2018年5月16日水曜日

トランプがイラン核合意を反故にした本当の理由


5月8日、トランプ米大統領は2015年に署名された「イラン核合意」から離脱するとの公式声明を表明した。

これから180日以内にイランから何らかの譲歩を引き出し、経済制裁を課すことになる。経済制裁を課し、国内経済を低迷させて、国内に反政府勢力を築き、イランを不安定化させることが目的だ。イスラエルやサウジアラビアからの要請を受けて、米政府は中東で台頭しつつあるイランの経済発展を抑え、世論の分断を図ることに専念しようとしている。

これを受けて、ドイツ、フランス、英国といった欧州勢は核合意を維持することで足並みを揃えようとしている。イランは石油や天然ガスといったエネルギー資源を有し、ドイツと肩を比べる程の8000万の人口を擁していることから、大きな消費者市場となる要素を持っている。欧州各国にとってイランとの交易には大きな魅力がある。

しかし、米国がイランを敵視し、イランに対して経済制裁を課すとなると、その先には、遅かれ早かれイラクやリビアが辿った政権の転覆が待っている。すでに、そういった文言があちらこちらで囁かれている。

ここに、「トランプがイラン核合意を反故にした本当の理由」と題された記事がある [注1]。

本日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有しようと思う。われわれ一般庶民が理解している理由とはいったい何がどのように違うのであろうか?


<引用開始>


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ドナルド・トランプ米大統領は、2018年5月8日、イランとの間で2015年に締結された包括的共同作業計画(Joint Comprehensive Plan of Action:JCPOA)から離脱することによって選挙で訴えていた公約のひとつを達成した。これはイランと国連安保理の常任理事国5か国にドイツを加えたグループ(いわゆるP5+1)との間で締結された合意であって、少なくとも2028年まではイランが自国産の原爆を開発する可能性を排除しようとするものだ。

しかし、今回のトランプの行動が米国やイスラエルに、あるいは、一般論的に言えば中東全体に安全保障の観点から意味のある改善をもたらすだろうとは思えない。そればかりではなく、イランの戦略的能力に大きな制約を加えることができるとも思えない。

米国がJCPOAからの離脱に関して最終的な決断をするまでの今後の6ヵ月を猶予期間として設けると約束をしたとは言え、トランプ大統領の今回の動きは米国の世界戦略に関わるいくつもの課題を不確実性の領域へ放り込んだも同然である。

この猶予期間は、実際には、彼がイランや北朝鮮、欧州、その他の国々と交渉を行う期間である。このトランプの動きに関わるひとつの側面は北朝鮮の指導者である金正恩との会談における動力学に何らかの変化をもたらすかも知れないということは確かだろう。この会談はトランプが作り出した「混乱の期間」内に予定されている。

イランに関するトランプの決断が迫っていることを知りながら、金正恩は2018年5月8~9日に中国の大連で中国の指導者、習近平国家主席と会談をしたが、これは単なる偶然の一致ではない。両指導者間の今回の会合はこの2か月間で2回目となった。

イランに関して米国が取った処置は北朝鮮が朝鮮半島の「非核化」の合意に関する交渉において取り得る選択肢の中ではもっとも基本的な要素である。北京と平壌は両者とも、トランプが米国・イラン間の2015年の合意を「冗談に」取り上げて、両国がイランとの調整をする(さらには、戦略兵器をイラン国内で凍結保存することの可能性)といった計画に不確定要素を持ち込んで来たことに恐らく気が付いている筈だ。米国のJCPOA からの離脱をトランプが決定したことは北朝鮮と中国に対するひとつのメッセージである。それは、国内や海外からの圧力には関わりなく、米大統領は自分が公約した選挙運動中の約束は守るということだ。さらには、テヘランにもメッセージを送った。つまり、トランプはテヘランとの「交渉のプロセス」を開始したという事実であり、今後6か月の猶予期間は両国間の駆け引きに非常に重要な期間となるだろう。
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トランプが行った一方的な決断は非常に重要なプロセスの中のひとつの要素であって、いくつもの領域に分岐する。明確な成果は断言できない。換言すると、多くの関係国にとってリスクが存在する。

