2014年5月19日月曜日

対ロシア経済制裁の不思議

今、ロシアと欧州との関係は1989年にベルリンの壁が崩壊してから最悪の状態にあると言われている。「新冷戦」という言葉が方々から聞こえてくる。

新冷戦を思わせる要素は欧米各国がロシアに対して経済制裁を発動したことにある。
この対ロシア経済制裁に関して、54日付けの記事で非常に興味深い論評が見つかった [1]。その記事の冒頭の部分を下記にご紹介してみよう。 

<引用開始>
米国と欧州が先に発動した対ロシア追加制裁が、ロシアの通貨ルーブルとモスクワ株式市場の上昇につながったのはなぜだろうか。
このパラドックスを理解するには、英コメディー番組「Yes Minister」を思い起こすといいだろう。主人公である間の抜けた政治家は、危機に直面するたびに同じ発言を繰り返す。「何か行動を起こさねばならない。これがその何かだ。ゆえにこの行動を起こさねばならない。」
この三段論法で問題となるのは、何らかの行動を起こすことが、何もしないことより悪い結果を引き起こす可能性だ。ウクライナ危機をめぐりロシアに経済制裁を科すという西側の判断は、その典型的な例だ。
ロシア抑止を目的に欧米諸国が発動した制裁は哀れなほど効果のなさを露呈し、欧米の確信の欠如や計画性のなさを強調するだけの結果となった。一方その間、ロシアのプーチン大統領は、目標として掲げていたであろう2つのことを成し遂げた。1つは、クリミア編入を既成事実にする暗黙の了解を国際社会から得たこと。もう1つは、ロシアが敵対姿勢を続ける限り、ウクライナの暫定政権は国内分裂を防げない「無力な存在」であるということをトゥルチノフ大統領代行に認めさせたことだ。
経済制裁が失敗に終わるであろうと考える理由は他にも存在する。
第一に、ウクライナ国境をめぐる軍事問題がいつの間にか西側とロシアの経済衝突に変化したことにより、中国やイスラエルなどが、自国の領土問題を軍事的に解決しようと考える可能性が出てきた。
その動機を理解するには、米ハーバード大学のマイケル・サンデル氏が著書「それをお金で買いますか:市場主義の限界」で示した道徳的な難題を考えるといい。同書によると、イスラエルの保育所は、子どもを迎えに来る時間に遅れた親に罰金を科すことにしたが、その結果、時間に遅れる親が前よりも増えたという。親は時間通りに迎えに行く道徳的義務を感じなくなり、時間を厳守する代わりに、罰金をベビーシッター料金とみなすようになったからだ…
<引用終了>


私はこれを読んで、湾岸戦争の際に日本政府が多額の支援金を多国籍軍へ支払ったけれども、イラクの脅威に曝された当事国のクウートからは御礼のひとつも貰えなかったというエピソードを想い出した。そればかりではなく、多国籍軍を構成した国々からも白い目で見られた。要するに、米ハーバード大学のマイケル・サンデル氏流に言うと、何かをするよりも何かをした方が悪い結果を導いたのだと言えよう。
最近の米国の対外政策を見ると、経済制裁によって自分の意に沿わない相手国の政権を転覆させようとする意図が繰り返し実行されている。
そして、今回の相手はロシアだ。
米国主導の経済制裁を受けて、ロシアではメドベージェフ首相もプーチン大統領も、逆に経済制裁をかけた側の方が大きな痛手を受けるだろうと公言している。ロシア側にとってはヨーロッパ各国への天然ガスの輸出が止まっても、それに代わって輸出する相手国があると言うことのようだ。その筆頭は中国。そして、インドだ。
資源を確保し、市場を得ようとしてアジアへ出ていった日本は米・英・オランダによる経済制裁にあって、結局、太平洋戦争へと突入した。そして、総力戦となる現代の戦争では戦争遂行能力に乏しい日本は敗戦に追いやられた。
しかし、ロシアの場合は状況がまったく異なる。ロシアにはさまざまな資源があるし、市場に関しても中国やインドを始めイランやブラジルもある。さらには、南米諸国もこれに続くかも知れない。ロシアが米国やEUからの経済制裁を受けたとしても、中・長期的に見てロシアはそれほどの痛手は受けないで済むのかも知れないのだ。
その一方、ヨーロッパ各国はロシアからの石油・天然ガスに頼っている。輸入量の約30%はロシアからだ。それに加えて、たとえば欧州経済のけん引役であるドイツのロシアへの資本投下は約200億ユーロにもなる。非常に深い経済関係が存在するのだ。
経済制裁を主導する米国の場合、ロシアとの貿易量は全体の1%にしかならない。
そうした現状を受けて、最近の欧州各国の対ロシア経済制裁の動きを見ると「オヤ」と思わせるものがいくつもある。 

