北朝鮮と米国との間の舌戦が最悪の水準に達している。そんな中、9月3日、北朝鮮は6回目の核実験に大成功を収めたと発表した。
今度の核爆発実験は水爆だと言う。韓国の報道によると、地震波の測定結果を見ると、今までの核実験の中ではもっとも強力であった。韓国気象庁は今回の核実験の規模は50~60キロトンに相当し、昨年9月に行われた5回目の核実験に比べると5~6倍も強力だと報じた。因みに、広島に投下された原爆は15キロトンである。
この6回目の核実験を受けて、国連の安保理は、9月11日、北朝鮮に対して新たな経済制裁を課した。この決議案は中国やロシアの賛成を得て、15-0の全会一致で採択され、北朝鮮からの繊維製品の輸出の禁止や北朝鮮への石油製品の輸出を制限している。
9月28日のAFPの報道によると、中国政府は国内の北朝鮮企業のビジネスをすべて閉鎖するとの命令を下した。2週間前に国連安保理が決定した経済制裁を受けて、中国商務省は中国国内にある北朝鮮企業および合弁事業は120日以内に閉鎖すると述べた。
米国が軍事的対決を前面に出して北朝鮮を脅そうとする戦略は、ひとつには北朝鮮を除く世界各国に対して米国の覇権を誇示することにあり、もうひとつは軍事的緊張を作り出すことによって米国内の軍産複合体が恩恵を被るように仕向けることにある(たとえば、日本の防衛省は米国からイージス・アショア・システムを緊急に購入する)と言われている。北朝鮮と実際に戦争を行うということは韓国に駐留している米軍の被害が甚大なものになることが予測され、米国も戦争に突入することは望んではいないと言われている。しかしながら、歴史を振り返るまでもなく、前線にいる指揮官のすべてがそう思っているのかどうかは誰にも分からない。
急速に展開するこれらの動きの中で、私はひとつの情報に足をすくわれるかのような印象を覚えた。それは「トランプ大統領が北朝鮮を破壊するぞと言って脅しをかけるも、米国の対空防衛網は弾道ミサイルを阻止できない」と題された記事 [注1] である。
ひと言で言えば、世界でも最強の軍事力を誇る米国といえども、「米国の対空防衛網は北朝鮮からの弾道ミサイルを仰撃することはできない」のだそうだ。弾道ミサイルを仰撃する試射に成功したと報じられてはいる(たとえば、今年の5月30日に出版された「Pentagon successfully
tests ICBM defense system for first time」と題された記事)が、それは理想的な条件下で実施され、試射が成功するようにお膳立てされているからだ(換言すると、標的ミサイルの打ち上げの時刻やコースは事前に分かっている。言うまでもなく、こういった試射は実戦の状況とはまったく異なる。飛行中のICBMを撃ち落とす仰撃システムにはすでに400憶ドルも注ぎ込まれているとのことだ)。
ここで言う米国の対空防衛網とは米国国内に設置された防衛網だけではなく、韓国や日本に配備されている防衛網もその一部を成すものである。
さっそくこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。
<引用開始>
Photo-1: © AFP 2017/ KIM JAE-HWAN
火曜日に(9月19日)、ドナルド・トランプ米大統領はもしも平壌が核実験とミサイル発射実験を継続するならば、北朝鮮を「完全に破壊するぞ」と脅しの言葉を発した。米国の核兵器の専門家であるジョ―・チリンチオーネによると、実際には、米国のミサイル防衛網は北朝鮮のミサイルを撃ち落とすことはできない。
先週北朝鮮が打ち上げたミサイルは米国も日本も仰撃することはできなかった。何故ならば、手持ちの戦域ミサイル防衛システムではあのように高高度を飛行する弾道ミサイルは撃ち落とすことはできないからだ、とチリンチオーネはDefense
Oneへの投稿で書いている。
9月15日、韓国と日本は北朝鮮が火星12号弾道ミサイルを打ちあげたと報じた。韓国国防部によると、この弾道ミサイルは770キロの高度に達し、太平洋に落下する前に3,700キロの距離を飛翔した。
「日本の近海の艦艇に配備されているイージス仰撃システムにとっては何百キロも高過ぎる。韓国とグアムに配備されているTHAADシステムにとってさえも高度が高すぎる。日本のパトリオットはそもそも大気圏内用であって、どうしようもない程高すぎる」と、チリンチオーネは指摘している。
Photo-2: ©
REUTERS/ KCNA
これら三種のミサイル防衛システムはすべてが最高高度を過ぎて、最終段階になってから仰撃するように設計されている。理論的には、打ち上げの直後にミサイルを仰撃することは可能である。しかしながら、専門家によると、それは極めて非現実的であると言う。
「最高高度に達する前に北朝鮮のミサイルを撃ち落とす可能性はほとんどない。可能性があるとすれば、それはイージス艦を打ち上げ位置に非常に近く、多分、北朝鮮の領海内に配備した場合だけだ。その場合でも、イージス艦はミサイルを追尾しなければならず、これは勝ち目のないレースとなる。どのような仰撃システムであってもたった1分か2分の警告時間が与えられるだけであって、成功裏に仰撃する可能性はほとんどゼロに近くなる」と、その投稿は記している。
