2015年2月10日火曜日

広がる厭戦気分、ウクライナ政府は徴兵に大失敗

ウクライナの大統領や首相が戦争を続けたいと思っても、ウクライナの市民がそれについて行かないとしたら、政府がウクライナ東部で推進している「テロリスト殲滅作戦」は今後どうなるのだろうか。行き着くところはウクライナ政府の内部崩壊かも知れない。経済はとうに崩壊している。

「ウクライナの市民が内戦で死にたくはないと選択した時」と題された報道 [1]が最近現れた。それによると、上述のような状況があちこちで起こっている。ウクライナ政府は第4回目の徴兵キャンペーンを推進しようとしたが、志願者が集まらず、大失敗に終わった模様だ。
本日はこの記事に注目して、過去10か月間に市民の間で5,400人以上もの犠牲者を出しているウクライナ紛争の実態をウクライナ市民の目線から見たいと思う。
日本はウクライナの戦場からは何千キロも離れており、ウクライナ市民の窮状を正しく理解することは実際には並たいていではない。また、たとえ多くの日本人が現状を正しく理解することができたとしても、そのことが直接的にウクライナの和平に繋がるとはとても思えない。今ウクライナを直視して、状況を正しく理解しなければならないのは嘘で固められた宣伝工作に曝され、そのような状況を許容して来たヨーロッパの政治家たちであると言えよう。
そうは言っても、われわれのような一般人の平和を願う気持ちに神様が何時の日にか応えてくださることがあるかも知れない。神様は国境や言語、宗教、文化、歴史、人種、性別、年齢、等の違いには無頓着の筈だ。そう期待して、少しでも心を研ぎ澄ましておきたいと思う。 

