ロシア・ウクライナ戦争は実際には米ロ戦争であるという指摘が少なからずあり、その意味合いは素人目にさえも日が経つにつれてその信憑性が増している。そして、戦争というものはいつの日にか必ず終わる。勝者と敗者が明確となる。
最近の西側での発言の中で顕著になってきた事柄に「米国がいくら金と武器をウクライナへ注ぎ込んでも、ウクライナを勝たせることはできない」との見方がある。当初、西側にはロシアは間もなく弾薬が尽きるだろうといった楽観的な発言があったが、こういった発言は、5カ月になろうとする今、まったく聞こえてこない。むしろ、西側各国はウクライナへの武器の供給を継続することによって自国の装備が危険なレベルにまで低下してしまったとして危機感を抱き始めている程だ。ドイツのマイス将軍は「ロシアの軍事的資源はほとんど枯渇することがない」と述べ、最近、ロシアを評した。自国の状況については何も言ってはいないが、「ドイツと比べれば」という言葉が聞こえて来そうである。この種の指摘は超精密爆撃に使用されているロシア製ミサイルの在庫量のことであったり、人的資源のことであったりする。兵士の消耗ぶりについてはロシアもウクライナも自軍の死者数を公表してはいないが、メデイアによる報道から受ける印象ではウクライナ軍の消耗はロシア軍の何倍にもなっているようだ。
西側が慌てふためいている現状とは対照的に、プーチン大統領の最近の発言は実に意味深だ。特別軍事作戦が5カ月を過ぎようとする最近になって臆面もなく次のような発言をした。「彼らは戦場でわれわれを打ち負かしたいと言っているのが聞こえる。いったい何と言ったらいいだろうか?したいようにさせておこう。」そして、「ウクライナ兵が最後の一兵になるまで戦うと西側が言うのを何度も聞かされて来た。ウクライナの一般庶民にとっては大きな悲劇だ。だが、物事は今すべてがこの方向で進行している」と付け加えた。そして、ここで見逃してはならない重要な点がある。それは、タカ派的な発言をしながらも、プーチンは和平交渉の扉を常に大きく開けていることだ。(原典:Putin
Warns Ukraine and Their Western Allies About Future of War: 'We Haven’t Even
Yet Started': By Virginia Chamlee, Yahoo News,
Jul/08/2022)
ロシア・ウクライナ戦争の一面が上記のような状況を示す中、ロシアが中国と共に準備しつつある多極化世界は急ピッチで整備されつつあるようだ。最近の「ユーラシアにおいて経済回廊戦争が今たけなわ」と題されたペペ・エスコバーの記事はこのことを見事に伝えている(注1)。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。
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メガユーラシアを標榜する諸々の組織や個々の組織が進めようとするプロジェクトは、今、記録的な展開速度を見せており、ある世界規模の組織は他の組織よりも遥かに先を行く。
今、経済回廊戦争(訳注:聞き慣れない言葉ではあるが、「経済回廊を巡る戦争」という意味でペペ・エスコバーが用いている。1か月程前に開催されたザンクトぺテルスブルグ国際経済フォーラムに関する報道で彼が使い始めたようだ)が、今、全速力で展開している。たとえば、それはロシアからインドへ向けた物流であって、国際南北輸送回廊(INSTC)を介して今までの常識を遥かに超える速度で物流が行われる。すでに運行されている。
カスピ海を経由することによって(スエズ運河と比較して)より短距離で安価なユーラシア貿易ルートを運行するためのロシア・イラン・インド協定は9/11以前であった2000年に関係国によって初めて署名された。
完全な運用モードにおけるINSTCは一帯一路構想(BRI)や上海協力機構(SCO)、ユーラシア経済連合(EAEU)と並んでユーラシアの統合という極めて強力な特徴を示している。最後に敢えて何かを付け加えるならば、これは20年程前に「パイプラインニスタン」と私が呼んだものだ。
カスピ海が鍵だ:
これらのベクトルはいったいどのように作用し合っているのかをまず検証しておこう。
現在目にする加速の源はロシアのウラジミール・プーチン大統領が第6回カスピ海サミットのためにトルクメニスタンの首都アシガバートを最近(6月29日)訪問したことにある。この出来事は進化しつつあるロシア・イランの戦略的同盟関係をより深いレベルに引き上げただけではなく、決定的に重要な点としてカスピ海沿岸の5つの国すべてがNATOの軍艦や基地をこの地域には置かせないことに合意しことである。