北米大陸に関しては、地上配備型ミッドコース防衛(GMD)システム用の仰撃ミサイルがアラスカとカリフォルニアに配備されている。このシステムはミサイルが飛翔中、つまり、宇宙空間にある間に撃ち落とすよう設計されている。しかし、GMDはまだ完全な稼働状態にはなく、試射での仰撃成功率は50パーセントである。侵入して来るミサイルが何らかの撹乱の策を用いている場合を含めて、実際の状況においてはこのGMDシステムがどれだけ上手く稼働するのかを予測することは決して易しくはない。
「平壌が追求しようとしている核兵器と弾道ミサイルの開発は全世界にとって脅威であり、想像を絶するような人命の喪失を招く」と、トランプが言った。米大統領は北朝鮮の将来にとっては「非核化だけが残された道である」と強調した。
米国の指導者は、国連のメンバー各国が北朝鮮が「敵意のある」行動を中断するまでは金政権を孤立させる国際勢力に参画するよう求めた。
<引用終了>
これで、全文の仮訳は終了した。
これは貴重な情報である。
この引用記事に登場するチリンチオーネによると、「先週北朝鮮が打ち上げたミサイルは米国も日本も仰撃することはできなかった。何故ならば、手持ちの戦域ミサイル防衛システムではあのように高高度を飛行する弾道ミサイルは撃ち落とすことはできないからだ」と言う。
米国が北朝鮮からのミサイルを100パーセント阻止することは出来ないとなると、いったん軍事対決に突入した場合、米国にとっては西海岸のいくつかの都市を北朝鮮からの核ミサイルによって失う可能性があるということを意味する。米国の指導者は世界の覇権を誇示するためならば西海岸の都市をひとつやふたつ失ってもいいと考えるのだろうか?
あるいは、北朝鮮が高空からの電磁パルス攻撃を行った場合には、夥しい数の市民が電力、電話、ガス、水道、通信、インターネット、交通、物流といった社会インフラの機能喪失に見舞われることだろう。
そして、日本では8月17日のNHKの報道によると、防衛省は北朝鮮ミサイルの発射技術の進展に対応するために、新型ミサイル撃墜システム陸上型イージスシステム(イージス・アショア)の早期導入を決めた。つまり、このイージス・アショアはイージス艦搭載の仰撃システムの陸上型であるから、上述の引用記事に記されているイージス・システムそのものである。これは北朝鮮の弾道ミサイルが飛行する高度には届かないのだ。
米国の軍産複合体やその関係者あるいはロビー活動家は日本にイージス・アショアを導入させることにまんまと成功したとして、ほくそ笑んでいるに違いない。
また、日本政府が言うパトリオット・ミサイルの中国・四国地方への配備は詳しいことは何も知らない庶民に対して見せる単なる気休めであり、ジェスチャーに過ぎない。仰撃の実効性なんて何もないのだ。パトリオット・ミサイルよりも性能が遥かに高い最新のイージス駆逐艦でさえも役に立たないのだから。日本政府の説明は福島原発事故の際に「放射能汚染のレベルは直ちに健康を害するようなものではありません」と言って、真実を述べて一般庶民を刺激することがないようにしていた状況と驚く程酷似している。あるいは、あの時以上の大嘘かも知れない。
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また、この引用記事に出て来るGMDシステムは潜在的に非常に危険な一面を持っていると指摘されている。その件もここでご紹介しておこう。
7月10日にDAILY BEASTに掲載された記事がある。これは「How a North Korean Missile Could Accidentally Trigger a U.S.-Russia
Nuclear War」と題されている。つまり、「北朝鮮の弾道ミサイルはいかにして米ロ間の核戦争を誘発するか」との表題だ。この記事を要約すると、下記のような内容となる(斜体で示す)。これは上述の引用記事でも記述されているGMDシステムそのものに関する内容である。
次のことを考えてみよう。北朝鮮が米国に向けてICBMを発射したとしよう。米軍はアラスカ州のフェアバンクスの南東約100マイルに位置するフォート・グリーリー基地に配備されている地対空仰撃ミサイルを用いて侵入して来る弾道ミサイルを撃ち落とそうとする。戦闘計画によると、北朝鮮から発射されたミサイルに向けて数個(4~5個)の仰撃ミサイルが撃ち出される。運が良ければ、これらの仰撃ミサイルの一発が北朝鮮からの弾道ミサイルに命中し、それを破壊する。しかしながら、完全にはぐれてしまっている案件が未解決のままに残されている。つまり、命中しなかったミサイルはいったいどうなるのかという点だ。
米国のミサイル防衛は敵のミサイルを破壊するのに爆発物を使うのではなく、運動エネルギーを用いる。つまり、目標物に物理的に衝突して、相手を破壊する。この仰撃ミサイルは爆発物を持ってはいないので、目標物に衝突しなかったミサイルはそのまま飛行を続け、大気圏に再突入し、ほとんどは燃え尽きて消滅する。アラスカの基地から北朝鮮の弾道ミサイルを仰撃する場合について言えば、これ等の命中しなかったミサイルはロシア領内の大気圏へ再突入する。
