全世界が注目する中、7月7日、G20サミットの副行事として準備されていたトランプ米大統領とプーチン・ロシア大統領との間で初の会談が行われた。この会談では、数多くの案件の中でも下記の4件については具体的な合意に達したと報じられている [注1]。
(1) シリアの南西地域は7月9日正午から停戦に入る
(2) ウクライナ紛争を平和的に解決するために、米ロ両国は代表部を設置し、ミンスク和平合意の基本事項を実現するべく相互コミュニケーションを円滑化する
(3) サイバー空間の安全保障を図る
(4) 駐ロ米国大使および駐米ロシア大使を新たに任命するための手順を確立する
この米ロ首脳の初会談は30~40分が予定されていたのだが、実際には、話が弾んで2時間20分にも延長された。トランプ大統領はプーチンとの初の会談は「素晴らしかった」と述べている。また、この会談に同席し、一部始終を目撃していたティラーソン国務長官は「両大統領の相性は良好で、直ちに相手を理解し合った」と感想を語っている
[注2]。
外交面では素人のトランプ大統領が暴走して、経験豊かなプーチン大統領に手玉に取られ、ロシアのペースに陥る心配があることから、米国内ではネオコン派や民主党はこの会談がうまく行かないことを望んでいると報じられていた。しかしながら、ロシアとの和平、もしくは、実務的な米ロ関係を構築するというトランプ大統領の選挙運動中の約束があったことから、世界の関心を多いに集めることになった。
特に、米国が発動した対ロ経済制裁に参画し、ロシアの報復措置を受けた結果、対ロ輸出が激減し、大きな経済的損失を被っているEU諸国の関心は否応もなく高まっていた。
蓋を開けてみたら、米国のネオコン政治家やウオールストリートならびに民主党の指導者らの政治的思惑をよそに、この両大統領の初の会談は予想以上の成果を収めたと言えそうだ。
そのような指摘のひとつをご紹介しておこう。
米国ではロシアを専門とする著名な歴史学者であり、ニューヨーク大学の教授を務めるスティ―ブン・コーエンはフォックス・ニュースの番組(Tucker Carlson Tonight)でこの会談の成果をどのように見ているのかを語った。
彼はこう言った [注3]。『歴史家としての私に言わせると、この会談に関する記事の大見出しは次のようにしたいと思う。つまり、「本日われわれがハンブルグで目にしたのは潜在的には歴史的な意味を持つ新たな緊張緩和である。」 新冷戦には反対する勢力によってトランプとプーチンとの間で新たな協力関係が始まったが、当面、この緊張緩和が進展することを阻もうとする動きも表面化してくることだろう。私は今まで米ロの首脳を何人も見てきているが、本日われわれが目にしたのは、冷戦の終結以降、潜在的にはもっとも大きく運命を左右する会談だったのではないかと私には思える。その理由は米ロ関係は目下非常に劣悪であり、米大統領は最近のロシアゲート攻撃によって脅かされ、身動きが取れなくなりそうであった。しかし、トランプはそうはならなかった。彼は政治的には非常に勇敢であった。すべてがうまく運んだ。このサミットで重要な課題について合意に達した。本日われわれはトランプ大統領が米国の最も優れた、真の指導者になったことを目撃したのではないかと思う。』
総論的には上記のような具合だ。スティ―ブン・コーエン教授はこのサミットが如何に予想を超えるものであったかについて十分に語ってくれた。
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冒頭に箇条書きにした4項目に関して詳細を確認しておこう。
まずは、(1)項目の「シリア南西部の停戦合意」について:
ラブロフ・ロシア外相によると、この停戦合意は地域的なものであって、シリア南西部のダラ州、クネイトラ州、および、スウェイダ州のみが対象
[注4]。オハイオ州立大学で国際法の名誉教授を務めるジョン・キグレーはスプートニク社に対して「この合意は6年間も続き、60万人もの市民が犠牲となった紛争に終止符を打つ可能性がある」と述べた。また、ラブロフ外相は「ロシア、米国、ならびに、ヨルダンの専門家らが金曜部にヨルダンの首都アンマンで停戦が実行されるシリア南部にデエスカレ―ション・ゾーンを構築することに合意し、覚書を作成した」と説明した。キグレ―教授は「次のステップは米ロ両国が目下シリア政府軍がイスラム国の拠点を一掃しようとしているラッカの周辺地域についてもこのような合意に達することが必要だ」と述べている。「シリアに関してはより広域な合意を成立させ、特に、ラッカではイスラム国の武装勢力が追い出された後、誰がその地域をコントロールするのかに関する合意が成立することに期待したい。」
