貿易戦争、通貨戦争、経済戦争、金融戦争、情報戦争、司法戦争、ハイブリッド戦争、サイバー戦争、経済制裁、冷戦、軍事的侵攻、等々、米国は覇権を維持するためにありとあらゆる対外政策を実施し、尽きるところがない。しかしながら、それぞれの施策がその目的に合っており、成果を挙げるかどうかはまったく別の議論であるかのようにも見える。なりふり構わずという感じだ。
歴史を振り返ると、そういった状況は覇権国が衰えを見せ始めると決まって起こるようだ。
最近、「グローバルな経済戦争をし、それに失敗するワシントン政府」と題された記事
[注1] が目に留まった。中でも、ドイツ銀行に対する米国の経済戦争については非常に興味深いものが感じられ、その深層を少しでも多く知りたいと思う。
まず第一に、私自身がその方面については十分な知識を持ち合わせてはいないことからこそ新鮮に感じたという面があるのは事実であるが、そもそもEUは米国の政策を支えてくれており、ドイツはEU経済を左右する大国である。こともあろうに、そのドイツの最強の銀行を相手に米国は経済戦争を吹っ掛けたのである。言わば、これは仲間内の戦争だ。
ある識者の論評によれば、基本的には、米国はロシアとEUとが友好的な関係を築き、両者が共に繁栄することは好まないという。何故かというと、ユーラシア大陸にダントツの経済圏が形成され、それが繁栄すると、結果として自国の覇権が脅かされる危険性があるという論理だ。この図式に基づいてNATOの対ロ行動を観察すると、「なるほど」と合点する思いがする。つまり、EU諸国を巻き込んだロシアに対する米国主導の経済制裁やウクライナ内戦は結局は米国の覇権を維持するための行動であるとして見ると、一段とはっきりした全体像が浮かんでくる。
本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。
<引用開始>
Photo-1
初出は The James Petras
Websiteにて。
はじめに:
過去20年間に米国は少なくとも9ヵ国に対して直接的に、あるいは、その地域の同盟国や代理国家を介して経済戦争や軍事的侵攻を行って来た。米空軍や地上軍はアフガニスタン、イラク、パキスタン、リビア、ソマリア、シリア、イエメンおよびレバノンを空爆し、侵攻した。
最近、ワシントン政府は比較的弱小な国だけではなく、経済大国に対してさえもグローバルな規模の経済戦争を展開している。もはや、米国はその好戦的な衝動を中東や南米および南アジア地域だけに限定しようとはしない。つまり、米国はアジア、東欧、中欧、湾岸諸国の強国に対してさえも貿易戦争を宣戦布告しているのである。
米国の経済戦争の目標としてはシリア、イエメン、ベネズエラ、キューバ、ウクライナのドンバス地域と並んで、ロシア、中国、ドイツ、イラン、サウジアラビアといった経済大国さえもが含まれる。
軍事的侵攻と経済戦争との間の境界はますますちっぽけなものとなって来ている。米国はひとつの戦争形態から他の形態へと頻繁に行き来する。特に、経済制裁が「政権転覆」に功を奏しないと判断される場合には、破壊的な軍事的侵攻へと切り替える。イラクの場合がその好例である。
本稿では、われわれはワシントン政府が行っている経済戦争の底流に見られる戦略や戦術を吟味し、その成功や失敗の例、相手国についてだけではなく全世界の安定に影響する政治的・経済的な結末を吟味してみることにする。
ワシントン政府の経済戦争と世界の大国:
目標とする敵国に対してだけではなく、長年の盟友に対しても経済戦争を行う場合、米国はさまざまな武器を使用して来た。
同盟国と位置づけられていたふたつの国、ドイツとサウジアラビアがオバマ政権と米議会からの攻撃を受けた。これらの国の金融システムと海外保有資産を狙ったもので、いわゆる「合法的」操作によるものだ。主権国家に対するこの種の攻撃は注目に値するだけではなく、向こう見ずでさえもある。米司法省は、2016年、ドイツの著名な国際的に活躍する「ドイツ銀行」を相手に140憶ドルもの罰金を課した。その余波を受けて、ドイツの株式市場は混乱状態に陥り、同銀行の株式は40パーセントも下落し、ドイツの金融システムを不安定化させた。
同盟国の主要銀行を攻撃するというこの前例のない出来事は欧州委員会がアップル社に対してアイルランドで130憶ドルの課税をすることにドイツが支持したことを直接的に報復するものであった。ドイツの政治およびビジネス界の指導者らはこのワシントン政府の法律論的な美辞麗句、つまり、米国の多国籍企業による脱税と資金洗浄を防護しようとするオバマ政権の報復処置を直ちに退けた。
