核兵器を使い易くするという考えは核兵器の使用を抑制するという一般的な考えに真っ向から挑む考え方である。しかも、例によって、その理由付けが奮っている。核戦争を起こしにくくするだろうと戦争屋は臆面もなく言うのである。
われわれが住んでいる地球上から核兵器を無くすことはあなたや私が自分たちの次世代に贈り届けることができる究極の贈り物ではないかと私は考える。
特に、福島第一原発の炉心溶融事故による放射能の放出によって居住ができなくなった方々が沢山いる。それだけではなく、放射能の影響は今後何世代にもわたって続く。地震が頻発する日本では原発がもたらす負の影響は過密な人口を持つ国土には余りにも大き過ぎる。
放射能が人間社会に与える影響という視点から議論するとまったく同じことを言っているわけではあるが、私は核戦争の回避や核兵器の廃絶に関する記事をこのブログでたびたびご紹介して来た。その観点からは米ロ間の緊張緩和は最大級の重要性を持っている。MH-17便撃墜事件やスクリッパル父娘毒殺未遂事件といった西側の大手メディアによるロシアに対するフェークニュースの乱発や何の証拠も示さずに犯人呼ばわりする節操を欠いたメディアの大合唱は米ロ間の緊張緩和には百害あって一利も無い。トランプ米大統領がロシアとの和解の方向性を示したが、野党の民主党はこれに反対。彼らの行動は党利党略だけが主要な判断基準であることを示している。政治が生産的ではなくなってしまった!この現実は米国人にとってだけではなく、全世界の一般庶民にとっても非常に大きな不幸である。
ここに「米国はもっと使い勝手のいい低出力核兵器を本格的に展開する。これは核戦争を起こしにくくすると彼らは言う - あたかも皆の知性を侮辱しているかのようだ」と題された最新の記事がある(注1)。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。軍産複合体が推進する社会がここまで来てしまった現実を改めて理解しておきたい。
<引用開始>
ワシントン政府は低出力核兵器は核戦争を起こしにくくすると主張しているが、この主張はとんでもない戯言だ。何と言っても、そのような兵器を計画したそもそもの発端は戦争屋たちが核兵器を「もっと使い易くしてくれ」と愚痴をこぼしたからに他ならない。つまり、核兵器を持たない国に対する戦術的な役割として実際に使うための発想である。
米国は原潜への搭載用として低出力核弾頭の製造を開始したとガーディアン紙が報じた。この報道は国家核安全保障局(NNSA)の電子メールによる発表を引用したものである。
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「W76-2」と称される新兵器。これは原潜に搭載されるトライデント核弾頭を改良したものである。NNSAによると、製造ラインからは最初の生産バッチがすでに取り出され、数量は不明であるが、これらの新兵器は「初期作戦能力」を備えているとされ、9月の終わりには配備可能となる。
ワシントンで「憂慮する科学者たちのユニオン」の上級代表を務めるスティーブン・ヤングによると、元々は2段階で構成されている「W76」から1段階を排除し、出力を低下させ、W76-2が開発された。
「手っ取り早く説明すると、必要なことは第2段階をダミーに置き換えるだけだ。この手法はミサイルの試験飛行ではよく採用される」とヤングは言う。水素の同位体である三重水素の量も再調整されるだろうと彼は付け加えた。
TNT火薬換算で100キロトンの爆発力の95パーセントが排除され、5キロトンになる。この爆発力は広島原爆の1/3に相当する。
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トランプ政権によると、米国はより柔軟な戦争抑止力を有することになるから、低出力核兵器は核戦争を起こしにくくするだろうと言う。W76-2は敵国(ガーディアン紙によると、特に、ロシア)の考え方に対抗することを可能とする。つまり、現有の核兵器は何百キロトンもの爆発力を持っているので、米国は小さな核兵器による攻撃に対してでも巨大な核兵器で応戦することになり、一般市民の被害もなしに使用するには「余りにも大き過ぎる」のである。