JCPOAは米国の観点からは機能しないということをトランプが感じていたことは疑う余地がない。彼はこの合意は修正が必要であるから再交渉を行うこと、あるいは、追加合意を締結することが必要だとする電報をテヘラン政府へ送付していた。テヘランはこの合意を見直す用意はないとして間接的に答えた。ヨーロッパ勢は「迂回」策を充てることができると言っていることから、米大統領を説得してくれるとテヘランは思ったことであろう。

テヘランとの交渉については何の兆しも得られないまま、トランプ大統領の手の内には一枚のカードだけがあった。それはJCPOAからの離脱だ。しかし、これはイランにとっても、他の当事国にとってもすべての選択肢が消えてしまったということではない。

この決断がペルシャ湾における紛争を拡大するという兆しは必ずしも見られない。確かに、今回のトランプの動きは湾岸諸国が再編するための時間を与えてやったことになる。重要な点は現実だ。米国による経済制裁を通じて課されるイランに対する強制策は世界市場に対するイランの原油の販売力に影響を与え、原油価格を高騰させることだろう。これはサウジアラビアに経済的な救済をもたらすであろう。

また、これはロシア経済を積極的に支援することにもつながる。ロシアは原油や天然ガスの輸出に大きく依存していることから世界市場における原油価格には敏感である。

さらには、2018年5月8日にイラン政府の高官が述べているように、米国の新たな経済制裁はイラン経済に深刻な影響を与えることにはならないだろう。しかしながら、公衆の期待感が損なわれるとともに、小さな負の影響がもたらされる。つまり、公衆のムードは影響を受けるだろう。

現実の戦略に対する悪影響としては、欧州の企業は次の6ヵ月間に米国とのビジネスを継続するのか、それとも、イランにおける通商のチャンスを追及するのかを選択しなければならない。EUの企業について言えば、これは主にエアーバス社を直撃することになるが、米国のボーイング社も同様に直撃を受ける。ボーイングは先陣を切ってイラン航空およびアセマン航空に110機の航空機(15機のB.777-9、50機のB.737 MAX 8、15機のB.777-300ER、ならびに、30機のB.737 MAX)を売ることになっていた。そのうちの何機かは2018年の納入である。イラン航空はエアバスから118機の航空機の購入を契約していた。これには12機の広胴型エアバスA380が含まれる。しかし、2018年2月には、イランは、単一通路型のロシア製98席型ツインジェットであるスホイ・スーパージェット100を含めた代替案を模索していた。エアバス製のいくつかの航空機(11機のATRツイン・ターボプロップ)は2017年の末までにすでに納入されている。ロシアおよび中国がイランに航空機を販売する場合、米国の経済制裁による影響は受けないであろう。

ここで重要な点はこの経済制裁は外国企業との間で行われるイランの決済が中国の「ユアン・レンミンビ」建てやロシアの「ルーブル」建ての決済を間違いなく早めることだ。また、サウジアラビアが「レンミンビ」建ての原油輸出を考えていることからも、世界経済において国際準備通貨として半世紀にわたって君臨してきた米ドルによるエネルギー市場での原油のドル建て決済(ペトロダラー)には終焉の時がやって来そうな気配である。短期的には、これが米国に悪影響を与えるとは考えられない。しかし、中国やロシアの経済を強化するであろうし、世界市場に対する米国の影響力にはしだいに衰退が感じられることになるだろう。
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ところで、このトランプの決断が中東の近い将来において紛争の増加を促すという直接の証拠は必ずしも見当たらないが、イランが戦略的な能力を開発する上で、核兵器開発計画についてより大ぴらな姿勢をとることも含めて、より多くの自由裁量を与えることになるであろう。

しかしながら、イランのハサン・ロウハニ大統領は、2018年5月8日、トランプの決断に関してイランはこの合意に関与している他の締約国と共にJCPOAに留まると述べた。問題は米国がJCPOAから離脱し、米国がイランに対して経済制裁を課し、米国外の企業がイランとのビジネスを行おうとすれば、その企業の国内法規やJCPOAの許可にはお構いなく米国はそれらの企業に間違いなく罰を与える立場にあることはいったい何を意味するのかという点である。米国は貿易に関わるほとんどの大企業がイランとの交易を継続するためだけに米国市場でのビジネスを諦めることはないだろうと確信するだけの経済的影響力を十分に持っているのだ。