ドイツ国会の経済委員会議長は、ドイツ銀行から大金をゆすり取ろうとする米国のいまいましいばかりの試みには経済戦争が持つすべての要素が包含されていると指摘した。「ワシントン政府は、自分たちの経済に利することであるならば、あらゆる機会を捉えて貿易戦争を行う長い伝統を持っており、ドイツ銀行に対する不当に高額な損害請求は懲罰行為のいい例だ」と指摘した。
ロシアとか中国あるいはイランといったドイツの主要な輸出相手国に対する米国の経済制裁はドイツの巨大な輸出国としての地位を脅かす戦術に他ならない。話がシリアやアフガニスタン、イラクに対する米国の戦争になると、皮肉にも、ドイツは依然として「価値のある同盟国」なのである。しかし、これらの戦争はヨーロッパに難民を送り出し、政治的・経済的・社会的な枠組みに大混乱を招き、同盟者であるアンゲラ・メルケルの政府を転覆させるかも知れない。
米議会は湾岸地域においてはもっとも近しい同盟国に対してさえも経済・司法戦争を開始した。
米議会はイスラム教徒によるテロ、特に2001年9月11日に起こった同時多発テロに関して米国の犠牲者らに対してサウジアラビア政府を相手取って告訴をし、同国の海外資産を差し押さえることができる権利を与えたのである。これには同王国が所有する膨大な政府系ファンドが含まれており、サウジアラビアの主権を恣意的に、しかも、見え透いた形で侵害した。これによって経済戦争のパンドラの箱が開けられ、テロの犠牲者が米国さえも含めてテロを支援する国家を相手に告訴する道が開かれたのだ!「何十憶ドルもの財務省証券や投資を引き上げるぞ!」との警告を発して、サウジの指導者らは直ちにこれに応戦した。
ロシアに対する米国の経済制裁は対ロ貿易に依存するヨーロッパ経済に対する締め付けを強化する意図を持って始められたものである。これらは特にドイツとポーランドの対ロ貿易を弱体化した。ロシアはドイツの工業製品、ならびに、ポーランドの農産物の輸出先として主要な市場である。元はと言えば、米国がモスクワに課した経済制裁はロシアの消費者に害を与え、国内に政情不安を引き起こし、「政権の交代」をもたらすように企てられたものである。しかし、現実には、政情不安はむしろヨーロッパの輸出国側に起こった。ロシアとの契約は反故にされ、何十億ユーロもの損失を招いた。また、ワシントン政府がますます軍事的なアプローチへと転換して行く中、ヨーロッパとロシアとの間の政治的・外交的環境は悪化した。
アジアにおける結末はより以上にいかがわしいものであった。つまり、中国に対するワシントンの経済政策キャンペーンはふたつの方向に向かって行った。アジア・太平洋の国々との間に締結する偏見に凝り固まった貿易協定、ならびに、中国の海洋交易ルートに対する米国による軍事的封じ込めである。
この地域の十ヶ国程の国々の間で締結されるTPP条約を推進するために、オバマ政権はジャック・ルウ財務長官を派遣した。この条約はアジアで最大の経済大国である中国をあからさまにも除外している。ところが、政権から去りつつあるオバマ政権に対して、あたかも罰金を課すかのごとくに、米議会は対中経済戦争の目玉商品であるTPP の承認を拒絶した。
その一方、オバマ大統領はかねてからの「盟友」であるフィリピンとベトナムをそそのかして、係争中の「南沙諸島」問題に関して中国を国際仲裁裁判所に告訴した。中国の通商ルートを邪魔する目的で、日本とオーストラリアはペンタゴンとの間で軍事協定を結び、基地の使用に関する同意書に署名した。オバマのいわゆる「アジア重視政策」は中国をその市場から締め出し、東南アジアや太平洋および南アメリカ地域の貿易相手国を妨害するという非常にあからさまなキャンペーンである。このワシントン政府の目に余る経済戦争によって、中国からの輸出品目、特に、鉄鋼やタイヤには厳しい輸入税が課せられることになった。また、米国は中国の地域的な貿易ルートやペルシャ湾の原油供給元へのアクセス・ルートに沿って海・空合同の軍事訓練を実施した。これはいやがうえにも「敵対意識」を高ぶらせた。
ワシントン政府の不器用な攻勢に対しては、中国政府はアジア・インフラ開発銀行(AIIB)を手際よく開設し、50カ国余りの国々が北京政府との間で高率の儲けが約束される貿易・投資協定に先を争って署名をしたのである。このAIIBの成功はオバマ政権の「太平洋における覇権を重視する政策」にとっては決して幸先の良いものではない。
