10月20日の産経新聞の報道 [注1] によると、北朝鮮の核の標的は米国のみであって、第三国には向けられてはいないとのことだ。これは、同日、モスクワで開催された「モスクワ不拡散会議」本会議に出席した北朝鮮外務省の崔善姫米州局長の言葉である。
しかし、問題は戦争の行方は多くの場合計画通りには進まない。そのことは歴史が十分に教えている。
日本は朝鮮半島のすぐ側に位置しており、もっと決定的な要素がある。日本には北朝鮮が敵視する(あるいは、敵視させられている)米国の軍事基地が北から南までいくつも並んでいるのだ。この事実を忘れることはできない。北朝鮮と米国との間で戦争が勃発した暁には、日本は、韓国と並んで、北朝鮮の最初の攻撃目標になることだろう。
北朝鮮が核兵器やそれを運搬する手段を開発し、実戦用として配備した場合、「日本はどれ程の危険に曝されるのだろうか」という率直な疑問が皆の頭をかすめる。これは当然のことだ。北朝鮮は水爆を開発したと報じられている。もしもそれが使用されたならば、甚大な被害をもたらすことは間違いない。いったいどれ程の被害となるのか?
この疑問に答えるかのように、専門家が試算したかなり詳細な情報がインターネット上に既に出回っている。
10月5日の読売新聞は次のように要約して、報じている [注2]。
米ジョンズ・ホプキンス大の北朝鮮問題研究グループ「38ノース」は4日、北朝鮮が複数の核搭載ミサイルで東京と韓国の首都ソウルを攻撃した場合、死者が最大約210万人に達するとの試算を発表した。爆発威力がTNT火薬換算で15~25キロ・トン [訳注: 威力の上限は「25キロトン」ではなくて、「250キロトン」の筈] の25発の核ミサイルを2都市に発射したと仮定。東京で約20万~約94万人、ソウルで約22万~約116万人の死者が出るとした。ミサイル防衛による迎撃などを想定し、爆発成功率を20~80%として被害を見積もった。
読売新聞の記事が引用した原典に関して、さらなる詳細を覗いてみようと思う。まずは、その原典を解説する記事 [注3] から始めよう。スプートニク・ニュースによってかなり詳しく報じられているので、それを仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。
<引用開始>
Photo-1:
© REUTERS/ KCNA
北朝鮮の核開発に関して同国と米国との間で緊張が高まる中、もしも軍事的衝突が起こり、北朝鮮が韓国と日本に対して核攻撃を行ったとしたら、約210万人の死者が出るだろう。専門家のマイケル・ザグレクによれば、米国がこの危機を武力によって解決しようとすると、もはや後ろへは引けない状況となる。
三つのシナリオ:
2011年以降、北朝鮮は98回の弾道ミサイルの発射実験を行っている。そして、今年の7月28日には大陸間弾道ミサイル(ICBM)の打ち上げ実験が初めて実施されたことによって北朝鮮危機はその頂点に達した。
ザグレクの調査によると、北朝鮮は現在20~25個の核弾頭を所有している。
「北朝鮮は25発の運用可能な核弾頭を持っており、それらをソウルと東京へ向けて撃ち込むものと想定する。核弾頭は15キロトンから250キロトンまであり、それぞれの弾頭は最適高度にて空中爆発を起こすように調節される」と、北朝鮮問題を専門に扱う「38ノース」と称されるウェブサイト上で公開された報告書で彼は述べている。
Photo-2:
© AP Photo/ Eugene Hoshiko
ワシントンと平壌との間の対立における軍事的な局面は今後実施される北朝鮮の核実験によってもたらされることであろう。ザグレクによると、新たな核兵器の性能を試験するには、平壌は空中、あるいは、水中で核爆発を起こすかも知れない。このような展開は米国および他の核大国に何らかの反応を引き起す可能性がある。
最後に、三番目のシナリオは米国が北朝鮮のミサイル実験場や核実験場ならびにそれらの開発施設を爆撃することだ。
「北朝鮮の指導部はこのような攻撃は金一族を権力の座から引きずり降ろそうとするものだと理解し、その結果、自国が壊滅される前の最後の対応として核兵器による報復を試みるだろう」と、ザグレクは書いている。
何百万人もの死者:
平壌の核弾頭は余りにも小型で、軍事基地や空港、その他の施設を選択的に攻撃することには向かない。その結果、大っぴらな紛争の場合は、平壌にはただひとつの選択肢が残される。それは米国の同盟国である韓国と日本の人口が密集している首都へ向けてすべての核弾頭を発射することである。
ザグレクはソウル(総人口は2,410万人、人口密度は8,800人/平方キロ)と東京(総人口は3,800万人、人口密度は4,440人/平方キロ)に対して想定される核攻撃がもたらす影響を推算した。この推算は核弾頭の能力によって大きく変化するが、七つのシナリオを用意した。
また、北朝鮮が所有する核弾頭のすべてが目標の場所に到達するとは限らないとこの専門家は指摘している。
Photo-3:
© AFP 2017/ JUNG Yeon-Je
「韓国は北朝鮮からのミサイル攻撃から自国を防護するためにTHAADシステムを一基配備している。日本はイージス・アショアABMシステムを導入しようとしている。したがって、北朝鮮が所有する25基のミサイルのすべてが目標とする首都の上空で爆発を起こすとは限らない。犠牲者数の推算に当たっては、核爆発の可能性を三段階の水準に分けて推算をした。つまり、20、50および80パーセントの弾頭が爆発する場合を想定している」と分析報告書は述べている。
この専門家が推算を行ったシナリオにはふたつの首都のどちらかが攻撃を受けた場合、ふたつの首都が両方とも攻撃を受けた場合、最低あるいは最高レベルの破壊力を持つ弾頭によって攻撃を受けた場合、等のさまざまな条件が網羅されている。