<参照開始>
「想像してごらん。皆が平和に暮らしている様子を」
多分、ジョン・レノンのあの有名な「イマジン」の歌詞はいささかナイーブに聞こえるかも知れない。でも、結局のところ、これは希望を込めた将来像であるという点においてはまったく同じことではないか。反戦デモ、大量の徴兵忌避、政府の命令や抑圧に対する闘い、戦闘命令に対する不服従の表明…。市民が同胞を殺し合うことに正義を見出せないと判断した時、これらの状況は数多くの戦争を抑止してきた。
ウクライナ東部で進められている戦争の現状やキエフ政府が新たに実行しようとした第4回徴兵キャンペーンは徴兵や戦闘に対して大規模な抗議行動を引き起こした。一気に燃え盛ったのである。反対運動はウクライナ全土で起こった。依然として、国粋主義者や極右派の戦争支持者たちはたくさん存在する。彼らは反戦活動に対しては暴力を振るい、脅迫を試みているものの、抗議を鎮静させる彼らの威力は低下するばかりである。
ウクライナは歴史的に平和的な国家である。これまでのところかなりの期間にわたって、ウクライナは東欧のいたる場所、たとえば、ユーゴスラビア、グルジア、等で燃え広がった軍事的紛争を巧みに回避して来た。しかし、キエフ政府がウクライナ東部の住民に対して「テロ殲滅作戦」を開始したことから、この平和だった期間は、昨年、終わりを告げた。この紛争の当初から、兵士らの間では同胞に向けて発砲することに拒否をしたり、軍隊から逃亡したり、徴兵を忌避する行動が見られる。女性たち、つまり、徴兵対象者の母親、妻、姉妹、娘たちは抗議行動をし、反戦騒ぎを引き起こし、強制的な兵役に反抗した。 
抗議行動は、まずは、多くのウクライナ人にとっては政府が説明する戦争の理由を鵜呑みにすることはとても出来ないという現実から始まった。多くの市民にとっては必ずしも外国(ロシア)からの軍事侵攻が起こっているとは思えない。ウクライナ兵が知り得る限りにおいては、自分たちが銃を構え、大砲を据える時に照準の中に見えるのは決まって同胞のウクライナ人なのだ。
二番目には、多くの市民は極端に国家主義的で新自由主義的な連中で構成された現政権のために命を捧げる気なんて毛頭ない。ウクライナの新興財閥の利益のために銃火の餌食になりたくはないのだ。戦争の遂行者は内戦を継続し、西側からの財政支援を吸い上げ、自分たちの支配に反対する者を抑圧しようとする。ウクライナ南部・中央部の集落で行われたデモで、若い女性たちがこういった声を力強く表明した。
最後に、大部分の労働者や農民は(中流の都市居住者とは違って)その地域について独特な感情を抱いており、共通の属性を共有している。彼らはドンバス、ブコヴィナ、トランスカルパチア、あるいは、ヴォルイーニといった地域こそが、ウクライナ以上に、自分たちの祖国であると実感している。愛国心や親ウクライナ、反ロシアのメッセージをそういう市民に納得させることは非常に難しいものとなる。
驚くべきことに、今回実施された4回目の徴兵では自主的に徴兵事務所へ出頭した者はほとんど皆無であった。この最近の徴兵キャンペーンの結果はキエフ政府やウクライナ軍司令部にパニック状態を引き起こしている。政府や軍は何時ものように愛国心や国家主義的な感情を煽ろうとしたが、ほとんどの市民は今まで以上に聞く耳を持たない。
徴兵年齢にある男たちは、新兵募集係の手中に陥るのを避けようとして、何千人もがウクライナの国境を超したり、国内のどこかに身を潜めたりしている。ポロシェンコ大統領は、徴兵年齢にある男性はこれ以降は軍務登録事務所で登録を完了した者だけが国を離れることが許可されるとする指令を出さざるを得なかった。
ウクライナの日刊紙「コレスポンデント」によると、「連日、大量の徴兵忌避が出現している。これはまったく新しい状況だ。2014年の1回目の徴兵では徴兵の呼びかけに応えて自主的に出頭した者は20%であった。同年の2回目の徴兵では、10%となった。」  
「そして、今年は徴兵の呼びかけに対して自主的に出頭した者は6%に低下した。」
ウクライナ西部のトランスカルパチア地域では、男たちが徴兵逃れをするために集落全体がさまざまな場所で国境を超してしまった。イヴァノ・フランキヴスク地方のコシヴ地区評議会の議長は集落の住民は全員がバスを予約して、ロシアへ移動し、そこで戦争が終わるのを待っていると報告している。
コルチノの集落では、軍務登録のために役所から呼び出された105人の内で3人が出頭しただけだった。
トランスカルパチア地域の新兵募集の最高責任者を務めるボイコ氏はコレスポンデント紙にこう言った。「大きな矛盾として聞こえるかも知れないが、ウクライナ西部のテルノーピリ地域の住民はロシアへ逃げて、徴兵を忌避している。」
一時的な逃亡先としては多くの市民は東欧各国を選んでいる。ウクライナ大統領の顧問を務めるユーリ・ビリュコフは「最近の30日間で、チェルニウツィ地方(ウクライナ西部)の予備役人口の17%が国外へ脱出してしまった」と言った。 
「非公式な情報源によると、隣のルーマニア側の国境沿いにあるホステルやモテルは徴兵を忌避するためにやって来たウクライナ人で溢れかえっている。」 
ウクライナ西部のヴォリニア地域では、役所が招集書類を配布しようとしたが、地域住民がそれを阻止した。112.uaの報道によると、「124日、ヴォリニア地域のシャツキー地区のメルニキ、ザテシエおよびピシチャの集落の住民たちは、地区の役人が到着すると、彼らの車両を停止させた。これらの車には地域の役所の代表者や新兵募集担当の将校らが乗っており、徴兵の書類を配布するために到着したところだった。」 
「抗議する住民たちは役人に書類を破棄するよう求めた。その後で、役人らはようやくその場所から引き返すことができた。住民たちも帰宅した。」 
この事件では役所は報復をした。同地域の警察署は「刑法336条(徴兵の忌避)に抵触するとして3件の刑事手続きを開始させた」と報告している。
オデッサの新聞「タイマー」は、123日、オデッサ地域のサラツキー地区のクレヴチの集落においては徴兵に反対して暴動が起こり、新兵募集係官らは事務所から追い出された。
地域住民は240人の招集書類が自分たちの集落へ到着しつつあることを知った。数分間のうちに、タイマー紙によると、500人程が集落の広場に集まって来た。6人の新兵募集係が書類を持ってやって来たが、地域住民にはまったく歓迎されてはいないことを直ぐに悟った。係官が徴兵忌避は刑事責任を問われることになるという説明を始めた。住民らは「戦争反対!」、「われわれは平和を求める!」と叫び出した。住民たちはウクライナには戒厳令が敷かれているわけでもないし、昨年の9月にミンスクで締結された停戦合意はウクライナ政府によって正式に破棄されたわけでもないことを役人らに思い起こさせようとした。住民らは、この新たな徴兵キャンペーンは違法であると主張し、係官らを力ずくで集落から退去させた。
