2013年10月10日木曜日

米国ではTPPの実態が裸にされつつある



日本では、TPPに関する議論そのものが日本の国益のために果たして有効に行われたのか、あるいは、結局不毛に終わったのではないかという疑念は別にして、環太平洋経済連携協定(TPP)についてはさまざまな議論が展開されてきた。そして、今や、関係国間の交渉の舞台では年内の妥結が取りざたされている。しかしながら、その中身は、依然として、公にされないままだ。
議論がしつくされたのかと言えば、けっしてそうではない。秘密裏に行われてきた政府間交渉はわれわれ国民に対しては断片的、あるいは、表面的にしか伝わっては来ないのが現状だからだ。そんな中、新しい情報や専門的に掘り下げた考察などがしばしば紹介されている。
最近もっとも興味深く感じたのは米国の一般労働者に対するTPPの影響に関する経済専門家の意見だ。912日のCBSの報道によると、TPPが当事国間でめでたく合意され、実施に移された場合、米国の労働者の大部分の給与には負の影響があるだろうとの研究結果が米国のあるシンクタンクから発表された。
このCBSの報道を受けて、さまざまな解説記事が出回った。そのひとつ[1]を仮訳してみた。それを下記に段下げをして示そう。
先週、新たな研究結果が発表された。それによると、米国の上部10パーセントの世帯は2012年度の米国全世帯の所得の半分以上を取り込んだとのことだ。この調査結果は広く報道されたが、もうひとつの調査結果はそれほど高い関心を集めるには至らなかった。そのもうひとつの調査結果によると、米政府は国民の上部10パーセントの人たちの所得をさらに高めるべく大変な努力をしてはいるが、大多数の米国の世帯が受け取る賃金は引き続き低下傾向にあるという。
この研究[2]は経済政策研究センター(CEPR)の経済専門家、デイビッド・ロスニック氏によるもので、TPPが賃金に対してどのような影響を与えるのかを推算した。TPPは公衆の目が届かないところで交渉が行われてきた巨大な通商協定であって、政府の透明性を求める団体が言うには、米国政府は「前例がないほど極秘裏に」TPP交渉を進めてきた。
TPPはアメリカとアジアの12カ国の間に提唱されている。これが締結されると、チリ、ニュージーランド、ブルネイおよびシンガポールとの間ですでに締結され、非常に議論が多いこの協定をさらに拡大することになる。史上最大の通商協定となるだろう。
このような地域協定はWTOに対して存在する幅広い反対に対抗する新自由主義者の対応処置であって、これらの協定にはWTOの場で何年にもわたって泥沼の中で身動きができなくなってしまった多国籍企業の「欲しい物リスト」に関する条項が含まれている。
パブリック・シチズン[訳注:米国の最も有力なNGO]TPPを「1パーセントのために存在する大企業の強力な手段」と呼んでいる。極秘裏に進めてはいたものの外部へ漏れてしまった同協定の草案によると、この協定では独立した法廷が設立され、そこでは企業は個々の参加国の法制度を素通りして、企業のビジネスの邪魔になりそうな当事国の国内法や規制に挑戦することが許される。パブリック・シチズンはこの文書を詳しく検証したが、その結果によると、「この法廷は民間の弁護士を迎え入れる。これらの弁護士はある時は法廷の判事として、またある時は相手国の政府を訴追する投資家の弁護士としての役割を演じる。」 これは利害の不一致が米国の法廷に持ち込まれることはないことを意味する。当事国が法廷の裁定に沿う策をとらなかった場合、同法廷は当事国に対して投資家が被る損害に対して罰金を支払うよう求めることができる。公正な通商を求める活動家たちはこれを「規制撤廃の裏口」と称している。
「アメリカの将来のための運動」への寄稿の中で、デイブ・ジョンソンはチリの主席交渉官は「TPPはインターネット、著作権、ならびに、特許権(特に、医薬品)を自分たちのコントロール下に置こうとする多国籍企業をさらに強化せしめるものであり、巨大な投資企業は規制プロセスに関して自分たちが持っているコントロール能力を今以上に強固なものにしようとしている」と非難し、その職を辞したと伝えている。(昨年、ニューヨークタイムズのグレッチェン・モーゲンソンは「ドッド・フランク法案といった改革案を脱線させるためにウオール街は国際的な貿易協定をどのように活用しているのか」と題して詳しい報告を行っている。) 
数多くの議論が起こっている。ロスニックによると、TPPは米国の経済成長にはほんの小さな影響をもたらすだけであって、TPPが締結された場合、2015年から2025年までの10年間に米国の国内総生産は0.13パーセント拡大するだけだ、と同氏は試算した。ロスニックの見方によれば、「如何なる理性的な文脈から判断しても、この数値は無意味なほどに些細なものだ。」 
しかし、富の配分の面から見るとけっして取るに足りないものだとは言い切れない。ロスニックは次のように予測する。つまり、賃金構造の最下部にいる人たちは最低賃金によって保護されているので影響は受けない。賃金構造のトップにいて高額な給与を手にする専門職や投資家たちは、特許権や知的財産がTPPの下で長期にわたって保護を受けることから、収入が著しく増加する。ところが、賃金構造の中間領域に位置する大多数の人たちは賃金がさらに低下することを体験するだろう。
急激に上昇する不平等に及ぼす貿易の影響はそれぞれの前提によって結果が異なる。この検証においてロスニックは、通商協定が過去において不平等の増大にどれだけ貢献したかを論じた四つの異なる推算に基づいて、TPPの賃金に対する影響を外挿した。下記に示すグラフは彼の試算結果を示す。


