2017年3月29日水曜日

米国における「反プーチン」集団思考を破棄



米国人は個人主義的で、日本人は集団主義的だという通念がある。しかしながら、米国の政界を見ると米国人もまた非常に集団主義的であると言えそうだ。それは米メディアにおける「反プーチン」、「反ロシア」の大合唱の様子を観察すればすぐに合点が行く。

ところが、この米国においては目下圧倒的な政治潮流である「反プーチン」に逆らって、最近、集団思考を批判する論文が外交や国際政治を専門とする米国でもっとも著名な雑誌のひとつ、「フォーリンアフェアーズ」誌に掲載された。常識的に言えば、これはかなり思いがけない出来事である。

本日のブログではこの「フォーリンアフェアーズ」誌に掲載された論文に関する解説記事 [1] をご紹介しようと思う。

余談になるが、日本人と米国人とを比較した集団思考に関する学際的な論考が東京大学から出版されている。これは「日本人は集団主義的という通説は誤り」と題されており、インターネット上で入手可能である。一口に言えば、その結論は今までの通説を完全に覆すものだ。下記のように要約している:

日本人論では、長らく「日本人は集団主義的だ」と言われてきた。現在では、「集団主義」は、「日本人」の基本的なイメージになっている。ところが、この通説が事実なのかどうかを確認するために、心理学、言語学、経済学、教育学などにおける実証的な研究を調べたところ、日本人は、欧米人より集団主義的だとは言えないことが明らかになった。また、「日本人は集団主義的だ」と広く信じられているという現状は、人間の思考を歪める心理的なバイアスによって作りだされたものであることも明らかになった。

この論考については、さらなる詳細情報をご確認いただきたい(www.u-tokyo.ac.jp > ... > 記者発表 > 研究成果発表一)。実に興味深い内容だ。


<引用開始>

現実的には、米国の対外政策や防衛政策は国内の政治家からの十分な協力を無くしては大きな変革を成し遂げることは不可能であるが、論争が行われる際に一方だけの見解が重用され、他方の見解は完全に無視され、隅に押しやられてしまえば、そこには新たな問題が派生する。それこそが米国の対ロ政策の現状なのである。

過去の2030年間、ネオコンたちと彼らの同盟者やリベラル派の介入主義者だけがリングに登場し、政策決定の場においては競争者が誰もいない中で彼らは勝利を祝って来た。非常に稀なことではあるが、「現実主義者」または「政権の転覆」を標榜する戦争を批判する者が何とかリングに登場した場合、この挑戦者は自分の両腕が背中で縛り上げられた上で攻撃を仕掛けられるのを経験することだろう。

このような窮状は今世紀の初頭以降にはすでに存在していたが、米国が支援するウクライナでのクーデターの結果、民主的に選出されていたヴィクトル・ヤヌコビッチ大統領が放り出され、内戦状態が引き起こされ、クリミアはウクライナを脱し、ロシアへの帰属を決断し、ウクライナ東部のドンバス地方は反政府の立場を鮮明にした。これらの動きを受けて、2014年には米ロ関係は大ぴらな対立へと発展して行った。

しかし、ほとんどの米国人は唯ひとつのストーリーを耳にしただけであり、意見表明の中心地であるワシントンやニューヨークが許容するストーリーは「ロシアの侵略」についてあらゆることを非難することだけにあった。たとえば、国務次官補のヴィクトリア・ヌーランドが推進したウクライナへの介入や米国からの資金を使ってヤヌコビッチ政権を追い出そうとする試みに関して反対意見を述べようとする人たちは米国のメディアや専門誌へのアクセスが禁じられた。
幾つもの独立系のニュース・サイト(たとえば、Consortiumnews.com)がもう一方の側から見たニュースを報道しようとしたが、彼らは「ロシアの宣伝屋」であるとして非難されるばかりではなく、ワシントンポストやその他の主流ニュース・メディアが推進する「ブラックリスト」に掲載される始末であった。


勇気を鼓舞する兆候: 

そんな中にあって、米国の外交関連を専門とした専門誌であって、他に追従を許さない「フォーリンアフェアーズ」がロバート・イングリッシュ著の「ロシア、トランプならびに緊張緩和」と題した論文を掲載するという大英断(少なくとも、現時点の環境においては大英断である)を採用したことはまさに元気づけられることである。この論文は一世を風靡している集団思考に挑戦しているのだが、注意深い研究姿勢を保とうとしている。