これは本質的にカスピ海をロシアの湖として位置づけた。アゼルバイジャンやカザフスタン、トルクメニスタンの三つの「スタン」国家の利益を損なうことなしに、カスピ海をより小さな意味ではイランの湖とし、事実上はロシアの湖として位置付けている。つまり、モスクワ政府はあらゆる現実的な目標のために中央アジアに対する支配を一段と強化した。
カスピ海は旧ソ連が建設したヴォルガ川からの運河を介して黒海と接続するので、モスクワは必要ならば何時でも黒海に移送できる小型艦艇の予備海軍(強力なミサイルを常時装備している)を派遣することが可能だ(訳注:このカスピ海の予備海軍はシリア戦争中にカスピ海上の小型艦艇からクルーズミサイルを発射し、イラン上空を経て、シリア国内のテロリストの拠点を精密爆撃したことで世界をアッと言わせた。素人目にも実に圧巻であった)。
貿易と金融におけるイランとの強い繋がりは、今や、三つの「スタン」国家をロシアのマトリックスに結びつけることと並行して進んでいる。天然ガス資源が豊富なトルクメニスタン共和国は、その輸出のほとんどを中国に集中していることを除けば、歴史的には特異な存在だ。
より実際的な若い新指導者であるセルダル・ベルディムハメドフ大統領の下で、おそらく、アシガバート政府は最終的にSCOやEAEUの参加国になることを選択するかも知れない。
一方、カスピ海沿岸国であるアゼルバイジャンは複雑な事例を示している。つまり、欧州連合(EU)がロシアに代わってエネルギー供給国になるよう目を付けられている石油・天然ガス生産国のひとつなのである。だが、これはすぐには起こりそうにもない・・・ (訳注:この引用記事が書かれた日の2日後、つまり、7月18日のユーロニュースによれば、EUとアゼルバイジャン政府は2027年までに天然ガスの輸出を倍増することで同意した。)
西アジアとの繋がり:
エブラヒム・ライシ大統領の下でイランの外交政策は、明らかに、ユーラシアとグローバル・サウスの軌道に乗っかっている。テヘラン政府は9月にサマルカンドで開催されるサミットで正式メンバーとしてSCOに正式に組み込まれる予定で、BRICS への加盟について正式な申請が提出されている。
BRICS国際フォーラムのプルニマ・アナンド代表はトルコやサウジアラビア、エジプトもBRICSへの参加に非常に熱心であると述べている。もしもこれが実現すれば、2024年までにわれわれは多極世界の主要組織のひとつとしてしっかりと設置された強力な西アジア・北アフリカのハブになることが可能となる。
プーチンは、来週、ロシア、イラン、トルコの三国会談のためにテヘランへ向かい、表向きはシリアに関して話し合うことになるであろうが、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はBRICSの話題を持ち出すに違いない。
テヘラン政府はふたつの平行ベクトルで動いている。もしも包括的共同行動計画(JCPOA)が復活したならば、ウィーンとドーハの最近の悪ふざけを考えると、現状では極めて暗い可能性ではあるが、それは戦術的勝利を意味することになろう。しかしながら、ユーラシアへの移行はまったく新しい戦略レベルに位置する。
INSTCの枠組みを活用して、イランはアジアやアフリカ、インド亜大陸の交差点となるペルシャ湾とオマーン湾にまたがって、地球戦略的には重要となるバンダル・アッバス港を最大限活用するであろう。
しかしながら、それは外交上の大きな勝利として描かれるかもしれないが、西側、特に米国の制裁が完全に解除されなければ、テヘランはBRICS加盟を十分に活用することができないことは明らかだ。
パイプラインと「スタン」国家:
ロシアと中国はイランの開発過程における欧米の技術の空白を最終的に埋めることになるかも知れないという説得力のある議論をすることが可能だ。しかし、INSTCやEAEU、さらには、BRICSなどのプラットフォームが達成できることはもっとたくさんある。
「パイプラインニスタン」の全域における経済回廊戦争はさらに複雑になる。欧米のプロパガンダは必ずしもアゼルバイジャンやアルジェリア、リビア、OPECのロシア同盟諸国であるカザフスタンさえもがヨーロッパを助けるために石油生産を増やすことに熱心であると単純に認めることはできないのだ。
