ロシア・ウクライナ戦争は末期的な段階に近づいているようだ。両国はこの戦争を永遠に続けることはできない。何時の日にか終わらせるしかない。
ウクライナに対する西側からのさらなる軍事支援は、今、新たな局面を迎えている。2月7日、デンマークやドイツ、オランダはウクライナが今後数か月以内に少なくとも100両の戦車を入手することを約束した。2月8日、ゼレンスキー大統領はロシア・ウクライナ戦争が約1年前に始まってから初めて英仏を訪れ、さらなる軍事支援を要請した。特に、戦闘機や長距離ミサイルの速やかな供与が今回の要請の目玉であったようだ。スナク英国首相は戦闘機の供与を考慮するとは答えたが、具体的な関与を表明することは控えた。米国や他のNATO諸国は難色を示している。(出典:Zelensky repeats demand for
fighter jets on France, UK visits: France 24, Feb/09/2023)
ロシア側の反応はどうであろうか?国連に常駐するロシア代表のネヴェンツィアはこう言った。西側諸国から供給される戦車はウクライナで大きな影響力を発揮することはないだろう。特別軍事作戦の開始以来、キエフにとって利用可能な、あるいは、キエフに供給された7,500輌の戦車はすでに破壊されている。その結果、「彼らが言うように100、200、300輌の戦車が新たに供与されたとしても、何の効果ももたらさない。」同外交官によると、キエフ政権が戦場で完全に破産するまでは西側諸国からの軍事支援の流れは枯渇しないであろう。(出典:Nebenzia:
Western tanks "will not make the weather" in Ukraine: Feb/09/2023)
ロシア・ウクライナ戦争はまさに消耗戦の様相を呈している。
かねてから戦闘機の支援を提案していたバルト諸国がNATO内でどのような根回しを行ってきたのかについてはその詳細を知る由もないが、これから西側ではジェット戦闘機の供与についてあれこれと公に議論することとなりそうである。
ところで、ロシア・ウクライナ戦争はどのような状況になっているのか?ポーランドの退役した将軍のひとりはウクライナはすでに戦闘能力を失っており、ロシア軍に対して反撃をすることはできないだろうと述べている。この発言の真意がどこにあるのかは私には分からないが、これはポーランドがウクライナの西部地域を割譲する機会が近づいてきたことを暗に示した国内向けの発言なのではないか?それとも、西側からのさらなる支援を引き出すために敢えて悲観的な見方をご披露したのであろうか?
その一方で、米国はこの紛争の現状をどう見ているのかが気になるところだ。
ここに、「ウクライナについてのニューヨークタイムズ ― 現実的な報道、均衡のためのプロパガンダ、不吉な警告、等」と題された記事がある(注1)。これは国際関係については定評のあるブログ、「Moon
of Alabama」に掲載されたものだ。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
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ウクライナでの戦争に関してニューヨークタイムズ(NYT)は最近の報道でひねりを加えている。
少なくとも「西側」メディアにおいては、ウクライナは、先月、戦争に勝利していた。しかしながら、今週、NYTの現場の記者はまったく反対のことを報告している:
多勢に無勢で、消耗し切って、ウクライナ軍は東部でロシア軍からの攻撃に備える
ロシア側が新たに動員した約20万人の兵力の大部分を投入する前であってさえも疲弊していたウクライナ軍はすでに数の上で圧倒されており、打ち負かされていると不満を漏らしている。そして、野戦病院の医師たちは酷い怪我をした戦闘員の世話をするのに苦労しており、損耗が激しくなったと語っている。
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ロシア軍の攻撃の最初の段階はすでに始まっている。ロシア軍が夏から占領しようとしていたウクライナ東部の都市バフムートはまもなく陥落する可能性が高いとウクライナ側が述べている。他の拠点においては、ロシア軍は小グループで前進し、ウクライナ側の弱点を探し出そうとして最前線を模索している。
これらの取り組みはすでにウクライナ軍に大きな負担を強いており、ウクライナ軍は12カ月近くの激しい戦闘によってすっかり疲弊している。