四つの試算の何れにおいても、賃金の中央値(グラフの中央部)は低下する。ロスニックは次のように記述している。つまり、「貿易の賃金に対する影響は、どの想定に基づいても、この通商協定が実施されると大多数の労働者は給与の低下に見舞われるということだ。」 繰り返して言うが、本通商協定の経済成長に対する効果はほとんど無視しても差し支えないほどに小さい。
[訳注:上記の図中には10%から50%までの四つの想定が示されているが、これは何だろうか。そこで、原文[2]を覗いてみた。次のような関連説明がある。「2001年の試算によると、貿易の賃金の不平等に及ぼす影響に関して過去に行われた試算の結果は貿易結合度の全増加量の10%から50%の範囲にあることを示している。OECDの分析結果に基づいて行われた最近の試算では上記の範囲の下側、つまり、15%の辺りにあるようだ。」 このことから、図中のパーセントの数値は貿易が賃金の不平等に及ぼす貢献度を貿易結合度の全増分を10%から50%の間で振らせてTPPの影響を外挿した際に使用した四つの前提であることが分かる。]
このような現状 - トップにいる連中はパイの大部分を鷲づかみにし、残るわれわれはといえばその足元をさらわれる - は典型的な通商協定の実際の姿であって、より広い視野や知性を持ちながら交渉に当たるようなことはついぞないという単純な理由から来るものだ。むしろ、連中は経済的不平等と政治的不平等とが厳然と繋がっているという紛れもない事実をここに示すことになる。前に通商協定の交渉官を務めていたクライド・プレストウィッツはフォーリン・アフェアー誌に投稿して、こう述べた。『これらの通商協定の勝者はいつも株主たちだ。つまり、通商代表部における「選び抜かれた顧問たち」の大部分を占めるのはビジネス界の円卓会議の常連たちだ。彼らは、もちろん、この協定をうまく立ち上がるせるために必要となる資金の大部分を提供している。まさに、その所有者である。それ故、そこから何かを勝ち取るであろうことは明白だ。』 TPPの交渉官が秘密会議で何を議論しているかをつぶさに見ることができるのは彼らだけである。彼らだけは米国通商代表部がどんな交渉を行っているかを知ることができる。 
このことについては、これらの通商協定の支持者たちは、通常、見過ごしたり、無視してしまう。彼らは理想化された通商理論を振り回して、通商協定の拘束力がより大きくなると船舶を陸上に留めてしまうことになりかねない、と言う。完全無欠な世界においてはそういった理屈は一理あるだろう。しかし、現実の世界では、企業側のロビイストたちは、これらの通商協定を通じて、巨大企業に特有な、偏狭で収支だけにこだわった利害関係を国際的な法的枠組みに翻訳しようとする。これは比較的簡単に執行することができる国際法の分野だ。大多数の労働者、環境保護者たち、食の安全や公衆衛生、その他の団体はほんの短時間の懺悔をするような機会しか与えられないが、この事実は何ら驚くことではないだろう。強力な多国籍企業の収支にとっては、これは何の足しにもならないのだ。
この記事で最も賞賛すべき点は研究結果を報告した著者の視点にあるのではないだろうか。著者の関心は、TPPは一般大衆にとってどのような存在かという点に絞られている。当然のことながら、この視点はより民主主義的な経済を標榜する国民にとっては、その詳細説明はけっして欠いてはならないものだ。この論文によって、著者はこのもっとも基本的な問いかけに直接的にに答えてくれた。この点が非常に重要だと思う。TPPを擁護するために美辞麗句をならべるのとは違って、一般大衆への影響を直視しようとした著者の姿勢は政治的に健全だ。敬意を表したい。 

