2017年5月17日水曜日

先制核攻撃という米国の神話



先制核攻撃を行う事によって米国はロシアや中国が新興勢力として立ち上がって来るのを押さえ込むことができるとする論理が米国の軍産複合体やネオコンの間では信じられている。この思い込みこそが新冷戦を推進する原動力であり、米国の優位性を知らしめ、ロシアや中国に恭順の意を示させることによって米国が世界に対する覇権の座を堅持するという筋書きを可能にさせている。

しかし、この論理が単なる一方的な思い込みに終わるとしたら、どうであろうか。予測がひどく狂ってしまった軍産複合体やネオコン政治家がひどく気の毒である点は仕方がないとしても、最悪の場合、彼らの誤算が原因でわれわれ一般市民は瞬時に蒸発してしまうかも知れない。あるいは、何年にもわたって核の冬が到来し、世界的な規模の飢餓になるとしたら、とんだはた迷惑な話だ。全面的な核戦争となったら、多くの人たちが言っているように文明の終焉となるだろう。新冷戦あるいは第三次世界大戦の結末がどのように展開したのかについて語れる歴史家のひとりさえも生き残ることはないだろう。文明はこの地球上から消えてしまうのだ。もっとも幸運な展開になったとしても、生き残った人たちは石器時代に逆戻りすることになる。

核戦争を生きながらえるという考えはすべてが誤謬だと指摘する専門家の声もある。

最近、先制核攻撃の論理を批判する記事に遭遇した。この記事は「スーパー起爆装置の恐怖の意味を解明する」と題されている [1]

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。


<引用開始>

何週間か前に私は読者から電子メールを受け取った。それはロシアに対して報復攻撃の可能性をゼロにする、つまり、先制核攻撃を可能にする「スーパー起爆装置」と称される技術開発を米国が行ったのかどうかというものであった。この電子メールによって私は何週間にもわたってパニックに襲われている。スーパー起爆装置はロシア側が宇宙空間を舞台にした早期警戒システムを持ってはいないという事実と組み合わせて論じられている。ロシアにはこの種の早期警戒システムが存在しないことから、ロシア側が米国の核攻撃に対応する時間は少なくなるのだ。

この主張には事実としての根拠が存在する一方、オリジナルの報告書は「米国の核の近代化プログラムは如何に戦略的安定性を弱体化するか:爆発高度がス―パー起爆装置を補う」という衝撃的な表題によって、さらには、いくつかの裏付けのない結論を導くことによって、読者を誤導している。端的に言って、本報告書で述べられている事実が実際には何を意味しているのかを理解するには専門知識に欠けた人たちには困難ではあるものの、このオリジナルの報告書はそういった非専門家たちの間でさらに議論され、さまざまな情報源がお互いに引用し合い、何の根拠も持たない「スーパー起爆装置の恐怖」を生み出してしまったようである。そこで、本件がいったい何を意味するのかを皆で解明してみたいと思う。


核攻撃と攻撃目標について理解する: 

実際に何が起こるのかを理解するために、まず基本的に重要な用語を定義しておきたいと思う: 
  • ハードな目標を破壊する(HTK)能力: これは地下に構築されているミサイル・サイロ、あるいは、地下深くに設置された指令所のような非常に強固に防護されている目標物を破壊するミサイルの能力を指す。
  • ソフトな目標を破壊する(STK)能力: 軽微に防護された、あるいは、まったく防護が施されてはいない目標を破壊する能力。
  • カウンターフォース攻撃: これは敵の軍事能力に目標を置いた攻撃を指す。
  • カウンターヴァリュー攻撃: 市街地のような非軍事的な目標に対する攻撃を指す。
戦略核ミサイルのサイロや司令部は通常強固に防護され、地下深くに設置されていることから、「ハードな目標を破壊する(HTK)能力」を持ったミサイルだけがこの種の設備に対してカウンターフォース攻撃を遂行することが可能だ。「ソフトな目標を破壊する(STK)能力」を持つミサイルとは敵国の都市を報復攻撃するためのものである。ここでもっとも基本的な点はHTK能力は爆発力にあるのではなくて、命中精度にあるということだ。理論的にはとてつもなく強力な武器は、確かに、精度の欠如をある程度補ってはくれるが、現実にはHTKにとって現実的に重要な点は精度にあるということを米国と旧ソ連・ロシアは両者とも以前からよく理解している。 

