2019年1月28日月曜日

EUを対ロ紛争に巻き込んだのはバルト諸国だ


新冷戦は米国の軍産複合体がNATO体制を維持することを正当化するために巨大な仮想敵国を必要とすることからロシアや中国を大っぴらに敵国扱いしていることから始まったとする見方が支配的である。そうすることによって、ペンタゴンは膨大な軍事予算を毎年獲得している。

しかしながら、EUの対ロ紛争に関しては、ここに、「EUを対ロ紛争に巻き込んだのはバルト諸国だ」と題された記事がある(注1)。

米国の軍産複合体が推進する米ロ間の対決の構造とは別個に、EUの対ロ紛争に焦点を当てると、そこにはさまざまな要素が観察される。例えば、ウクライナ紛争、MH 17便撃墜事件、ノルドストリーム2、スクリッパル父娘毒殺未遂事件、ロシア国境におけるNATO軍の軍事演習、NATO組織の東方への拡大、等。ヨーロッパでは一般的には小国と見なされるバルト諸国がEUを、さらには、米国を対ロ紛争に巻き込んだとする見方は実に新鮮に響く。そう言われてみると、そのような動力学を感じ取ることは容易だ。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。


<引用開始>

バルト諸国は従属国が大国を相手にして、如何にして自分たちの主張に考慮を払わせることができるかを示した好例である。と同時に、彼らは不適格な対外政策がこれらバルト三国を大失敗に導いている好例でもある、と社会学者のロスティスラフ・イシチェンコが述べている。

エストニア、ラトビアおよびリトアニアの三カ国が協調した政策がNATOEUの場において数多くの点でヨーロッパと米国とを対ロ紛争に巻き込んだ。

米国では何人かの政治家が強力な反ロ政策を支持した。しかし、この反ロ政策に加わるEUにとってはこれは全面的にバルト諸国やポーランド、ルーマニア、スウェーデンの良心に関わるものであり、ハンガリーやチェコについても部分的にそうであった。さらには、バルト諸国はこの問題に関する彼らの国の大きさや政治的な重みには不釣り合いなほどの役割を演じたのである。

しかし、それはまあいいだろう。結局、これはEUを反ロ紛争に巻き込んだ東欧の境界線上にある国々や米国ならびに英国の集団的な取り組みである。バルト諸国はこの取り組みに関与した。彼らは積極的ではあったが、彼らの参画は彼らの能力レベルに相応しいものであった。EUからは抵抗があり、米国はこの意味のないPR行動に金を注ぎ込みたくはないとして率直に反対をしたにもかかわらず、バルト三国は自分たちの領内へNATO軍を配備することにまんまと成功した。

ここでは、「手なずけた相手には責任がある」という良く知られた行動原理がバルト諸国にとっては好意的に働いたのである。

政治においては大きな国家や強国は、多くの場合、新参者の調べに合わせて踊らなければならないし、計画には無かったような、不必要なジェスチャーをしなければならないこともある。自分たちが作った機構の有効性や安全保障の信頼性について問い質すことなんて不可能なのである。

バルト三国はロシアが占領計画を抱いているとしてロシアを非難するキャンペーンを立ち上げて、NATO内における相談の手順を踏んだだけであった。しかし、米国とEUはロシアはそのような計画を持ってはいないと理解していた。モスクワ政府はすでにこれら三国においては寄港する価値がないものとし、これら三国ではEUの取り組みを通じて自国経済が失われ、人けがなくなり、すっかりさびれてしまった。そして、この変化は今も続いている。

と同時に、ワシントン政府自身も反ロ・プロパガンダを行っていた。ロシアは侵略的であり、クリミアを併合した、ドンバス地方をウクライナから引き離そうとしているとして非難をした。米国はNATO内のバルト三国が間違っている、モスクワ政府はバルト三国に対しては極めて平和的であると宣言することはできなかった。これは何を意味するかと言うと、米国は(NATOのメンバーでもなく、EUの加盟国でもない)ウクライナを防護するけれども、米国の同盟国の運命については運を天に任せるということである。

米国はバルト三国の領土内へ一旅団(三大隊)を派遣することになった。しかしながら、この旅団は混成部隊であって、NATO参加国の国々から派遣された。とは言え、基礎は築かれたのである。


軍事的・政治的な成功の代価: 

バルト諸国は今自分たちのグループが拡大するよう注力している。その論理は明快だ。つまり、より多くの同盟軍(米軍だったらもっといい)がバルト諸国の「前線」に送り込まれたら、これら三国の政治的発言力が高まるだろうという魂胆だ。米国、NATOならびに英国はこれらの国々が将来口にするであろう軍事的なヒステリーのすべてを注意深く聞き届けなければならないであろう。

もしも彼らが何らかの挑発を引き起こした場合、被害を被るのは米国、ドイツ、カナダ、英国およびスウェーデンの将兵たちだ。(その時点でどこの軍隊がその場所に居合わせたか次第である。) 

以上がバルト三国が自分たちを対ロ戦争に引きずり込むことができる状況を示すものであるが、彼らはどのようにして戦争が起こるのかさえも分かってはいない。

われわれにも分かるように、先輩のパートナーがその代価を支払うことによってバルト諸国は自分たちが作り出した問題を解決するのだ。しかしながら、経済分野における主要問題は別である。彼らがソ連邦から離脱した当時、彼らは自分たちが行っていたミニバスやラジオ受信機の製造を維持しようとはしなかった。農業や港湾業務が経済発展のための主要な牽引役とならなければならなかった。