♞   ♞   ♞
ロイヤル・ダッチ・シェル社のベン・ファン・ボイルデンCEOがモスクワ郊外のプーチン邸でプーチン大統領と会った [2]。この会談が示唆することはウクライナ危機は同社のロシアへの投資には何ら影響を与えないということだ。
この記事をかいつまんで引用してみよう。 

<引用開始>
この英蘭多国籍企業はロシアで目下進行中の石油・天然ガスのプロジェクトを抱えている。世界でも最大級の開発プロジェクトである「サハリン2プロジェクト」では27%の資本参加をしており、北極海での開発では国営企業のガスプロムやロスネフトとの間で何十億ドルもの取引を成立させている。
アラスカで数多くのプロジェクトを経験しているシェル社はその経験をロシアの北極海に技術移転させることが可能だ。
イタリアのENI、ノルウェーのスタトイル、米国のエクソンモービル、あるいはフランスのトータルの各社はロシアの北極海でのエネルギー開発のためにロシア側の企業と協力している。
石油会社の重役たちにとっては、ロシアでのビジネスは何時ものように継続されている。先週開催されたイギリス石油会社の年次株主総会ではCEOのボブ・ダドリーはロシアとの共同事業については積極的に関与して行く旨を表明した。
イギリス石油会社は20133月のTNK-BPと国営企業との間の大型合併の結果、ロスネフト社に対して19.75%の資本参加をしている。
<引用終了> 

      
フランス政府は、最近のRTの報道 [3] によると、2隻のミストラル級ヘリ空母をロシアに対して納入する契約を履行すると述べた。この契約金額は12億ドルにもなる。この契約を解約するとモスクワよりもパリの方が被害甚大となるからだという。 

<引用開始>
ウクライナ危機を受けて、米国はフランスや英国ならびにドイツに対してロシアへの圧力を強めるよう働きかけていた。そして、ミストラルの契約を破棄するよう求めていた。
しかし、フランスはロシアに対するより厳しい経済制裁を実施するに当たってヘリ空母の輸出を制裁の一部に含めることを拒否した。
日曜日にフランソワ・ホランド大統領と共にアゼルバイジャンを訪問していた仏政府高官は、匿名であることを条件に、報道陣に対してこう言った。「この契約は解約するには余りにも大きくて、解約することはできない。フランスが契約を履行しなかった場合、フランスは莫大な賠償金に見舞われることになる。」
「ミストラルは制裁の第3弾の一部とはならない。これらのヘリ空母は納入する。契約代金はすでに払い込まれており、納入しなかった場合はフランスが賠償金を支払うことになる。」
「その場合、罰を受けるのはフランスだ。フランスはこれらの船の納入を中止するべきだと言うことは簡単だ。われわれは自分たちがしなければならないことはすべて完了している」と、同高官が述べた。
ホランド大統領も、土曜日に、この契約は先へ進めると述べた。
<引用終了> 

      
米国の隣国、カナダではこうだ [4]
カナダは米国がすでに制裁の対象としているロシアの高官ふたり、ロスネフトのセチン氏とロステクのチェメゾフ氏に対する制裁は行わないことにした。報道によると、オタワ政府としては政治が自国の最大級のビジネス・プロジェクトに痛手を与えるようなことは望んではいないのだ。 

<引用開始>
「われわれの目標はロシアを制裁することであって、カナダ企業に不利益をもたらすためのものではない。」 これは、ロイターによると、オタワ政府の制裁戦略に詳しいカナダ政府の情報源から得たものだ。
「われわれはロシアに対する制裁を継続する。われわれは同盟国と共に制裁を行うが、カナダの広範な利害関係に関しても注意を払って行く。」
セルゲイ・チェメゾフは国営の産業・防衛関連の複合企業であるロステク社のトップである。ロステク社はカナダの航空機と鉄道車両のメーカーであるボンバルデイア社との間で航空機の組立を行う合弁事業を推進している。昨年、これらの二社はロシアで100機の短距離航空機を販売するとして34億ドルの契約を締結した。ボンバルデイア社はこれ以外にもロシアには関心を持っている。それは長期にわたる鉄道分野における合弁事業である。 
イーゴル・セチンは石油の巨大企業、ロスネフト社のCEOだ。ロスネフト社はアルバータ州西部にあるエクソン・モービルの石油鉱区の30%を所有する。
この最近のコメントは先にステーヴン・ハーパー首相が述べた文言とは異なる。同首相は3月に「カナダの対外政策は経済的な利害関係とは無関係だ」と述べたばかりである。
<引用終了> 

