EUでは外交政策に関するEU理事会の決議は「共同行動」をし、「共通の戦略」をとるという原則の下で全会一致制で行われると言う。つまり、対ロ経済制裁の延長とかウクライナのEUとの連合協定とかは28加盟国すべての賛成を必要とする。
最近、矢継ぎ早にこのEUの全会一致制による外交政策を危うくするかも知れないような出来事が起こった。それはオランダやフランスならびにドイツにおける政治的な動きである。EUの各加盟国の市民や政治家にとっては自分たちの利益を考えるとEU理事会が決めた政策には従えないとの意思表示をしたのである。
さらには、昨年のことではあるが、ギリシャはユーロ通貨から離脱するかも知れないという懸念が高まった。最終的には財政緊縮策を受け入れたギリシャが、今後、緊縮財政を成功裏に維持し続けることが出来るのか、そして、借金の返済を滞りなく実行することができるのかに欧州の関心は移行している。
何れの事象を取り上げても、これらはEUの基本的な存在理由や現行制度の運営方法を問うものである。これらはEUの崩壊の始まりを意味するのかも知れない。
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ギリシャ:
「昨年の6月28日、ギリシャのアテネでは緊縮政策に反対するデモがEUの現地オフィスの屋外を埋めつくした。ユーロ紙幣を焼き捨てる騒ぎにまで発展した。もしもギリシャがユーロ通貨から離脱し、ギリシャが抱えている債務を返済することが出来なかったとしたならば、それはドイツ銀行を疲弊させ、金融界は2008年の危機よりも深刻な打撃を受けるかもしれない、そのような事態は起こらないというよりも起こる可能性の方が高い」とマックス・カイザーはRTに語った [注1]。
このギリシャのユーロ通貨離脱の騒ぎはどこへ向かって収束すると思うかとのRTの質問に対してマックス・カイザーは当時次のように答えた:
ドイツ銀行はドイツでは最大であり、世界でも最大級の銀行として指折り数えられる存在です。私はドイツ銀行の株価を注視して来ました。同銀行は世界でももっとも多くの金融派生商品を保有しています。彼らはギリシャの債務の相手方です。つまり、貸し手側です。同行の株価は直撃を受けました。ドイツ銀行はリーマン・ブラザーズやベアー・スターンズが辿った道を踏襲するのかも知れません [訳注:つまり、倒産するかも知れない]。もしそんな事態が起こったら、2008年に起こった世界金融危機はたいそう穏やかなものであったと評されることになるかも。ギリシャ問題の本質はこうです。シリザ政権は最初からずっと「我々には金がない。この債務は我々にはとても支払えない」と言っていました。そして、今、ジャン・クロード・ユンカーは1年も前から告げられていたこの事実についてようやく目が覚めたのです。
また、ギリシャ問題はギリシャだけの問題ではないとの指摘もあった。つまり、それは同じような状況がスペインやポルトガル、アイルランドおよびイタリアにおいても起こるかも知れないという懸念である。つまり、ギリシャがユーロ通貨から離脱したら、これらの国々でも同じことが起こるかも知れないのだ。それはEUの崩壊を意味する。
ギリシャでは、昨年の7月5日、住民投票が実施された。EU
やIMFおよび欧州中央銀行が推奨する財政緊縮策を受け入れるかどうかが問われた。ドイツのメルケル首相や米国のオバマ大統領が懸念していた通り、投票者の61.3パーセントが緊縮政策に「オヒ」(ノー)と言った。この投票結果を携えて、ギリシャのシリザ政権はEUやIMFおよび欧州中央銀行との交渉を開始した。