集落へ向けて出発するに当たって、同地区の軍法委員であるイーゴル・スクリプニクはこの徴兵手続きについては集落の住民は反感を抱いていることを十分に承知していた。そこで、彼は徴兵の書類を配布する際の安全策を講じた。こうして、武装した二人の警察官が同行した。しかし、これは彼の意図とはまったく異なる結果をもたらすことになった。 
「迷彩服を着て、武装している二人の男が集落に現れた時、瞬く間に住民の関心を呼び起こし、その場で暴動へと発展してしまった」と、同地区の行政府議長代行を務めるセルゲイ・バリノフは言う。「リマンスキー集落の約200人の住民が軍の代表者と武装警官を取り囲み、彼らを罰すると言って、脅かした。」 レニ地区の役所のイヴァン・スタッドニコフ副議長とイーゴル・スクリプニク軍法委員が直ちに集落へ急行した。交渉は困難を極めたが、なんとか妥協点を見い出した。しかし、地域住民らは徴収書類を押収し、ガソリンをまき、この集落へ徴兵書類を運んできた係官の面前でそれらの書類を燃してしまった。 
テルノピル地域のいくつかの集落では、地域評議会の議長は徴兵書類の配布には参画しようとさえもしなかった。そればかりではなく、新兵募集の係官の到着が近づくと、住民らが徴兵から逃れる機会を与えるために住民たちにこっそりと情報をもらしてやった。
127日、ロシアのイタル・タス通信社は「ウクライナの男たちは、徴兵逃れのために、大挙して外国に職を求め始めた」と報道している。
「集落全体でバスを予約し、集落の男たちを出来る限り遠方へ送り出している。軍事委員会は徴兵逃れをした住人の名簿を法執行機関へ送付し、徴兵の対象となる男たちが自分の生まれ故郷や居住地域の外部へ移動することを抑止しようとしている」と、タス通信は言う。 
ウクライナのヴェステ通信を参照して、タス通信は「ザポリズア(ウクライナの南東部)のナタリアは数か月前に息子をロシアへ出発させた。彼女は自分の名前を伏せることを条件にヴェステ通信に一部始終を話してくれた。1週間前には夫もロシアへ送り出した。西部地域の男たちはポーランドやハンガリーに向けて出国している。ウクライナの首都キエフの軍事委員会も徴兵逃れについては愚痴をこぼしている」と、報じている。
反戦の抗議行動はドンバス地域のウクライナ軍の支配下にある地区でも続いている。ドンバス地域のクラマトルスク市では、1月末に、女性たちが「戦争反対!」と叫んで、偶発的な暴動にまで発展した。抗議行動のビデオを見ると、145秒が経過した辺りで、政府の徴兵策が如何に追い詰められているかを目にすることができる。一人の女性が将校に向かって詰問しているのだ。「どうして連中は真夜中に私たちの家のドアを叩き、男性を軍へ連行しようとするのよ?」 
最近の数週間、近くの小さな都市、デバルツヴォはドンバスの自警団とウクライナ軍との間の激しい戦闘の中心地となった。何千人ものウクライナ軍の兵士らが取り囲まれ、捕虜となる危険性が迫っている。町の住民はほとんどが避難してしまった。たった6千人から8千人ほどが依然として残っているに過ぎない。彼らは電気も、暖房も、水道もない生活を送っている。食事を準備するには焚火を使うしかない有様だ。 
ウクライナのオンライン・メデアであるExpres.ua は、デバルツヴォの市長が最近ウクライナの秘密警察に逮捕され、自治を求めているドンバスの自警団に好意を示したとして非難されている、と伝えた。これらを目にして、住民らは1月末にデモを行い、住民の苦難はウクライナ軍のせいであると非難し、ウクライナ軍は立ち去るようにと訴えた。
徴兵の対象者の母親や妻たちは最近ルガンスク州のベロヴォドスクの集落(この地域はウクライナ政府軍の支配下)で抗議行動を起こした。役人たちが自動小銃で武装した警備員に守られて徴兵策の説明にやって来た。住民たちはポロシェンコ大統領には投票しなかったと言い、新興財閥のイーゴル・コロモイスキー(有名なウクライナの富豪で、戦争支持派)の利益のために自分たちを犠牲にする意思は毛頭ないと主張した。
ソーシャルネットワークは「捉えどころのない大隊」という名称のサイトを立ち上げて徴兵に対応している。それが意図するメッセージはこうだ。「高官や議員ならびに高名なビジネスマンらの子息も軍務についているというのはまったく架空の世界の話だ。」 
ウクライナ語のウェブ・ジャーナル「Liva」に寄稿しているジャーナリストのロマン・リウバルはこう説明する。「徴兵によって、ウクライナ当局は(皮肉にも)この国の市民を何とか結束させることに成功した。市民は方々で徴兵逃れをし、徴兵に対する抗議行動は増加するばかりだ。刑事責任を追及される恐れや軍の宣伝が行われているにも拘わらずだ…」 
「今や、ウクライナの市民は一番貧しい市民、つまり、自分たちが砲弾の餌食になって戦死する状況に直面していることを今まで以上にはっきりと理解した。その一方で、政府高官や裕福な資本家の連中はそういった運命からは巧妙に逃れているのだ。」 
エフゲニー・コパトコはウクライナの分析専門家であり、Research and Branding Groupの創立者でもあるが、タス通信にこう述べた。「ウクライナの社会ではごく普通の市民たちからますます多くの声が聞こえて来るようになった。彼らは戦闘に参加するよりはむしろ刑務所で刑期を過ごすことに心の準備ができていると言う。このような状況においては、さらなる徴兵の実施はウクライナ政府にとってはもうひとつ別の大きな試練となりそうである。」 
セルゲイ・キリチュクはウクライナの左翼組織である「ボロトバ」の指導者であるが、129日の論評でこう書いている。「政府寄りの政治家や分析専門家さえもが今回の徴兵は大失敗に終わったと言っている。ある者は徴兵委員会には顔も出さず、また、ある者は徴兵の登録をした後、姿をくらましてしまう。こうして、大量の徴兵逃れが出現し、住民の不満が煮えたぎっている大釜に加わって行くのである。」 
このような状況下においては、キエフ政府は(ウクライナの極右派の武装組織の力を借りて)大衆に対するテロに依存することになるかも知れない。市民らは銃口を突き付けられて戦場に駆り出され、反戦活動家らは殺されるかも知れないのだ。しかし、第一次世界大戦中の1917-1918年に起こった暴動と革命の経験に基づいて言うと、そのような政策が辿りつく行き先についてはわれわれは熟知している。悲惨な経済環境に直面して、市民は腹を立てており、平和を求めているにも拘わらず、市民の意思は無視されている。市民は武装させられ、自分たちの意思に逆らって戦いを強いられる場合、混乱や大失敗の責任は政府や資本家らのせいであるとされることからも、政府や資本家の今後の見通しは非常に良好であるとはお世辞にも言えない。 

