これが事実であるとすると、オバマ政権が始めたロシアに対する経済制裁も大きく影響を受けることになるかも知れない、と専門家は警告をしている。ワシントン政府の筋書きはこうだった:つまり、ウクライナを経由してヨーロッパ市場へ輸出されているロシア産の天然ガスを停止させ、その代わりにヨーロッパへは米国産のシェールガスを供給する。これによってロシアの収入は激減し、ロシアは予算に困窮し、軍事費を削減せざるを得ない…
もしもシェールガスの生産性が当初の予想と大きく食い違うような事態となれば、米国政府の筋書きは大きく狂ってしまうことは明らかだが、そういう意味合いから、この引用記事に含まれている情報は単に米国の国内経済に及ぼす影響ばかりではなく、米国の国際政治上でもべらぼうに重要であると言える。
それでは、その記事の仮訳を皆さんと下記に共有したいと思う。
<引用開始>
今頃はもうニューヨーク・タイムズさえもが米国の盟友であるサウジアラビアを使って国際的な原油価格を暴落させることによってロシアを破産させようとするオバマ政権の極秘戦略をおおっぴらに喋りはじめた。しかしながら、この戦略が開始された直後にオバマ政権の周囲にたむろしているネオコンのロシア嫌いや冷戦志向のタカ派たちは原油で汚れた自分たちの足元を撃ってしまったようである。前にも他の記事で報告しているように、彼らの原油価格戦略は基本的には馬鹿らしい限りだ。起こり得るすべての可能性を考慮してはいなかったのだ。まずは、価格が低下した時の米国の原油生産に対する影響を取り上げてみよう。
9月から始まった米国内の原油価格の暴落は、遅からず、米国のシェールオイル・バブルをはじけさせ、米国がサウジアラビアやロシアを抜いて世界最大級の産油国になるという幻想はあっけなく消えてしまうかも知れない。米国エネルギー省によって刊行された間違いだらけの予測値は、それが幻想を助長したとは言え、実は、オバマ政権の地政学的な戦略の根幹でもあった。
過去数年間の米国国内での原油生産は増加の一途を辿って来たが、その増産の背景にはネズミ講が存在していた。それが、今、虚構の煙のごとく消えようとしている。シェールオイル生産の基本的な経済環境はジョン・ケリーとアブドラー・サウジ国王の両者が9月の始めに紅海の近くで秘密の会談を行い、ロシアに対するサウジによる原油戦争に関して同意した時以降、原油価格は23パーセントも下落したことですっかり破壊されようとしている。
ゴールドマン・サックスのウオール街専門の分析専門家は2015年の予測を発表し、米国の原油価格はWTI(West Texas Intermediate)基準で1バレル当たり70ドルにまで低下すると述べた。2013年9月、WTIはバレル当たりで106ドルだった。これはたった2-3ヶ月で34パーセントも下落したことを意味する。では、これがどうして米国のシェールオイル生産にとってそれほどまでに重要なのか?従来の原油の場合とは異なり、シェールオイルの場合は生産開始後急速に産出量が減少するのである。
カナダ地質調査所において30年間もの豊富な経験を持つカナダ人地質学者のデイビッド・ヒューズが最近発行した総合分析の結果によると、彼は、既存の米国のシェールオイル生産データ(歴史が非常に新しいので、これは始めて公開されたデータである)を用いて、米国のシェールオイルの油井では原油の産出量が劇的に減少することを示した:
本報告書には7カ所の原油生産フィールドが収録されているが、それらの3年間の油井からの産出量が低下する割合は平均で60パーセントから91パーセント辺りで変動している。これは油井からの産出期間のうちで最初の3年間に回収されると予測された量の43パーセントから64パーセントに相当することを意味する。7カ所のシェールガス・フィールドのうちの4カ所は油井の生産性から見るとすでに末期的な水準にまで低下している。これらの範ちゅうに入るのはハイネスビル、ファイエットビル、ウッドフォード、および、バーネットである。
もっとも良好なフィールドと目されていたこれらのシェールオイル地域の日産量に60パーセントから91パーセントもの低下が認められるという事実は石油会社にとっては原油生産を維持するためにはさらに深く掘り下げなければならないということを意味する。原油の生産量を増加させるなんて論外だ。さらに深く掘り下げるためには、採掘業者はより多くの資金を費やすことになる。かなりの費用となる。ヒューズによると、オバマ政権のエネルギー省は石油会社が提供したバラ色の推定値を無批判に受け入れ、これがシェールオイル「神話」を創り出したのだという。彼の計算によると、将来の米国のシェールオイルの産出量は米エネルギー省が2040年の予測値としてはじいた数値のたった10パーセントである。
ヒューズはシェールオイル会社が陥っている困難な現状を「石油掘削トレッドミル」と称している。石油会社は生産量を何とか維持するために油井をさらに深く掘らなければならない。それの繰り返して続けるしかない。生産を最大限に確保するために、これらの石油会社はすでに「スイート・スポット」と呼ばれるもっとも生産性の高いフィールドで操業をしてきた。生産性が最終的に低下し始める今、原油や天然ガスの産出がそれほどではない油井においては、油井の間隔を小さくして掘削の密度を上げなければならない。「もしも米国の原油や天然ガスの生産を深い油井からの生産に依存しなければならないとするならば、われわれは大きな失望を経験することになる」と、彼は付け加えた。