カザフスタンは扱いにくい事例である。同国は中央アジアでの最大の石油生産国であり、天然ガスの供給でもロシアとトルクメニスタンに次ぐ主要な生産国である。カザフスタンではシェブロンやトータル、エクソンモービル、ロイヤルダッチシェル、等の西側のエネルギー大手を含む104社が250カ所以上の油田やガス田を操業している。
石油や天然ガス、石油製品の輸出はカザフスタンの輸出総額の57%を占め、天然ガスはトルクメニスタンの予算の85%を占める(輸出の80%は中国向け)。興味深いことに、ガルキニシュのガス田は地球上で2番目に大きなガス田である。
他の「スタン」国家と比較して、アゼルバイジャンは(石油が総輸出額の86%を占めているにもかかわらず)比較的小規模な生産国であり、基本的にはトランジット国家である。バクーの超富裕国家願望は三つ以上のパイプラインを含む南部ガス回廊に集中している。三つのパイピラインとはバクー・トビリシ・エルズルム(BTE)、トルコ主導のアナトリア横断天然ガスパイプライン(TANAP)、そして、アドリア海横断パイプライン(TAP)を指す。
BTEやTANAP、TAPといった頭文字の言葉が続くこのお祭り騒ぎには問題点がある。これらのパイプラインの容量を増やすには大規模な外国投資を必要とすることだ。だが、EUにはそんな余裕はない。ウクライナというブラックホールを「支援」するために、すべてのユーロは選挙で選ばれているわけではないブリュッセルのユーロエリートらによってその使途がすべて決められているからだ。この財政的苦境はTANAPとTAPの両者にも当てはまり、さらには、リンクする可能性のあるカスピ海横断パイプラインにも同様に当てはまる。
経済回廊戦争 ― 「パイプラインイスタン」の章 ― における重要な側面のひとつはEUへのカザフスタンの石油輸出のほとんどはカスピ海パイプラインコンソーシアム(CPC)を介してロシアを経由する点にある。その代替案として、ヨーロッパ側は中央回廊(カザフスタン ― トルクメニスタ ― アゼルバイジャン ― グルジア ― トルコ)として知られるが、まだ曖昧なままのカスピ海横断国際輸送ルートを検討している。先月、彼らはブリュッセルで本件について積極的な議論を行った。
要するに、ロシアはユーラシア・パイプラインのチェス盤を完全に支配しているのだ(そして、ガスプロムが運営するパイプラインに関して言えば、中国につながる「シベリア1」と「シベリア2」の威力に関してはわれわれはまだ何も言及してはいないのである)。
ガスプロムの幹部らにはEUへのエネルギー輸出の急増は問題外であることは余りにもよく分かっている。また、彼らは汚染の防止と管理、カスピ海の環境保全の維持に役立つテヘラン条約も考慮に入れており、沿岸加盟5カ国のすべてが署名をしている。
ロシアにおけるBRI回廊を壊す:
中国は主要な戦略的悪夢のひとつが最終的には消えるかもしれないと確信している。悪名高い「マラッカからの脱出」は、ロシアとの協力による北極海航路を経由することで、東アジアと北ヨーロッパを結ぶ貿易と接続の回廊は11,200海里からわずか6,500海里に短縮することが実現される。これをINSTCの「極双生児」と呼ぶことにしよう。
また、これはロシアが一連の最先端砕氷船の建造に忙しくして来た理由をよく説明している。
こうして、新シルクロード(INSTCはBRIとEAEUと並行して進行する)、パイプライン、そして、西側の貿易支配を完全にひっくり返す途上にある北極海航路は相互に連結される。
もちろん、中国人はかなり前から計画を立てていた。2018年1月に発行された中国の北極政策に関する最初の白書において北京政府は「他の国々と共同で」(つまり、ロシアを意味する)北極圏の海上貿易ルートを極地シルクロードの枠組みの中で実施することをどのように目指すのかを示していた。
そして、時計仕掛けのように、その後プーチンは北極海航路は中国の海上シルクロードと相互に作用し合い、補完し合うべきであると確認した。
中ロ経済協力は非常に多くの複雑、かつ、収斂的なレベルでの進化をしており、そのすべてを追跡するだけでも目まぐるしい程だ。
より詳細に分析すると、例えば、BRIとSCOはどのように相互作用するか、そして、BRIプロジェクトはウクライナにおけるモスクワ政府のZ作戦の厄介な結果にどのように適応しなければならないか、中央アジアと西アジアの回廊の開発に重点を置くこと、等、より細かい点がいくつも明らかになるであろう。
ロシアに対する容赦のないハイブリッド戦争におけるワシントンの主要な戦略目標のひとつは、決まったように、ロシア領土を縦横に横断するBRI回廊を壊すことにあるとして考えてみることが極めて重要だ。