ミトリー・コレス二クはウクライナのジャーナリストであって、左翼の活動家でもある。また、ウェブ・ジャーナル「Liva.com」(Livaとは「左翼」の意)の編集者でもある。同ジャーナルは英語の頁を持っており、ウクライナ語やロシア語の記事から翻訳された英訳版が掲載される。

<引用終了>

以上がウクライナでの現状である。
この報道によると、徴兵忌避はウクライナのいたるところで起こっている。少なくとも、私自身はこのような情報には始めて接しただけに、この報道内容は非常に衝撃的である。
ドイツの諜報機関が公表した別の報道 [2] によると、ウクライナ危機での市民の犠牲者数は50,000人にもなるという。公式には最新の犠牲者数は5,400人と報道されている。しかし、この数値はウクライナ東部のドネツク州とかルガンスク州における民間人の犠牲者の数である。残りの44,600人はウクライナ兵とドンバスの自警団の犠牲者ということになる。そして、さまざまな情報から判断すると、ウクライナ軍の犠牲者数はドンバスの自警団に比して非常に多いのだ。
これだけ多数の犠牲者が出ると、政府や軍がいくら宣伝工作をしてみても、実態を隠ぺいし続けることはもはや不可能になったのではないかと推測される。実情を肌で感じ取っている住民たちの不満は募る一方で、すでに爆発する一歩手前にまで来ているようだ。
新兵募集のためにやって来た係官にくってかかる地域住民の憤懣やるかたのない様子は多くのビデオに収録されている。特に女性たちの突き上げにあって、立ち往生する係官の姿は実に興味深い。
男たちにとっては、たとえ徴兵逃れで刑務所にぶち込まれても、最悪の場合でも5年後には社会復帰できる。それまでの我慢だ…ということのようだ。
多くの市民はそこまで追い込まれているのだ。この状況では、ポロシェンコ政権はそう長くはもたないだろう。

参照:
1When Ukrainians Choose Not to Die in a War: By DMITRY KOLESNIK, Counterpunch, Feb/06/2015
250,000 casualties in Ukraine: German intel says 'official figures not credible’: By RT, Feb/08/2015, http://on.rt.com/guy7mh


 


2015年2月3日火曜日

クリミアは常にロシアに属していた - スロバキアの独立を許容したヴァーツラフ・クラウス元チェコ大統領の言


米国の軍産複合体は、2013年には米国政府が財政危機に陥り、議会によって軍事予算を強制的に削られたことから、その将来を心配していた。20133月、オバマ大統領は軍事費の7.8%カット、その他の歳出を5%カットすることにした。
しかし、2014年の2月には選挙で選出されていたウクライナのヤヌコヴィッチ政権がクーデターによって転覆され、米国政府が主導するキエフ傀儡政権が樹立された。この新政権はネオ・ナチや極右派を閣僚に迎えて、親EU政策に邁進した。ロシア語を日常語とする南東部のふたつの州(ドネツクとルガンスク)はキエフ政権の政策に反対し、独立を志向。また、最南端のクリミア自治共和国は住民投票の結果、圧倒的な賛成票を得て、ウクライナとは決別しロシアに帰属する道を選んだ。ロシア政府はクリミア住民の選択を速やかに受け入れ、その要請に応えた。
しかし、米欧はクリミアの住民投票は「国際法上、無効だ」と主張した。
クリミアの住民投票はどんな意味を持っているのかに関しては、さまざまな意見がある。小生のブログでこの件をすでに取り上げている。その詳細については2014320日に掲載した「クリミアでの国民投票は本当に非合法なのか」を参照されたい。そこに示された専門家の意見は非常に興味深い。それらと比べると、西側が言っている「クリミアの住民投票は違法である」との主張は世論操作であり、まったくの子供だましに見えるが、どうだろうか。
ところで、フォークランド諸島の領有権を巡っては、英国とアルゼンチンとの間で戦争にまでなった(1982年)。英国が戦力で圧倒して、この戦争は間もなく終わった。そして、1990年には両国は国交を正常化した。しかし、両国は互いに領有権を主張し続けた。20133月、英国への帰属の是非を問う住民投票が実施され、投票者の99.8%が賛成票を投じた。こうして、フォークランド諸島は英領と認知された。
ところで、フォークランド諸島での住民投票とクリミアでの住民投票に関して国際社会が見せた反応には甚だしい違いがある。この違いに関しては、フォークランド戦争で敗れたアルゼンチンの現大統領が非常に興味深い論評をしている。その論評を下記に示してみる。
フォークランド諸島での住民投票の合法性については国連は何らの異論も唱えなかった。「フォークランド諸島の住民による民族自決の権利を承認した多くの国々は、今回、クリミアにおける住民投票についても同様の態度で臨もうとしたわけではない。もしも同一の基準を各国に適用することはないのだとするならば、いったい列強はどのようにして世界の安定を維持する保証人の役を担って行くのだろうか」と、キルチネル現大統領は西側各国の二重基準を厳しく非難した。「これはあたかもクリミアの住民は自分たちの意思を表明することはできないが、フォークランド諸島の住民は自分たちの意思を表明することができるとでも言っているみたいだ。そこには論理の一貫性はまったく感じられない」と述べた [1]。 
フォークランド諸島での住民投票が何時実施されたのかと言うと、それはクリミアでの住民投票のたった1年前のことである。両者の間に何百年、あるいは、何十年もの時間差があったというわけではない。この時間的な近さを考慮すると、西側の二重基準に対して見せたキルチネル現大統領の厳しい非難は十分に理解できる。

