2014年8月4日月曜日

MH17便の撃墜:米国・キエフは失敗した自作自演工作を隠ぺい ― 必読(その1)


私の最近のブログは、この3月以降、ほんの幾つかを除いては、ウクライナ情勢一辺倒になってしまった。そして、マレーシア航空MH17便がミサイルで撃墜された後、好むと好まざるとに拘わらず、この傾向は強くなるばかりである。少なくとも、私個人の意識はすっかり占領されてしまったかのようだ。 

そんな中、最近、非常に興味深い記事 [1] に出合った。 

私自身が扱ってきたブログの内容はウクライナ危機に関する個々の要素ばかりだ。また、その範囲も非常に限られている。一方、今回目に留まったこの記事は多くの重要な要素で構成されており、その全体像をさまざまな方角から俯瞰することが可能だ。この点が非常に秀逸であり、われわれ素人にとっては大変有難い。また、非常に重要な点として、本記事の著者は「われわれの目的はでき限り真実に近づくことだ」と述べている。欧米の大手のメデアでは一方的な筋書きだけが恣意的に喧伝されている中、この姿勢は貴重であり、頼もしい限りである。

また、「証拠を吟味した結果、すべての指標はこのMH17便の撃墜は高度な連携の下で実行されたこと、それが自作自演だったこと、そして、それが見事に失敗したことを示している」との結論を述べている。
そして、その自作自演作戦を支えているのは大手のメデアである。この引用記事を読むと、メデアの持つ役割がとてつもなく大きいことを嫌と言うほど思い知らされる。また、その巧妙さには驚くばかりである。
ということで、今日はその記事をご紹介しようと思う。 

ただ、ウクライナ語の地名がたくさん出てくるが、主要な地名を除き、それらはカタカナ表記にはせずに、原文の表記通りのままに残している。この点をご了承願いたい。 
 

<引用開始> 

今週の月曜日 [訳注:721] までは、2014717日に起こったマレーシア航空MH17便の撃墜は世界規模の地政学や新たな冷戦の形勢を一変させる潜在性を秘めていた。 しかしながら、クレムリンにとっては面白いことが起こった… 本報告書では、われわれはMH17便に関して広範な情報やデータに基づいた事実を拾い集めてみたいと思う。また、われわれは事故以降米国やヨーロッパに本拠を置くメデアを埋め尽くした「証拠の山」に関する論評をワシントンとキエフの両政府に贈呈しよう。われわれ「21WIRE」は数多くの寄稿者から支援を受けて、英語圏のメデアから得られる参照文献に基づいて本報告書を作成した。また、ロシア語やウクライナ語のメデアから翻訳された資料や歴史上の記述等も文脈を補うために活用した。われわれの目的はできる限り真実に近づくことにある。多くの新事実は自明ではあるだろうが、世論を担う皆さんにはこの重要な出来事に関して自分自身の結論を導いて欲しいと思う。この出来事を巡っては他にも良く知られた異常な事柄があるが、それらは、MH370便との関係も含めて、われわれ「21WIRE」がカバーしたが、本調査のためにわれわれは事実だけではなく、米国、ウクライナ、ならびに、ロシアによって提供された不確かな情報に基づく推測に対しても焦点を当てることにしたい。下記にわれわれが明確に証明しているように、目下、野蛮な謀略論だけがゴリ押しされており、これらは米国務省とウクライナのキエフ政権から発せられたものばかりだ。そして、CNNBBC、ならびに、FOXニュース、ABCCBSNBCがオウム返しのように繰り返すばかりだ…

