米国のモンサント社はバイオ産業の中では傑出した技術力や製品開発力を有していると見なされていた。同社は遺伝子組み換え作物の分野で指導的な位置を占めて来た。素人のわれわれの目には、少なくとも、そのように映っていた。
しかしながら、最近公開された一連の情報を見ると、その実態は驚く程に劣悪なものであると言わざるを得ない。
大企業のビジネスでは良くある話であるが、信頼を裏切られた感じがする。株式市場で優良企業としてもてはやされて来たモンサント社の本当の姿は驚く程に低劣である。それが、今、公になろうとしている。ふんだんに資金を使える背景を利して、このバイオ産業の巨人は規制当局(たとえば、環境庁の安全性を審査する「独立」委員会)に対して影響力を行使し、市場では倫理観をかなぐり捨てた振舞いをして来た。自分たちの醜悪な行動に関して自制心が働かなかったことが実に不思議である。
「機密の裁判所文書においてモンサント社は安全性試験が未完了のラウンドアップ除草剤に発癌性があることを認めている」と題された8月9日の記事
[注1]
はその冒頭で次のように述べている(引用部分を斜体で示す)。
「米国の法律事務所によって先週開示されたモンサントの機密社内文書によると、モンサントの科学者らは同社一番の製品であるグリフォサートを主成分とするラウンドアップ除草剤には、恐らく、発癌性や遺伝毒性があることに気付いていたことが判明した。」
これは、言わば、「安全神話崩壊の米国版」である。
このラウンドアップ除草剤の場合は、その崩壊が一気に起こったものではなく、かなり長い時間をかけて表面化してきた。今までは平穏に隠して来た大嘘がばれて、モンサントは今や茫然自失の状態にあることだろう。
ここでちょっと寄り道をして、モンサントが自社の製品に不都合な科学的な情報を如何に排除しようとしたのかに関して、ひとつの事例を確認しておきたいと思う。
2017年8月1日にSustainable
Pulse
[訳注:
この組織は市民や科学者の有志によって構成された団体であって、遺伝子組み換え作物および持続可能な食品や農業に関するニュースを提供している]
によって出版された「Monsanto
Secret Documents Show Massive Attack on Seralini
Study」と題された記事によると、次のような具合だ(引用部分を斜体で示す)。セラリーニ教授の論文がFood
and Chemical
Toxicology誌に掲載されたのは2012年の9月であった。この論文はラットにモンサントの遺伝子組み換えトウモロコシNK603を長期間にわたって給餌し、その栽培期間中に使用されたラウンドアップ除草剤をほんの微量投与すると肝臓や腎臓に毒性を示し、ホルモンに変調をもたらしたという事実を報告している。また、追加的な知見としては、試験区に属するほとんどのラットで腫瘍が増加した。しかし、この論文はモンサント社からの手酷い反撃を受けることになった。
2013年11月、Food
and Chemical
Toxicology誌の編集長(モンサントからの圧力を受け、元モンサントの研究員であった人物を編集者として雇い入れた)はセラリーニ教授の論文を撤回した。その後、この論文はEnvironmental
Sciences
Europe誌で再出版された(2014年6月24日)。しかし、この再出版はセラリーニ教授の研究がモンサントによる水面下の動きによって不当に評判を落とされた後のことであった。
さて、話を[注1]の記事へ戻そう。
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2017年5月に報じられた驚くべき新事実は旧聞と同様であった。つまり、新事実によると、モンサント社のマネジャーを務めるジョージ・レヴィンスカス博士は1970年代にPCBの発癌性を隠蔽することに関与していたが、同博士は1980年代にグリフォサートの発癌性に関しても米環境庁(EPA)
に対して影響力を振るっていたのである。
先週の火曜日(2017年8月1日)に公開された裁判所文書は驚くべき内容を含んでいる。それは次のような具合だ。つまり、モンサント社の製品保護・栄養学部門を率いるドンナ・ファーマー博士は2003年の社内メールで製剤製品のラウンドアップに潜在する悪影響を論じ、「ラウンドアップには発癌性がないとは言えない・・・ われわれはそのような主張をするのに必要な試験はまだ実施してはいないのだから」と指摘している。
これらの新事実はそれだけには留まるものではない。モンサントのラウンドアップ除草剤によって引き起こされる悪影響は他にもある。それらに関する機密の電子メールを下記に纏めておこう:
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ファーマーは1999年に次のように書いている。「この状況に関して限定的な情報を得ているに過ぎない現時点で、私はグリフォサートやその製剤ならびに界面活性剤といった成分に関して何らかの調査研究を実施することについては支持する積りはない。」
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2010年の電子メールで、モンサントの化学品規制を専門とする部署の長であるスティーブン・アダムスは「われわれの製剤の発癌性に関しては、製剤について直接試験を行ったことはない・・・」と言っている。
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2013年、モンサントで規制業務部門を率いるハビア―・ベルヴォ―は「われわれ(モンサント)はわれわれの製剤製品(ラウンドアップ)の亜慢性毒性、慢性毒性、あるいは、催奇形性毒性に関する調査は行わない」と確認した。