原油価格の低迷:
このヒューズの指摘はケリーとアブドラーによるサウジの原油価格戦争が始まる以前のシェールオイルの現状であった。今、米WTI原油価格が6週間のうちに破壊的とも言えるような25パーセントもの低下を示し、価格低下はさらに進行している。そして、ロシアやイランといった他の大手産出国は、すでに供給過剰となっている世界市場において、自国の国家予算のために歳入を増やそうとしてふんだんに供給をしている。これは価格をさらに低下させる圧力として作用する。
過去5年間の米国におけるシェールオイル・ガスによる大儲けの話は連銀の金利がゼロという環境や投資先に飢えていたウオール街の企業やファンドによる投機的な投資によって引き起こされたものであった。油井の枯渇が急速に進行することから、原油の市場価格が急落すると、それと同時にシェールオイルの掘削を行う企業へ資金を貸し出す経済環境も崩壊する。資金は突然消えてしまい、借金漬けとなっている石油会社は非常に困難な状況に見舞われる。
カーター大統領時代のエネルギー政策局の長官で、現在はエネルギー関連のコンサルタントを務めるフィリップ・ベルリーガーによると、新たに開発されたフィールドの中ではもっとも重要なノースダコタ州のバッケン・シェールは、1バレル当たり70ドルの価格では、7月には日産110万バレルの水準であったものが2月までには80万バレルへと生産を28パーセントも縮小せざるを得ないかも知れない。「価格が低下するとキャッシュフローも縮小し、掘削を継続するこれらの人たちに信用貸しされていた資金は枯渇する。結局、掘削の仕事は低迷してしまうだろう。」
神話、虚偽、そして原油戦争:
シェールオイル・バブルの終焉は原油を活用した米国の地政学には甚大な打撃を与えることだろう。今日、米国の原油生産の55パーセントはシェールオイルから由来し、過去数年間の生産増はすべてがシェールオイルからであった。原油価格が低迷する中、経済的リスクの故に資金源が断たれると、シェールオイルの掘削企業は原油産出量を何とか維持するために必要な新規掘削さえをも中止せざると得なくなる。
シリアのアサド政権に対する中東における米国の好戦的な対外政策、イランに対する原油禁輸措置、ロシアの原油開発プロジェクトに対する経済制裁、イラクの原油産出地帯でのISISに対する皮肉な寛容さ、リビアにおける原油経済の安定化を拒否し、それに代わって、無秩序状態を許容する姿勢、等はすべてが米国が再度原油生産の王者に帰り咲き、それによってリスクの高い原油に根ざした地政学的カードを切ることができるようになるというワシントンの自信過剰な展望を前提としている。CIAや国防省、国務省およびホワイトハウスに対してエネルギーに関して公の立場で助言する責任はエネルギー省にあり、同省は神話や虚偽に基づいたシェールオイルの増産予測を公表したのである。この報告を真に受けて、オバマ政権はバラ色に満ちたシェールオイルの神話や虚偽に根拠を置いた原油戦争へと走った。
この原油まみれの傲慢な姿勢は当時オバマ政権の国家安全保障担当補佐官であったトム・ドニロンの演説に要約されている。2013年4月のコロンビア大学での演説で、彼はこう表現した:「エネルギーにおける米国の新しい立ち位置はより強力な立場から物事に取り組むことを可能とする。上昇基調にある米国のエネルギー供給力は、たとえ世界市場での供給に中断が生じたとしても、あるいは、価格ショックが起こったとしても、それらの出来事に対するわが国の脆弱性を低減するクッションの役目を果たしてくれる。また、われわれが国際的な安全保障の目標を追求し、実践する上でもより強力な持ち札を提供してくれる。」
米国のシェールオイルについて言えば、今後の3ヶ月程の期間は戦略的にも重要な時期となりそうである。
(注)ウィリアム・エングダールは戦略的リスクに関するコンサルタントであり、講演者でもある。彼はプリンストン大学で政治学の学位を取得。もっぱら「New
Eastern Outlook」と称するオンライン・マガジンに寄稿しており、原油や地政学に関してはもっとも評判の高い著者でもある。
<引用終了>
米国大統領がその任期をりっぱな成果を挙げて終了することができるかどうかは政府を取り巻く職員や助言者、各省庁の働き振り如何であると言えよう。大統領が一人で各省庁の長官を十分に指揮することができるとはとても思えない。そういう意味から、この引用記事が教えてくれた米エネルギー省の杜撰さは典型的なお役所仕事の結果であるとも言えそうだ。
オバマ大統領はまさに「裸の王様」そのものである。しかし、その「裸の王様」振りがどの程度のものであるかを知るには今後の推移を注意深く見守る必要がありそうだ。
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11月7日付けの「Oil falls below $80 but floating ruble seen mitigating pain
for Russia」と題した記事 [注2] によると、次のように述べている(引用部分をイタリックで示す)。
原油価格は11月5日にこの4年間では最安値となる80ドル弱にまで低下した。これはサウジアラビアや他のOPEC諸国が生産量の削減を拒んだ結果を反映したものである。しかしながら、エコノミストらの見解によると、原油価格が大きく下落したにもかかわらず、実際に変動相場制に移行したルーブル通貨はロシア経済に対する悪影響の大部分を低減してくれている。