冷戦の最中、大陸間弾道ミサイル(ICBM)は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)よりも精度が良かった。それは地表に固定された位置から目標物を狙うことは潜水航行中にある潜水艦から目標を狙う場合よりもはるかに容易であったからだ。米国はHTK能力を持つトライデントD-5SLBMを初めて開発した。ロシアも、最近になって、この種のSLBMを開発している(R-29RMU シネバ型SLBM)。

原子力科学者会報によると、10年ほど前までは米国のSLBMはその内のたった20パーセントがHTK能力を備えていただけである。今は、「スーパー起爆装置」によってSLBM100パーセントがHTK能力を備えている。これらのスーパー起爆装置が果たす役割は起爆する高度を非常に正確に測定する点にある。そうすることによって、HTK能力を持たない武器にさえも精度に欠ける点を部分的に補ってやれるのだ。簡単に言えば、これらのスーパー起爆装置は米国のSLBMのすべてにHTK能力を与えてくれた。


だから、どうだって言うのか?

どちらとも言えない。それが紙の上で意味することは米国はHTK能力を持った米国のミサイルの数を増大させたという点だ。こうして、米国は今やカウンターフォース攻撃を行い、相手を武装解除する能力を持ったミサイルを大量に保有することになった。しかしながら、現実には物事はそれ程単純ではない。


カウンターフォース攻撃について理解する: 

かっては旧ソ連時代、そして、現在はロシアに対して相手を武装解除するようなカウンターフォース攻撃を遂行するという考えは古くから米国の夢であった。リーガン時代の「スターウオーズ作戦」をご記憶だろうか?あの作戦の考え方は非常に単純であって、ソ連の報復攻撃から米国を守るために、領空に侵入して来るソ連のミサイルを仰撃する能力を開発しようというものであった。言うなれば、それは次のように展開する。たとえば、ソ連のICBM/SLBM70パーセントを破壊し、残りの30パーセントは米国へ到達する前に仰撃する。これは技術的にも(そのような技術は無かった)、戦略的にも(たとえたった数個のミサイルではあっても、仰撃から漏れると、それらは米国の都市を消し去ってしまう。そんなリスクをいったい誰がとれると言うのだろうか?)まったく無意味であった。もっと最近になってからヨーロッパへ配備された弾道ミサイル仰撃システムもまったく同じ目的を持つものである。つまり、報復攻撃から米国を守ろうとするものだ。複雑な技術的議論には入らずに、ここでは、現時点ではこのようなシステムは米国を守ってはくれないとだけ言及しておこう。しかし、将来はそのような能力を想像することが可能となるかも知れない。
  1. 米ロ両国は戦略核兵器をさらに削減し、ロシアのSLBM/ICBMの総数を劇的に削減することに同意する。
  2. 米国は米国へ向かって来るロシアのミサイルをそれらの行程の初期に捕捉し、破壊することができる弾道ミサイル仰撃システムをロシア周辺の全域にわたって配備する。
  3. 領空へ侵入して来るロシアのミサイルを仰撃するために、米国は宇宙空間やロシアの周辺に数多くのシステムを配備する。
  4. 大規模なHTK能力を持つ米国はロシアの戦力の約90パーセントを成功裏に破壊し、残りはその飛行中に破壊する。
これは夢物語に過ぎない。物事はそんな風には決して展開しない。何故かと言うと、下記の通りだ:
  1. ロシアは戦略核の削減には決して同意しないだろう。
  2. ロシアはヨーロッパで前方展開されている米国の弾道ミサイル仰撃システムを破壊する能力をすでに配備済みである。
  3. ロシアのミサイルや核弾頭は今や操作が可能で、南極上空を経由するルートも含めて、如何なる弾道軌道さえをも採用することが可能であって、結局は米国へ到達する。新型のロシアのミサイルはその第一段目の行程が劇的に短縮され、高速化されていることからこれらのミサイルを仰撃することはより困難になっている。
  4. 弾道ミサイルへのロシアの依存性はしだいに(長距離型の)戦略クルーズミサイルへ移行しようとしている。(詳細については後程議論しよう)
  5. この筋書きでは米国側はロシアのSLBM搭載潜水艦がミサイルを発射した際に何処に位置しているのかを知っている場合を想定しているが、これはとんだ間違いだ。(詳細については後程)
  6. この筋書きはロシアの道路上や鉄道上を移動するICBMを完全に無視している。(詳細については後程)


多弾頭ミサイルについて理解する:

上記の第4項や5項および6項を説明する前に、私にはもうひとつの重要な事実を押さえておく必要がある。それは1個のミサイルは1個だけの核弾頭を装備することもできるし、複数個の弾頭(12個まで。これは今後増加するかも)を装備することもできるという点だ。個々の弾頭がそれぞれ独立した目標を狙える弾頭を複数個装備しているミサイルは「多弾頭ミサイル」(MIRV)と称される。

MIRVはいくつかの理由から非常に重要である。第一に、10個の弾頭を装備したミサイルそのものは1個ではあっても、理論的には、10個の目標を破壊することが可能である。あるいは、1発のミサイルに34個の核弾頭を装着し、残る67個は「おとり」とすることも可能だ。実際的な観点から言えば、1発のミサイルの5個の弾頭は本物として、これらは別々の目標を狙い、残る5個の弾頭はおとりとして使い、相手側の仰撃をより困難にすることが可能となる。しかしながら、MIRVは大問題を提起することにもなる。これらは大層な目標物となり得るからだ。つまり、「こちら」の核弾頭のひとつが「相手側の」MIRVミサイルを破壊することができたとすれば、こちらは1個の弾頭を失うだけであっても、相手側は10個もの弾頭を失うことになる。これこそが米国が陸上用のMIRVICBMから撤退しようとしている理由のひとつである。

ここで重要なことは、ロシア側にはあり得そうな選択肢がいくつもあることから、ロシアのミサイルの中でいったい何個がMIRV型であるのかを予測することは不可能であるという点だ。それに加えて、米ロのSLBMは近い将来すべてがMIRV型となるであろう(SLBMを非MIRV型のままにしておくことはまったく無意味だ。何故ならば、核ミサイルを搭載する潜水艦は、定義上、巨大なMIRV発射装置に他ならないからだ)。 

MIRVミサイルとは対照的に、単一弾頭ミサイルは核兵器を用いて破壊する目標としては非常に劣った目標物である。つまり、「こちらの」ミサイルが「相手の」ミサイルを破壊したとしても、両者はそれぞれ1個のミサイルを失う。いったい何が要点かと言うと、こうだ。もし「こちら」が「相手の」ミサイルを確実に破壊するために2個のミサイルを使ったとすれば、相手のミサイル1個を破壊するためにこちら側は結果として2個のミサイルを失うのだ。これではまったく意味を成さない。

最後に、報復的なカウンターヴァリュー攻撃においては、多弾頭ICBM/SLBMは大きな脅威となる。つまり、たった1発のR-30ブラヴァ(SS-N-30)SLBM、あるいは、R-36ヴェヴォダ(SS-18)ICBMは米国の都市を10か所破壊することが可能だ。こんなリスクがとれるとでも言うのかい?例えば、ボレイ級の弾道ミサイル搭載潜水艦の1艘を破壊することに米国が失敗したとしよう。理論的には、このたった1艘の潜水艦は最大で200カ所の米国の都市を破壊することが可能だ(20個のミサイルが搭載されており、個々のミサイルには10個の核弾頭が装備されている)。このような状況をリスクとして考えられるだろうか? 


対照的な米ロ間の三元戦略核戦力:

戦略核兵器は陸上、海上、ならびに、航空機に配備することができる。これは「三元戦略核戦力」と呼ばれている。ここでは米ロ両国の航空機に配備される部分は全体の構図に対して著しい影響を与えるとは思えないし、両国共にほぼ似通ったものであることからも、この部分は割愛しよう。海上および陸上へ配備された戦略核兵器システムそのものやそれらの背景にある戦略はそれ程大きく異なることはなかった。海上では、米国は今まで何年にもわたってHTK能力を保持しており、米国は核兵器のもっとも重要な部分を弾道ミサイル搭載原潜に委ねている。それとは対照的に、ロシアは道路移動型の大陸間弾道ミサイルを開発する道を選んだ。最初のミサイルはRT-2PMトーポリ(SS-25)であって、これは1985年に開発された。それに続いて、T-2PM2 «トーポリ-M» (SS-27)1997年に開発。そして、革命的なRT-24ヤルスまたはトーポリ-MR (SS-29)2010年に開発された(米国は道路上配備型の戦略核ミサイルの開発を考えたけれども、技術開発には成功しなかった)。 

さらに、ロシアは鉄道移動型ミサイルも開発した。これはRT-23マラジェッツ(SS-24)と称せられ、より新型のミサイルはRS-27バルグジン(SS-31?)と称される。下記にその外観を示す:



Photo-1: ロシアの道路移動型ならびに鉄道移動型ICBM

弾道ミサイル搭載原潜、道路移動型ミサイルおよび鉄道移動型ミサイルはふたつの共通した特性を有している。つまり、これらは移動型であって、破壊を免れるためには身を隠すしかない。弾道ミサイル搭載原潜は海洋深くに隠れ、道路移動型ミサイル発射装置は広大に広がる森の中に隠れ、文字通りどこの森にでも隠れることが可能だ。鉄道移動型ミサイルの場合は、ロシアの巨大な鉄道網の中で他の列車の中に紛れ込んでしまう(目の前にある列車が通常の列車であるのか、それとも、ミサイルを発射する特別の列車であるのかを識別することは不可能だ)。これらのシステムを破壊するには、精度だけでは明らかに不完全だ。目標となるシステムを発見しなければならない。相手がミサイルを発射する前に相手のミサイルを発見しなければならないのだ。たとえ如何なる説明を試みたとしても、これらのミサイルを発見することは不可能だ。

ロシア海軍は弾道ミサイル搭載原潜は北極海の氷の下やオホーツク海といった「砦」に待機させることを好むようだ。これらの海域は米国の攻撃型原潜にとっては必ずしも立ち入り禁止海域ではないけれども、これらの海域では米海軍に比べてロシア海軍が圧倒的な利点を有していることから非常に危険である(たとえ米国の攻撃型原潜が海洋上の艦船や航空機からは支援を受けられないことだけがその理由であるとしてもだ)。米海軍は地球上でもっとも素晴らしい原潜を有し、この上なく良好に訓練された乗組員を配属しているけれども、ロシアの原潜が発射する前に米国の弾道ミサイル搭載原潜がロシアの原潜を発見し、それを破壊することができるという保証はどう見てもあり得そうにない。 

陸上の道路移動型や鉄道移動型のミサイルに関しては、これらは世界でも指折りのロシア空軍によって守られており、これらの場所は米国がB-53 B-1 あるいはB-2 爆撃機を送り込むのを躊躇するような空域である。しかし、もっと重要な点はこれらのミサイルは完全に隠れているという点だ。たとえ米軍がこれらのミサイルを破壊することができたとしても、十分な数を破壊して、先制攻撃に成功し、武装解除をするという実行可能な選択肢にはなり得ないであろう。ところで、RS-244個のMIRVを装着し(米国の四つの都市を破壊することが可能)RS-2710個から16個のMIRVを装着している(10カ所から16カ所の米国の都市が蒸発することになる)。


地理やクルーズミサイルに着目してみる: 

最後に、地理とクルーズミサイルに着目してみよう。われわれにとっては二種類のロシアのクルーズミサイルが特に重要である。つまり、KH-1023M-14Kだ:

                          KH-102                        3M-14K
射程距離:            5500km                        2600km
発射装置:             戦略爆撃機                   航空機、艦船、コンテナー
弾頭:                   核弾頭、450kt                核弾頭(爆発力は不明)

これらの二種類のクルーズミサイルについて重要な点はKH-102は大きな射程距離を持っていることであり、3M-14K は航空機や艦船あるいはコンテナーから反射できるという点にある。これらのミサイルの能力を示す下記のビデオを観ていただきたい:
         

さて、米国の大部分の都市がどこに位置しているのかを考えてみて欲しい。大きな都市は東海岸や西海岸に位置している。それらの都市を防御する対空防衛システムは実際には皆無だ。西海岸の如何なる都市であっても、ロシアの戦略爆撃機は太平洋のど真ん中から攻撃することが可能だ。また、ロシアの潜水艦は大西洋のど真ん中から米国の如何なる都市に対しても攻撃することができる。最後に、ロシアは通常のコンテナーとまったく変わりのないコンテナーに無数のクルーズミサイルを隠すことが可能であって(ロシアの国旗を掲げていたり、あるいは、まったく別の国の旗を掲げているかも知れない)、単純に言って、米国沿岸の何処にでも近寄ることができ、そこから核クルーズミサイルを連射することが可能だ。

このような連射に見舞われたとしたら、米国政府にはいったいどれだけの対応時間が与えられると言うのだろうか? 


