2013年2月16日土曜日

イラク戦争をほとんど回避させるところまでいった女性がいた


2013年は早くも1ヶ月半が過ぎた。この2013年はイラク戦争の開始からちょうど10年だ。イラク戦争はイラクが所有する大量破壊兵器を探し出し、それらを破壊しなければならないとして開始された。しかしながら、世界の人々はこの10年間にイラク戦争の裏に秘められた、驚くべき真実を学ぶことになった。イラクには戦争の理由として喧伝されていた大量破壊兵器は存在してはいなかった。イラク戦争を推進した米国の真の目的は石油の確保であった。
この真実は究極の偽善とでも形容すべき、すこぶる後味の悪いものとなった。
当初からイラク戦争に反対していた主流のメデアがある。米国の主な新聞はどれも政府を後押ししたが、英国ではガーデアン紙が批判的な立場を貫いた。日本では、ガーデアン紙の主張がどれだけ一般読者に紹介されていたのだろうか。検証したいけれども、部外者の私にとってはとても手に負えない課題だ。
キャサリン・ガンは国連を舞台にして行われようとしていた米国の不正義を見過ごすことができずに、個人の立場で機密情報を公開した。勿論、これがもとで彼女は英国の政府機関に働く職員としてのキャリアを失うことになった。
少なからずの人たちは本件についてすでにご存知かもしれない。私は最近になって初めてこの情報に接し、大変な感銘を受けた。イラク戦争からちょうど10年となったこの2013年、あらためて本件についておさらいをしておきたいと思う。
彼女がどのようないきさつから一個人として機密情報を公開することになったのかを伝える記事[1]がある(20083月の記事)。その仮訳を下記に示したいと思う。引用部分は段下げして示す。
イラク戦争から5年目の記念日に語られたさまざまな話題の中に重要なエピソードがひとつある。それはイラク戦争に向けてその準備が着々と進められていた時期に起こったものだ。その詳細は殆ど報告されることもなしに今まで放りっぱなしにされてきた。まったく言語道断なやり方で進められ、外交の基本的原則や国際法にも矛盾する出来事を目撃した若い女性の話である。彼女は英国の女性で、当時29歳、中国語を専門とする翻訳家として仕事をしていた。彼女の名前はキャサリン・ガン。彼女は英国の諜報機関である政府通信本部(GCHQ)に勤務していた。
2003131日の金曜日、彼女や多くの同僚たちは米国政府から一通の要請を受け取った。その要請とは国連での諜報活動を「活発化」して欲しいというものであった(後智恵ではあるが、この「活発化」という用語の選択が非常に興味深い)。要するに、安全保障理事会でイラク戦争を承認しやすくするために、米国はニューヨークの国連本部でスパイ行為を強化するよう指示を出したのだ。その電子メールによると、イラク戦争に国際的な承認を取り付けようとする非常に重要な決議案についてそれぞれの理事国と交渉するに当たって、何としてでも米国にとって有利な状況を作り出す点にその目的があった。大義名分がない限り多くの人たちはこのイラク戦争は合法的ではないと信じていたからだ。
この電子メールは英国のGCHQに相当する米国の国家安全保障局内の「地域目標」を担当する部署の責任者、フランク・コーザという人物から送付されてきたもの。この作戦は6カ国を目標にしようとしていた。つまり、チリ、パキスタン、ギニア、アンゴラ、カメルーンおよびブルガリアだ。これらの6カ国はいわゆる「スイング国家」と称され、安全保障理事会の非常任理事国であり、決議案を通過させるにはこれらの国々の投票が重要になってくる。また、メモには記載されていないものの、チリや他の南米諸国に大きな影響力を持つメキシコも、後に、このリストに追加された。事実、この作戦は非常に広範にわたって実施され、「活発化」の対象にはしないと明記されていたのは英国だけであった。
コーザは「各国が関連決議案についてどのような投票をするか、考慮の対象とするかも知れない政策や交渉上の立場は何か、各国間の協調・依存関係はどんなか、等」についてしつこく求めてきた。その纏めでは、彼は次のような文言を付け加えている。「米国の目標に好都合となる結果を導くため、また、想定外の事態が発生することを阻止するために、有利となる状況を米国の為政者に与えることができる情報はすべてを収集すること。」この作戦範囲は非常に広範囲にわたる。つまり、「安全保障理事会での審議・討論・投票と関連性があって、有用と思われる事柄はすべてを検証し、安全保障理事会のメンバー国の国連関連の通信ならびに国内通信のすべてに注意を払うこと」とした。
