米国の軍産複合体は、2013年には米国政府が財政危機に陥り、議会によって軍事予算を強制的に削られたことから、その将来を心配していた。2013年3月、オバマ大統領は軍事費の7.8%カット、その他の歳出を5%カットすることにした。
しかし、2014年の2月には選挙で選出されていたウクライナのヤヌコヴィッチ政権がクーデターによって転覆され、米国政府が主導するキエフ傀儡政権が樹立された。この新政権はネオ・ナチや極右派を閣僚に迎えて、親EU政策に邁進した。ロシア語を日常語とする南東部のふたつの州(ドネツクとルガンスク)はキエフ政権の政策に反対し、独立を志向。また、最南端のクリミア自治共和国は住民投票の結果、圧倒的な賛成票を得て、ウクライナとは決別しロシアに帰属する道を選んだ。ロシア政府はクリミア住民の選択を速やかに受け入れ、その要請に応えた。
しかし、米欧はクリミアの住民投票は「国際法上、無効だ」と主張した。
クリミアの住民投票はどんな意味を持っているのかに関しては、さまざまな意見がある。小生のブログでこの件をすでに取り上げている。その詳細については2014年3月20日に掲載した「クリミアでの国民投票は本当に非合法なのか」を参照されたい。そこに示された専門家の意見は非常に興味深い。それらと比べると、西側が言っている「クリミアの住民投票は違法である」との主張は世論操作であり、まったくの子供だましに見えるが、どうだろうか。
ところで、フォークランド諸島の領有権を巡っては、英国とアルゼンチンとの間で戦争にまでなった(1982年)。英国が戦力で圧倒して、この戦争は間もなく終わった。そして、1990年には両国は国交を正常化した。しかし、両国は互いに領有権を主張し続けた。2013年3月、英国への帰属の是非を問う住民投票が実施され、投票者の99.8%が賛成票を投じた。こうして、フォークランド諸島は英領と認知された。
ところで、フォークランド諸島での住民投票とクリミアでの住民投票に関して国際社会が見せた反応には甚だしい違いがある。この違いに関しては、フォークランド戦争で敗れたアルゼンチンの現大統領が非常に興味深い論評をしている。その論評を下記に示してみる。
フォークランド諸島での住民投票の合法性については国連は何らの異論も唱えなかった。「フォークランド諸島の住民による民族自決の権利を承認した多くの国々は、今回、クリミアにおける住民投票についても同様の態度で臨もうとしたわけではない。もしも同一の基準を各国に適用することはないのだとするならば、いったい列強はどのようにして世界の安定を維持する保証人の役を担って行くのだろうか」と、キルチネル現大統領は西側各国の二重基準を厳しく非難した。「これはあたかもクリミアの住民は自分たちの意思を表明することはできないが、フォークランド諸島の住民は自分たちの意思を表明することができるとでも言っているみたいだ。そこには論理の一貫性はまったく感じられない」と述べた [注1]。
フォークランド諸島での住民投票が何時実施されたのかと言うと、それはクリミアでの住民投票のたった1年前のことである。両者の間に何百年、あるいは、何十年もの時間差があったというわけではない。この時間的な近さを考慮すると、西側の二重基準に対して見せたキルチネル現大統領の厳しい非難は十分に理解できる。
ウクライナ東部では内戦が始まった。内戦とは言え、地政学的なより大きな構図としては、西側がキエフ政権を支援し、ロシアがウクライナ東南部のドネツクおよびルガンスクの両州を支援している。こうして、米ロ間の代理戦争がウクライナで始まったのである。
この戦争で一番喜んでいるのは誰か?何と言っても、それは米国の軍産複合体ではないだろうか。ごく最近、「米ロ間の緊張の高まりを喜ぶ米国の軍産複合体」と題した記事 [注2] が目についた。この表題は、いみじくも、すべてを物語っていると言えよう。
米国の軍産複合体は戦争マシーンである。国防関連の米国企業の収支は米国政府の対外政策、特に、軍事的な介入を伴う対外政策に大きく依存している。軍産複合体のマーケテイングの主たる対象は海外で米軍が関与する紛争を引き起こすことにあると言えよう。皮肉な話である。事実、2000年代に入ってから、米国はいくつもの戦争を次から次へと行って来た。