対応時間について理解する: 

ソ連時代でも、現ロシアにあっても、宇宙空間に本拠を置く早期警戒システムはご粗末そのものだ。何はともあれ、中国はそのような宇宙空間に本拠を置く早期警戒システムを開発しようなんて考えたこともないという事実はご存知だろうか?中国人には何か悪い点があるのだろうか?彼らは馬鹿者なのだろうか?技術的に遅れているのだろうか?それとも、われわれが知らないことを彼らは知っているのであろうか?


Photo-2: 各国の核弾頭所有個数(2017年)

これらの質問に答えるには、われわれは核ミサイル攻撃を受ける国が直面するであろう選択肢を考えてみる必要がある。最初の選択肢は「警報に応えて行う発射」だ。つまり、ミサイルが侵入して来るのを見て、自分たちのミサイルを発射するために「赤ボタン」を押す(実際にはキーを回す)。これは、時には、「それらを用いるか、あるいは、それらを失うか」の選択として言及される。次の選択肢は「攻撃があってから発射する」場合だ。つまり、自分の領土内に核攻撃を受けてから速やかにすべてのミサイルを発射する。そして、最後の選択肢は「攻撃を何とか切り抜けた後に行う報復攻撃」だ。つまり、敵の攻撃を受け、それを乗り越えてから反撃を実行するのだ。明白な点としては中国は、それが政治的な判断であったにせよ、あるいは、宇宙空間における能力に制約があったからにせよ、「攻撃があってから発射する」、あるいは、「攻撃を何とか切り抜けた後に行う報復攻撃」のどちらかを選択したようだ。中国が所有する核弾頭の数が少ないこと、そして、長距離射程を持ったICBMはさらに少ないことを考慮すると、これは殊更に興味深い。

ロシアはかなり以前から「死者の手」と称されるシステム(Perimeterとも呼ばれる)を運用して来た。これは核攻撃を受けたことを自動的に探知し、自動的に反撃を行うシステムである。中国の対応をロシアのそれと比較してみよう。それは「攻撃があってから発射する」という姿勢に匹敵するものだと言えようが、ロシアは二重の姿勢を採用していると理解することも可能だ。つまり、同国は警報を受けて攻撃を行う能力を持とうとしているけれども、自動化された「死者の手」を用いた「攻撃があってから発射する」能力によって二重の安全装置を課している。

各国における戦略核弾頭の推定保有数量を見ていただきたい。中国は260発を保有しているだけであるが、ロシアは7000発も保有している。そして、「死者の手」も持っている。中国は、それでもなお、「先制攻撃は行わない」という政策を宣言するだけの自信を持っている。宇宙空間に本拠を置く早期警戒システムを持ってはいない中国がどうしてそのような宣言をすることが可能なのであろうか?

中国は実はもっと多くの核弾頭や宇宙空間に本拠を置く早期警戒システムを持ちたいのだと多くの人たちが言うかも知れないが、単純に言って、中国の経済的および技術的環境はそうすることを許してはくれないのだ。多分。しかしながら、私の個人的な推測によれば、彼らは自国の核装備がごく限られたものではあっても潜在的な侵略国に対する抑止力としてはこれで十分であると思っている。それには一理がある。

あなた方に次のように質問してみたい。米国の将軍や政治家の中でいったい何人が中国やロシアを武装解除するためには米国の大都市を犠牲にしてもいいと考えるのだろうか?恐らく、何人かはそう考えるかも知れない。しかし、ほとんどの人たちはリスクが余りにも大きいと考えるだろうと私は確信している。

ひとつ言えることは、現代的な核戦争はコンピュータを駆使して紙の上で「模擬試験」を行っているだけではないか?(そのことについては神に感謝したい!) つまり、核戦争が実際にどのように展開するのかは誰も知らないのだ。確信を持って言える唯一のことは政治的ならびに経済的な結末はまったく予想もつかないという点である。さらには、そのような戦争が起こった場合、相手の国を全面的に破壊する前にどうやってその戦争を中断させるのかはまったく分からないままである。いわゆる「段階的縮小」は素晴らしい概念ではあるが、これを解明してくれた人はいない。最終的に、米国とロシアは両国ともたとえ相手からの全面的な核攻撃を受けても、それを乗り越えて行こうと意思決定をするに足るだけの多くの核弾頭を温存させることが可能であろう、と私は個人的には思っている。これは多くの善意の平和論者が決して気付かない重要な命題である。つまり、「米ロ両国が全世界を10回も壊滅させることができる手段を保有している」ことはいいことなのである。何故ならば、一方が相手を破壊する、たとえば、相手の核戦力の95パーセントを破壊することに成功したとしても、残りの5パーセントを使って壊滅的なカウンターヴァリュー攻撃を実行することが可能であって、攻撃した側を一掃するのには十分なのだ。もしも米ロ両国が、たとえば、たった10発の核弾頭しか所有していないとしたら、相手をやっつけてしまおうという誘惑がはるかに高まるのではないか。