      
そして、ドイツでは、昨日の報道 [5] によるとこうだ。 

<引用開始>
ドイツのフランク・ウォルター・シュタインマイヤー外相はロシアへ新たな制裁を科すに当たっては自制が必要だと述べた。ドイツの政界や産業界そして一般市民の間ではモスクワに対してさらに圧力を加えることについてはますます懐疑的になってきている。
シュタインマイヤーはロシアに対してすでに発動されている制裁内容に関しては弁護をしたが、土曜日のThüringische Landeszeitung紙とのインタビューで彼はモスクワとの間では依然として「対抗よりも協力」が好ましいと述べた。

「われわれは自動的な制裁モードに陥ってはならない。袋小路に行きつくだけであって、他の選択肢が無くなってしまう」とシュタインマイヤーは言う。

このコメントが出された同じ日に、ウクライナの外相代行であるアンドリー・デシュチュツアはドイツの他の新聞、Die Welt 紙とのインタビューで、「予防的」な制裁を含めて、ロシアに対する制裁をさらに強化するよう訴えていた。


モスクワに対してさらなる制裁を加えようとする考えはドイツでは人気がないようである。今週アンゲラ・メルケル首相がベルリンで自分の党のために行ったキャンペーンの最中に異議を申し立てる人たちからブーイングを受けた。彼らは「ヨーロッパはロシアと一緒にいてこそ強い」とか「ウクライナにおけるナチをストップせよ」といったプラカードを携えていた。
ドイツ産業界はモスクワに制裁を加えようとする考えには反対だ。独ロ対外商工会議所からドイツ政府へ送付された機密扱いの書簡(これはベルリンの政府高官からロイターズにリークされたもの)は制裁措置がブーメラン効果を引き起こし、ヨーロッパ経済を痛めつけることになると警告している。
「制裁措置が深まると、ますます多くの契約が国内企業との間で締結され、プロジェクトはロシア側によって停止されたり、遅延されるだろう。ロシアの産業界や政治家はアジアへ、特に、中国へ向かうだろう」とその書簡は警告している。
<引用終了> 

      
上記に示したように、欧州では各国のロシアとの利害関係がそれぞれ異なることから、ロシアへの経済制裁に対する捉え方はお国の事情を反映してまちまちである。私自身はこれらの記事を読むまではEU内部では一体となって対ロシアの経済制裁に挑んでいるものとばかり思っていた。
しかし、足並みが揃わなくてもいいというのが現実であるのかも知れない。何と言っても、言葉の綾を巧みに操る海千山千の政治家たちが跋扈する政治の世界での話であるのだから。
ところで、自国の利益については執拗に追及しようとする点は、日本人の目から見ると、率直に言って立派なものではないだろうか。ヨーロッパではかなりタカ派と見られるフランスのホランド大統領でさえもが2隻のヘリ空母はロシアへ納入すると言っている。しかも、これらの船は軍艦だ。さすがに、対ロシア経済制裁を自国の経済的利益よりも優先させることは出来なかったのだ。すべての判断が自国の経済的利益を最大限まで追求することに収れんしてくる。
また、ドイツ政府の動きはドイツ国内の政治家や産業界および一般市民の考えがかなり反映されているようだ。対ロシアの経済制裁を実施した場合、ブーメラン効果によってもっとも大きな痛手を被るのはドイツであることを考えると、ドイツ国内の世論としては対ロ制裁は慎重になって当然だ。今後、ドイツの動きがウクライナ危機を和らげる切っ掛けとなるのかも知れない。そうなって欲しいものだ。
一説には、現行の米国主導の対ロ経済制裁は、相対的に言えば米国が経済的に疲弊しつつあることから、EUとロシアとを戦争に引きずり込み両者を疲弊させることが本当の理由だと言われている。それがうまく行けば、米国の単独覇権がさらに何十年か続くことになるのだ。欧州独自の利益は何か、その利益を追求す時ロシアが有する資源と市場は欧州にとってどういった意味があるのかを改めて考え直して欲しいと思う。欧州連合は烏合の衆であってはならない。
 
話が飛躍するかも知れないが、日本の政府にも、たとえばTPP交渉の席上では自国の利益を擁護するために徹底的に主張する気概を持ち、それを実現するためのさまざまな戦略を持って臨んで欲しかった…と考えさせられてしまう。
 

参照:
1: コラム:対ロシア制裁が効かない理由=カレツキー氏: 2014 05 4日、jp.reuters.com > ホーム > ニュース > コラム 

2Shell tells Putin gas project not derailed by Ukraine: By RT, Apr/18/2014, http://on.rt.com/ksftt5 

3 : France refuses to block Mistral warship deal with Russia: By RT, May/12/2014,Get short URL http://on.rt.com/6rvofh
4Saving business: Canada chooses not to sanction Russia's Rosneft, Rostec bosses: By RT, May/16/2014, Get short URLhttp://on.rt.com/arznjn 
5It's a dead end: German FM joins chorus of discontent over sanctions rhetoric: May/18/2014, http://on.rt.com/ijty6d

 



 

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