しかしながら、楽観的な見方ばかりではない。
ダーラム大学の政府・国際関係学部で中東政策を専門とするクリストファー・デイビットソン助教授は「政府内の反トランプ勢力や軍部はシリアにおいてロシアと協調し、妥協点を見い出そうとするトランプの努力には反対するだろう」と述べている。「私が見るところ、トランプの公式表明は必ずしも米国の政策を反映してはおらず、米国のシリア戦略を推進する勢力に対してトランプが十分な影響力を持っているかどうかは極めて怪しい」と彼は言う。「最大の障害物は、イスラム国の武装勢力がシリアから追い出された後に米国が何かをしようと企てると決まってシリア政府ならびにその同盟国であるロシアやイランが疑いの目で見ることであろう。2011年のアラブの春と称された混乱期以降、米国の政策はダマスカスの正当なシリア政府を不安定化し、壊滅させようとするものばかりであった。米国が関与するノー・フライ・ゾーンや人道支援活動、地上監視軍の設置、等、どれをとってもシリア政府の主権を損なおうとする手段として見られるのが落ちである。米国が今までダマスカスの政権交代を執拗に模索し続けて来た歴史を見ると、このような結論は避けようがない。」
ここで、個人的な思いを付け加えさせていただく。
7月7日に行われたトランプとプーチンとの初サミットを通じて、シリア南西部では停戦が合意された。48時間以上経過した今も停戦は総じて維持されている模様だ。少なくとも、散発的な停戦違反を除けば・・・。一般市民の生活を安定させるためにもこの停戦は長く続いて欲しいものだ。欲を言えば、この米ロ間の停戦合意がシリア全土へと展開して欲しいと思う。
しかしながら、この停戦が長くは続かない場合を想定するとすれば、それは米軍部の不服従こそが考え得る最大要因であろう。
それはペンタゴンの戦争屋が米軍の最高司令官である筈の大統領の意思や政策には従わず、勝手に軍事行動を起こし、メディアにはその軍事行動は「間違って」起こったものだと説明する。こうした戦線の拡大を既成事実化するシナリオがまかり通ることだ。この種のシナリオは軍部によって何度も繰り返され、長い歴史を持っている。事実、昨年、米有志連合側によってこの種の行動が起こされ、シリア政府軍の将兵が何十人も殺害されるという出来事があった。あれは公には間違いであったとして報じられているが、故意の軍事行動ではなかったのかという疑念は消えそうにはない。当時のカーター国防長官が暴走した結果、ケリー国務長官とラブロフ外相との間で1年近くもかけてようやく実現させた停戦を数日で終わらせてしまったのである。
この種の出来事は米国ばかりではない。戦前の日本の軍部もまったく同様の行動をとったことはわれわれ日本人の記憶にも残されている。軍部の暴走はどこでも起こるのだ!
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(2)項目の「ウクライナ紛争を平和的に解決するために、米ロ両国は代表部を設置し、ミンスク和平合意の基本事項を実現するべく相互コミュニケーションを円滑化する」について:
ラブロフ外相はこう語った。「ミンスク和平合意ならびにウクライナ紛争に関する既存の接触グループの作業を支援するために追加的な取り組みをする。ウクライナについて会談を行っている際に、米国側はウクライナ危機を解決するために特別代表を指名したと伝えて来た。米ロ両国の大統領の間にコミュニケーション・チャンネルを設置し、ミンスク合意に基づいた解決を推進する。これは既存の接触グループやノルマンディー体制のさらなる可能性を是認するものだ。」 [注5]
この日レックス・ティラーソンと行った長い会談や前日フランス外相のジャン・イブ・ル・ドリアンと行った会談を引用して、ウクライナ危機はミンスク合意の枠内で解決するべきだという点については誰もが賛同している、とラブロフは言う。「米ロ両国の大統領は自国の国益を追求することに動機付けられており、これは両者が互いに相反するようなシナリオを選ぶのではなく、むしろ、相互に有益となる合意を優先することを意味する。」 彼はさらに付け加えてこうも言っている。「ウクライナ問題については具体的で、しかも、実務的な話し合いが行われた。」