これらの状況は恐怖そのものであり、病的でさえもあるが、多数の核兵器を所有していることは「第一撃による安定性」の観点からはほんの僅かばかりを所有する場合よりも安全側にあると言える。間違いなく、今、われわれは狂気の世界に住んでいるのだ。

危機的な状況となった場合、米ロ両国は戦略爆撃機を空中に可能な限り長時間にわたって待機させ、必要に応じて給油を行い、地上で破壊されることを防止する。たとえ米国がすべてのロシアのICBMSLBMを破壊したとしても、何機かの戦略爆撃機は待機状態にあって、何時でも爆撃命令に応じることができる。ここで、われわれは最後のもっとも重要な概念に辿りつくことになる:

カウンターフォース攻撃はたくさんのHTK弾頭を必要とする。もちろん、両国が得ている推定値は極秘ではあるが、実際には攻撃が行われないにしても、表に纏められており、われわれが論じようとしている目標の数は1000か所を超える。しかしながら、カウンターヴァリュー攻撃の目標ははるかに少なくなる。米国で100万人以上の人口を有する都市はたった10カ所に過ぎない。ロシアは12カ所だ。そして、理論上ではひとつの都市に1発の弾頭で十分だ(これは正しくはないのだが、実際的な議論を進めるため・・・)。単純に言って、9/11同時多発テロが全米に与えた影響を想い起こしていただきたい。たとえば、マンハッタン地区が核攻撃を受けたと想定してみよう。その結果がどのような展開となるのかは容易に想像することが可能だ。

結論-1: スーパー起爆装置は実際にはまったくスーパーではない。

スーパー起爆装置の恐怖はたいそう誇張されており、ほとんど都市伝説の類いである。事実は、たとえ米国の潜水艦発射弾道ミサイルが今やHTK能力を備えており、その一方でロシアは宇宙空間に本拠を置く早期警戒システムを持ってはいないにしても(ところで、ロシアは新システムを開発中である)、基本的事実に影響を与えることは何もないのである。まったく、何の影響もない。ロシアが報復攻撃を行うことによって米国に壊滅的な打撃を与えることを予防する術はないのである。その反対もまったく同様だ。ロシアが米国に核攻撃をして、米国からの報復攻撃を回避し、無傷で生き延びることは出来ないのである。

本当のことを言うと、1980年代の初頭、ソ連(オガルコフ最高司令官)や米国の専門家は核戦争を勝ち抜けることはできないという結論にすでに達していた。過去の30年間、ふたつのことが戦争ゲームを劇的に変化させた。第一に、大量に増加した伝統的兵器の威力は小型の核兵器と同レベルに迫り、クルーズミサイルは以前にも増してその能力を高めている。今日の潮流はレーダー断面が小さい(つまり、ステルス性が高い)長距離クルーズミサイルであり、ICBMの核弾頭を自由に操縦することである。したがって、こういった弾頭を探査し、仰撃することはより困難なものとなる。次のことを考えてみよう。たとえば、ロシアが米国の海岸から100キロ程離れた潜水艦からクルーズミサイルを発射したとしよう。米国にはどれだけの対応時間があるのだろうか?これらのステルス性の高いミサイルは最初の段階ではレーダーや赤外線、あるいは、音響によって実際に発見されることがないような中程度の高度で飛行し、大西洋上では海面から35メートルの空間を飛行し、マッハ2から3の速度へと加速する。これらのミサイルがいったん水平線を超えると、間違いなくレーダー上に見え始めるが、残っている対応時間は「秒」の単位である。「分」ではない。それに加えて、いったいどのような武器システムがこれらのミサイルを仰撃できるのか?多分、空母の周辺を防護する武器システムならば可能であろうが、米国の海岸線にはそのような武器システムは配備されてはいない。

弾道ミサイルの弾頭について言うと、現在使用されている弾道ミサイル仰撃システムや近い将来稼働するシステムは弾頭が操縦されてはいないことを前提として計算を行う。弾頭が方向を変えたり、ジグザグ行動をとった場合、これらの弾頭を仰撃する計算は数段も困難なものとなる。R-30ブラヴァのようなロシアのミサイルは最初の燃焼段階においてさえも操縦することが可能であり、弾道コースを推測することはより難しくなる(ミサイル自身を仰撃することはより難しくなる)。

