ウクライナ紛争を契機として世界は大きな地政学的変化を経験しつつある。この変化はウクライナ紛争の前から進行していたものと思われるが、特にこの1年間で顕著になったと言えよう。
米国からの政治的、経済的および軍事的な圧力を受けながらも、ロシアはその基本的な姿勢を崩そうとはしていない。度重なるロシアに対する西側による経済制裁は価値観を同一にするものと思っていたヨーロッパからロシアを離反せしめ、ロシアは東方の巨人、中国に急接近している。
購買力基準で算出されるGDPでは米国を追い越して、今や中国は世界最大の経済国となった。米国の包囲に脅威を感じていた中国はロシアと基本的な対米戦略で一致を見た。つまり、中ロ両国は米国およびその同盟国から受ける政治的、経済的および軍事的な攻勢に対して連携して戦う意思を固めたということだ。
中ロの共同戦略に基づいて何が実際に起こったかというと、過去1年間の両国の動きは決して中途半端なものではない。
たとえば、ロシア産の天然ガスを中国に向こう30年間も供給するという契約が中ロ間で成立した。ふたつの巨大な契約から成っており、1本のパイプラインは中国の西部へ、もう1本のパイプラインは東部へ接続されるという。中ロ貿易では米ドルによる決済を止めて、人民元やルーブル等の自国通貨を決済に使用する。そういった決済はもう始まっているそうだ。ロシアは国産の新たなクレジットカードを使用するばかりではなく、中国のクレジットカード(Union Pay)や日本のJCBカードの使用も開始する。銀行間決済に不可欠なスウィフト制度はロシア版を準備中であるという。中ロの海軍は2015年には地中海と太平洋で合同軍事演習を実施する予定だ。
これらの動きの中でもっとも象徴的な存在を示すのはロシア産天然ガスを中国へ供給するという大型経済協力であろう。一段階も二段階も一気に跳躍させたのはロシアと中国が以前から感じていた米国の封じ込め政策に基づいた脅威であると見られている。両国の指導者は主権を維持し、国益を追求するために相互に協力し合うという戦略的な意思決定を下したのだ。そこに期待される相互補完関係は絶大なものとなるのではないか。
上述のプロジェクトや行動はむしろ両政府間のビジネスである。ここで基本的にもっとも重要なこととしては、中ロ両国が協力してビジネスを推進しようとする背景には両政府が共有するナショナル・アイデンテイテイーがしっかりと存在している、とギルバート・ロズマンがフォーリン・アフェアーズ紙上で指摘している [注1]。
また、中国とロシアの二国間関係だけではなく、広域的な協力関係としてBRICs諸国や上海協力機構がある。特に、BRICs諸国は西側のIMFや世界銀行に匹敵する国際金融組織として「新開発銀行」を創設するとの決議を採択した。
最新の情報によると、インドは2015年に発足する予定のユーラシア経済連合(ロシア、べラルーシ、カザフスタン3国の関税同盟)に加盟する意思を固めた模様だ。こうしてロシアとインドとの間の協力関係が始まり、それがさらに進展すると、将来的にはインドと中国との間にある領土問題を解決して、インドは中国とロシアが主導する上海協力機構へも加盟するという道が開けてくるのではないか。
今日のブログではこの中ロ急接近を論じたひとつの記事
[注1] に注目したいと思う。この記事は外交問題を取り扱う米国の定期刊行物の中ではもっとも権威のある専門誌のひとつであるFOREIGN AFFAIRS誌に掲載されたものだ。
<引用開始>
注: 著者のGILBERT ROZMANはプリンストン大学の准教授で、東アジアの研究を専門としている。彼が著した直近の書籍には「The Sino-Russian
Challenge to the World Order」が挙げられる。
Photo-1: 2014年5月18日に実施された中ロ合同演習「Joint Sea-2014」を前に中ロの国旗の前に整列する中国の水兵 (Courtesy Reuters)
最近、中国とロシアはそれぞれがウクライナや香港での問題に直面するために外交的に互いに支え合い、そうすることにによって国際秩序(つまり、西側)に挑戦した。しかし、西側の観測筋は両国が互いに強固な結びつきを求めた理由に関してはほとんどが勘違いしているのが実情だ。そうするように両国を動機付けたものは何かと言うと、物的利益を享受することは二の次であって、国家としての位置づけという常識的な概念が最大の要因だ。これは西側に対抗する自己を定義するものであり、それぞれが伝統的な共産主義の遺産をどのように見て取るのかを支えるものでもある。モスクワと北京の両政府にはそれぞれの地域に関して抱いている将来の体制に関しては必ずしも一致を見ない部分が残されている。しかしながら、東方の地政学的秩序は西側のそれとは異にするものであるという点で彼らは完全に一致した。この合意こそが両国の相互関係を著しく近いものにしたのだ。