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(3)項目の「サイバー空間の安全保障を図る」について:
別の記事 [注6] によると、サイバー空間の安全保障という課題はかってロシア側から米国側へ話し合いを提案していたものではあったが、米国側はこの提案を取り上げようとはしなかった(この事実はプーチンが映画監督のオリバー・ストーンとのインタビューで実情を明かしている)。しかしながら、ロシア側は持てる外交術を駆使して、この課題を今回のサミットで取り上げることに成功した。そればかりではなく、米ロ間で合同作業部会を設置して、サイバー空間の安全保障を検討することになったのである。
当初は何故に米国が消極的であったのかと言うと、米国側は自国のサイバー空間における安全保障はロシアのそれよりも優れているという自信があったからだと見られている。
プーチンと彼の側近が行ったことは米国側が主張し、ロシア側が否定して来た「ロシアゲート」という政治的スキャンダルを活用して、米国自身も話に加わる必要性があることを米国側に認めさせることだった。それに成功した結果、かって米国側が拒否していた課題に関してさえも米ロ間で合同作業部会を設けることになったのである。
この合意内容は(オリバー・ストーン監督とのインタビューでも言及したような)サイバー兵器の使用を規制する将来の「サイバー安全保障条約」について直ちに交渉を開始するというものではないけれども、プーチンの言葉から感じられるのはロシア側は将来的にはこの取り組みがそのようなものに進展して行くことを期待しているようだ。要は、ロシア側の観点から言えば、本課題を話し合う場に米国側を誘い出したという事実は、たとえその影響力が当面は限定的なものであるとしても、実際的な進展である。
この合同作業部会を設置することをロシア側が提案した特別な理由のひとつは、最近確認されているように、オバマ政権がホワイトハウスを去る直前になってロシアのインフラに「サイバー爆弾」を仕掛けるようNSAに命令を下していたという事実である。
明らかに、この「サイバー爆弾」を設置する作業自体は、今、進行しているのだ。
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(4)項目の「駐ロ米国大使および駐米ロシア大使を新たに任命するための手順を確立する」について:
この項目に関する詳しい情報は見つからなかった。悪しからず。
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上記の4項目の他にはいったいどのようなテーマが議論されたのであろうか? たとえば、進行中にある対ロ経済制裁はどのように議論されたのだろうか?
7月9日の記事 [注7] によると、「西側がロシアに課している経済制裁については話をしなかった」とトランプはツイートしている。そして、ウクライナ紛争やシリア紛争が解決するまでは何もしないと付け加えている。
と言うことは、対ロ経済制裁はまだまだ継続されるということだ。ロシア側からの報復措置としてEU圏からの食糧品の輸入が禁止されたことによって、EU諸国は対ロ輸出ができなくなって、大打撃を受けた。EU圏の農業関係者にとってはとんだとばっちりである。皮肉なことには、最近の報道によると、ロシア経済は過去2~3年間の苦境を脱して、成長をし始めている。要するに、西側からの経済制裁は実質的には効を奏してはいないのである。よくあることではあるが、政治は現実を直視しない。
次に、昨年の米大統領選にロシア側が介入して、選挙結果に影響を与えたとする米メディアの大合唱に関してはどのような議論が両首脳の間で行われたのであろうか?
本件に関しては、G20サミット後に行われたプーチン大統領の記者会見の様子を一部確認しておこう
[注8]。
記者からの質問: プーチン大統領、あなたのトランプ大統領との会談は文字通りこのサミットを通じて皆の関心を集めていました。あなたは今回の会談をどのように評価されますか?米大統領が前日ポーランドで辛辣な言葉を吐いたことやこのサミットの直前に米メディアによる非友好的な声明があったことは決して秘密ではありません。トランプ大統領は米大統領選におけるロシアの介入に関してあなたに直接質問をしましたか?トランプ大統領に好感をお持ちですか?お二人は今後うまく付き合っていけそうですか?