20パーセントの弾頭が爆発するシナリオでは、さまざまな破壊力を持つ弾頭による攻撃は両市に60万人の死者をもたらし、2百万人近い負傷者が出る。同一のシナリオで80パーセントの核弾頭が爆発する場合には、210万人の死者をもたらし、750万人の負傷者が出る。
武力の誇示:
「これらの推算が如何に正確であっても、朝鮮半島での核兵器による紛争が実際に起こる可能性はほとんどゼロに近い」と専門家らは言う。両国の指導者が喋る内容は非常に好戦的に聞こえるのは事実であるが、米国のドナルト・トランプ大統領や北朝鮮の指導者である金正恩の両者は世界を消滅させる核戦争を引き起こすような行動をとることはあり得ない。
「今、時がどちらかの味方をしているとすれば、それは北朝鮮の指導者の手中にある。北朝鮮がいろいろな種類のミサイルを手に入れれば入れる程、ワシントン政府にとっては軍事的解決策に頼ることがより難しくなるのだ。事実、米国にとっては相手を執拗に責めることだけだ」と、ロシアの軍事専門家であるミハイル・ホダレンコはスプートニクに対してそう述べた。
Photo-4:
© AP Photo/ Korean Central News Agency/Korea News Service via AP, File
同じく、ロシア科学アカデミー極東研究所の上席研究員であるエウゲニイ・キムは平壌によるミサイルの発射は挑発や脅しを目的にしているわけではないと指摘する。平壌のプログラムの真の目標は北朝鮮の抑止力をまともな水準にまで引き上げることにある。
「有効な核兵器を実現した時、北朝鮮の指導部は比較的安全になったと感じて、一方的に緊張を高めるために火に油を注ぐような振舞いは中断することであろう」とこの専門家は述べている。
<引用終了>
これで、全文の仮訳は終了した。
過去の戦争の歴史を見ると、実際の開戦は軍部の意向、特に、現地司令官の考え方や意向によって作戦行動が開始されてしまうという実例がたくさんある。明らかに、これは軍部の先走りである。政府がどのように考えているのかを配慮した上での行動ではない。最悪の場合、政府は軍部の行動を追認し、辻褄を合わせることになる。
最初は通常兵器による武力衝突ではあっても、朝鮮半島においてはそれがどこかの時点で核戦争に進化するかも知れないのだ。その場合、最大の敗者は韓国と日本だ。
特に、米ロ間あるいは米中間の文化的な相違から来る相手の思考形態に関する誤判断や誤算が起こることが私には最大級の恐怖である。たとえば、ロシア人の専門家の推測は常識的に理解することができるけれども、彼らの世界観が米国の極端に好戦的な将軍や将校、ネオコン、ならびに、メディアにも通用するという保証はまったくない。米国で昨年から今年にかけて1年以上も続いているロシアゲートがいい事例ではないか。
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この引用記事には原典 [注4] がある。特に図表に注目して、原典を覗いてみたいと思う。われわれの理解を深めるために図表の一部をお借りすると、下記のような具合だ。起こり得る条件の組み合わせについて詳細な検討を行っている著者の姿勢がここにはっきりと見えて来る。
Photo-5: ソウルでの死者・負傷者数の推算値
Photo-6: 東京での死者・負傷者数の推算値
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こんなに多くの被害者が出る選択肢は、もしもこれを選択したとしたら、その政治家にとっては不可避的に政治的自殺行為になることを示唆している。
一般大衆の虐殺を意味するような行為を選択した一国の指導者の無分別さに関しては、一般庶民からは猛攻撃を受けるに違いない。後世の歴史家からも厳しい批判に曝されることだろう。政治家は自分の名前がいい意味で歴史に刻まれることを渇望するし、それは相対的にかなり高い優先順位にあるのではないか。この北朝鮮問題をめぐっては、どの選択肢を採用するかによって名前の刻まれ方は両極端に分かれる。たとえ歴史に名が残される形態は両国で大きく異なるにしても、米国の社会であっても、北朝鮮の社会であっても、政治家が辿りつく最終的な判断基準にはたいして大きな違いはないような気がするし、むしろ、そうあって欲しいと思う。
さまざまな議論がある中で、専門家の見方は「これらの推算が如何に正確であっても、朝鮮半島での核兵器による紛争が実際に起こる可能性はほとんどゼロに近い」とのこと。私はこの見方が間違いないものであることを願うばかりである。
参照:
注1: 核の標的は「米国のみ」 訪露の北高官、対米けん制: 産経新聞、2017年10月20日
注2: 北の核攻撃、東京・ソウルで死者210万人試算: 読売新聞、2017年10月5日
注3: Report Reveals Possible Aftermath of Hypothetical N
Korean Nuclear Attack: By Sputnik, Oct/07/2017, sputniknews.com/.../201710071058029655-north-kore...
注4: A Hypothetical Nuclear Attack on Seoul and Tokyo: The Human
Cost of War on the Korean Peninsula: By Michael J. Zagurek Jr., Oct/04/2017
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