ドイツやフランスの金融界を震撼させたギリシャ問題は、最終的には、2015年1月の総選挙では緊縮財政に反対する立場を掲げていたシリザ政権が9月20日の総選挙ではEUやIMFが推奨する緊縮政策を受け入れることに政策転換をして、信を問うたところ、選挙に勝ったことによって、金融界側の思惑通りになんとか収まった。
交渉の過程ではエーゲ海に浮かぶ島を売却したらどうかといった案さえもが出て来た。こういった提案はウクライナ危機の場合にはその債務を低減するためには肥沃なことで良く知られている大穀倉地帯の農地を売り出したらどうかという提案とまさに瓜ふたつである。要するに、貸し手側はギリシャにおいてもウクライナにおいても絶対に損をしないようにあの手この手を駆使するのが常だ。
我々素人にとっては目を見張らされるような状況が次々と現出した。
EUという地域統合体制は今もなんとか生き残ってはいる。しかし、ギリシャ危機を通じて判明したことは「民主主義は死んだ」という理解であろうか。選挙民の民意は資本の論理や金融界のエリートたちの前では非力であった。
大揺れに揺れたギリシャ金融危機は単なるEU圏内の問題だけではないと指摘する声もある。ギリシャ政府が今後財政再建に成功し、借金の返済を続けて行けるという保証はどこにもない。もしも再び債務不履行に陥り、ギリシャがユーロ通貨を諦め、あるいは、ドイツにユーロ通貨の使用を拒否されると、ギリシャは自国通貨に切り替えるしかない。そうなると、ギリシャはロシアや中国への接近が予想され、その影響は地政学的な面にまで波及することになる。大揺れに揺れたギリシャ危機は余震が続いている。むしろ、本震はこれから起こるのかも知れない。
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オランダ:
今年の4月6日、オランダでは「EU・ウクライナ連合協定」に関して賛否を問う住民投票が実施された。先ず、投票率は32パーセントとなり、最低限必要な30パーセントをクリヤーしたので、これは正式の住民投票として成立した。賛否の内容はどうかと言うと、61パーセントが反対票を投じた。この住民投票は政府に対する拘束力を持ってはいない。しかしながら、この投票結果は政府に対する住民の勧告として見なされる。来年の3月にはオランダでは総選挙が予定されていることからも、政府や与党にとっては軽はずみな取り扱いは出来ないだろうと観測されている。仮にオランダ政府がEU・ウクライナ連合協定に反対することを表明した場合、すでに28加盟国によって2014年に署名されてはいるが、各国の批准待ちとなっているこのEU・ウクライナ連合協定を発効させることは不可能となるかも知れない。[注2]
しかしながら、専門家の指摘によれば、素人の我々には理解することが困難な法律論に踏み込むと、さまざまな迂回路があり得るという。当該協定の一部を改訂するとか、議定書を別途作成するとか、この協定からオランダを除外し、EU27カ国とウクライナとの協定にするとかの迂回路である。したがって、オランダの住民投票によってEU・ウクライナ連合協定が否決されたとことを受けてオランダ政府が批准をしないという最悪の事態になったとしても、この協定を推進するEU理事会にとっては最後の切り札が依然として残されているようだ。
EUがオランダの民意に反してまでウクライナとの連合協定を推進した場合、それがもたらす政治的影響はどうなるのだろうか?