実質的に、イングリッシュの記事はフォーリンアフェアーズ誌が過去数年間に特集した寄稿者のすべての見解をめちゃくちゃにしてしまう。しかし、特筆しておかなければならないのはイングリッシュの論文を殊更に価値のあるものにしているのは新しい事実を掘り起こしたことでもなく、新しい洞察を示したことでもないという点である。彼が成し遂げたことは逆の流れが示す主要点を明確にし、卓越した表現能力や効率さならびに説得力を駆使して、それらを提示した点にある。もっと重要なこととしては、彼は何らの妥協もしてはいない。

イングリッシュが取り上げた内容は情報を豊富に抱えている教授や国際関係に従事したことのある人たちの誰かが何れは手掛けることが出来たであろう。しかし、イングリッシュは彼を誘う事実にはあくまでも従って行こうとする勇気を持っており、人気がない真実さえをも読者に提供する機会を与えてくれるようにフォーリンアフェアーズの編集者たちを説得する術を心得ていた。多分、編集者たちは今や「クレムリンのカモ」として攻撃に曝されているのではないか。

最重要なテーマがこの論文の冒頭に要約されている。つまり、こうだ。「25年間、共和党と民主党はモスクワとまったく同じに見えるような行動を取って来た。ワシントン政府はモスクワを軍事同盟で包囲し、米国の利益をもたらす通商ブロックを形成するためにロシアの利益を(そして、時には国際法も)無視した政策を推進してきた。ロシアが押し返そうとするのは当たり前である。対外政策には素人であるトランプが間違いなくこのことに気付いているにもかかわらず、米国の政策に関与するエリートたちが気が付かないでいることはむしろ驚きである。」

イングリッシュの記事は1990年代初頭に起こったソ連邦の崩壊にまで遡り、どうして米国の対ロ政策が又もや間違ってしまったのかを説明する。彼はボリス・イルツィンが民主主義時代をもたらしたとする考え方が間違いであることを証明する。これはウラジミール・プーチンが政権に就いてから反故にした考え方でもある。

平均的なロシア人にとっては今日でも苦い思い出として残っている経済不振をもたらしたことからイルツィンは非常に不人気であったにもかかわらず、選挙結果を偽り、イルツィンを継続して政権の座に留まらせるために、1990年代の半ば、米国はロシアの国内政策に介入した。当時、大多数のロシア人はデモクラシーを「シットクラシ―」と呼んだ。[訳注:「シット」は「糞」を意味し、デモクラシ―の「クラシ―」と組み合わせたもの。非常に蔑んだ造語である。] 

イングリッシュは1990年代に起こったロシア経済や政治の崩壊が如何にクリントン政権によって食い物にされたのかを論じている。プーチンを批判している米国の今をときめく批評家たちは経済の再構築や税制改革、ガバナンス、保険制度改革、その他におけるプーチンの業績(これらは今日の彼に対する驚異的な人気を説明するものであるのだが)を認識することを怠った。著者はこれが如何に間違っていたかを論じている。

イングリッシュはロシアやプーチンの扱いにおいてオバマ政権が仕出かした間違いや馬鹿らしさを詳細に論じ、オバマ大統領やヒラリー・クリントン国務長官(後には大統領選候補者)を彼らの攻撃的で感受性に欠けた言葉や行いを取り上げて責めている。イングリッシュによって記述されている米国の政策に関してわれわれが目にするのは二重基準の適用やロシアに対する検察官的な立ち位置であり、米国の一般大衆が信じるように押し付けて来る米国やその指導者に関する極めて不条理な嘘や偽りの数々である。

また、イングリッシュは西側の民主的制度にロシアが挑戦しているとの主張と関連する被害妄想についても直接的に論じている。それだけではなく、彼は米国の対外政策やEU自身の新しいメンバー国家やメンバー候補の国々に関する諸政策が如何に大衆主義的反乱が地方のエリ-トを買収することになったか、また、これらの国々の多くの市民を貧困化させることによってに如何に反乱を起こす条件を醸成したかについてもっと関心を払うように求めている。

イングリッシュはプーチンとの間の緊張緩和を求め、ロシアには機会を与えるよう要請してこの論文を結んでいる。


ロバート・イングリッシュとはどのような人物か? 