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「EUの専門家による相談パネル」で行われたパワーポイントを用いたモンサントの発表において、その6頁目には驚くべき表題が付けられていた。「モンサントのラウンドアップ®は細胞分裂の主要な段階のひとつに作用し、これは長期的には癌をもたらす可能性を示す。」 この頁はラウンドアップによる副作用を試験管レベルで観察したフランスの研究者の報告を引用している。最終頁には、「除草剤散布者の尿中濃度から血清中濃度へ」を用いて、如何にして試験管レベルでの毒性に関して「製品の位置付け」を行うべきかという「質問」が記されている。ここでは、モンサントは「新たな試験の実施」によってもたらされるであろうリスクを検討しようとしているのだ。
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モンサントの製品の安全性部門を率いるウィリアム・ヘイデンス博士が2014年に発信した電子メールは「グリフォサートに関するIARCの評価」(IARCは2015年にグリフォサートには「恐らく発癌性がある」と発表した)と題されている。その電子メールにおいては、ヘイデンスは「疫学の分野ではわれわれは脆弱性を抱えており、他の分野においても脆弱性がある。たとえば、IARCは(われわれの製品への)暴露による悪影響や遺伝毒性ならびに作用機構についても考えを巡らすことだろう・・・」と述べ、事実を認めている。
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2015年、ヘイデンスはラウンドアップには「低レベルのホルムアルデヒド」(呼吸によって発癌性をもたらす)が含有されていることを認めている。さらには、ラウンドアップには「低レベルのNNG (N・ニトロソ・グリフォサート)が含まれていること、そして、多くのN・ニトロソ化合物には発癌性があること」を認めている。
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ヘイデンスとファーマーは製剤製品であるラウンドアップの悪影響を報告するさまざまな研究報告を次のように論じている。特に、ファーマー博士は「興味深いことにはグリフォサートそのものは基本的に悪影響を示さないが、製剤製品では悪影響が現れる。つまり、これは他の成分のせいだ。界面活性剤かも?」と認めている。モンサントのコンサルタントであるジョン・デセッソとの話の後、ヘイデンス博士も「われわれはグリフォサートそのものに関してはOKだが、界面活性剤には弱い・・・ あなたからお聞きした内容については今後ともこれらの研究報告において引き続き取り沙汰されることだろう。グリフォサートはOKだが、製剤製品が(つまり、界面活性剤が)悪影響を引き起こす」と認めている。
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ファーマーはモンサントの専門家、ジェームズ・パリー博士の知見を次のように概略している。「4本の研究論文に関して、パリー博士はグリフォサートは生体内でも、試験管内でも、酸化毒性を呈することによって遺伝毒性をもたらすと結論した。」
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2015 年、ヘイデンスは「製剤に使用されている界面活性剤は腫瘍促進の状態をチェックする皮膚試験で表面化する。これが一役買っているのだと思う」と述べている。
これらの公開された裁判所文書は、国際がん研究機関(IARC)によって2015年にラウンドアップの有効成分であるグリフォサートには人に対して「恐らく発癌性がある」ことが公表された後にモンサント社が如何にIARCに対して反撃を行ったかについても示している。
他にも機密文書があって、それらはモンサントが、かの有名なセラリーニ教授の論文を撤回させるために、「Food
and Chemical
Toxicology」誌のウオレス・ヘイス編集長を如何にして上手く懐柔したかを示している。セラリーニの研究は遺伝子組み換えトウモロコシNK603や微量のラウンドアップ除草剤を投与されたラットに健康被害をもたらすことを見い出した。
これで、[注1]の記事全文の仮訳が終了した。
ここに引用した記事は世界のバイオ産業では指導的な地位にあるモンサントが過去30年間にわたって自社の利益のために極めて近視眼的な行動をとって来たばっかりに、今となっては取り返しがつかない大問題を抱え込んでしまった様子を有り余る程伝えている。ビジネス倫理は近視眼的な利益の確保に完全に圧倒されている。まさに、驚くばかりである。
この記事で私が個人的にもっとも興味深く感じることは、モンサントは製剤製品のラウンドアップが悪影響を引き起こすことを十分に予想できるからこそ、慢性毒性や催奇形性毒性についての動物試験は新たに実施しないとの方針を採用している点だ。何と言う皮肉であろうか?モンサントが現在取り得る行動は過去の嘘によってがんじがらめにされているのである。今まで「安全だ、安全だ」と繰り返して喧伝し、ラウンドアップ除草剤に耐性を持つ遺伝子組み換え作物のビジネスを世界中に展開してきた同社の基盤はここで脆くも崩れようとしているのである。モンサントの経営陣は自分たちのビジネス倫理を試された訳ではあるが、身を正す行動はとらなかった。経営者失格である。これから、どう展開して行くのであろうか?