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ウクライナ軍の消耗は深刻だ。ネフスケの近くに配置された「カルパティア・シック」と呼称されているボランティア派遣団の部隊は約30人もの戦闘員がここ数週間で戦死し、兵士たちはほぼ全員が脳震盪を起こしたような状態だと冗談めかして言った。
「冬の真最中であるから部隊が展開している位置は見通しが良くて、隠れる場所もない」と「ルシン」というコールサインを持った兵士は言う。
ドンバスの最前線に位置するある病院の遺体安置所は白いビニール袋に入ったウクライナ兵の遺体で溢れている。別の病院では、金箔のサーマルブランケットで覆われた負傷した兵士を乗せた担架が廊下を混雑させており、救急車は正面の入口にほぼ一日中絶え間なく到着する。
「われわれとしてはあの敗北主義者を一人のままに放っておくことはできない」と編集者は言い、何らかの「均衡」を得るために英軍諜報機関の間抜けな連中に目を向ける:
英諜報員はモスクワの勢力は一週間に数百メートル前進しただけだと言う。
ウクライナ東部をより多く占領するための新たな推進力を背景に、ロシアが血腥い勝利をゆっくりと挙げるにつれて、ロシアはこれまで以上に多くの兵力と軍事物資を戦闘に注ぎ込んでいる。だが、モスクワが長期にわたる攻撃を維持するのに十分な軍隊を動員できるかどうかは明らかではないとウクライナ当局者は言う。
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しかし、英国防省の諜報機関は、火曜日(2月7日)、ロシアはバフムートを含むドネツク地域の残りを占領することを目的として先月初めから「大規模な攻撃作戦」を開始しようとしていると述べた。だが、軍需品と機動部隊が不足しているため、「週に数百メートルの領土しか獲得できなかった」と当局が戦争に関して毎日行っている最新の状況評価で述べている。
「ロシアが今後数週間以内に戦争の結果に大きな影響を与えるために必要となる軍隊を増強できる可能性は低い」と当局は結論した。
連中が夢見ている「戦争の結果」とはいったい何であろうか。
現地からの報告によれば、誰が勝っているのかについては何ら疑いの余地はない。NYTの論説ページさえも今ではそのことを次のように認めている:
問題はウクライナが戦争に負けていることだ。われわれが知る限りでは、ウクライナの兵士の戦い方が貧弱であるからとか、ウクライナの国民が失望しているからとかが問題なのではなく、この戦争が第一次世界大戦のスタイルであった消耗戦に入り、注意深く張り巡らされた塹壕と比較的安定した前線に落ち着いてしまったことだ。
実際に第一次世界大戦がそうであったように、このような戦争は最も長く持ちこたえられる人口統計学的および産業的な資源をより多く有する側が勝つ傾向にある。ロシアはウクライナの3倍以上の人口を抱え、無傷の経済や優れた軍事技術を有している。と同時に、ロシア側にも特有の問題がある。兵士の不足とミサイル攻撃に対する武器庫の脆弱性によって、西方への侵攻は最近遅くなっていた。双方には交渉のテーブルに着くインセンティブがある。
上記の最後の文章は間違いだ。ロシアには今交渉に就くインセンティブはない。兵士の不足は解消し、武器弾薬庫は方々に分散され、ウクライナのHIMARS攻撃から兵士を保護するためにカモフラージュが施されている。ロシア軍はウクライナ軍を粉砕し続けており、さらなる攻撃の準備ができている。
とは言え、この記事は正論を吐いている。米国はいかなる交渉も許可しないだろうと:バイデン政権は別の計画を持っているのである。戦車を提供することによって、ウクライナが戦争に勝つ可能性を高めることができることに賭けている。ある意味で、これは第一次世界大戦の陣地の戦いから第二次世界大戦の移動の戦いにまで歴史を早送りするという考えであろう。それはもっともらしい戦略である。80年前、ヒトラーとスターリンの戦車軍団は今日攻防が繰り広げられている戦場からそれほど遠くはない場所で戦争に革命をもたらした。
しかし、バイデンの戦略には悪名が付されている。それはエスカレーションだ。
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ロシアはいったい誰と戦争をしているのか ― ウクライナ、それとも、米国?ロシアはウクライナとの間で戦争を始めた。だが、ロシアと米国の間の戦争を始めたのはいったい誰か?