イングリッシュに関するウィキペディアの説明や南カリフォルニア大学のウェブページに記載されている伝記資料を見ると、彼は質の高い学歴を有していることが分かる。つまり、プリンストン大学のウッドロー・ウィルソン国内・国際問題大学院で行政学の修士号、ならびに、政治学で博士号を得ている。また、彼はロシアならびにソ連邦時代の文化史の分野においては出版物の著者として、あるいは、名だたる碩学と並ぶ共著者として堅実な実績を誇っている。

彼は米国の諜報や国防に関する研究で6年間を費やしている。つまり、1982年から1986年までは国防省で、1986年から1988年までは国家安全保障委員会で勤務をした。南カリフォルニア大学の国際関係部門の学長として経営管理上の経験もある。

イングリッシュ教授は政治的野心がゼロというわけではない。2016年の大統領選の際には彼は民主党の候補者であるバー二-・サンダースの対外政策に関する顧問の座を獲得しようとした。この試みにおいては、イングリッシュは「The Nation」誌の進歩派からの支援を受けた。彼はその週刊誌上で「バー二-・サンダース、2016年の外交政策における現実主義者」と題する記事を掲載した。

イングリッシュの目的は、サンダースの中に米国の戦略的利益を守ることには能のない夢想家としての人物像を見ようとすることは、実は多くの人たちがそのように思っていたのだが、間違いであることを実証することにあった。この記事でサンダースを讃える中、イングリッシュはサンダースがロシアに対してはヒラリー・クリントンと同程度にしっかりしていると断言している。

しかしながら、選挙運動期間が終る頃には何人かの執拗なネオコンらがサンダースの内輪のサークルに入り込み、イングリッシュは離れて行った。こうしたことから、イングリッシュはワシントン政府における上級職を入手するためならば何でもしてみる日和見主義者だと誰かが判断するかも知れない。

そのような「柔軟性」は決して新しいことではないし、そのこと自体は必ずしも不快なことではない。少なくともマキャベリの頃には、識者らは雇用のためには立派なハンターであることが多かった。かねてから問題となって来る最初の点は彼らがスポンサーだけではなく一般大衆の中の読者をも如何に首尾よく扱うことができるかどうかという点である。しかし、他の政治家よりも遥かに素晴らしい政治家を押し、相手から彼または彼女に向けて放たれる攻撃的な議論を鈍らせるといった行動には政治的な現実主義が介在して来る。

そして、フォーリンアフェアーズの記事のような状況が時には起こる。政治的に重要な状況に接して、その政治的な代償あるいは利得がどうであろうともそれには関わりなく、ひとりの研究者が自分の解析結果を論じているのである。長期にわたってイングリッシュと親しい仲にあった消息筋は彼の最近の論文に示されている主要点は彼が本当に信じていることであると私に請け負ってくれた。


地政学を巡る政治: 

けれども、勇気のある著者、学識に長けた研究者を見い出すことはひとつのことであって、主流の権威者らがたむろするサークルの外側で危険を冒してまで自分の見解を提言することに応じてくれる出版者を見つけ出すことができるかどうかはまったく別物である。そのような意味において、フォーリンアフェアーズがイングリッシュの論文を出版し、対外政策では何年にもわたってエリートの地位を築いて来た同誌を席巻する集団思考をここで敢えて破壊することを選択したという事実はまさに驚くべきことである。

同誌の長年の歩調を破った唯一の前例はシカゴ大学教授のジョン・ミアシャイマーが掲載した「ウクライナ危機は西側の責任だ」と題された論文だ。これは2014年の9月に出版された。あの論文はロシアによるクリミアの統合やドンバスにおける介入を導いた諸々の出来事に関するワシントンの公式説明に風穴を開けた。

同論文は米国の外交政策サークルに属する多くの人たちにとっては衝撃であった。次号では、彼らは新たに侵入して来たまったく別の考えに群がって攻撃を仕掛ける白血球の集団のようであった。しかし、フォーリンアフェアーズ誌の読者が居た。コメントをした人たちの約3分の1がミアシャイマーの議論を支持したのである。しかし、あれは一回こっきりの出来事だった。ミアシャイマーは米国の現実主義学派に属する少数の主唱者のひとりであったことから、彼は許容された。でも、彼はロシア学の専門家ではなかった。

フォーリンアフェアーズがロバート・イングリッシュに目を向けたのかも知れない。何故ならば、同誌の編集者らはサークル内のもうひとつのサークルとしてトランプ政権の外側に位置していたのである。同誌の読者数は25万にも達し、全世界に散らばっている。読者はフォーリンアフェアーズ誌が権力の回廊に関して何らかの記事を掲載することを期待している。

その点に関しては、同誌は冷戦の頃から国務省に水を引いていた。たとえば、2007年の春号で同誌はウクライナの政治家であるユリア・ティモシェンコが署名した捏造記事を出版した。それは何故にロシアを包囲しなければならないかというものであって、プ-チンの有名なミュンヘンでの演説に対する直接的な反応であった。その演説で、プーチンは米国がイラク戦争やその他の政策によって世界を不安定にしていると述べ、米国を非難した。