戦争の瀬戸際
今週の月曜日 [訳注:721] の朝は米国の国務省にとっては決して心地よい朝ではなかったのではないか。ロシアの高官がMH17便の最後の数分間について記録した衛星画像や航空管制データを公表し、世界中のメデアに向けてライブでテレビ放映を行い、これがワシントンとNATOを驚愕せしめたのである。その内容は717日以降ワシントンとキエフの両政府が西側のメデアを通じて流布していたものとは対照的な結論を描いており、これらのデータはまったく違う全体像を提示したのだ。この提示の後、モスクワ政府は自分たちの知見、つまり、航空機の経路に関するデータや時刻を記入した衛星画像を欧州政府にも提出した。われわれは本報告書の中でそれらの知見を詳細に吟味しようと思う。それとはまったく対照的に、米国の高官らはこうした作業を何もしようとはしていない。ワシントン政府は果たして客観性のあるデータや証拠を国民と共有しようとする意志を持っているのだろうか? あるいは、717日の当日抱いていた筋書き(ウクライナ東部の反政府派とロシアとが悪者という構図)とどうにか合致する情報だけを共有したいとでも言うのだろうか?
米欧の政治の指導者やメデアは十分な時間を費やして、「メデアの共鳴箱」の周囲を跳び回っている情報をただ単に繰り返したり歪曲するだけではなく、すべての入手可能な情報を考慮に入れて判断して欲しい。また、誰が動機を抱いていたのか、誰が旅客機を破壊する手段を持っていたのか、そして、このような国際的な事件からいったい誰が一番得をするのか、等を特定するに当たっては、この事件が起こった地政学的な文脈を理解することが決定的に重要だ。
証拠を吟味した結果、すべての指標はこのMH17便の撃墜は高度に連携された環境下で実行されたこと、それが自作自演であったこと、そして、それが見事に失敗してしまったことを示している。
MH17便が辿った運命の飛行経路
マレーシア航空の広報担当者は、キエフの管制当局が、それが何故かは不明であるが、「L980」として知られている当初の飛行経路から外れて飛行するように指令を出していたことを認めている。
十中八九、この命令はMH17便が まだポーランドの空域を飛んでいた頃に出されたものだろう。L980は世界でももっとも良く知られた経路のひとつであり、もっとも混雑する経路でもあって、ロンドンのヒースロー空港やアムステルダムのスキポールならびにフランクフルト等のヨーロッパのハブ空港とシンガポール、ムンバイ、香港、クラルンプール、等のアジア圏の目的地とを結ぶ重要な役割を担っている。  

Photo-1MH17便の飛行経路
MH17便がウクライナの空域に入ると、同便はキエフの管制塔から約200マイルも北側に移動させられた。こうして、新しいコースを辿り、内戦が続いている空域へと真っ直ぐに向かった。この空域は非常に危険であることはすでに知られており、最近の3週間だけでも軍用機が何機も撃墜されている。