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米国人の多くはプーチンを「野蛮人」と表現し、ウクライナ侵攻を「侵略戦争」と表現することに逆らうことはできない。ロシア人は、この戦争はロシアが国家の存続をかけたものであり、米国が自分たちの力によって獲得したわけではない特権を享受している不公平な世界秩序に対して米国と戦っている戦争であると言う。
双方がこの戦争にどのような価値観をもたらすにせよ、この戦争は本質的には価値観の衝突ではないことは忘れないでいただきたい。それは領土と覇権をめぐる古典的な国家間の戦争であり、帝国間の境界で発生している。この対立においては、プーチン氏と彼のロシアにとっては米国の政策立案者が有していると思われる後へ引き下がる選択肢はより少なく、エスカレーションの梯子をずっと上り、米国に反応するというインセンティブが増えている。
それは確かにその通りだ。ロシアはエスカレートすることを決して望んではいない。しかしながら、米国がエスカレートすれば、ロシアもエスカレートせざるを得ないであろう。
投稿:2023年2月7日、 世界時で17時31分
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これで全文の仮訳が終了した。
ロシア・ウクライナ戦争は米国が望んでいたように長期戦となっている。こうなると、どちら側がより強力な体力を持っているか、どちらがより強い意志力を持っているかという要素が勝敗の分かれ目になって来る。
ロシアの体力について言えば、最近の報道によるとプーチンは2022年度GDPの推定値を上方修正した。2月10日、ロシア銀行は2022年末までの国内のマイナスのGDP推定値を2.5%へと上方修正した。また、規制当局はGDPの将来予測値についても上方修正している。2023年のGDPはマイナス1%からプラス1%になると。」(原典:Putin pointed to more
positive results in Russia’s GDP in 2022 contrary to forecasts: By Izvestia,
Feb/10/2023)
プーチン大統領は、ロシアは西側が招来させようとしたロシア経済に最も困難な段階を克服したと述べたのである。彼は、2023年の経済成長は小さいと予測されるが、成長は持続するとも指摘した。
その一方で、ウクライナは西側からの財政支援や武器の供与がなければ、戦争を継続することはできない。最大の問題は兵士をどれだけ補給することができるのかである。この難問を解決するために兵役年齢は16歳まで下げ、街中では若い男性は兵役登録を指導する係員に追いかけ回されて、登録事務所まで連行される。また、女性兵士さえもが戦闘に参加しているとも言われている。ウクライナ経済はいつ破綻してもおかしくない。ウクライナ政府は公務員の給料や兵士に対する支払いは西側からの財政支援で何とか補っている。誰にも予想できないような自転車操業を続けているのである。
ウクライナはブラックホールだと言って、ヨーロッパ諸国は不満タラタラであるのだが、どこまで付き合う積りなのだろうか?
参照:
注1:NYT On Ukraine - Real Reporting, Propaganda For Balance, Ominous Warning:
By Moon of Alabama, Feb/07/2023
お久しぶりです。シーモア・ハーシュ氏のサブスタックに投稿した暴露記事「アメリカはいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか?」訳しました。
返信削除これが、とてつもない「連鎖爆弾」に発展するとよいのですが。
https://quietsphere.info/how-america-took-out-the-nord-stream-pipeline/
kiyoさま
返信削除調査報道の大御所であるハーシュの記事は非常に興味深いみのがありますよね。ドミノ現象を引き起こすかも・・・。当方も、そうなることを期待しています。
補足情報:
返信削除ロシア・ウクライナ戦争では極めて分かりにくい情報がある。それはロシア軍とウクライナ軍の死者数だ。
最新の報道(原典:A fighter of the PMC "Wagner" revealed the losses of the Armed Forces of Ukraine in Soledar: Feb/16/2023)によると、ウクライナ軍の死者数に関して下記のような数値が表面化した:
特別軍事作戦が開始された以降のウクライナ軍の損失:2月5日、元米国防総省の顧問であったダグラス・マクレガー大佐は、ウクライナ軍の最高司令官ヴァレリー・ザルジニーが、米国訪問中に、ウクライナ国内での紛争が始まって以来のキエフ政府軍の損失について米側の代表者に密かに告げたという。彼によると、ウクライナ軍の最高司令官は戦死者数は257,000人だと述べたとのことだ。
その一方で、ウクライナからの情報によると、ロシア軍側の2022年2月24日から2023年2月13日までの死者数は138,340人であるという(出典:Russian military death toll in Ukraine rises to 138,340: By UKRINFORM, Feb/13/2023)。
何れの数値にも誇張が含まれていることには疑いの余地がない。だが、より正確な数値を掴むことは今の段階では極めて困難である。これらは「外れても遠からず」の数値であると見るべきであろうか。
しかしながら、たとえ話が半分であったとしても、日本に住む一般庶民の感覚からすれば、これらの数値は恐ろしい程に大きい。正気の沙汰ではない!米国のために代理戦争の戦場となり、砲弾の餌食となった若いウクライナ兵たちの死はいったい何のためだったのか?戦死した若者たちは英雄と呼ばれ、愛国者だと褒め称えられのであろうが、彼らの妻たちや親たちは果たして納得できるだろうか?
別の報道によれば、ロシア軍の捕虜となったウクライナ兵の親たちはロシア側に捕虜の交換プログラムに息子たちを含めないで欲しいとの嘆願書を送ったそうだ。ウクライナへ帰国しても、直ぐに戦場へ駆り出され、戦死する機会が高まってしまう。ロシアで捕虜で居た方が遥かに安全だという。
ところで、日本で議論されている台湾有事を想定した自衛隊の攻撃能力の強化は、どう見ても、ウクライナにおける米国の対ロ代理戦争と本質的に重なって来る。たとえ舞台がウクライナから台湾に移り、役者がウクライナ人から台湾住民と日本人に代わったとしても、米国が遂行しようとしている対中代理戦争が持つ意味やそれがもたらす影響はまったく同じなのではないか。この点はしっかりと議論しなければならないと思う。