経済成長のためには、自由貿易が必要だと広く喧伝されて来た。TPPは経済成長のために存在するとの理由付けは、この情報によると、現実とはかけ離れた新しい神話となった、と言うべきだろう。いみじくも、上記の論文はTPPが締結された場合、2015年から2025年までの10年間の米国経済の成長率への寄与度はたった0.13%だと報告している。平均でみると、年間で0.013%だ。 

大多数の米国の労働者は家庭に持ち帰る賃金が低下する、と専門家の手によって率直に結論付けられたのだ。TPP推進論者はこれはあくまでも推算でしかないと言うかも知れない。通常、推算の結果は前提のとり方によってそれぞれ異なってくる。しかしながら、著者が述べているように、過去の四つの異なる前提で外挿してみた結果、どの前提を取り上げても、賃金構造の中間に位置する大多数の労働者の賃金は低下するという試算結果が得られたのだ。前提のとり方によって数値は異なるものの、大勢を示す傾向は四つとも同様な結果を示した。
 

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米国では今TPPに対する批判が草の根的に広がりつつある。私もそういった米国の状況をふたつのブログで紹介した。そのひとつは314日に掲載した「TPP反対を掲げる米国市民グループの動き」であり、二つ目は410日掲載の「TPP反対を掲げる米国市民グループの動き(その2)」だ。
あの時点からもう半年が過ぎた。今、米国では数多くの市民団体を中心にしてこのTPPが招くであろう弊害について議論が活発化している。特に、環境保護団体からの反対意見が多く、活発な様子だ。環境保護運動はすでに長い歴史を持っている。その中で、飲料水や食の安全、食品の表示内容といった具体的な安全基準や制度を勝ち取ってきた歴史を持っている。しかしながら、TPPにはISD条項という投資者側に圧倒的に有利な制度が含まれている。日本では、加工食品の表示義務のひとつとして遺伝子組み換え食品に関する表示義務がある。
これらの市民運動が8000人を超す逮捕者を出すに至った2011から2012年にかけて盛り上がった「ウオール街占拠運動」を上回ることになるのかどうかは予測する術もないが、活発な議論が続いていること自体はむしろ歓迎すべきことではないだろうか。今盛り上がりを見せているこの草の根運動はTPP交渉をあまりにも極端な極秘裏のもとで推進してきた政府に対する「ツケ」だとも言えようか。
このような市民運動が活発化する中、市民運動に関する最近の記事[3]をひとつ紹介したい。この記事の前半は米国の政治機構は機能不全に陥っているとの総論を述べ、各論ではシリア紛争、オバマ大統領が行った国連での演説、警察国家に傾斜する現状、連邦政府の予算が宙に浮くかも知れないという懸念、労働運動の最近の動き、等を論じている。
後半ではTPPに関して論じている。そこで、この後半部分を仮訳して、下記に段下げして示したいと思う。

....民主党は新自由主義を支持していると人々は見ている。民主党員は国有林を民間の手に移し伐採し、教育基金を削ろうとする与党の方針に加わろうとしている。フェインシュタイン上院議員の夫はわれわれの公共財産を売る仲立ちをしている。これは公共の郵便局についての話であるが、彼は自分の友人たちに郵便局を安く売って、われわれの公共財産で私腹を肥やそうとしている。