キャサリン・ガンに戦慄が走った。この電子メールを見てふたつの点でぞっとした。まずは、この作戦の低俗さだ。明白なメッセージとして、英国ならびに米国がニューヨークの外交官を脅迫するのに役立つような個人情報を収集することを英国のGCHQは求められているのだ。ふたつ目に、もっと大事なこととして、GCHQは国連の民主的なプロセスを踏みにじるよう求められているのである。
秘密の電子メール:
上記の電子メールを受領した週末以降、キャサリン・ガンは行動に移った。23日に職場へ復帰した際に文書をコピーし、彼女はそれを自宅へ持ち帰った。反戦運動に関与している人たちを彼女は知っており、メデアとコネのある友人に本電子メールを送付した。この友人はさらに本電子メールを新聞業が盛んなフリート通りでかって勤務していたジャーナリストで、2001年にタリバンに捕まって一躍有名になったイヴォンヌ・リドリーに送付した。この頃までには、リドリーは著名な反戦活動家となっていた。当初、ミラー紙に接触したものの、同紙はこの電子メールを検証することができなかった。次に、リドリーは当事オブザーバー紙で仕事をしていた私(マーチン・ブライト)に電話し、例の電子メールを検討してくれと頼んできた。
このコーザのメモは新聞社にいた私や私の同僚たちに幾つもの疑問点を提起した。まず第一に、オブザーバーは当時イラク戦争を支持していた。第二に、この電子メールの検証をどのように行うかという難問があった。コーザ・メモは単純に言って本文だけであり、電子メールのヘッダー部分に通常ある身元を証明する情報は欠如していた。理屈から言えば、本文だけだったら誰でもそれを作成することができる。コーザの名前は信ぴょう性を伺い知らせる他の情報と共に裏面に記載されてはいたが、でっち上げの可能性を否定することはできなかった。キャサリン・ガンが直接自分でやっては来なかったという事実についても、私たちはつまずいた。といった具合で、情報を検証するために情報源に遡る具体的な方法が見当たらなかった。
当事オブザーバー紙の防衛担当記者だったピーター・ボーモントがこのメモに使われている文言がNSA GCHQの文言と整合するかどうかを検証する手筈を整えてくれた。
とは言え、依然として疑念は消えなかった。諜報関係者のひとりは、これは非常によく出来たロシアからの偽物ではないかと言った。他の専門家はGCHQ 内の反戦分子を追い出すために英国のスパイ組織のトップがこれを書いた可能性があると言った。結局、NSAからは「ノーコメント」という返事を何回も受け取っていたが、その後当時我が社の米国担当記者を務めていたエド・ヴァリアミーがメリーランド州にあるNSA本部へかけた電話が、幸運にも、コーザ自身に繋がったのだ。この通話がコーザという人物が実在していることを実証した。ここで始めて、我々は「この電子メールは本物だ」という確信を得た。オブザーバー紙はイラク戦争を支持する立場にあったとはいえ、当事の編集者ロジャー・アルトンはこの素晴らしい記事を反故にする積りはまったくなく、200332日、国連に於ける米国の卑劣な行為についての記事を出版した。
ここに述べられているオブザーバー紙の当事の編集者の態度も実に興味深い。そこには客観性を重んじるジャーナリストの矜持みたいなものがある。編集者の態度が非常に重要であることは間違いない。潜在的に如何に重要な記事であっても、最初から社内で編集者の厚い壁に突き当たるような新聞社ではその記事は陽の目をみることは出来ないだろう。そのような新聞社では真のジャーナリズムを期待することはできない。
この報道は世界中を駆け巡り、チリでは1970年代に米国のこの種の卑劣な手段に見舞われていたことからあらためて怒りが爆発した。メキシコも同じ程度に不快な気分に襲われた。両国はこの新事実を知ったが故に、安保理事会でのふたつ目の決議案に対しては距離を置くようになった。他の国々は米国の甘言や弱いものいじめに対してそれ程厚かましく振舞うことはなかったが、情報がリークされてから数週間で、安保理では新しい決議案が採択される見通しはもはやなくなっていた。