ブッシュ(ジュニア)大統領はアルゼンチンの故キルチネル大統領(現キルチネル大統領の夫)との会話で、次のように述べたと報道されている。「…今直ぐにでも実施できるアルゼンチンの財政問題に対する解決策はマーシャル・プランだ、と私はブッシュ大統領に自分の考えを述べたが、彼は怒り出した。マーシャル・プランなんて民主党特有の馬鹿げた考えだ、と彼は言った。経済を活性化させる最善の方法は戦争、米国は戦争をすることによって経済を成長させて来たんだ、と。」 [注:さらに詳しい内容については、2012年10月11日付けの小生のブログ「ふたりの大統領」を参照されたい。]
これは一国の大統領が自国の経済についてしゃべった言葉であるが、私はこれほど単刀直入に米国経済の実態を描写した言葉を聞いたことがなかった。故キルチネル大統領との会合は非公式なものであったからこそ、ブッシュ(ジュニア)大統領はうっかり本音を開陳してしまったのかも知れない。
1999年のチェコ、ハンガリーおよびポーランドのNATOへの加盟をきっかけに、西側は政治、経済、軍事の面で継続的に東方への拡大を目指して来た。つまり、NATOはロシアとの国境へ近づくことに全力を尽くして来た。このような背景から、圧倒的な賛成票を得た住民投票にもとづいてクリミア自治共和国が選択したロシアへの併合であるにも拘わらず、米国のエリートや政府はこれを、フォークランド諸島の住民投票と同様に、すんなりと受け入れることはなかった。
また、米国のネオコンの間では「ロシア側に利するものは全てが米国にとってはマイナスとなる」という論理があるそうだ。クリミア半島のロシアへの帰属も、そういった単純な尺度で見る限りでは、米国にとってはとても許容できないという結論に至ったのであろう。
米国の対ロ政策はすでにかなり敵対的なものになっていたことも事実である。
9・11同時多発テロ以降、アフガニスタン、ソマリア、イラク、南スーダン、イエメン、パキスタン、リビア、シリアにおいては、米国の軍事的展開が続いた。これらの軍事的展開には見落としてはならない事実がある。米国は、軍事的展開の理由が見つからなければ、自作自演によってでも軍事的侵攻を正当化する新たな理由を創り出す国である。
ウクライナ紛争を契機にしたロシアに対する攻勢も押して知るべしであろう。
2013年6月、スノーデン事件が発生。スノーデンは米国国家安全保障局が行っている違法な情報収集を香港において複数のメデイアに公表した。この内部告発は世界中のメデイアを大騒ぎにさせた。ロシアはスノーデンに入国許可を与え、彼を保護した。この事件は米ロ間に新たな緊張をもたらした。
2014年2月、米国のオバマ大統領は平和の祭典である筈のソチ・冬季オリンピックでの開会式への出席をボイコットした。ヨーロッパでも多くの国の元首がこれにならった。米国とその同盟国はすでにさまざまな敵対行動を取っており、対ロ政策としての政治的方向性が採用されていた。クリミアでの住民投票の直後、米国は最初の対ロ経済制裁を発動した。ロシアによるクリミアの併合後、ロシアはG8 のメンバーから除名された。
今、クリミアの併合以降1年近くになろうとしている。
現キエフ政権と米国政府との間には連携行動が観察される。米国の高官(たとえば、国務省とか国防省の高官)がキエフを訪問する度にキエフ政府のウクライナ東部のドネツクやルガンスク両州に対する軍事的作戦が新たに強化される。そして、キエフ軍が痛手を被る度にキエフ政府は「ロシア軍が大量に侵入して来た」と喧伝する。米国政府はキエフ政府の言い分をそのまま繰り返す。しかしながら、キエフ政権や米国が言うところのロシア軍の侵入はその裏付けとなるような衛星写真は提示されたことがない。このパターンが繰り返されているのだ。
バルト諸国では軍事演習と称したNATO軍の展開がすでに開始されており、戦闘機や軍艦を増強配備した。キエフ政権にたいしては軍事的支援をさらに強化することを米国政府は公言している。
米国内の軍産複合体はオバマ政権の動きに満足しているのではないだろうか。今後も、さまざまな政策や軍事支援が次々と展開されるのであろう。
これらの政治的および軍事的な展開は米国が「クリミアの住民投票は違法である」との主張をした辺りからそれまでは非公式あるいは秘密裏に行われていた動きが公式の政策へと大きく転換されたかのように見える。