ウクライナ東部では内戦が始まった。内戦とは言え、地政学的なより大きな構図としては、西側がキエフ政権を支援し、ロシアがウクライナ東南部のドネツクおよびルガンスクの両州を支援している。こうして、米ロ間の代理戦争がウクライナで始まったのである。
この戦争で一番喜んでいるのは誰か?何と言っても、それは米国の軍産複合体ではないだろうか。ごく最近、「米ロ間の緊張の高まりを喜ぶ米国の軍産複合体」と題した記事 [2] が目についた。この表題は、いみじくも、すべてを物語っていると言えよう。
米国の軍産複合体は戦争マシーンである。国防関連の米国企業の収支は米国政府の対外政策、特に、軍事的な介入を伴う対外政策に大きく依存している。軍産複合体のマーケテングの主たる対象は海外で米軍が関与する紛争を引き起こすことにあると言えよう。皮肉な話である。事実、2000年代に入ってから、米国はいくつもの戦争を次から次へと行って来た。
ブッシュ(ジュニア)大統領はアルゼンチンの故キルチネル大統領(現キルチネル大統領の夫)との会話で、次のように述べたと報道されている。「…今直ぐにでも実施できるアルゼンチンの財政問題に対する解決策はマーシャル・プランだ、と私はブッシュ大統領に自分の考えを述べたが、彼は怒り出した。マーシャル・プランなんて民主党特有の馬鹿げた考えだ、と彼は言った。経済を活性化させる最善の方法は戦争、米国は戦争をすることによって経済を成長させて来たんだ、と。 [注:さらに詳しい内容については、20121011日付けの小生のブログ「ふたりの大統領」を参照されたい。] 
これは一国の大統領が自国の経済についてしゃべった言葉であるが、私はこれほど単刀直入に米国経済の実態を描写した言葉を聞いたことがなかった。故キルチネル大統領との会合は非公式なものであったからこそ、ブッシュ(ジュニア)大統領はうっかり本音を開陳してしまったのかも知れない。
1999年のチェコ、ハンガリーおよびポーランドのNATOへの加盟をきっかけに、西側は政治、経済、軍事の面で継続的に東方への拡大を目指して来た。つまり、NATOはロシアとの国境へ近づくことに全力を尽くして来た。このような背景から、圧倒的な賛成票を得た住民投票にもとづいてクリミア自治共和国が選択したロシアへの併合であるにも拘わらず、米国のエリートや政府はこれを、フォークランド諸島の住民投票と同様に、すんなりと受け入れることはなかった。
また、米国のネオコンの間では「ロシア側に利するものは全てが米国にとってはマイナスとなる」という論理があるそうだ。クリミア半島のロシアへの帰属も、そういった単純な尺度で見る限りでは、米国にとってはとても許容できないという結論に至ったのであろう。
米国の対ロ政策はすでにかなり敵対的なものになっていたことも事実である。
911同時多発テロ以降、アフガニスタン、ソマリア、イラク、南スーダン、イエメン、パキスタン、リビア、シリアにおいては、米国の軍事的展開が続いた。これらの軍事的展開には見落としてはならない事実がある。米国は、軍事的展開の理由が見つからなければ、自作自演によってでも軍事的侵攻を正当化する新たな理由を創り出す国である。
ウクライナ紛争を契機にしたロシアに対する攻勢も押して知るべしであろう。
20136月、スノーデン事件が発生。スノーデンは米国国家安全保障局が行っている違法な情報収集を香港において複数のメデアに公表した。この内部告発は世界中のメデアを大騒ぎにさせた。ロシアはスノーデンに入国許可を与え、彼を保護した。この事件は米ロ間に新たな緊張をもたらした。
20142月、米国のオバマ大統領は平和の祭典である筈のソチ・冬季オリンピックでの開会式への出席をボイコットした。ヨーロッパでも多くの国の元首がこれにならった。米国とその同盟国はすでにさまざまな敵対行動を取っており、対ロ政策としての政治的方向性が採用されていた。クリミアでの住民投票の直後、米国は最初の対ロ経済制裁を発動した。ロシアによるクリミアの併合後、ロシアはG8 のメンバーから除名された。 

今、クリミアの併合以降1年近くになろうとしている。
現キエフ政権と米国政府との間には連携行動が観察される。米国の高官(たとえば、国務省とか国防省の高官)がキエフを訪問する度にキエフ政府のウクライナ東部のドネツクやルガンスク両州に対する軍事的作戦が新たに強化される。そして、キエフ軍が痛手を被る度にキエフ政府は「ロシア軍が大量に侵入して来た」と喧伝する。米国政府はキエフ政府の言い分をそのまま繰り返す。しかしながら、キエフ政権や米国が言うところのロシア軍の侵入はその裏付けとなるような衛星写真は提示されたことがない。このパターンが繰り返されているのだ。
バルト諸国では軍事演習と称したNATO軍の展開がすでに開始されており、戦闘機や軍艦を増強配備した。キエフ政権にたいしては軍事的支援をさらに強化することを米国政府は公言している。
米国内の軍産複合体はオバマ政権の動きに満足しているのではないだろうか。今後も、さまざまな政策や軍事支援が次々と展開されるのであろう。
これらの政治的および軍事的な展開は米国が「クリミアの住民投票は違法である」との主張をした辺りからそれまでは非公式あるいは秘密裏に行われていた動きが公式の政策へと大きく転換されたかのように見える。
ヨーロッパの政治家の間では米英主導の対ロ経済制裁が一様に支持されているのかと言うと、決してそうではない。EUの政策を牛耳っているドイツでは、メルケル政権は対ロ経済制裁で大きな損害を被っている国内の産業界からは根強い批判を浴びている。メルケル政権がどこまで持ちこたえるのかは未知数だ。フランスのオランド大統領はこの1月に対ロ経済制裁の停止を提言し、米国からの自主独立路線を模索した。しかし、その数日後、風刺週刊新聞「シャルリー・エブド」でのテロ事件が発生した。この事件によって、対テロ政策という名目の下にフランスはまたもや米国の影響下に引き戻されたかのようだ。この状況は一時的なものなのか、それとも今後自主独立路線を全うできるのかは現時点では断言できない。対ロ経済制裁について懐疑的な姿勢をとっている国としては、フランス、オーストリア、イタリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、キプロス、等が挙げられる。
EU内での政治的な意見の食い違いは単純化すると次のような具合だ。ひとつのグループはあくまでも対ロシア政策では強硬策を堅持しようとし、対ロ経済制裁を支持している。ポーランドやバルト3国に見られる姿勢だ。もう一方のグループはクリミア住民の大多数が選択したロシアへの帰属は認めてやり、ロシアとの通商を復活させ、自国の国内経済にテコ入れをしたいという現実主義的な路線を標榜している。
ところで、1993年にスロバキアの分離独立を許容し、当時のチェコ共和国の首相を務め、後にチェコ共和国の大統領となったヴァーツラ・クラウスはクリミアの存在に関しては米英とはまったく違った見方をしている [3]。かっては共産主義圏に属していたチェコの指導的な政治家の意見である。それを考えただけでも、興味がそそられる。
前置きが長くなってしまったが、本日のブログではこのヴァーツラ・クラウス元チェコ共和国大統領の言葉に注目してみよう。以下に仮訳を示す。 