近い将来に関して本当のことを言えば、弾道弾仰撃ミサイル(ABM)システムはABMをやっつけるミサイルを開発するよりも高価で、かつ、困難なものとなろう。また、ABMミサイルは弾頭よりも遥かに高価であるということも念頭に置いて欲しい。私は何時も思うのだが、率直に言って、何種類ものABM技術を持ちたいとする米国の執着心はその大部分が軍産複合体にキャッシュをもたらし、もっともうまく事が運んだ場合にはどこかで有用に活用することができるような技術を開発することにあるのではないかと言えよう。

結論-2: 核抑止システムは安定したままである。非常に安定している。

第二次世界大戦が終ってから、ソ連の同盟国はロシアに対する西側の伝統的な愛に動かされて、通常兵器や核兵器による対ロ戦争の立案を速やかに開始した(想像を絶する作戦 オペレーション・ドロップショットを参照していただきたい)。 しかし、どちらも実行されることはなかった。西側の指導者らは、多分、十分に妥当な考え方の持ち主であったらしく、ナチの戦争マシーンの80パーセントを破壊することに成功したロシアの軍隊に向けて全面戦争を仕掛ける意欲はなかったようだ。しかしながら、確かだったことは何かと言えば、両者は核兵器の存在が戦争の特性を大きく変貌させてしまったという事実を理解していた。そして、世界は二度と元へ復帰することはないだろうとも理解していた。人類の歴史上で初めて人類は真の意味で生存の脅威に直面したのだ。このような自覚がもたらす直接的な結果として、莫大な額のお金が地球上でもっとも優秀な頭脳を持った科学者たちに注ぎ込まれ、彼らは核戦争ならびに核の抑止にかかわる課題に取り組むことになったのである。この膨大な努力はひどく冗長で、多次元で、かつ、先鋭的なシステムをもたらした。ただひとつの技術的な進歩だけでこのシステムを妨害することは不可能である。ロシアや米国の戦略核の戦力には非常にたくさんの冗長性や警備手段が組み込まれており、たとえ一方にすべての有利な条件を与え、他方にはすべての不利な条件を与えるといったあり得そうもなく、手が届きそうにもない想定をしてみたとしても、第一撃で武装解除をすることはほとんど不可能である。このような極端に生存の可能性を高めたシステムを理解することは一般人にとっては非常に難しいことではあるが、米ロ両国は核戦力による交戦に関しては何百回、何千回と先進的な模擬試験を繰り返して来た。相手のシステムの中に弱点を見い出そうとして、数え切れない程の時間を費やし、何百万ドルもの費用をかけてきたが、得られる結果は何時も同じだった。つまり、完全に壊滅的な報復攻撃を与えるのに十分な核戦力は依然として生きながらえるのである。

結論-3: われわれの共通の将来に対する現実的な危険性

われわれの地球にとって現実的な危険性は核戦争を安全化し、ある日突然達成されるような技術進歩にあるのではなく、「核による度胸比べ」のゲームを行って、自分たちの面前にロシアを跪かせることが可能だと信じて疑おうともしない米国のネオコン派に特有な認知症的精神にあるのだ。これらのネオコンの連中は、たとえば、シリアにおいて一方的に飛行禁止区域を設けようとしているが、ロシアに対して通常兵器で脅しをかけるという試みはわれわれを核の対決に近づけてしまう可能性についてはどう見ても考えてはいないのである。現実には、核による対決の危険性を増している。

ネオコンは国連に難癖を付けるのが好きなようだ。そして、国連安保理の常任理事国5カ国(P5)の拒否権に関してもまったく同様だ。彼らはそもそもこの拒否権が創設された理由は明らかに忘れてしまったようだ。これは核戦争を引き起こしかねない行動を禁止するためのものである。もちろん、これはP5のすべての国が国際法を順守することを前提とする。米国が明らかにならず者国家と化し、国際法に準拠しないことが全面的に起こるようになってしまった今、米国が人類の将来に危険を及ぼすような行動を起こすことを中断させる法的な術は見つかってはいない。これこそが現実に恐怖心を起こさせるのであって、決してスーパー起爆装置ではない。