ヒラリー・クリントンに期待される選挙結果を予期して、フォーリンアフェアーズの編集者らは2016年の賭けについてはリスクを分散してはいなかった。彼らは前国務長官を支持し、ドナルド・トランプに対しては美辞麗句の煉瓦を投げつけた。9月号では、彼らはトランプを南米の安物の人気政治家になぞらえていた。

こうして、トランプの予想外の勝利の結果、彼らは蚊帳の外にいる自分たちを発見した。何年もの間で初めてのことではあるが、同誌は米大統領選の後の新年号で新たに登場する国務長官または他の閣僚に対する恒例のインタビューは特集しなかったのである。

キャピトル・ヒルではロシアによる大統領選への介入に関しては執拗な意見聴取が行われ、ワシントン政府の公式の反ロシアの狂乱振りはその頂点に達しているかのようではあるが、水面下の現実としてはネオコンは突然権力を失ったことから激怒にかられているのである。

自由主義者のランド・ポール上院議員がモンテネグロのNATO加盟に関してマケインが提出した決議案に特別な配慮を示すことに反対した直後、ネオコンのジョン・マケイン上院議員がランド・ポールに食ってかかった時、この興奮状態は特別に際立って見えた。上院の慣習を破って、怒り狂ったマケインがポールは「ウラジミール・プーチンのために働いている」と言って、ポールを非難したのである。 

その一方で、民主党の指導者らは大統領選で起こったとされるトランプ・ロシアの共謀行為に関する議会による調査には余り期待をするなと反トランプ陣営に対して警告を出し始めた。

最近の数年間西側の地政学的政治を席巻して来た反ロ集団思考の多くに関して挑戦するイングリッシュの論文を出版するに当たり、フォーリンアフェアーズ誌は、多分、「ロシアを憎む」というバスケットにすべての卵を入れておくのは危険だと最終的に悟ったに違いない。

自分たちの賭けについてリスクを分散すること自体は利己的であるかも知れないが、15世紀のカトリック教会の改革者ヤン・フスが「真実がやがては世間を支配する」と主張した時、彼は正しかったのだとする楽観的な兆候でもあると言えよう。

著者のプロフィール: ギルバート・ドクタロ―はブリュッセルに本拠を置く政治アナリストである。最近の著書、「Does Russia Have a Future?」は20158月に出版された。

注: この記事に表明されている見解は必ずしもInformation Clearing Houseの意見を反映したものではありません。

<引用終了>


これで仮訳は終了した。

ロバート・イングリッシュ南カリフォルニア大学教授のお名前は今回初めて知った。この解説記事が言っているように、同教授の勇気には拍手を送りたいと思う。なかなかできないことを見事にやってのけているからだ。しかも、イングリッシュ教授はロシア学を専門としていることから、彼の言葉には重みがある。

小生が今までの6年間に掲載したブログを振り返ってみると、米国の対外政策については多くの件について批判的な自分自身を見い出すことができる。そういう意味では、ロバート・イングリッシュ教授の見解もジョン・ミアシャイマー教授の見解も我が意を得たりという思いがする。

また、国際経済に関しては著名なマイケル・ハドソン教授が登場する「ウクライナのキエフで死者を出した発砲事件には反政府派が関与 - ドイツの公共テレビ放送」と題した投稿(2014423日)は非常に多数の読者の皆さんの関心を集めた。

本日の引用記事の中では米国政界の集団思考に風穴を開けたジョン・ミアシャイマー教授の論文が参照されている。当ブログでも201491日の投稿で同論文をご紹介している。しかし、その記事に関して今回は新たな事実を学ぶことができた。あの論文に関してフォーリンアフェアーズ誌の読者からのコメントを見ると、約3分の1がミアシャイマー教授の見解を支持しているとのことだ。私の個人的な印象では、思ったよりも遥かに多くの人たちが支持している。

一般論的に言うと、米国の市民はロシアについては何も知識を持ってはいない。政治家さえもが例外ではないように見受けられる。特に集団思考に翻弄されている際には個人の独自の思考は停止に近い状態となってしまう。そのような環境の中で今回のイングリッシュ教授の見解はどのように受けとめられるのであろうか。注視して行きたいと思う。



参照:

1A Breach in the Anti-Putin Groupthink: By Gilbert Doctorow, Information Clearing House, Mar/22/2017





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