2011年2月2日水曜日

まったく新しい種類の生命体が見つかった

 
ヒ素を摂取して生命を維持するまったく新しい種類のバクテリアが、米国、カリフォルニア州のモノ湖で発見されたということです。これは2010122日のNASAの報道です。
 
ヒ素と言えば、10年以上も前の話になりますが「ヒ素入りカレー事件」で4人の方々が亡くなっています。ヒ素をあおって自殺した小説「ボヴァリー夫人」のヒロインであるエンマを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
 
ヒ素はなぜ毒性を持つのか。専門家の説明を借りると、こんな感じだ。ヒ素は化学的には燐に非常に近い。一方、燐は炭素や水素、酸素、窒素ならびに硫黄と共に地球上のあらゆる生物を構成する六つの要素のひとつであって、DNARNAの構造を維持する基本物質。燐は細胞内でのエネルギー伝達にもかかわっており、燐脂質は細胞膜を形成する重要な成分でもある。燐なしでは生物は生きてはいられない。
 
ヒ素が人あるいは生物の体内に持ち込まれた場合いかに毒性を発揮するかは十分に想像できそうだ。低濃度でも中毒を起こし、胃腸障害、神経学的症状、皮膚の炎症、等を起こし、血液学的な障害も現れる。急性中毒では死に至る。
 
ところが・・・
インターネット情報を下記に引用しよう。

<引用開始>

[訳注: この仮訳の作成に際しては原文からの逸脱がないように気を付けていますが、もし疑義が生じましたら原文をご参照願います。なお、この引用に当たってはNASAの担当編集者から翻訳・転載についての許可を得ています。]

[2010122] NASAの支援を受けた研究チームが生体に毒性のある物質であるヒ素を摂取し、増殖を続けることができる微生物を発見した。世界で初めての発見である。カリフォルニア州のモノ湖に棲息するこの微生物はDNAの基本構造や細胞物質に用いられている燐の代わりにヒ素を用いている。


ヒ素を摂取して生きるGFAJ-1の顕微鏡下の姿。


ワシントンにあるNASAの科学ミッション理事会の准運営役員、エド・ワイラー氏はこう言及した。「これで、生命の定義が大きく広がった。我々が太陽系で生命体の探究に取り組む際には、生命というものをもっと広く、もっと多岐にわたって考える必要がありそうだ。我々は生命に関してはまだまったく理解してはいないのだから。」 今までの常識とはまったく異なるこの生命体の発見は、生物学の教科書を書き換えさせるには十分だ。地球外生命の探査範囲を大きく塗り替えるものともなろう。本研究はサイエンス・エクスプレス誌の今週号に掲載される。

炭素、水素、窒素、酸素、燐および硫黄は地球上のあらゆる生命体を構成する六つの基本物質であることが知られている。燐はDNARNAの化学構造の一部であり、生命体に遺伝的な指令を伝える基本構造の一部でもあることから、すべての生物にとっては必須元素である。燐はすべての細胞内で(アデノシン3燐酸の形で)エネルギーを伝達する中心的な役割を担っており、燐脂質はすべての細胞の形成に役立っている。

燐と化学的に近いヒ素は地球上の殆どの生物にとっては毒物である。化学的に燐と同様に振る舞うヒ素は生物の代謝経路を混乱させてしまう。「幾つかの微生物はヒ素を体内に取り込めることは分かっているのだが、今回我々が見つけた微生物はまったく新しい挙動をする。つまり、ヒ素を使ってその微生物自身を構成している」と、カリフォルニア州のモンロー・パークにある米国地質調査所で研究を続けるNASA宇宙生物探査研究員であり、この科学者チームのリーダー役でもあるフェリサ・ウルフ・サイモン博士は言う。「この地上に存在する生命体がこんなにも予想を超えた活動をしている現実を見ると、実際にはまだ見たこともない地球外の生命体は一体どんなものになるんでしょうか?」