低出力核兵器は「潜在的な敵国は限定的な核戦争には利益を見い出せないだろうから、核の使用の可能性は低下する」と2018年の報告書「核態勢の見直し」が論じている。
批評家はこれは突飛な議論だと指摘している。この議論は計算違いなんて起こり得ないとの想定に基づいたものだ。
「しかしながら、別のシナリオがいくつもあり得る。特に、予測を超えた発言では定評がある大統領の存在だ。彼は、最近、われわれはどうして核兵器を使えないんだと問うた」とヤングは言う。
ところで、「One Earth Future」基金のメリッサ・ハンハムは米国がトライデント・ミサイルによって何百キロトンもの核弾頭を発射したのか、それとも、低出力の核弾頭を発射したのかについては敵国は知る術がないと指摘した。
米国科学者連盟において核情報プロジェクトのディレクターを務めるハンス・クリステンセンはこの新しい核弾頭は新兵器や新たな軍事力の開発は行わないとするオバマ政権の政策を破ってしまったと述べている。これによって小型核兵器をめぐるロシアとの軍拡競争が始まるかも知れないと彼は言った。
「潜在的な紛争の初期において戦術的で、かつ、非常に限定的なやり方で戦略核を用いることに関して、この代替用新兵器によって米国は新たな決意をどの程度伝えることができるのだろうか?」とクリステンセンは問うている。「率直に言って、終わりの見えない展開になってしまうのではないかというのが私の最大の懸念だ。」
新たな軍拡競争が勢いを増していることを示す一連の展開がある。ウラジミール・プーチンは新世代のロシア製の武器を公開し、ロシアは1987年に締結された中距離核兵器廃絶(INF)条約で禁じられているクルーズミサイルを開発したとの疑念に曝されている。
(訳注:新世代のロシアの新兵器の中には確かにクルーズミサイルが含まれている。原子力駆動のクルーズミサイルだ。これが地上発射型であれば、確かにINF条約の違反となる。しかし、海上発射型や原潜から発射される場合、あるいは、航空機から発射される場合はINF条約の対象外であると言える。)
トランプは米国を同条約から撤退させると宣言し、同政権は条約の順守を取り止め、この土曜日(2月2日)にはこの撤退に関して6カ月の事前通知期間が始まる。(ガーディアン紙)
トランプ政権が命じた核兵器の見直し作業は野心的な近代化計画を策定した。これはすでに動き出しており、新たな海上発射型クルーズミサイルの開発を求めている。
この見直し命令は米国は「核によらない重大な戦略的攻撃」に対しても核兵器で応戦することが可能になると言う。この戦略的攻撃には「一般市民やインフラ」に対する攻撃も含まれる。この命令は「核による戦争計画と核を伴わない戦争計画」とを強化し、それらを統合することを求めている。
民主党はこれに制約をかけることが出来るかも:
低出力核兵器がすでに組み立てラインから送り出されたとのことであるが、下院の多数派となった民主党はこのプログラムに制約をかけることが可能だ。
下院軍事委員会の新委員長となった民主党のアダム・スミスは「私は彼らが言う程多く要るとは思わない」と述べている。「核態勢の見直しが求めている程多くの弾頭を配備する余裕があるとは思わないし、そんなに多くを必要とするとは思えない。」
トランプ政権と下院の民主党との間の闘いにおいては核兵器予算は重要な闘いの場のひとつである。現大統領はリーガン政権時代の核を標榜する好戦派を身の回りに集めている。たとえば、INF条約を破棄することを推進した国家安全保障担当補佐官のジョン・ボルトンやボルトンの新副補佐官のチャールズ・クッパーマン、等。クッパーマンは一方がより強力であれば、何百万人もの犠牲者が出るかも知れないが、核戦争で勝ち抜くことは可能だとする議論をかって展開したことがある。(ガーディアン紙)
元国防長官のウィリアム・ペリーは、先週、記者たちに対して全世界で保有されている核弾頭の数についてはそれ程心配をしてはいないと述べた。むしろ、これらの核弾頭を「使用することが可能だ」とする議論の方が遥かに大きな懸念だと彼は言う。
「核兵器を使用することに戦術的な利点があるとする見方は米国でもロシアでも何年間にもわたって公に議論されたことはない。しかし、今や、両国で議論されている。この事実は非常に悩ましいことだ」とペリーが述べた。「そして、これは非常に危険な考えだ」と付け加えた。