ヨーロッパの政治家の間では米英主導の対ロ経済制裁が一様に支持されているのかと言うと、決してそうではない。EUの政策を牛耳っているドイツでは、メルケル政権は対ロ経済制裁で大きな損害を被っている国内の産業界からは根強い批判を浴びている。メルケル政権がどこまで持ちこたえるのかは未知数だ。フランスのオランド大統領はこの1月に対ロ経済制裁の停止を提言し、米国からの自主独立路線を模索した。しかし、その数日後、風刺週刊新聞「シャルリー・エブド」でのテロ事件が発生した。この事件によって、対テロ政策という名目の下にフランスはまたもや米国の影響下に引き戻されたかのようだ。この状況は一時的なものなのか、それとも今後自主独立路線を全うできるのかは現時点では断言できない。対ロ経済制裁について懐疑的な姿勢をとっている国としては、フランス、オーストリア、イタリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、キプロス、等が挙げられる。
EU内での政治的な意見の食い違いは単純化すると次のような具合だ。ひとつのグループはあくまでも対ロシア政策では強硬策を堅持しようとし、対ロ経済制裁を支持している。ポーランドやバルト3国に見られる姿勢だ。もう一方のグループはクリミア住民の大多数が選択したロシアへの帰属は認めてやり、ロシアとの通商を復活させ、自国の国内経済にテコ入れをしたいという現実主義的な路線を標榜している。
ところで、1993年にスロバキアの分離独立を許容し、当時のチェコ共和国の首相を務め、後にチェコ共和国の大統領となったヴァーツラフ・クラウスはクリミアの存在に関しては米英とはまったく違った見方をしている [注3]。かっては共産主義圏に属していたチェコの指導的な政治家の意見である。それを考えただけでも、興味がそそられる。
前置きが長くなってしまったが、本日のブログではこのヴァーツラフ・クラウス元チェコ共和国大統領の言葉に注目してみよう。以下に仮訳を示す。
<引用開始>
Photo-1: ウクライナは西側かロシアかの二者択一を迫られた
この記事はDie Presse [訳注:これはオーストリアで出版されているドイツ語日刊紙] に掲載されたもの。Google Translateを用いてドイツ語の原文を英訳した。
ウクライナ危機は今や1年を経過し、今のところ収束策はすべてが失敗しています。何らかの解決策を提案することができますか?
ヴァーツラフ・クラウス: 現地ではすでに長い間悲劇的な状況が続いています。できるだけ速やかに何らかの手を打たなければなりません。しかし、外部からの介入はしなくても、交渉と妥協によってのみ解決策を見出すことは可能です。ウクライナ政権がそういった解決策を採用することが出来ないままであるという現実は非常に残念なことです。
ご存知のように、私自身はチェコスロバキアを解体するという貴重な経験をしています。私はチェコスロバキアで全生涯を過ごして来ました。国を分割するという考えは私にとっては馬鹿げた考えであって、私は分割には反対でした。しかし、スロバキアの市民が本当に分離独立を望んでいることを知って、解決策は妥協するしかあり得ないと私は判断したのです。その結果、分割が可能になったのです。ウクライナでもこれと似たようなことが起こる必要があります。10対ゼロで圧勝するなんてどちらの側にとってもあり得ないことです。
と言う事は、両派がウクライナを共有するということでしょうか?
これは私からの提案でもなければ推奨でもありません。私は自分が経験したことを喋っているだけです。
「もう一方の側」とはウクライナ東部の分離独立派を指しているのですか?それともロシアを指しているのですか?
ウクライナ東部の住民です。冒頭であなたが明確にしようとしたことは正しい。問題は「ウクライナ危機」についてです。でも、これは西ヨーロッパの典型的な問題というわけではありません。通常、人々はウクライナとロシアとの間の紛争として捉え、それに基づいて喋っていますが、私はその点については随時修正を加えたいと思っています。
確かに、紛争はウクライナ領内で起こっていますが、ロシアが軍事的に関与していることもまた明らかです。
いや、いや、そういうことではなくて、この紛争は「米国とヨーロッパがロシアに対峙」しており、ウクライナは単に消極的な小道具でしかないと私は判断しているのです。
代理戦争という意味でしょうか?