EUは彼らの農業を壊すよう強要した。エストニアやラトビアおよびリトアニアの消費者にミルクやバターを届ける役割はオランダとドイツが喜んで引き受けた。EUの先輩メンバーは競争相手を必要とはしなかったのである。新メンバーを受け入れるに当たって、先輩メンバーらはバルト諸国の経済の中でも特に競争力のある分野が生き残ることがないようにした。

しばらくして、バルト諸国での寄港も失われた。それぞれの地方政府によって推進されていたロシア恐怖症キャンペーンを背景として、単純に言って、ロシアの船舶がバルト諸国での寄港に依存するメリットはもはや見当たらなかった。港湾施設は何時でも閉鎖される可能性があり、関税で弄ばされた暁にはロシア企業にとっては輸出契約が大打撃を被ることになろう。


目標設定に間違いがあったとしたら: 

われわれにも分かるように、軍事・政治面における成功と経済における大失敗はまったく同一の要因によってもたらされたのである。それはロシア恐怖症を政策として採用したことだ。

ここで、われわれ自身に対しても問い質してみたい。もしもバルト諸国がもっと現実的であったとしたらいったいこれら三国はどのように展開していただろうか? 

エストニア、ラトビアおよびリトアニアの領土内にはNATO軍はいないであろう。本物の大戦争においてはNATO軍は防衛軍ではなく、攻撃目標となる。バルト諸国領内に存在する合法的な軍事目標となろう。

ロシア恐怖症政策は何も失うこともなしに破棄することが可能であった筈だ。さらには、正常な対ロ関係の下ではバルト諸国での寄港は今日うまく行われていたであろうし、これら三国の市民生活の糧となっていたに違いない。もしも彼らがNATO軍を領土内へ呼びこむために費やした取り組みと同じくらいに自分たちの農業を維持しようとして懸命に努めていたならば、バルト三国は今日繁栄を極め、人口を維持し続けることができたであろう。

つまり、国際関係を適正に、しかも、効率的に適用していたとしても、その目標設定が最初から間違っており、その目標のために採用された政策が適切ではなかった場合には、単に損害に続く損害に見舞われることなってしまう。


<引用終了>


これで全文の仮訳は終了した。

2016年の米大統領選に絡んで西側でロシア恐怖症が喧伝され始めた頃、ある記事によれば、バルト三国の政治家は国内経済の不調から市民の関心を逸らせるためにロシア恐怖症的な政策を導入しているとの非難の声があった。そのような事例は何処の国でもよく観察されることではあるが、問題は、何時も上手く行くとは限らないことだ。

この引用記事はバルト三国が今日抱えている経済的疲弊の根本的理由を掘り下げることに成功している。結果論として、EUへの加盟交渉ではバルト三国は大きな失敗をしたことがわれわれのような素人にもよく理解することが可能だ。「もしも彼らがNATO軍を領土内へ呼びこむために費やした取り組みと同じくらいに自分たちの農業を維持しようとして懸命に努めていたならば、バルト三国は今日繁栄を極め、人口を維持し続けることができたであろう」という著者の指摘は秀逸である。適切な目標設定が如何に大切であるかを知らしめようとしている。

市民の幸福を維持し、安心・安全を推進することが政治の究極目標である筈だが、バルト諸国はEUへの加盟と引き換えに国内経済の疲弊をもたらし、これらの国々からの人口の流出は今も続いている。

ところで、EUの対ロ紛争の裏にはEUの対米紛争も新たに加わった。その状況をもっとも端的に伝えてくれているのはドイツが推進するロシア産天然ガスを輸送するパイプライン「ノルドストリーム2」である。米国は対ロ政策上の理由からヨーロッパがロシア産天然ガスをこれ以上輸入することは止めて、米国産のLPGを輸入しなさいと要求している。このパイプラインの建設に関与している企業(ヨーロッパのエネルギー大手5社)には経済制裁を課すと米国は脅しをかけているが、ドイツの外相は「ヨーロッパのエネルギー政策を決めるのはヨーロッパだ。米国ではない」と反論している。ドイツにとっては米国産のLPGに比べ、ロシア産の天然ガスの方がかなり経済的であり、それが最大の魅力である。ロシア産天然ガスを諦めることは経済的自殺に等しい。計画では2019年中には天然ガスの輸送を開始することになっている。

この「ノルドストリーム2」問題では、皮肉なことに、市場経済をもっとも推進している筈の米国が経済性を無視して、ヨーロッパ諸国をがむしゃらに説得しようとしている。

本日の引用記事からも理解することができるように、ヨーロッパが米国の圧力に負けて、間違った政策目標を採用した暁にはヨーロッパにとっては将来苦難の連続となるのではないか。それは誰の目にも明らかである。

そういった新たな視点をわれわれに与えてくれたこの引用記事には拍手を送りたい程である。




参照:

1The Baltics Are Responsible for Dragging the EU into a Conflict with Russia: By Rostislav Ishchenko, The Saker, translated by Ollie Richardson and Angelina Siard, Dec/28/2018






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