2015年12月19日土曜日

イラクで右足を失った元英兵士 - それでも、イスラム教徒を憎めない



911同時多発テロが起こってから14年となる。これは米国の10代の若者たちにとっては自分の国が平和な国であったという記憶がまったくないことを意味する。

同時多発テロの犯人のプロフィールとしてイスラム教徒のテロリストが挙げられ、反テロ戦争は始まった。アフガニスタンやイラク、リビア、そして、今はシリアへと、米国の戦争は続いている。

対テロ戦争の開始によって反イスラム的な思考は濃くなるばかりだ。米国内ではイスラム教徒に対する人種差別に絡む暴力や破壊行為が急増している。122日にカリフォルニア州のサン・バーナディーノで乱射事件が起こり、14人が死亡したが、この事件もこの範ちゅうに入る。
こういった風潮はいったい何処まで展開するのだろうか?

米国が対テロ戦争を宣言した時、米軍の高官の誰かが「この戦争は50年は続く」と解説し、さも嬉しそうな様子であった。少なくとも、私にはそう感じられ、実に嫌な印象を受けたことを鮮明に記憶している。軍部が自分たちの組織を発展させたいとする願望は、今や、米国経済の軍需関連産業への依存度を50%にも高めてしまった。そして、この傾向は留まる気配を見せず、米経済はもはや戦争なしでは維持できそうにはない。この延長線上に見えて来るのは戦争経済に依存する米国である。

恐ろしい現実がすでに始まっている。戦争の継続が米国の「ごく普通の状態」となってしまったのである。

一個人の思いや願望はこの上なく矮小化され、一般大衆の意志が政治に反映される機会は果てしない宇宙の片隅に存在する地球のごとくに非常にちっぽけで、しかもこの上なく脆弱なものとなっている。世界を動かしているのは軍産複合体の現代的な軍事力を駆使して自分たちの既成権益を守ろうとする1パーセントのエリートたちだ。彼らの政治目標は、残念ながら、一般大衆のそれとはまったく異質である。少なくとも、大きく異なる。

中東やウクライナにおける現実の世界の動きを見る限りでは、米ロ間の代理戦争が核保有国同士の戦争へと発展する可能性が日に日に高まっているように感じられる。こちらが探すまでもなく、核戦争を危惧する声が頻繁に聞こえてくるようになったのだ。

米国の大統領選では人種問題も登場し、過剰に単純化された言動が横行している今、ここに引用する元英兵士の言葉 [1] には一般庶民の皮膚感覚を直接的に語る率直さや力強さを感じる。

今日は、この兵士の言葉に注目したいと思う。さっそくこの記事を仮訳して、皆さんと共有してみよう。


<引用開始>


Photo-1: 周囲の人たちは自分に対して人種差別的な言葉を吐くだろうと期待しており、クリス・ハーバートはそのことでうんざりしていると言う。提供: フェースブック/クリス・ハーバート

イラクで右足を失った元英兵士は、彼が「吹き飛ばされた」のを理由に「人種差別的な言葉」を口にするんではないかと期待する連中に対して強烈なメッセージを述べた。

彼の車両はイラクのバスラで道路脇の爆発物によって吹き飛ばされた。仲間のひとりが死亡し、もうひとりの仲間は負傷、そして、彼自身はこの出来事以降生涯にわたって右足無しの生活を続けざるを得なくなった。あの出来事は彼がまだ19歳の時のことだった。

パリで大惨事が起こってからの数週間というもの、この元兵士は数多くの人たちが「イスラム教徒が自分を吹き飛ばした」からと言って、自分の口からイスラム教徒恐怖症とでも言えるような言葉を期待していることを知って、これには多いに悩まされた。

この強力なフェースブックのメッセージは何千人、何万人もの人たちから共感を得ている。手術を施して命を助けてくれた医師を含めて、ハーバートはあれこれと自分を助けてくれたイスラム教徒をリストアップしている。



Photo-2: この元兵士はイスラム教徒たちが彼のためにしてくれたさまざまな事柄をリストアップしてくれた。提供:クリス・ハーバート 

ポーツマスに住むハーバートは彼に向かって不快極まりないことをした「白人の英国人」についても言及した。 

「数人の愚か者の行動を理由に彼らの宗教に属するすべての男性や女性を憎みたいのだったら、勝手にそうしてくれ。一人の愚か者が私を殺そうとしたからと言って、私はいいカモだと決めつけて、そのような考えをこの私に向かって押し付けようとすることだけはしないでくれ!」と、彼は書いた。

「イスラム国やタリバンの行動からイスラム教徒全員を非難するのはあたかもクー・クラックス・クランやウェストボロ・バプティスト教会の行動や言動からキリスト教徒全員を非難するようなものだ。」 