カリフォルニア州の中央部に位置するモノ湖

新たに発見された微生物(GFAJ-1株)はガンマ・プロテオバクテリアと呼ばれるごく普通の種類のバクテリアである。この研究所では、湖から採取した微生物に与える燐の量を非常に少なくし、その代わりにたっぷりとヒ素を与えて微生物を訓養することに成功した。さらには、燐を完全に省きヒ素に置き換えたところ、この微生物は依然として成長し続けたのだ。その後の分析によると、ヒ素はGFAJ-1の細胞の中心構造を作りだすためにも用いられていることが判明した。

研究者たちの最大の関心事は、この微生物がヒ素を摂取して生育する際にそのヒ素が生命を支える生化学的機構、つまり、DNAやたんぱく質、あるいは、細胞膜に実際に取り入れているのかどうかという点である。ヒ素がどこに取り入れられているのかを特定するために、幾種類もの最先端の分析技術を駆使することになった。研究者たちがモノ湖を研究対象に選んだ理由は、著しいほどに不自然なその化学的環境にある。モノ湖では、特に、塩濃度やアルカリ度が非常に高く、ヒ素の濃度も異常な程に高い。このような特異な化学的環境がなぜ生まれたのかというと、ひとつには、モノ湖には50年間にわたって淡水の供給が断たれてきたという事実がある。


[訳注:モノ湖はシエラ・ネヴァダ山脈からの融雪水を水源としていた。この地域の年間降水量はたったの200ミリ前後であると言われている。人口が増える一方のロサンゼルス市の水道局へ水利権が譲渡されてからは、水源地帯の山脈からの融雪水はロサンゼルス市への供給に振り向けられて、モノ湖の水位は下がる一方となり、水中の塩濃度やアルカリ度は上昇する一方となった。ヒ素の濃度も然りである。]


地質微生物学者、フェリサ・ウルフ・サイモン博士。カリフォルニア州のモノ湖の浅瀬で湖底に堆積する泥を採取しているところ。出処: ©2010 Henry Bortman

この研究成果は、地球の起源、有機化学、生物地球化学的な循環、疾病の撲滅、地殻構造、等の数多くの分野で進行している諸々の研究に対して示唆するところが大きい。また、この成果は微生物学以外の分野でもまったく新しい研究分野を切り開くことにもつながるだろう。
「生命現象にまったく新しい生化学的な解釈を持ち込もうとする試みはサイエンス・フィクションではよくあることだ」と、カリフォルニア州のモフェット・フィールドにあるNASAの宇宙生物学研究所に所属するエイムズ研究センターの役員、カール・ピルヒャーが語った。「今までは生命体がヒ素をその生命体自身の構成要素として用いるといった考えは空論でしかあり得なかったものだが、今はそのような生命体がモノ湖に存在している。」

この研究チームは米国地質調査所、アリゾナ州立大学テンぺ校、カリフォルニア州のリバモアにあるローレンス・リバモア国立研究所、ペンシルバニア州ピッツバーグのデユケイン大学、ならびに、カリフォルニア州のメンロー・パークにあるスタンフォード・シンクロトロン放射光施設、等からの研究者で構成されている。

この研究はワシントンにある「NASA宇宙生物学プログラム」に属する「宇宙生物学と進化生物学のプログラム」および「NASA宇宙生物学研究所」を通じて財政支援を受けている。「NASA宇宙生物学プログラム」は地球上の生命の誕生や進化およびその分布、ならびに、その将来に関する研究を支援している。

編集者: トニー・フィリップス博士
提供:Science@NASA

<引用終了>


翻訳雑感:
 
「生命とは何か」、「生命はどこからやって来たのか」、「地球外にも生命が存在するのか」、「地球外にも生命体が存在するとしたら、それは一体どのような生命体なのだろうか」、等々、生命にまつわる疑問は尽きません。それぞれの問いに答えることはそう簡単ではありません。上記のニュースは一つの回答を与えてくれているように思えます。でも、この回答によってまた新たな疑問が加わってくるとも言えそうです。我々を取り囲む疑問の境界線が少しだけ外側に移動しただけかも知れませんね。




 

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