一方、明るい面は人々が自分の考えを述べ、皆の関心を呼び起こし、行動を起こすにつれて、その運動は大きくなるだけではなく、権力構造が分断されていくことだ。民主党内では権力の分断が起こりつつある。オバマ大統領の社会基盤を蝕むようなウオール街寄りの思考や市場主導型の政策にはついて行けない人たちがいる。 

特に、 新自由主義政策の親とも言うべき、3年間も極秘裏に交渉が続けられてきたTPPに対してはこの趨勢が続いて欲しいものだ。これは巧みに操作された多国籍企業のための通商条約(その名前には受けを良くする目的で「自由貿易」という言葉を使っているが)であって、国内経済を推進するためには殆ど役には立たなず、むしろ、経済の邪魔になり経済を不平等にするような間違った政策が数多く追加される。経済政策研究センターが発表した研究結果によると、TPPに関して驚くべき指摘がされている。(1)経済に対する影響は殆どゼロに等しく、国内総生産に対する寄与はたったの0.1%であって、(2)大多数の米国人にとっては負の効果しかなく、90%の労働者の賃金は低下する。このTPPは中流クラスを低迷させ、競い合って賃金の低下を招き、富の配分においてはトップとの乖離をさらに拡大させるものだ。

交渉の終わりが近づくにつれて、議会が審査を行う(審査が行われるとTPPに対しての抵抗が増加することだろう)前に大統領が署名をすることができるよう、大統領は議会に対して「早期一括交渉権」を付与するように求めるものと推測される。メイン州では、州議会の下院は「早期一括交渉権」を全会一致で否決した。下院議員のシャロン・アングリン・トリートは広範で超党派的な反対運動が起こっていると見ている。労働者のためには何の利益にもならないTPPの秘密交渉が存在する中、ウオール街占拠から2周年を記念する抗議に焦点を当てながら、「通商協定にも正義を」と訴え、占拠行動を推進するアダム・ワイスマンはTPPを「反占拠協定」、「1%による権力把握」と称している。

ワシントンDCでは、労組連合や環境保護主義者ならびにパブリック・シチズンは金曜日にTPPに反対する抗議行動を組織化した。その一方、主席交渉官たちは建物の中でこの協定について議論をしていた。この週末には、「TPPを洗い流す」という組織行動(この記事の二人の著者も参画)によるTPP勉強会が組織され、活動家たちはある連邦政府ビルに向けて「光を投影する」パフォーマンスを演じた。そして、月曜日、抗議行動はさらに激しくなって、米国通商代表部のビルに4本の大きな垂れ幕がかけられた。これは極秘裏に進められてきた交渉に対する抗議だ。ワシントンポスト紙はこれについて「ゲリラ劇場...のデモは過去最高の出来にランクされるかも」と述べた。火曜日、活動家たちは「列車事故の早期一括交渉をするな」と名付けられた大行進を行った。ホワイトハウスから行進を開始し、米国通商代表部、世界銀行、米国商工会議所を経て、ビジネス街を通過、米議会でその行進は終わった。 

秘密主義の下で交渉が行われている協定の内容について一般大衆がより多くのことを理解し始めると、TPPに対する抗議はさらに継続することになる。今週、環境問題としてもっとも熱を帯びているふたつの情報が公開された。水圧破砕法とタールサンドについてである。TPPは石油・ガス産業が破砕法やガス輸出に対する地方の反対をうまくかわしてエンドラインを突破させてしまうかも知れない。米国通商代表部のマイク・フロマンは、タールサンド業界に対する規制はすでに不適切なレベルにまで緩和されているにもかかわらず、それをさらに緩和しようとしている。

環境問題における公正さを標榜する活動家たちは、エネルギーの極端な発掘を阻止するために彼らが今まで積み上げてきた業績がTPPによって覆されてしまうのではないかとの懸念を抱いて、TPP阻止の運動に参加している。もしオバマ政権がキーストーンXLパイプラインを承認するならば、市民としての服従の義務を放棄するとしている。その数は75,000人にも達した。そして、彼らはオバマ大統領に宛てて今週手紙を送りつけるとのことだ。