現状では、産業や投資、国境を越えた地域間協力における数十にものぼるBRIプロジェクトはEAEUやSCO、BRICS、ASEANなどの組織に属する幅広い国々との多国間協力の確立を中心に展開し、ロシアの大ユーラシア同盟関係の概念を統合することにも繋がることを認識することが基本的に重要である。
ユーラシアの新しい信念へようこそ!戦争をするのではなく、経済回廊を整備しようではないか。
***
これで全文の仮訳が終了した。
今ユーラシア大陸で起こっていることの結果は10年後、20年後、あるいは、半世紀後に誰の目にも明白となるであろう。
私自身は半世紀後の世界には物理的に存在しない。だが、識者や専門家はどんな世界が待っているのかについてかなりの確度で予測することが可能だ。たとえば、ミズーリ大学のマイケル・ハドソン名誉教授は二カ月前に近未来の世界を描写している(Michael
Hudson: Interview with RT – Transcript: By The Saker, May/21/2022)。
今回の引用記事をより深く掘り下げる上でハドソン教授の解説は大きな助けになると思うので、このインタビュー記事を抜粋して(全文は余りにも長くなってしまうので)、下記に収録しておこう:
ピーター・スコット(PS):中国のような大国との関係ではEUの立ち位置はどこにあるとお思いか?
マイケル・ハドソン(MH):ええ、その点は明らかにゲームからは外れてしまっている。自国の利益を第一に考えるのではなく、実際には彼らは米国の利益を第一に考えているのだ。EUは自らの運命に挑もうとするよりも、むしろ米国の衛星国家であるかのように振る舞っている。
・・・ウクライナ戦争は米国が主にヨーロッパを米国の軌道に引き込み、EUがロシアや中国と取引することを阻止するための戦争だ。
・・・ヨーロッパは単に取り残されようとしている。
MH:ヨーロッパを米国圏に統合することはまさに「新しいベルリンの壁」の創設である。これは米国を世界の他の国々から孤立させる。これは米国に勝利を導くものではなく、米国の戦略家たちが中国やロシア、さらには、新興諸国グループ全体との経済戦争で負けつつあることに気付いたので、米国は自らを孤立させようとしているのだ。
・・・米ドルは排除される。米国のドル外交、米ドルへの自由気ままな乗り合い、貨幣帝国主義といった考えは今やすべてが終わった。
・・・米国は孤立した。それはまさに自分の足を撃ったようなものだ。
・・・ロシアはこんなことをすることはできない、あるいは、ロシアは工業大国になれないといった理由は何ら存在しない。ロシアにとって欧米は必要ではないが、欧米にとってはロシアは依然として必要なのである。
・・・基本的にEUは米国のために自殺しているようなものだ。ヨーロッパの政治制度が自国の国益を追求せず、いつまで米国を代表する指導者たちと付き合っていけるのかは私には分からない。
・・・米国社会は憎悪に満ちた社会であり、米帝国は本当に憎しみや敵意に満ちた帝国だ。彼らが世界を見る見方は「我々対彼ら」であり、ロシアは新しい「彼ら」なのである。
・・・ロシアと中国は大勝利国家になると思う。
・・・「米国の敵になることは危険ではあるが、友人で居ることは致命的とさえなる。」さて、今本当に危険に曝されている米国の同盟国はヨーロッパだ。敵側は少なくともお互いに友達同士なので、お互いにうまく行くだろう。
ここで、われわれ素人も必然的に日本の国益について考えざるを得ない。EU各国と日本が置かれている共通項は米国に対する従属であると言える。要するに、日本の一般大衆にとっては「今日EUが置かれている窮状はまさに明日の日本の窮状を物語るものだ。ユーラシア大陸における近未来の姿を見誤ったり、過小評価してはならない」と認識することが基本的に極めて重要であると思う。
この夏、さまざまな出来事が起こった。この長い暑い夏は今前半が終わったばかりであり、今年の夏はむしろこれからが本番となる。さて、いったい何が待ち受けているのであろうか?
参照:
注1:In Eurasia, the War of Economic Corridors is in
full swing: By Pepe Escobar, The Saker (初出:The Cradle), Jul/16/2022
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