<引用終了>
これで全文の仮訳は終了した。
この引用記事が報告している内容は貴重だと思う。
ハンス・クリステンセンの言葉には重要な要素が含まれている。「潜在的な紛争の初期において戦術的で、かつ、非常に限定的なやり方で戦略核を用いることに関して、この代替用新兵器によって米国は新たな決意をどの程度伝えることができるのだろうか?率直に言って、終わりの見えない展開になってしまうのではないかというのが私の最大の懸念だ。」
これでは歯止めがかからないではないかという指摘だ。
「終わりの見えない展開」とは、たとえ当初限定的な核の使用を意図していたとしても、攻撃に対しては報復攻撃が行われ、事態はどんどん展開して行く状況を指している。最終的には全世界が核戦争に巻き込まれてしまう可能性が高い。軍事的衝突が起こった中でこのような可能性をいったい誰が、いったい何処の国がどのようにしてコントロールすることが出来ると言うのであろうか?例えば、米ロ間にそのようなメカニズムがあるのか?旧冷戦の頃にはそういったメカニズムがあった。今は何もない。このことから、現行の新冷戦は旧冷戦よりも遥かに深刻な状況にあると言われていることを思い起して欲しい。
また、この記事が伝えていることは米国の軍産複合体が自分たちの組織の論理、つまり、軍需産業の金儲けを目指して、低出力核兵器の製造をゴリ押しし、製造を開始したという事実だ。かっては、核兵器は戦争抑止力としての存在であって、それを使うことは避けようとした。今、軍人たちは核兵器を使うために技術革新を追求している。彼らが考える内容ががらりと変わってしまったのだ。軍人たちが考えることには何の規制や制約もない。元国防長官のウィリアム・ペリーの言葉を待つまでもなく、彼らの考えそのものが大きな危険性をはらんでいる。
このような米国社会の深層については無数の分析や解説がある。このブログには2016年3月30日に掲載した「まったくお門違いの勝利」と題した投稿がある。著者のドミトリー・オルロフが実に興味深い議論を展開している。余談になるが、その一部をここで再確認しておきたい。下記のような具合だ。
「・・・実際にはかなり多くの金が着服されるという事実に留意して欲しい。ペンタゴンは数十年にもわたって会計監査を受けたことがなく、説明のつかない額は何十憶ドルにも達する。防衛関連支出のかなりの部分がさまざまな形で米議会の議員に対する政治献金としてリサイクルされ、当の議員らは防衛関連予算の増加にこぞって賛成票を投じる。また、防衛関連の契約企業は退役した将官らに途方もない額のコンサルタント料を支払う。現実にはこれは一種の繰り延べ給与である。彼らは職責にある間ずっと防衛関連企業のために働き続けるが、退役してから初めて給与を手にするのだ。このような仕組みやこれ以外の無数の仕組みを通して国防予算の内でいったいどれほどの額の金が動いているのだろうか?詳細は誰にも分からない。米軍の支配者層はこの地球上に見られる汚職集団の中では最大級であると思われる・・・」
第三次世界大戦が起こるとすれば、それは、ほとんど間違いなく米国発であろう。あまりにも巨大化してしまって、誰の手にも負えなくなった軍産複合体の思考形態は戦争の遂行を当然視する。相手が戦争に関心を示さないならば、相手に戦争を仕掛けるのが彼らの仕事である。彼らは、またもや、巧妙に自作自演作戦を仕掛けるだろう。米国は敵の攻撃に応じなければならないと言って、彼らは全米ならびに同盟国の市民に向かって多いに喧伝するに違いない。
あるいは、何らかの偶発的な事故が終わりのない展開を招き、世界規模の核戦争に発展していくのかも知れない。核兵器が配備されている限り、偶発的な事故が核戦争の引き金となる危険性はゼロではない。
参照:
注1: US Rolls
out a More Useable Low-Yield Nuke to Make Nuclear War Less Likely and Insult
Your Intelligence: By Tyler Durden, Zero Hedge, Jan/30/2019
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