元々はウクライナ国内の危機として燃え上がったものですが、それには国内的な理由があったからです。ウクライナでは共産主義の崩壊後の改革はほとんど何も行われては来なかったのです。他の中欧や東欧の国々と比較すると、ウクライナは大失敗です。これがこの紛争の原因です。ウクライナは真っ二つに割れてしまっていますが、ウクライナは人工的に形成されている国家です。均質な国民から成る正真正銘の領域はないのです。残念なことです。ですから、他の国々と比べ、国を変革することがより難しいのです。現在の危機はウクライナに対して「西と東のどちらを選ぶのか」と決断を迫ったことから起こったものです。ひとつの国に対して「西と東のどちらを選ぶのか」と決断を迫ると、それはその国を真っ二つに分断することに等しいのです。
ウクライナをそのような選択肢の前に立たせた者はいませんよ。
いや、確かにそうです!でも、ウクライナをEUまたはNATOに引っ張り込むという考えは始めから存在していたのです。
でも、誰もそのことは喋ってはいません。あれは単なる連合協定の話です。
そこのところが問題なのです。中欧や東欧各国にとっては連合協定の締結は常にEUのメンバーになるための重要なステップであるからです。
この紛争は2013年の終わり頃から始まりました。連合協定についての論争から始まったのです。しかしながら、ロシアのクリミア編入によって軍事的な紛争となりました。そうではありませんか?
それはあなたの個人的な解釈です。私にとっては、そのような解釈にはなりません。私はロシアやプーチンを防護する立場にはありません。共産主義時代の私たちの歴史を見ると、私たちはむしろ反ロシアです。私は真実を見出そうとしているのです。私の個人的な意見を言いますと、ロシアのクリミアでの行動は単なる「反応」でしかないのです。ロシアが「行動」を起こしたわけではないのです。ところで、あなたはチェスをしますか?
ほとんどしません。
「強制的に引き起こされた結果」という考え方があります。たとえ気に入らなくても、何かをしなければならないのです。
何故ロシアは介入しなければならなかったのでしょうか?
あれはキエフで起こったマイダンに対する反応でした。ウクライナではロシア語を喋る住民に対する攻撃があったのです。
でも、どうして軍事的な介入をしたのでしょうか?
住民投票が行われました。これは住民投票を受け入れるのか、それとも受け入れないのかという問題です。
ロシア軍の存在の下で実施された住民投票…
クリミアはウクライナの一部ではなかったことは明らかです。誰もが知っています。クリミアは常にロシアに所属して来ました。私はそれほど悲劇的には考えていません。私の考えによると、ウクライナの国内危機こそが中心的な要因です。それがすべてです。マイダン革命がなかったら、クリミアの併合を引き起こすことにはならなかったでしょう。
あなたはかっては国家元首でした。もしも隣国が自国の一部を割譲したとしたら、あなたはどう反応しますか?
そのような質問は私は受け取ることはできません。しかし、私の国ではウクライナで起こったような展開を受け入れることはできないでしょう。私だったら早い時期に反対派の人たちとの話し合いを開始します。でも、ウクライナでは政治家たちはそうしなかった。私は、すべては話し合いをしなかったことから引き起こされた結果であると言っているのです。
EUが課した経済制裁もひとつの結果であったかと思います。最近の議論はさらなる制裁を取り上げています。ご覧のように、かなり以前の制裁政策です。
私の見方としてすでに言いましたが、この紛争の原因はロシアではありません。このことこそがこの経済制裁が間違っているとする根拠であるのです。もうひとつ別の問題は経済制裁はどのように作用するのか、経済制裁にはどのような効果があるのかという点です。
この経済制裁では誰が一番苦労すると思いますか?ロシアですか?それともEUですか?
間違いなく、ロシアの方です。この経済制裁を嫌っている数多くのチェコの経済人を知っていますが、経済制裁によってロシアはより厳しい試練を受けています。
ヨーロッパの現状を見ると、課題が山積しています。劇的な状況にあるとも言えます。多分、これは50年間もの共産主義の時代を過ごし、われわれの目が鋭敏になっているからそう見えるのかも知れません。多分、過剰な程にまで…
それは何についてでしょうか?