近年、環境問題の正義を求める活動は活発化してきた。特に、今年の夏、その傾向はさらに強まった。この数週間、この国の方々で抗議行動が行われた。多様な戦術が採用されたが、それらの事例を幾つかをここに示そう。ネブラスカ州では、キーストーンXLパイプラインの設置が予定されている土地のど真ん中で再生可能エネルギーだけが供給される納屋を建設。モンタナ州では、活動家たちが石炭を搬出する貨物列車を止めた。ワシントン大学では、学生や活動家たちは化石燃料以外に対する投資を目標のひとつに設定した。これは国際運動ともなっており、ロシアにおける抗議行動にも見られ、ロシア政府からは厳しい対応があった。また、今週、エクアドルでも抗議行動が行われる。 

気候変動に対して有効に取り組むには、企業を意識した政党からは独立した、強力な環境保護運動が重要である。ナオミ・クラインは大手グリーン団体と草の根的な環境保護団体との間で乖離が起こっていると見ている。確かに、大手グリーン団体は気候変動問題の存在を否定する連中よりも大きな弊害を与えている、と彼女は言う。あるグリーン団体と民主党との間に存在する堕落した連携を物語る一例として、環境を破壊しつつあるカリフォルニア州知事に賞を与えようとする「ブルーグリーン連盟」を挙げることができる。この動きには抗議が沸き起こることだろう。この大手グリーン団体と民主党との連携は、事実、現状を維持しようとする権力構造のためには必要不可欠な要素なのかも。一般大衆の抵抗運動が成功を収めるには、これらの団体を分断し、人々をその団体から引き離し、われわれの抵抗運動へ向かわせる必要がある。 

ポスト・カーボン・インステイチュート[訳注:これはシンクタンクのひとつで、気候変動、エネルギーの枯渇、過剰消費、経済などの問題に関する戦略や分析を行っている]によって作成されたこのビデオはわれわれの現在の生活はどうして継続することが出来ないのかを説明している。化石燃料の入手可能性は低下するばかりであり、その採掘手法は破壊的になる一方である。われわれは生活の在り方を変更しなければならない。そして、この変更は前向きなものにすることも可能だ。現在進行中の危機的状況はわれわれを今まで以上に政治的に活性化し、新しい解決策を模索するために団結して取り組ませている。たとえば、ガー・アルペロヴィッツが「経済を民主化させるために誰でも出来る10個の手法」に記述したような解決策だ。事実、これは今起こりつつある。共同組合は多国籍企業よりも多くの人員を雇用している。われわれの活動に参加して欲しい。人々は挑戦している。人々が主導し、自分たちが住みたい世界を創造する時だ。

米国で展開されている草の根活動に関する数多くの記事を目にして、私は圧倒される思いに襲われた。環境保護のためにデモに参加する人たち多くは立ち入り禁止の施設内へ入り込んだといった理由、あるいは、他の理由で逮捕されることが多い。 

 

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ブタ箱へ放り込まれることを覚悟の上でデモに参加する人たちはどんな人たちであろうか。 

ある解説によると、失業率がもっとも多い20歳代前半の高校や大学を卒業したけれども働く職場に恵まれない人たちが多いのだと言う。今、米国では20歳代前半の失業率は非常に高く、米国労働省が820日に発表した直近の統計値によると、20137月の若者(16歳から24歳)の失業率は14.8%と前年同月よりも多少改善した。[注:この数値は経済の停滞状態が続く日本のそれの2倍近いレベルだ。] 人口構成的に見ると、女性の失業率は14.8%、男性は17.6%、白人系は13.9%、黒人系は28.2%、アジア系は15.0%、ヒスパニック系は18.1%とのことだ。若い時に職に就けないと、専門的な知識や技能を身につける機会を失いがちだと言われている。長期的には、このような状況は社会にとっても大きな損失となる。 

上記に示したように、TPPの実施によって米国の中間層の労働者の賃金は低下するだろうとの研究結果が最近報告された。そして、高額所得者と一般大衆との間の富の配分がさらに乖離することも併せて報じられた。その上、経済成長にはほんの僅かしか貢献しないと報告されてもいる。TPPは一般大衆にとってはまったく利点がないのだ。賃金の低下はもとより、働く職場に恵まれない若者たちの不満は高まるばかりである。 