民間機の操縦士であり、「Aviation International News Safety」誌の編集長を務めるロバート・マーク氏は、マレーシア航空のアムステルダム発クアラルンプール行きの便は、今回MH17便が経路を変更して飛行した新しい経路に比べると、はるかに南側を飛行するのが普通だと述べている。マレーシア航空の全便の飛行記録はこちらで確認することができる。
BBC 717日に次のように報道した - キエフの消息筋がインターファックス・ニュースに語ったことによると、ウクライナのSBUセキュリテイー・サービスはウクライナ管制官と悪運に見舞われることになった航空機の乗員との間で交わされた会話の記録を押収した。
独立した調査を専門とする人たちはMH17便と交わされた管制塔の音声の記録がキエフ政府によって押収されたらしいことに懸念を示している。透明性が失われたことに関して何らの説明もなく、この非常に大事な証拠の隠ぺいに関してワシントンからはひと言の言及もない。
飛行経路を変更せよとの命令はウクライナ政府から出されたのだろうか? 操縦士は飛行経路の変更を指示されたのだろうか? ここで確かなことは、飛行経路の変更命令はユーロコントロールから出されたものではなく、むしろ、それはキエフの管制塔からだ。
手掛かり: 英国のメデアが「悪天候」を理由にして干渉。
事故の直後、英国のニュース報道は、何らの証拠を挙げることもなく、MH17便はウクライナの「南部に発生した雷雨を避けるために」飛行経路を変更したと伝えた。また、これは同時にウィキペデアにも記載された。オランダ人のニコ・ヴウバッハは全欧コックピット協会の議長を務めており、この種の話を持ち出すことで知られた人物でもある。ヴウバッハは、ガーデアン紙には「MH17便は、雷雲があったことから、夕立を避けるために飛行経路を変更したと聞いている」とさり気なく告げて、この作り話を流した。
ここで、問題が発生した。マレーシア航空が直ちにMalaysia Newsでこれに反論したのだ。
マレーシア航空の運航担当重役であるイズハム・イスマイル機長は悪天候がMH17便の飛行経路に変更をもたらしたとする主張に反論した。「悪天候が理由だとする報告は操縦士からは聞いてはいない」とイズハム氏は言う。
しかしながら、重要なことは西側が飛行経路の変更が成されたということを認めている点だ。このことは、この「悪天候」説はNH17便が実際に内戦の空域に導き込まれたという事実から気をそらせ、曖昧にさせようとする作り話であることを示唆している。 
Global Research がこの混乱し切った問題を解明
「今回墜落事件が起こったウクライナの空域はヨーロッパからアジアへ向かう便で一般に使用されている。MH17 便の事故当時、他の航空会社の便も同じ経路を飛行していた。前の日や前の週についても同じことであって、他の国の航空会社のいくつもの便が飛行していた。ウクライナを横断して飛行したこれらの便も含めて、ユーロコントロールはヨーロッパの空域を通過した便のすべてを記録している。」 
この発言が認めている点は何かと言うと、MH17便の「通常の飛行経路」は毎日のように東部ウクライナを通過して飛行する150何便かの国際便と同じであるということだ。マレーシア航空によると、「アゾフ海を通過する通常の飛行経路は前から国際民間航空機関によって安全であることが宣言されていた。」 国際航空運送協会は同機が通過していた空域は何らの制約も受けてはいかったと表明した。(承認されていた経路を下図に示す。) 
MH17便(ならびに他の国際便)の通常の飛行経路は717日(事故の当日)以前の10日間にわたって東部ウクライナを横切っていた。これはアゾフ海を横切るものであって、この経路はより南寄りの方向に飛行する。
Times of India紙はこう報告している。「ミサイル攻撃による撃墜の数分前、インド航空の操縦士は管制官がマレーシア航空のMH17便には通常はジグザグの経路となるのだが、直進経路を取るようにと指示したことを傍受している。このジグザグ経路は地上のひとつの航空補助標識から他の標識へと飛行することから生じる。直進経路は燃料や時間の節約になり、操縦士は大喜びだ。でも、この場合は死につながってしまった」と、航空会社の事情通が述べた。  

Photo-2: 717以前の10便の飛行経路
事故
致命的な事故がモスクワ時間で17:21:28から17:22:30の間に発生した。墜落の正確な時刻は午後523分であった。最後の地理的座標はFlight Radar24にて入手可能。