いわゆる「米・EU・イラン合意」はテヘランに対するワシントンの貿易戦争が全面的に終わったことを意味するものではない。イランが平和利用のためのウラン濃縮を放棄することに同意したにもかかわらず、ワシントンは今も投資家を阻止し、通商関係を損なおうとしている。1979年のシャー国王の政権を追放してからというもの、米国は何十憶ドルものイラン政府の資産を凍結し、それらを依然として保持し、イランの資産は凍結されたままである。それでも、2016年10月、ドイツの貿易促進団体は30億ドルにも上る貿易に関する合意書に署名し、米国に対してはテヘランとの約束を履行するようにと求めた。しかしながら、この呼びかけは、当面、無駄に終わっている。
米国は単独で原子力空母をペルシャ湾へ送り込み、通商関係を損なおうとしている。サウジアラビア王国はかねてからイラン共和国とは敵対関係にありながらも、最近のOPEC 会議では原油の生産調整で協力することに合意した。
戦略的にはもっとも強力な同盟国であるドイツやサウジアラビア、ならびに、新たな競争相手として浮上しつつある三つの大国を相手にしたワシントンによる経済戦争の宣戦布告は米国の経済的競争力を消耗させ、儲けの高い市場へのアクセスを損ない、外交を重んじるのではなく、好戦的な軍事的行動への依存性を高めた。
ワシントン流の経済戦争の特徴は米国の経済やその同盟国にとっては負担が非常に大きいにもかかわらず、具体的な恩恵は余りにも小さいという現実にある。
オバマ政権の経済制裁によって米国の石油企業はロシアとの合弁事業で何十億ドルもの損失を被った。米国の銀行家、農産物輸出業者、ハイテック企業、等は、ウクライナにおける恐ろしく腐敗した破産状態にあるクーデター政権を支え、ロシアを「罰する」ために、儲けの高い商談を逸している。
米国の多国籍企業、特に、太平洋側における海上輸送に従事する企業や造船所、シリコンバレーのハイテック産業、および、ワシントン州の輸出農産物生産者らは中国を排除した貿易協定の合意によって脅威にさらされる。
数十億ドルに上るイラン市場は商業用航空機から鉱山用機械類に至るまであらゆる物を求めている。オバマ政権が事実上の経済制裁を課していることから、米企業は膨大な量の商売を失っている。結局、ヨーロッパやアジアの競争相手が契約に署名する。
ワシントンはドイツの技術的ノウハウやサウジのオイルダラーによる投資は米国のグローバルな戦略にとっては非常に重要であるにもかかわらず、オバマ政権の非合理的な政策は米国の貿易に損害を与え続けている。
ワシントン政府は「より小さい経済大国」に対して経済戦争を行ってきた。より小さいとは言っても、これらの国々はそれぞれの地域では政治的には重要な役目を担っている。米国はキューバに対して経済的ボイコットを維持したままである。ベネズエラに対しては経済的な侵攻を継続し、シリアやイエメンおよびウクライナ東部のドンバス地域に対しては経済制裁を課している。これらの国々は米経済に経済的な損失をもたらすことはないが、それぞれの地域では政治的ならびにイデオロギー的には大きな影響力を持っていることから、これは米国の野心を大きく損なう。
結論:
ワシントン政府の経済戦争への依存性は軍事力による帝国の樹立を補完するものだ。
しかしながら、これらの経済戦争や軍事的侵攻は直面すべき重要な課題を見失っている。米国はドイツ銀行から何十憶ドルもの大金を抽出したとしても、長期的な、大きな視野で見ると、ドイツの産業界や政治家および投資家との関係においてはそれ以上の損失を被ることになるだろう。ドイツは欧州連合における経済政策の策定では主要な役割を演じているので、この点は非常に重要である。欧州委員会が進行中の調査を完了した暁には、EU において海外での節税拠点を求める米国の多国籍企業の手法は過酷ながらも中断を余儀なくされることだろう。ドイツ人は米国の自分たちの競争相手に対しては同情の念を示さないかも知れない。
オバマのTPPは崩壊した。そればかりではなく、これは中国にアジア・太平洋地域における交易と協力の新しい場を打ち上げさせる結果となった。皮肉にも、北京政府を孤立化させるという元々の目標とはまったく逆のことがもたらされたのだ。中国のAIIBはワシントン政府が主導するTPPよりも4倍も多いメンバーを集めることに成功し、巨大なインフラ・プロジェクト用の資金が提供され、アセアン諸国は今まで以上に中国との結びつきが強化される。中国の経済成長率は6.7パーセントを示し、米国の2パーセントよりも3倍以上も高い。オバマ政権にとってさらに悪いことには、中国がタイ、フィリピン、パキスタン、カンボジアおよびラオスとの間で経済的関係や協力についての合意を図る中、ワシントン政府は歴史的にはもっとも信頼感のあった同盟国を冷遇して来た。