米国のビジネス環境では業界の大手が大問題を引き起こすこと自体はさほど珍しいことではない。モンサントが抱えるこの問題はエネルギー取引とITビジネスで全米でもトップクラスの企業であったエンロン社が倒産した時のことを彷彿とさせる。10年前、同社の粉飾決算がついにばれてしまった。
エンロンとモンサントのビジネス哲学を見ると共通項があると言えよう。それは拝金主義だ。金銭的な利益を目指す余りに、伝統的なビジネス倫理や道徳はどこかへ放り出してしまう。そうすることが、多くの場合、米国流の「スマートな」ビジネスマンの行動様式なのである。スマートであるが故に、彼らは近道を探そうとするのだ。
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上記の引用記事には「5月に報じられた驚くべき新事実は旧聞と同様であった・・・」という記述があるので、その「5月に報じられた新事実」に関する記事
[注2]
を覗いてみよう。旧聞とはいったい何を指しているのであろうか?
2017年5月の記事
[注2]
の仮訳を下記に斜体で示す。
モンサントのマネジャー、ジョージ・レヴィンスカス博士は、1970年代、PCBの発癌性
を隠蔽することに関与した。この火曜日に公開されたカリフォルニア州の裁判所文書によると、まさにこの同一人物が、1980年代にも、世界でもっとも多く使用されている除草剤グリフォサートの発癌性に関しても米環境庁(EPA)に対して影響力を振るっていたことが判明した。
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2015年3月、Sustainable
PulseはモンサントとEPAによる30年来の隠蔽を公開した。
これは世界でもっとも多く使用されている除草剤の主成分であるグリフォサートに関わるものだ。この隠蔽はサンフランシスコ連邦地方裁判所によって公開された裁判所文書によって明らかとなったのである。
「U.S.
Right to Know」
(USRTK)と称する団体が水曜日に次のような報告をした。
モンサント社に対して50件以上もの訴訟がサンフランシスコ連邦地方裁判所で係争中となっている。これらの訴訟はグリフォサートを主成分とするラウンドアップ除草剤に曝されたことから本人や家族に非ホジキンリンパ腫を引き起こすこと、また、それだけではなく、モンサント社はそのような危険性を今まで隠蔽して来た事実を訴えているのである。
これらの公開文書にはモンサントが如何にしてEPAに影響力を振るって来たかを示す情報が山のように含まれている。グリフォサートに関しては、EPA
は1985年3月4日に判断した「発癌性がある」というクラスCの分類から1991年には「人に対しては発癌性を示さない」というクラスEの分類へと変更したのである。
グリフォサートの分類に関するこの変更はモンサント社がグリフォサートに耐性を示す最初の「ラウンドアップ・レディー」と称する遺伝子組み換え作物を開発していた時期に起こった。
WHOの国際がん研究機関(IARC)のグリフォサートに関する報告書が、2015年3月、グリフォサートは「恐らくがんを引き起こす」との表明を行った直後、Sustainable
Pulseはモンサントがマウスを用いたグリフォサートの安全性試験に対してどのように資金援助を行ったのかを示すEPAの1991年の文書を発見した。不思議なことには、EPAの専門家によると、この安全性試験では発癌性がまったくなくなるまで「再考察」が繰り返して行われていたのである。
EPAによる再考察が分類を変えることになった理由は今週になるまではまったく分からなかった。しかしながら、今や、すべてが明るみに曝されている。EPAはこの再評価の過程を通じてモンサントによってひどく影響を受けていたのである。
モンサントの「隠蔽マン」ジョージ・レヴィンスカス博士:
ジョージ・レヴィンスカス博士は1971年にモンサントに加わり、環境評価と毒性を担当する役員となった。1970年代、彼は今では禁止物質となっているPCBの発癌性を隠蔽することに関与した指導的な人物であった。
モンサントは、1970年代の始め、PCBの毒性に関して動物試験を開始した。その結果は好ましくはなかった。ある重役は「われわれの理解するところでは、PCBの毒性の程度は想像していた以上に大きかった」と記している。