全てについてです!経済の停滞や民主主義の欠如、等。これらは私の側からのもっとも中心的な批判です。ヨーロッパでは改革が必要です。それは化粧直しのような表面的な改革であってはなりません。共産主義時代の末期には数多くの改革を行いましたが、私は「さらなる改革はもう必要ではない。社会全体の徹底した変革が必要だ」と言いました。今日のヨーロッパではそれに類するようなことが必要です。
しかし、EUを共産主義と比べることは可能なんですか?
これは比較ではありません。要は、細かいことを変更するだけではなくて、システムの根底を変えることです。
そうした細かいことに思いを巡らすことで、このシステムはどのように作動しますか?EUが依然として存在し続けるとしての話ですが…
EUはヨーロッパ統合のひとつの変形です。私は国境での様々な障害を取り除こうとする統合賛成派のひとりです。当初、これこそがもっとも優先しなければならない原則でした。しかし、マーストリヒト条約を契機に転換期を迎えました。EC(欧州共同体)からEU(欧州連合)への変化です。この「C」から「U」への変化は、私に言わせると、根本的なものではありますが、今日のヨーロッパで見る様々な問題の出発点ともなっています。
より緊密に統合された欧州連合のいったい何が悪いのでしょうか?
それはヨーロッパの国家を排除してしまっている。「地域のためのヨーロッパ」とか「ヨーロッパ人のヨーロッパ」といったスローガンがあります。しかし、そういうことではなくて、私は「ヨーロッパ各国のヨーロッパ」を望んでいるのです。
これらの国々はただ単に地図から消えることはないでしょう。今日、一国では対処できない問題がたくさんあり、それらは共同で対処しない限り単独ではとても解決できそうもありません。
いいえ、私は「ノー」と言います。これは単に何人かのヨーロッパの政治家が抱いた夢に過ぎません。多くの事のために国家が必要というわけではありません。しかし、ひとつのことのために国家はどうしても必要なのです。それは民主主義のためです。国家を抜きにした民主主義は存在し得ません。大陸レベルでの民主的システムなんて不可能です。
どうしてでしょうか?
民主主義は民衆、あるいは、国民を必要とします。ところが、「ヨーロッパ」には民衆がいないのです。われわれはヨーロッパ人ではありません。私はヨーロッパ人であるとは思ってはいません。私にとっては、ヨーロッパとは自分の身元を示すいくつかの形態のうちのひとつでしかないのです。私はプラハに住んでおり、私の身元はチェコです。中央ヨーロッパの一部でもあります。ウィーンやクラコフおよびミラノといった都市は私の個人的な世界の一部です。ヘルシンキやリスボン、アテネあるいはパレルモはそうではありません。私は囚われの身です。そして、ヨーロッパという概念があります。しかし、このヨーロッパという身元は私には非常に希薄です。私にはフィンランド人あるいはアイルランド人やギリシャ人との類似性は見つかりません。
チェコの後継大統領であるミロシュ・ゼマンは、パリで起こったテロの襲撃の後、移住者の連中みんなを出身国へ送り返さなければならない、と言いました。あなたの立ち位置はどこにありますか?
またもや、この質問はまるで10階にでも所属するような問題です。最初の論争はまったく別物です。
では、最初の論争は何でしょうか?
では、最初の論争は何でしょうか?
移住者が西ヨーロッパへやって来ることを許したことは政治家たちの劇的な失敗です。それは良く理解しています。豊かになったヨーロッパ人はもはや変わった仕事にはつきたくはないので、トルコや他の国々からの労働者を招いたのです。あれは大間違いでした。
でも、これはチェコ共和国でも問題視されているのですか?
それほどではありません。 チェコ共和国はまだドイツほどには豊かではありません。共産主義社会というのは閉鎖された社会です。移住も含めて、何でも禁止されていました。われわれの国は依然として均質です。西ヨーロッパでの状況とは比べようもありません。もっとも主要な課題は多文化主義に関する偽りのイデオロギーですが、これは社会を崩壊させるので出来るだけ速やかに忘れ去ってしまわなければなりません。
テロの襲撃後直ちに、より厳しい監視を要請する声が高まりました。われわれが自由社会の基盤を崩壊させてしまうようなことにはならないでしょうか?
覚悟をしています。2001年の「愛国者法」は米国にとっては大失敗でした。2015年1月7日が米国人にとっての2001年9月11日と同様の役割を演じるのではないかと私は心配しています。私は「私はシャルリーではない」とはっきりと言わなければなりません。「私はシャルリー」なんて馬鹿げた考えです。
どのような形でですか?