ここで、念のために数値関係を調べておこう。どういった数値を採用すれば良いのかは専門家にお任せするとして、ここでは単純にOPECの原油価格とルーブルの対ドル為替相場を用いてみた。
今年の原油価格は6月から7月頃の高値(OPEC basket price:
107.89$/B)から下落し始めて、11月7日には78.67$/Bとなった。約27.1パーセントの下落である。一方、ルーブルの為替レートは、つい最近、変動相場制に移行した。年央の6月から7月頃の為替レートは約34.5ルーブル/ドルであった。11月7日の為替レートは46.71ルーブル/ドルにまで低下。この期間に、ルーブルの対ドル為替レートは約26パーセント下落した。ロシア産の原油を輸出市場にてドルで売ってルーブルに換算すると、実質の原油価格の下落率は結構大きく緩和される。ルーブルに換算された原油の輸出代金は6月には1バーレル当たりで3,722ルーブルであった。11月7日のそれは3,674ルーブルとなった。したがって、国内でのルーブルによる受取額の下落率は1.3パーセントに過ぎない。ルーブル換算後の1バーレル当たりの輸出代金の受取額はほんの少し目減りした程度である。
原油価格の減少によるロシア政府の歳入への影響は輸出単価だけでは議論しても意味がない。原油価格が高止まりしていた頃と比較して単価が約27パーセント下落したわけであるから、政府としてはルーブル・ベースでの歳入額を維持するためには原油の販売量を約27パーセントも増やさなければならない。これはかなりの難題となるのではないか。
また、注2に示した記事は次の事項も報告している。
前回起こった原油価格の崩壊(1997年には10ドル台にまで下がり、アジア危機という背景もあって、しばらくその状態が続いた)に比べると、今回は大きな違いがある。今回はルーブルが変動相場制に移行している。これが原油価格ショックの大部分を吸収してくれ、政府としては為替レートを支えるために通貨準備金を浪費する必要もなく、同準備金を維持し続けることが可能である。
(同エコノミストが所属する)アルファ銀行は、原油価格は2015年には100ドルの大台を回復することが期待されることから、かなり楽観的な見通しを立てている。「この前提に立つと、1100億ドルの経常収支の黒字に支えられてGDPは1パーセントの成長が見込まれれ、予算の不足額はGDPの0.4パーセント(70億ドル)と非常に僅かだ」と、エコノミストのオルロヴァは言う。
「ルーブル安によってもたらされる余剰の歳入は内閣にとっては好都合で、投資を成長させるために資金を振り向けることが可能となる。これは来年の経済成長の原動力になるものと期待される。ルーブルの為替レートが1ドル当たり40から45ルーブルの辺りで変動していれば、2015年の原油価格がバーレル当たり100ドルと想定した場合、ルーブル安のお蔭で2014年にもたらされる歳入の余剰は、市場からの借り入れをすることもなく、予算の不足をカバーするのには十分である。」
ロシアの2015年の国家予算が健全であるかどうかは私のような素人にとってはとても判断できるものではないが、ロシアのアルファ銀行のエコノミストは上記のように楽観視している。
今後、ロシアを破産させようとして原油の市場価格を低下させているサウジアラビアがどこまでその政策を維持することができるのかはおおいに見ものである。
米国のシェールオイル・バブルは原油価格の急落によって資金繰りが急速に悪化すると予想されている。たとえウオール街では行き場のない資金が溢れているとしても、投資リスクを回避するために貸し出しを渋るという状況が起こるのかも知れない。サウジアラビアの増産が今後も継続すると、米国では多くのシェールオイル・プロジェクトが頓挫することになろう。また、新規の油井の掘削は激減する。そうすると、シェールオイルの総産出量は急減する。
こうして、シェールオイル・バブルがはじけてくれれば、それはサウジアラビアにとっては自分たちのシナリオ通りであり、願ったりかなったりの状況となる。
また、その場合、オバマ大統領が描いたシナリオは成立せず、米国からヨーロッパへの天然ガスの輸出は実現が困難となる。
「ワシントン政府が自分の足元を撃ってしまったのか?」については、最初の記事の著者、エングダールが言っているように、今後3-4ヶ月は原油市場の推移を見守り続ける必要がありそうだ。
参照
注1:Has
Washington Just Shot Itself in the Oily Foot?: By William Engdahl, Information
Clearing House – New Eastern Outlook, Nov/06/2014, journal-neo.org/.../has-washington-just-shot-itself-in-the-oily-f...
注2:Oil
falls below $80 but floating ruble seen mitigating pain for Russia: By Johnson’s
Russia List, Nov/07/2014, russialist.org/oil-falls-below-80-but-floating-ruble-seen-mitigat...
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