今日われわれが直面している最大の問題は認知症的な連中によって主導されることであり、大量の核兵器を持っているならず者国家の存在だ。彼らは民族的優位性や徹底した刑事免責ならびに帝国主義的な尊大さで構成された培養液の中に浸されており、常にわれわれを核戦争に一歩でも近づけたがっている。これらの連中は何によっても制約されず、倫理観や国際法あるいは常識や基本的論理によっても束縛を受けない。本当のことを言うと、われわれはジム・ジョーンズやアドルフ・ヒトラー、あるいは、その他の自己崇拝傾向が強い狂信者や正気を逸した救世主的なカルトと付き合っているようなものであって、彼らは自分たちが難攻不落であるとさえ信じ込んでいる。

これらの認知症的な連中が社会をコントロールすることを西側の社会が何の抵抗も示さずに許容してしまったこと、ならびに、西側の社会はそのほとんどが私が悪魔的カルトとしか呼ぶことができないような相手に対してすっかり降伏してしまったことを認めようともしないことは「西側世界」の大きな罪悪である。アレクサンダー・ソルジェニーツィンが1978年に喋った言葉は今や完全に現実のものとなってしまった: 

勇気の低下は今日の西側社会に関して外部の観察者が認めることができるもっとも顕著な特性であるかも知れない。西側世界は各国において、それぞれの政府において、それぞれの政党において、そして、もちろん、国連においてさえも、全体として、あるいは、個別にその市民的勇気を失ってしまった。この勇気の低下は支配層や知的エリート集団において特に顕著であり、これが社会全体に勇気の低下をもたらしている。勇気のある個人はたくさんいるが、彼らは公衆の命に対する影響力は持っていない。(ハーバードでの演説、1978年)

その5年後、ソルジェニーツィンはふたたびわれわれに警告をした。

われわれを取るに足りない者にし、われわれを核戦争や非核戦争による死の瀬戸際にまで追いやった最後のふたつの国家が持つ悪意のこもった希望に対しては、われわれは神の暖かい手のみを断固として探求するよう提言することが可能だ。われわれは早まって、自信過剰にもそれを拒絶してきた。そうすることによって、この不幸な20世紀の誤謬に対してわれわれの目は開かれ、われわれの支配権を正当に設定するよう導かれることが可能となる。この地滑りの中ではしがみつく物なんて他には何もないのだ。啓蒙主義時代の思想家たち全員の見識を集めたとしても何にもならない。われわれの五つの大陸はつむじ風に捉われてしまっている。しかし、人間的な精神の中で神から与えられた最高の贈り物が明示されるのはこのような裁きの場においてである。もしもわれわれが消滅し、この世界を失うならば、その責任はわれわれ自身だけにあるのだ。(テンプルトンでの演説、1983)

われわれは警告を受けたが、果たしてわれわれはこの警告を拝聴するのだろうか?

セイカー

<引用終了>


これで、仮訳は終了した。

読み応えのある記事である。内容が素晴らしい。三つの結論を何回でも読み返していただきたい

この記事が教えてくれたことは幾つかあるが、一言で言えば、先制核攻撃はどうみても成立しそうもないということに尽きる。もちろん、引用記事の著者が言うように、核戦争は誰も経験してはいないことから、実際にはどう展開するのかは誰も予想することはできない。それでもなおかなりの確信を持って言えそうな点は、核大国間での核戦争は最初に攻撃を仕掛けた側が一方的な勝利で終わる可能性は非常に小さい。

先制核攻撃が如何に大きな矛盾を秘めているのかに関してこれだけ微に入り細にわたって説明してくれている論文は少ない。その意味からも、この記事は多いに評価するべきだと私には感じられる。

非常に重要な点がひとつある。それはこの記事の著者は大手メディアには属さず、独立したブロガーであるからこそこの種の記事を世に送り出すことができたのだという点だ。

ひとりでも多くの人がこの記事が言わんとしている点を理解し、軍産複合体やネオコン政治家らが喧伝する先制核攻撃という概念や政策に対して反論の意思を固めて欲しいと思う。核戦争が起こってからでは取返しがつかない。

また、今日的な視点から言うと、国際政治の世界では「きな臭い匂い」があちらこちらで感じられるということを十分に理解しておきたい。核戦争の引き金役を果たすかも知れないシリア紛争やウクライナ紛争、あるいは、北朝鮮問題を平和裏に解決することは今すぐにでも必要なのだ。




参照:

1Making sense of the ‘super fuse’ scare: By The Saker, Unz Review, May/11/2017, http://www.unz.com/runz/making-sense-of-the-super-fuse-scare/






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