「自分の生活を把握し、家族のみんなを抱きしめてやり、自分の職場へ戻って欲しい。」



Photo-3: ハーバートはイラクへでの兵役中に右足を失った。提供: クリス・ハーバ―ト

彼のメッセージ: ドナルド・トランプ大統領候補が米国へ入って来ようとするイスラム教徒の入国は禁じるべきだと演説をして、激怒を買った日の翌日、 ソーシャル・メディアではこの元兵士に対して称賛の声が寄せられた。

「あなたは素晴らしい人だわ!」とへザー・ヒルズは言った。

カラム・ジョンはこう言った。「これはフェイスブックで読んだ中では最高の言葉のひとつだ!」 

「驚くべき言葉だ!」と、リチャード・イーガンは書いた。 



Photo-4: クリス・ハーバートは感情のこもった言葉によって賞賛を勝ち取った。提供:クリス・ハーバート

ITVニュースはさらなるコメントを求めてクリス・ハーバートに当たってみたが、とりあえず、彼のフェースブックの言葉の全文を下記に示してみよう:  

僕が吹き飛ばされたからと言って、僕の口から人種差別的な言葉が吐かれるのを期待している連中に僕はうんざりしているんだ。

僕の考えはこうだ:

確かに、僕はイスラム教徒の敵によって吹き飛ばされた。そのせいで、右足を失った。

英国軍の制服を着ていたイスラム教徒の兵士も、あの日、腕をもぎ取られた。

ヘリコプターにはイスラム教徒の救急医療隊員がいて、僕を戦場から搬出してくれた。

イスラム教徒の外科医が手術をして、僕の命を救ってくれた。

イスラム教徒の看護師は僕が英国へ帰還した時に僕を助けてくれたチームの一員だった。

また、そのチームに属しているイスラム教徒の医療管理助手は、僕が歩行訓練をしている期間、毎日、リハビリに必要な事項についてあれこれと面倒を見てくれた。

イスラム教徒のタクシーの運転手は僕が家に戻ってから初めて親父と一緒にビールを飲みに出かけようとした時、ただでタクシーに乗せてくれた。 

親父が僕のために処方された薬やその副作用についてどう対処したらいいのか分からなかった時、イスラム教徒の医者は親父をパブに呼び出して、彼を慰め、必要な助言を与えてくれた。

これとは対照的に:

ある白人の英国人は、「俺が直ぐ側にいるというのに、お前はあのかたわとイチャイチャしている!」と言って、僕のガールフレンドに唾を吐きかけた。

また、別の白人の英国人は僕の車椅子を押しのけて、最初にエレベーターに乗り込んだ。

まだ兵役中であった僕が家へ帰って来た日、親父が身障者用の駐車場に車を止めた際、ある白人の英国人は僕の親父に怒声を浴びせた。

(とは言え、多くの人たちは僕が全快するようにあれこれと手助けをしてくれたんだ!僕は白人の英国人を憎んでいるわけじゃないよ!ハッハッハッハ…)

要は、「邪魔をしないでくれ」ということだ。僕は自分を嫌いに思っているのは誰であるかをよく知っているし、嫌いだと思ってはいないのは誰であるかについてもよくわきまえている。僕が賞賛する相手は誰であるのかを知っているし、賞賛しない相手は誰であるかについてもよくわきまえている。

何人かの愚か者の行動から彼らの人種に属するすべての男性や女性を憎みたいのだったら、勝手にそうしてくれ。一人の愚か者が私を殺そうとしたからと言って、私はいいカモだと決めつけて、そのような考えをこの私に向かって押し付けようとすることだけはしないでくれ。

イスラム国やタリバンといったグループの行動からイスラム教徒全員を非難するのはあたかもクー・クラックス・クランやウェストボロ・バプティスト教会の行動や言動からキリスト教徒全員を非難するようなものだ。自分の生活を把握し、家族のみんなを抱きしめてやり、自分の職場へ戻って欲しい。

クリス・ハーバート

<引用終了>


この元英兵士の言葉をどのように受け取るかは人さまざまである。それは、あくまでも、個人の問題だ。

しかしながら、よく考えてみると、ここに引用した元兵士の考えの底流にあるのは伝統的な価値観のひとつであるように思う。それは、我々が育ち盛りであった頃、多くの人たちが持っていた、あるいは、持とうとしていた価値観であった。むしろ、常識の範囲内にあったとも言えるような価値観である。しかし、今や、稀な存在となってしまった。言い換えれば、今の世の中は彼の言葉が一服の清涼剤のように感じられる程に政治的にも、倫理観においても混沌としているのだと言えよう。

この元兵士が右足を失ってしまったことは当人にとっては大きな不幸である。しかし、まだ若いにもかかわらず、ここまで客観的に物を見ることができるということは彼は非常に非凡な青年であることを物語っている。彼には今後も自分の人生を肯定的に捉え、自分が満足できるように、楽しく過ごしていって欲しいと思う。彼は間違いなくそうすることが出来る人物だ!


参照:

1British soldier who lost leg in Iraq war issues powerful message to those who think he should hate Muslims: By Jamie Roberton, ITV News, Dec/09/2015




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