気象と視界の要素
キエフの航空管制官はMH17便をウクライナ東部のドネツク上空の「危険な空域」へと誘導したばかりではなく、同便を目視し易くした。
オンラインの気象データは717日のウクライナのドネツク地域に関しては入手できないが、墜落やその後の現場の様子を記録した数多くのビデオによって当時の状況は明白である。曇りで、どんよりとしていた。雲の層を超えると視界は広がっていた。同便が飛行していた高度、約33,000フィート(10,000メートル)ではSAMミサイルが発射されたとワシントンが言い張る反政府派が居る地域では地上から同便を目視できなかったであろうことから、この要素は非常に重要である。キエフの管制官は何故MH17便に、同機の墜落の直前に、35,000フィートから33,000フィートへと高度を下げさせたのかは何もはっきりとは言えないが、地上の比較的狭い地域を占拠している反政府派のミサイル部隊(ブク・ミサイルを所有していたとの想定の下ではあるが)にとってはMH17便を目視し、1~2分間という短い時間枠の中で目標を捉えなければならない。この可能性はほとんどゼロに近かったのではないか。
Los Angeles Times紙の報告
「マレーシア航空MH17便は、航空と諜報の専門家によると、ウクライナのドネツク上空でミサイルによって撃墜された時は制限空域の丁度1,000フィート上空を飛行していた。」
「ウクライナの東部では軍用機の撃墜といった暴力が進行してはいたものの、ウクライナの航空担当の高官は高度が32,000フィート以下の空域だけを閉鎖していた。」 
本日までのところ、マレーシア航空のMH17便が何故このように経路を変更したのかに関して、キエフ政府はその事実を認めようとも、それを説明をしようともしてはいない。それにも増して、インターファックス・ニュースは、ウクライナのSBUセキュリテー・サービスは事故の直後に [訳注:この「直後に」は「直前に」の間違いだと思われます] ウクライナの管制官と乗務員との間で交わされた会話記録は押収されたと伝えている。
全ては「不幸にも偶然の一致だった」と言い切れる可能性は、航空活動のデータや墜落の直前にウクライナ空軍のSu-25ジェット戦闘機が墜落機の近傍を追跡飛行していたことをキエフ政府が否定した事実、等を念頭に入れると、ほとんどゼロになる。(下記の「近傍に居た航空機」を参照されたし。)
反政府派が目標を捉える時間枠は非常に小さい
MH17便が「反政府派の地域で」撃墜されたことに関しては米国やそのメデアは非常に多くの機会に取り上げたが、上述の区域が実際には如何に狭い地域であるかを理解している人はごく少数である。キエフとワシントンは反政府派の「ブク」SAMミサイル部隊がジェット旅客機を撃墜したと言い張ってはいるが、ウクライナ軍は反政府軍の区域をすでに孤立化していた。この反政府派が占拠している区域の実際の大きさは、MH17便がHorlivka上空の南東方向への経路に近づいてきた時Snezhnoye (Snizhne)方向に広がる反政府派の区域はたった50マイル程度に過ぎない。580マイル/(933 キロ/)の速度で飛行中のMH17便を発射地点から目視できるのは非常に短時間であって、たった1分強であろう。(もしキエフ政府がMH17便に経路と高度を変更するように求めていなかったとしたら、まったく見えなかったかも。)ジェーンズ年鑑によると、疑惑の的となっているSA-11NATOのコード・ネーム)または「ブク」ミサイルは稼働状態に設定するのに5分を必要とし、目標を照準に収め発射するまでの「反応時間」として22秒が必要だ。Grabovo 周辺の反政府派地域の上空を飛ぶMH17便を目視できる時間はたった70秒間であることから、同便がその区域上空に入るずっと前から同機を追跡していた場合や近傍の空域にいる他の軍用および民間の航空機とは区別することが可能であった場合を除いては、反政府派が撃墜したとするワシントン政府の理論やキエフ政府が発した非難の根拠はさらに弱いものとなる。
これらの要素を考慮すると、MH17便の追跡はこの特定の反政府派の地域の上空で同旅客機が見えていた70秒間よりもずっと以前から計画通りに実施されていたに違いない。その可能性は非常に大きい。
 