西側のある観測筋は冷戦時代に起こった中ロ間の緊張状態を過剰に強調するきらいがあり、ロシアの民主化や中国の国際化、等の1990年代以降の両国それぞれの展開振りを見て、さらには、両国では外界世界の情報へのアクセスが容易になった中産階級が急速に増加していることを考慮して、北京とモスクワの関係は脆弱なものになるのではないかとの議論を持ち出してくる。中国とロシアが構築した連携については、これらの観測筋は両国の関係は便宜上の結婚であって、何時の日にか、たとえば、西側とのもっと良好な関係を含めて、他の国益が取って替わるだろうし、その程度のものであるとの考えを抱いていた。
しかし、多くの西側の人たちは、1990年代以降、中国やロシアの高官らが両国の間に発生した冷戦時代の緊張関係をひどく残念に思っているという事実を正しくは理解することができないでいる。問題は、イデオロギー上の指導性を主張することによって歪曲されたナショナル・アイデンテイテイーよりも国益については互いに重複する部分が欠落していることにあった、と両国は理解している。モスクワは重大なミスを犯した。つまり、北京政府はモスクワの指導者に嫌々ながらも従い、パートナーとしては弟分の地位を甘受するものと予期していたのである。イデオロギー的には優位にあるとする執着心から、中国の指導者はそのような役割を受け入れなかった。
両国における最近の政策立案者たちはそのような状況が再び生じることがないようにと決意している。両国の関係においては中国が圧倒的な地位を占めているが、同国は抑制している。国内で熱狂的な愛国心を顕わにすると、それぞれの地域で西側の影響を最小限に抑えるというお互いに共通した国益を凌ぐことにもなりかねないことから、モスクワと北京の指導者はそのような状況を何としても避けたいのだ。
その目的のために、両国政府は西側の正当性を退ける外交政策は意識的に強調し、その一方、お互いの外交政策への野望についてコメントをすることは注意深く避けようとして来た。中国の指導者、習近平はいわゆる「チャイナ・ドリーム」をこう描写している。つまり、中国の周辺地域では幾つもの政府によってアジアにおける新たな地政学的な秩序が構築されるだろうが、そこでは北京政府は外部者としての役割を演じる。ロシアの大統領、ウラジミール・プーチンも同様に所信を表明した。つまり、彼の目標はユーラシア経済連合を確立することにあって、そこでは旧ソ連邦の一員であった国々の間の関係はモスクワ政府が決定するとしている。両政府は米国が中ロそれぞれの影響圏において両国の野心を封じ込めようとしているとして、米国は冷戦当時の攻撃的な精神構造のままであると非難している。
中ロ間の連携が長く続くと信じるに足る六つの理由が少なくとも存在する。第一に、プーチン大統領と習主席は自分たちの統治を正当なものとするために互いに非常に似通ったイデオロギーに依存して来た。二人の指導者は両者とも社会主義時代についての誇り、つまり、中華思想やロシアを中心とした思想を強調している。これらの思想はそれぞれの国家にすでに存在している国内の政治的秩序を外部に向けて展開することを狙ったものである。また、覇権に対抗するものでもある。ロシア人の愛国心には一種の「外国嫌い」が含まれるが、この外国嫌いの感情は1990年代に反中国という大衆を扇動する火に油を注いだ。プーチンはそういった側面を厳しく抑制しており、中国の台頭について直接言及することは避けようとしている。中華思想も同様にロシアとの間の緊張の火に油を注ぐ傾向があった。たとえば、以前はソ連邦の一部であったのだが、中央アジアにおけるロシアの主張に対しては挑戦をして来た。しかし、現在の中国の指導者は、上海協力機構を含めて、国際的な会議やフォーラムの場においてロシアの政治的ならびに文化的な影響力に敬意の念を表明している。
2番目に、中国とロシアは西側との歴史的な違いを強調し、冷戦時に受けた米国からの分割政策を重要視している。両国で公に認められた書き物には冷戦時の中ロ間の論争はほとんど言及されてはいない。何人かの中国の歴史家は北朝鮮が韓国へ侵攻したことによって朝鮮戦争が勃発したことを以前は認めてはいたが、最近の教科書ではそのすべてが朝鮮戦争の責任は米国にあるとしている。それと同様に、両国の政策立案者や分析の専門家は西側はその帝国主義的な冷戦時の精神構造を少しも変えてはいない(ウクライナや香港におけるいわゆる「色の革命」では反政府活動を支援した事実に見られるように)と論じている。この傾向は拡大するばかりである。この文言を見ると、中国とロシアは依然として米国の影響に抵抗し、新たな国際的秩序を構築しなければならないということを暗示しているようだ。
3番目に、2008年に起こった世界規模の金融危機は西側の経済と政治のモデルは機能停止の瀬戸際にあり、自分たちのモデルよりも劣っていると両国は主張した。(この議論の後半はロシアよりもむしろ中国における議論である。)北京とモスクワの指導者らは市民社会が彼らの統治に脅威を与えるようなことは許容せず、2014年には1990年代の当初以降の何れの時期に比較しても取り締まりはより冷酷なものとなった。
