのラブロフ外相との共同記者会見は注目に値する。彼が喋ったことよりも喋らなかったことの方がより重要だろう。国務長官は中東について喋り、ミンスクでの停戦合意について喋った。クリミアについては何も喋らなかった。ドンバス地域におけるロシア軍の存在についても脅かすようなことは何も言わなかった。確かに、ケリーが念を押して喋ったのはウクライナ紛争を解決する唯一の手段はミンスク合意であるというものであった。一にもミンスク、二にもミンスクである…。」

また、オバマ大統領の立場はどうかというと、この記事の著者は「オバマ大統領の任期はあと1年半となった。彼は自分が残すことができる遺産について明確な選択をしなければならないのだ。彼は中東が戦火に包まれたまま、ならびに、新冷戦を未解決のままに大統領として想い出して貰いたいのだろうか?そんなことは決してない筈だ。オバマにとっての喫緊の課題はこれらふたつの問題を解決するにはまずロシアとの和解が必要である。ケリーのソチ訪問を通じて、恐らくは、他の重要な課題を解決する上でクレムリンの協力を確保するためにワシントンは対ロ政策を大きく変更する用意があることを示したのではないか…」とも指摘している。

今まで、ミンスク合意には米国が絡んではいなかったことからその実効性が疑問視されていたが、今回のケリー国務長官の発言によって(あるいは、同長官が敢えて喋らなかった内容から推察すると)そのような懸念は払拭されたのかも知れない。

このブログに掲載したように、ウクライナのドンバス地域だけではなくそれ以外の地域に住む人々も含めて、住民の毎日の苦労を考えると、米国のこの新たな動きは大歓迎である。今後、さらなる紆余曲折はあるのだろうが、国際社会はこの新方針に基づいて先へ進んで欲しいものだ。

しかし、上記の楽観的な方向性とは異なり、悲観的な見方も根強く残っている。米国の今後の動きについて楽観的な見方をすることはまだまだ時期尚早であるという意見があるのだ。西側は長期にわたる大きなゲームを開始したばかりである。ウクライナ危機を政治的に解決することには賛成しても、それはリップサービスに過ぎないのではないか。現実には、米国はキエフの権力構造を強化し、ウクライナ軍の戦争遂行能力を高めようとしている。米国やNATOの最終的な目標は依然として変わらない:長期的な観点に立ってウクライナを勝ち取ることにあるようだ。このような視点からケリー国務長官のソチ訪問の意義を考えると、ウクライナ内戦を政治的あるいは外交的に解決する上で画期的な出来事であったとは言えなくなる…。



参照:

1Ukraine: War and Crisis to Enrich Tycoons: By Alexander Donetsky, Apr/28/2015, www.strategic-culture.org/.../ukraine-war-and-crisis-to-enrich-...

2Ukrainians Rage Against Military Draft: “We’re Sick Of This War": By Tyler Durden, Feb/10/2015, www.zerohedge.com/.../ukrainians-rage-against-military-draft-...  

3In Horlovka, eastern Ukraine, a Donetsk republic rises: By Yegor Voronov, May/07/2015, www.counterpunch.org/.../in-horlovka-eastern-ukraine-a-done...

4Kerry in Sochi: Ukraine’s 15 minutes of fame is probably over: By RT, May/13/2015, http://on.rt.com/1zggt9
  

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