1975年、ある研究所がラットを使った試験結果を提出した。初期の報告書は、幾つかの事例でPCBは腫瘍を引き起こしたと報告していた。レヴィンスカス博士はその研究所の役員に次のように書いた。『要求したいことがあるのだが、「発癌性はないようだ」とこの報告書を書き換えて貰えないだろうか』と。こうして、最終版の報告書からは腫瘍に関する文言は一掃されたのである。
故レヴィンスカス博士はグリフォサートの発癌性を隠蔽する上でも主要な役割を演じていたことが、今や、判明している。彼は1985年に社内用の手紙で次のように書いている。「EPAの上級職員が雄のマウスに観察された腎腺腫に基づいてグリフォサートをクラスCの「人に対して発癌性がある」へと分類しようとしている。このことに関しては、報告されている腫瘍はグリフォサートとは関係がないとしてEPAを説得する方向で、マーヴィン・カッシュナー博士が腎臓切片を再審査し、その評価結果をEPAに提示する積りだ。」
グリフォサートの発癌性に関するこの30年来の隠蔽は、米国政府やEPA
ならびに世界各国の規制当局が企業の利益を保護し、拡大することに何らかの支援をする前に、先ずは一般大衆の健康を配慮しなければならないことを怠ってしまったという典型的な失敗例である。これは歴史に残るであろう。
これで2番目の引用記事の仮訳が終了した。
これらふたつの記事を眺めてみると、ひとつの企業集団としてモンサントが犯した悪事はとても許せるものではない。モンサント社内では進行しつつある嘘を指摘する上級職員が何人もいたことは明白である。しかしながら、モンサント社だけではなく、除草剤を使用する農家や除草剤に汚染された食品を消費せざるを得ない一般大衆にとって不幸なことには、この嘘を指摘する声はモンサント社の総意にはならなかったことである。
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ラウンドアップ除草剤の慢性毒性や催奇形性毒性ならびに遺伝毒性に関するモンサント社の対応には技術的な情報の歪曲やビジネス倫理の欠如が恒常的にあったという事実が明白となった今、この除草剤が市場で最終的にどのように受けとめられるのか、あるいは、市場から排除されるのかを注視して行きたいと思う。
端的に言って、これは企業利益を確保することを最優先に考える側と農家や消費者の健康を守ろうとする側との間の綱引きである。
環境や食品の汚染を通じて日本は数多くの苦い経験をして来た。そして、食糧の自給率が極端に低い日本では、今や、日本国内で自給できる食品の安全性を議論しているだけでは、われわれは将来生れて来る次世代の健康を確保することは出来ないというまったく新しい次元の脅威に曝されようとしているのである。
参照:
注1:Monsanto
Admits Untested Roundup Herbicide Could Cause Cancer in Secret Court
Documents: By Sustainable
Pulse,
Aug/09/2017
注2:
US
Court Documents Show Monsanto Manager Led Cancer Cover Up for
Glyphosate and PCBs: By Sustainable
Pulse,
May/19/2017
モンサント社の虚偽と隠蔽が示す倫理性の欠如は同社の長年の成長の基礎であった。今回の記事が示す実態は「嘘は永久に隠し続けることはできない」という原理の言わば当然の結果であった。記事に見る裁判所のまともな指示、「秘密文書は公開されてしかるべき」にも見るべきものがある。でもこの大事な記事が示す実態に向けて関心を寄せる人があまりに少ないこと(欧米でも日本でも)がやはり腹立たしくかつ厭わしい限りのことである。日本の主流メディアがこの記事を取り上げないことが予想されるのだ。原発が安全であり、電力代も安い、という明らかな虚偽が社会の一般に通用していない事態とよく似た結果にならないといいのであるが。
返信削除Oniuchigiさま
削除コメントを有難うございます。
返信が遅くなってしまったこと、申し訳ありません。
まったくおっしゃる通りでして、マスメデイアの怠慢ぶりには腹立たしくさえなります。当面の課題としては、こうした情報を日本語で記録として残すことを第一歩としたいと思います。そうすることによって、第二歩目に繋げたいと考えます。