彼らは皆がシャルリーであると書いて、表現している。
でも、あれは犠牲者に対する連帯の気持ちから来たものです。そうではありませんか?
もちろん、この事件は悲惨な出来事です。そのこと自体は特に強調するべきものではありません。しかし、同日、ナイジェリアでは2,000人もの住民が銃殺されているのです。でも、そのことについては誰も喋ろうとはしない。まったく、誰も。あの事件はこちらで起こったのではなく、何千マイルも離れているからです。これはまさに偽善です。私は受け入れることはできません。このことに関しても、私の目はいささか過敏過ぎるのかも知れません。「私はシャルリーではない。」パリで起こった悲劇は、私に言わせると、多文化主義や移民政策および政治家の間違った美辞麗句によって引き起こされた結果でしかないのです。テロリズムによる悲劇はまったく別物です。
シラク大統領がフランスに君臨していた頃のEUサミットを私は覚えています。あの頃、南ヨーロッパ各国にアフリカからの第1派の移民が押し寄せて来ていました。シラク大統領は身の安全についてだけ言及していました。そこで、私は言ったのです。「シラク大統領、身の安全だけで用が足りるとお思いですか?ヨーロッパへやって来たいと皆を駆り立てているのは、ヨーロッパの社会政策が基本的な要因になっているのではないんですか?」
と。すると、シラク大統領が大声をあげた。「クラウス、君はヨーロッパの社会保障行政を取り壊したいようだ。その通りだ!ヨーロッパの社会主義こそが根本的な要因なのだ。」
<引用終了>
チェコ共和国の第二代大統領(2003~2013)を務めたヴァーツラフ・クラウスは特有の価値観を持っているように感じる。真実を追求する姿勢が非常に新鮮であり、印象的だ。
ロシアはかってチェコスロバキア市民の自由を求める機運を戦車で蹂躙したワルシャワ条約機構軍を主導した旧ソ連邦の後身である。そのロシアやロシアを率いるプーチンに関しては、旧ソ連邦に対しては根深い恨みや違和感を抱いているに違いないと思われるにも拘わらず、イデオロギーよりもむしろ真実を求めたいと述べている点が非常に興味深い。ウクライナ紛争はウクライナ対ロシアの紛争ではなく、米欧対ロシアの争いであり、ロシアがなんらかの行動を起こしたのではなく、ロシアは米欧の行動に対して反応しただけであるとの持論を展開している。これはフォーリン・アフェアーズ誌(2014年9月・10月号)に掲載されたジョン・ミアシャイマー教授の論文の主張とまったく同様だ。
ロシアによるクリミアの併合はウクライナの国内要因から引き起こされたものだとするチェコ元大統領の主張は、ワシントン政府がロシアに対して課している経済制裁の正当性を根こそぎにしてしまう威力を持っている。
小生のブログにおいても、昨年の9月1日、「ウクライナ危機を招いたのは西側であって、プーチンではない - 米外交問題評議会」と題するブログを掲載し、このジョン・ミアシャイマー教授の論文を紹介している。全文を仮訳して掲載しているので、ご興味のある方は参照していただきたい。
要は、ヴァーツラフ・クラウスというチェコの政治家の言葉の中には、西側の多くの主流メデイアに見られるような扇動的なプロパガンダに時間や紙面を費やすのではなく、でき得る限り真理に迫ろうとする姿勢が明らかに見て取れる。
この政治家は「頼もしいなあ」と私は感じた。こういう政治家だったら、価値観や政治的目標を共有することに一選挙民として進んで参加することができるのではないかと思う。
参照:
注1:Argentine president condemns Western policy on situation in Crimea: By
The Voice Of Russia, Mar/18/2014, http://voiceofrussia.com/news/2014_03_18/Argentine-president-condemns-Western-policy-on-situation-in-Crimea-7680/
注2:US Military-Industrial Complex
Celebrated the Outbreak of US-Russia Tensions: By Andrew Cockburn (Harper's Magazine - Excerpt),
Jan/23/2015
注3:Ex-Czech President Václav Klaus:
Crimea Has Always Belonged to Russia: By Helmar Dumbs
(DiePresse.com), Jan/22/2015
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