<引用開始> 

 

Photo-1: ウクライナは西側かロシアかの二者択一を迫られた
 

この記事はDie Presse [訳注:これはオーストリアで出版されているドイツ語日刊紙] に掲載されたもの。Google Translateを用いてドイツ語の原文を英訳した。




ウクライナ危機は今や1年を経過し、今のところ収束策はすべてが失敗しています。何らかの解決策を提案することができますか? 
ヴァーツラ・クラウス: 現地ではすでに長い間悲劇的な状況が続いています。できるだけ速やかに何らかの手を打たなければなりません。しかし、外部からの介入はしなくても、交渉と妥協によってのみ解決策を見出すことは可能です。ウクライナ政権がそういった解決策を採用することが出来ないままであるという現実は非常に残念なことです。
ご存知のように、私自身はチェコスロバキアを解体するという貴重な経験をしています。私はチェコスロバキアで全生涯を過ごして来ました。国を分割するという考えは私にとっては馬鹿げた考えであって、私は分割には反対でした。しかし、スロバキアの市民が本当に分離独立を望んでいることを知って、解決策は妥協するしかあり得ないと私は判断したのです。その結果、分割が可能になったのです。ウクライナでもこれと似たようなことが起こる必要があります。10対ゼロで圧勝するなんてどちらの側にとってもあり得ないことです。
 
と言う事は、両派がウクライナを共有するということでしょうか?
これは私からの提案でもなければ推奨でもありません。私は自分が経験したことを喋っているだけです。
 
「もう一方の側」とはウクライナ東部の分離独立派を指しているのですか?それともロシアを指しているのですか? 
ウクライナ東部の住民です。冒頭であなたが明確にしようとしたことは正しい。問題は「ウクライナ危機」についてです。でも、これは西ヨーロッパの典型的な問題というわけではありません。通常、人々はウクライナとロシアとの間の紛争として捉え、それに基づいて喋っていますが、私はその点については随時修正を加えたいと思っています。 
 
確かに、紛争はウクライナ領内で起こっていますが、ロシアが軍事的に関与していることもまた明らかです。
いや、いや、そういうことではなくて、この紛争は「米国とヨーロッパがロシアに対峙」しており、ウクライナは単に消極的な小道具でしかないと私は判断しているのです。 

代理戦争という意味でしょうか? 
元々はウクライナ国内の危機として燃え上がったものですが、それには国内的な理由があったからです。ウクライナでは共産主義の崩壊後の改革はほとんど何も行われては来なかったのです。他の中欧や東欧の国々と比較すると、ウクライナは大失敗です。これがこの紛争の原因です。ウクライナは真っ二つに割れてしまっていますが、ウクライナは人工的に形成されている国家です。均質な国民から成る正真正銘の領域はないのです。残念なことです。ですから、他の国々と比べ、国を変革することがより難しいのです。現在の危機はウクライナに対して「西と東のどちらを選ぶのか」と決断を迫ったことから起こったものです。ひとつの国に対して「西と東のどちらを選ぶのか」と決断を迫ると、それはその国を真っ二つに分断することに等しいのです。

ウクライナをそのような選択肢の前に立たせた者はいませんよ。
いや、確かにそうです!でも、ウクライナをEUまたはNATOに引っ張り込むという考えは始めから存在していたのです。

でも、誰もそのことは喋ってはいません。あれは単なる連合協定の話です。 
そこのところが問題なのです。中欧や東欧各国にとっては連合協定の締結は常にEUのメンバーになるための重要なステップであるからです。

この紛争は2013年の終わり頃から始まりました。連合協定についての論争から始まったのです。しかしながら、ロシアのクリミア編入によって軍事的な紛争となりました。そうではありませんか?
それはあなたの個人的な解釈です。私にとっては、そのような解釈にはなりません。私はロシアやプーチンを防護する立場にはありません。共産主義時代の私たちの歴史を見ると、私たちはむしろ反ロシアです。私は真実を見出そうとしているのです。私の個人的な意見を言いますと、ロシアのクリミアでの行動は単なる「反応」でしかないのです。ロシアが「行動」を起こしたわけではないのです。ところで、あなたはチェスをしますか?