JCPOAやトランプの決断後の評価の両者に関してこのプロセス全体の現実を理解すると、核兵器の開発からその配備に至るまで、実際には、JCPOAはイランを制約することは何もしなかったのである。

核兵器開発に関するイランの歴史的な開発に関するイスラエルからの諜報を抜きにしても、イランが元ソ連の核兵器を(カザフスタンの貯蔵施設から)入手し、別の核兵器をウクライナや北朝鮮から入手していたこと、そして、ついには北朝鮮と共に独自の設計による核兵器を開発し、試験を行ったことが1990年以降知られていた。

JCPOAは進行していたイラン製の弾道弾ミサイル・システムの開発を排除しなかったし、イランの国家指揮最高部(NCA)の能力も排除しなかった。これらの開発は一貫して行われ、配備された。つまり、JCPOAはイランの現実に制約を与えるようなことは何もしなかったのである。単に、イランに急速に拡大しつつあった核分裂物質の大量生産能力を縮小させただけだ。

ビニヤミン・ネタニヤフが率いるイスラエル政府ならびにサウジアラビア政府はJCPOA から離脱するというトランプの決断を歓迎した。しかし、意味のある表現でこのことを語ろうとすれば、トランプの決断がいったいどのような恩恵をもたらすのかは不確かである。この合意が多分に「合意のための合意」であったことを考えると、この決断が偽善の期間に終止符を打ったことについては疑問の余地がない。しかし、これはイランならびにイランを中傷する連中に対して相互に敵意を抱き続ける期間を終わらせ、真面目な和平への道筋を築くことができる貴重な機会を与えてくれたのである。

米国にとってはイランに対する影響力を再構築する機会にもなり得る。ジミー・カーター米大統領が1978~79年にイランのシャーを放逐した時以降、このような機会はついに無かった。米国とイランの関係を正常化するプロセスを開始することによって、米国はイランにおけるロシア(ならびに、中国)の影響力をある程度相殺する機会がやってきたのである。しかし、米国はそうしなかった。イランの聖職者による政府もこの好機を全面的に活用することはなかった。

ほぼ間違いなく、さらなる触媒が必要であった。しかし、JCPOAはそのような触媒を提供することには失敗したのである。

しかしながら、そうこうしているいちに米国が導入した新たな経済制裁によってもたらされる真空状態を速やかに埋めようとしているのはロシア、中国およびトルコである。サウジアラビアやアラブ首長国連邦は、特に、イランが経済制裁による制約を受けて、中東地域におけるイランの軍事的な動きや代理戦争の遂行は低下するであろうとの希望を抱いており、戦略的な信頼感の再構築を試みるであろう。しかし、米国や西側にとっては好機の恩典は今や失われ、イランに制約を与える理由がより少なくなっているにもかかわらず、彼らはイランがその影響力を拡大すると見るリスクを冒しているのである。 

米国にとっては中東でその影響力や地位を多いに改善するという余地はほとんど無い。

短期的に見れば、どちら側にとっても唯一の戦略的な利点はJCPOAの偽善的な側面を排除することにあろう。この動きがトルコをイランとの協力関係に向けて押しやるだろうということはあり得る。その結果、トルコが戦略的には米国やNATOを敵視し始めたという事実と如何に向き合うかについて米国の政策決定を急がせることになろう。確かに、さまざまな出来事がお互いに不信の念を抱く者同志、つまり、イランとロシアならびにトルコを一緒にさせているのである。しかしながら、米国にとっては何の好機にもならない。