ロシアの衛星データとその公開
この月曜日 [訳注:721] に、ロシア政府はほとんどすべての大手のメデアを前にして航空活動のデータや衛星画像を公表した。これらはすべてが検証可能なデータであり、データの作製や送付の日時を示すスタンプが付されており、添付資料付きだった。提示されたすべての情報は欧州政府にも提出された。この情報から導かれる結論は控えめに言っても驚くばかりである。この情報が公表されたにも拘わらず、英米のメデアは下記のような内容を折り返し報道した。
MH17便の撃墜の数分前、旅客機は、元の経路に復帰しようとしたり、モスクワ時間でおよそ午後520分頃にはドネツク上空で不思議な「右旋回」を行い [訳注:この「右旋回」は「左旋回」の間違いだと思われます]、急激に14キロ程経路から外れた。同機は高度を落とし、午後523分にレーダーから消えた。われわれが前にも指摘したように、キエフの管制官はMH17便を200マイルも北側に導き、目標の空域に移動させた。ここで、ひとつの質問が浮かんでくる。キエフの管制塔もこの最後の段階の致命的な航路の変更に関与していたのだろうか? あるいは、この普通では考えられない旋回には何か別の理由があったのだろうか?(後述の「不思議な左旋回」を参照されたい。) 
提供された鮮明な衛星画像によると、716日、ウクライナ軍は3~4基の「ブクM1SAM対空ミサイルをドネツクの近所に設置した。これらの装置には発射、装填、電波探知の各ユニットが含まれ、MH17便の墜落現場となった場所の近くに設置された。ひとつの発射装置はルガンスクの北西8キロに設置された。それに加えて、これらのウクライナ軍のミサイル発射装置用の電波探知装置はドネツクの北5キロに位置していた。墜落の当日、717日、これらの発射装置はShahktyorsk の南8キロの地点へ移動した。そればかりではなく、他のふたつの電波探知ユニットもすぐ近傍に設置されたことが確認できる。これらのSAMミサイル装置の射程距離は35キロで、高度は25キロである。
MH17便の撃墜後、18日から、キエフの「ブク」発射装置はその発射地点から移動した。
反政府軍とは違って、ウクライナ軍は高高度を飛行するジェット機を撃墜する能力を持った「ブク」ミサイルを27機も所有しており、科学捜査用衛星画像によると、少なくとも3基の発射装置がこの悲劇が起こった当日ドネツクに配備された。しかしながら、ワシントンとNATO軍はこれらの発射装置がMH17便に照準を合わせた可能性に関しては何らの調査もしようとしない。
公式ビデオはこちらでご覧を:
これは完全に決定的証拠である。何故ウクライナ軍はこれらの地対空SAMミサイル発射装置を716~17日にウクライナ東部の奥深くへと移動させたのだろうか?反政府派は航空機を所有してはいないことが良く知られているというのに… 予想通り、米国とキエフはこの難しい質問には答えてはいないが、多分、その理由は見え見えだ。
加えるに、ウクライナ軍のドネツク近傍での電波探知局は9カ所にあって、それらの活動振りは16~17日に最高水準となった。18~19日には4カ所に縮小された。もしも反政府派がMH17便に向けて「ブク」ミサイルを発射していたとすれば、反政府派の電波探知信号が当日明らかに傍受された筈であり、検証も可能な筈だ。しかし、傍受されてはいないのだ。 

Photo-3 :
 ウクライナ軍の電波探知局
<引用終了>

個人的な感想としては、この報告書には新しい情報が多く収録されている。しかも、詳細に記述されている点が実にいい。
ここに引用した部分はMH17便がどのように航路を変更したのか、あるいは、変更させられたのかが詳しく報告されている。通常の航路から200マイル(320キロ)も北側にそれた理由は内戦が進行しているウクライナ東部の上空を通過させ、そこでミサイル攻撃によって同機を墜落させるという筋書きにあったと言える。そして、最終的にはそれをロシアのせいにするという筋書きだったようだ。
このような仕掛けは「自作自演」作戦とか「偽旗」作戦と呼ばれ、戦争を勃発させようとする側は昔からこの種の非掛けを行ってきている。このことは歴史書を紐解けば明らかだ。日本の旧帝国陸軍も決して例外ではない。しかし、もっとも豊富に自作自演作戦の歴史を持っているのは、やはり、覇権国として世界に君臨してきた米国ではないだろうか。その米国が今ウクライナ政府の背後についている。ロシアにとってはこれほど危険な状況はない。
 

参照:


 

 

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