ほとんどしません。
「強制的に引き起こされた結果」という考え方があります。たとえ気に入らなくても、何かをしなければならないのです。

何故ロシアは介入しなければならなかったのでしょうか?
あれはキエフで起こったマイダンに対する反応でした。ウクライナではロシア語を喋る住民に対する攻撃があったのです。

でも、どうして軍事的な介入をしたのでしょうか?
住民投票が行われました。これは住民投票を受け入れるのか、それとも受け入れないのかという問題です。

ロシア軍の存在の下で実施された住民投票… 
クリミアはウクライナの一部ではなかったことは明らかです。誰もが知っています。クリミアは常にロシアに所属して来ました。私はそれほど悲劇的には考えていません。私の考えによると、ウクライナの国内危機こそが中心的な要因です。それがすべてです。マイダン革命がなかったら、クリミアの併合を引き起こすことにはならなかったでしょう。

あなたはかっては国家元首でした。もしも隣国が自国の一部を割譲したとしたら、あなたはどう反応しますか? 
そのような質問は私は受け取ることはできません。しかし、私の国ではウクライナで起こったような展開を受け入れることはできないでしょう。私だったら早い時期に反対派の人たちとの話し合いを開始します。でも、ウクライナでは政治家たちはそうしなかった。私は、すべては話し合いをしなかったことから引き起こされた結果であると言っているのです。

EUが課した経済制裁もひとつの結果であったかと思います。最近の議論はさらなる制裁を取り上げています。ご覧のように、かなり以前の制裁政策です。
私の見方としてすでに言いましたが、この紛争の原因はロシアではありません。このことこそがこの経済制裁が間違っているとする根拠であるのです。もうひとつ別の問題は経済制裁はどのように作用するのか、経済制裁にはどのような効果があるのかという点です。

この経済制裁では誰が一番苦労すると思いますか?ロシアですか?それともEUですか? 
間違いなく、ロシアの方です。この経済制裁を嫌っている数多くのチェコの経済人を知っていますが、経済制裁によってロシアはより厳しい試練を受けています。



あるインタビュウではあなたはこう言いました。「EUはシステムを改革する必要がある。言わば、1989年の改革のような…」と。あれはどのような考えでそう述べられたのでしょうか? 

ヨーロッパの現状を見ると、課題が山積しています。劇的な状況にあるとも言えます。多分、これは50年間もの共産主義の時代を過ごし、われわれの目が鋭敏になっているからそう見えるのかも知れません。多分、過剰な程にまで…

それは何についてでしょうか? 
全てについてです!経済の停滞や民主主義の欠如、等。これらは私の側からのもっとも中心的な批判です。ヨーロッパでは改革が必要です。それは化粧直しのような表面的な改革であってはなりません。共産主義時代の末期には数多くの改革を行いましたが、私は「さらなる改革はもう必要ではない。社会全体の徹底した変革が必要だ」と言いました。今日のヨーロッパではそれに類するようなことが必要です。 

しかし、EUを共産主義と比べることは可能なんですか? 
これは比較ではありません。要は、細かいことを変更するだけではなくて、システムの根底を変えることです。 

そうした細かいことに思いを巡らすことで、このシステムはどのように作動しますか?EUが依然として存在し続けるとしての話ですが… 
EUはヨーロッパ統合のひとつの変形です。私は国境での様々な障害を取り除こうとする統合賛成派のひとりです。当初、これこそがもっとも優先しなければならない原則でした。しかし、マーストリヒト条約を契機に転換期を迎えました。EC(欧州共同体)からEU(欧州連合)への変化です。この「C」から「U」への変化は、私に言わせると、根本的なものではありますが、今日のヨーロッパで見る様々な問題の出発点ともなっています。 

より緊密に統合された欧州連合のいったい何が悪いのでしょうか?
それはヨーロッパの国家を排除してしまっている。「地域のためのヨーロッパ」とか「ヨーロッパ人のヨーロッパ」といったスローガンがあります。しかし、そういうことではなくて、私は「ヨーロッパ各国のヨーロッパ」を望んでいるのです。

これらの国々はただ単に地図から消えることはないでしょう。今日、一国では対処できない問題がたくさんあり、それらは共同で対処しない限り単独ではとても解決できそうもありません。 
いいえ、私は「ノー」と言います。これは単に何人かのヨーロッパの政治家が抱いた夢に過ぎません。多くの事のために国家が必要というわけではありません。しかし、ひとつのことのために国家はどうしても必要なのです。それは民主主義のためです。国家を抜きにした民主主義は存在し得ません。大陸レベルでの民主的システムなんて不可能です。

どうしてでしょうか?
民主主義は民衆、あるいは、国民を必要とします。ところが、「ヨーロッパ」には民衆がいないのです。われわれはヨーロッパ人ではありません。私はヨーロッパ人であるとは思ってはいません。私にとっては、ヨーロッパとは自分の身元を示すいくつかの形態のうちのひとつでしかないのです。私はプラハに住んでおり、私の身元はチェコです。中央ヨーロッパの一部でもあります。ウィーンやクラコフおよびミラノといった都市は私の個人的な世界の一部です。ヘルシンキやリスボン、アテネあるいはパレルモはそうではありません。私は囚われの身です。そして、ヨーロッパという概念があります。しかし、このヨーロッパという身元は私には非常に希薄です。私にはフィンランド人あるいはアイルランド人やギリシャ人との類似性は見つかりません。

チェコの後継大統領であるミロシュ・ゼマンは、パリで起こったテロの襲撃の後、移住者の連中みんなを出身国へ送り返さなければならない、と言いました。あなたの立ち位置はどこにありますか? 
またもや、この質問はまるで10階にでも所属するような問題です。最初の論争はまったく別物です。