今まで正面に掲げていた「ヨーロッパの価値観」はいったいどこへ行ってしまったのかと問われた場合、EUには返事のしようがないのではないか。EU内部の亀裂はいや増しに広がることになろう。そうしてまで、EUがこのウクライナとの連合協定を強硬に推進することが果たして政治的に正しいのか、どんな意味があるのかについては私には断定できない。直感的に言えば、少なくとも、多くの詭弁を弄することになるだろう。
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フランス:
議会に新しい動きがあった。最近の報道
[注3]
によると、フランスの下院は政府に対する決議案を採択した。これはウクライナ紛争やクリミアのロシアへの併合と絡んでEUが2年前にロシアに対して課した経済制裁を解除するように求めたものである。
議会での審議に口火を切った中道右派の共和党議員、テリー・マリアー二はこの決議案は「EUが課した対ロ経済制裁を延長することがないようにと仏政府に対して要請したものだ」と述べた。経済制裁の中断に関しては今回初めて下院で議論されたと同議員は言う。マリアー二議員は対ロ経済制裁は損害をもたらすだけであるから、これらの制裁は解除すべきであると力説した。
「役にも立たず、効果も出ないような対ロ経済制裁は今やフランスの農業にとっては大きな重荷となっています。だからこそ、私は議会の多数派に対して本件に対する責任と独立性を示すように訴えたいのです」と彼はタス通信に語った。
もうひとつの報道はその見出しで「米国はフランスに対して対ロ経済制裁を維持するようにと圧力をかけてはいるが、もはやそれは効きそうにはない」と報じている [注4]。これは上に記した仏議会の下院の動きを評したものである。
また、今年の始め、仏経済相のエマヌエル・マクロンは、フランスは今年の夏までには西側が課した対ロ経済制裁を解除するように支援をして行きたい、と言明している。
これらの状況から判断すると、フランスでは議会と政府とが一体となって対ロ経済制裁を解除する方向で動いている模様だ。フランスの農業団体は強力な影響力を発揮する。個々の政治家にとっては、甚大な損害を被っているフランスの農家、つまり、地方の有権者たちの声を無視することはできない。政治的自殺となりかねないからだ。
しかし、フランスが特に厳しい損害を受けたということではない。イタリア、フィンランド、ポーランドも然りだ。
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ドイツ:
チューリンゲン州知事であるボド・ラメローおよび経済相のウオルフガング・ティーフェンゼーに率いられて、経済や科学の分野を代表する40人ものメンバーから成る代表団が、この日曜日、モスクワを訪れた。地政学的な課題が山積する中、ティーフェンゼーはモスクワとの橋渡しになりたいと強調した
[注5]。
「チューリンゲン州とロシアとの連携は伝統的に立派なものです」と経済相はスプートニク放送によるインタビューの場で述べている。「さまざまな地政学的な課題がEUとロシアとの間に横たわっていますが、我々は両国の橋渡しをするために今ここにいます。我々の対話が証明してくれているように、経済分野では安定した関係が維持されています。企業は依然として互いに交易をしていますし、特に科学の分野では頻繁に往来があります。私たちは先生や生徒たちの間の協力に関して覚書を署名したばかりです。」 また、さらに付け加えて彼はこう言った。 「この行動をさらに展開して行くには、政治的環境が好転することを私たちは願っています。」
「経済制裁に関しては必然的に今後もさらに把握して行かなければなりません」とティーフェンゼーは付け加えた。「我々の分野がロシアとの関係を通じて産み出すのはチューリンゲン州のGDPの3パーセントです。これは小さな量に見えますが、たとえば、食品、自動車産業、金属、機械、光学といった分野の企業を見ますと、これらの企業は経済制裁の下で著しい損害を被っていることが分かります。これらの企業では操短をしたり、解雇したり、さまざまな対処をしなければなりません。」 こうした状況に対処するために、彼は経済制裁を徐々に軽減するとか、解除することを望んでいる。「我々にとってはロシアは非常に好ましいパートナーです。ロシアの人たちは素晴らしいし、人々をもてなしてくれ、実に開けっぴろげです。私は今のように困難な時にさえもお互いの関係を強化することができることに嬉しく思っています。」
ドイツ経済ニュースが報じた世論調査に関する記事 [注6] によると、ドイツ人の過半数はEUが2014年にウクライナ危機の結果としてロシアに課した経済制裁は解除したい、あるいは、少なくとも軽減したいと考えている。しかしながら、オバマ米大統領とメルケル首相は経済制裁を維持したい考えだ。ロイター通信がInternationale Politik誌のために実施した世論調査によると、35パーセントは完全な解除を望み、36パーセントが緩和を望んでいる。EUによる対ロ経済制裁は今年の7月末に失効することから、その時点で経済制裁を延長するかどうかの意思決定をしなければならない。
しかしながら、小生の理解するところでは、現状では経済制裁の延長が28か国の全会一致で議決されるような雰囲気ではない。EUはふたつに割れて、際限のない議論が続くのかも知れない。