トランプ大統領の主な動機はJCPOAを終わらせるという選挙公約を守ることであり、迫りつつある金正恩との会談での交渉に新たなレベルの影響力を導入することだ。

ロウハニ大統領はトランプの動きに反応して、「米国は約束を守ろうとはしなかった」と述べた。米国の政府は前の政権が約束したことに矛盾する行動を取ることが多い。この歴史を見ると、このコメントにはそれ相当の正当性がある。しかし、トランプは自分の約束を守ることを明確にした。イランの国営テレビはJCPOAからの離脱に関する米大統領の決断は「非合法であり、正当なものではなく、国際的な合意を台無しにしてしまう」と報じた。トランプの決断は国際的合意を損なうであろうが、JCPOAからの離脱が非合法であるという証拠は何もない。 そうは言っても、米国にとっては将来何らかの同盟を構築したり、お互いの信頼を必要とする仕事に着手することはより困難なものとなるであろう。


著者のプロフィール: グレゴリー・R・コプリーは歴史家、著者、戦略分析の専門家であり、一時は産業界にも身を置いた。彼は70歳で、過去40年間世界中でさまざまな政府のために高度な仕事をしてきた。例えば、国家安全保障、諜報、国家運営の課題、等に関して。彼は、2006年の「The Art of Victory」や2012年の「UnCivilization: Urban Geopolitics in a Time of Chaos」を含めて、30冊以上の著作を行っている。オーストラリアの出身で、彼はワシントンDCに本拠を置く「International Strategic Studies Association」の理事長を務め、「Defense & Foreign Affairs」と称する出版企業グループの編集長でもある。これには政府のためだけの諜報サービスや「Global Information System」も含まれる。彼の国際的な貢献について言えば、2007年に女王誕生記念の叙勲でオーストラリア勲章の栄誉に浴した。

<引用終了>


これで全文の仮訳が終了した。

興味深い内容である。

例えば、トランプが選挙公約を守るというイメージを確立し、それを引っ提げて北朝鮮との会談に臨もうとしているという解説は面白いと思う。この記事は国際政治の当事者である関係国の指導者が相手の人物や政府の出方を理解する構造をわれわれ一般の読者に伝えようとしているかのように思える。明確な行動原理を相手に示すことが会談の前の重要なプロセスであることがより具体的に理解できる。要するに、会談はすでに始まっているということになる。米朝会談に臨む北朝鮮側ついて言えば、核実験設備を5月23~25日に取り壊すと金正恩が宣言したこと自体も米国への具体的で、強力なメッセージであるに違いない。北朝鮮側が自分たちの具体的な行動を伝えることによって米国のやる気を試しているかのようだ。

イラン核合意についてはヨーロッパ勢は対策を練っている最中である。まだ詳細は公表されてはいないが、イラン市場に展開しているヨーロッパ企業の利益を最大限守るための策である。果たしてどのような対策が提案されるのか、それらが功を奏するのかどうかを近い内に見極めることができるだろう。

ヨーロッパにとっては米国に従属し、米国がイランやロシアに課す経済制裁にお付き合いをし続けることは国益を損なうことにつながることが、今や、明らかである。米国が2014年に発動した対ロ経済制裁ではヨーロッパ各国は米国に追従した。ところが、ロシアによる報復措置、つまり、食料品の禁輸政策に見舞われ、大きな経済的損害を被った。政治家にとっては同じ間違いを繰り返すことは政治的自殺に等しい。

仏・独・英の外相が共同声明を発表した。この合意は核拡散を防止する上で最良の策であるとして、EU はイラン核合意を維持すると述べている [注2]。

また、イラン外相のモハマド・ジャヴァド・ザリーフは最新の情報としてヨーロッパ諸国の外相との話し合いが順調に進んでいると述べた [注3]。

上記にあるように、今後の6か月間、ヨーロッパ勢が米国への従属をどれだけ断ち切れるのかが最大の関心事となろう。 

今後の展開に注目しようと思う。



参照:

注1: The Real Reason Trump Killed The Iran Deal: By Gregory R. Copley, Oilprice.com, May/09/2018

注2: France, UK, Germany to Stick to Iran Deal Irrespective of US Decision: By Sputnikniknews.com, May/07/2018

注3: ‘Good Start’: Iranian FM Cites Progress With EU Leaders on Salvaging Nuke Deal: By Sputniknews.com, May/16/2018



 
 

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