プーチン大統領: トランプ大統領は直接私にこの質問をし、私たちはこの件について話し合った。ひとつだけの質問ではなく、いくつもの質問があった。彼は本件に特に関心を抱いていた。ロシア側の見解はすでに知られている通りであって、私はそれを繰り返して伝えた。ロシアが米大統領選で介入をしたと信じるに足る理由はまったくない。
しかし、重要なことはこの領域においては何の不確実性もあってはならないし、特に、将来、同じことが起こってはならないという点にある。加えるに、本件はサイバー空間の安全保障やウェブ資源にも直接かかわることでもあると私はこのサミットで指摘した。
米大統領と私は作業部会を設置して、サイバー空間の安全保障を監視し、サイバー空間に関する国際法に完全に準拠し、各国の内政問題への干渉を予防することに合意した。本件は、何よりも、ロシアと米国に関わることである。この作業を組織化することに成功すれば、もとより私は成功を疑う理由はまったくないと思うのだが、本件を巡って起こった推測や疑惑はもはや起こり得ないだろう。
われわれ自身の個人的関係を樹立することができたと思っている。私の見方はこうだ。トランプ大統領のテレビでのイメージは実際の感触とはまったく違う。彼は非常に現実的であり、直接的にものを言う人物だ。彼は話し相手に対して完全に相応しい態度をとり、物事を迅速に評価し、投げかけられた質問に答え、会談の最中に新たに浮上した質問にも答えている。昨日の会談でわれわれの関係が樹立されたとすれば、われわれは今後両国が必要とする相互関係のレベルを復活させることができるだろうと思う。
質問: あなたのお答えについてですが、米大統領選ではロシアの介入はなかったとするあなたのお答えをトランプ大統領は受け入れたとおっしゃるのですか?
プーチン大統領: 繰り返しておこう。本件については彼はいくつもの質問をして来た。私は彼の質問のすべてについて私が知り得る限りの答えをした。彼は私の答えに注目し、賛同してくれただろうと思う。しかしながら、彼がどのように思っているのかに関しては、彼に質問してみるのが最善だと思う。
これらのサミットでの展開、ならびに、その他さまざまな現実を見ると、米ロ間の和解は今回部分的に始まっただけであって、全面的な和解に至るまでにはさまざまな紆余曲折があると予測される。まだかなりの時間を必要とすることであろう。
特に、米大統領や国務長官は外国でさまざまな発言をし、帰国した途端にまったく違う発言をする、あるいは、しなければならないことがある。ケリー前国務長官はこのような状況を頻繁に繰り返した。これはペンタゴンやディープステ―ツといったタカ派、つまり、国内の一部勢力に向けた発言をし、彼らにも対応しなければならないからだ。いったいどちらが米政府の本当の見解であるのかについては、多くの場合、ある程度の時間が経たないと分からない。まさに、伏魔殿である!
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今回のトランプ・プーチン会談の最大の成果は米ロ両大統領の間で個人的なレベルでの相互理解が深まった点にある。
トランプ大統領は記者会見をせずにサミットを後にしたが、今回の米ロ首脳会談は「素晴らしかった」と評している。
プーチン大統領は記者会見で次のように言った。「われわれ自身の個人的関係を樹立することができたと思う。私の見方はこうだ。トランプ大統領のテレビでのイメージは実際の感触とはまったく違う。彼は非常に現実的であり、直接的にものを言う人物だ。・・・ 昨日の会談でわれわれの関係を樹立したとすれば、われわれは今後両国が必要とする相互関係のレベルを復活させることができるだろうと思う。」
参照:
注1: The Meeting the World Waited For: What did Putin and Trump Manage to
Agree Upon?: By Sputnik, Jul/08/2017, https://sptnkne.ws/eQYa
注3: Stephen Cohen’s Remarks on Tucker
Carlson Last Night Were Extraordinary: By Charles Bausman, RUSSIAN INSIDER,
Jul/09/2017
注4: Syria
Ceasefire Accord May Lead to Broader US-Russian Anti-Terror Cooperation: By
Sputnik, Jul/08/2017, https://sptnkne.ws/eQWF
注5: Putin
and Trump agree to create bilateral channel to promote Ukraine settlement – Lavrov:
By RT, Jul/07/2017, https://on.rt.com/8ha9
注6: Summing up the Trump-Putin meeting:
good bonding, limited progress on Syria, Ukraine and cyber security: By
Alexander Mercouris, THE DURAN, Jul/08/2017, theduran.com/trump-putin-summit-bonding-syria-ukraine-cyb...
注7: Trump
says ‘it’s time to move forward in working constructively with Russia’: By RT,
Jul/09/2017, https://on.rt.com/8he8
注8:Putin News Conference
Following G20 Summit – Transcript: By Eurasia Review, Jul/09/2017, www.eurasiareview.com/09072017-putin-news-conference-fol...
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