一昨年、一般大衆の不満が爆発し、多国籍企業に対する抗議行動が「ウオール街占拠」という象徴的な掛け声の下で全米を襲った。富の配分における1%99%の社会的構図が浮き彫りにされた。約1年ほど続いたこのデモでは、8000人以上もの逮捕者が出たと報告されている。発展途上国に対しては常に民主主義や人権の尊重を説き続けてきた米国内で反対意見の表明に対する弾圧が起こったのだ。 

この「ウオール街占拠」で示されたスローガンは、新資本主義経済の下では、避けては通れない社会的な歪を反映したものだと言えよう。日本でも製造業各社が賃金の低い海外へその製造拠点を移し、ビジネスを存続させようとしている。その結果、日本では産業の空洞化が継続している。そして、賃金構造は正規社員と非正規社員との間で二分され、非正規社員はより安価な労働力の供給源としての役割を課せられている。個人的な見方ではあるが、この趨勢はまさに米国が今まで辿ってきた経済発展の軌跡と同じであると言えるのではないか。 

このブログにとっては蛇足になるのだが、日本について言えば、ひとつ気がかりな点がある。日本では、米国のCERPが行ったように、日本の労働者の賃金に与えるTPPの影響は数値的に把握されているのだろうか。残念ながら、素人の私には即座に回答することはできない。日本の国益を考える時、日本の社会にTPPが与えるかも知れない影響や歪を検証しないままに素通りすることはできるものではない。上記のCERPの報告書は米国の労働者ばかりではなくわれわれ日本人をも目覚めさせる何かを持っているように思える。 

ところで、来年の2014年は米国の中間選挙の年である。賃金構造の中で中間層を占める大多数の選挙民は来年の中間選挙ではどのような行動をとるのだろうか。再選を狙う議員たち、あるいは、始めての議席を狙おうとする人たちは選挙民の願望をどのように受け止めるのだろうか。考え得る最大の番狂わせは、オバマ大統領はTPPに関する早期一括交渉権を来年の中間選挙を意識する議会からは得ることもできず、年内のTPPの締結は流産し、民主党は下院で過半数を取れない、といった道筋ではないだろうか。
先月、シリア空爆という米政府の提案に関しては、世論調査を見ると過半数がそれに反対しており、下院の賛同は得られそうもないとオバマ政権は判断したようだ。もし、下院での投票を強行していたならば、下院での議論は大統領の罷免にまで発展して行ったかも知れないという観測さえもあった。あれは、米国で胎動し始めた何か大きな政治的動きの始まりなのかも知れない。州議会のレベルでさえも、上述のように、メイン州では大統領の早期一括交渉権が否決された。本ブログに掲載する米国全土で広がっているTPP反対の草の根運動はいったいどこまで展開し、どこまで深化するのだろうか。
折りしも、新たな会計年度が始まったにもかかわらず、今のところ(1010日)、米国議会は予算を決定できないままとなっている。これも、今までの政治をその延長線上に位置させ続けることはもはや不可能となって来たことを示しているのではないか。米国の社会には大きな変化をせざるを得ない変曲点が現れつつあるいうことかも知れない。
これから来年の後半にかけて、米国の政治的な動きや変化からは目を離せないような1年となりそうだ。米国がくしゃみをすれば風邪をひくかもしれない日本のことを考えると、米国の動きは注意深く観察を続ける必要があると言える。 

 

参照:
注1: Economic Study Finds TPP Would Have Tiny Impact on Economic Growth but Continue to Expand Wealth Disparities: By Joshua Holland, www.billmoyers.com,
Sep/23/2013
注2Gains from Trade?  The Net Effect of the Trans-Pacific Partnership Agreement on U.S. Wages: By David Rosnick, Center for Economic and Policy Research, Sep/2013 

注3People Across America Are Waking Up to the Effects of ‘Disaster Capitalism’ -- a Much Better Way of Life Is Possible: By Kevin Zeese, Margaret Flowers,
Information Clearing House - Alternet, Sep/30/2013, www.alternet.org/.../people-across-america-are-waking-effects...

 

 

 

 

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