4番目に、外部からの脅威を目の前にして、プーチンと習は中ロ間の相互関係の重要性を強調した。これは両国政府が、中国においては現行のイデオロギーとして、ロシアにおいては肯定的な歴史的遺産として、共産主義の重要性を強調したことからも当然の帰結である。これは両国にとっては自然発生的なイデオロギー上の同盟国は、互いの国を除くと、ほとんど皆無であって、この状況に対して予見し得る将来には何らかの変化を示すのではないかと期待する理由はまったくない。
5番目に、ロシアと中国は国際的な紛争においては同じ側に立つ努力をしているが、両国はそれにうまく成功している。ベトナムの領土やエネルギー問題に関する政策に見られるように地域的な問題においては大ぴらに衝突するのではなく、中ロ両国はお互いの違いを公式の場で議論することを差し控え、そうすることによってそれぞれの国で一般大衆が他方の国に対して立ち向かうプレッシャーを最小限に食い止めている。それと同時に、自国に火の粉がかかるような紛争においては如何なる場合でも、両国はそれぞれが米国とその同盟国による脅威を喧伝してきた。このキャンペーンは効を奏しており、本年のウクライナ危機について、あるいは、香港のデモについて書いているロシアと中国との間には見分けがつかないことが時々あった程だ。
6番目には、ナショナル・アイデンテイテイーを推進する公のキャンペーンが両国で始まっている。プーチンと習は手中にあるすべての策を活用した。これには、国内や国外からの抑圧を正当化する鋭い政治的な筋書きを背景にして、自国を結集するための厳しい検閲やトップダウンの議論さえもが含まれる。効果があった。何故かと言うと、彼らは歴史的な怒りや良く知られている愛国主義的な言い回しを用いたからである。両国における結果は国家主義の観点からは冷戦が最高潮にあった頃以降ではもっとも大きなピークを形作った。
ウクライナ紛争に関わるプーチンの行動を支援する中国の言い回しや東アジアに関する習の思考を支えるロシアの言い回しは決して偶然の賜ではない。むしろ、それは冷戦後の地政学的秩序を特徴づけるものである。中国とロシアの現在の指導者が権力の座に留まる限りは、両国の何れに関してもナショナル・アイデンテイテイーや中ロ関係に大きな変化が生じるという理由は無さそうである。両国の間に亀裂を生ぜしめたいと欲する国々は、安倍晋三首相の下にある日本を含めて、失望を感じることになろう。換言すると、ウクライナにおけるロシアの拡張主義に対して中国の支援を勝ち取ることに米国は失敗したが、それは単なる偶然ではない。問題が北朝鮮であれイランであれ、あるいは、西側にとっての何らかの難題であるにせよ、中ロ両国に対する競争にはもっと多くの準備をするべきである。決して準備を疎かにしてはならない。
<引用終了>
全文の仮訳が終わった。
この著者が言いたいことは、結局、中ロ間の経済的、政治的、軍事的な協力関係は長く続くことになるだろうから、中ロブロックと競争したいならば米国はもっと周到な準備をした上で取り組むべきだとしている。
果たして、米国には中ロブロックと競争するための準備にかけるだけの時間が残されているのだろうか、と私は勘繰ってみたくなる。国内の緊張や連邦政府の財政難状態、海外における軍事行動の失敗、等、さまざまな問題を抱えている今の米国を見ていると、全世界を相手に覇権国になろうとする将来像を描いてみたものの、米国は一気に内部崩壊してしまうのではないかとの懸念を覚える程だ。
要するに、新たに目の前に現れた中ロ両国によるユーラシア東部の政治・経済ブロックの誕生は多極的世界がすでに到来したことの証であるとも言えよう。
♞ ♞ ♞
上記に示したように、この著者は日本政府の阿部首相が標榜する「中国封じ込め」策、あるいは、中ロ間に亀裂を生ぜしめようとする政策は失敗するだろうと看破している。著者は直接的にそう述べているわけではないが、これは、翻って、米国の中国封じ込め政策はあえなく失敗すると言っていることと同等だ。
東アジアの一角に位置する日本では、今まで機関車役を担ってくれていた日本の経済活動も国際的には相対的に低下するばかりである。ましてや、国際政治における発言力はゼロに等しい。
日本のある評論家によると、日本政府はまったくの外交下手であるという。その元凶は日米安保条約にあるという。東西の冷戦は20数年も前に集結したにもかかわらず、今の日本は東西冷戦の申し子である日米安保条約を今も大事そうに抱えている。その結果、外交について自分で考える能力や自分で行動する知恵を日本はすっかり失ってしまったかのようである。
残念ながら、そのような外交音痴がやることだから、失敗すること自体は当然の成り行きかも知れない。
参照:
注1: Asia for the Asians: Why Chinese-Russian Friendship Is Here To Stay: By Gilbert Rozman, FOREIGN AFFAIRS, October 29, 2014,
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