ここで、恐らくは、数多くの米国のミサイルがロシアに向けて飛来し、モスクワの早期警戒システムに赤ランプをともすことになるのではないかと考え、誰もが不安に駆られるに違いない。ロシア人はわれわれのミサイルは彼らを攻撃するためのものではないことが分かっているだろう。ねえ、そうだろう?私が言いたいのは、報復のための核による反撃を行うために彼らが万が一にも「チェゲット」(ロシアにおける核のブリーフケース)を持ち出すような馬鹿な真似はしないだろうなっていうことだ。
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われわれはロシアがアラスカから発射されたミサイルはICBM ではなく、仰撃ミサイルであると認識するだろうと単純に想定することはできない。ロシア側から見ると、仰撃ミサイルの弾道そのものはICBM
のそれとほとんど違いがないだろう。特に、レーダーの担当者が過剰なストレスやプレッシャーの下で働いている場合、なおさらのことである。たとえば、1995年、ロシア軍はノルウェーが打ち上げた気象観測用ロケットを原潜トライデントからの打ち上げと勘違いし、ボリス・イエルツィンに警報を発した。ノルウェーのロケットは実際にはロシアから離れる方向で飛行したのだが、ロシアの警戒システムがそう判断するまで、ロシアでは異常に高い緊張感が数分も続くことになった。
・・・
ここで議論されていることは、既存のシステムでは北朝鮮からの弾道ミサイルを仰撃するために用いられる米軍のミサイルはその多くが的を外れて、飛行し続け、ロシアの領空に達し、ロシアの早期警戒システムによって米国の核攻撃が始まったと誤判断されるかも知れないという危険性に関するものである。
早期警戒システムがそのような誤判断をしないようにする機構は米ロ間で1998年以降検討が繰り返されて来たが、実現されてはいない。本機構は「合同データ交換センター」(Joint Data Exchange
Center: i.e., JDEC)と称され、米ロ両国からの専門家が集まって作業部会を形成し、ミサイルの打ち上げに関してお互いに通知して、情報を共有し、不必要な誤解や誤判断による核戦争を回避することが最大の目標であった。しかしながら、2010年に発行された記事(Russia,
U.S. Working on Joint Launch Notification by Tom Z. Collina, Jul/02/2010)においてさえも、「12年経ってもJDECは実現されないままである。まず第一の理由はさまざまな税金や政府の借金に関わる課題のせいであり、ロシア側にとってはブッシュ政権の戦略ミサイル防衛に対する警戒心によるものである」と報じられている。
そして、今は、シリア紛争ではロシアが米国を出し抜いてしまったという現実が世界中で公知の事実となり、昨年の米大統領選ではロシアが選挙に干渉して、トランプを当選させたとする事実無根の大キャンペーン以降、その証拠を提示することも出来ず、米国の指導層の威信や信頼性はすっかり下落し、米ロ間の関係は史上でも最悪の水準に低下してしまった現実を考えると、もっとも大切な核戦争の回避を支える機構は実現されないままである。米ロ両国だけではなく、全世界にとってこれほど不幸なことはない。
昨年の米大統領選以降、米ロ間の相互信頼は地に堕ちた。ありもしないことをあったと主張する米国のネオコンの主張が最大の震源地であった。そこへ企業メディアが応援団として馳せ参じた。彼らはテレビの視聴率が高まり、新聞が売れればいいと考えて、この馬鹿騒ぎに積極的に参加したのである。無数のフェークニュースが横行した。しかし、彼らが主張する内容を支える証拠は見せることができなかった。こうして、パーティーは終わったのだ。
これは、イラク戦争の事例を引き合いに出すまでもなく、何十万人、何百万人もの生命にかかわる話である。お祭り騒ぎどころではない筈だ。米ロ両国の政治家や外交官には誤判断に基づく核戦争の勃発は何としてでも回避できるような具体策を両国間に構築して貰いたいものだ。
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こうして全体を俯瞰して見ると、米国は北朝鮮からの核攻撃を100パーセント阻止することは技術的に出来ず、米国にとっての選択肢としては北朝鮮を先制攻撃することしか残らないのではないか。しかし、そのようなの選択肢は朝鮮半島全域を戦火に曝し、米空軍や海軍の前線基地となっている日本にも遅かれ早かれ飛び火して来る可能性が非常に高い。
そういった事態を避けようとする場合、日本にとっては「中ロ」が最近提案した戦略が非常に現実味を帯びて来る。とことん突き詰めてみると、北朝鮮に対する強硬策ばっかりを口にする日本政府とは真逆の動きが今求められているのである。北朝鮮に軍事的圧力を掛け続けるだけではなく、北朝鮮の主権を認め、北朝鮮を国際社会の一員として迎え入れるという新しい動きこそが今もっとも必要なのではないだろうか。
参照:
注1:US Defenseless Against Ballistic Missiles as Trump
Threatens to Destroy N Korea: By Sputnik, Sep/20/2017, https://sptnkne.ws/f4qw
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