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シェンゲン協定:
EU圏には「シェンゲン協定」と呼ばれるビザなしで域内を自由に行き来することを許容する取り決めがあり、施行されている。26か国が加盟しており、その総人口は4億人を超す。
昨年の夏は中東地域からの難民が大挙してヨーロッパへやって来た。内戦の戦禍を逃れようとしてイラクやシリアからの難民がトルコ、ギリシャ、バルカン諸国を経由してドイツを目指した。また、北アフリカからの難民も地中海を横切ってイタリアへ上陸した。合計で100万人を超す難民がヨーロッパへ流入したと報じられている。そして、今年の夏も真近となっている。またもや、難民シーズンが始まりそうだ。
今までにもっとも多くの難民総数を受け入れた国はドイツ。そして、国別の人口一人当たりでもっとも多く受け入れた国はスウェーデンであるという。
最近の報道 [注7] によると、EU圏内の6カ国がシェンゲン協定からは逸脱する国内対策についてブリュッセルのEU政府に了解を求めていると言う。その記事の一部を下記に抜粋してみよう。
ヨーロッパの6カ国はシェンゲン協定が許容する期間以上にわたってEU域内での国境検問所を維持したいようだ。この対策は中東から流入する亡命者に対応するためのものだ。シェンゲン協定によると、加盟国間における臨時の国境検問所は8ヶ月を越してはならないとされている。この規定にしたがって現行の緊急措置をこの6月には中止しなければならないスウェーデンは猶予期間を延長したいとしてEUの了承を求めている。ドイツ、デンマーク、オーストリア、フランスおよびベルギーもこの動きを支持している。これらの6カ国は欧州委員会に対して現行の猶予期間をさらに6カ月延長するようにと手紙を書いたのである。さらには、将来的にはこの猶予期間を2年に延長したい考えだ。
EUではその象徴とも見られている全会一致制が機能しなくなったり、域内をビザなしで自由に往来するという制度を一時的とは言え中断しなければならなくなった。EU圏内では南北の経済的地域格差が拡大している。初期の頃のEUメンバーだけに戻った方が理に適っているとの指摘さえも出ている。今まで通用して来た政治的理念が今や抜本的な見直しを求められているということである。拡大の一途を辿ってきたものの難問が山積している。今やその姿は存在意義を疑問視され始めたNATOと実によく似ている。
時代遅れになったと評されているNATOは解体して、米国が参加しないヨーロッパ機構軍を設立して、テロとの闘いを続けるべきだといった主張も出始めた。この種のNATO論議は折しも米大統領選において議論が活発化している。財政負担がますます大きな課題となっている米国政府にとっては、近い将来、真剣に取り組まなければならないテーマであろう。
参照:
注1: Grexit would
trigger liquidity crisis worse than 2008: By RT, Jun/29/2015, www.rt.com/op-edge/270514-grexit-crisis-like-2008
注2: Implications of
Dutch referendum vote opposing EU-Ukraine association agreement: by Guillaume
Van der Loo, Apr/08/2016
注3: French Assembly adopts resolution calling to end
anti-Russian sanctions imposed by EU: By RT, Apr/28/2016, http://on.rt.com/7ba8
注4: 'US Pressure on
France to Keep Anti-Russian Sanctions’ Doesn’t Work Anymore: By Sputnik,
Apr/29/2016, sputniknews.com/europe/.../france-sanctions-vote.html
注5: First Bavaria,
Now Thuringia: German States Rebelling Against Sanctions: By Russia Insider,
Apr/28/2016, russia-insider.com > ... > Politics
注6: A Majority in Germany Wants to Lift Sanctions
Against Russia: By Russia Insider, May/02/2016, russia-insider.com
> ... > Politics
注7: 6 EU member countries ask Brussels
for 2-year internal border control – report: By RT, May/02/2016, http://on.rt.com/7bkj
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