イランは米国による経済制裁にもかかわらず、市場を獲得し、ドイツやロシア、中国およびEU との交易を手中に収めた。
サウジ・米国間の紛争はこれからが本番となるが、サウジ王国に対する訴訟の展開は如何なるものも何百億ドルもの投資資金が米国から流出するような結果を招くことだろう。
事実上、オバマの経済戦争キャンペーンは無限に費用がかかる軍事的侵攻へとつながり、大量の失業を招き、米経済にとっては大損失となるかも知れない。ワシントンはますます孤立化する。米国の経済制裁キャンペーンを支持する同盟国はポーランドのような二流、三流国、あるいは、ウクライナにおける腐敗した寄生者たちである。ポーランド人やウクライナ人がIMF の脛をかじり、EUや米国の「貸付金」を手中に収めることができる限り、彼らはオバマが発するロシアに対する非難には声援を送り続けるだろう。イスラエルは、ワシントンから380憶ドルの追加援助を得られる限り、対イラン戦争については最大級の賛同者の役を演じるだろう。
アジア・太平洋地域における覇権を維持するために、ワシントン政府は日本やフィリピン、オーストラリアにある軍事基地のために米国市民が納税した税金を何十億ドルも費やしている。ところが、これらの米国の同盟国は中国との貿易やインフラ投資の隆盛によだれを垂らしている。
自国の同盟国や昔からのパートナーを攻撃するようでは米国の経済はもはや競争することができないので、経済戦争はワシントン政府のためにはならない。米国の地域的同盟国は「禁じられた」市場への参入に意欲的であり、中国が資金を提供する大きな投資プロジェクトへの参画に熱心である。アジアの指導者らは「軍事力重視政策」に傾くワシントン政府を政治的には信頼できず、不安定で、危険極まりないものとして捉える傾向が高まっている。フィリピン政府がお膳立てした経済使節団の中国への訪問後は、より多くの「離脱」が起こると予測して貰いたい。
公然たる敵国に対する経済戦争では同盟国に対しては自由貿易を維持し、懲罰的制裁を止め、同盟国の経済を損なうような貿易条約を強制することを止める場合においてのみ成功に導くことが可能だ。さらには、ワシントン政府は国内の特別な利害にかかわる単なる思い付きはすべからく中断すべきである。これらの変化が無ければ、経済戦争キャンペーンでの失敗は軍事的衝突をもたらすだけであり、米経済だけではなく世界平和にとっても大打撃となる可能性が高い。
<引用終了>
これで仮訳は終了した。
この論評の凄いところは全体を俯瞰した切れ味にある。ドイツ銀行に対する損害賠償やサウジアラビアに対するテロ被害者による告訴が米国の覇権の維持とどのように絡んでいるのかを懇切丁寧に解説してくれている点が素晴らしいと思う。われわれのような素人にとっては学ぶことが数多くある。
下記の文言は秀逸だ:
ドイツ国会の経済委員会議長はドイツ銀行から大金をゆすり取ろうとする米国のいまいましいばかりの試みには経済戦争が持つすべての要素が包含されていると指摘した。「ワシントン政府は、自分たちの経済に利することであるならば、あらゆる機会を捉えて貿易戦争を行う長い伝統を持っており、ドイツ銀行に対する不当に高額な損害請求は懲罰行為のいい例だ」と指摘した。ロシアとか中国あるいはイランといったドイツの主要な輸出相手国に対する米国の経済制裁はドイツの巨大な輸出国としての地位を脅かす戦術に他ならない。
そして、ドイツを弱体化することはロシアや中国を弱体化することにもつながる、と米国の戦略策案者は見ているようだ。しかし、結果的にはその政策が米国自身を弱体化することになることにはお構いもなしに・・・
また、TPPの周辺事情にも非常に興味深いものが感じられる。日本の大手メディアからは得られない情報や解説が実にいい。
こうして見ると、米国の対外政策は矛盾だらけである。この引用記事の著者はこれらを「単なる思い付き」の政策と形容した。この記事の面白い点のひとつである。
参照:
注1: Washington’s Fighting a Global Economic War -
And Losing: By James Petras, The James Petras Website, Oct/23/2016
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