では、最初の論争は何でしょうか?
移住者が西ヨーロッパへやって来ることを許したことは政治家たちの劇的な失敗です。それは良く理解しています。豊かになったヨーロッパ人はもはや変わった仕事にはつきたくはないので、トルコや他の国々からの労働者を招いたのです。あれは大間違いでした。 

でも、これはチェコ共和国でも問題視されているのですか? 
それほどではありません。 チェコ共和国はまだドイツほどには豊かではありません。共産主義社会というのは閉鎖された社会です。移住も含めて、何でも禁止されていました。われわれの国は依然として均質です。西ヨーロッパでの状況とは比べようもありません。もっとも主要な課題は多文化主義に関する偽りのイデオロギーですが、これは社会を崩壊させるので出来るだけ速やかに忘れ去ってしまわなければなりません。

テロの襲撃後直ちに、より厳しい監視を要請する声が高まりました。われわれが自由社会の基盤を崩壊させてしまうようなことにはならないでしょうか?
覚悟をしています。2001年の「愛国者法」は米国にとっては大失敗でした。201517日が米国人にとっての2001911日と同様の役割を演じるのではないかと私は心配しています。私は「私はシャルリーではない」とはっきりと言わなければなりません。「私はシャルリー」なんて馬鹿げた考えです。 

どのような形でですか? 
彼らは皆がシャルリーであると書いて、表現している。

でも、あれは犠牲者に対する連帯の気持ちから来たものです。そうではありませんか?
もちろん、この事件は悲惨な出来事です。そのこと自体は特に強調するべきものではありません。しかし、同日、ナイジェリアでは2,000人もの住民が銃殺されているのです。でも、そのことについては誰も喋ろうとはしない。まったく、誰も。あの事件はこちらで起こったのではなく、何千マイルも離れているからです。これはまさに偽善です。私は受け入れることはできません。このことに関しても、私の目はいささか過敏過ぎるのかも知れません。「私はシャルリーではない。」パリで起こった悲劇は、私に言わせると、多文化主義や移民政策および政治家の間違った美辞麗句によって引き起こされた結果でしかないのです。テロリズムによる悲劇はまったく別物です。
シラク大統領がフランスに君臨していた頃のEUサミットを私は覚えています。あの頃、南ヨーロッパ各国にアフリカからの第1派の移民が押し寄せて来ていました。シラク大統領は身の安全についてだけ言及していました。そこで、私は言ったのです。「シラク大統領、身の安全だけで用が足りるとお思いですか?ヨーロッパへやって来たいと皆を駆り立てているのは、ヨーロッパの社会政策が基本的な要因になっているのではないんですか?」 と。すると、シラク大統領が大声をあげた。「クラウス、君はヨーロッパの社会保障行政を取り壊したいようだ。その通りだ!ヨーロッパの社会主義こそが根本的な要因なのだ。」 

<引用終了> 

チェコ共和国の第二代大統領(2003~2013)を務めたヴァーツラ・クラウスは特有の価値観を持っているように感じる。真実を追求する姿勢が非常に新鮮であり、印象的だ。
ロシアはかってチェコスロバキア市民の自由を求める機運を戦車で蹂躙したワルシャワ条約機構軍を主導した旧ソ連邦の後身である。そのロシアやロシアを率いるプーチンに関しては、旧ソ連邦に対しては根深い恨みや違和感を抱いているに違いないと思われるにも拘わらず、イデオロギーよりもむしろ真実を求めたいと述べている点が非常に興味深い。ウクライナ紛争はウクライナ対ロシアの紛争ではなく、米欧対ロシアの争いであり、ロシアがなんらかの行動を起こしたのではなく、ロシアは米欧の行動に対して反応しただけであるとの持論を展開している。これはフォーリン・アフェアーズ誌(20149月・10月号)に掲載されたジョン・ミアシャイマー教授の論文の主張とまったく同様だ。
ロシアによるクリミアの併合はウクライナの国内要因から引き起こされたものだとするチェコ元大統領の主張は、ワシントン政府がロシアに対して課している経済制裁の正当性を根こそぎにしてしまう威力を持っている。
小生のブログにおいても、昨年の91日、「ウクライナ危機を招いたのは西側であって、プーチンではない - 米外交問題評議会」と題するブログを掲載し、このジョン・ミアシャイマー教授の論文を紹介している。全文を仮訳して掲載しているので、ご興味のある方は参照していただきたい。
要は、ヴァーツラ・クラウスというチェコの政治家の言葉の中には、西側の多くの主流メデアに見られるような扇動的なプロパガンダに時間や紙面を費やすのではなく、でき得る限り真理に迫ろうとする姿勢が明らかに見て取れる。
この政治家は「頼もしいなあ」と私は感じた。こういう政治家だったら、価値観や政治的目標を共有することに一選挙民として進んで参加することができるのではないかと思う。 


参照:
1Argentine president condemns Western policy on situation in Crimea: By The Voice Of Russia, Mar/18/2014, http://voiceofrussia.com/news/2014_03_18/Argentine-president-condemns-Western-policy-on-situation-in-Crimea-7680/
2US Military-Industrial Complex Celebrated the Outbreak of US-Russia Tensions: By Andrew Cockburn (Harper's Magazine - Excerpt), Jan/23/2015
3Ex-Czech President Václav Klaus: Crimea Has Always Belonged to Russia: By Helmar Dumbs (DiePresse.com), Jan/22/2015