これらの非常任理事国の動きは非常に重要なものとなった。そこにはイラク戦争の正当性を疑う健全な洞察があった。米国が入手したかった安保理の決議案は流れた。この結果はキャサリン・ガンの行動がなかったならば実現しなかったかも知れない。その可能性を考慮すると、彼女の行為の重要さがよく理解できる。
「国連」と言う言葉からは世界各国が集まって世界の平和のためにすべての参加国が協力しているかのような錯覚を受ける。事実、そういう場面は多々あることだろう。また、あって欲しい。さらには、国連の決議案は崇高な世界平和を目的としたものであるかのような錯覚にも陥りやすい。
しかし、ここに報道された内容はそんなものでは決してない。おどろおどろしい覇権国による「力の世界」だ。国連は、時には、大国が自国の軍産共同体や多国籍企業の利益を追求するためになりふり構わずにブルドーザーのごとくゴリ押しをする檜舞台となる。ここに引用した記事はそのような実態を余すことなく伝えてくれた。
この状況は1ヶ月前に書類を手にしてGCHQから帰宅した際にキャサリン・ガンが心に描いていた状況そのものであった。しかしながら、彼女には予想することも出来ないことがあった。それは米国のブッシュ大統領自身の思考そのものだ。国連安保理の決議案のあるなしに拘らず、ブッシュ大統領は戦争を始めることに決めていた。
オブザーバー紙に記事が掲載された日の数日後、キャサリン・ガンは国家機密法のもとで逮捕され、約1年後にはNSA文書をリークした罪で法廷に引き出された。しかし、事態は劇的な反転を見せた。当時の検察庁長官であったゴールドスミス卿は、この件が証拠を必要としないほど明白な国家機密法の抵触であったにもかかわらず、最後の瞬間になってこの告訴を引き下げた。こうして、キャサリン・ガンは自由の身となった。
検察庁は最後の段階になって何故翻意したのであろうか。この記事によると、
検察側は「キャサリン・ガンを有罪とする現実的な見通しがもはや立たない」と述べた。その理由は、キャサリン・ガン自身が機密文書を漏洩させた罪を認めていたことを考えると、まったく不可解だ。彼女に残された弁護の方向は「必要性の弁護」を適用するだけとなった。この「必要性の弁護」という概念の下で、彼女の弁護士は「何千・何万もの人命を救うために必要になった犯罪だった」と主張することができただろう。
必要性の弁護」は英国では医療の世界では比較的多く見られるという。しかし、他の分野では適用されたケースは稀である。イラク戦争では何千もの兵士が命を落とすことが予見され、彼女の行動はそれを阻止するためのものだと主張し、彼女を弁護することができた。
キャサリン・ガンの弁護側がイラク戦争の正当性に関して法理的にどう考えるかを公にするよう要請したことから、ゴールドスミス卿は本件を引き下げたとする推測があった。後に明らかになったように、彼の法的見解は国連において二番目の決議文の見通しが消え去ると共に大きく揺らいだ。
これらの専門的な法律用語を読み進めてみると、この検察側の措置は英国政府の驚くべき自白を反映したものであったと言わざるを得ない。キャサリン・ガンの行動は全面的な賞賛に値するものだった。彼女は戦争を止めるために本当に行動を起こしたのだ。

彼女の倫理観には脱帽である。これはそう簡単に実行できることではない。多くの人たちには出来ないことを彼女は自分の自由意志で決断し、その決断を行動に移した。そういうキャサリン・ガンに拍手を送りたい。
民主主義の「民主」とはキャサリン・ガンのような個人的な政治的覚醒を必要とするのではないだろうか。
今の日本には、内政にせよ対外的な政治にせよ、重要課題が山積している。何故に解決しないのかと問うと、その理由は最終的には自分自身の責任に辿りつく。個人個人の政治的覚醒の甘さが現在の政治的混沌を招いているのではないだろうか。このキャサリン・ガンの行動とその行動を支える論理には自分たちの血を流して民主主義を勝ち取った国ならではの個人としての徹底した意識が感じられる。
もうひとつ忘れてはならないのは安保理の非常任理事国の各国が冷静に状況を判断していたことだ。当然のことを当然のごとく行動した点が実にいいと思う。

 

参照:
1: The woman who nearly stopped the war: By Martin Bright, New Statesman, Mar/19/2008

 


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